犬も歩けば棒に当たる 作:政影
アサリリの方も進めないと。
「……子、一子起きなさい」
聞きなれた愛しい声と共に体を揺らされる感覚。
急に意識が覚醒させられた影響かどことなく違和感を感じながら目を開ける。
眼前には……大人っぽいパンツスーツ姿の友希那さんと燐子さん。
ばっちりきまっている。
「朝……ですよ……」
「流石の一子も緊張して寝坊かしら?」
ああ、そうか今日はついにあの日か。
待ちに待った始まりの日。
私も急いで着替えないと。
運命の出会い……ありそうな気がする。
『イヌ娘! プリティードッグパーティー!』
イヌ娘、それは人間と異なる種族。
フサフサの耳と尻尾を持ち人間以上の身体能力を発揮する。
まれに人間の両親から生まれる彼女達は時に友人として時に伴侶として人間と関わってきた。
そんな彼女達の憧れの舞台とは──
「────以上で説明を終わります。イヌ娘達と信頼関係を築き頂点を目指して頑張ってください」
理事長秘書の温かい言葉に胸が締め付け、いや身が引き締まる思い。
トレーナー専門学校に通って三年、ついになれたんだ……。
日本イヌ娘トレーニングスクール、通称ドッグスクール。
イヌ娘達がその走りで頂点を目指す国民的娯楽『ランドリーム・シリーズ』、その為にイヌ娘を鍛える学校。
そのイヌ娘達と共に歩んでいくトレーナー、それが今日からの私の肩書だ。
友希那さんとお揃いの紫がかった銀髪をアップにしたスーツ姿、そして左胸にトレーナーバッジ。
うん、見た目は立派なトレーナーだ。
後はイヌ娘達の選抜レースを見て信頼できる相手を見つけて契約を交わしてもらわないと。
「午後から選抜レースがありますので、希望される方はレース場にお願いします」
「行くわよ、一子、燐子」
「うん」
「はい……」
見た目は平静を装っていても興奮を隠せないでいる友希那さんと燐子さん。
二人とも昔からイヌ娘のレースがある時はテレビの前に釘付けだったし。
よくレースの真似事もしたっけ……。
そういうわけで幼馴染の私の目は誤魔化せないよ?
『今井リサ着差以上の実力を見せつけました!』
『宇田川あこ見事に逃げ切ってゴールイン!』
次々に行われる選抜レース。
どのイヌ娘も真剣に走っているし秘めた素質を感じさせるし、なにより可愛い。
これは選ぶのに苦労しそう……相手の了解を得るのも大変そうだけど。
「あら、次は『コースのアマデウス』氷川日菜の出番ね」
「ついに彼女もデビューですか。フヘヘ、楽しみですね」
他のトレーナーの声が耳に入る。
デビュー前にフタツナ持ちとか凄さが分かる。
アマデウス……天才か。
「気になる?」
「まあ……人並みには」
気を遣ってくれる友希那さん、さり気なく手を握ってくれる燐子さん。
私もいい大人だというのに過保護すぎる……けど、ありがとう。
『終わってみれば圧倒的大差で勝利の氷川日菜! 二位の氷川紗夜も途中までは善戦しました』
……確かに次元が違った。
全ウマ娘の挙動すら計算したような最適なコース選択、低速から高速への流れるようなギアチェンジ。
現段階で既に完成されている感がある。
ここから更に鍛えれば無敗の三冠イヌ娘だって──まぁ、それよりも気になるイヌ娘がいたけど。
「話しかけないで!」
「おねーちゃん……」
そんな天才に犬歯を剥き出しにして拒絶の意を示すイヌ娘。
二位の氷川紗夜……理事長秘書から配布された資料には氷川日菜の双子の姉とある。
うん、普通に考えて色々ありそう。
「是非私と契約を!」
「絶対活躍させますから!」
「あ、おねーちゃん待って……」
空気を読まない、いやある意味険悪な空気を吹き飛ばすかのような勧誘合戦。
トレーナー達に囲まれ身動きの取れない氷川日菜、それを横目に一人寂しくその場を後にする氷川紗夜。
私が向かう先は──
「二人ともごめん、ちょっと行ってくる」
「期待を裏切らないわね」
「でも……らしいです……」
二人の温かい視線を受けて私は駆けだした。
「はぁ……私ったら何を……」
「うん、イヌ娘失格だね」
「だ、誰ですか!?」
建物の陰で地面に腰を下ろし壁に背を預け四肢をだらんと、そしてうなだれる氷川紗夜に声を掛けたら全力で驚かれた。
足音を消したわけでもないのに気付かないとか、鋭敏な聴覚を持つイヌ娘としてはかなりの落ち込み様。
「はい、タオルと水分。しっかりケアしないと後で大変だよ」
「すみません……そのバッジを付けているという事はトレーナーさんですか?」
