犬も歩けば棒に当たる   作:政影

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本編1-4:四角な座敷を丸く掃く

「唸れペンタブ、走れミシン」

 

 Roseliaが結成されて数日、特に出番のない私はバイト後に白金邸でロゴやら衣装作りやらに精を出していた。

 充実した設備に燐子さんへの感謝の念を新たにする。

 

「……ただいま」「お邪魔するわ」「お邪魔します」「お邪魔―」「降臨!」

 

「あ、おかえり」

 

 練習帰りの五人を玄関で出迎える。みんないい表情だ。

 お菓子と飲み物を受け取り燐子さんの部屋に運ぶ。

 

「……お任せしてしまって……ごめんなさい」

 

「いえ、結構楽しいので大丈夫。それにしてもそれぞれにあわせた素敵な衣装のデザイン」

 

「…………ありがとう」

 

 照れる燐子さんも可愛い。

 

「……ちょっと疲れたわね」

 

「うん、上着脱いでクッションの上にうつ伏せになって」

 

「ええ」

 

 うつ伏せになった友希那さんの上にまたがり、図書館で読んだマッサージ本の通りにコリをほぐしていく。

 

「あっ……んんっ…………そこ……気持ちいい……んっ!」

 

 確かここをこうして……フィニッシュ。

 

「んっ! ……はぁ…………はぁ…………良かった、わ」

 

「……アタシちょっと変な気分になってきたかも」

 

「……同感ですね」

 

「友希那さん、気持ち良さそう」

 

「次は……わたし……」

 

 評判は上々のようだ。次は上級者向けの本で勉強しよう。

 練習は順調との事だったのでそろそろライブかな。

 

 

 

 

「弁当の他にフランスパンなんてよく入るわね」

 

「今朝のパン屋のバイトでもらったので」

 

 冷めても美味しいやまぶきベーカリーのパン。昼食が充実。

 

「いやー、よく太らないね」

 

「大変魅力的な体型のリサさんは平気で人の心と胸を抉ってきます」

 

「そうね、リサには持たざる者の気持ちなんて理解できないわ」

 

「ちょ、友希那まで、過剰反応じゃない! 麻弥の方が大きいのに!」

 

「そこでジブンを巻き込まないでほしいです!」

 

 ……まあ燐子さんが一番なんだけどね、多分。

 

「そう言えばRoselia初ライブお疲れ様でした」

 

「ありがとう。精進を続けて次はもっと素晴らしいものにするわ」

 

「アタシももっと頑張らないとね」

 

「私は……」

 

 

 ♪~(黒き咆哮な携帯着信音)

 

 

 携帯の画面に知らない番号が表示されている。少し嫌な予感が。

 

「はい、私ですが……そうですか。ご連絡ありがとうございます。それでは何かありましたらよろしくお願いします」

 

 通話を終了させて深く息を吐く。

 

「顔が真っ青よ、何の電話?」

 

「友希那さん……私の家、燃えてますって」

 

 

 

 警察の人からの電話で自宅アパートの火事を知り、大家さんに確認したところ事実だということ。

 現在消火活動中で近づけないそうなのでそのまま授業を受ける。

 通帳とか保険証とか再発行かぁ。

 

 

「ワンコ先輩! 火事の件聞きました」

 

「ワンコちゃん大丈夫!?」

 

 放課後、大家さんからの連絡を待っているとAfterglowの面々やら日菜ちゃんやらが押し寄せてきた。

 

「まだ消火中らしいので何とも」

 

「……行く当てがなければ羽沢珈琲店で住み込みでバイトしません?」

 

「えー、うちならおねーちゃんもいるよ」

 

「それならアタシんちだってあこが」

 

 ガタッ

 

 煩くし過ぎたのか、後ろの席の友希那さんは急に立ち上がるとスマホを操作しながら教室の外へ出て行ってしまった……と思ったらすぐに戻ってきた。

 

「ワンコ、黙って私と一緒に暮らしなさい」

 

「あ、はい……えっ!?」

 

 ざわ……ざわ……、ざわ……ざわ……

 

 一瞬にして静まり返る教室、そして拡がるざわめき。

 うん、わけがわからない。

 

 

 

 

「流石に出会って一か月経っていない人間を一緒に住まわせるのはどうかな? と」

 

「あなたは黙っていなさい」

 

 湊邸に直行するとソファーで友希那さんのご両親を待てとの指示。

 

「既にユキを飼ってくれているだけでも感謝しきれないのに」

 

