犬も歩けば棒に当たる   作:政影

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犬に好かれるのって難しいです。


本編0-6:下手があるので上手が知れる

「40-15。ゲームセットアンドマッチ、ウォンバイ氷川。スコアイズ4-2」

 

「よゆーでしょっ♪」

 

「……お疲れ様」

 

 まだ余裕がありそうな氷川さんとネット際で握手をしてコートから出る。

 直ぐに麻弥さんが濡れタオルを持ってきてくれたのが嬉しい。

 酷使した左目に瞼の上から当てると気分とは裏腹に実に気持ち良い。

 

「ワンコ、お疲れ」

 

「リサさんごめん。今日でテニスの授業が最後だったのに勝てなくて」

 

「だからもういいって」

 

 まだ目は開けられないが穏やかに笑っているのは想像に難くない。

 ……意地になっているのは私だけ、かな。

 

「そうっすよ! ワンコさん十分頑張りましたって」

 

「ありがとう」

 

 まあ、負けたところで失うものは無いし潮時かも。

 ……でもここまで悔しく思ったのって久し振り。

 

 きっと、氷川さんとの相性が最悪という事だと思う。

 

 

 

 

「ねえ、放課後暇?」

 

「はっ?」

 

「ふへっ!?」

 

 麻弥さんとランチタイム中に話しかけてきたのは、よりにもよって氷川さん。

 なんでわざわざ別のクラスから?

 

「私は夕方までバイト」

 

「ジブンは夜までスタジオに籠りっきりです」

 

 私にアイコンタクトをする麻弥さん。

 千聖さんも頑張っているみたいで嬉しい。

 

「ふ~ん、じゃあワンコちゃんがバイト終わるまで待ってるからショッピング行こ?」

 

 いきなり何を言い出すのやら。

 こっちは特に買いたいものは無いし。

 

「来週一年生全体でハイキングあるでしょ? 色々と買い揃えたいなぁって」

 

「シューズ、雨具、リュック、帽子、水筒、行動食、以上。日焼け止めとかはそっちの方が詳しいでしょ?」

 

「もー、そんな普通のものじゃなくてるんっ♪ ってした物が欲しいの!」

 

 うわ、面倒臭い。

 そもそも「るんっ♪」って何?

 日本語でお願い。

 

「ワンコさん、付き合わないと引き下がらないと思いますよ」

 

 麻弥さんの納得できるけど納得したくない小声でのアドバイス。

 食らいついたら離さない猟犬か。

 

「というか、何故私? クラスにも友達いるでしょ?」

 

「ん~、変、じゃなかった不思議な匂いがしたから」

 

 初対面の時のアレか。

 「変」を「不思議」に言い直したのはリサさんの教育の賜物かな?

 

「……お好きなように」

 

「うんっ♪」

 

 関係が良好とは言えない私に対するこの笑顔……胸がざわざわする。

 

 

 

 

「可愛い~♪」

 

「そうでしょ?」

 

 放課後、バイト先である犬カフェに氷川さんと向かった。

 羽沢珈琲店だと思っていたらしく当初は困惑気味だったものの、直ぐに自慢の同僚犬の虜になりめろめろ。

 むしろ犬の方が何かを感じて困惑気味。

 

「……おねーちゃんならもっと喜ぶだろうなぁ」

 

「お客としてならいつでも歓迎」

 

「……うん」

 

 少し沈んだ声には気が付かないふり。

 今の私はただの店員、そう自分に言い聞かせた。

 

 というか、システム説明やら飲食物の提供やら会計やらが大忙しで氷川さんに構っている余裕はあまり無い。

 前に千聖さんが来店したのが話題になってから一気に認知されたようだ。

 店自体は変わっていないだけに広告宣伝の重要さを思い知る。

 遅番の同僚がシフトに入るまでの辛抱。

 

 

「ワンコ君、店は落ち着いてきたからペットホテルの方の散歩行ってきて」

 

「はい。氷川さんも行く?」

 

 このままバイト終了まで延長料金を払わせ続けるのも気が引けるので。

 まあこれ位のサービスなら店としても許容範囲の筈。

 

「うん、楽しみ♪」

 

 

 

 

「今日はセント・バーナード三匹」

 

「よろしくね!」

 

「ワン!」「ワンワン!」「ワンワンワン!」

 

 ……百キログラム近い巨体が三匹。

 食べる方も出す方もやべー奴。

 三匹同時は初体験。

 

「では出発つつつっ!?」

 

「ワンコちゃん!?」

 

 いきなり三匹が駆けだし引きずられる私。

 踏み止まろうとするも一度バランスを崩したため、スニーカーの底がアスファルトで削られていく。

 

