HEAD.HUNTER   作:佐々木 鴻

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Ⅳ・becomes the tragedy

「今日21タイム頃、《市街》歓楽街の傍にあるマンション上空に巨大な重力塊が出現しました。目撃者の証言によりますと、その前触れらしき現象として小さな重力塊が上空から振って来たとのことです。付近の現場は一時騒然となり、死傷者がかなり出た模様です。その正確な数は判っておらず、行方不明者の安否が気遣われます。また、目撃者の中には空中に浮いている人間を見たとの情報もあり、捜査当局では〝PSI(サイ)〟か〝魔導士〟絡みの事件と見て捜査を開始していますが、《魔導士ギルド》ではその様な《能力》は〝魔導士〟には絶対に出現しないと、事件との関連を否定しています。

 歓楽街の傍での事故だったのですが、奇跡的に路地裏には被害はありませんでした。

 尚、その重力塊の影響で空間が歪み、《ドラゴン・アシッド》が発生した模様ですが、歪みはすぐに閉じたために被害は最小限に抑えられました。

 それでは、《魔導士ギルド》の《世界の館》から中継です。

『はい、《世界の館》前です。早速ですが、昨日の事件との関連に付いて、《魔導士ギルド》の最高導師、ハズラット・ムーン副長にインタビューを行います』

 

 

 

 

『今回の事件について、どの様に思われますか?』

『酷い事件ですね』

『いえ、そうではなくて、この事件は〝魔導士〟が関わっているという情報がありますが、それをどう思われますか?』

『どう思うも何も、〝魔導士〟が関わっているという根拠すらなく、それに我々には《属性》というものがある為にその様なことをするのは不可能です。そんな下らないことを訊くために私を呼んだのか?』

『質問にだけ答えて下さい。……どうしてそう言い切れるのですか?』

『質問には答えた筈だが……私の言語を理解出来ないくらいに教養が無いのかな? まぁ、良いでしょう。私は貴方をはじめとしたマスメディアがそういったものなのだと、理解し終えていました(・・・・・・・・・・)からね』

『な……!』

『こんなところで貴方と下らない討論をするのも時間の無駄だから話しを戻してやるが、先程言った通りです。判らないと言うのなら低能にも判るように詳細に説明しますが? それから言っておきますけど、貴方達に尋問される筋合いなんてありませんよ。そもそもそんな権限も無いでしょう』

『尋問ではなく、質問です。話を戻しますが、それで皆を納得させることが出来ますか?』

『納得する、しないは訊く人の勝手。そしてそれを理解しようとしない人には徒労に終わる。それに事実をありのままに伝えないで曲解し、更に捻じ曲げて自分達の都合の良いように面白可笑しく報道し、現場に居合わせてもいない〝自称〟専門家が真剣な面持ちで莫迦なことを言い、鵜呑みにした民衆に支持されてしまうという荒唐無稽な様相が安易に連想出来る様は、腹立たしさを通り越して滑稽だな。……まぁ、そんなことを言っても理解しない〝自称〟正義の報道にも判る程度の簡単さで説明しましょう。我々〝魔導士〟には先程言った通り《属性》というものがあります。それは九通りあり《太陽》《月》《光》《闇》《火》《金》《木》《土》そして《水》です。つまり、《太陽》と《月》は対極に在り、《光》在る処に《闇》が在る。《火》は《金》を熔かし、《金》属の斧は《木》を倒す。《木》は《土》を抉り、《土》は《水》の流れを止め、そして《水》は《火》を消す。循環する強さと弱さ、これが基本です。しかし今回の事件は、その流れる循環を根底から覆すほどの力であり、またその様な力を行使することは、〝魔導士〟には絶対に不可能です』

『……それはどういうことですか?』

『……貴方達マスメディアはどうしても、なにがなんでも我々を犯人に仕立て上げたいとしているようですね。まぁ良いでしょう。それが貴方達の仕事であり真実であり〝正義〟でしょうから』

『私達は真実を報道しているだけです。そのような偏見の目で見ないで下さい!』

『真実? 実に曖昧な表現だ。人が情報処理に限界のある有機生命体である以上、感情がある以上、個々で感じる〝正義〟にはその個体差があるように違いがある。言っていることとやっていることに差異を感じないか? 貴方たちの得る情報とやらには主観が含まれていて、相当量の齟齬が生じているというのに何故気付かない? それを踏まえて、今の言葉をそっくりそのまま貴方にお返ししますよ。ですが今、そのことは討論しないでおいてあげましょう。言葉を武器にしている貴方達が言い負かされるのは、心底屈辱らしいですからね』

