お嬢様と悪魔王   作:あったかお風呂

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はぐれ者たちと悪魔王

 丸い月に照らされる甲板の上でメルギトスはアリーゼ、レックスから彼女たちの事情とこの島の事情について聞いていた。

 

「なるほど……魔剣にはぐれ召喚獣たちの島ですか。これは興味深い……。そして、貴方方はこの島に漂流してやって来たと」

 

 アリーゼは家庭教師のレックスとともに軍学校がある工船都市バスティスへと向かっていたが、途中で海賊の襲撃と嵐に会いこの島に漂流してしまったのだ。

 その漂流した先の島は召喚師たちに捨てられたはぐれ召喚獣たちの住む島だったのだ。

 

「ああ、そうだよ。この島には俺たち以外にも海賊たちや帝国軍たちも──」

 

 突然、レックスの言葉を遮るように爆音と振動が夜の静寂を乱す。

 

「これは……大砲!? アリーゼ、ここで待ってってくれ!」

 

「えっ……先生!?」

 

 レックスは立ちあがると困惑するアリーゼを置いて船の外を飛び出してしまう。

 護衛獣とともに置いて行かれたアリーゼは、自分の先生が消えた先をじっと見つめる。

 

「(置いて行かれちゃった……仕方ないよ……私は子供だから)」

 

「自分は子供だからこうやって仲間外れにされてしまう……それが不満ですか?」

 

「えっ……どうして……」

 

 メルギトスは読心の奇跡の力を持つ悪魔だ。

 人間のココロなど彼の前では丸裸同然。

 

「人のココロの機敏には敏いのですよ。なにせ、悪魔ですからね。それで、どうしますか? あなたは行かないのですか?」

 

 だがメルギトスはその力を持っていることは言わない。

 人のココロというものをよく理解している彼は、心を読める存在が人間たちからどう扱われるのかよく知っているからだ。

 

「でも先生が待っていろって……」

 

「身を守る力が無いあなたを心配したのでしょう。でも今は護衛獣がいる。身を守る力があるわけです。違いますか?」

 

 なにせ『護衛』獣がいるのだから、もうアリーゼはなんの力も持たぬか弱い少女ではない。

 

「あ……そっか。そうですよね。今の私にはメルギトスがいるから……」

 

「ふふふ……それでは、エスコートしましょうか? お嬢さん」

 

「お願いします…………王子様……」

 

 アリーゼはおずおずとメルギトスの手を握ると顔を赤らめる。

 

「あっははははは! 王子様と来ましたか(王子どころか悪魔の王なのですが……言わぬが華というものでしょうかね)」

 

「あ……ご、ごめんなさい」

 

 メルギトスが笑うと、彼をつい王子様と呼んでしまったアリーゼが頭を下げる。

 

「いえいえ、構いませんよ。参りましょうか、お姫様」

 

 王子様にお姫様と呼ばれた少女は嬉しさと恥ずかしさを織り交ぜた表情で頷くと、爆音のした方向へと駆け出した。

 

 

 

 メルギトスとアリーゼが爆音のした地点の付近に到着すると、帝国軍の制服を着た顔に入れ墨のある緑の髪の男が召喚獣たちを攻撃していた。

 

「イヒヒヒヒ! 化け物どもが! 死んじまえ!」

 

 逃げ惑う召喚獣たちに大砲を放つ男の声が爆音と共に辺りに響く。

 砲撃にさらされる召喚獣たちは傷つき、怯えながらも蜘蛛を散らすように必死に走っていた。

 

「あれが見えますか? アリーゼさん。人間というものは自分たちと違う者を受け入れられない。ああして排除しようとするとても臆病な生き物なのです。その臆病さも愛おしいのですけどね……」

 

「確かにそうかもしれません。……ああいう酷い人たちもいます。でも……」

 

「やめろ!! こんなやりやり方は間違ってる!!」

 

 アリーゼの視線の先では赤髪の男が召喚獣たちを守るために、緑の髪の男の前に立ちふさがっていた。

 

「召喚獣たちを守ろうとしているのも人間じゃないですか。酷い人もいるけど、先生みたいな人だってきっといます」

 

「なるほど……どうやら例外もいるようですね」

 

 レックスの心を読んだメルギトスはその心の異様さにすぐに気が付く。

 他者が傷つくことを極端に嫌い、自分を犠牲にしてでもそれを避けようとするレックスのココロの在り様は聖人とも呼べるが──その実は一種の破綻者だ。

 自分が犠牲になることで悲しむ人がいることや、残される者の気持ちを一切考えないある種の傲慢。

 自分の利益を無視して他者を助けようとする、人間として持つ自己愛の欠けたある種の狂人。

 人間の中でもまさしく例外、イカレているともいえるレックスのココロを見たメルギトスは面白い人間を見つけたとほくそ笑む。

 

