断章保持者(トラウマ持ち)でもヒーローになれますか? 作:カナーさん
「救助訓練ってどうすればいいのかしら八百万さん?」
「時槻さんは初めてですものね。安心してください、いつもの授業と変わりありませんわ」
「"いつもの"を知らないのよ。その辺り教えてくださる副委員長?」
「はい、お任せください!」
「そう、頼りにしているわ」
なんでこんな面倒くさそうな奴に絡まれて嬉しそうなのかしら。とくに最後の。こんな奴に頼りにされるとか嫌悪の一つ合ってもいいのに…一番喜んでいたわね。
それとやっぱり移動なのね。さも当たり前のように移動するけど、場所知らないからね?まあ、そこ等は副委員長もわかっているのか誘導してくれるから問題ないけど。念の為体操服持って行こ。
待って副委員長。体操服を持ってくるわ。
「ここが女子更衣室ですわ時槻さん。ヒーロー基礎学などの時はここで着替えます。時槻さんはそこの空いているロッカーをお使いください」
「わかったわ」
言われたとうりロッカーで着替える。自前の服しかないのだけど…これでいいか。
…なんか視線を感じる、左腕にとくにあつい視線が集まっているけど。どうしたのよ副委員長。その目は?他の人も。なんで少し思い詰めたような表情してるのよ。包帯くらいしか無いわよ。…その下にリストカットはあるけど。
派手なコスチュームの中、一人だけ体操服ってのも逆に目立つわね。
とはいえ、救助訓練ならコスチュームはどちらでもいいらしい。
私はずっと体操服ぽいけどね。救助に〈断章〉は使えないからね。
「時槻少女すまないね。コスチュームは今すぐに、とはいかないようだ」
「構いません。私が早く申請しなかったのがそもそもの原因ですから、製作陣にはゆっくりで構わないと伝えてください」
「了解。必ず伝えるよ___さて!今回のヒーロー基礎学は職場体験直後と言う事で、やや遊びを含んだ救助訓練レースだ!」
どうやら今回の救助訓練はゲーム要素を加えて、競争らしい。私を配慮してだろうか。
救助訓練はUSJでやるべきではないかっと真面目そうな印象を受ける眼鏡が質問していたが、まず、USJで訓練しちゃ駄目でしょ。一般の客に手伝ってもらうの?
そんでもってね先生。規模が小さいってどゆこと。ネズミーランド規模じゃなきゃいけん?どっちも相当広いと思うのだけどそれを一年の頃に訓練で使うって感覚麻痺というかなんというか…。
結果のほどだが、予想の通りいい結果ではなかった。
〈断章〉は別に身体能力を上げるわけでもワープのような便利な超能力でもない。最下位でなかったのは喜ばしいがそれは単純に痛みを無視して無理矢理動くからで、個性と比べるとどうしても劣ってしまう。つまり素の身体能力にものをいわせただけ。増強型個性には負けるが本来の人間としての力ならば大抵は負けないだろう。
原作の彼等も移動は自動車だったのを考えれば私の弱点は機動力のなさだろう。
これがペイン六道のように能力を与え動かすことが出来ればカバーできるのだが、あいにく〈断章〉はそんな便利なものじゃない。ペインはよく機動力をカバーしたと思う。勉強になる。
"死体を動かす"ことなら出来るが操作が聞かないのが難点。
救助で死体を働かせるってなんか冒涜的ね。
そんなこんなで割とあっさりと終わった救助訓練に肩抜かしを食らいながら彼女は八百万の少し後ろに一人で付いて更衣室へ戻っていった。
仲良くしたい、という意図はないが程よく疑問に応えてくれる八百万の存在はなにかと有り難く、それでも群れたいわけではないのでこの微妙な立ち位置を彼女は気に入っていた。
日光の照らす中、長時間運動していたせいで生じた頭痛に機嫌が悪く、誰も近づかなかったというのもある。
そのまま一人で着替えていると左腕の包帯に血が滲んでいるのに気付いた。
痛みはなかった。触って見ると血は止まっており、恐らく訓練中に何処かに引っ掛けたのだろう、と当たりを付け、周りの目がまた変わるのを無視しながら、平然と着替えを再会する。
「時槻ちゃん左腕大丈夫?」
「………傷は塞がっているようだから大丈夫よ」
そんな中挨拶した覚えのない人からいきなりとちゃん呼びに一瞬、眉をひそめるが淡々と返事をする。
それで相手は回れ右するものだと思っていた彼女に反して話掛けてきた少女は話を聞いていなかったのか着替える彼女から目を離さずその場に留まっていた。
「……それでなにかしら。そこの…梅雨って名前の」
「ケロ。蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと読んで頂戴」
「名前なんかどうでもいいでしょう…要件は?」
彼女は先よりも苛立っていた。さっさと話を切り出さないし、ましては覚えれない名前のことなんてどうでも良かった。なによりチラチラとこちらを伺うような視線と態度は無性に腹がたった。それも周囲を覆うようにこの部屋にいる全員から感じ、それがまた苛立たせていた。
クヨクヨして…言いたいことはズバッとハッキリとしてほしかった。
「唐突なのだけど、私達何処かで会ったことないかしら?」
「覚えないわ」
バッサリ切り捨てる。
嘘は言ってない。元々覚えないし、〈食害〉で反芻、反復しない記憶は喰われていく一方。何処かなんて曖昧なものはかっこうの餌なのだから。
