犬も歩けば棒に当たる   作:政影

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本編4-2:チャンスを狙い撃て(シーズン1夏)

 速く、速く、速く。

 

 頭からそれ以外は消えていく。

 

 歓声も水の音も先行する彼女の存在も。

 

 さあ、ゆり先輩直伝の泳ぎで最後まで。

 

 

 

「はぁっ……すー、ふぅー」

 

 プールの壁に手が触れ楽しい時間が終わってしまった。

 顔を上げゴーグルを外し呼吸を整えながら横を見ると――

 

「るんっ♪ てする泳ぎだったよ」

 

「そう、ありがとう」

 

 先にゴールしていた日菜ちゃんがコースロープに掴まってにこにこしていた。

 こちらを見る余裕があったということか。

 言い訳したい事柄はあるけど負けは負け。

 大人しく敗北を受け入れよう。

 

「で、今回の『お願い』は?」

 

「うーん、ワンコちゃんの怪我が治ったばかりだから今回は別にいいよ。この前の七夕の件もあるし」

 

「……私が羽沢珈琲店でバイトしてる時に来たら一品サービスする」

 

「本当っ! 絶対おねーちゃんと行くね♪」

 

 姉妹仲は順調に良くなっているようで胸を撫で下ろす。

 ……口出し手出しが過ぎて関係悪化とか目も当てられないし。

 

 リサさんですらそのあたりの匙加減は難しいと言っていたくらい。

 薫さんや麻弥さんはその辺スマートにやりそうだけど。

 

 

「儚い泳ぎだったよ」

 

「それはどうも」

 

 差し伸べられた手を取りプールから上がる。

 文字通り水も滴る良い女、濡れた薫さんの色気がやべー。

 水滴も三割増しでキラキラしてる。

 

「腕の方はもう良さそうだね」

 

「治りが早いのが取り柄なので」

 

「『時というものは、それぞれの人間によって、それぞれの速さで走るものだ』つまりそういうことさ」

 

「う、うん?」

 

 駄目だ、今回のは意味が分からない。

 こういう時は麻弥さんに通訳を――

 

「麻弥さんがいない!?」

 

「……ワンコ、あそこだ!」

 

 薫さんが指差した先に見える水面から少し出た手、まずい。

 

「薫さん、ビート板を」

 

「心得た」

 

 薫さんの返事を聞き終える前に駆け出しゴーグルをして飛び込む。

 目指す先には水中でもがく麻弥さん。

 プールの底を蹴りつつ後ろから抱きかかえ浮上。

 水中から顔を出すと、そこにドンピシャのタイミングで投げ込まれたビート板を掴んだ。

 薫さんのコントロール凄い。

 

「とりあえず上がるから水を飲まないように気を付けて」

 

 

 

 

「申し訳ないです……」

 

「大丈夫、私も休めて役得」

 

 麻弥さんは足がつっただけだったのでストレッチと水分補給からの採暖室。

 今は私の膝枕で横になっている。

 

「アイドル活動忙しい?」

 

「……そうですね。演奏以外にもやることが多くて。ラジオに出るなんて思いもしませんでした」

 

「でも楽しんでるみたい」

 

「フヘヘ、そう見えましたらパスパレのみなさんのお陰です」

 

「良かったね、良い仲間と出会って。あ、裏方も演者もこなせるんだったら次は表方かな?」

 

「ええっー!?」

 

「大和支配人とか強そう。丁度二刀流だし」

 

「……モギリから始めます」

 

 他愛無いやり取りをしながらどさくさに紛れて麻弥さんの頭を撫でる。

 まだ湿気は含んでいるけど……それはそれで良い撫で心地。

 

「私の膝ならいつでも貸すから。まあ麻弥さんを膝枕させたい人ならごまんといるか」

 

「そ、そんなにいませんって!?」

 

「触り放題だし」

 

 麻弥さんの見事な体に指を這わせる。

 学校指定の水着越しに伝わってくる弾力、私とは大違い。

 こういうの肉感的って言うのかな?