『何故そのように偏見の目で見るのですか!』

『偏見? それはそう書いて「しんじつ」と読めばいいのかな? ……話が進まないから喧嘩は買わないでおいてやろう――面倒臭ぇし。ええと、我々〝魔導士〟は――こう言うと語弊が生じますが――良く言えばいわゆる学者肌の者が大半で、外に出ることは殆どありません。悪く言えば変人の集まりなのですが、少なくとも《市街》でそんな莫迦な真似をする者は一人として存在しません。そもそもそんな無謀なことをして何の得になるのですか?』

『……無謀、ですか?』

『そう、無謀です。仮にその重力を操る〝魔導士〟がいたとして、これほどの敷地面積を誇る《市街》をまるごと潰そうとしたら、全身衰弱で即死してしまいますよ。〝魔導士〟は皆、自分の研究に没頭している変人ですが、それに命を懸けるほど愚かではありません』

『……《市街》を潰せる〝魔導士〟はいない、ということですか?』

『読んで字の如く潰せる者はいません。これは断言できます。ですが〝魔導士〟の名誉のために言いますと、方法は違えど只壊したり消し去るだけだったら、貴方の眼の前でインタビューに答えてやっている〝魔導士〟にも可能です。ま、自分の研究に没頭している変人ですから、そんな何の特にもならないことはしませんけど。それに、そんなことをしてマスメディアを喜ばせるのも不快だ』

 

 

 

 

『この発言を、どう思われますか?』

『どうって……まぁ、彼はマスコミが大嫌いだということは判りましたね。ですがこれほど強く否定するのは逆に怪しいと言うのが一般的ですね。それに彼は何かを隠していると思いますよ。それがどういうことなのかは判りませんが』

『そうですか。尚、捜査当局はこれから〝魔導士〟達のアリバイを調べると共に、事件の関連を詳しく捜査していく模様です…………』」

 

 

……………………………………………………

 

 

 ダークグレーの短く切り揃えた髪と、藍色の瞳の〝魔導士〟が映し出されているモニターを見詰めながら、好き勝手に討論しだす待合室の患者を尻目に、ファウル・ウェザーは白衣を肩に掛けたまま院長室へと戻った。

 

「それにしても、マスコミの情報伝達力は相当なものだな。リィクが陰で手を回しているのか?」

 

 独白するが、その考えを即座に振り払う。それは有り得ない。リィクの正確無比な情報を買うほど気前が良くないだろうし、そもそもプライドが赦さないだろう。そんなことを独白し、白衣をデスクに放り投げて椅子に深く腰掛けた。リケットとジェシカが運ばれて来た後、歓楽街から沢山のレスキューに連れられた患者――その殆どは大したことのない軽傷で、入院させるのが鬱陶しいくらいの者達ばかりだったが――が雪崩れ込んだ。

 

 それはそうだろう。何といっても《M・R》が現れたのだ。重傷者は根こそぎ運ばれてくるのである。二分以内に、例えどれほど離れていようとも。

 

 ファウル・ウェザーは持って来たカルテをデスクに置き、サングラスを外して深い溜息をつく。久し振りに《能力》を使ったために、多少疲れたようだ。リケットではないが、《能力》を使うと脳が疲れる。緊急時だったために仕方なく使ったのだが、出来れば使いたくない。使わずに処置をする方が疲れないから。

 

「それにしても、一体誰がリケットをあんな目に遭わせたんだ? いや、それ以前に、どうやったらあいつをあんな目に遭わせられるんだ? 出来るとしたら……私達かハズラットか……それ以上の者しかいないだろうな」

 

 柔らかく魅力的に微笑む《ハンター・ギルド》の本部長と、病的な程に青白い肌と銀の瞳の死人の長、影しか目視出来ない《世界の館》の主、そして《水晶の森美術公園》にいる好々爺を次々と連想し、最後に某飲食店を営んでいる〝サイバー〟を思い浮かべて苦笑し、溜息をついた。

 

 リケットの傷は大したことはなく、《ドラゴン・アシッド》に汚染された箇所を洗浄し、傷には人工皮膚を貼り付けて処置を終えた。その後彼は、高カロリーペーストを二〇人分平らげたが。

 その総計、実に四万キロカロリー。だがそれでもエネルギーが不足しており、彼は本日のみ入院となったのである。

 

