「はーい! それじゃあ摩美々ちゃんのデビューライブ成功を祝して、乾杯~」
「乾杯」
「かんぱーい」
おっとりとした口調のせいで、どことなく締まらない乾杯の音頭をとる母さん。
リビングのテーブル上には、摩美々の好物料理を中心に、メインからデザートまで所狭しと並んでいる。何も知らない人が見たら誰かの誕生日だと思われそうだ……。
そんな、少し胸焼けしそうな光景から本日のMVPに視線を移す。
ステージ上で発していたクールな雰囲気は既に霧散し、今は自分の目の前に置かれたチョコレートパフェのクリーム部分を人差し指ですくい口へと運んでいる。
その人差し指のクリームを舐めとり、リップ音と共に指を離した瞬間、目と目が合う。
俺の視線に気づいた摩美々は蠱惑的な笑みをこちらに向けながら、今度はゆっくりと、見せつけるように人差し指を唇まで持っていき、口の中に含む。…………エロい。
「指でクリームをすくわない、スプーンを使いなさい」
頭の中の煩悩を払い、いつも通り冷静に行儀の悪さを指摘してスプーンを手渡す。
「……なんだかぁ、息子さんの視線がいやらしいんですケドー」
「あらぁ、それはそおよぉ。このコは昔からず~~~っと摩美々ちゃんが大好きで、そんな妄想ばっかりしてたんだから~」
「母さん!!」
落ち着いていた態度はものの数秒で崩され、恥ずかしさと若干の怒りを交ぜた感情を自分の母親にぶつける。毎日ニコニコと笑顔を振りまき、のほほんとしている母親だがこれは明らかに確信犯だ。
「なによ~、本当のことじゃないの。今もたまーに自分の部屋で摩美々ちゃんの名前を呼んで何かしてるでしょ~?」
「ふふー、まみみ、その話を詳しく聞きたいですねー」
面白いおもちゃを見つけた子供のように、いたずらっぽく笑いながら俺のことを見つめてくる鬼と悪魔。しかも何かの内容を分かっていて、あえてそのナニかをしていた本人に訊かないだろう普通!!
摩美々は言わずもがな、母さんもおっとりしているように見えて内心は結構腹黒い一面を持っているからタチが悪い。そして二人が協力して調子に乗った時は、俺に再起不能のダメージを与えようとしてくるため最悪の一言に尽きる。
「リョウちゃん♪」
「良介ー」
満面の笑みで早く続きを話せと威圧されるが、母親と恋人の前で自分のナニの話なんて出来るかっ!!思春期の男子高校生なんだから、もっとデリケートに扱え!!
「そ、それよりも母さん、ライブがどんな感じだったか聞きたがっていたよね?! まず摩美々は――」
このままだと精神がオーバーキルされると判断し、今日行われたリリイベの話題を食い気味に話し始める。母さんはリリイベ――と言うより摩美々の活躍に興味があったため、不自然な話題の切り替えにも突っ込んでこなかった。
追撃しない母さんを見て、摩美々は少し不服そうな表情を見せながらもそれに従う。
開始直後の自己紹介を交えたメンバートーク、『W.I.N.G.』に対する決意表明、ライブで熱唱したバベルシティ・グレイスなど一通りのことを話した。
話している最中、摩美々が活躍した内容が出るとその度に、活躍した本人を抱きしめながら嬉しそうにしたり、褒めちぎったりする様子は、まるで実の娘に対して接しているよう。実際、うちの母親のことを摩美々は『ママさん』と呼ぶしな。
摩美々本人も、嫌がったりする素振りを見せることなく、されるがままに受け入れている。さすがにちょっと暑苦しそうな雰囲気は出しているけれど……
そして会話も一区切りついたところで、ホクホク顔になった母さんが少し疲れた様子の摩美々を連れてお風呂へと向かって行った。行く前に『覗いちゃダメよ~』とか言われて二人にいじられたが、軽く聞き流した。
さて、俺はその間に食事の後片付けでもしておこう。