 

「ちょっとそこは……だ、駄目っす!」

 

「んー流石にお腹スリスリからのお臍は駄目か」

 

「ここ学校ですからね!」

 

「はーい」

 

 怒られちゃった。

 でも、これで少しはリラックスできたらいいけど。

 

 

「何やってるのよ、あなた達」

 

「友希那さん」「湊さん!」

 

 採暖室の扉を開けて現れたのは呆れ顔の友希那さん。

 

「声が漏れていたわ」

 

「それは迂闊」

 

 外からは見えない位置になるように気を付けていたのにうっかりしていた。

 麻弥さんの方を見ると……顔を真っ赤にして俯いている。

 悪いことしちゃった。

 

「ごめんね」

 

「……はぁ、ワンコさんだから許します」

 

「大和さんは寛容ね。終わりの号令だから行くわよ」

 

「麻弥さん歩けます?」

 

「もう平気ですよ」

 

 しっかりとした足取りで採暖室を出ていく麻弥さん。

 アイドルを始めてから歩き方も凛々しくなった気がする。

 私も頑張らないと。

 

 

 

「友希那さんはしっかり泳げた?」

 

「…………日常生活で泳がないから問題ないわ」

 

「豪華客船でのライブ中に沈没したら困る」

 

「ありえ……なくもないわね。大和さんと一緒に特訓しようかしら」

 

「ジブンもですか!?」

 

「アイドルと言えば水着で飛んだり跳ねたり泳いだりするものでしょ?」

 

「な、ないとは言えないパスパレの立ち位置が悔しいです……」

 

「私ならいつでも付き合うよ」

 

 

 

 

「もー、しっかり乾かさなきゃダメじゃん!」

 

「別にいいじゃない」

 

 プールの授業の後の恒例のやり取り。

 短い休み時間なのにリサさん出張ヘアケアお疲れ様。

 私は友希那さん程長くないので乾くのは早いから楽。

 

「昔みたいに短くしようかしら?」

 

「そんな……でもボブカットの友希那も絶対カワイイし。ワンコどうしよう!?」

 

「ライブ中ふわっとなった時とか神々しい」

 

「そうそう! 思わずネック握りつぶしちゃいそうになるくらい興奮するし!」

 

 熱弁をふるうリサさん。

 ネック交換の費用については確保しておこう。

 

「騒がしいわよリサ。あら、お母さんからメッセージが来たわ」

 

「あ、私も」

 

 内容は遠縁の親戚がお亡くなりになったので今夜通夜に行くとのこと。

 明日の朝一で帰ってくるので今夜の私はどこかホテルにでも……ってもったいない!

 

 友希那さん自身は故人との接点が皆無だったので、特にショックを受けてはいないとのこと。

 不謹慎だけど……心の中では一安心。

 

「一人で留守番くらいできますよ?」

 

「普段のワンコなら問題ないけど……その」

 

 言葉を濁す友希那さん。

 あー、もし幼女人格が表に出てきたら怖くて一人にはできない。

 

「でもホテルはもったいないので誰かの家にでも――」

 

「その話乗ったー!」

 

 座ったままの私に後ろから抱き着く人物なんて一人しかいない。

 

「……そうね、氷川家なら紗夜もいるし安心ね」

 

「えー、あたしも頼りにしてよー」

 

「絶対玩具にするじゃない」

 

 友希那さんの的確なツッコミ。

 多分正しい。

 

「じゃあアタシも立候補しようかな。家が隣だから便利でしょ?」

 

 本命のリサさん参戦。

 普通に考えれば今井家で問題ないんだけど。

 

「……ジブンも立候補していいですか?」

 

「大和さん!?」「麻弥ちゃん!?」「麻弥!?」

 

 まさかの麻弥さん参戦に色めき立つ。

 

「受けた恩を返さないとイヴさんに怒られちゃいますからね」

 

「Oh、大和魂……」

 

 貴重な麻弥さんのキメ顔に変な声が出た。

 

 

 決定方法はじゃんけん。

 

 手の読めなさが圧倒的な日菜ちゃん。

 

 一番じゃんけんの経験が多そうなリサさん。

 

 冷静かつ大胆な手も期待できる麻弥さん。

 

 

 誰が勝つか予想ができない。

 ……何で私が一晩何処で過ごすかでこんなに白熱した戦いが。

 

 

 

 

「湯加減はどうでした?」

 

「うん、丁度良かった」

 

 十数回に及ぶあいこの末勝ったのは麻弥さん、ナイスブシドー。

 

 美味しい夕飯からの一番風呂、至れり尽くせりとはまさにこのこと。

 初対面なのに……これが大和家の懐の深さか。

 

「ユキまで泊めてもらってありがとう」

 

「にゃー♪」

 

 ユキをそのまま湊家に置いておくか今井家に預かってもらうか悩んでいたら一緒に泊めてもらうことに。

 抜け毛は後でガムテープで取るとしてハーネスを着けて運動会防止。

 ポータブルケージとポータブルトイレを持参したけど不安は尽きない。

 

「大人しくて良い子ですね、フヘヘ」

 

 ユキを抱きかかえ興奮気味の麻弥さん。

 そういえば友希那さんと語り合えるくらい猫好きだっけ。

 基本的に誰にでも懐くユキだけど麻弥さんに撫でられて嬉しそうなのは良く分かる。

 

「それにしても……緑って落ち着く」

 

 布団、カーペット、壁の半分が緑色、麻弥さんらしくて素敵。

 部屋の隅には音楽機材、スネアドラムの他にギターケースもある。

 ドラムセットは別の部屋かな?

