犬も歩けば棒に当たる 作:政影
『ちょっと調子に乗ってるんじゃないかな~?』
『ジブンは他につるむ相手がいなかっただけなので』
『凡人のくせに説教なんて偉そうだね♪』
『お情けで雇ってるんですよ?』
ああ、これか。
現実だと本人達からはまず言われないであろう言葉。
好事が続くと夢の中で凹まされる。
きっと心の奥底で彼女達を信じ切れていないから……。
『僕がいるよ』
えっ!?
聞いたことのない優しい声が頭に響く。
ふわりと包まれるお日様の匂い。
凄く安心できる。
ペロッ
ペロッ
「ひゃん!」
「あ、起きたわね」
頬に受けた生温かい感触に目を覚ますと眼前にはレオンくん。
その向こう側には台本らしき物を読んでいる千聖さんがいた。
何この状況。
「……とりあえず、このアパートはペット入室不可なんですけど」
「入口で掃除していた大家さんに許可は貰ったわ」
どんな話術を使ったのやら。
まあレオンくんなら私は反対しないけど。
相変わらずふわふわで温かくて癒される……抜け毛の事は今は忘れよう。
「それと合鍵を渡した覚えが無いのですが」
「この前メーカーと鍵番号をチラ見して作らせてもらったわ」
事も無げに言う千聖さん、怖い。
まあ今回みたいな心臓に悪いドッキリ以外デメリットは無いからいいか。
とりあえず顔が自分の涙とレオンくんの唾液でべとべとなので洗顔する。
……眼帯付けてなかったけど何も言われなかったね。
「怖い夢でも見たの?」
台本から顔を上げずに発せられたその言葉に息を呑む。
「飼い主に隠し事は無しよ」
「まあ……その……言葉にし難いというか」
「そう。こっちに来なさい」
「……はい」
台本を置いて手招きする千聖さんに近付くと――
ぎゅー
「ひ、ひゃい!」
思いっきり両頬を引っ張られた。
「落ち込んだり泣いたりするのは私の前でしなさい。いくら飼い主でも夢の中までは行けないわ」
「ふぁ、ふぁい!」
「よろしい」
「くぅーん」
引っ張られて赤くなった頬をレオンくんが舐めてくれる。
お礼に頭を撫でると多分笑顔になった。
ああ、そういう事か。
……うん、私も千聖さんに最高の笑顔を返したい。
「ところで今日は何用で?」
「懇意にしているペットホテルでバイトの募集があったから知らせに来たの」
その為にこんな朝早く……嬉しいなぁ。
もっともメールでも良かったんじゃないか、という思いは口にしないでおく。
おかげで痴態を見られて絆が深まった気がするし。
「喫茶店のバイトと時間の調整がつけば直ぐにでも」
「そう。履歴書はあるかしら?」
「一応書いたストックは」
羽沢珈琲店だけだと時間が余るので、他のバイト面接用に履歴書は用意してある。
「じゃあ行くわよ」
「あ、はい」
服装は……無難に羽丘の制服を着ていこうかな。
他にフォーマルっぽい服持ってないし。
「はい、では来週からお願いします」
「お願いします」
……三分で決まった。
これも千聖さんのコネのお陰か。
「それでは今日もレオンをお願いします」
「わん!」
「はい、承りました」
午後から仕事があるそうなのでレオンくんはペットホテルに預けられた。
朝夕一時間ずつの散歩が必要らしいけど家の人は時間が取れないそうで。
そんな大事な時間を私の為に割いてくれた千聖さん……。
「本当に面倒見がいいですね」
「そう? 飼い主としては当然の義務よ」
そう言って私の頭を撫でる。
……溺れて依存しそう。
「でも、飼われる側も十二分に責務を果たしなさい」
「……はい」
飴と鞭、立派な犬の訓練士になれそう。
「ちょっと仕事まで時間があるわね。どこかでお昼にしましょうか」
「手前味噌ですが、羽沢珈琲店のランチをお勧めします」
「ワンコのバイト先ね。私も前に友達とお茶をしてとても良かったわ」
流石羽沢店長、千聖さんを満足させるなんて。
私も早くあの店の一員として恥ずかしくないレベルの仕事をしたい。
「いらっしゃいませ――ワンコ先輩!?」
「こんにちは。二名だけど入れる?」
いきなり現れた私に驚く看板娘のつぐみちゃん。
今日もお店のエプロンが似合っている。
店内はランチタイムが始まったばかりにもかかわらずかなりの混雑っぷり。
諦めた方が良さそうかな?