 そしてジェシカは、はっきり言って命があっただけ幸運だった。いや、ある意味では死んだ方が幸せだったのかも知れない。

 

 この世界の医学は非常に発達しており、極端な例だが、脳さえ無事ならば再生が可能だ。だがそうなっても、戻らないものがある。

 

 それは、記憶。

 

 再生が成功しても、もう彼女は何も想い出せないだろう。今までのことは勿論、自分が何者なのかも、そして……《懐中時計》と《月》の刺青のことも。

 

 それに、あそこまで《ドラゴン・アシッド》に汚染されていて、再生できるのかも不安だ。

 

「ジェシカ・V、か……。長い目で診て行く必要があるな……。それにしても……」

 

 サングラスを外し、眼を抑えて考え込む。まさか自分がラッセル・Vの『娘』の治療をする羽目になるとは思わなかった。因果なものだ、そう思いつつ白衣のポケットを探る。其処には先程読んでいた小説が入っている筈だった。しかし、何処に置いて来たのか其処には何もなかった。

 

 救急外来に忘れて来たか? 独白し、パネルに手を置いた。すぐに当直師長が出た。

 

『何か御用ですか?』

 

 モニターを真っ直ぐ見詰めるファウル・ウェザーからわざと視線を逸らし、師長が訊く。その行動に何も言わず、

 

「大した用ではない。其処に私の本はないか?」

『少々お待ち下さい……』

 

 師長はそう言い、モニターから姿を消した。だがすぐに現れ、

 

『この「まぁぶる……」で宜しいのですか?』

「ああ、そうだ。其処にあったのか、すぐに取りに行く」

『……院長、これって面白いんですか?』

「何を言うか、『まぁぶる』シリーズは傑作だ。一度読んでみると良い」

『……気が向いたら読んでみます。所で院長、モニター越しでも素顔にならないで下さい。私だから良かったものの、これが若い看護師だったら悩殺されて仕事になりません』

「……済まんな、少々疲れているから〝魔眼〟の抑制が効かないようだ。以後気をつける」

『そうして下さい。そうそう、もう一つ』

 

 師長はそう言い、暫しモニターから姿を消した。

 

『荷物が届いております。差出人はリエ・クラウディア様。クッションらしいです』

「リエから? 本気で送ってくれたのか」

 

 リエ・クラウディアとは、クラウディア社の若き社長である。クラウディア社はインテリア家具や雑貨などの大手メーカーなのだ。そしてその商品には必ずミカンに顔が描かれたマークが入っている。そしてそのマークの名は『まぁぶる』といい、その愛くるしい表情と独創的なスタイル、そして画期的なアイディアで若年層はもとより、中高年に到るまで幅広く指示されているのだ。

 

 二年前に限定五百個で発売されたシングルソファは予約の段階で五万件を超える注文が殺到し、クラウディア本社で抽選が行われるという異例の事態となったほどである。

 もっともそのシングルソファ自体は大した品ではないが、其処にプリントしてある『隈取りまぁぶる』が重要なのだ。何故ならそれがプリントされている商品は今後一切発売しないと、社長リエ・クラウディアが公言したからである。

 

 今ではそのシングルソファは幻の品と呼ばれ、オークションでは最低落札価格三十万クレジットとなっている。因みに販売希望小売価格は五千クレジットだったが。

 

「ああ、それもついでに取りに行く。持って来なくて良いからな。そんな暇があったら仕事をしていたまえ」

『判っています。私達にとって患者は貴方よりも大切ですからね』

「それで良い。では」

 

 モニターのスイッチを切り、ファウル・ウェザーは椅子に身を委ねて暫くじっとしていた。体力の消耗が著しい。もうあんな『脳が疲れる』処置は沢山だ。そう思いつつ、サングラスを掛けて立ち上がった。

 

「どうでも良いが」

 白衣を手に取り、肩に掛けてから言った。

「無断で院長室に入ってどうするつもりだ? 茶とカステラくらいしかないぞ」

 

 壁際にある巨大な本棚に話し掛ける。因みに本棚には医学関係のものは一切ない。

 

「いやいやいやいや、とてもじゃないが医者の部屋とは思えませんなぁ」

 

 声がした。そして本棚の一部が動く。其処からカステラを持った男が現れた。口元がもごもごと動いている。どうやらカステラを丸齧りしているらしい。

 

「失礼、戸棚から勝手にカステラを拝借していますよ。うん、美味い」

 