「今日からトレーナーとしてここで働く湊一子。よろしくね」
「はぁ、氷川紗夜です。よろしくお願いします」
ペットボトルで水分を取りタオルで汗を拭きながらも困惑の眼差し。
まあ新米トレーナーだから貫禄が無いのは仕方ない。
「……妹の日菜を勧誘したいなら私に同情していないで早く行った方が良いですよ」
「何故?」
「何故って……あの子は思い付きで行動するので、すぐトレーナーを決めてしまうかもしれませんし」
「うーん、紗夜さんを勧誘したいのに日菜さんは関係ないと思うんだけど」
「わ、私ですか!?」
うおっ、紗夜さんのアイスグリーンの毛並みの耳と尻尾が驚きのあまりピンっと立った。
可愛いな。
「あのレースの体たらくでどうして私を!?」
「えいっ♪」
「ひゃん!」
私が無造作に投げ出されたふくらはぎを突くと可愛らしい悲鳴が上がった。
やっぱり……。
「何をするんですか!」
「レースで全力を出して立てない程疲れてるんでしょ?」
「うっ……」
やっぱり。
資料に風紀委員と記載されていたし、本来なら他人とあった瞬間居住まいを正す筈。
それすらもできないのは全力を出し切って疲れ果てているということ。
「本当はレースが終わった瞬間倒れこみたかった筈なのに。妹さんの前だから意地を張った?」
「…………お見通しなんですね。そうです、私は弱くて意地っ張りな不出来な姉です」
自嘲するような薄笑い、先程の日菜さんを一喝した彼女とはまるで別人。
でも、だからこそ。
「意地っ張り上等。それに……」
「あっ……」
紗夜さんの吐息がかかる距離まで顔を近付け奇麗な緑系の瞳をのぞき込む。
その奥に微かだけど確かに燃える青い炎。
私のすべてを賭けるに値する煌めき。
「お願い。私と契約して一緒に歩んで。紗夜さんに私の全てを捧げたい」
「わ、私は──」
「まさか一子が逃げられるなんてね」
「……よしよし」
「うー」
返事はまさかの逃走、顔を真っ赤され体力が僅かに回復した途端逃げられてしまった。
運命、感じたと思ったのに。
「紗夜はあれで結構初心だからね~」
「折角契約できたのにもったいないなぁ」
友希那さんと契約した今井リサさん、燐子さんと契約した宇田川あこちゃん。
二人とも良い笑顔、幸せそう。
そしてこれからどんどん成長して活躍する予感。
私も……。
「だけど一回断られただけで諦めるあなたじゃないでしょ?」
「勿論」
「昔から……情熱的……」
「えー、何その話面白そう!」
「アタシも興味あるな♪」
あこちゃんもリサさんも馴染むの早いね。
二人の追求に満更でもない燐子さん達を残して私は情報集めでもするか。
資料だけじゃ分からないこともあるだろうし。
「え、紗夜先輩ですか? 困っている時に相談に乗ってくれる優しい先輩ですよ♪」
「紗夜はとっても頭が良いのよ!」
「バイト先のファストフード店の常連……今の無しで!」
イヌ娘達に聞きまわること数日、好意的な意見だらけでちょっと驚き。
……問題なのは妹さん絡みか。
一朝一夕に解決できる問題じゃないけど手助けぐらいは。
「あ、いたいた!」
「この声は、っと」
振り向きざまに体当たりを受けるが何とか踏みとどまる。
犯人は──
「氷川日菜さん!?」
「日菜ちゃんって呼んで♪」
元凶だった。
「でねー、おねーちゃんの走る姿ってるんっ♪ てするんだ」
「なるほど」
何故かファミレスに連行されて日菜ちゃんのおねーちゃん自慢を聞かされている。
ポテト代は私持ちだけど。
「それでね、それでね!」
矢継ぎ早に紗夜さんの良い所や思い出が語られ私は相槌を打つ。
本当に楽しそうに話す日菜ちゃん。
聞いていて私もどんどん紗夜さんに好意を持っていく。
やっぱり姉妹仲が拗れた原因って……。
「……いつもおねーちゃんの真似をして簡単に追い抜いちゃって。どうしたらいいのかな?」
「それは──」
優秀過ぎるゆえの苦悩。
何でも簡単にできてしまう、という言われた側にとっては傲慢ともとれる発言。
価値観の違い、と言ってしまえばそれまでだけど割り切るには若すぎる。
私も未だに割り切れないこともあるし。
「何で……」
「あ、おねーちゃん!」
「えっ?」
日菜ちゃんの視線の先には入り口で顔面蒼白の紗夜さん。
……不味い、これは勘違いされた。
「……嘘つき」
「おねーちゃん!」
踵を返し店外に出ていく紗夜さん。
日菜ちゃんは立ち上がったまま固まる。
この場で追いかけられるのは私しかいない。
久しく味わっていなかった全身の血液が沸騰する感覚。
