犬も歩けば棒に当たる   作:政影

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雨が激しかったので紗夜さん視点で振り返ります。


その他-2:紗夜視点(一寸の光陰軽んずべからず)

 いつからだろう、双子の妹の日菜の顔を直視できなくなったのは。

 

 昔はそれなりに仲は良かった筈……その奔放な性格によく振り回されていたけれど。

 

 私が何かを始めると直ぐに真似をして瞬く間に追い抜いていく。

 始めの頃は可愛い妹の優秀さが自分の事のように誇らしかったけど……。

 周囲の賞賛を一身に集める日菜、私に向けられるのは憐憫と落胆。

 

 それに耐えきれなくなり高校は別の学校へ進学した。

 

 

 それでも家では顔を合わせるわけで……いくら風紀委員や弓道部に必死に取り組んでも気持ちは晴れなかった。

 

 

 ギターなら自分自身を正しく見てもらえる。

 藁にもすがる思いで練習に明け暮れたけど、その日はついに体が限界を迎えてしまった。

 

 

 

 

「……っん、はぁ……はぁ……」

 

 春休み最後の日、スタジオ練習の帰りに突然意識が朦朧としふらつく。

 大事なギターだけは守ろうと地面にケースを下ろす、がそれが限界だった。

 服の汚れを心配する余裕もなくその場にうずくまる。

 

 少し休めば……そう思っていたが体の倦怠感は増すばかり。

 

 日菜の影に怯え、自分を見失った挙句、路上でうずくまる。

 自分の惨めさに涙が出そうになった時──

 

 

 ペロッ

 

 

「きゃっ!?」

 

「わん!」

 

 手に生温かいものを感じ顔を上げるとゴールデンレトリバー、そして少女。

 

「あのー、大丈夫ですか?」

 

「……はい」 

 

 全然大丈夫ではなかったけど、私の矮小なプライドが邪魔をする。

 でも……お願い、見捨てないで。

 私を見て、私を助けて。

 

「ちょっと失礼」

 

「あっ」

 

 首に細い指が当てられる。

 脈でも測っているのだろうか?

 

「気持ち早いかな……とりあえず水分でも、ゆっくり飲んでください」

 

「……ありがとうございます」

 

 既に開栓されているペットボトルを渡される。

 断ってしまうと善意を踏みにじるようで嫌だし、何より体が水分を欲していた。

 

 むせてしまわないようゆっくりと飲んでいく。

 段々と頭が意識が明確になってくるとともに、何故か下腹部に熱を感じた……。

 

 

 

 

「帰れそうにないならお家の方を呼んだ方がよろしいかと」

 

「それは……ちょっと……」

 

 私の体調が多少良くなるのを待って彼女が提案してきた。

 普通に考えれば妥当な案だけど、家族、特に日菜には知られたくない。

 決して日菜に心配をかけるのが嫌というわけではなく、姉としての面子の問題。

 

 そんな私を見て何かに感づいたような彼女は携帯電話を取り出し話し始める。

 その様子をゴールデンレトリバーを撫でながらぼんやりと眺めていた。

 初対面の私に対しても気遣いをみせる優しいわんちゃん。

 きっと飼い主さんも私とは全然違う、慈愛に満ちた優しい人なのだろう。

 

 

 

 

「それでは一休みできるところまで運びますね。拒否権はありません」

 

「えっ」

 

 彼女は私のギターケースを背負うと今度は私を……お姫様抱っこ!?

 これには驚いたけれど私にとやかく言う権利はない。

 せめてバランスを取りやすいようにと彼女の首に腕を回す。

 意識過剰かもしれないけれど通行人の視線が気になり顔を伏せると、彼女への密着度が上がる。

 急に恥ずかしくなり話題を探す。

 

「……見ず知らずの私にどうしてここまで?」

 

「泣きそうな人は放っておけないので。それに犬に好かれる人に悪い人はいませんから」

 

「わん!」

 

 少し照れながら話す彼女と元気よく吠えるわんちゃん。

 まるで意思疎通が出来ているかのような関係に心が温かくなる。

 私も……。

 

「次は笑顔を見せてくださいね」

 

「……はい」

 

 果たしてそんな日が来るのだろうか?

 

 

 

 

「つぐみちゃん、後の事お願いね」

 

「はい、任せてください!」

 

 目的地である羽沢珈琲店に到着し店員──羽沢つぐみ──さんに引き渡される。

 連絡先を交換した彼女──ワンコ──さんは店長さんへの挨拶もそこそこに散歩に戻った。

 仕事中だったのに……申し訳なさでいっぱいになる。

 

「まだ調子が悪そうですね。家の方で休みましょうね」

 

「え、あ……」

 

 店舗から居住スペースへ少し強引に連れていかれる。

 可愛らしい見た目に反して客商売仕込みの押しの強さ備えているようだ。

 

「洗濯しちゃうのでそこに脱いで、シャワーを浴びてください」

 

「流石にそこまでしていただくには」

 

