犬も歩けば棒に当たる 作:政影
一人称が「私」でS寄りな性格にすると書き分けが怪しくなってきます。
「――――――」
ぼやけた視界に映ったのはあの日の少女。
少女の背丈が変わっていないことから夢だと判断できる。
……お久しぶり。
こっちは元気でやってるよ。
また会えたら――
ぶおおー♪ ぶおおー♪
法螺貝の着信音に無理やり起こされ、布団から手を伸ばして携帯電話を取る。
目をこすり画面を見ると……何の用だろう?
「……もしもし、まだ夜明け前なんですけど」
「日雇いの力仕事よ。後十分で迎えに行くから動きやすい服装で待ってなさい」
「はい」
仕事と聞いて瞬時に頭が覚醒した。
結局バイトが決まっていないので臨時収入は嬉しい。
とりあえず学校ジャージに着替えようか。
「お待たせ。早く乗りなさい」
「はい」
アパート前で待っていると時間通りに車が来て後部座席の千聖さんに乗車を促された。
「相変わらず化粧っ気が無いわね。それに学校ジャージ……」
「力仕事に化粧は不要でしょ? それに十分じゃそこまで手が回りませんよ」
「それもそうね、ふふっ♪」
楽しそうに笑う千聖さん。
……まあ、いいか。
「あなたを呼んだ理由知りたい?」
「ええ、まあ」
私の訝しげな視線に気づいたのかそう問われる。
前の運転手をちらりと見て控えめに答えた。
「色々あって芸能事務所の社員がかなり減ってしまったの」
「つまり猫の手も借りたいと?」
「あらワンコのくせに控えめな言い様ね」
「ワンコ?」
「駄目かしら。あなたの愛称にぴったりだと思ったのだけれど」
「……気に入ったかも」
「それは良かったわ」
抱き寄せられ頭を撫でられる。
完全に犬扱い。
初対面時に「私も犬だったら貴女に飼われたい」と勢いで言っちゃったしなぁ。
千聖さんの耳には「私も犬だったら」の部分が聞こえなかったみたいで。
「レオンを抱っこして私の家まで運んだワンコなら大丈夫よ」
「頑張ります」
伊達に幾つもの現場を渡り歩いてきたわけではないところを見せないと。
「――それにつきましては担当から折り返させますので、はい、申し訳ございません」
十から先は数えていない謝罪の言葉とともに受話器を置く。
電話内容をパソコンに入力して保存、そして鳴り続ける電話を取る。
おかしい……力仕事と言われたのに電話応対とか、しかもバイト契約結ぶ前にパソコン使ってるし。
やべー事務所に来ちゃったのかも。
……明らかに社員さん足りてないし。
「お疲れ様、もうここはいいわよ」
「はい」
千聖さんに呼ばれ執務室から抜け出す。
残された社員さん達のすがる様な視線を振り切って。
「悪かったわね。まさか他所の部署に持っていかれるとは思わなかったわ」
「着いた瞬間拉致られるとか勘弁してください」
「お詫びにワンコの分のお弁当も貰ってきたからお昼にしましょう」
「うわ……もうそんな時間に」
そう言えば朝から何も食べてない、お腹が空くわけだ。
「場所は……そこの会議室でいいわね」
お弁当とお茶を持っている千聖さんの代わりに、ラベルが空室となっている部屋を開ける。
そこにいたのは銀髪にエメラルドグリーンの瞳の少女……まるで精巧なお人形のような。
「あ、失礼」
「イヴちゃんじゃない、お疲れ様」
「お、お疲れ様です。白鷺さん!」
部屋の隅でパイプ椅子に座って読書をしていた少女は瞬時に立ち上がると千聖さんに向かって最敬礼。
ベストオブお辞儀を強いる千聖さんって……。
「ちょっとそこは会釈で十分でしょ。それに千聖でいいのよ」
「で、でも……」
困ったようにオロオロと視線を泳がせる彼女。
千聖さんの方が十センチくらい背が低いのに……不思議な光景。
「千聖さん、何かしたんですか?」
「何もしてないわよ。ただ私の方がこの事務所長いから」
「年功序列です!」
あれ、そういう意味だっけ?