*****
「は~い、これでおしまぁい。ぬるつきが残ってたり、いつもと違うところがあれば遠慮せずに言ってね~、摩美々ちゃん」
「んー………大丈夫ですー」
良介のママさんがトリートメントしてくれた髪に触れると、スルスルと指通りのいい感触が手に馴染む。毎日ヘアケアしている私と同じくらいうまいのはどうしてだろうと、いつも不思議に思う。奇抜な髪色だから、自分じゃないと難しいはずなのに……。
美容師でもなければ、それに近い経験をしているわけでもない。そもそも私とママさんは髪質が違うから手入れの方法も異なるし、普通はわからないはず……前にそのことを興味本位で訊いてみたら――
『そんなの摩美々ちゃんを愛してるからに決まってるじゃない~』
嘘じゃないのはすぐにわかった。私のためにわざわざケアする方法を調べて練習したらしい。正直で純粋な、その気持ちを向けられて、私は恥ずかしくなって……素っ気ない反応をした。
両親が愛してくれないわけじゃない。
プレゼントはいつももらっているし、叱られたり、否定されたりすることもない。
だから、今日のライブで一番観に来てほしいと思っていた人たちがいなくても――
「(私は……憂鬱なんかじゃない)」
「え~いっ♪」
背中にママさんが抱きつき、私以上の大きなふくらみが押し付けられる。
大変なことも多いって聞くけど、やっぱりちょっと憧れる。三峰と私の視線が、ダンスしている恋鐘に向いてしまったことが記憶に新しい。
「あのー……暑いんですケド」
「もぉ~、いつもと違うところがあれば遠慮せずに言ってほしいのに……隠し事する悪い子は、このまま放さないわぁ~」
「問題ないですよー、まみみがケアした時と同じ感じですしー」
「うふふ、ママさんうれし~。それじゃあ髪以外も含めて大丈夫なのねー」
最後にさり気なく確認を取ってくるあたり、気づかれていると思う。
私の表情は見えていないはずなのに、普段はのほほんとしているのに、こうして鋭い時がある。でも私は悪い子だから、簡単に答えはつかませない。
「はいー、今の私には赤色と青色がありますからぁ」
「あら? 摩美々ちゃんの髪色は紫よぉ~」
赤は温かさと愛情を、青は信頼と落ち着きを与えてくれる。
二つの色を混ぜることで、私という紫色が出来上がる。
パパやママにとって私の色が透明でも、二人の色が近くにある限り、私は、私だけの色になれる。透明な自分に、色をつけることが出来る。
「ふふー」
「あらあら~、このまま誤魔化そうとしてもそうはいかないわよ~、えいっ♪」
「きゃっ――」
赤よりも青く、青よりも赤く
誰にも捕まらない、複雑な、パープルに――
*****
「――はい、アイドル活動は順調みたいです。仲間にも恵まれていて、今日のライブも楽しそうに歌っていましたから。……まあ本人はあまのじゃくなので、否定していましたけど」
お風呂上りの火照った体に、外気の冷たさが心地いい自宅の庭先で、通話中の人物に今日のリリースイベントの内容をかいつまんで伝える。摩美々関連の話題を挙げると、嬉しそうにしつつも、どこか素直に喜べていないことを感じさせる歯切れの悪い返事。
そして一通り話を聞いたあとに発せられたのは謝罪の言葉で、電話越しながら、頭を下げている様子が伝わってくるほどの声色だった。摩美々の初ライブなんだし、やっぱり行きたかったんだろうな……。
「そんな、謝らないでください。むしろ謝るのは自分の方なんですから……本当に、無理を言ってしまってすみませんでした」
もともと二人の仕事が忙しいのを承知した上で、俺が無理矢理ライブの予定を組み込んだようなものなのだから、相手側は何一つ悪くない。だと言うのに、仕事を休んででも来てほしかったなんて考えが浮かぶのは、まだまだ自分が子供だと言う証拠……なのかな……?