「あ、ワンコ! こっち空いてるよ」
「リサさん」
声のした方を見るとリサさん、それに麻弥さんもいた。
四人掛けのテーブルに二人、相席できそう。
「お友達?」
「……クラスメイトで親友です」
「そう」
私の返事に嬉しいような寂しいような表情を作った千聖さん。
一瞬でいつもの笑顔に戻ると――
「紹介してもらえないかしら?」
「はい」
……気付かなかったことにしておこう。
「初めまして、今井リサです」
「大和麻弥っす……もしかして白「しっ」」
麻弥さんの言葉を口に指を当て遮る千聖さん、ドラマみたい。
「千聖です。よろしくね」
小声で話す彼女にコクコクと頷く二人。
やっぱり有名人なのか。
「私はランチセットで今日のパスタと紅茶で」
「ランチセットのハンバーグとコーヒーをお願い、つぐみちゃん」
「はい、復唱します。ランチセット今日のパスタと紅茶、ランチセットハンバーグとコーヒー以上になります」
「うん、よろしく」
早速注文を済ませる。
興味津々の二人が早く千聖さんと私の関係を教えろと目で催促してくるので、今までの出来事を掻い摘んで話した。
「へー、そんなことが。ていうかワンコの命名者って千聖なんだ」
「そういうことになるわね」
「でも良かったですよ。『狂犬犬神』から『狂犬ワンコ』になりましたし」
「え、なにそれ私初耳なんだけど」
「襲撃してきた中等部を返り討ちにして、首謀者を土下座させたことになってるしね」
何それ怖いし、恥ずかしい。
「ふふっ、楽しそうな学校生活ね」
これ以上恥ずかしい事実が明らかになる前に話題を変えないと。
「二人が休日に一緒って珍しいね。麻弥さんがギャルデビューでもするの?」
「ち、違うっすよ!? 楽器店でたまたま出会って……」
「麻弥はドラム、アタシはベースを見にね。麻弥ほどレベルは高くないけどアタシもベース歴自体は長いよ」
「何言ってるんですか。リサさんなら引く手数多っすよ」
そういや二人とも楽器やってるんだっけ。
音楽センスが壊滅的な私からすれば尊敬の対象。
「リサちゃんベースやってるの!?」
「う、うん」
千聖さんが食いついてきた。
ガサガサと鞄を漁ると出てきたのは台本。
さっきは気付かなかったけどかなりボロボロで読み込んでいるのが分かる。
「今度撮影の始まる軽音楽部のドラマでベーシストの役に決まったの……」
絞り出すように発せられた言葉。
次の言葉が良くない事であるのが容易に察せられる。
「でも全然ベースには詳しくなくて。事務所に相談しても演奏シーンは合成になるから、どうでもいい事に時間を割くなって」
「……」「……」
真剣に聞き入る二人。
ぎゅっ
テーブルの下で私の手を握る千聖さんの手。
ぎゅっ
私も握り返す。
多分この人は誰かに努力している姿を見られたくないんだと思う。
その信念と仕事に掛ける思いを天秤に掛けて悩んでいる。
どっちを選んでも私は応援するよ。
「でも、弾けるようになりたいの! 中途半端な仕事はしたくないの!」
普段の営業スマイルとは別人のような決意を込めた表情。
私達三人は圧倒され、思わず顔を見合わせる。
こうなったらやるしかないでしょ。
初対面?
運命の出会いだよ。
「アタシの指導は厳しいよ~♪」
「機材なら任せてほしいっす! 江戸川楽器店にも伝手はありますから!」
「私は……とにかく応援する!」
「みんな……ありがとう……」
涙ぐむ千聖さんを抱きしめるリサさん。
謎の熱気でチーム千聖が結成された。
「あのー、ちょっと声を抑えていただけると」
「ごめん、つぐみちゃん」
看板娘には怒られました。
「ごめんなさい」
「いいよ、午後探す予定だったバイトは午前中に決まったし」
食後のコーヒーを飲み終わっても店は大盛況。
順番待ちの列は店外にも。
千聖さんが仕事に行くというので解散することに。
リサさんと麻弥さんの楽器巡りも気にはなったけど、つぐみちゃんが大変そうだったので臨時でバイトをすることになった。
とりあえず接客と皿洗いは任せて。
「三番さんにコーヒーのお替りと五番さんにお冷のお替りお願いします」
「了解」
一緒に働いてみるとつぐみちゃんの指示の的確さがよく分かる。
バイトを始めて日の浅い私が気付かないことを指摘してくれるのは頼もしい。
でも……。
「あっ」
「おっと」
ランチタイムが終わる間際、よろけたつぐみちゃんをギリギリ支えた私。
疲労の蓄積かな……。
「後は私一人でも回せるからお昼休憩にして」
「で、でも!」
「早く仕事に慣れたいしお願い」
「……はい」
不承不承といった感じの彼女を店の奥に下がらせた。
さあ、言ったからには最高の仕事をするよ。
「つ、疲れた……」
「お疲れ様です」
店の奥の休憩スペースでぐったりしていると、つぐみちゃんがお冷を持ってきてくれた。
一気に飲み干す、美味しい。
「何でランチタイムが終わっても人が途切れなかったんだろう……」
私の言葉に何か気付いたのかスマホを弄りだす彼女。
「ありました。多分、これですね」
「あー、千聖さんいつの間にか盗撮されてる上に店の名前付きで拡散されてる」
売り上げが上がったのは喜ばしい事だけど、千聖さんを勝手に利用しているみたいでなんか嫌だ。
そもそも事務所も黙っていないだろう。
「それと『羽丘の独眼竜が真面目にバイト? チョーウケる!』って話題も」
……また謎の異名が付いてるし。
確かに女子高生くらいのお客さんにチラチラ見られてたような気はしたけど。
ウケる要素ないでしょ!?
カランカラン
「ねー、ワンコちゃんいる? 日菜ちゃんが来てあげたよ♪」
感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。
アンケートにご回答をお願いします。
<備考>
ワンコ:噂だけが独り歩き。
白鷺千聖:ペットは飼い主に似る、飼い主はペットに似る。
今井リサ:麻弥の女子力上げるよ。
大和麻弥:リサさんを機材沼にハメるっす。
羽沢つぐみ:バイトが増えて楽になる筈がお客も増えて(ry
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犬が西向きゃ尾は東
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論より証拠
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掃き溜めに鶴
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握れば拳開けば掌
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惚れて通えば千里も一里