「そうね、勘違いかも。でも何故かあなたの近くにいると懐かしいって感じちゃうの」
「人違いでしょ。私に似た人物に重ねているだけじゃないの?」
う〜ん。と私の言葉を整理しているのか目を細め、口元に指を当てて唸っている…えぇっと……梅雨、そう、梅雨さん。
噛み砕くような内容はないはずだから、納得が言ってないって感じね。遡っている最中かもだけど、私からしたら昔会ったことない?はオレオレ詐欺と同一視しているので基本取り合わない。その相手がただの人間ならね。
「……………………………」
私が早々に去らないのは彼女から発せられるこの嫌悪感を見極めるため。恐らく私しか感じない彼女が無意識に発している…というよりは私が一方的に受信している感じかしら。なんというか鏡を見た気分ね。もしくは姉の亡霊を見た最悪の気分。
「…………………」
悩んでいる蛙吹を尻目に、彼女はポケットに入れておいた目立つような装飾のないメモ帳を取り出した。
そのメモ帳にはいくつもの付箋と切り抜き記事達がところ狭しと貼られていた。その数はメモをとる紙のサイズを有に超え、メモ帳が二倍に膨れ上がるほどで、付箋と記事が刃のようにメモ帳から溢れていた。
その辞書のように膨れ上がったメモ帳をパラパラと捲っていく。
よく見れば捲られていくページには辞書などにあるような端の方に文字が振り分けられていた。
現在のページは"あ"。丁度"浅田"という文字を通り過ぎたところだった。
そして端の方にある"明日香"という名前を見つけると、"浅田"と"明日香"の間を何度も視線で循環する。
執拗に、過剰と言えるほど見直して彼女はようやく止まった。
「…やっぱり知らないわね」
彼女には珍しく執拗に、過剰と言えるほど見直して、ようやく止まった。
それもそのはずで、彼女にとって嫌悪、拒否は〈断章〉のトリガーとなる。それが初対面の
警戒もするし、慎重にもなる。
そういう個性ならいい。関わらなければ済む話だからだ。だが、そうでない事は訓練で見た身体能力を見れば明らかで、ならばこの拒絶したくなるような悍ましさはなんだ?
初めての事に混濁しそうだった。
「…話は後日時間に余裕がある時にしてもらえないかしら。初日で色々参っているのよ」
鬱陶しそうに吐き出す柔らかな拒絶。
もう彼女は蛙吹のことを見ていなかった。
「副委員長、着替え終わったから教室に戻ってるけどいいわよね?」
「え、えぇ……時槻さ_」
「副委員長。私疲れちゃったのよ。今からじゃないといけない?」
彼女は八百万の方すら顔を向けず、その言葉を遮った。向けられた背は言外に、これ以上踏み込むなっと語っていた。
「__なんでもありませんわ」
ガタンっと扉が閉まる。
大して強く力を入れた訳でもないその音は更衣室を包んでいた静寂にはよく響いた。
「なあ、梅雨ちゃん。皆も。時槻さんって」
「えぇ。隠すように着替えていましたけど腕の他に胴や脚に包帯、それに脚には火傷…それもかなり重度のもの」
「私気になってモニターを見てるときに時槻ちゃんの側にいたんだけど少しフラフラしていたのよ。息も荒かったし疲れているってレベルじゃなかったわ」
「確かに訓練の時もよく立ち止まってた」
皆、思い思いに彼女のことを話していく。
総じて彼女のことを心配する声色が多く、左腕の包帯に隠されたリストカットが不安を大きくしていた。
彼女達としては仲良く接したい思いが強いが、それ故現状、どう接していいのかわからなかった。
「親睦会とか開催したいわね」
当面は仲を深める方針のようだ。
✟
予想よりもあっさりと終わった初日。ヒーロー基礎学も思っていたほど負担ではなかった。
とはいえ気を引き締めなければならないだろう。無意識に発症させてしまう可能性があった。あの少女には。
あのちゃん付けしてきた少女は。
副委員長に個性を聞いたところ個性は蛙。蛙ぽいことなら大抵出来るらしい。
彼女は手で口元を隠しながら、煙草を吸うような姿勢で考えていた。
もしかしてあの少女ならば複合に、象徴としての役割を押し付けられてしまうのでは。
彼女が懸念していたのはいばら姫だった。
あの話では〈泡禍〉の舞台となった家の主人が飼っていたペットの躰から"芽"が生えていた。そのペットの中に蛙がいたのだ。
つまりはあの少女が〈泡禍〉に巻き込まれるしまう可能性が高かった。
そして植物に覆われるというのもまた駄目だった。
人が植物に包まれる___それは弔いの花。
弔いの花を贈られる___それはつまり〈お花の王子様〉の誘発を意味する。
〈お花の王子様〉の説明は省くが蛙というだけで〈泡禍〉と〈断章〉の影響を連続的に受けてしまうかもしれないのだ。
芽が芽吹くのはまだいい。すぐに死にはしない。だが
〈お花の王子様〉は駄目だ。あれに花を置かれると死ぬことが確定してしまう。
理解できない嫌悪はあるが理由もなく人を巻き込みたくなかった。
故に彼女に気が抜ける日はついに来なくなった。
これは未来の話だが、B組に茨という個性の少女がいるという情報を得て、ガックリと崩れ落ちた彼女は以前よりも過酷な状態へと陥るのだった。
番外編の展開が少しネタバレしましたね。
はたして続きはいつになるやら。