犬も歩けば棒に当たる 作:政影
○勧誘(シーズン1春)
「ねえ、紗夜ちゃんってギターやってるんだよね?」
「一応は」
始業式から数日、自席で次の授業の準備をしていると丸山さんに話しかけられた。
それほど親しいというわけでもない彼女に、意図がつかめない質問をされ不審がっていると――
「このチラシ見てみて」
「これは……アイドルバンドのギター担当のオーディション?」
「うん、うちの事務所の新しい企画なんだけど紗夜ちゃんギターが上手って聞いたからどうかなって?」
「……ギターの腕には多少自信がありますがアイド――」
「授業始めるぞー、席に着けー」
「あ、時間だ。そのチラシあげるね♪」
「えっ!?」
先生の言葉にチラシを私の机の上に置いたまま自分の席に戻る丸山さん。
……興味は無いので後で返すことにしよう。
しかしタイミングが合わず、その日のうちに返す事はできなかった。
「アイドル…………」
結局家に持ち帰ってきてしまったチラシを自室で改めて眺めじっと考える。
アイドルに重点が置かれているならば、自分以外のメンバーの演奏技術には期待できないかも知れない。
もしそうなら自分の成長も見込めないし、それに――
「ギター担当氷川紗夜です♪ 好きな物はわんちゃんとジャンクフードだよ~……くっ、絶対無理よ!」
アイドルっぽい自己紹介をしただけで顔が熱い。
この体たらくではとてもやっていけないと思う。
そもそもアイドルをやるなら明るい日菜の方が適任だろうし……。
また道端でうずくまって運ばれないように今日はもう寝よう。
でも……うずくまっていたらワンコさんや羽沢さんに助けてもらえるかも……。
そんな後ろ向きな考えが浮かび涙がにじむ。
駄目よ、こんな事ではいつまでたっても日菜と向かい合えない!
私を見捨てないでいてくれている人達にも失礼だ!
そんな時、私のギターが視界に入った。
アルバイトをしていない私にとっては決して安くはない金額で購入した物。
物に縋りつくなんて……でもこれしかないと思った。
ギターを構えピックを手にする。
私に残された最後の道。
弱い私が再び歩き出せるように力を貸して……お願い……。
ピピピ! ピピピ! ピピピピピピピ!
目覚ましに意識が覚醒し体を起こすとベッドの上、掛け布団も掛かっていた。
確か昨日はギターを弾き続けたまま……記憶が途切れている。
急いで見回すとギターはスタンドに置かれていて一安心、落としたり踏んでたりしたら目も当てられない。
今日も学校があるので釈然としない思いを抱きつつ制服に着替え部屋を出た。
そう言えば丸山さんから貰ったチラシは何処へ?
○嘘つき(シーズン1夏)
「お手」
「わん♪」
「あはは、お利口さんだ♪」
私の部屋で双子の妹が四つん這いになった私のバンドメンバーにお手をさせています。
夏ですね。
今年の夏は猛暑日が多いので水分塩分の補給はしっかりしないといけません。
風紀委員として周知徹底をしませんと。
…………はっ、思わず現実逃避してしまいました。
まずは現状を確認しましょうか。
「あ、おねーちゃんお帰り。ワンコちゃんに催眠術を掛けたら犬になっちゃった♪」
「わん!」
妹の発言に思わず人差し指で眉間を押さえます。
周りからはよく「天才」と呼ばれる妹ですが、何時の間に催眠術まで……。
普通ならば疑うところですが、苦手と公言している相手にべったりなワンコさんを見ると信じるしかありません。
妹の破天荒さは今に始まった事ではないですし。
私の後追いではない事に安堵と少しの感傷、いえそんな事を考えている場合ではありません。
「日菜直ぐに元に――」
「あ、これからお仕事の打ち合わせだった。おねーちゃんに可愛がってもらってね、ワンコちゃん♪」
「わん♪」
止める間もなく私の横をすり抜けて行った日菜。
少しして玄関ドアの勢いよく閉まる音が聞こえてきました。
「はぁ……一体何なのかしら」
「くぅーん?」
私が立ったまま腕を組んで唸っているとワンコさんが足に頭を擦り付けてきました。
典型的な犬が甘えている時に見せる行動ですが、人間にやられると何と言うか……。
取り合えずその場に座るとワンコさんはお腹を上に寝転びました。
俗に言う「へそ天」……スカートが捲れ短パンが露わになっていますが、犬なので仕方ありませんね。
何かを要求する眼差し……撫でて、ということでしょうか?
