犬も歩けば棒に当たる   作:政影

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本編2-2:総領の甚六

「友希那さん、朝ですよ」

 

「にゃー」

 

「ん……後五分……」

 

 最近恒例になった朝の友希那さん起こし……私が揺すっても、ユキが頬をペシペシ叩いても中々起きない。

 後五分発言を無視して掛布団を無理やり剥がす、が体を丸めて寝続けようとする。

 呆れたような顔でこっちを見るユキとその寝姿を見比べるとどっちが飼い主か分からなくなりそう。

 それにしても……幸せそうな寝顔。

 

「それなら」

 

 ちょっとした悪戯心が湧いてきて、友希那さんの少し開いた唇の間に人差し指を当てる。

 

「……はむ」

 

 予想通りに口に含むとチュウチュウと吸い始める……完全に子猫。

 しばらくするといくら吸っても何も出てこない違和感からか、友希那さんの目が開き始める。

 

「おはようございます」

 

「……おはよう」

 

 完全に覚醒したのを見計らって挨拶をすると、吸っていて私の指を離し少しばつが悪い顔で挨拶を返してきた。

 

「朝ごはん出来てますよ」

 

「ええ、すぐ行くわ」

 

 うん、いつも友希那さんだ。

 

 

 

「ワンコ」

 

「はい」

 

 醤油。

 

「ワンコ」

 

「はい」

 

 ご飯お茶碗半分。

 

「ワンコ」

 

「はい」

 

 緑茶。

 

「……ワンコちゃん、よく分かるわね」

 

「まるで夫婦だな……痛っ」

 

「ふん」

 

「駄目ですよ、お父様の足を踏んでは。あ、ご飯粒ついてます」

 

 友希那さんの頬についたご飯粒を取るとそのまま自分の口に入れる。

 食べ物は大事にしないと。

 

「お母様に教えてもらった湊家秘伝の肉じゃがどうでした?」

 

「悪くないわね」

 

「♪」

 

 中々の好感触、次も頑張らないと。

 

 

 

 

「じゃあ、このお弁当もワンコさんの手作りなんですね」

 

「うん、麻弥さんもよかったらどうぞ」

 

「あたし卵焼き!」

 

「日菜、それは私のよ」

 

「中身は同じなんだから、友希那は自分のお弁当を食べようよ」

 

 最近昼休みに日菜ちゃんが入り浸るようになって大分賑やかになった。

 机と椅子を借りているクラスメイトに軽く謝罪したら「面白いから大丈夫だよ」とのこと、面白いかな?

 友希那さん、リサさん、麻弥さん、日菜ちゃん……確かに個性豊かな面々。

 

「そう言えば麻弥さんもPastel*Palettesの正式なメンバーになったんでしたっけ? おめでとうございます」

 

「ありがとうございます。……実際は千聖さんに強引に」

 

「麻弥ちゃんの演奏、るん♪ってきたよ」

 

「日菜ちゃんがそう言うなら問題ないでしょう」

 

「フヘヘ」

 

 バイト関係で面識のある千聖さんとイヴちゃんを含めると知り合いにアイドルが四人。

 生き馬の目を抜くような業界で働くのは尊敬する。

 隻眼ジョークではないよ?

 

 

 

「そう言えばそろそろ体育祭の種目決めですね」

 

「中間テストの次の週とか忙しないよねー」

 

「花女との合同開催だから、天気の変わりやすい秋は避けて梅雨入り前にしたんだって」

 

「ワンコは何にするのかしら?」

 

「パン食い競争で」

 

 今年のパンはやまぶきベーカリー提供だと聞いたから譲れない。

 

「学園・学年別の全六チーム対抗だから皆さん同じチームで良かったですね」

 

「日菜ちゃんを敵に回すのは面倒だから助かる」

 

「あたしはどっちでも良いけどね」

 

「花女にも『星のカリスマ』『とびだせエゴサーチ』『笑顔の波状攻撃』とかいるみたいだね」

 

 ……凄いんだか凄くないんだか。

 

 

 

「湊さん、ちょっとお願いがあるんですけど」

 

「何かしら?」

 

 昼食を食べ終わって談笑していた時、クラスメイトが友希那さんに話しかけてきた。

 四月と比べると私達以外との会話が増えて自分のことのように嬉しい。

 

「体育祭でチアに加わって欲しいのですが」

 

「私が? ワンコの方が適任じゃないかしら」

 

「当日はちょっと生徒会の手伝いがちょこちょこ入る予定なので」

 

 ツグりすぎて倒れられても困るし手は尽くす。

 友希那さんのチア衣装か……すごく見たい。

 リサさんの方を見ると微かに頷く、思いは同じようだ。

 

「友希那もやろうよ。アタシもやる予定だし」

 