 膝の上で丸くなっているユキを撫でながらしみじみと思う。

 ペットホテルでも子猫ってやんちゃな子が多いから世話の大変さはよく分かる。

 

「ちょっと大きな犬を拾ってきたと連絡したから問題ないわ」

 

「うん、私はそこまで経済的じゃないよ?」

 

 まあ、ご両親には数日だけでも泊めてもらえるようにお願いしよう。最悪庭先で野宿でもさせてもらえれば。

 

 

 

 

「そうだな、今物置にしている部屋があるからそこを片づければいいかな?」

 

「週末に一気に片付けましょうね」

 

「それまでは私の部屋で寝れば問題ないわ」

 

 …………はっ!? 衝撃発言三連発に軽く意識が飛んでいた。

 

「えっと、そこまで歓迎されると逆に怖いのですが」

 

「……君と出会ってから友希那が笑うようになったからね」

 

「それに、一緒にご飯を食べることも増えたわね」

 

「それは……バンドの仲間たちのお蔭かと」

 

「ワンコ、あなたもRoseliaのメンバーでしょ?」

 

「ええ……まあ……」

 

 そこまで何かした覚えは。

 むしろ復縁したリサさんとか意気投合した紗夜さんとかのお蔭のような。

 

「じゃあ、こうしましょう。時間がある時は家事と友希那の家庭教師をお願い」

 

「……もしかして友希那さん、頭「勉強に興味が無いだけよ」」

 

「音楽もいいがこのままだと留年しかねないしな」

 

「分かりました。友希那さんが中間テスト全教科平均点以上取れるよう努力します」

 

「えっ!?」

 

「私を拾った責任、取ってもらいますよ」

 

 ワンコの恩返し、始まりです。

 

 

 

 

「ワンコさんもとんだ災難ですね」

 

「まあ、友希那さんに拾ってもらったので結果オーライ」

 

「相変わらず気持ちいいですね、その前向きなところ」

 

「うん、ありがとう」

 

 今朝もやまぶきベーカリーでバイト、開店に向けて焼きあがったパンを次々と並べていく。

 

「沙綾ちゃんも大変だったら言ってね」

 

「あー、母さんの体調不良はたまにあることなので。それに仕込みからシフトに入ってもらえるだけでも大助かりです」

 

「ここのパンが無いと何人も絶望するし」

 

「そんな大げさ……でもないか」

 

 何人かの顔を思い浮かべ微笑む沙綾ちゃん。うん、責任重大だ。

 

 

 

 

「ただいま、焼きたてのパン貰ってきまし「ワンコ!」」

 

 湊家に帰ってきた途端に友希那さんタックル……今日は踏み止まった。

 

「えっと……おはようございます?」

 

「どこ行ってたの! 探したんだから!」

 

 何と言うか……本当に友希那さん?

 

「え……昨夜、朝はバイトに行くと言ったはずですけど」

 

「…………えっ」

 

 あー、完全に聞いていなかった感じだ。ちょっと張り切って長時間勉強させ過ぎたか。

 最後の方、頭から煙が出そうな感じだったし。

 

「ワンコちゃん、ごめんね。友希那朝弱くてちょっと寝惚けてるのかも」

 

「あ、おば……お母様。パンをお願いします」

 

 ……うん、友希那さんのご両親は見た目が若すぎて何て呼べばいいか迷う。深い意味は無い。

 

「はいはい。友希那をよろしくね」

 

 お母様がパンを持って行ったので、とりあえず抱きついたまま耳まで真っ赤な友希那さんを撫で撫でする。

 

「今日のパンは私も仕込みから手伝ったんでしっかり食べてくださいね」

 

「……うん」

 

「それと……ワンコは必ず帰ってきますから」

 

「絶対……だよ……」

 

「はい」

 

 ……この小さな背中に背負っているものはまだまだありそうだ。

 

 

 

 

「朝のことは忘れてちょうだい」

 

「はい」

 

 今日からは二人で登校、本来はリサさんも一緒らしいが今日は遠慮してもらった、防諜。

 

「四月ももう終わり、剣道も今日の授業で終わりだけれど勝算は?」

 

「家が燃えたのは想定外でしたが、皆さんのお蔭で準備は万端です。後は……運?」

 

「それなら大丈夫そうね。私が付いているのだから」

 

「…………」

 

「…………何か言いなさい」

 

「顔が真っ赤ですよ、幸運の女神様」

 

「……今日は朝から風邪気味のようね」

 

 これは負けられない。

 

 

 

 

「ワンコさん、後は合図だけです」

 

