悪い子とバックダンサー
「おはよーございまぁす」
「おっはよーまみみん。でも残念ながらちょいアウト、あと少し早ければ回避できたんだけどね~」
摩美々を追いかけるようにして事務所の中に入ると、先に到着して俺たちを待っていた摩美々以外のアンティーカメンバー。集合時刻に間に合わなかった理由はちゃんとあるのだが、遅刻してしまったことは事実なので、四人に遅くなってしまったことを謝罪する。
「フフ、良介が謝ることなど何もないさ。その状況を見る限り、プロデューサーを助けたから遅れたんだろう? だから悪く思う必要もない、もちろん摩美々もね」
「私は最初から悪いと思ってないんですケド」
「あ、あの……プロデューサーさん……大丈夫、かな?」
「気持ちよさそうに眠っとーばってん、どがんしたと?」
俺の肩に寄りかかり熟睡するプロデューサーさんを見て、霧子と恋鐘さんが心配と疑問の声を上げる。ここ最近、休みを取らずに忙しく動き回っていたため、疲れが抜けていないらしい。
事務所に向かう途中、くたびれた様子で額に冷却シートを貼ったプロデューサーさんを見かけた時、声をかけて正解だった。何度もあくびをして眠そうに目をこすりながら『………良介君、肩を貸してもらっても、いいかな……?』と言われて、すぐに眠り始めたのはびっくりしたけれど。
「んん………ここは、事務所か……?」
あとではづきさんにプロデューサーさんの負担を減らすことが出来ないか相談しよう、とりあえず明日は絶対休ませようといったことを考えていると、プロデューサーさんが目を覚ます。ぼんやりした様子で辺りを見回して、今居る場所を確認するとその場で大きく伸びをする。
「やあ、お目覚めのようだね、プロデューサー。随分お疲れ気味のようだけれど、大丈夫なのかい?」
「はは……少し仕事を詰め込み過ぎたせいか疲れが中々抜けなくてな。時間に遅れてしまって本当に申し訳ない」
謝るプロデューサーさんに対し、本人の身体の心配をするメンバー。
少し睡眠をとったことで、先ほどより顔色が良くなったプロデューサーさんは、体調に大きな問題がないことを伝え、みなを安堵させる。
「プロデューサーさんが少しでも回復したのなら良かったです。とりあえずみんなの分の飲み物を用意しますけど、希望はありますか?」
「あ……わたしも、手伝います……!」
「フフ、それじゃあ三人で、ここにいるみんなに極上の一杯をお届けしようか」
これから行うメンバーミーティング前のドリンクを用意するため、一緒に準備してくれることを申し出た霧子、咲耶と共にダイニングキッチンへと向かう。
ちなみに各自の飲み物は、自分たち三人がアイスコーヒー、結華さんと恋鐘さんは果汁100%のジュース、摩美々はメロンソーダで、上にソフトクリームが乗ったものという注文だったが、当然そんなレストランのようなサービスはないので、ソフトクリームは乗っていない。
「(あとはプロデューサーさんの飲み物を……えっと、リカバリーソーダMAXは……赤色の缶だったな)」
事務所のみんなが共用で使用している冷蔵庫とは別に、青・緑・赤色の缶に雷マークのみが描かれたシンプルなデザインの缶ジュース。リカバリーソーダと呼ばれるそれは、プロデューサー必須の飲み物らしく、他事務所ではスパークドリンクやスタミナドリンクとも呼ばれるらしい。
「お、りょうたんおかえり~」
「ありがとう、良介君」
プロデューサーさんにリカバリーソーダMAXを手渡し、各自飲み物が行き渡ると『W.I.N.G.』出場に向けて、アンティーカメンバー一人一人の方向性とそれに合った仕事内容について確認しながらの話し合いを始める。
「まず各個人の、シーズン1の方向性については以前伝えた通りの内容でいこうと思う。リリースイベントの内容を見る限り、アンティーカのファン層についても大体予想していた通りだったしな」
コミュニケーション能力と軽快なトーク力を持つ結華さんは、ラジオ番組やトークショーと言った会話をメインとしたラジドル路線。765プロ所属の松田亜利沙がラジオパーソナリティを務める番組に、週替わりの相方として出演することが決定している。
リーダーの恋鐘さんは、溢れ出るほどの元気と自信を武器に、企業の商品を魅力的に紹介するキャンペーンガールや、一工夫することで美味しくなるアイデアを、料理番組の担当コーナーで発信したりと、どこか人を引きつける恋鐘さんの良さを活かした仕事中心。
モデル経験者の咲耶は、電車や女性誌の広告スペースに載るような、商品の魅力を伝えることが重要視される広告撮影など、前職の強みを利用した活動内容。