 男の、人を子莫迦にした態度には何も言わず、ファウル・ウェザーは一言だけ、

「……それは賞味期限が一週間過ぎているのだがな」

 

 白衣を再び机に置き、サングラスを直しつつ呟いた。だが男は平然と、

「大丈夫ですよ。僕は胃腸が丈夫だし、何より此処は病院だ」

 カステラを全部食べ、指を舐めながらにこやかに男は言う。ダークグレーのスーツを着ているが、どうやら只のサラリーマンではないらしい。何故なら、院長室に入っているから。

 

「どうやって此処に入った?」

 そう訊くファウル・ウェザーに笑顔を向け、

「案外簡単でしたね。〝サイコプレイヤー〟だったら簡単なんじゃないですか?」

「……まぁ、鍵を作れば簡単だろうな、普通の部屋だったら。……どうやら部屋が『疲れて』いる様だ。少し気合を入れ直すか」

 

 ファウル・ウェザーの言っていることを、彼は理解できなかった。だがそうする必要がないのも事実。彼はゆっくりと会釈をした。

 

「実はファウル・ウェザーにお願いがあって来ました」

 

 それに対して何も言わず、只視線で促しただけだった。それが判ったのか、男は歩きながら続けた。

 

「本日この病院に一人の〝サイバー〟と《ドラゴン・アシッド》に汚染された女性が搬送されて来ましたね? いえいえいえいえ、答えなくても判ります、僕は全部知っていますから。そしてお願いとは、その〝サイバー〟の引渡しと女性の治療の停止です」

 

「……理由は?」

「残念ながら、言えません」

「そうか……」

 

 口元に笑みを浮かべ、ファウル・ウェザーは俯いた。銀色の長い髪がその表情を隠す。もっともサングラスがあるために表情は解り難いが。

 

「君は言っている意味を判っているのかな?」

「ええ、ええ、判っていますよ。それが違法なことだとも知っています。無論、その報酬はお支払いしますよ、ドクター・ファウル・ウェザー」

「……やはり判っていないな」

 

 両手に精神のエネルギーを集中させ、ファウル・ウェザーは言った。

 

「違法かどうかは関係ない。あの二人は私の治療を受けている最中、私の患者だ。私の患者に手を出すことは、例え神だろうと許さない。お前には消えてもらう」

 

 その言葉に鼻で笑い、顎を擦りながら半眼で見下す様に、

「出来ますかな? 治療で《能力》を使って消耗した貴方が、この私にそのようなことを……」

「お前はまだ判っていない」

 

 顔を上げ、サングラスを外す。その冷たいアイスブルーの瞳が僅かに揺れている。

 

「私が患者に対して使う《能力》と、お前のような莫迦者に使う《能力》は根本的に違う」

 

 集中させたエネルギーで二つの球体を作り出す。その二つがファウル・ウェザーの手を離れて床で弾む。

 

「教えてやろう、医師ではないファウル・ウェザーの力を、存分に」

 

 身の危険を感じたのか、男は瞬時に精神エネルギーで槍を作り出し、ファウル・ウェザーへと投げ付けた。だがその槍は、彼の出した球体の一つに噛み砕かれた。その事はある程度予測されていた。仮にもあのラッセル・Vの弟子が、この程度で倒せる筈がない。それは判っていた。だが、彼は違うことで驚愕している。

 

「……何だ、その巫山戯た物体は!?」

 

 ファウル・ウェザーの出した球体には、愛くるしい表情の顔があった。それは彼のお気に入りのもの、

「『まぁぶる』だ。知らないのか?」

 

 ファウル・ウェザーの出した物体――『まぁぶる』はくるくるとその愛らしい表情を変え、彼の足に頬擦りしている。

 余談だが、院長室の本棚には『まぁぶる』シリーズと呼ばれる小説やそれに関連した物が所狭しと並んでいるのだ。実は彼は、とってもディープな『まぁぶる』ファンなのである。そして一説によると、クラウディア社の社長、リエ・クラウディアはファウル・ウェザーの恋人ではないかと噂されている。真偽の程は定かではないが。

 

「こんな巫山戯た物体で、僕と戦うつもりか!?」

 