「メルギトス。先生を助けてくれませんか?」

 

「……いいでしょう。アリーゼさんのお望みとあらば(それに、せっかくの面白いオモチャがここで壊れてしまってはつまらないですからねぇ)」

 

 レックスは帝国軍の兵士たちと果敢に戦うが多勢に無勢、徐々に押され始めていた。

 

「苦戦なされているようですねえ、家庭教師殿?」

 

「メルギトス!? どうしてここに……」

 

「アリーゼさんにお願いされたのですよ。自分も連れて行ってほしいと」

 

「アリーゼ……待っていろっていったのに……」

 

 メルギトスが視線をよこした方向をレックスも見ると、アリーゼが心配そうな顔で自分を見ていた。

 

「アリーゼさんはあなたを心配なさっていますよ。無鉄砲に敵に挑んで危機に陥りつつあるあなたをね。教師が生徒に心配をかけるとは……立場が逆ではありませんか?」

 

「うっ……それは……」

 

「情けない教師もいたものですねぇ」

 

「うう……。君はそれを言いに来たのか?」

 

「いやいやまさか。あなたに加勢しに来てあげたのですよ。情けない教師を心配したアリーゼさんに頼まれて」

 

「助かるよ。後でアリーゼにお礼を言わないとな」

 

「私にとってもいい機会です。力を失ってからはずっと戦いとはご無沙汰でしたからねぇ。肩慣らしには調度いいでしょう」

 

 メルギトスは大昔に封印されて以降、ずっと森の中に閉じ込められていた。

 戦闘訓練を受けた兵士たちは鈍った感覚を取り戻すのにうってつけだろうと、帝国兵たちを動く的でも見るかのように見つめる。

 

「肩慣らしだとぉ? なめやがって……構うことはねえ! あの銀髪もまとめてやっちまえ!」

 

 入れ墨の男はメルギトスが自分たちを見下しているのに感づいたのか、イラだちを顔に浮かべると周りの兵士たちと共にメルギトスとレックスに向かってくる。

 

「おい、優男。戦場ってのはお前みたいなのが来る場所じゃねぇぜ。家でおねんねしてな」

 

 兵士の一人がおよそ荒事向きではないメルギトスの姿を見て笑うと、周囲の兵士たちも同調して笑い出した。

 

「無知は罪とは言いますが……あなたがたは特段お馬鹿さんのようですね」

 

「あ? 人がせっかく忠告してやったってのによぉ!」

 

 挑発されても顔色を変えないどころか、挑発し返すメルギトスに苛立った兵士は手に持った剣で斬りかかるが──パチンと指を鳴らす音と共に兵士の足元から黒い魔力の炎が噴き出す。

 

「ぎゃっ!? あちぃ! も、燃えて!? 俺の身体が燃えて!?」

 

「久しぶりですねぇ……人間の恐怖と苦痛に歪んだ顔を見るのは! ひひひ……」

 

 黒い炎に包まれた兵士が地面を転がってばたつくと、銀髪の優男の顔が愉悦に染まる。

 

「た、助けてくれぇ! 炎が! 炎がぁ!」

 

 全身を焼かれる兵士は周囲に助けを求めるが、周囲に水場は無い。

 火だるまになっている人物と先ほどまで笑っていた兵士たちはあとずさり、その表情は明らかに怯えていた。

 

「ふむ……。今の状態ではこの程度の威力ですか。まあいいでしょう。じわじわと嬲り殺すのには最適ですからね」

 

 本来なら人間一人など消し炭にする威力がある一撃だったが、力を大きく失った今では威力がかなり下がっていた。

 だがその分、人間をいたぶって遊ぶのにはちょうど良い威力だ。

 メルギトスが次のエモノを見定めるべく兵士たちを順番に眺めると、次のエモノが自分になるのではないかと彼らは震えはじめる。

 

「ひっ!?」

 

「その表情! その感情! 最高ですよ! さあ、怯えなさい! あなた方のその感情が、私にとっての最高の美酒となるのです!」

 

 メルギトスが怯えて足がすくむ彼らを眺めて笑っていると、その手が小さな柔らかく温かい手に包まれた。

 

「メルギトス、やめてください。もう十分ですよね?」

 

 メルギトスの白い手を握ったアリーゼは護衛獣の顔を見上げて懇願する。

 アリーゼから見てもう兵士たちに戦意は無く、これ以上戦いを続ける意味は無いように見えた。

 

「なにをおっしゃいますか。お楽しみはこれからでしょう?」

 