仕方ありませんね、妹の不始末ですから。
「よしよし」
「♪~」
ワンコさんのお腹を制服のベストの上から円を描くように撫でます。
どうやら正解のようですね。
目を細め彼女の表情が普段見ない位にリラックスしています。
……本当に犬みたいですね。
いつかはここを出て別の場所に住むと思いますが、一人暮らしで働きに出た場合は大型犬を飼うのは難しいでしょう。
在宅ワークならあるいは……。
「わんっ!」
「すみません。考え事をしていました」
いけませんね、撫でる手が疎かになっていたようです。
犬(仮)相手でも不誠実な態度は良くありません。
「くーん」
今度は顎を私の膝の上に載せてきましたか。
これも甘えたい時やリラックスしたい時にする仕草の筈ですね。
……勘違いしますよ?
なんて、少し自惚れてしまいました。
ワンコさんの周りには私なんて比較にならない程に魅力的な女性ばかりですし。
歌に対して真っ直ぐに向き合い全ての経験を貪欲に吸収しながら歩み続ける湊さん。
見た目通りの快活さと器用さ、そしてきめ細やかな気配りのできる今井さん。
一歩引いた立ち位置から全員を見守り、時には叱咤して正解へ導く白金さん。
どんな状況でも明るさを失わず、知らず知らずのうちに周りに勇気を与えている宇田川さん。
Roseliaだけでもこんな逸材揃いなのに他のバンドにも……。
しかも私と彼女の共通点は日菜に負け続けたことくらいですし。
「きゃん!」
「あ、すみません。何故か涙が……駄目ですね、日菜以外とも自分を比べてしまって勝手に落ち込んで」
「……………………」
「大丈夫ですよ。直ぐに立ち直ってみせますから」
「……………………」
「なぜなら……私もRoseliaの一員ですからね」
意外と手触りの良い彼女の黒髪、弄んでいる内に元気が出てきました。
犬化している相手に弱音を吐きだしたお陰……他の人には言えませんね。
「ただいまー、打ち合わせの日にち間違えちゃった♪」
「ひ、日菜!?」
「痛っ、あれ?」
日菜がいきなりドアを開けたため思わず立ち上がってしまい……ワンコさんは床に顎をぶつけてしまいました。
「ご、ごめんなさい、ワンコさん」
「……あれ、確か日菜ちゃんに無理やり紗夜さんの部屋に連れ込まれて」
「もー、ワンコちゃん勝手に寝ちゃうんだから~」
「え、そうだっけ……」
「そーだよ、ね、おねーちゃん?」
目配せをする日菜、犬化している時の言動を聞かれたら困るのでここは乗るしかありません。
「ええ、お疲れのようでしたから僭越ながら膝枕を」
「紗夜さん優しい……覚えていないのが残念だけど」
「私の膝で良ければいつでもお貸ししますよ?」
私の発言に目を丸くする二人……変な事を言ったかしら?
「おねーちゃん、あたしも!」
「あなたには昔散々したでしょ?」
「えー、今もしてほしいの!」
「全く……」
日菜の駄々っ子の様な言葉に昔を思い出して口元を緩めてしまいます。
あの頃からこの子は変わっていないわね、いつも真っ直ぐで。
ふとワンコさんの方を見ると透き通るような笑顔…………。
本当に優しいのは、こんな面倒な双子に付き合ってくれているあなたの方ですよ?
……日菜に催眠術を習おうかしら?
○映画(シーズン2春)
>バイト先でチケットを貰ったので、来週の水曜の夜に映画に行きませんか?
