犬も歩けば棒に当たる 作:政影
「ブシドー!」
「笑止」
あれはライブを見にCiRCLEに通い始めた頃だった。
どこかで見たことのある西洋彫刻のような整った顔立ちの美少女が、ライブハウスに場違いな竹刀で眼帯の少女に斬りかかった。
危ない、と思った瞬間眼帯の少女は紙一重で斬撃を交わすと同時に美少女の首元に人差し指を押し当て――
「踏み込みが甘い」
「……参りました」
背筋が冷えるような声、今にも首が飛びそうな恐怖が私を襲う。
「二人とも何をやっているのかしら?」
その時一瞬の攻防を繰り広げた二人の元へ、私でも知っている大女優の白鷺千聖さんがドスの利いた声を響かせながら近付いていく。
別の意味で怖くなった私は一目散にトイレに逃げ込む……あの迫力は絶対裏社会と繋がっているに違いない。
きっと色々な秘密を握っていて事務所を裏から支配、芸能人やばすぎだよ……。
「ふぅ……」
トイレの個室で恐怖が収まるの待った。
千聖さんも怖かったけど逃げる途中に一瞬振り返った時に目が合った眼帯少女……私を見て嗤った、多分。
もしかしたら千聖さんよりも怖い存在だったりして。
……だ、大丈夫、関わり合いになるようなことはきっと無いから!
ついでに漏らさないように小さい方も済まし、そろそろ出ようかと思ったその時――
「へー、特別な紐なんだ」
「ウッス。アレで豚を雁字搦めにするのがポイントです」
「じゃあ今度はそれにしようかな」
「大将共々お待ちしてます!」
ひぃ、何か物騒な話をしてる。
勇気を出してトイレの扉の下からコンパクトミラーで発言者を確認すると……さっきの眼帯少女とバイクで暴走してそうな金髪のヤンキーさん!
きっと対立するギャングのメンバーを拘束して見せしめに。
ライブハウスって怖いよぉ……。
「ふふふん♪ ふふふん♪」
ポピパの曲を口ずさみながらぬいぐるみを物色する休日、今日はどの子をお迎えしようかな?
あ、このユニコーン可愛いな。
蹄が割れているからこの見た目でもお馬さんじゃないんだよね。
「これとか?」
「いやこっちの方が」
「うーん」
ひっ、この声はライブハウスで私を恐怖のどん底に陥れた眼帯少女、早く隠れなきゃ!
隠れる場所は……ぬいぐるみの中!
ふぅ、ぬいぐるみに囲まれると安心できて少し余裕が。
隙間から観察するとどうやら大人の男性二人と一緒みたい。
片方は上から下まで黒尽くめなジャケットの人……堅気には見えないし武闘派の部下を率いてそう。
もう片方は和服の人……あ、小指を詰め詰めする職業の人だ。
そんな二人に平然と接するどころかダメ出しをする眼帯少女、何者なの!?
「仕込むならこれくらいの大きさじゃないと」
そんな可愛い猫のぬいぐるみに何を仕込むの!?
もしかして中に白い粉でも入れて密輸するの!?
あまりの恐怖に私は気を失い、閉店作業の店員さんに発見されるまで眠ってしまった。
その後、紆余曲折、艱難辛苦、東奔西走、諸々あってMorfonicaを結成して少し経った頃――
『シロー、明日動物見に行かね? ルイがチケット貰ったからモニカで行こうって事になって』
『いいけど随分急だね?』
土曜日の夜にお気に入りのユニコーンを抱きしめて作詞をしていると透子ちゃんからメッセージが。
彼女の強引さは少し苦手だけど私の狭い世界を広げてくれるので感謝もしてる。
るいさんがバンド活動と関係ない事で誘ってくれるのは意外だけど動物園……楽しみだなぁ。
ミッシェルさんみたいにモフモフな動物さんがいるといいな。
『じゃあ待ち合わせは――』
「つくしちゃん、ここで乗り換えるの?」
「大丈夫、私に任せて!」
「ななみちゃん、この電車で女子高生って私達だけなんじゃ」
「広町的には気にならないかな~」
「るいさん、動物園に行くんですよね?」
「……桐ケ谷さん、倉田さんに何て説明したの?」
「え、競馬場に行くって」
「言ってないよ! 動物を見に……はっ」
「馬だって動物じゃん。ミクロンミクロン!」
「だ、騙された……」
競馬場の正門で膝をつく私。
服装は制服って言われた時点でおかしいと思うべきだった……。
学校行事じゃないので制服って。
「透子ちゃん酷いよ!」
「まあまあ、折角ルイがVIP席に招待してくれたんだから」
「知人からのもらい物よ」
……競馬場って怖いイメージしかないからもう帰りたい。
「うわぁ……」
広々とした空間に大きなモニターに高そうな絨毯、本来だと一生縁のなさそうな空間だ。
来賓室と呼ばれるだけあってどの人も身分が高そう。
私が持っていた競馬場のイメージとは真逆でみんなフォーマルな恰好。
あ、もしかして正装を持ってない私の為にみんな制服だったとか?
