名も無き島の浜辺に停泊している海賊船の一室で、本日の授業が行われていた。
茶色の髪をリボンで左右に縛った少女は、自身の家庭教師に見守られながら彼の言葉を思い返していた。
『まずは護衛獣との誓約をやってみようか?』
この名も無き島に漂着してから数日がたち、その中で行われた授業で召喚術の基礎を覚えた少女は、家庭教師のレックスに次のステップへ進むよう提案される。
すでに誓約済みの召喚獣を呼ぶのではなく、自分で召喚獣との誓約を行う『誓約の儀式』を含む次の段階だ。
レックスが最初の誓約の対象として選んだのが護衛獣。
護衛獣とは召喚師の身の回りを世話したり、護衛をするいわば相棒とも言える存在。
これから苦楽を共にするであろうパートナーを召喚することに緊張しているのか、少女の脚は生まれたての小鹿のようにプルプルと震えていた。
「(護衛獣……私のパートナーを召喚するんだ……緊張する……どんな召喚獣が来てくれるんだろう? 出来れば本の王子様みたいな……)」
「アリーゼ、落ち着いて。教えたとおりにやれば大丈夫だから」
少女──アリーゼは家庭教師の言葉に頷き、紫色のサモナイト石へと魔力を込める。
「(先生に教わった通りに……先生に教わった通りに……)」
内心で自己暗示のように繰り返したアリーゼは相変わらず緊張で震えたままサモナイト石へと魔力を送ると、石が光を発し始めた。
「いいぞ。そのまま、そのまま……」
レックスから見ても召喚は順調そうに見えた──が。
「(このまま……このまま……えっえい!)」
緊張のためか力んだアリーゼが多めに魔力を込めてしまうと、サモナイト石の輝きが急に強くなる。
そればかりか、サモナイト石がバチバチと紫色のスパークを発し始めた。
「アリーゼ!? 力み過ぎだ! 落ち着いて……」
「古き英知の術と我が声によって今ここに召喚の門を開かん」
アリーゼが呪文を唱え始めると、光は部屋を覆い尽くすほど強くなり、スパークはより激しくなっていく。
「一旦中止しよう! このままじゃ危ない!」
「我が魔力に応えて異界より来たれ」
「聞こえていないのか!?」
危険を感じたレックスが慌てて制止するが、教わった呪文を必死で思い出そうと意識を埋没させるアリーゼには聞こえていないようだ。
「新たなる誓約の名の下にアリーゼが命じる」
「アリーゼ!!」
「呼びかけに応えよ異界の者よ!!」
レックスの呼びかけも虚しく、呪文は最後まで唱えられると雷の落ちたような爆音と共に室内に衝撃が齎される。
サモナイト石を中心にして巻き起こったそれによって、アリーゼとレックスは勢いよく壁へと叩きつけられる。
「きゃあああ!?」
「ぐぅ……いててて。アリーゼ! 無事か──」
痛みが走った背中をさするレックスが生徒を心配して顔を上げると、煙に包まれる衝撃の中心地にうっすらと影が見えた。
つまり、レックスの呼びかけに応えなかったアリーゼの呼びかけに応えた存在がいるということ。
アリーゼの召喚術自体は成功したのだ。
「いやはや、ずいぶんと手荒い召喚ですねぇ……」
煙の中から男の声が聞こえると、アリーゼたちの視界が晴れていき、その姿がようやく見えるようになる。
まず目に入るのは美しく輝く銀色の長髪。
そして一目見たアリーゼが思わず顔を赤くしてしまうほどの端麗な顔立ち。
肌は白く、線が細い身体つきは乱暴ごとには無縁に見える。
「あ……成功、したの?」
「ほう……私を召喚したのがこんなに可愛らしいお嬢さんとは」
壁際で尻餅をついたアリーゼが呟くと、召喚獣が少女へと手を差し出す。
アリーゼはお顔を赤らめつつも容姿端麗な男の手を取ると立ち上がった。
「あの……私、アリーゼっていいます。あなたが私の護衛獣なんですよね?」
「なるほど、お嬢さんの名前はアリーゼというのですか。それに護衛獣とは……。アリーゼさんの言う通り、どうやら私は護衛獣としてあなたに召喚されたようです」
「よかった……やっぱり成功したんだ。あのっ! お名前を教えてくれませんか?」
「ふふふ……成功も成功、大成功ですよ。なにせこの私……メルギトスを召喚したのですから」
メルギトスと名乗った男は召喚の成功を喜ぶアリーゼを興味深そうに見る。
自身を召喚した少女の秘める末恐ろしい才能と、自分が小さな少女の護衛獣として召喚されたというこの状況が面白くて仕方が無かったのだ。
「メルギトス……覚えました。これからよろしくお願いします、メルギトス」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします。アリーゼさん」
