HEAD.HUNTER   作:佐々木 鴻

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Ⅷ・stage for the battle

〝ウルドヴェルタンディ・スクルド〟専属の医療機関は、《バイオ・タワー》だけではない。いや、厳密には《バイオ・タワー》は研究室で、実はその他に医療機関がある。

 

 その医療機関の名は、ない。名前を決めるとき、〝ウルドヴェルタンディ・スクルド〟の創始者であるギスカー・スルーバックが、「名前なんぞはなくても良い」と言ったことが発端で、その医療機関は『病院』としか呼ばれていない。そしてそれで困ることなど、一切ないのである。

 

『病院』は一般の人々にも受診出来るのだが、救急指定病院ではない。それは既にファウル・ウェザー病院があるためだ。それに、此処を受診するのは主に〝ウルドヴェルタンディ・スクルド〟の社員なのである。そして社員に限り、その料金は一切無用。因みに、ファウル・ウェザー病院は有料だったりするが。

 

 その『病院』の施設は、やはりファウル・ウェザー病院ほどではないがそれなりに揃っている。いや、あそこまで高度な医療機器を揃えているファウル・ウェザー病院が異常なのだ。そのことを考えると、『病院』の設備は高度なものといっても良い。

 

 診療科目は精神科を除いて全てあり、当然ながらICU(集中治療室)も完備している。そして此処の最大の売りは、ICUの《バイオ・カプセル(生体再生維持装置)》の数と性能の良さである。

 

 ICUの総ベッド数二〇床、それに対して《バイオ・カプセル》の総数二五基。この数は、医療が発達している《結界都市》において一位である。そしてそれを扱うスタッフも、同等に屈指の者が揃っていのだ。

 

 因みにファウル・ウェザー病院の《R・ラボ》との違いは、製品名だけである。

 

《バイオ・カプセル》が二五基あるこの《病院》だが、実は実際に使えるものは二四基のみだ。何故なら、一基だけがこの施設が出来た当初からずっと使われ続けているから。

 

 その中に満たされている羊水に浸かって横たわる、背の高い素裸の女性。彼女は、生まれた時からずっと此処に横たわっている。

 

 子供から成長し、そして……一七歳になった時点でその成長と生命活動が停止した。だが、彼女は生きている。生命活動が停止して尚、彼女は死んでいないのだ。更に、その姿形は変わることがない。

 

 今まで数多の医師が彼女を診察したが、原因は全く判らない。彼女は生命活動が停止しているのに、生きているのである。それが一体どういうことなのかが全く判らず、遂に『病院』の院長は五年前、ある人物を召還した。その人物とは、生体機械工学者ラッセル・Vである。

 

 彼は《バイオ・カプセル》から彼女を一旦出し、その生体構造からDNA、染色体や塩基配列に至るまで調べ上げ、そして診断を下した。

 

 彼女は、至って健康体だ、と。

 

 だが彼が診察する前後より、彼女の身体――厳密には精神に、だが――異変が起き始めた。精神と肉体が分離し、その精神体が独立したのである。精神が肉体から離れて独立するということは珍しくも何ともないが、彼女の場合はその独立した精神が〝PSI(サイ)〟だったのだ。

 

〝PSI〟が精神体になるということは侭あるが、その逆は決して有り得ない。何故なら〝PSI〟という《能力》は脳から出る――或いは脳で生成される『力』だからだ。つまり〝PSI〟という《能力》は、肉体があって初めてその真価を発揮するのである。

 

 それなのに、彼女は精神体であるにも拘わらず〝PSI〟としての『力』を発揮する。その理由は誰も解明出来なかった。そして、その肉体が生命活動を停止しているにも拘わらず生き続けているという原因も。

 

 彼女を診察したラッセル・Vは、去り際に彼女へ直接言った言葉がある。

 

「いつか、《良い妖精》が君を救うのかも知れない……」

 

 その言葉を信じ、彼女――キョウは待ち続ける。《ウルドヴェルタンディ・スクルド》の一員として、その肉体を《病院》に預けたまま。

 

 

 

 

『病院』のICUを一望出来る部屋で、エリック・マーヴェリーは出掛ける準備をしていた。既に17タイムを過ぎ、中央公園では楽しげな音楽と共に大規模なイベントが行われている。それに、もうじき〝彼〟が来る筈だ。

 

 餌は蒔いた。後は、掛かるのを待つだけ。これが巧くいけば、あの天才と言われたラッセル・Vの最高傑作を手に入れることが出来る。いや、それが無理でもせめてその構造を解明出来る筈。そしてそうすることにより、《ウルドヴェルタンディ・スクルド》は更なる発展を遂げるのだ。

 