あれ、あの見慣れた制服の人達って――
「紗夜さん! リサさん!」
「こんにちは、桐ケ谷さん」
「お、透子じゃん」
「白金さん、本日はお招きありがとうございます」
「八潮さん……こちらこそありがとございます……」
Roseliaの紗夜さん、リサさん、燐子さん……という事は。
「そこよ、差しなさい!」
「いっけー!」
「まだまだ諦めるな!」
……ベランダ席には友希那さん、あこちゃん、そして眼帯少女改めワンコさんが大人の人に混じって叫んでる。
ステージ上の迫力に負けてない。
やっぱりワンコさんだけは苦手。
過去の出来事は私の勘違いぽかったけど、それでも何と言うか、オーラが怖い。
生徒会長がライオンならワンコさんは……氷狼フェンリル?
噂だと一言で新年会を凍り付かせたとか。
なるべく関わらないようにしないと。
「ふぅ……」
飲み物を貰い端っこの席でモニターを眺める。
お馬さんは嫌いじゃないけど詳しくないので叫んでる人達みたいに熱くはなれない。
モニカの他のメンバーはRoseliaの人達と話してるし……私だけ独りぼっち。
時間はまだあるみたいだしどうしよう?
「ましろちゃん」
「ひぃ!」
「そこまで驚かれると傷つく」
「ご、ごめんなさい」
ボーっとしていたのでワンコさんが目の前に立っているのに全然気付かなかった。
あれ……前は近付くだけで総毛立ってたのに。
「暇ならパドック行ってみない?」
「パドック?」
「うん、レース前の馬が見れる場所」
う、そんなキラキラした目で見つめられると断れないよ……。
「ふふふーん♪」
「うう……」
結局断り切れずにパドックへ向かって移動中。
人が多くて迷子になったら困る、という事で手を繋がれた。
思ったより恐怖も緊張もしなかったけど、子供扱いみたいで少し不満……けど直ぐに考えを改めた。
入場した時以上の人混み、迷子になったら絶対みんなの所に戻れなさそう。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
意外と気を遣ってくれて……繋いだ手も私が痛くならないように加減してくれてるみたいだし。
周りが殺気立ってるからか妙に心強い。
段々と彼女の熱が伝わってくるようで……。
「ワンコさんって……いえ何でもないです」
「言いたいことがあったらいつでも言って。飲み込んだままだと苦しいでしょ?」
「……はい」
少し胸が締め付けられた。
でも流石に思ったより優しいんですね、とは失礼過ぎて言えない。
それに盛大に誤解していたとは恥ずかしくて言いたくないし。
「うーん、やっぱりこれ以上近づけないか」
パドックの周りは今まで以上に人が密集していて、私なんかじゃとても入り込めなさそう。
人の熱気に思わず後ずさり……。
でも、せっかくここまで来たんだから、連れて来てくれたんだから。
「あ、あの橋の上から見えません?」
「うん、行こうか」
私の提案に柔らかい笑顔を返すワンコさん、こんな表情ができるんだ。
『え、普通にウケる人っしょ』
『正統派とは言えないけど立派な風紀委員ね』
『広町的にはUMAかなって』
『悪い人ではないわ』
モニカのみんなのワンコさん評を思い出す。
微妙に褒めているのか分からないけど……実は結構良い人なの、かも。
「あ、今目が合いましたよ!」
「良かったね」
奇麗な白馬さんと目が合った気がして思わず橋から身を乗り出して手を振った。
周りのお馬さんと比べると一回り小さい体格だけど私にはとても輝いて見えて。
初めて現実のお馬さんに興味を持ったかも。
「あっ」
「危ない」
落ちかけたところ腰を掴んでもらった……恥ずかしい。
熱中すると周りが見えなくなることがあるみたいなので気を付けないと。
「一番近い場所でレースを見たくない?」
「見たいです!」
「ましろちゃんって意外と根性あるね」
「そうですか? きっとみんなのお陰です」
閑散とした一般席最前列で出走を待つ私とワンコさん。
それもその筈、傘が役に立たない程の豪雨。
私はワンコさんが用意していたレインウェアのお陰で何とか雨を防いでいる。
それでも容赦なく降り注ぐ雨が次第に体温を奪っていく。
「あの子も雨に打たれていますし」
「うん、見届けよう」
芝の上に現れたお馬さんの中からあの子を探す。
折角の白毛が雨に打たれ泥が跳ね黒茶色に……でもそんな姿も素敵だと思う。
あの子についモニカのこれまでの道のりを重ねてしまったから。
勝手だよね、でも頑張って一番で帰ってきて。
ガコン!