 莫迦にされていると感じたのか、男は顔を真っ赤にして激昂している。だがファウル・ウェザーは涼しい顔で、

「〝サイコプレイヤー〟の《能力》では、作り出す物体は何だろうとその《能力者》の力量で勝負が決まる。忘れたのか?」

 さも、それが当然といわんばかりに言い放つ。

〝サイコプレイヤー〟とは、精神のエネルギーを具現化して操る〝PSI〟の《能力》であり、実は医師や技術者に多い。熟達すれば自分の分身を作り出し、且つそれにプログラムを入力することにより殆ど自分と同じ人物を作り出すことも可能だ。そしてファウル・ウェザー病院にはその《能力者》が多数存在し、「《結界都市》ドラゴンズ・ヘッドの奇妙な人々」の一つに、「ファウル・ウェザー病院のスタッフ」として名を連ねている。

 

「そんなことは、知っている。だけど……」

 

 どうしても、やる気が削がれてしまう。もしかして、それが狙いなのかも知れないが。

 

 だがそんなことを考えている余裕はない。男は次々と槍を作り出してファウル・ウェザーへと投じる。だがそれらは全て二体の『まぁぶる』によって噛み砕かれてしまう。

 

「完全に実力が違い過ぎるなぁ……」

 

 大きな眼でくるくると周囲を見渡しながら槍を噛み砕く物体と、悩ましい化粧をしており、ウインクをしながら近付き槍を弾いているもう一つの物体を見て舌打ちをする。

 これは、退散するしかないだろう。そう思った男は、槍を作り出すのを止めて突然ドアへと走った。だがドアは開かない。

 

「……逃げられるとでも思ったか? この院長室に入って無事に出ることが出来るのは、私の患者と此処のスタッフだけだ」

 

 逃げられない、戦うしかない。押せども引けども開かないドアを前にそう思い、男は振り返ってファウル・ウェザーの目を睨んだ。そしてそれが、彼の最後の行動だった。

 

 

 

 

 ファウル・ウェザー病院には《R・ラボ》専用病棟がある。其処には数人の医師が常駐し、治療を行なっている。何故ならこの装置は元より、再生中の患者は非常にデリケートで、僅かなミスも許されないからだ。仮にミスをしてしまったなら、再生が成功しても絶対に元通りにならない。

 

 全てを、寸分違わず元通りに。それがどれほど難しい事かは想像出来るだろう。遺伝子のゲノム配列に記憶された僅かなデータを読み取り、破損した塩基配列を修復してデジタル化する。そしてそのデータを再生する部分に的確な速度で流し続ける。この気が遠くなる作業が出来るのは、この《結界都市》でも一つの施設しかない。つまり、このファウル・ウェザー病院。そしてそれを完全にこなすことが可能なのはたった二人。院長のファウル・ウェザー、そして形成外科部長のベンディス・ア・ママイだけである。

 

 ベンディス・ア・ママイ――通称ベスは、まだ二十歳に満たない女性なのだが、その頭脳と外科医としての実力は相当なもので、時期外科副院長候補とすら言われている。因みに現在の外科副院長は年齢一〇七歳で、もうそろそろ引退すると公言している。その容姿はどう見ても五〇代にしか見えないが。

 

 ファウル・ウェザー病院における医師の役職は年功序列ではなく、全てその実力で決まる。実力の無い者は、例えどの様な役職に就いていようとも必要ない。一切の甘えと妥協が許されない、それがファウル・ウェザー病院という職場だ。

 

 そのベスの元に、ファウル・ウェザーから連絡が入ったのは、彼女が丁度ジェシカの塩基配列の計算をしている時だった。

 

『忙しいかね?』

 ファウル・ウェザーがそう訊く。すると彼女は寝癖だらけの赤毛をそのままに、頭をポリポリ掻いてから、

「はい~ぃ、忙しいいです~ぅ」

 

 妙に間延びした口調で答える。そしてやけにぶ厚いレンズの眼鏡を掛け直し、物理的に有り得ないだろうとツッコミが入るほどの速度でキーボードを弾きながら続けた。

 

「あの~ぉ、ちょっと訊きたいんですけど~ぉ、例の刺青のデータって~ぇ、何処に入れたら良いんでした~ぁ?」

 

『左胸、第四肋間の辺りだ。……もう其処までプログラミングしたのか?』

「はい~ぃ、わらひとしては~ぁ、もちょっと早く終ると思ったんですけど~ぉ、何だか~ぁ、違うプログラムが~ぁ、脳幹の一部にあって~ぇ、でもそれは古いデータで~ぇ……」

『済まないが、もうちょっと早く言ってくれたまえ』

 

 いつまで経っても終りそうにない説明が嫌だったのか。ファウル・ウェザーが口を挟むと、

「はいはいはいはいはいえっとわらひとしてはもちょっと早く終ると思ったんですけど何だか違うプログラムが脳幹の一部に書き込まれていてでもそれは古いデータで調べてみたところ約五年前のデータと予想されます」