「リサ……飛んだり跳ねたり回転したりは出来ないわよ?」

 

「あ、そこまでガチじゃないんで大丈夫です」

 

「そう、ならやらせていただくわ」

 

「ありがとうございます!」

 

 笑顔でお礼を言うクラスメイトにちょっと照れた様子の友希那さん。

 リサさんナイスアシスト、麻弥さんにお願いして当日の友希那さんベストショットを進呈しよう。

 ……まあその前に中間テストなんですけどね。

 

 

 

「あ、さっきは友希那さんを誘ってくれてありがとう」

 

 友希那さんがいないのを見計らって、声を掛けてくれたクラスメイトに感謝の言葉を伝える。

 

「いえいえ。私達非公式ファンクラブとしては当然のことです」

 

 ……さらっと凄い事実を聞かされた気がする。

 

「去年は話しかけられるような雰囲気じゃなかったので、ワンコさんには感謝しかありません」

 

「そうなんだ」

 

「今では肩書が『孤高の歌姫』から『愉快な仲間に囲まれた歌姫』に、おっと失礼」

 

「そこは事実っぽいので大丈夫」

 

「それと、あくまでも見守るだけなのでご安心を」

 

「うん、法に触れない範囲で頑張ってね」

 

 ……友希那さんは人気者だな。

 

 

 

 

 放課後、今日はRoseliaの方は特にないのでそのままバイト先の流星堂へ向かう。

 二、三ヶ月に一回程度呼ばれるが実入りはかなり良い。

 

「あ、ワンコ先輩」

 

「ん、有咲ちゃん」

 

 呼ばれて振り返るとバイトの依頼主のお孫さんである有咲ちゃん、と他四名……沙綾ちゃんもいる。

 

「今日はよろしくお願いします」

 

「うん、こちらこそ」

 

「有咲この人は?」

 

「ワンコ先輩。今日うちの商品のお手入れをしてくれる人だから、失礼なことすんじゃねーぞ」

 

「はーい。うーん、いい匂い」

 

「そう? ありがと」

 

「って、言ってるそばから抱きついてんじゃねーよ!」

 

「私もー」

 

「有咲ちゃんのお友達は可愛い子が多いね」

 

 続いて抱きついてきた子はSPACEでバイトしていたような。

 とりあえず二人とも頭を撫でておく。

 

「おたえちゃんまで……私も続いた方がいいのかな?」

 

「収集が付かなくなるから、りみりんはそのままでいいかな。……ワンコさん、この前は母さんのことありがとうございました」

 

「人の体調を見抜くのは得意だからね。その後は問題ない?」

 

「はい……あの後家族でよく話し合って、一人で無理せずみんなで支え合うという結論になりました」

 

「うん、純君も紗南ちゃんも成長したしね。私も必要になったら呼んでね」

 

「ありがとうございます。あとお蔭様でこの五人でバンドを始めました」

 

 そこで一旦言葉を切ると五人は手を繋ぎ呼吸を合わせる。

 

 

『Poppin'Partyです!』

 

 

「有咲ちゃんにこんなにたくさん友達が出来た上に、バンドを始めるとか長生きはしてみるもの」

 

「一年しか変わりませんよね!?」

 

 相変わらずいいツッコミをしてくれる……求むツッコミ要員。

 

 

 

「にゃーん」

 

「ん?」

 

 六人連れだって流星堂へ向かっていると塀の上から黒猫に呼ばれる。

 

「おいで」

 

「にゃん」

 

 私の言葉を理解したのか黒猫は差し出した両手の上に乗ると、すぐに地面に下りこちらを一瞥した後走り去っていった。

 シャイなのかな?

 

「で、友希那さんは何で塀の上にいるんですか?」

 

「……にゃーん」

 

 大方黒猫を追いかけて戻るに戻れなくなったのだろう。

 愉快な(仲間に囲まれた)歌姫が塀の上で無表情を装って鳴いていた。

 

 

 

「手間を掛けたわね」

 

「お転婆も程々にしてくださいね」

 

 流石に手で受けるわけにもいかなかったので、靴を脱いで私の肩を階段代わりに下りてもらう。

 Poppin'Partyの面々の興味と困惑が入り混じった表情が辛い。

 

「Roseliaの友希那先輩ですよね?」

 

「ええ、そうよ。あなたは?」

 

「Poppin'Partyの戸山香澄です。この後時間があれば、私達の演奏を聞いてもらえませんか?」

 

「ちょまま!?」

 

 有咲ちゃんの表情がやばい。

 

「構わないわ」

 

「やったぁ」

 

「ただし……聞く価値が無いと判断した時点で帰らせていただくわ」

 

 ちょっと胃が痛くなってきた。

 