そしてゲートが開き一斉に十八頭が駆けだした。
あの子は真ん中位、他のお馬さんに囲まれて窮屈そう。
最初のコーナーを回る頃には見えなくなってしまったのでコースの内側に設置されている大きなテレビ、ターフビジョンに目を移す。
二つ、三つとコーナーを回っても中々順位は上がらなくて――
「大丈夫、チャンスを狙ってるから」
「は、はい!」
ワンコさんの言葉に祈るように組んでいた手に力が戻る。
自分達を重ねてしまったあの子に祈りを。
絶対勝てるって信じてるから……お願い!
「来た」
「頑張って!!」
自然と口から出た応援の声。
自分でもびっくりする程の大声、視界の端のワンコさんも少し驚いている。
そして彼女も声援を送ってくれた。
最後のコーナーで針の穴を通す様に他のお馬さんの間を抜けていくあの子。
今までの我慢はこの為に、と言わんばかりに順位を上げていく。
そして三頭がもつれる様にゴールへ。
写真判定に持ち越される決着。
それもあの子は……全力疾走の疲れも何のその、勝利を確信して雨の中堂々と歩を進めている。
固唾を呑んで見守る着順掲示板、そして――――
「勝ちました! 勝ちましたよ!」
「うん、お見事」
土砂降りでレインウェアにも拘らずワンコさんに抱き着いて大はしゃぎ。
レースの熱気に当てられたのかワンコさんも少し興奮気味、な気も。
私が離れると今度はワンコさんが私の腋の下に手を入れ持ち上げ……えっ!?
「そーれ、ソイヤ! ワッショイ!」
「ちょ、まっ!?」
親が子供にするような高い高い、この歳でやられると恥ずかしい。
その上回り始めたりするし!
も、もう十分だから!
いつの間にか増えたお客さん達も見てるから!
「何でレインウェア着ててびしょ濡れなの?」
「面目ない」
「ううっ」
来賓室に戻ると友希那さんの呆れたような表情。
ちょっとはしゃぎ過ぎたかも。
「倉田さんごめんなさいね。頼りにならない年長者で」
「い、いいえ、楽しかったですし……」
「そう」
口調とは裏腹に柔らかな笑顔。
何となくワンコさんと似ているような。
「……拭きます」
「倉田さんは私が」
ワンコさんと私は揃って高そうな椅子に座って、燐子さんとるいさんに後ろから頭をタオルで拭かれる。
視線が合うと悪戯がバレたような子供っぽい表情、多分私も同じような表情だと思う。
何だか……今日一日で大分距離が縮まったような。
ちょっと底が知れないところがあるけど……良い人かなって。
誘ってくれたるいさんには感謝しないと。
「……良かった……ですね」
「はい」
後ろの燐子さんとるいさんの会話が耳に入った。
……あっ、もしかして今日私が誘われたのって――
「ふふっ」
「どうかしたの?」
「るいさんは優しいなって」
「……そうかしら」
「うん、ありがとう」
後ろにいるから正確な表情は分からないけど……クールな表情にうっすらと笑みを浮かべていると思う。
そんな想像だけで胸が温かくなるのを感じた。
ワンコさん、あの子、るいさん、今日だけで三つも収穫があるなんて。
今日は本当に良い日――
「シロ着替え買ってきたよー」
「あ、透子ちゃん、ありが……えっ!?」
透子ちゃんが買ってきたのは黄色と青色と黒色の派手な服。
これなら遠くからでも見分けがつくから安心だね。
気合も入るし――
「って、ジョッキーさんが着る服でしょ、それって!」
「勝負服のレプリカなんてマジアガるじゃん♪ はいワンコさんの分」
「ありがと」
「着る気ですか!? その前にここで着替えないでください!」
「私とペアルックは嫌?」
「うっ……そういう問題じゃないです!」
本気なのか冗談なのか分からない寂しそうな表情。
少し理解できたと思ったのに……また分からなくなったような……。
何故か有咲さんの顔が頭に浮かんだ。
結局ワンコさんにあの子のぬいぐるみを買ってもらったので、帰りの電車にはレプリカ勝負服で乗った。
少し……いやかなり恥ずかしかったけど我慢我慢。
一つ心配事が増えたけど。
「透子ちゃん、SNSに画像アップしないでね?」
「え、絶対流行るって♪」
感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。
特に感想をいただけるととても喜びます。
※アンケート回答も嬉しいです。
<備考>
倉田ましろ:蹄鉄アクセを付け始めたとか。
八潮瑠唯:モニカの保護者ポジへ。
白金燐子:親戚がシロカネフクキタルの馬主。
湊友希那:猫と遊ぶナイスネコチャン動画がお気に入り。
ワンコ:真剣勝負大好き。
今後読みたい話は?
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シーズン0(一年生)の続き
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シーズン1(二年生)の続き
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シーズン2(三年生)の続き
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シーズン指定無しの短編
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連載終了