「随分と楽しそうね、エリック」

 

 背後から声を掛けられた。だがその声は聞きなれたもの。声の主はキョウ。自分の大切な……仲間だ。

 

「ああ、楽しいぞ。これからあの天才が作り出した最高傑作を手に入れるのだからな」

 

 そう巧くいくかしら? そう思ったが声に出さず、振り向きもしない同僚を詰まらなさそうに見る。そしてICUに眼を移し、一番奥の《バイオ・カプセル》に横たわっている女性――自分を見詰めた。カプセルのカバーは透明で、その美しい裸身が露になっている。

 

「……何度も言うようだけど、どうしてあたしは裸のままなの?」

 せめて半透明のカバーにして欲しいと思う。だがそう言ったところで……。

「医療機関では観察のためにそういうことは出来ない。それに《バイオ・カプセル》は余程のことがない限り開けられないしな」

 

 ……観察の意味なんてあるのかしら? そう思ったが何も言わず、テーブルに腰掛けた。そもそも、自分は何の治療も受けてはいない。その必要もないから。それに此処にいる理由も、一つしかない。安全に自分の肉体を保管しておきたいだけだ。《ウルドヴェルタンディ・スクルド》の社員である限り、追い出されることもないし。

 

「で、〝彼〟には話をつけて来たのか?」

 ネクタイを直しつつ、訊く。キョウは「ええ」とだけ答えた。

「ご苦労。それでは私はこれから中央公園に行く。一緒に行くか?」

 

 アタッシュケースに書類と端末を仕舞い込み、一瞥してから訊いた。その視線は、一緒に行くことを確信しているかのようだった。だが、キョウは首を横に振る。

 

「あたしは、行かない。あの人が戦っている所を見たいのは確かだけど、それ以前に分析される様を見るのは嫌。あの人はあの人のまま、そっとしておきたいの」

「……そうか。だが我が社の更なる発展のために、〝彼〟の分析は不可欠だ。それは判っているだろう?」

「……ねぇ、これ以上発展させて、どうするつもりなの? あたしには貴方が何を考えているのかが判らないわ。それに、本当に社長はそれを望んでいるのかしら?」

「会社が発展するということは、何においても重要だ。社長もそれを望んでいる筈」

 

 本当にそうかしら? そう独白し、キョウは視線を落とした。その双眸は、やはり憂いを含んでいる。

 

「ねぇ、話は変わるけど……〝サイバー〟って空気をプラズマ化させるほど強力な電撃って使える?」

 

 このままだと彼と口論になりそうだ。そう思い、話題を変えることにした。それは彼も判っていたようで、話題が変わったことに関しては何も言わなかった。代わりに少しだけ考え、難しいと答える。

 

「それほど強力な電撃は、〝エレクトロキネシス〟以外では考え難いな。それにそもそも〝サイバー〟は機械仕掛けだ。それ自身電撃に弱い」

「あら、そうなの? でも、リケットは平然と使っていたわよ。然も空気をプラズマ化させてあたしを蒸発させようとした。これに関して、意見はある?」

「……絶縁処理を施しているのなら、話は別だろうな。だが基本的に〝サイバー〟が電撃を使うということ自体、常識から外れている」

 

 口元を押さえ、「へぇ」と言って少し考える。確かにリケットは〝サイバー〟だ。それは断言できる。感情を感じないし、何よりあの爆発的な身体能力は〝サイバー〟以外では考えられない。

 

「じゃあ、ちょっと質問。〝サイバー〟が〝PSI〟の《能力》を残存させることは、可能?」

「……出来ないこともない。但しどちらかの《能力》がかなり低下するし、寿命も短くなってしまう。何故なら〝サイバー〟になるために埋め込んだ神経機械と人口脳が〝PSI〟の《能力》を拒絶するからだ」

「じゃあ、脳を弄っていなかったらどうなるの?」

「論外だな」

 

 一息もつかさず、マーヴェリーは言った。それが不本意だったのか、キョウは小さく溜息をついた。精神体は呼吸をすることはないが、やはりそのような仕草はするらしい。妙なことを考えるマーヴェリーだった。

 

「脳を弄らないのは、物理的に有り得ない。それをしていなかったら、一体どうやってあの爆発的なパワーと驚異的な反応速度を手に入れるのだ? そもそも人口神経とノーマルな脳を接続すること自体、不可能だ。反応速度に脳がついて行かずに発狂するだけだ」

「一部だけ機械仕掛け、ということは出来ないの?」

 

 どうでも良いことと思っていたが、やはり話している内に興味が湧いてきたらしく、キョウは続けて訊いた。マーヴェリー自身も、そうされることは嫌いではないらしい。そもそも彼はそういう説明が好きだから。