「うりゃ!」

 

「氷川さん!?」

 

 何を思ったか三匹の前に出て止めようとする氷川さん。

 当然大相撲の力士並みのタックルを耐えきれるはずもなく吹っ飛ばされ地面を転がる。

 

「ちょっと!?」

 

「……えへへ、失敗、失敗」

 

「くぅーん……」

 

 三匹は急停止し申し訳なさそうに彼女の擦りむいた手や膝を舐める。

 

「あはは、くすぐったい♪」

 

 

 

 その様子に無性に腹が立った。

 

 

 

「馬鹿! 大怪我でもしたらどうする!」

 

「え、あ、ごめん……」

 

「……謝るのは私の方、本当にごめんなさい」

 

 散歩は中止にして直ぐに店に戻って手当てをしないと。

 とりあえずおんぶして――

 

「これ位なら大丈夫だって」

 

「でも……」

 

「ワンコちゃんのバイトの邪魔してこれ以上嫌われたくないからね」

 

「……馬鹿」

 

 なんで私相手に格好つけるのかなぁ。

 これだけ邪険にしてるのに。

 普段は空気読まないくせに……。

 

 

 

 

「ちょっとヒナ、どうしたのそれ!?」

 

「あ、リサちーだ」

 

「丁度良かった。リサさん氷川さんの手当てをお願い」

 

 そのままというわけにもいかないので、最寄りのコンビニでリサさんがバイト中という事を思い出し手当てをお願いした。

 千聖さんの特訓に行く寸前だったので際どいタイミング。

 私はこの三匹が暴走しないようにするので手一杯。

 

「はい終わり。もう無茶しちゃダメだよ?」

 

「うん、ありがとう」

 

 手際よく処置を済ますリサさん格好良い。

 大聖母ギャルナース……。

 

「ワンコも気を付けてね」

 

「うん、気を付けるよ。リサお母さん」

 

「ちょ!?」

 

「あはは、それいいね。リサおかーさん♪」

 

「せめてお姉さんにして!」

 

 段違いな包容力を感じたのでつい。

 リサさんには失礼だけど、こんな人が私の母親だったら良かったのに。

 全く覚えていないのに借金だけはしっかり残ってる実の両親なんて、知らない。

 

 

 

 

 その後はつつがなく散歩も終え、バイト終了後は予定通り氷川さんとショッピングに。

 品揃えの豊富なショッピングモールは夜遅くまで営業中。

 でも十八歳未満は二十三時までに家に帰らないと。

 

「ねー、この犬のぬいぐるみ可愛いよね?」

 

「……ハイキング関係無いよね?」

 

「いいじゃん、いいじゃん。あ、こっちのパンダ面白~♪」

 

「はいはい」

 

 先程やらかした手前強くは出られない。

 ……まあ無邪気にはしゃいでるのを眺めるのは悪くないけど。

 子犬というか子猫というか……多分そんな感じ。

 

 

 結局ぬいぐるみ屋では何も買わずに次の店へ。

 

 

 アロマオイル作りが趣味という事で原料となるハーブの種を買いに園芸店へ。

 アロマの効能ってリラックスとか心の落ち着きだと思っていたけど普段の言動を見るに謎。

 ああ見えて実は結構ストレス抱えているとか?

 ……もしかして私のせい?

 

「どうしたの? いつも以上に変な顔して……あっ」

 

「後ろから刺されても知らないよ?」

 

「え~、悪い意味で言ってるんじゃないんだけどなぁ」

 

 考え過ぎか。

 むしろ私の方がストレス抱えてる。

 

「お金払うから今度一番リラックスできるやつ頂戴」

 

「えっ……う、うん! 一番るんっ♪ ってくるやつあげる!」

 

 いい加減人の話を聞いて。

 というか、その表現だと危ない脱法的な代物にしか聞こえない。

 ……え、もしかしてそのやべー性格の一因って。

 まさか、ね。

 

「今失礼なこと考えてた?」

 

「全然」

 

 今後はあまり触れないでおこう。

 

 

 

 

「奢ってもらっていいの?」

 

「怪我させちゃったお詫び」

 

「あたしが勝手にした結果なのに」

 

「私の気が治まらないから大人しく奢られて」

 

「うん、ありがとう♪」

 

 モール内のフードコートで氷川さんが選んだのはハンバーガーのセット。

 まあここには変な店は無いし無難か。

 私も同じ物を頼んだ。

 

「嫌いな食べ物ってあるの?」

 

「うーん、嫌いというか味が薄いものってるんっ♪ ってしないかな~」

 

 なるほど、今度リサさんや麻弥さんに暴言を吐いたらギムネマ茶でも飲ませてみるか。

 アレ飲んだ後で甘い物食べたら味しないし。

 

「ワンコちゃんの嫌いな食べ物って?」

 

「野草かなぁ。山で遭難して仕方なく生で食べたけど調理しないと流石にきつい」

 

「……全く解らない」

 

 微妙な表情の氷川さん。

 これは一本取ったという事?

