犬も歩けば棒に当たる 作:政影
本編1の前の話なので平穏な日常?です。
本編0-1:犬が西向きゃ尾は東
コンコンコン
「……起きてる?」
控えめなノックと弱弱しい呼びかけ。
半分寝ている頭をお仕事モードに切り替えベッドから飛び起きる。
すぐに部屋の明かりをつけ最低限の身嗜みをする。
「マスターですか? 今開けます」
扉を開けるとそこには数日前から私の雇用主になった赤毛の少女。
普段の自信に満ちた態度は鳴りを潜めている。
「良かった……じゃなくて外の音が煩いのよ!」
「それは困りましたね」
私の顔を見た途端表情が明るくなった、可愛い。
確かに吹き付ける雨風の音は大きい。
時々地震かと思うくらい建物が揺れる。
「一応避難準備は出来ていますが」
寝る前に大雨洪水注意報が出ていたので念の為に準備はしておいた。
まあ流石にこの風雨の中外に出るのは自殺行為だろうけど。
「そこは大丈夫よ! ここをどこだと思っているの?」
控えめな胸を張るマスター。
確かに最新のタワーマンションの最上階なら避難所よりも安全――
プツンッ
「あ、停電」
「Why? 何が起こったの!?」
一瞬にして暗闇に包まれる住み込みメイド用の部屋。
恐らく送電線か地下の電気設備がやられたのだろう。
十階以上の階段昇降は勘弁願いたいが。
「行動するにしても朝にならないと危険なので寝ません?」
「……随分のん気な発言ね」
暗闇で見えないけれどマスターが呆れた表情をしたのは分かった。
まあ焦っても仕方がないので努めてのん気に振る舞う。
「一緒に寝ません? いざという時に守れるように」
「し、仕方ないわね。しっかり給料分働きなさいよ!」
「了解」
素直じゃないマスターと一緒にベッドに入る。
布団の中でしがみ付いてくる様はまさに子猫。
成績優秀な飛び級才女らしいけどこういうところは年相応みたい。
……私とは大違い。
夜が明けたらお仕事が山盛りだろうからしっかり眠らないと。
「お仕事ご苦労」
「次は?」
一か月の住み込みメイド生活を終え再び施設に戻った。
天災に襲われたり、マスターが殺人現場を目撃して襲撃されたり色々あったけどそれなりに楽しかった。
手渡された茶封筒の中の紙幣を数えながら次の指示を待つ。
火事で死んだ親がやばい方面からした借金を肩代わりしてもらった手前、施設長には逆らえない。
まあ借金返済分と食費以外は懐に入るので特に不満はないけど。
「そろそろ中学卒業か」
「まあなんとか」
部活も友達付き合いも無いので、教室で授業か図書室で読書の彩の無い学校生活。
出席日数もこの分なら問題ない筈。
「高校は行きたいか?」
「出来れば」
即答、流石に中卒だと就ける職業も限られるし。
でも先立つものが……。
「ここに特待生で入れば学費諸々は無料だ」
渡された案内の冊子、「羽丘女子学園」と印刷されている。
ぺらぺらとページを捲ると綺麗な校舎に充実した設備、お洒落な制服……。
勉強は苦手じゃないし狙ってみようかな。
時は移って四月、私は無事特待生枠を勝ち取り羽丘に入学した。
住居は六畳一間のアパートに決まり、生活費は当面貯金の切り崩し。
早くバイトを見つけないと。
「今井リサでーす! よろしく♪」
入学式の後、移動した一年B組の自席でバイト情報誌を眺めていると後ろの席から肩を叩かれた。
「犬神一子、よろしく」
振り返り簡潔に返すと再び情報誌に視線を戻す。
私の反応がお気に召さなかったのか今井さんは席を立ち私の横に来た。
漂う香水の良い匂い。
逆さに吊るされた兎の頭部のピアスには軽く衝撃を受ける。
「高校生になるとバイト解禁になって嬉しいよね」
「うん」
まあ既にバイトしまくりなわけだけど。
労働基準法さんごめんなさい。
「アタシはコンビニバイトでもしようかな?」
「業務は多岐にわたるけど仕組みも学べるし良いと思うよ。無理なシフトには気を付けて」
「……経験者みたいなこと言うね」
「気のせい、本に書いてあっただけ」
本当は経験済みだったけど適当に誤魔化す。
廃棄品をこっそりくれた店長は私にとっては良い人。
「一子はどんな基準で探してるの?」
「時給かな。後はまかない付きとか」
「へー、何か欲しいものとかあるの?」
「単純に生活費、それとコイツの治療費」
そう言って右目の眼帯を指さす。
原因不明だし諦めて義眼にしてもいい気がしてきた。
それはそれでお金がかかるけど。
「そっか……何かあったら力になるから。お金以外の事で」
その言葉に思わず今井さんの方を向くと、ただの同情とは思えない優しい表情。
改めて彼女の全身を見ると私には無い華やかさと明るさを醸し出している、ちょっと派手だけど。
……悪意も敵意も感じないし信じてもいいかな?
「これからよろしく」
「うん♪」
私が右手を差し出すと満面の笑みで握り返してくれた。
不思議な感触、ほっそりとしているのに何かに打ち込んできた力強さを感じる。
これからの学園生活が面白くなりそうな予感がした。
「これからクラスの親睦会でカラオケ行くんだけど一子も行かない?」
簡単なホームルームが終わり今日は帰るだけとなったところで今井さんに声を掛けられた。
「ごめんバイトの面接。それと歌うのが苦手で」
「分かったよ。それじゃあカラオケ以外で今度誘うね♪」
「ありがとう」
私の断りの返事にも嫌な顔をしない彼女、こちらに手を振ってカラオケ組に合流した。
もしかして断れ慣れているのかな?