 

「それは可能だ。《結界都市》にはそのような人々が――例えば腕だけや足だけ機械仕掛けという人々は沢山いる。……判っているだろう?」

「……まぁ、それは判っているけどね……訊いてみたかっただけ。ねぇ、じゃあ〝ハイパー〟を〝サイバー〟に出来る?」

「……なぜ、そのようなことを訊く?」

 

 普段はそのようなことに一切興味を示さないキョウが、珍しく質問しているのを怪訝に思ったのか、振り返って彼女を正面から見据えて訊き返す。それに対してキョウは、

「良いじゃない、只の気紛れよ。それとも貴方はあたしの気紛れに付き合うことすら出来ないほどに冷たい人なのかしら?」

「私が冷たいということは知っているだろう? ……今回だけだぞ」

 

 そう言うと、マーヴェリーはコンピューターに近付き、キーボードを弾く。〝ハイパー〟と〝サイバー〟の骨格が表示された。この資料を手に入れるために、この男は一体どれだけの〝ハイパー〟と〝サイバー〟を実験体として殺し続けたのだろう? そのことを考えると、キョウは吐き気と共にこのマーヴェリーという男を嫌悪してしまう。何故、社長はマーヴェリーという人物をこのようにしてしまったのだろう?

 

「まず答えから先に言う、ノーだ。基本的に〝ハイパー〟は本人の潜在能力によってその力量が変化する。そして〝サイバー〟は埋め込まれた人工脳、神経系、骨格、人工筋肉、感覚器、そして各内臓器官によって実力が決まる。機械が使用されていないという点では〝ハイパー〟の方が人間らしいな」

 

 そのどちらでもないのに、人間とは思えない人物もいるのにね……。そう思うキョウだった。だが当然そのことを口には出さず、「ふぅん」とだけ言う。それを横目で見つつ、マーヴェリーは続けた。

 

「〝ハイパー〟はその肉体を常人の数十倍に強化するわけだが、これは多量の薬物を使用する。そして〝サイバー〟は、これは単純に肉体と機械を融合させるだけだ。言うだけは簡単だが、肉体と機械の融合はかなりの苦痛を伴う。だが〝ハイパー〟も薬物によるアレルギーや拒絶反応があることを考慮して、リスクは同等。……本題に入る。一見その二つは一つの肉体に組み込めると思うだろうが、それは素人の考えること。実際はそうはいかないのだ。〝ハイパー〟になるために使用した薬物が、〝サイバー〟になるための機械を腐敗させるからだ。如何に防腐処理を施したとしても、短くて半月、長くて半年と保たない」

「……へぇ……よく調べたわね……」

 

 呟く様に、キョウ。それを調べるために、この男は一体どれだけの殺戮を繰り返したのだろう。そう再び考えると、彼女の双眸に宿る哀しみが更に深くなる。だが此処に在籍する限り、自分も同罪だ。そして、罪深い此処にしか、自分の居場所が存在しない。治療を必要としない自分は、どのような病院にも移ることが出来ないから。

 

「そろそろ良いかな? 私は中央公園に行かなければならない。……その前に寄る所もあるしな」

「ええ、いいわ。それじゃ……bon voyage……」

 

 そう言うキョウを一瞥し、口の橋を吊り上げて嗤う。それは、キョウが考えていることを見透かし、尚且つ此処でしか存在出来ない彼女を嘲ているかのようだった。

 

「バグナスの〝調整〟も直に終わる。まぁ、その前に片が付いているとは思うが。残念だったな、お前の思惑通りにことは進まない」

 

 言い残し、マーヴェリーは立ち去った。それを一瞥だけして、キョウは笑った。だがやはり、その瞳は愁いを含んでいる。

 

「あたしの思惑……ね……判っているですって? 自惚れないで、コピーの分際で。あたしの思惑……考えていることは誰にも判らないのよ……。残念だったわね」

 

 テーブルから降りてICUを見回し、もう一度自分が横たわっている《バイオ・カプセル》を見る。誰も、自分を見ていなかった。治療を必要としない自分は、誰からも診て貰えない、誰も看ない。そして……精神体となった自分をまともに見てくれる人も、いなかった。

 

 今まで自分のことを諦めずに見てくれた人は一人だけ……〝天才〟と呼ばれた生体機械工学者ラッセル・V。そして彼が残した言葉を、自分は今でも信じている。

 

「早く……〝良い妖精〟を目覚めさせて……〝Daoine-Sidhe・Ricket〟」

 