 

 一言で、そして早口で言う。そしてベスは此処で一度思い切り息を吸い、

 

「時期を特定しますと五年前の《結界都市》北北東九八番街で起きた《ドラゴン・アシッド》流出事件と合致しますそして彼女の身体を調べたところ右肺下葉にそれらしき痕跡が見付かりましたが既に治療されています此処からはわらひの予想ですけど彼女は一度《ドラゴン・アシッド》を浴びているようです今回が二度目ですけどそしてその時脳幹に何者かがデータを書き込んだのでしょうそして此処からが重要で」

 

 再び一気に言い、そして再び思い切り息を吸い込んで……噎せ込んだ。

 

『丁度良いペースで言えないのかね?』

 

 やや呆れた様にファウル・ウェザーが言う。外科医としての腕は一流を遥かに超えているのだが、どうも性格と気質に問題がある。もっともそれは、ファウル・ウェザー自身もそうだが。

 

「丁度良いペースが良いですか? ではそうします。えーと……初めから言いましょうか?」

 

 少し考え、ファウル・ウェザーは頷いた。それを確認してから、ベスはゆっくりと説明を再開した。

 

「えーと、わらひとしては、もうちょっと早く終ると思ったんですけど、何だか違うプログラムが脳幹の一部に書き込まれていたんです。そしてそれを調べていたら遅くなりました。そのデータですけど、少し古いデータでして、調べてみたところ約五年前のデータと予想されました。時期を特定しますと、五年前の《結界都市》北北東九八番街で起きた《ドラゴン・アシッド》流出事件と合致します。そして彼女の身体を調べた結果、右肺下葉にそれらしき痕跡が見付かりました。でもそれは既に治療されています。誰が治療したのか判りませんが……怒らないで下さいね……院長よりも見事な処置です。それから、此処からはわらひの予想ですけど、彼女は過去に一度《ドラゴン・アシッド》を浴びているようです。今回が二度目ですね。そしてその時、脳幹に何者かがデータを書き込んだのでしょう。そして此処からが重要です、驚いて下さい。実は彼女の脳にはとんでもないち……」

 

 ベスが其処まで言うと、突然《R・ラボ》病棟の電源が落ちた。何事かと思うベスの眼の前に、全身を発光させたダークスーツを着て髪の毛が鳥の巣の様にバサバサな男が現れた。その光は、彼自身が帯電している為に起きる現象だと悟ったベスは、何故かペンを持って身構えた。そして男が使っている《能力》は、電子機器を操り、また高圧電流を放つ〝エレクトロキネシス〟だ。

 

「この停電は、貴方の所為ですね?」

 

《R・ラボ》を横目で見つつ、ベスは訊く。幸いにも、《R・ラボ》に異常はないようだ。それに《R・ラボ》は電源が落ちても、内蔵されたバッテリーで五〇時間は稼動可能だ。だがその間、再生は止まり自動的にフリーズ状態になる。他の患者だったらそれで充分だが、ジェシカの場合は違った。彼女の再生は、急がなければならない理由があった。それを知っているのは、ベスだけだ。

 

「へ、へへ、へ。お、おれ、電源、切った。殺せって、言われたンだ」

 

 にやにや笑い、涎を垂らしつつ近付いてくる男を見詰めて、ベスは突然、

「出て行かんかい、オンドレ!」

 全身から放電した。その凄まじい電力により、空気がプラズマ化する。

「わ、わ、わ、何なんだよぉ、この子……」

 

 突然の豹変に驚き、思わず後退りする。だが自分に課せられた任務を思い出したのか、帯電しつつ近付いた。

 

「ワレぇ、わらひの患者に手ぇ出したら真っ黒焦げにして簀巻きにして、金太郎飴にしてやるぞ!」

 

 滅茶苦茶なことを言っているベスをどう思ったのか、やっぱり後退りする男だった。

 

「そ、そ、そ、そもそも、ききき金太郎飴って、一体……」

 

 呟いたが、首を振ってその考えを振り払い、ジェシカが入っている《R・ラボ》へと電撃を放った。

 

「止めろっつってんだろ!」

 

 だがその前にベスが立ちはだかる。そして左手を一閃して電撃を消した。その《能力》、全ての物質を消し去る〝イレイザー〟。

 

「げげ、げ!? そ、そ、そ、そんな《能力》も使えるの?」

 