「ありがとう、麻弥さん」

 

 麻弥さんと小声で最終確認を済ませ、竹刀を持って立ち上がる。

 そして日菜ちゃんが待つ体育館の中央に向かう。

 

「お、来た来た。ワンコちゃん、今日は時間無制限でいいって」

 

「うん、了解」

 

 ……早速戦術の見直しを強いられる。

 

「始め!」

 

 麻弥さんの映像から日菜ちゃんの動きを学んだ。

 

 燐子さんには秘伝の兵法書を見せてもらった。

 

 紗夜さんには日菜ちゃんのことを事細かに教えてもらった。

 

 あこちゃんには……必殺技を教えてもらった。

 

 友希那さんからは勇気をもらった。

 

 

 

 間合いを制し、仕掛けず、仕掛けさせずプレッシャーを与え続ける。

 頭に焼き付けた日菜ちゃんと寸分違わないその動きに焦れてきているのを確信する。

 いつもの制限時間である四分を超えた、そして、合図。

 

「今ならいけるッス!」

 

「ワンコ! 勝てるわよ!」

 

「決めろ―!」

 

 事前にお願いしてあった大声援を始めてもらう。

 効果は分からないが少しでも日菜ちゃんの気を散らせれば。

 ……動きが変わった、これで。

 

「ヒナ! 負けるな! ほらみんなも」

 

「日菜ちゃん、頑張れ!」

 

「ワンコになんて負けるな!」

 

 ……リサさんの声援でまた空気が変わる。

 勝つ確率は下がった気がするがこれも悪くない、と別の自分が囁く。

 

 

 

 そして、勝負の行方は……。

 

 

 

「あーあ、負けちゃった」

 

「……気付いたら勝ってた」

 

 どうやら日菜ちゃんの神速突きを打ち落として面を決めたらしい。本当に覚えてない。

 

「ザ・ビーストって感じだったよ」

 

「犬が狼に先祖帰りしたのかも」

 

 大の字になって寝転んでいる日菜ちゃんを抱き起す。なんだか楽しそうだ。

 

「それにしても、色々と準備したね?」

 

「まともにやったら勝てないから」

 

「まあ、そこがいいんだけど。応援してもらったの久しぶりだし……るん♪ってきた」

 

「おめでとう」

 

 ポンポンと背中を叩く。

 

「次の勝負も楽しませてよ?」

 

「うん、私『達』は強いから」

 

 抱きついたままの日菜ちゃんを持ち上げリサさんに押し付ける。日菜ちゃん汁まみれになるがいい。

 

「私『達』か……」

 

 何か背筋がゾクッとしたが今は勝利の余韻に浸ろう。

 

 

 

「お疲れ様」

 

「やりましたね」

 

「皆さん、本当にありがとうございました」

 

 功労者二名を含むクラスメイトの元に戻ると深々と頭を下げる。温かい拍手に包まれた。

 後でRoseliaの他のメンバーにも報告しないと。

 

「リサには後で調……教育が必要かしら?」

 

「お手柔らかにお願いします」

 

 リサさんがんば。

 

 

 

 

「電話……紗夜さんから」

 

「何かしら?」

 

 その日の夜、友希那さん(&暫定私)の部屋で勉強をしていると紗夜さんから電話が掛ってきた。

 

『夜分遅く申し訳ありません。直接お祝いしたかったので』

 

「いえいえ、ありがとうございます」

 

『それと……日菜が急にアイドルになりたいと』

 

「えっ」

 

『今日の勝負で何か思うところがあったのかもしれません』

 

「ちなみに紗夜さんはアイドルのご経験とかは?」

 

『ありません!』

 

「……では雛鳥が巣立ったということで、私は悪くありません」

 

『責めているわけではありませんが……何かあったら力になってあげてください』

 

「……本当に優しいお姉さんですね」

 

 まあ、日菜ちゃんに力を貸す事態なんてそうそうないだろう。

 

 

「紗夜も大変ね」

 

「そうですね。でも次は友希那さんも大変ですよ、一学期中間テスト」

 

「……まだあわてるような時「一緒に打倒日菜ちゃんを目指して頑張りましょうね」」

 

 ダブった歌姫なんて誰も見たくないでしょ?




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

ワンコ:幕下

湊友希那:平幕

今井リサ:大関

大和麻弥:横綱

白金燐子:横綱

番外編2で扱ってほしいバンドは?

  • Roselia
  • Afterglow
  • Poppin'Party
  • Pastel*Palettes
  • ハロー、ハッピーワールド!

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