 それが叶わぬ願いだということは……実は判っている。〝彼〟が〝彼〟である限り……〝サイバー〟である限り、その願いが叶うことはない。〝サイバー〟は、後戻りの効かない一方通行の道。一度其処に足を踏み入れてしまったら、もう二度と元には戻れない。そして生涯オイルの臭いを漂わせて戦い続ける、冷たい身体と心の持ち主となる。

 

「判っているの……判っているのよ……でも……でも……」

 

 キョウの顔が、泣き出しそうな表情を作る。だが、精神体である彼女が泣くことはない。泣くことが、出来ないから……。

 

「……涙も出ないのね……当たり前だけど……。そう、これも判っていたことなのに……」

 

 呟きながら、眼を擦る。その行為ですら意味を成さないことなのに……。だが判ってはいても、そうせずにはいられなかった。彼女も……人間だから……。

 

 

 

 

 中央公園は、その名の通りに《結界都市》の中央にある。そしてやはり中央部にあるファウル・ウェザー病院と、隣り合わせていたりする。

 普段は静かな――違う意味で言うなら何の変哲もない只の公園なのだが、その広さだけは定評がある。

《結界都市》中央公園。直径八万メートルの《結界都市》の丁度中央部に位置する、直径三千メートルの公園。用途目的は、特にない。本当に只の公園なのである。

 だが用途目的がないということは、如何なることにでも使えるということだ。それに気付いている者は、実はいなかった。この《結界都市》を統括する《都市連合委員会》ですら。何故なら、公園は公園であって、それ以外の何物でもないと思われているから。

 

 そしてその盲点を突き、《ウルドヴェルタンディ・スクルド》が大規模なイベントを開催したのである。然もテレビ局に話しを通し、更には高視聴率番組『まぁぶる物語』の時間帯にぶつけて。それを考えるだけで、莫大な金銭が暗躍していると思うのは自然なことであり、また逆に、そうまでして行うべき必要のあるイベントなのかと人々は思うに違いない。

 

 だが出演者の名を聞き、少なくともその道の者達は納得した。その道の者達とは、〝ヘッド・ハンター〟達のことである。

 

 盛大な音楽と共に盛大な花火が上がっている中央公園。その中には仮店舗が軒を連ね、《ウルドヴェルタンディ・スクルド》の商品が並べられている。その多くは兵器であり、〝サイバー〟用、〝ハイパー〟用、〝PSI〟用、そして一般用と分けられていて、兵装使用許可証(ライセンス)さえ持っていれば誰でも購入出来る仕組みになっていた。

 

《ウルドヴェルタンディ・スクルド》製の兵器は性能・機能性共に充実しており、耐久性も充分にある。更にそのデザインも斬新で、一部のマニアに熱狂的な指示を受けてもいた。但し値段が市価の五割り増しだが、それだけの価値があると評判なのである。

 

 しかし今回のイベントでは、何とその兵器類が市価の半額にまで抑えられていた。然も今回に限り、此処で購入した兵器のサポートを永年無料で行うという破格ぶりである。もっともほぼ使い捨ての兵器のサポートなどをアテにする〝ハンター〟はいない。どうせすぐに使用限界を超えるか破壊されるかのどちらかだし。

 

 その、言ってしまえば兵器のバーゲンセールを聞きつけた〝ハンター〟達や護身用の兵器を調達したい者達、更には転売目的の武器商人達までが中央公園に殺到した。

 

 そして訪れた者達は、必ず中央公園内に設置された、空中に浮かぶ一辺500メートルの巨大な立方体を見る。それは強力な《結界》によって形作られており、テストなのか時々その中に森林や砂漠などの疑似空間(ヴァーチャルリアルティ)が現れては消えている。

 

 その疑似空間は本物と見紛うほどの質量を有しているということに、人々は気付いているだろうか。いや、多くの人々は気付いていないだろう。その技術の高度さと、そして危険性に。

 

 17.45タイム。露天から購入したフランクフルトにマスタードを零れんばかりに塗りつけて店主に嫌な顔をされつつそれを頬張り、空中に浮かんでいる《結界》を視界に捉えて顔を顰めたハズラット・ムーンを更に一瞥して、白いロングコートを羽織ったフィンヴァラは無表情に店舗を見回した。もっとも、無表情はいつものことだが。

 

「……一ツ訊キタイノダガ、はーてぃ」

 

《結界》を見つめつつ口をもごもご動かしているハズラットに言う。その喉から直接発せられる機械音声が、否が応でも彼が〝サイバー〟だということを思い知らせている。もっとも、その全く動かない表情を見ただけでも充分にそう思うだろうが。

 

「『ハーティ』は止めろ」

 

 食べ終わり、残った串をゴミ箱に放り込んでから言う。だがそれを聞き流し、フィンヴァラは続けた。

 