ん、私の方を不思議そうに見ている。
「事務所の方ですか?」
「えっと、私はワンコ、千聖さんの「友達よ。今日はバイトに来てもらったの」」
最後まで言い終わらないうちに千聖さんに被せられる。
そっか、友達でいいんだ。
「なるほど、若宮イヴと申します。以後お見知りおきを」
「これはご丁寧に」
自己紹介とともに会釈されたので私も会釈で返す。
西洋人ならてっきり握手でもすると思ったけど。
「イヴちゃん、ここでお昼をとっても大丈夫かしら?」
「はい、どうぞ」
千聖さんと私の為に部屋中央の長机の椅子を引いてくれる。
私にまで気を遣わせちゃって何か悪いなぁ。
「イヴちゃんのお昼は?」
「あ、もう食べました」
「そう。午後から撮影だったかしら?」
「はい、頑張ります!」
二人の会話に耳を傾けながら黙々と食べる私。
冷めてるけど結構美味しい。
ペットボトルのお茶は普通だけど。
「あら、何かしら?」
着信があったようでスマホを取り出す千聖さん。
二言三言交わすと立ち上がる。
「ちょっと打ち合わせに行ってそのままドラマの撮影に行くから残りは食べておいて」
「あまり食べていませんけど」
「大丈夫よ、朝はしっかり食べたから。悪いけど二時になったらワンコは午前中と同じ仕事をやって頂戴」
「……はい」
電話応対の続きか、クレーム多めの。
颯爽と出ていく千聖さん。
頑張れ。
で、若宮さんと二人きりになったわけだけど。
チラッ、チラッ
うん、見られてる。
「眼帯の事?」
「ご、ごめんなさい。つい気になりまして」
ここはひとつ小粋なジョークでも。
「木に登った時にちょっとひっかけて取れちゃったので食べちゃった」
「まさに独眼竜!」
身を乗り出して目を輝かす若宮さん。
予想外の反応。
「まあそんな逸話があるわけじゃなくてただの病気。勿論天然痘じゃないけど」
「す、すみません。興奮しちゃって」
顔を赤くして恥ずかしそうにする若宮さん。
可愛い。
「もしかして戦国武将とか好き?」
「はい! ブシドー大好きです!」
容姿からは想像できない発言にちょっと驚いた。
でも最初の硬かった表情に比べるととても生き生きとした笑顔。
「うん、いいと思うよ」
「ありがとうございます! でも、他の人に言うと変な顔をされて……」
「あー、確かに普段使わない言葉だしね。私みたいな読書が趣味で歴史小説好きとかじゃないと厳しいかも」
「でも……日本にはこんな素敵な文化があるんだって伝えたいんです!」
真剣な表情で語る彼女。
つい応援したくなってくる。
自分の国の文化に興味を持ってくれるって、責任のある立場じゃなくても何か嬉しい。
「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つ事が本にて候」
「朝倉宗滴! そうですね……何と言われようとも貫くのがブシドー初心を思い出しました!」
「流石に詳しいね。ここで会ったのも何かの縁。力になれそうなことがあったら言ってね」
「ありがとうございます!」
いきなり抱き着かれた。
不思議な香りが鼻孔をくすぐる。
千聖さんとか今井さんとか私の友達って良い香りの人ばっかりだ。
「ご、ごめんなさい、カンキワマってハグを」
「ふふっ、若宮さんって面白い人だね」
「……イヴって呼んでください、ワンコ師匠♪」
師匠って……まあそんな満面の笑みで言われると断りづらいわけで。
「うん、頑張れ愛弟子」
師匠らしく、か分からないけど撫で撫で。
何となくレオンくんのことを思い出したり。
「早速ですが、モデル撮影の時に表情がいまいちだと」
素人に無茶振り来た。
そもそも若宮――イヴちゃんってキュート系だしあんまり喜怒哀楽の差がない気がする。
こういう時はアレでいくか。
「今から私の言う内容をイメージしてなりきって」
「はい!」
「三方ヶ原の戦い、徳川軍の誘引に成功した武田信玄」
勝ちは貰ったという喜びの表情。
「本能寺の変、短刀を腹に当てる織田信長」
志半ばで果てる憤怒の表情。
「会津黒川城、実弟を誅殺する伊達政宗」
哀れみの入り混じった複雑な表情。
「小田原城の戦い、弾丸飛び交う門前で酒を飲む長尾景虎」
薄っすらと笑みを浮かべ楽しんでいるような表情。
「……百面相。イヴちゃん凄いよ。ナイスブシドー」
「本当ですか!? ご指導の賜物です!」
いや殆ど何もしてないし。
たまたま趣味が一致したおかげかな。
表情筋を普段から鍛えていないと今みたいな表情は出来ないし。
流石プロ。
「ところで師匠は何でジャージなんですか?」
「あー、力仕事と言われて準備してきたんだけどね」
「なるほど、常在戦場ですね。私も見習います!」
どう見習うか謎だけど本当に良い子だ。
つい千聖さんにされたように撫でてしまう。
「えへへ♪」
良い子過ぎて少し不安だけど彼女なりのブシドーを貫いてほしい。
今度改めてお礼がしたいという事で連絡先を交換しイヴちゃんは撮影に出発した。
……私も電話応対に戻るか、愛弟子に後れを取るわけにはいかないし。
日が落ちた頃千聖さんが戻ってきてお仕事終了。
諭吉が二枚入った茶封筒、実にありがたい。
……結局契約書とか書いてないんだけど。
「次は撮影にも同行させてあげるわ」
「お金がもらえて千聖さんの役に立つならどこへでも」
「珍しいっすね。犬神さんが青年誌読んでるのって」
「へ~、どれどれ」
後日イヴちゃんが載ってるという雑誌を見かけたので、買って教室で見ていたら大和さんと今井さんに突っ込まれた。
「知り合いが載ってて。あ、これ……えっ!?」
「えっと『北欧から来たスク水サムライガール!』……」
何故かスク水を着て日本刀を振るイヴちゃん。
「何々『イヴチャンバラにご用心!?』……」
所々破れピンク色の液体が付着したセーラー服姿で日本刀を振るうイヴちゃん。
「白鷺ーッ!」
急いで千聖さんに連絡を入れたところ全く知らなかったとのこと。
今後如何わしい仕事はイヴちゃんに回さないように何とか掛け合ってくれるそうだけど……。
あの事務所本当に大丈夫かなぁ?
「模造刀でも日本刀を振るえる撮影で楽しかったです!」
両親とかフィンランドの親友とかに見せたら泣くよ!?
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<備考>
ワンコ:図書館は無料なので暇な時は入り浸ったり。
白鷺千聖:計算外も計算通り、みたいに振る舞ったり。
若宮イヴ:理解者が現れてウキウキ。
今井リサ:幼馴染にコスプレでアタックするか検討中。
大和麻弥:夏でも涼しくスク水ドラマー、流石にないっすね。
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犬が西向きゃ尾は東
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論より証拠
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掃き溜めに鶴
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握れば拳開けば掌
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惚れて通えば千里も一里