自室でギターを弾いているとスマートフォンにワンコさんからメッセージが届きました。
来週の水曜……放課後は風紀委員の定例会があるだけでRoseliaの練習は無かった筈ですね。
そもそも練習スケジュールは彼女も把握していますし。
>問題ありませんが私でいいのかしら?
>紗夜さんが良いんですヾ(*´∀`*)ノキャッキャ
即答ですか。
……断る理由もありませんね。
>分かりました。待ち合わせ場所と時刻を教えてください。
映画のタイトルもジャンルも聞かずに決めてしまいました。
少し浮かれているのかもしれません。
想定外でした。
まさか電車の車両トラブルでこんなに遅れてしまうなんて。
改札から映画館まで全力疾走、体育祭のリレーの時より速いかも知れません。
普段ギターを背負っているお陰か通行人をかわすのも余裕です。
飛び乗ったエレベーターの中で息を整え汗を拭きながら時刻を確認、何とか間に合いそうですね。
……周囲の視線はこの際無視します。
「紗夜さん」
「お待たせして申し訳……えっ!?」
エレベーターから降りたら聞き慣れた声、思わず開始時刻ギリギリになってしまった事を詫びようとしましたが――
「もしかして似合ってないかな?」
いつもの彼女なら着ないであろう水色のワンピース、ロングウィッグで右目を隠しているので眼帯を着けているようには見えません。
そしてナチュラルメイク……今井さん直伝かしら?
普段の彼女とのギャップで鼓動が早くなった気がしますが、可能な限りポーカーフェイスを心掛けます。
「こんな可愛らしいワンコさんは初めて見るので驚きました」
「うん、やればできる子だから」
純真無垢という言葉が当てはまる笑顔、折角着飾ったのにいつもより幼く見えますよ?
「試写会だったんですね」
「うん、チケットはコンビニで発券済みだから後はポテト」
「まずは飲み物ですよね? まあ、ポテトを買うのはやぶさかではありませんが」
「ふふっ、了解」
最近の映画館はポテト一つとってみても複数の味付けがありますからね。
一般教養として実際に食べてみるのは当然だと思います。
『五人揃ってアイドル戦隊パスパレV(ファイブ)!』
最初は見知った人達の登場で思いっきりむせてしまいワンコさんを睨みつけましたが、素知らぬ顔で口元に人差し指を立てたので黙って見続ける事にしました。
意外な事に話の内容はしっかりしていて、単純な勧善懲悪ヒーロー戦隊物ではなく笑いあり涙ありの見応えがある映画でした。
……闇堕ちしたパステルブルーの姉との和解の件は思わず、いえポテトが目に染みただけです。
何にせよ時間の無駄でなかった事は確かです。
「騙しましたね?」
「何の事?」
映画館のロビーで余韻に浸る……ではなく、ワンコさんを問い詰めます。
恐らく日菜に頼まれた事だとは思いますが、何となく嵌められた気がして悔しかったので。
「チケットはバイト先からではなく日菜からですよね?」
「残念、バイト先から貰ったのは事実。私も今の映画に出ててギャラの一部って事」
「はぁ!?」
額に手を当てて考えますがワンコさんみたいな登場人物は……あっ!
「日菜に蹴り飛ばされて崖下に落ちた戦闘員ですか!?」
「流石紗夜さん。ちなみに五人それぞれに最低一回やられてるから、次見る時はそこも注意して見てみて」
「はぁ……次も付き合ってくださいよ?」
「うん、勿論♪」
「あ、おねーちゃん見っけ!」
嬉しそうに笑うワンコさん、私を見つけ駆け寄ってくる日菜、どうやら私はこの二人にこれからも振り回される運命のようね。
感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。
アンケートにご回答をお願いします。
<備考>
氷川紗夜:潜在的姉力の高さゆえに振り回される。
氷川日菜:暗躍力に磨きをかける。
丸山彩:鍛えられた度胸力。
ワンコ:安定の犬力。
下記五名で読みたい視点は?
-
市ヶ谷有咲
-
羽沢つぐみ
-
白鷺千聖
-
松原花音
-
氷川紗夜