「……コンナ詰マラナイいべんとニ誘ウタメダケニ、僕ヲ呼ンダノカナ?」

 

「詰まる詰まらないはどうでも良いが、たまにはこういう莫迦げたものを見るのも良かろう? そもそも此処は近くだろうが」

 

 フィンヴァラの店《セフィロート》は中央公園の北側、四三番街にある。だが『サイバー・ストリート』はその四三番街の北側――つまり端にある。《結界都市》全体を見れば近くだが、徒歩三〇分以上は余り近くとは言い難い。もっともハズラットの《能力》で跳んで来たのだが。

 

「……マァ、コノいべんとノ所為デ閑古鳥ガ鳴イテイタカラ良イケド。ダケド、本当ニ来ルノカナ?」

「バナナじゃないだからよ、ンなモン叩き売りなんかするなよな。……まったく……。ん? 何か言ったか?」

「……何モ」

 

 兵器の説明をしつつどんどん安くしていく露天を一瞥して文句を言っているハズラットを見て呆れたのか、フィンヴァラはそれ以上何も言わなかった。

 

 ハズラットが珍しくフィンヴァラの店を訪れたのは、丁度ファウル・ウェザーから依頼された出前を届け終わり、そして予約をキャンセルするというメッセージをつが端末が受診した直後だった。正直な所、こんな血の臭いが充満した店に案内して評判を落とすよりも、キャンセルされた方が有り難かったりするが。

 

 捨てる神あれば拾う神あり、だな。自分を襲いに来た莫迦者のことか、それともそれを真っ二つにして店内を血だらけにしてしまった自分のことを指しているのか――後者だろうが――妙なことを考えるフィンヴァラだった。

 

 どんどん人が集まり、だんだん此処にいることが苦痛になってきたフィンヴァラがハズラットに帰ると言うべきかどうか思案し始めた頃、

 

『Ladies & Gentlemen!』

 

 公園の至る所に設置されたスピーカーから、アナウンスの声が響いた。

 

『御来場の皆々様、大・変お待たせい・た・し・ま・し・た! 只今より《ウルドヴェルタンディ・スクルド》主催、「バトル・シティ」を開催致し・ま・す!!』

 

 アナウンスの宣言とほぼ同時に、盛大な花火が上がる。下らない。フィンヴァラはそう思った。それはきっとハズラットも思っていることだろう。だが……このイベントに無理矢理参加させられる〝彼〟自身は、一体どう思っているのだろうか? きっと何とも思っていないのだろう。

 

「可哀想ニ……」

 

 フィンヴァラは呟き、ハズラットを一瞥……出来なかった。彼は既に、何処にもいなかったのである。〝魔導士〟である彼は、その姿を人々に認識不能にすることが可能なのだ。だから、其処にいる筈なのに人々が認識しなくなる。認識しないということは、其処にいないのと同等。

 

 やれやれと呟き、フィンヴァラは意識してハズラットを見ようとした。認識をずらしている〝魔導士〟を視られる者は、〝ヘッド・ハンター〟か《能力者》である。そしてハズラットをそうやって認識出来る者は、《Vの子供達》の他には彼くらいであろう。《長者》達を除けば、だが。そしてそのことを、フィンヴァラは自覚している。

 

『出来損い』のフィンヴァラ。

 彼がラッセル・Vと出会う以前、そう呼ばれていた。〝サイバー〟なのに感情がある。たったそれだけで『出来損い』と呼ばれた。

 だがラッセル・Vは、それを彼自身の長所として残存し、更に当時としては最強の《能力》を与えたのである。

 

 過去〝最強・最凶・最狂〟の《サイバー・ドール》。今となっては数少ない精神感応物質(サイコ・マター)の使い手……だった。今は、もう以前の彼ではない。生業としていた〝ヘッド・ハンター〟も引退して久しい。何より、彼は既に自分の全てを託した。ラッセル・Vに最も愛されたと人々に言われているD・リケットに。

 

「……アノ人ハ、誰モ愛シテイナカッタケドネ……〝Seelie Court〟以外ハ……誰モ。僕ノコトモ、DBモ、ふぁうるモ、ソシテりけっとモ……。僕達ハ、所詮全員『出来損イ』ダッタ……」

 

 自分や《Vの子供達》にしか出来ない《能力》を使う度、そのことが思い出される。そしてそれは、決して曲げられないない真実。

 

 研究にしか興味がなく、生涯独身で過ごし、親も子供も一切いない。その周りには、彼が作り出した〝サイバー〟だけがいた。その中で、一体なにを生み出そうとしていたのか……それを知る者は一人だけだ。《Vの子供達》の中に在り、唯一その身体に機械を埋め込んでいない者、ファウル・ウェザー。だが彼は、その重い口を開かない。いや、開けないのかも知れない。彼自身、『出来損い』だから。