メルギトスが柔らかい笑みをアリーゼへと向けると、少女はくらっとしてしまう。
召喚した護衛獣がまさかの美形の男で、しかもとても優しそうなのだから、アリーゼにはメルギトスが運命の王子様に見えてしまっていた。
既にアリーゼの脳内では自分が花畑の中心でメルギトスにお姫様抱っこされる光景が繰り広げられる。
アリーゼの頭の中がお花畑になっていることに気が付きもしないレックスは、生徒と護衛獣の初めての邂逅に一区切りがついたことを察すると、二人へと声をかけた。
「アリーゼ、おめでとう。無事……とはいかないけど成功したね」
「……」
アリーゼを労ったレックスだったが、生徒がうへへとだらしない顔をしているのを見るとメルギトスへと視線を変更した。
「俺はアリーゼの家庭教師をやっているレックスだ。生徒共々これからよろしく頼むよ」
「アリーゼさんの家庭教師の方でしたか。いい生徒をお持ちですね……末恐ろしいお嬢さんですよ」
「ありがとう。そういえば、メルギトスの種族は一体なんなんだい? 霊や天使には見えないけど……」
アリーゼは霊属性と相性が良く、使ったサモナイト石も紫色のものだったことから、メルギトスが霊界サプレスの住人であることが推測できる。
だがその姿は天使にも見えなければ、霊でもなさそうだ。
「ああ、私の種族ですか? 私はねぇ──悪魔なんですよ」
「な……悪魔!?」
メルギトスの種族を聞いたレックスは表情を驚愕と焦燥に染めながらも、素早く生徒を庇うように立つ。
悪魔とは霊界サプレスに住む種族の一つであり、リィンバウムでも有名な種族だ。
たった数体の悪魔を倒すのにいくつもの部隊が必要になるほどの戦闘力と、人々に破滅をもたらす性質から恐れられている。
「悪魔? おとぎ話や物語によく出てくる、あの悪魔ですか?」
どうやらアリーゼは絵本や小説の中でしか悪魔の存在を知らないようで、首を傾げる。
アリーゼには護衛獣として召喚された青年が、恐ろしい存在として描かれる悪魔にはとても見えなかった。
「その悪魔ですよ、アリーゼさん。私はこうみえても恐ろしい悪魔。それも……それなりに有名な、ね」
「まさか、自分の生徒が悪魔を護衛獣として召喚するとは思ってもみなかったな」
「そう警戒しなくてもいいでしょう? 私は誓約によって縛られた身。アリーゼさんに手出しは出来ませんよ。それに、私はアリーゼさんに感謝しているのです」
「感謝……ですか?」
「ええ。実は私……情けないことにかなり弱っていたのですよ。実体化すら出来ないほどに」
かつてリィンバウムに攻め込み、召喚兵器アルミネと相討ちになったメルギトスは、アルミネスの森に封印されていた。
魔力が大きく減退し、実体化さえ困難になっていたメルギトスだったが、今回の召喚に際してアリーゼの魔力が彼に流れ込み、受け取った魔力によって肉体を得ることが出来たのだ。
メルギトスが今の銀髪の青年の姿になったのは元となった魔力の持ち主であるアリーゼの影響は大きい。
読書を趣味とする彼女は特に主人公の女の子が王子様と出会うような物語を好んだ。
夢見る少女アリーゼは今回の護衛獣召喚に物語のような王子様との出会いを無意識の内に求めた結果、今はもう記憶の彼方である初恋の相手──昔『天使の羽』なる品を求めて父の元を訪ねてきた召喚師のイメージを魔力と共にメルギトスへと送っていたのだ。
「今実体化できているのはアリーゼのおかげということ?」
「肉体を失い、彷徨うだけだった私にこうして新たな身体をくださったのです。アリーゼさんには感謝してもしきれません」
「ねぇ……先生」
アリーゼが自分の護衛獣を警戒する教師に声をかけると、レックスは溜息をついた後に頷く。
「わかった、信じるよ。悪魔だからって決めつけは良くないし、誓約があるから下手なことは出来ないはずだしね」
「ふぅ……よかったですね、メルギトス」
「それでは改めて……お二方とも、これからお願いしますよ」
レックスとアリーゼに手を差し出したメルギトスは握手しながら、内心嗤う。
あのまま森で封印されたままでいるよりも、こちらのほうがよっぽど楽しめそうだと。
前作と同じでは芸が無いので護衛獣は2方式の通常ユニット。
そもそも技数少ないからユニット召喚+技召喚タイプには出来ないけども。
■メルギトス
虚言と奸計を司る悪魔王。
機械天使アルミネとの戦いによって弱り、長い間封印されていた。
■アリーゼ
商家のお嬢様。
読書などが好き。
■召喚師?
メルギトスの姿の元になった召喚師。
原作通り禁忌の森に入った彼は悪魔に殺された。南無。