 

「そう言ってもらえると嬉しいです」

 

 うん、アイドルになってもその優しい笑顔は変わってない。

 心のどこかで麻弥さんが別人になっちゃうかも、と恐れていたけど。

 

「どうかしました?」

 

「ううん、なんでも。あ、膝枕してもらっていい?」

 

「よ、喜んで! ……の前に先にお風呂入ってきます」

 

 ユキを私に渡し急いで部屋を出ていく麻弥さん。

 そのままでも良かったのに。

 

 

 

 

「お、お待たせしました……」

 

「うん、麻弥さんらしい寝間着」

 

 体操着にジャージ姿の麻弥さん。

 入浴で赤みを増した肌との組み合わせが面白い。

 

「ど、どうぞ」

 

「うん」

 

 ユキをポータブルケージに入れベッドに腰かけた麻弥さんの太ももの上に頭を置く。

 友希那さんともリサさんとも違う質感。

 そして視界には……お山が二つ。

 

「やべー」

 

「ちょ、何がですか!?」

 

「ごめん、ちょっと同じ生物なのか自信が無くなって。試しに私の胸を触ってみて?」

 

「……では失礼して、えっ、ノーブラじゃないですか!?」

 

「垂れるほど無いし」

 

「駄目ですよ、形が崩れます!」

 

 熱く語る麻弥さん。

 まあ、確かに、形だけでも……。

 

「うん、分かった。上位の麻弥さんを前にしたら従うしかない」

 

「ちょっと引っかかる言い方ですがお願いします」

 

 

 

 

「本当にいいの?」

 

「大丈夫ですよ。ジブン寝相は良い方なので」

 

 持参した寝袋で寝ようとしたらまさか同じベッド、同じ布団で……。

 暗闇の中感じる麻弥さんの吐息、少し緊張。

 

「……チャンス到来」

 

「今不穏な発言を聞いた気が」

 

「気のせいですよ、フヘヘ」

 

 ここまで浮かれ気味の麻弥さんを見るのは、リサイクルショップでレア機材を発見した時以来かも。

 

「麻弥さんが日菜ちゃんやリサさんに対抗して立候補したのは意外だったかも」

 

「そうですね……ジブンも衝動的に」

 

「それにしても二人きりになるのは久しぶり」

 

「ですね。一年の時の休み時間はリサさんが来ないと二人きりでしたしね」

 

 あの頃は当然友希那さんもいなくて日菜ちゃんも今ほど親密ではなくて。

 そう考えると――

 

「よし、今日は麻弥さんに甘える」

 

「えー!?」

 

 いきなり抱き着いた私に驚いた麻弥さんが絶叫、ユキも驚いたのかごそごそしだした。

 抱きしめた麻弥さんからは蕩けるような甘い香り。

 

「駄目?」

 

「……では眼帯を外してください」

 

「うん」

 

 起床時に麻弥さんに見られないためしていた眼帯を外す。

 物好きな。

 そして麻弥さんの抱き心地と匂いを堪能。

 うん、やっぱり麻弥さんだ。

 

 

「ジブンも寂しかったんだと思います……ワンコさんが遠くに行ったみたいで」

 

 ひとしきり堪能した後、麻弥さんから発せられた言葉に目を丸くした。

 

「それはこっちの台詞……まあいいか、今こうしてお互いの熱を感じ取れるんだから」

 

「そうですね。これくらい単純な方が自分達らしいっす♪」

 

 私を抱きしめ返してくれる麻弥さん。

 他の誰とも違う安心感。

 去年知り合えて本当に良かった。

 

 

 アイドルでもない、演劇部員でもない、ただの大和麻弥。

 

 優しくて、気が回って、人を支えるのが上手くて、機械オタクで、猫が大好きで、少し運動音痴で。

 

 そして、私の大切な――。

 

 

 

 

 

 

「ずるい……です……」

 

「あこもじゃんけんしたかったなー」

 

「ごめん、急に決まったことだったから」

 

 後日、どこから漏れたのか私が大和家に泊ったことが燐子さんとあこちゃんに伝わり抗議を受けた。

 何か埋め合わせをしないと収まらないな、と思いつつもちょっと嬉しかったり。

 ……調子に乗らないように気を付けないと。




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<備考>

大和麻弥:充電完了。

湊友希那:世話焼かれ体質。

今井リサ:友希那専属。

氷川日菜:他のパスパレメンバーに報告。

ワンコ:充電完了。

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  • ドラム組
  • キーボード+DJ組
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