 

「……アンナ処ニイルノカ……」

 

 周囲を見回して、フィンヴァラは呟く。ハズラットは空中にいたのだ。然も結界のすぐ傍に。

 

 何をしているのやら……。そう思い、だがすぐにその考えを打ち消してフィンヴァラはその場を立ち去った。もうハズラットの興味は自分に向いていない。そして自分がいなくなっても、彼は捜すことはないだろう。このイベントに興味がないということを、初めから知っていたから。誘ったのはこの場に入り易くするためだけだ。〝魔導士〟は、《ウルドヴェルタンディ・スクルド》が関係している場所には単身で入ることを許されない。それは〝魔導士〟と〝PSI〟の確執そのものの象徴でもある。

 

 遥けき太古より脈々と受け継がれている秘法と、新しい『力』。それらが衝突するのは当然のことなのだろう。

 

 フィンヴァラがこの場を立ち去ったのを、実はハズラットは知っていた。それだけの《能力》を、自分は持っているから。それにそうなることも初めから知っていた。ハズラットは彼を利用したに過ぎない、自分の目的のために。

 

「……この程度で《結界》か……。大したことがないぞ、《ウルドヴェルタンディ・スクルド》」

 

 そう呟き、手を翳して呪文を唱えた。結界の片隅に、常人には絶対に見えない――いや、余程熟達した者にしか見えないほどの傷を付ける。

 

「これが兄として出来る最後のことだと思えよ。……多少私怨もあるがな」

 

 独白し、更に呪文を唱えた。

 

『本日の司会進行を勤めさせて頂くのはこの私、DJ・ロッディ! それではこれより、説明に入らせて頂きます……』

 

 アナウンスが響く中、フィンヴァラに続きハズラットも、その姿を消した。そして二人が中央公園にいなくなった後、17.50タイムに〝彼〟――D・リケットは中央公園に現れた。いつもと変わらない漆黒のロングコートを羽織り、光の加減で虹色に見えるサングラスを掛けて。

 

『おおっとぉ、此処で今回の主役の御登場だぁ!!』

 

 リケットを見付けた司会が、マイクに向かって大声で叫ぶ。それを聞いた観衆が一斉に周囲を見回し、そしてカメラがリケットに向けられる。司会の後方に巨大なスクリーンが現れ、カメラが捉えている映像を映し出した。

 

 鉄錆色の長い髪、その容貌を隠すかのようなサングラス、身を包む漆黒のロングコート。そして抜ける用に白い肌の色。スクリーンに大きく映し出されているその容貌を見て、女性の観衆達が熱い吐息を漏らした。

 

『では、早速主役にインタビューをしてみようではないか! 現場のスカリー、ばっちり頼むよぉ!』

 

 司会が大声で叫ぶと、観衆をかき分けて一台のカメラとリポーターがリケットに駆け寄る。そして、

『はい、現場のスカリーです。えー、此方がリケットさんです。〝ヘッド・ハンター〟の間ではかなりの有名人のようです。えー、リケットさんは、あの『天才』と呼ばれた生体機械工学者、ラッセル・Vの最高傑作と呼ばれていますが、それに関して何か意見はありますか?』

 

 言い終わり、マイクをリケットに向ける。だが彼はそれを無視した。いや、最初から眼中にないのだろう。そしてゆっくりと歩き始た。

 

『えー、今回この「バトル・シティ」の主役に選ばれた感想は如何でしょうか?』

 

 リポーターは質問を変えた。だがそれにも答える筈はなく、そしてリケットの歩みも止まらない。両手をポケットに突っ込んだまま、真っ直ぐに歩き続ける。その先にいる観衆が、道を譲って二つに割れた。

 

『えー、何か一言お願いします』

 

 幾ら話し掛けても無駄なのだと悟ってしまったが、仕事であるためになにか一言貰おうと食い下がるリポーターだった。その行為自体、無駄なのだが。

 

『……はっはぁ、どうやら今回の主役は非常に無口な様だぁ。スカリー、御苦労様』

 

 舌打ちを一つし、司会がそう言って現場リポートの打ち切りを命じた。彼女は肩を落とし、何処かへと消えて行く。この仕事が巧くいかないと、自分はクビだったのに……。

 

「……今夜は自棄酒でもしよう……」

 

 呟き、リポーター――スカリーは一旦プレス席へ向かい、無言で顎をしゃくるディレクターを見て項垂れた。そしてパスを返却して中央公園から消えた。彼女のマンションは四三番街の北側。その近くに良い店はなかっただろうか? そんなことを考え、足取りも重く歩き出した。