 全然嬉しくないけど。

 

「ワンコちゃん、今度のハイキングで遭難しないでよ?」

 

「学校レベルのハイキングでそうそう遭難しないって」

 

 その時はそう思ってた。

 

 

 

 

「待て、氷川っ!」

 

 ハイキング中、急に道を外れ木々の間を駆け抜ける氷川さんを追いかける。

 そもそも自分のクラスの列を抜け出して私達に合流した時から胸がざわついていた。

 

 ……あれ、何で私追いかけてるんだろう?

 遭難覚悟で追いかける義理なんてないのに、放っておけばいいのに。

 

 頭の中がぐちゃぐちゃになりながらも体は幹や枝を避け続ける。

 

 

 追いついたら答えは見つかるのだろうか?

 

 

「……馬鹿」

 

「痛っ、ワンコちゃん!?」

 

 ようやく追いついたので息を整えながら氷川さんの後頭部に軽い手刀をお見舞いした。

 

「何で道を外れたの?」

 

「この子が……」

 

「くぅーん」「…………」

 

 視線の先には柴犬が二匹、片方はくくり罠により右前足が締め付けられ血が滲んでいた。

 もう片方は氷川さんに助けを求めるように弱弱しく鳴いている。

 

「その……えっと……」

 

「……助けたいんでしょ?」

 

「うん!」

 

 私の言葉に目をキラキラさせてこっちを見る彼女。

 一般的に飼い主以外には警戒心が強い犬種、多少危険だけどやるしかないか。

 

「とりあえず軍手してそっちの子押さえておいて」

 

「りょーかい」

 

 軍手をはめて拘束されていない方の犬を抱きしめる彼女。

 ……その体勢だと軍手の意味が無いけど大人しくしているからいいか。

 

「あなたのおねーちゃんはもう大丈夫だからね」

 

「わん!」

 

 勝手に姉妹だと決めつけてるし。

 まあ否定する根拠もないけど。

 こっちも準備しますか。

 厚手のグローブをはめ、首筋を守るため気休めのネックウォーマーを付ける。

 

「痛かったらごめんね」

 

「…………」

 

 静かに見つめてくる柴犬。

 首輪はしているから予防接種はしているだろうけど……。

 耳は食いちぎらないでほしいな。

 

 くくり罠に届く範囲まで近づき腰を下ろす。

 これ以上深く食い込まないように静かにワイヤーを持つ。

 確かワイヤーについているこのつまみを回せば……。

 

 ゆっくりとつまみを回すと次第にワイヤーが緩んできた。

 足が抜けるまで拡げると自分で足を引き抜いた。

 

「……ふぅ」

 

「やったね!」「わん!」「……わん」

 

 緊張を解き地面に座ったままだらんとしていると、氷川さんに押し倒され二匹には頬を舐められた。

 全く……毎回トラブルに巻き込んでくれる。

 

「あ、ワンコちゃん笑ってる♪」

 

「笑ってないよ」

 

「えー、素直じゃないな~」

 

「わん!」

 

 ……さて引率の先生達にはどう謝ろうか?

 

 

 

 

「罰として二人とも生徒会の手伝い」

 

「はい」「え~」

 

 先生から告げられた罰は思っていたのより軽いものだった。

 あの後怪我をした犬を抱いて集合地点まで行ったところ、飼い主がいて礼を言われたため情状酌量。

 飼い主によると妹犬が脱走してそれを姉犬が追いかけて罠に嵌まったという事らしい。

 姉犬……お前……。

 

「わん」

 

「うん、お互い頑張ろうか」

 

 姉犬に励まされて少し気持ちが軽くなった、そんな春の日のこと。




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<備考>

ワンコ:放課後はバイト。

氷川日菜:放課後はたまに部活。

大和麻弥:放課後は部活とバイトと特訓。

今井リサ:放課後は部活とバイトと特訓と幼馴染の見守り。

犬姉妹:散歩。

下記の中で一番好きな話は?

  • 犬が西向きゃ尾は東
  • 論より証拠
  • 掃き溜めに鶴
  • 握れば拳開けば掌
  • 惚れて通えば千里も一里
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