「楽しみ……? 楽しくなんかありません! 私はメルギトスに必要以上にあの人たちを苦しめてほしくありません!」

 

「ほう……ならばどうしますか? 誓約の力で無理やり私を従えますか?」

 

 召喚術には召喚師が召喚獣を無理やり従え、言うことを聞かせるための誓約の力がある。

 それによって召喚獣の意志を無視して、やりたくもないことをやらせることが出来るのだ。

 

「そんなことしません。無理やり言うことを聞かせたらもう対等なパートナーにはなれないから……だから、これはお願いです」

 

 召喚師から護衛獣への命令ではなく、アリーゼからメルギトスへのお願い。

 一切の強制力を持たない、ただの言葉。

 

「お願い……ですか。それでは私が止めるかわかりませんよ?」

 

「そうですね、止めてくれるかわかりません。だから、信じます」

 

「あなたは悪魔の私を信じると?」

 

「私には悪魔とか……あんまりよくわかりません。でも、メルギトスが私の護衛獣だってことは分かってます。私の想いを察してくれて、ここまで連れてきてくれた優しい護衛獣だってことは分かってます」

 

「私を優しいと……可笑しな人だ。まあ、いいでしょう。肩慣らしは済ませましたし、武器も調達できましたしね」

 

 兵士たちが慌てて逃げ出すと、それを尻目にメルギトスは兵士の落とした剣を拾い、刀身を撫でる。

 レックスのほうも決着がついたようで、緑の髪の男は他の兵士たちと一緒に逃げ出したようだった。

 この戦いに参加した目的は果たし、剣も手に入れた。

 これ以上戦いを続けてアリーゼとの関係を悪くするメリットは現状無いのだ。

 

「ありがとう……」

 

「アリーゼ! メルギトス! 二人とも無事みたいだね」

 

「先生こそ……無事でよかったです」

 

「ごめん、アリーゼ。心配かけたね。それと、助かったよ」

 

「あまり無茶はしないでください……あと、お礼ならメルギトスに……」

 

「メルギトスも、ありがとう」

 

「私はただ召喚師殿の頼みを聞いただけですよ。私にとっても収穫がある戦いでしたしね」

 

 アリーゼとレックスは目を合わせると、悪魔とは素直じゃないんだとな思って小さく笑った。

 

 

 

 船に帰ったアリーゼはレックスと別れ、メルギトスと共に自室へと入った彼女はうんうんと頭を悩ませていた。

 

「どうしよう……一緒に寝るわけにはいかないよね……」

 

 アリーゼの悩みとは、メルギトスの寝床をどうするのかということだ。

 海賊船内には他に空き部屋は無い上、この部屋にあるベットも一つだけ。

 いくら護衛獣とはいえ、明らかに男の姿をしたメルギトスと一緒に寝るのはアリーゼとしても避けたい。

 

「ああ、寝床の事ですか。そのことなら心配ありませんよ」

 

 一緒に寝るのは避けたいが、彼を床に寝かせるわけにもいかず──と頭を抱えるアリーゼを見かねたのか、護衛獣から声がかかる。

 

「えっ……心配ないって?」

 

「我々サプレスの住人はリィンバウムにいる間は主に夜間を活動時間とするのです。その理由はご存知ですか?」

 

「えっと……わかりません」

 

「不勉強はいけません。あなたは見習いとはいえ霊属性の召喚師なのですから。……サプレス出身である我々はリィンバウムに存在している間、常に魔力を消費し続けています。ですから、マナが多く含まれる月の光を浴びることが出来る夜間が我々にとって一番活動しやすい時間帯なのですよ」

 

「なるほど……」

 

 メルギトスがまるで生徒に教えるかのようにサプレスについての講釈をすると、アリーゼは霊属性の召喚師としての自覚を持ち始めているのか真剣に聞いていた。

 

「だから、私には寝床など不要なのです。なにせこれからが私の時間ですからね。では私は月の光を浴びてきますので……」

 

「……」

 

「……どうしましたか?」

 

 扉へと向きを変えようとしたメルギトスだったが、アリーゼの反応が無いためその動きを一旦止める。

 

「月の光を浴びて来るってなんだか……ロマンチックですよね」

 

「はぁ……?」

 

 目を輝かせるアリーゼに首を傾げたメルギトスは今度こそ扉を開けて部屋の外に出る。

 そのまま甲板に出ると、星とともに丸い月が輝いていた。

 

「やはり月のマナは格別ですねぇ……それにしても、ロマンチック……? 私にとっては食事のようなものですが……」

 

 心が読めても女の子というものはよくわからない、それを思い知ったメルギトスだった。

 

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