「いえいえ、わざわざ連絡までして下さってありがとうございます。おばさんもお体に気をつけてお仕事頑張ってください」
最後におやすみなさいと言い、電話を切る。少し冷えてしまった体を温めるため家の中に入ると、考えごとをしながら、自室に向かう階段をゆっくりのぼっていく。
摩美々とその両親、おじさんとおばさんの仲は悪いわけじゃない……と思う。長年お隣さんとして付き合ってきたこともあり、家庭環境もある程度は知っている。
「(たとえ時間があったとしても、どこか行きづらい部分があるのかな……?)」
階段をのぼり終えると同時に、ため息をつく。
今はこれ以上考えても仕方がない。頭の中でぐるぐると巡っていた思考を、大きな息と共に吐き出す。……眠れなくなるのも困るし。
「あ、遅かったですねー」
自室のドアを開くと、先ほどまで通話していたおばさんの娘が、俺のベットに腰かけてスマホをいじっていた。とりあえず寝る時は出て行ってもらうとして、俺にとって一番の問題は摩美々の格好。
白を基調とした生地に、スノードット柄の可愛いデザインが散りばめられている、ベビードール風のルームワンピース。ゴシック調の摩美々が好きそうなデザインのレース部分に関しては、おそらく自分でアレンジしたんだろう。それにしても肌が見えすぎじゃないのか、これは………。
この子が持っているナイトウェアは、どこかなまめかしい部分のある物が多いから、目のやり場に困る。実際、今着ている物だって、大きく開いた胸元とか、下着が見えるか見えないかギリギリのラインまでしか伸びていない衣服の丈とか……ちゃんとショーツを穿いているのかさえ怪しい。
「……………」
「なっ、なんだ?! 言っておくが俺はそんな目でじろじろと見ていないからな!」
訝しげな眼差しで、こちらをじっと見つめている摩美々に気圧され、自分でもよくわからないうちに言い訳を発してしまう。というか今の発言、下心を持って見ていましたと自白してるようなものだろ!
「いくらファッションセンスがない良介でもぉ、それはないと思うんですケド」
「へ……? あ、ああ、パジャマのことか」
摩美々が呆れている理由に気づいて少しホッとする。そうか、今着ているお面ライダーのパジャマをずっと凝視していたんだな。母さんが面白がって買ってきた物だけれど、おかげで助かった……ありがとう、母さん!
いやらしく見ていたなんてことがバレれば、からかわれおもちゃにされることは確実。
彼氏としては、やっぱり摩美々をカッコよく引っ張っていけるような男で――
「まみみの下着が気になるんですかぁ?」
ありたかったけれど、もう無理と言うことが確定した。
『ふふー』と、いつもの笑い声を出して、俺のことを面白おかしく観察している。
「……なりません。それより年頃の女の子がそういう格好をするのは、いただけないな」
これ以上、摩美々に隙を与えず、自身も墓穴を掘らないためにまずは冷静になろう。
………よし。とりあえず続きは、男の前でその格好は危ないとそれっぽく注意、うまくごまかして話を逸らすところまでもっていければ……!
「今日穿いてるショーツは、結構お気に入りの――」
「まてまてまてっ! なんで裾つかんで見せようとしてるんだ!」
素早く摩美々の目の前に移動した俺は、めくろうとしていた方の腕を押さえる。
「えー、だって気にならないんでしょー。ならいいじゃないですかぁ」
そう言うともう片方の手で裾をつかみ、見せつけるようにして上へと持ち上げた。
俺は摩美々のペースに飲まれまいと、自分の両手で顔全体を覆い抵抗を試みる。
「いいから早く裾から手を離しなさい!」
「ふふふー、はぁい」
摩美々の悪戯っぽい返事のあと、両手で勢いよく背中を押され目の前にあるベットの上に倒れる。いきなりのことで少し驚いたが、どうせまたいつもの悪戯だと思い、とりあえず叱ってやろうと起き上がった瞬間、今度は俺の体めがけて摩美々が飛び込んでくる。
少しうめき声を出しつつも、無事摩美々を抱きとめる。
飛び込んで来た本人は、胸元辺りに顔をうずめ悪戯が成功しておもしろがる小悪魔のように、上機嫌で楽しそうな表情。
「ふふー、良介ゲットー」
「こ、こらっ! 早くどきなさい!」
この前の制服姿で結構やばかったのに、今回の摩美々はさすがにマズい!