「結構汚れてますよ?」

 

 自分の服を改めて見ると確かに汚れている……地面に座り込んだりブロック塀に寄りかかったりしたから当然か。

 このまま帰宅したら絶対追及されるだろう。

 

「それではお言葉に甘えます」

 

「はい♪」

 

 

 

 

 頭から熱めのお湯を浴びる。

 少し気怠さの残った頭がスッキリする。

 下腹部に手を当てるが先ほどの熱はすっかり治まっていた。

 

「酷い顔ね……」

 

 鏡に映った自分の顔を見て思わずそんな感想を漏らす。

 双子なのに日菜のような愛らしさも可愛げもない。

 その上才能も無いなんて……。

 

 ふとワンコさんの言葉を思い出し、両手の人差し指を頬に当て口角を押し上げる。

 ……笑顔とは程遠い気がした。

 

 

 

 

「着替えまで用意していただいてありがとうございます」

 

 用意されたスウェットを着て脱衣所を出ると羽沢さんがアイスティーを淹れてくれていた。

 

「いえいえ。あ、まだ髪が濡れてるので乾かしちゃいますね」

 

「何から何まですみません」

 

 ソファーに隣り合って座ると羽沢さんはドライヤーとタオルで手際良く私の髪を乾かしていく。

 その光景に昔の事を思い出す。

 

「ふふっ」

 

「どうかしました?」

 

「いえ、昔は私も妹の髪をこんな風に乾かしてあげていたので」

 

 あの頃は私も今のように歪んでいなくて……。

 

「じゃあ今日は私がお姉ちゃんですね♪」

 

「えっ!?」

 

 羽沢さんの言葉に目を丸くする私。

 そんな私の表情を見てくすくすと笑い声を漏らす彼女。

 

「ご、ごめんなさい。私ひとりっ子で姉妹に憧れてて……それに憧れの人と話せて舞い上がっちゃって」

 

 ドライヤーとタオルを置き、ばつの悪そうな顔でシュンとする彼女。

 

「驚いただけで責めてるわけではありませんよ。それに私の事を知っているのですか?」

 

「は、はい。私もバンドでキーボードをやってて、以前ライブハウスでお見掛けして……一目惚れです!」

 

「一目惚れ!?」

 

「あ、変な意味じゃなくて、その、どれだけ真剣にギターに向き合ったらこんな素敵な演奏が出来るのかなって」

 

 私の手を取り指先に出来た女の子らしくないタコを愛おしそうに撫でる彼女。

 こんなに私の事を想っていてくれる人がいたなんて……。

 

「やっぱり……あの音色から想像していた通り素敵な指先です。……えっ!?」

 

「あ、れっ?」

 

 驚いたような彼女の視線の先、私の顔を指でなぞると濡れていた。

 彼女の賞賛の言葉に知らず知らずのうちに涙が零れていたようだ。

 

 今までずっと堪えていたのに……。

 

 一度零れ始めた涙は止まることなくスウェットに染みを作り続ける。

 

「ご、ごめんなさ「え、えい!」」

 

 汚してしまった事に対する私の謝罪の言葉は、彼女の控えめな胸によって遮られた。

 彼女に抱きしめられる形になった私の頭。

 甘い香りが鼻孔をくすぐり、下腹部がまた熱くなる。

 

「今日はお、お姉ちゃんに甘えなさい!」

 

 彼女の申し出に顔が熱くなった。

 もし、この申し出を断ったらまた自分に嘘をつく事になる。

 それでは同じ事の繰り返し──

 

「……そうさせてもらいます」

 

「えっと……続きは私の部屋でいいですか?」

 

 顔を真っ赤にした彼女。

 

 彼女の抱きしめから解放された私の顔も似たようなものだろう。

 

 私は一も二もなくその言葉に同意した。

 

 

 

 

「あ、お帰り、おねーちゃん♪」

 

「……ただいま」

 

 帰宅早々日菜と出くわす。

 もしかしたら私を待っていたかもしれないが目は合わせず挨拶だけ返す。

 

「甘い香り……るんっ♪ てきた!」

 

「……そう、良かったわね」

 

 相変わらず言っている意味はよく分からない。

 気にせず通り過ぎようとするも袖を掴まれる。

 

「何?」

 

「…………」

 

 私の問いには答えず泣き笑いのような表情を向けられる。

 胸が締め付けられるが言葉は出てこない。

 

 ……まだ私には日菜に応えるだけの勇気は持てない。

 

 だから──

 

「んっ♪」

 

 日菜の頭に手を置く、それだけで満足そうな表情に変わる。

 ……たったこれくらいの事さえしてこなかった自分の狭量を恥じる。

 

 

 必ず向き合うから……それまで待っていて、日菜。




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<備考>

氷川紗夜:覚醒<序>。

ワンコ:キャリア。

羽沢つぐみ:ツグりMAX。

氷川日菜:嗅覚は犬並。

入学した年の話って読みたいですか?(リサさん、千聖さん出番多め)

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