 

 

 演奏場所である蔵の地下へ向かった六人と別れ、有咲ちゃんの祖母の万実さんと蔵の二階にある隠し部屋に向かう。

 

「お願いしますね」

 

「はい」

 

 部屋に置かれているのは何十本もの日本刀。

 作業の支障にならないように上着を脱ぎ、ネクタイを外し、腕時計を外す。

 口に唾対策の和紙を咥え作業に取り掛かる。

 簡単に言えば日本刀を柄から外し、古い油を拭き取り、錆を落とし、新しい油を塗り柄に戻す。

 比較的新しい刀は問題ないけれど、実際に人を何十人と斬ってきた刀は事情が異なる。

 手にしただけで総毛立つ、冷や汗が止まらない、手が震える、最悪の場合は……。

 一本お手入れをしただけで疲労感が。

 涎と汗でぐしゃぐしゃになった和紙を新しいものと替え、タオルで汗をぬぐい再開する。

 

 

「お疲れ様。お茶とお菓子を用意したから、下の子達と休憩でもどうかしら?」

 

「ありがとうございます」

 

 半分くらい終わったところで休憩の声が掛かる。

 気が付けば二時間程度経っていたが、演奏組は大丈夫だろうか?

 

 

 

「休憩だよ、ってこれは酷い」

 

 お茶とお菓子を持って地下への階段を下りていくと、そこにはぐったりしているPoppin'Partyの面々と普段通りの友希那さん。

 ……薄々そんな気はしていた。

 

「ワンコ、ちょっと外の空気を吸ってくるから後はよろしく」

 

「うん、任された」

 

 友希那さんが出て行ってしまったので、とりあえず紅茶を注ぎケーキをお皿に移す。

 

「はい、お好きなものを、ってそれどころじゃないか」

 

「……今の私達の演奏……全然駄目……だって」

 

 嗚咽を漏らす香澄ちゃん、思わず抱きしめる。

 ゆっくり背中をさすりながら落ち着くのを待つ。

 

「『今は』、でしょ?」

 

「えっ」

 

 弾かれたように顔を上げる香澄ちゃんに笑いかける。

 

「あの友希那さんを二時間帰らせなかったなんて凄いよ」

 

 私の言葉に他の四人も顔を上げ他の仲間と見合わせる。

 友希那さんの足りない言葉を推測して埋め、真意を掴みとれ。

 頷き合う五人、そして香澄ちゃんが立ち上がる。

 

「私、友希那先輩を呼んでくるね。みんなでお茶したら再開しよ」

 

 言うが早いか階段を駆け上がっていく。

 

「言われっぱなしってのも悔しいしね」

 

 沙綾ちゃんの苦笑混じりの言葉に頷く三人、花女の一年も中々やりそうだ。

 

 

 

「友希那先輩連れてきました!」

 

「ワンコ、私の分の紅茶を入れなさい」

 

「はいはい」

 

 この場はもう大丈夫そうだし、私も休憩したら残りを頑張りますか。

 

 

 

『ありがとうございました!』

 

 五人の感謝の言葉に手を振り流星堂を後にする。

 結局、あの後二時間お手入れも練習も続きもう辺りは真っ暗だ。

 最後の一曲だけ聞かせてもらったが、みんな疲れ果てているのにもかかわらず、元気を貰えたようなワクワクする何かを感じた。

 友希那さんの感性に脱帽する。

 

「何よ、その笑顔は?」

 

「友希那さんは凄いな、って」

 

「音楽に対して妥協しないだけよ」

 

「……流石に今回みたいなのは私かリサさんがいる時だけにしてくださいよ?」

 

「悪かったわね」

 

 微妙に気にしているところが友希那さんらしい。

 

「お疲れ様、と抱きつきたいところなんですが、今日は下着まで汗まみれなので」

 

「つまらないことを気にするわね」

 

 そう言うと友希那さんの方から抱きついてくる。

 首筋に顔を近づけると嗅ぎだした。

 

「ユキの肉球の匂いの次くらいには好きになりそうな匂いね」

 

「……照れます」

 

 不意打ちとはずるい。

 ドキドキさせてまた汗をかかせるなんて、酷いご主人様だ。




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<備考>

ワンコ:何もないところを見る癖がある。

湊友希那:言葉が微妙に足りない。

非公式ファンクラブ会長:一大勢力「茨の園」を運営。

戸山香澄:安定の立ち直り力。

市ヶ谷有咲&花園たえ&牛込りみ&山吹沙綾:SPACEのオーディションに向けて猛特訓。

番外編2で扱ってほしいバンドは?

  • Roselia
  • Afterglow
  • Poppin'Party
  • Pastel*Palettes
  • ハロー、ハッピーワールド!

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