密着されていることに加え薄着な分、その押しつけられたスタイルの良さがひしひしと伝わってくる。
とにかく、理性がゴリゴリ削られていく前に、別のことを考えて気を紛らわせ――
「ちなみに今のまみみは下着をつけていないのでー」
「なんで今それを報告するんだ!!」
そんな爆弾発言されたら余計意識することになるだろうが!
俺の理性と言う名のメンタルを急速に減少させていく中、当の本人はその様子を見て愉悦でも感じているのか、すごく満足気だ。
「というかー、別に恋人なんだしこれくらいフツーでしょー」
「俺の理性がヤバいの! とにかく、まだ責任をとれるだけの能力もない学生なんだから、間違いを起こすのは駄目ですっ!」
「相変わらずマジメですねー。でもまみみとしては、ここで既成事実の一つや二つ作っておきたいんですよー(ライバルとか出てこられてもメンドーですし、それに灯織とか、怪しいし………)」
先ほど以上の爆弾発言をする恋人。俺だって将来的に摩美々と結婚する以外ありえないから死んでも責任はとるけれど、でも今はアイドル活動や『W.I.N.G.』だってある……だから心を鬼にして煩悩を叩き潰す!
「――なんて言っても、ヘタレ良介には無理なんで期待してませんケド。そもそも冗談ですしー」
「……お、お前なぁ!」
「なので、約束してくれたらどいてあげます。私が『W.I.N.G.』で優勝することが出来たら……私の言うこと、聞いてくれますか?」
いつもの間延びした口調が一切感じられないほどの、真剣な声色。
それを聞いた俺は、理性が、煩悩が、と言ったことだけでなく、摩美々に抱きつかれていることすら忘れていた。
正直、摩美々が優勝を目標として口にするなんて思わなかった。
同じユニットの仲間であるアンティーカのためか、それともなにか別の目的のためなのかは分からないけど、こんなの……答えなんて最初から決まっている。
「俺も、優勝させるために全力で摩美々を支えるし、手助けする。だから一緒に頑張ろう。それとお願いだったら、いつでも、どんなことでも聞いてやるぞ? か、彼氏なんだしさ……」
カッコよく決めようと思った矢先、恥ずかしがって最後の言葉をスムーズに言い切れずどもる。
……羞恥心のせいで、摩美々の顔を見ているのがつらいから早く顔を背けたい……。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、真剣な表情から悪戯っ子へと変わると、普段の調子で『ふふー』と笑って――
「んんっ?!」
唐突に顔を近づけてきた摩美々に、唇を奪われる。
そしてそのまま口内に侵入してきた恋人の舌は、ゆっくりと探るように動き回る。這うようにしてうまく舌先を使い、自分の舌や歯茎などの口内の敏感な部分を吸われ、舐められる。
やがて満足したであろう摩美々が『ん…はぁ……』と言う、艶っぽい声を漏らしながら口を離す。クリアになった視界に映るのは、顔を赤くしてニヤつく恋人と二人の間を伝う銀色の糸。
「ふふふー、ごちそーさまでしたぁ」
「…………ま、」
「摩美々ーーーーっ!!」
次話より『W.I.N.G.』編となります。
基本的な部分はゲームと同じように考えていますが、少し変えたりするかも知れません。
よければお付き合い頂けると、嬉しいです!
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あと、最近シャニマスのシュカめぐるtrueクリアしようとして、準決のむんさんに二回連続で阻まれました。どんなに強くなっても、負ける時があるシャニマス君すこ。