バイトの面接も歌うのが苦手なのも事実だけどちょっと心苦しい。
歌おうとすると吐きそうになるのは何とかしたいけど……聞く分には問題ないのが救い。
「ありがとうございました」
そう言って面接が行われたハンバーガーチェーン店の事務所を後にした。
感触は……微妙。
面接官の口ぶりから察するに他にもバイト希望者がそこそこいるみたい。
器用さには少し自信があるけど笑顔はちょっと、いやかなり心許ない。
うん、バイト探しは続けよう。
面接が意外に早く終わったので時間を持て余す。
引越しのドタバタであまりこの辺を見る機会がなかったからちょっとぶらつくか。
何やら良い匂いも漂ってきたし。
ちょっと遅めの昼飯でも調達しよう。
精肉店の可愛らしい店員さんから揚げたてのコロッケを買う。
どうやらその場で食べるのがここの作法らしく、二種類の制服がちらほら。
羽丘以外にも学校があるみたい。
先ずはソース無しで、はむ……サクサクの衣、ホカホカのジャガイモ、あふれ出る肉汁……はっ、つい完食してしまった。
「コロッケもう一つ」
「はーい!」
新たに購入。
今度は最初からソースをかける。
ソースの酸味がコロッケの旨さを引き立て……あ、もうない。
ここにいると財布が空になるまで食べそうなので早々に退散。
今度近くに来たらまた買おう。
パン屋、床屋、喫茶店、クリーニング屋、お好み焼き屋等々、思っていたより色々あるみたい。
中々探検し甲斐がありそうな町で結構。
何となく歩き続けると公園に着いた。
ちょっと一休みしていくかな。
水飲み場で喉を潤しベンチに腰掛ける。
鞄から取り出したのは引っ越し前から読みかけだった恋愛小説。
素直になれない幼馴染のガールズラブ。
私には幼馴染なんていないから何となくでしか理解できないけど。
でも……切ない感じはよく分かる、つもり。
私にもそんな人が見つかるかな――
ドンッ!
ペロペロ!
何かに押し倒されて顔を舐められる。
敵意も殺意も感じない行動には相変わらず無防備。
直感頼りの悪癖も何とかしないと。
「す、すみません! こら、レオン!」
「くぅーん」
少女の声とともに重さが消える。
体を起こすとそこにはゴールデンレトリバーを羽交い絞めにしている金髪で眼鏡の少女。
「リードが切れてしまって」
「大丈夫、ちょっと驚いただけですから」
「やんちゃな男の子でごめんなさい」
「ふふっ、可愛いですね」
「わん!」
思わずレオンくんの頭を撫でる。
毛並みや毛艶もしっかりしていて飼い主の愛情が感じられた。
それに凛々しい表情にキュンとした。
「自慢の家族です。あ、顔に涎が、ちょっとトイレまでいいかしら?」
「あ、はい」
これ位大丈夫と答えようとしたが謎の圧力で従ってしまう。
公衆トイレに入るとウェットティッシュで涎を拭きとられる。
それで終わりかと思ったら何故か化粧道具が取り出された。
「えっと私にはそういったものは不要かと」
「高校生にもなってノーメイクなんてありえないわ」
そう言われても……。
化粧品を買うなら食費に回す女子力の低さ。
「それにこの私がメイクしてあげるなんて滅多にないんだから」
眼鏡を外しドヤ顔の彼女……誰?
「えっと……もしかして有名人ですか?」
「……えっ!?」
「ごめんなさい、そういったの全然詳しくなくて」
「はぁ……私もまだまだね」
盛大にため息をつかれた。
何となく罪悪感が。
「分かりました。可愛すぎる愛犬家ですね?」
彼女をすり抜け、トイレの入り口で待っているレオンくんに抱き着きながら何となく思いついた答えを言う。
半分はメイクから逃げるためだけど。
「ぷっ、なんですかそれ」
「『自慢の家族です』って言った時の笑顔が素敵だったので。私も犬だったら貴女に飼われたい」
「…………もう、恥ずかしいことを堂々と」
的外れな発言で怒らせてしまったのか少々顔が赤い。
どうしよう……レオンくんに助けを求めると。
「わんわん!」
レオンくん、打開策は日本語でお願い。
後で渡された名刺をネットで調べると有名な子役出身の女優らしい。
「白鷺千聖」今度出演作でも見てみようかな?
案の定ハンバーガーチェーン店のバイトは不採用だった。
次だ、次。
「一子、アタシの方はバイト決まったよ♪」
今井さん……これが女子力の違いか。
感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。
よろしければ活動報告もご覧ください。
アンケートにご回答をお願いします。
<備考>
犬神一子:目指せ採用。
マスターC:当分出番は無い。
今井リサ:幼馴染は別組。
白鷺千聖:ストレス解消は犬の散歩。
レオンくん:イケメン。
下記の中で一番好きな話は?
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今井リサ誕生日(8/25)
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紗夜視点(一寸の光陰軽んずべからず)
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白金燐子誕生日(10/17)
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今井リサの弟
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湊友希那誕生日(10/26)