 驚いている男を尻目に、今度は精神エネルギーでメスを作り出して投げつける。

 

「な、な、な、何でもありかよぉ。何処が《母親の祝福》なんだよぉ」

 

 彼女の名、ベンディス・ア・ママイは本名ではない。そしてこの病院に勤務している医師の名は、全て通称である。彼女の名の意味する所、それは男の言うとおり《母親の祝福》。

 

 電撃を放ってメスを弾き飛ばしながら、男は再びベスへと電撃を放つ。メスを作り出している最中だったベスは反応が遅れ、その電撃の直撃を受けた。幾ら優秀な〝PSI〟でも、同時に別々の《能力》は使えない。そして男は、実は強力な〝エレクトロキネシス〟だった。

 

「ヤバ……しっぱぁい……うー、院長に怒られるー……」

 

 薄れて行く意識の中でベスが呟く。そしてその身体から、半透明で裸のベスが抜け出した。

 

「疲れるから、これだけはやりたくなかったんだけど……」

 身体から意識だけが抜け出し、それが病棟の外へと流れて行く。

「院長、大変です、ごめんなさい、わらひ、失敗しました!」

 

 高速で移動を開始しつつ呟くベスの前に、此処にいる筈の無い男が立っていた。そしてその男はベスをゆっくりと見下ろし、《R・ラボ》病棟へと入って行った。

 

 

 

 

 ベッドに横たわりながら、リケットは《声》を聞いた。それが誰の《声》かはすぐに判った。だが、それを聞いても今の自分には何も出来ない……いや、したくない。何故なら、「脳が疲れる」から。だがその《声》は途切れることなくリケットの脳に直接響き続けている。

 

 その声は、『助けて』と言っている。

 

「……今の俺は、自分の身体すら動かすことが出来ない。エネルギー不足だ、他をあたれ」

 

 遂に彼は口を開いた。だが其処から放たれた言葉は冷たく、無慈悲なものだった。それでもその《声》はリケットに語り掛ける。

 

『判っている、判っているの。でも、助けて欲しいの。今の私は、何も出来ない……自分を護ることも、身体を動かすことも出来ない……時間が欲しいの……でも、その時間がないの……』

「其処には医者がいるだろう。そっちに頼め」

 

 身動き一つせず、リケットは呟いた。その首には高カロリー輸液が施してあり、それが終了しても暫くは動けないだろう。理由は純粋に、エネルギー不足。

 

『ねぇ……、貴方はもう覚えていないでしょうけど、私達って、恋人同士だったよね? でも五年前のあの事件で、貴方は全てを無くしてしまった……その身体に宿る強力な《能力》も……私の所為だよね……でも……』

 

 泣いているのか、その声が震えている。だがそれを聞いても、何も思えない、何も感じない。彼は、《サイバー》だから。

 

『My thing -- without he forgets...』

 

 震える声で、そう呟いた。その《声》は切なく、哀しい彼女の想いそのものだ。

 

『Don't think that it is not needed...』

 

 だがその言葉が嘘だということは、リケットにも判った。

 

『He remembers... It says only by remembering not loving...』

 

 そしてそれが一番良く判っているのは、他ならぬ彼女自身なのだろう。

 

『herefore...』

 

 それでもそう言うその心は、引き裂かれるほど辛いだろう。

 

『Don't consider in my thing, which is not needed...』

 

 その言葉を最後に、その《声》は消えた。それが意味する所、それは彼女自身が今、最も死に近付いているという事実。

 

 溜息をつき、リケットは首に施されてある高カロリー輸液のラインを引き千切った。そして上半身裸の身体を起こし、首を振る。その容貌には生気がない。

 

「エネルギー回復率34%……戦闘可能所要時間6分18秒……」

 

 口元に笑みを貼り付かせ、立ち上がると病室を後にした。

 

「danger when it moves」

 自然に口から言葉が零れる。それは《サイバー》が自身に言い聞かせるためのものだ。そして彼の場合、脳が言わせている訳ではない。

 

「limiter two off... energy full charge」

 

 呟き、そして眼を閉じた。その瞬間、リケットの体細胞が生気を取り戻し、そして傷付いた身体が復元する。

 

「……私に助けを求めるか……それも良いだろう。同郷の誼で助けてやる……ジェシカ・V」

 

 邪悪に笑い、リケットは疾風の如く《R・ラボ》病棟へと走る。途中で何人かのナースとすれ違い、何かを言われたが無視した。

 