最低限の運動しかしていなかったからいつ壊れるか分からない。
それでも今の紗夜さんに追いつかなきゃ。
ここで終わらすわけにはいかない、から。
「……はぁ……はぁ……何で追いかけて」
「…………片思いの相手が泣きそうな顔してたら、ね」
二人とも高台までの全力疾走、坂路トレーニングか。
まあ紗夜さんが本調子だったら振り切られてたけど。
今は仲良く力尽きて芝生の上で横になっている。
「泣きそうだなんて……」
「先に誤解を解いておくけど、日菜ちゃんからは紗夜さんの情報を仕入れていただけ」
「えっ!?」
「それに日菜ちゃんのトレーナーは大和麻弥さんが内定してるから」
「~~~~!」
思わず顔を押さえて悶える紗夜さん。
気持ちは分かる……うん。
「不安にさせたらごめん。紗夜さんを口説き落とすために情報を集めてた」
「……いえ、一度逃げ出したのは私ですし……本当に私でいいんですか?」
「勿論、紗夜さんじゃなきゃ駄目」
即答したものの紗夜さんの表情は晴れない。
そうだよね……まだ私は覚悟を示せていない。
気付けば辺りは薄暗く、振り出した小雨が火照った体に気持ち良い。
ここからだと学生寮は遠いか。
それなら──
「ホテル行こうか?」
「はい……えっ!?」
「……お風呂お先にいただきました」
「うん、私も入ってくる」
バスローブ姿の紗夜さん、色っぽい。
二人で入ったのは普通のホテルのツインルーム。
こういう時トレーナーバッジが物を言う。
ちゃんとスクールにも連絡済み、デビュー前の大切な時期にスキャンダルとか勘弁だし。
さて、ここからが正念場。
曝け出すのは今。
「お待たせ」
「あ、はい……えっ」
紗夜さんが驚くのも無理はないと思う。
銀髪のカツラを外して露わになった私の黒い地毛、そしてイヌ耳、それと全裸。
「ちょっと待ってください……色々と頭が混乱してしまって」
「うん、それとこれも見て」
そう言って指の間から私を見る紗夜さんに背中を向け腰の下辺りを指し示す。
「はい……これって!?」
「事故で失った尻尾の痕。スクールの規約で耳も隠してたけど。まあそういうわけで元イヌ娘の一子さんでした」
「…………ごめんなさい、何と言えばいいのか」
我ながら卑怯な一手だとは思う。
紗夜さんとの契約を引き寄せるには有効だとは思うけど後味は良くない。
「幻滅されたかもしれないけどこれが私の誠意。今言葉を重ねても届かないと思うから……一晩よく考えて」
「………………はい」
翌朝目が覚めると紗夜さんの姿はもうなかった。
「はぁ……」
トレーナーの控室で盛大に溜息をつく私。
既に友希那さんも燐子さんもリサさんあこちゃんを連れてトレーニングに行ってしまった。
今から紗夜さん以外のウマ娘に声を掛ける気もないし。
次アタックして駄目だったら最悪二人のどちらかにサブトレーナーとして──
コンコンコン!
「はい!」
力強いノックの音に失くした尻尾が疼く。
そして扉から入ってきたのは待ち焦がれた想い人。
クールな表情だけど瞳の煌めきは今までで最高。
一皮剥けた気がする。
「さあトレーニングに行きましょう。私達にしかできない走りをする為に」
「────どうだった?」
「最新のVRゲーム凄い」
「でしょー♪ まあシナリオ自体はAI=HINAちゃんの自動生成だけどね」
今日は日菜ちゃんが弦巻エレクトロニクスで開発したVRゲームのテストプレイ。
試作品のフルフェイス型ヘッドマウントディスプレイは没入感が尋常じゃなくて完全にキャラになりきってた。
記憶が上書きされる感じだったし。
……言動を思い出すとちょっと恥ずかしい。
「ちなみに別室でおねーちゃんもプレイしてたから出番多かったでしょ?」
「え……聞いてないし」
「言ってないよ。言ったらゲーム感薄れるからね♪」
この後紗夜さんと顔を合わせてお互い気まずい思いをすることに。
日菜ちゃん、覚えておいてね?
感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。
特に感想をいただけるととても喜びます。
<備考>(名前:脚質/フタツナ/固有スキル)
氷川紗夜:差し/不屈の追跡者/ブルーローズメトロノーム
氷川日菜:全部/コースのアマデウス/るるるんっ♪
今井リサ:先行/約束の女神/ゆ~き~な!
宇田川あこ:逃げ/超音速の先導者/荒れ狂う闇の波動
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