 

『遅かったねぇ、もしかして来ないんじゃないかと心配したんだよぉ、いやぁ、参った参った』

 

 大仰な身振りと共に、やはり大袈裟に安堵の溜息を付く。それすら無視して、リケットは歩き続けた。目標は、空中に浮かんでいる《結界》。

 

 司会がルールの説明と、戦う方法などを説明しているのを尻目に、《結界》の内部に通じている階段の前に立つ。その段の数、十三段。それが何を意味しているか、リケットは考えなかった。そもそもその必要もない。ゆっくりと、全く躊躇せずに階段を歩き続けた。

 

 階段最上部にはスーツを着てサングラスを掛けた大柄の男が二人立ち、リケットを迎えた。《結界》はまだ開かれていない。

 

『さあ、此処からがお楽しみだぁ! この《結界》には疑似空間が展開してあって、それはその見る者全てに本物と思わせるほどの機能がある! 只殺風景な《結界》の中で戦うんじゃあ面白くも何ともない! この《ウルドヴェルタンディ・スクルド》特製《ハイパー・ヴァーチャルリアリティ・システム》で存分に戦って貰おうではないかぁ!!』

 

 司会が言い終わると、再び盛大な花火が上がる。観衆が熱狂的な雄叫びをあげた。そして、遂に《結界》が開かれた。

 

「哀れな……」

 

 開かれた《結界》から中に入るリケットへ、スーツの男が言った。

 

「お前は、もう罠に掛かったんだよ。もう二度と抜け出せない。此処から出ることは、絶対に不可能……」

 

 それに一瞥を与え、リケットは嗤った。残虐に、冷酷に、そして――これから始まる出来事を予想して笑う、無邪気な子供のように。その様は、まさしく悪魔のようでもあった。

 

『おおっと忘れていたぞ、リケット君』

 

 司会が声を掛ける。だがやはりリケットは反応しない。無視していると言うより、初めから眼中にないのだ。更に言うなら、リケットにとってその司会は、どうでも良い存在でしかない。

 

『君にはこれから戦って貰うわけだが、このままではあまりに不公平!』

 

 無視されても挫けずに、司会は大声で叫ぶ。これこそ彼がこの地位まで上り詰めた要因だ。つまり、無視されてもマイペースで続ける。それが例え強引であっても。

 

『だから、この《ウルドヴェルタンディ・スクルド》特製の兵器を好きなだけ使用出来るという権限を与えようではないか!!』

 

 他の人物がやったなら、絶対に噎せ込むというほどの大声を張り上げて叫ぶ。だが、それもやはり無視された……というより、聞いていない。

 

『……おやおやおやおや、大した自信だねぇ、武器が要らないようだぁ。まあ、私も無理強いはしないからねぇ。余り無理を言うと、女性に嫌われてしまうからねぇ』

 

 そう言い、何故か香ばしいポーズを決める。その様が滑稽だったのか、それとも無視されたことでなのか、観衆が吹き出した。その反応に満足し、司会のテンションが更に上がる。

 

『おおっと、もう《結界》に入ったね? 後戻りは出来ないよ。では、いっくぞぉ!!』

 

 再び盛大な花火が上がり、そして司会の男は絶叫した。

 

『第一幕、白亜の獣!!』

 

《結界》の中が歪み、そして壁に漆黒の穴が浮かび出る。空間が変化し、透明な筈の床が剥き出しの地面に変わった。空中から雪の様に白い何かが降って来る。それがその剥き出しの地面に着いた瞬間、其処から急激に木が生えて来た。だがその木は、普通の樹木ではない。そして降って来ているもの、それは胞子だ。そう、生えて来た木は、シダの木なのである。

 

 一方、壁に現れた漆黒の穴からは、巨大ななにかが這い出て来た。硬い皮膚に包まれた巨大な足が、大きな一歩を踏み出す。足に続いて、巨大な顔が出た。その口には鋭い牙が並び、大抵の獣ならば容易に磨り潰すことも可能だろう。続いてその顔には似つかわしくない小さな手が出た、顔に相応しい巨大な胴体が出た。最後に、人の胴体など遙かに凌駕するほど太い尾が出た。

 

『さぁ! この獣は何だぁ!?』

 

 司会が絶叫し、観衆が吠える。その様は、まるで闘技場で闘う剣闘士見物して楽しんでいる者どものようだった。事実、その通りになっているが。

 

 その獣――T-REXはリケットを見下ろし、威嚇の為か咆哮を上げた。そして獲物に狙いを定めるかのように身を沈め、リケット目掛けて突進する。その瞬間、リケットの両足のモーターが唸りを上げた。