霧子と摩美々に関しては、アイドルの仕事よりレッスン中心のスケジュールになっている。これは、二人が他のメンバーより劣っていると言うわけではなく、むしろ長所を伸ばすために行うらしい。
実際にリリイベ時の、霧子が歌うソロパートはその透き通る綺麗な歌声が会場全体に響き渡ることで、思いきり目立ちながら観客を魅了していた。
摩美々のソロは霧子ほどではないにせよ、充分上手いと感じられるレベル。加えてダンスとビジュアルの二点も高水準でまとまっている。
「――とまあ、こんな感じで進めていこうと考えている。なにか意見や、疑問点があれば遠慮なく言ってくれ」
「んふふ~、ええね、プロデューサー! これならうちの実力を存分に発揮できるばい!」
「なるほど、こんな風に私のモデル経験を有効活用するなんて……さすがだね、プロデューサー。私もアナタの期待に応えられるよう、頑張るよ」
「三峰も異論なし~、って言いたいところなんだけどさー」
「うん……その、摩美々ちゃんの内容……」
結華さんと霧子が、シーズン1における摩美々の活動について、他四人と比べスケジュールに空きが多いのではないかと疑問を呈する。同じレッスン中心スケジュールの霧子と比べても、半分以上も予定差があるため、おかしいことは間違いない。
やっぱり『彼氏持ち』と言う点が足を引っ張っているとか……?そんなネガティブ思考に陥るも、以前プロデューサーから聞いた話を思い出し、ありえないとばっさり切り捨てる。
今現在の、アイドルとしての摩美々は、咲耶と同じくらい女性ファンが多い。
元々、同性に好かれやすいという点に加え、摩美々のいろいろな私服を見た女の子たちがこぞって参考にしたり、真似をするほど尊敬されるファッションセンスが大きくうけた。
彼氏がいるという部分も、若い子を中心に好意的に捉えられているらしく『あれだけ綺麗なのに、いない方がおかしい』と、逆に納得する子の方が多いほど。
当然ながら彼氏がイケメンであるという、前提条件ありきになるけれども……。
「ああ、その理由はもちろんある。摩美々には少し大きめの仕事を予定しているんだが……本人が断る場合も考えて、あえて何も書いてないんだ。受ける受けないを決めてもらってから、改めてスケジュールを調整しようと思う」
「ふふー、メンドーなら断ってもいいなんて、プロデューサーは優しいですねー」
「よかわけなかやろ~! どがん仕事も全力でやらんば審査に落ちて『W.I.N.G.』に出場できんばい!」
「恋鐘の言う通り、面倒だから休みたいなんてのは当然ダメだぞ」
「……しかし、受ける受けないを選べるというのは、新人アイドルにとってそれだけ難しい仕事なのかい?」
「ああ、摩美々にはとあるアイドルのバックダンサーをやってもらおうと思っている。まずはこのライブ映像を観てくれ、摩美々が踊る課題曲とそのアイドルが映っているから」
そう言うと、手に持ったDVDを再生機に入れるプロデューサーさん。
テーブルに置かれた空ケースのメモ欄には『七彩メモリーズ・摩美々用』と記載されていた。
映像が始まると同時に、薄暗い青色を基調とした照明がステージを照らし、それまでベールに包まれていたアイドルの存在がはっきりと映し出される。
少し日焼けした健康的な小麦肌と、ふわっとした美しい黒髪ロングヘアを、お洒落なリボンでポニーテールに結い上げた姿が馴染み深い、沖縄出身のカンペキアイドル――我那覇響。
大きめの仕事、それも参考映像に、人気アイドル以上でなければ出場することすらできない『七彩メモリーズ』とくれば、当然世間でも認知度のある人物だと思っていた。
摩美々は、283プロ所属前に俺と行った、765PRO ALLSTARSのライブで我那覇響のことを見ているから、ある程度は知っているだろう。
短めのイントロのあと、第一声から力強いボーカルでスタートを切る。
歌っている曲は、普段の天真爛漫な彼女とは打って変わり、奥底に隠されたクールな一面を打ち出した曲調の持ち歌『Rebellion』。
反逆や反乱、反抗、そんな意味を持つRebellion。アンティーカのバベルシティ・グレイスと同じくクール系の、疾走感のある楽曲。そこに自身の、トップクラスの実力を誇るダンスが加わることにより、観ている者すべてを完全に引き込むパフォーマンスへと昇華される。
「(……すごい………)」
ライブ映像に心奪われているさなか、ふと自分の心の中で漏れた感想。
この我那覇響のダンスに関しては、今まで自分が見てきたアイドルと比べて、本当に次元が違う。
踊りに詳しくない素人でも、すぐに分かるRebellionのダンスの難しさ。
