犬も歩けば棒に当たる 作:政影
ハロウィンは別の機会に。
○白金燐子の場合
興味本位だった。
彼女と同じ景色を見たかった。
ただ、それだけだったのに……。
「はっけよい……残った!」
……何でわたしはお相撲なんてしてるんだろう。
「人……多過ぎ……」
今日はRoseliaとコスプレの衣装の材料を買いにショッピングモールへ。
普段の休日なら開店直後はそれほど混まない、なのに。
何かのイベントとぶつかったのか気付けば人混みに流されている。
一人で来るんじゃなかった……。
「ふぅ……」
何とか抜け出して壁際の観葉植物の横に座り込む。
Roseliaのみんなや他のガールズバンドの人達に出会って少しは成長したと思ったのに……。
全然変われていない今の自分の姿に涙が出そうに。
「あれ、燐子さん?」
「えっ……」
顔を上げると目の前には柴犬、いや柴犬の着ぐるみの顔が。
それにこの声は――
「ワンコ……さん……?」
「うん、あなたのワンコさん」
「っ!」
思わず抱き着いてしまった。
「よしよし」
優しく背中を撫でられると必死に耐えていた涙が溢れてしまった。
駄目だな……わたし……。
「そっか、材料を買いに」
「……はい」
バイト中にもかかわらずワンコさんが気を遣ってくれて控室で休ませてくれると。
それはとてもありがたいことだけど……。
「揺れる?」
「……大丈夫……です」
見事なお姫様抱っこをされている。
周りの視線が痛いけれどこれが最速で最短で安全な方法だと言われてしまえば断れない。
「首に手を回してみて。もっと安定するから」
「……はい」
優しい声でそんな事を言われたら……ずるい。
でも……密着度が上がって嬉しかったり。
着ぐるみ越しだけど。
「私はバイトに戻るからゆっくり休んでて」
「はい……ありがとうございます……」
私に軽く手を振り控室を後にするワンコさん。
それを見送った後に並べられた丸椅子の上で横になるわたし。
暫くそのままでいると先程までのどきどきもその更に前の息苦しさもまるで夢だったように消えていた。
周りを見回す余裕が出てきて始めに目についたものは……ワンコさんが着ていた柴犬の着ぐるみ。
どうやら予備が置いてあるみたい。
これを着たら人混みでも大丈夫になるかも。
それにワンコさんと同じ景色が見れたり……。
そう思うと体が勝手に。
ロングスカートは邪魔になりそうだから脱いだ方がいいかな。
胸当てを付けその上から体の衣装を着て背中のファスナーは……壁に引っ掛ける出っ張りがあるのでそれに引っ掛けて。
もふもふの靴を履き頭をつければ完成、えっへん。
前にワンコさんの着替えを見ていて良かった。
でも……ちょっと息苦しいし視界も悪い。
こんな状態でわたしを見つけて運んでくれたなんて。
……敵わないな。
「あれ、まだここにいたの?」
「っ!?」
扉が開き入ってきたのは恐らくイベントスタッフさん。
返事をする間もなく腕を引っ張られる。
そして連れて来られたのはイベントスペース……そこにあるのはマットの土俵!?
そしてそこに立つのは……体操服に廻しを締めた若宮さん!?
気付けば私にも着ぐるみの上から手際良く廻しを締められていく。
「はーいお待たせしました♪ 今から特別イベント『犬の日場所』の取り組みを始めます。ひが~し~若宮島~」
「相撲は武士の嗜み、全力で行きます!」
「に~し~柴犬山~」
「わ……わん!」
何故か犬の真似をしてしまった。
顔が隠れていて本当に良かった。
引くに引けない今の状況。
こうなったらワンコさんの代役を務めるしかない。
「構えて」
腰を落として視線を合わせる。
若宮さんも本気のようだ。
わたしも全力で挑まないと。
「はっけよい……残った!」
行司の掛け声と共に組み合うわたし達。
剣道部と茶道部、それに喫茶店でのバイト、そしてアイドルのお仕事で鍛えているだけあって凄い足腰。
対してわたしは……何も浮かばない。
着ぐるみのお陰で体格はわたしの方が有利だけどじりじりと土俵際まで追い詰められていく。
このままじゃ……でも、負けたくない!
「わん!」
「えっ!?」
咆哮と共に重心移動、そして右手を引っ張る、と。
「勝負あり!」
不思議な顔をしたままの若宮さんがマットの上に寝転がっていた。
多分怪我はしていない筈。
「合気ですね! 感動しました!」
全力で抱き着いてくる若宮さん、少し苦しい。
前に護身術としてワンコさんから教わった合気道がこんなところで役に立つなんて。
ふふっ、人生って不思議。
「ごめんね、私が迷子をセンターに連れて行ってる間に」
「いいえ……勝手に着てごめんなさい……」
「まさかリンコさんだったとは。流石大和撫子です!」
お相撲の後駆け付けたワンコさんに平謝りされて、若宮さんには絶賛されて。
最低限の役目は果たせた、かな?