 そして《R・ラボ》病棟の前に着き、其処から抜け出して来た精神体を見下ろす。その精神体はリケットを見上げて驚愕の表情を浮かべ、だがそのまま飛び去った。

 

 リケットは飛び去る精神体を無視して、躊躇せずに病棟へと入る。其処には《R・ラボ》五基と、その中でも一際精密なものの前に立ち、帯電している男がいた。

 

 彼は無言でその男へと鞭を放ち、その首に巻き付ける。突然の出来事に驚いた男は、

「な、な、な、なんだよぉ、お前、誰だぁ?」

 訊くが、リケットが答える筈がない。彼は無言で男の目の前に踏み込み、左の拳を腹に叩き付けた。まともに受けたら一発で内臓が破裂するほどの衝撃を受けた男は、だがその場に蹲って嘔吐しただけだった。

 

「お、お、お、俺になななな何の恨みがあるんだよぉ?」

 

 口元を拭い、涙目で男が訊く。だがリケットは無言で首に巻きつけてある鞭を締め上げた。

 

「お、お、お? お前、〝サイバー〟だなぁ? さささ《サイバー》は、ででで電気に弱いんだよねぇ」

 

 言うなり、男は電撃を放つ。それは鞭を伝わり、リケットを直撃した。ベスを一撃で気絶させた電流がリケットを包む。

 

〝サイバー〟はその身体に埋め込まれている機械があるために、電撃や水に弱い。そのために絶縁処理や防水加工されている者もいるが、そうするとどうしても質が低下してしまう。その分の重量と、質量で埋め込まれる機械に限界があるから。だから優秀な〝サイバー〟はその様な処置はされていないことが多い。そしてリケットもその例に漏れず、その様な処置はしていない。だが……、

 

「……この程度か?」

 

 平然と言い、鞭を一気に引いて男を空中へと放り投げ、そして床に叩き付ける。

 

「え、え、え? どどどどうして電撃がききき効かないんだよぉ?」

 

 混乱してる男に何も言わず、そして、

 

「Good die」

 

 空気が白色に輝いた。それは高圧電流により空気がプラズマ化した証拠。それによって天井の照明が破裂し、病棟にあるモニターや機器が弾け飛ぶ。その衝撃と電気量は、男やベスが放ったものなど比べ物にならない。

 

 鞭を巻き取り、リケットは床に転がる黒焦げの死体を見下ろし、そして傍にある《R・ラボ》を見上げた。其処にはジェシカの脳と脳幹が羊水の中で浮いている。それが絶縁処理されているということは知っている。だから何の躊躇もせずに電撃を使ったのだ。そして《R・ラボ》に破損している箇所は見当たらない。だが……。

 

「凄いのねぇ、あのベッジを黒焦げにするなんて」

 

 その《R・ラボ》の上に、漆黒の艶やかな黒髪の、妖艶な娼婦の様な肌も露な格好をした女性が坐っている。口元に悪戯っぽい笑みを浮かべてはいるが、その紫色の瞳は何故か寂しげであった。

 

「あの子はね、あたしやバグナスが目に掛けていたほどの〝PSI〟だったのよ。主な《能力》は、もう判っていると思うけど、〝エレクトロキネシス〟」

 

 愛しげにジェシカの入っている《R・ラボ》を撫で、無言で自分を見上げるリケットに微笑む。だがその眼だけは、やはり寂しげであった。

 

「でも死んでしまったものは仕方ないわね、まあ良いわ。あたしの用だけど、バグナスにお願いされてね、このジェシカって子を再生不能にするために来たの。……あら、そっちのドクターの娘も目を覚ましたのね」

 

 動き出しているベスを一瞥して、その女性は言う。ベスは頭を振りつつ何とか起き上がり、部屋の惨状を見て絶句した。それを他所に、その女性は更に続ける。

 

「ゴメンね、あたしは個人的には恨みは無いんだけどね……それに、もう終わった(・・・・)わ。残念だけど、この娘はもう二度と人間には戻らない。ゴメンね、本当にゴメンね」

 

 その女性は泣き出しそうな表情になり、そしてその姿が薄れ、やがて完全に消えた。

 

「……精神体……それに、今の《能力》は〝ナイトメア〟。ま、まさか!?」

 

 リケットの横を擦り抜け、ベスはジェシカの入っている《R・ラボ》のパネルに触れ、画面に表示されたデータを見て、その場に愕然と崩れ落ちる。そして丁度そのとき、ファウル・ウェザーが現れた。

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