 

 降り続く胞子がリケットの身体に付着し、そして小さな炎を上げて燃え尽きる。今リケットの身体に埋め込まれている機械は、彼自身が発する膨大なエネルギーを処理しきれずに帯電し、それが全身を包んでいた。だが〝サイバー〟のエネルギー源である体脂肪で、それほどのエネルギーを放出することは、絶対に不可能。

 

 高速で移動するリケットを追い、T-REXはシダの木を薙ぎ倒しながら突進する。だが、リケットには追い付けない。その身体に似つかわしくない小さな眼で追うのがやっとだ。

 

 そしてリケットは左手で蛮刀を抜き、逆手に持って跳躍する。それを叩き落とそうと、T-REXは腕を振り上げた。だがリケットはそれに蛮刀を突き立て、そのまま横に払う。超高速で振動し高熱を発するそれは、T-REXの腕を易々と焼き斬った。その傷口から血は流れない。『焼き斬る』とはそういうことだから。

 

 腕を斬り落とされた苦痛に吼え、だが即座に次の行動に移る。それが白亜紀最強といわれる所以。

 

 斬り落とされた腕が地面に落ちるよりも速く、T-REXはその巨大な尾を動かし、まだ空中にいるリケットを薙ぎ払う。その尾に、右腕から弾き出した鋼の鞭が絡み付く。だがそれだけで止まるものではなく、リケットの身体は空高く飛ばされた。それでも、鞭は解かれていない。

 

 リケットは素早くそれを巻き取り、尾の上に立ち、即座にその身体を駆け上がる。あれほどの巨体を持つものを相手にするときに必要なのは、一度接近したら離れないことだ。超至近距離では、巨体は意味を成さないから。あの巨体にとって最大の驚異となる距離、それは中間距離。一般的に考えれば、そうなる。

 

 T-REXの身体を駆け上り、そして一気に頭を叩き割ろうとしていたリケットの全身を、凄まじい衝撃が襲った。T-REXの全身が振動し、衝撃波が発生する。それが周囲に生えているシダの木を吹き飛ばし、地面を抉る。そしてリケットも、シダの木を何本もへし折りながら吹き飛ばされ《結界壁》に叩き付けられた。それだけで凄まじい轟音が響き、観客が悲鳴を上げる。

 

《結界壁》に叩き付けられたリケットは、そのまま何事もなかったかのように地面に降り立つ。そして突進して来るT-REXを見た。その表情は、ない。

 

 巨大な口を開け、リケットを噛み砕こうと頭から突進し、そしてそのまま地面に激突する。正確には地面はなく、《結界壁》に、だが。

 

 激突したT-REXの横に移動し、起き上がろうとするその首に鋼の鞭を巻き付ける。そして……空気が白色に輝いた。

 

 一瞬にして十万ワットの電流が発生し、T-REXの全身を駆け巡る。だが電流は、その表皮を滑って地面に流れ落ちただけだった。その反応を見て、リケットは斬り落とした腕へと眼を移してから溜息を付く。T-REXの表皮は、三〇ミリメートルのラバースキンで出来ていた。

 

 咆哮を上げつつ襲い掛かるT-REXから離れ、蛮刀の振動を解除して地面に突き刺す。熱を保ったそれは、すぐには鞘に収めることが出来ない。余りの高熱のため、鞘が熔けてしまう可能性があるから。

 

 咆哮を上げて突っ込んでくるT-REXを一瞥し、懐から煙草を取り出して火を点ける。そして軽く吸い込んでゆっくり吐く。吐き出した煙が霧散するより早く、リケットの身体が白色に輝いた。咥えている煙草が口から零れ落ち、一瞬で蒸発する。それは彼の身体が膨大なエネルギーを発して帯電している証拠。

 

「〝Numerator Decomposition Equipment〟」

 

 左腕から鞭を打ち出し、それが突っ込んで来るT-REXの頭部に突き刺さる。その瞬間、

 

「Good die」

 

 T-REXの頭部が消滅し、そればかりかその巨体に大きな穴が穿たれる。その効果、《EM(エム)(シー)HEC(ヘック)=ブレイカー!=》。

 

 だが突っ込んで来る勢いは止まらない。リケットは、土煙を上げて地面に激突するT-REXの巨体に、そのまま押し潰されて……いない。

 

 リケットは漆黒のコートを靡かせて、空中に舞い上がっていた。T-REXが突っ込んだ衝撃の為か、サングラスは外れている。そしてコートを靡かせて宙を舞うその姿は、この上なく美しかった。

 

 風に靡くコートを翼に例えたのならば、彼は漆黒の翼を以て宙を舞う天使か悪魔の様であった。

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