「若宮さん……次の相手は……」
「はい、ミッシェルさんです! 熊に勝ってこそブシドーですから頑張ります!」
「うん、頑張れ。勝てば今金太郎」
ワンコさんと一緒に若宮さんを撫でて勇気づける。
普段のわたしならできないことでも着ぐるみなら……。
今度本格的な着ぐるみでも作ってみようかな。
○氷川紗夜の場合
「お手」
「わふ♪」
「ふふっ、良い子ね」
私の言葉に見事なお手を返してくれたラフ・コリーの頭を撫でご褒美のおやつをあげます。
犬の飼えない身としてはこうして犬と触れ合えるカフェが近くにあるのは嬉しいですね。
元は保護犬らしいのですが躾も行き届いていますし、こんなにも人懐っこいなんて……。
お持ち帰りできない我が身を呪うばかりです。
今日は11月1日の犬の日。
犬についての知識を身につけ、犬をかわいがる日です。
当然私も一般的な国民としてこうして床に座り犬と触れ合っています。
……とても可愛いですね。
このフサフサとした毛並みはずっと撫で続けられそうです。
きっと愛情たっぷりにお世話をしてもらえているからですね。
「おねーちゃん、あたしもお手するから撫でて!」
「何であなたが犬と張り合うのよ」
妹の方が犬よりも我がままで少し頭が痛いです。
少しは姉離れ――
「えー、家では撫でてくれるのにー」
「そ、外でそういうことを言うのは止めなさい!」
「うふふ、相変わらず仲良しね」
隣でゴールデンレトリバーを撫でていた白鷺さんに笑われてしまい少しばつが悪いです。
とても美しい姿勢でのお座り、流石はPastel*Palettesの飼い主である白鷺さんの圧ですね。
「紗夜ちゃん、今失礼なことを考えなかった?」
「いいえ」
「本当?」
「はい」
ポーカーフェイスには自信がありますが、策謀渦巻く芸能界を生き抜いてきた千聖さんにはお見通しのようですね。
微笑みが怖いです。
「やっぱりそっくりだ♪」
「分かるように言いなさい」
「おねーちゃんと千聖ちゃん! 普段は口煩いけど本当は優しいところとか♪」
「それはあなたが問題を起こすからでしょ」「それは日菜ちゃんが問題を起こすからでしょ」
「あはは♪」
見事な白鷺さんとのハモり、日菜に笑われてしまいお互いに渋い表情です。
白鷺さんと似ていると言われたことに関しては……どうなんでしょうね?
「楽しそうだね」
「あ、ワンコちゃん♪ お仕事はもういいの?」
「うん。ラストオーダーも終わったしお客さんもこの三人だけだから」
ワンコさんが私と白鷺さんの間に腰を下ろすと数匹の犬が彼女に体を預けました。
羨ましい……です。
「で、何の話で盛り上がってたの?」
「えっと、おねーちゃんと千聖ちゃんが似てるって……あ、ワンコちゃんもそうかも!」
「それは光栄」
日菜の発言に満更でもなさそうなワンコさん。
私はともかく千聖さんに似ていると言われれば嬉しいのでしょう。
「くぅ~ん♪」
「甘えん坊さんですね」
私の膝の上に頭を乗せ甘えられては口元が緩んでしまいます。
言葉の通じない相手だけに……いえ、言葉が通じない相手だからこそ本心が伝わってきているようで。
そんなところも私が犬に惹かれる理由かも知れません。
頭で考えすぎてしまいがちですからね、私は。
「るんっ♪」
「想像以上ね」
「流石紗夜さん」
「な、なんですか!?」
気付けば三人が私を見つめて微笑んでいました。
とても気恥ずかしいです。
「おねーちゃんの表情にドキッとしちゃった♪」
「ねぇ、日菜ちゃんと一緒に双子写真集出さない?」
「お店のポスターにしたい」
「か、からかわないでください!」
三人の発言に顔が熱くなります。
こういう時の息の合い具合は異常です、全く。
それにあなた達の方がこんな私よりよっぽど魅力的――
「わん!」
「えっ、何かしら!?」
撫でていた子に突然吠えられたので軽く混乱してしまいます。
撫で方を間違えたのでしょうか?
「暗い気持ちに犬は敏感だから」
「うっ」
ワンコさんの静かな言葉に胸が詰まります。
「おねーちゃんはもっと自分の可愛さを自覚した方が良いと思うよ?」
「そうね、私は友人相手に心にも無いことを言うほど性格は悪くないわ」
「そういう事なので自分を卑下しないで」
「わんわん♪」「くぅーん♪」「わふー♪」
三人の言葉に犬達も同意しているようで……認めるしかありませんね。
自惚れたくはありませんが自分への過小評価も皆さんに失礼ですし。
でも言われっぱなしというのも癪ですので――
「日菜、もうすっかりアイドルね。とても輝いていて姉として誇らしいわ」
「えっ」
「千聖さんは同い年の私から見ても大人びて洗練されていて素敵ですね。秘訣を教えていただきたいくらいです」
「あら」
「ワンコさんは私の心にいつも寄り添ってくれますね。……心強いです」
「……ありがとう」
私の言葉に顔を真っ赤にしてプルプル震えている日菜、口元を押さえ上品に笑う千聖さん。
ワンコさんは穏やかな笑みを浮かべています。
「お、おねーちゃん、急にどうしちゃったの!?」
「この子達の前くらい素直になろうと思っただけよ」
気持ち良さそうな表情で撫で続けられる犬達。
いつか私も……。
「花咲川の掲示板にも譲渡会のポスターを貼りたいので一枚頂けませんか?」
感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。
<備考>
白金燐子:寝技の方が得意だったり。
若宮イヴ:ブシドー系アイドルとして評判。
氷川紗夜:犬がいると色々と緩む。
氷川日菜:一睡もできなかった。
白鷺千聖:犬部作ろうかしら?
ワンコ:迷子発見器。
下記の中で一番好きな話は?
-
今井リサ誕生日(8/25)
-
紗夜視点(一寸の光陰軽んずべからず)
-
白金燐子誕生日(10/17)
-
今井リサの弟
-
湊友希那誕生日(10/26)