曲のBGMに合わせ速度を落として片脚を軽やかに上げたり、ターンのあとゆっくり目のステップで歩き出したかと思えば、突然始まる妖艶な振り付けなど、大胆な動きよりキレのある緩急の動きが要求される。映像の中の人気アイドルは、どの動きもミスすることなく完璧にこなしていた。
そして曲は2番サビ、このパートは我那覇響のRebellionが大いに盛り上がる部分。
『―――赤!』
そのワンフレーズと共に、浅葱色のコンサートライトの海を一瞬で赤く染め上げる。
ファンが舞台装置となり、アイドルの歌に応える一体感は凄まじく、勢いそのまま最後まで歌い切ると大歓声が沸き起こった。
会場の興奮は冷めやらぬまま、他の人気アイドルたちがステージ上で横一列に並ぶと、大型スクリーンに各アイドルの顔写真と、色の付いていない星マークが表示される。このライブバトルの結果発表へと移るらしい。
ボーカル、ダンス、ビジュアル、各審査員一人当たりの持ち点は20点で、合計点の多いアイドルが優勝のシンプルなルール。
「う~ん、みんなビシッとキマってたが、今回優勝したのは――」
三人の内、ダンス審査員が代表して第一位の人物を発表する。
当然ながら優勝したのは、765プロ所属の我那覇響。ボーカル11、ビジュアル13、ダンスに至っては17と言う数字を叩きだし、合計点は41点。アイドルの数が六人なので、たった一人で七割近くの点数を獲得していることになる。
ライブ映像が終わると、プロデューサーさん以外の、俺を含めた全員の空気が少し重くなる。……いや、俺で少し重い程度なら、同じアイドルであるアンティーカの面々はもっと重いのだろう。ここまで人の心を、まるで掌握しているかのように自分自身に引き込ませるパフォーマンスを魅せつけられたら……――
「よーし! うちらアンティーカも同じアイドルとして負けてられんね!」
プレッシャーを感じる……そんな自分の考えを吹き飛ばすように快活な声を上げたのはリーダーの恋鐘さん。どうやら俯いていた理由は、圧倒的な実力差を見たことでへこんだり、変に気負ったりしていたわけではないらしい。
「いや~……それはそうなんだけどさぁ……」
「……正直、圧倒されてしまったよ。私は同じアイドルとして、あんな風に観ている人を喜ばすことができる存在に、果たしてなれるのだろうか……」
「な~に、弱気なこと言いよーと! 確かに今見たアイドルはすごかったばってん、いずれアンティーカもあがんライブが出来るようになる、とにかく今は練習あるのみばい!」
落ち込む結華さんと咲耶に、自信満々な表情で答えるアンティーカのリーダー。
それは強がりや虚勢なんかじゃない、自分が、自分たちが、我那覇響のような人気アイドルになれることを信じ切っている目だった。
「う、うん……! 練習しないと……今より、上手になれないし……」
「みんなガンバレー」
「そうそう……って、摩美々も頑張らんばだめやろ! うちらは五人揃うて最強ばい!」
どんな強いアイドルが相手でも望むところ!そんな恋鐘さんの雰囲気にあてられ、意気消沈していたメンバーの表情が、徐々に笑顔へと変化していく。
プロデューサーさんが、恋鐘さんをオーディションで合格にした一番の理由『どこか人を引きつけるような魅力がある』と言っていたけれど、少しわかったような気がする。
「こんな映像を見せられて気圧される気持ちもわかるが、恋鐘の言うとおり、今は練習あるのみだ。アンティーカの五人なら、さっきの我那覇響のようなパーフェクトライブが出来るようになるって、信じてるからな!」
「……フフ、私としたことが、少し弱気になっていたようだ。こんなことではファンのみんなを笑顔にするどころか、曇らせてしまう」
「三峰たちと人気アイドルじゃレベル差あって当然だよねー。序盤は地道に経験値をためて、レベルアップしていくのが王道か~」
「まだまだ低レベルの新人に、こんな難しいことをやらせようとするプロデューサーは意地悪ですねー」
「いや、俺もプロデューサーとして、よく考えた上で摩美々ならできる――ん? もしかして引き受けてくれるのか?」
「引き受けるも何も、プロデューサーが持ってきたお仕事じゃないですかぁ。まあ出来る出来ないはあると思うのでー、一回通しで踊ってみないことにはなんとも言えませんケドー」
多少やる気になった摩美々を逃すまいと、喜々とした表情でこのあとの予定を話しだすプロデューサーさん。午後からレッスンの予定が入っていた恋鐘さん、結華さん、咲耶の三人はそのままトレーナーさんが待つレッスンスタジオへ。
摩美々は、事務所のみんなが自主練習を行う場所として使っている大部屋で、ライブ映像を観ながらダンスの練習。自主レッスンがしたいと言う霧子も、同じ部屋で練習することになった。
*****
「♪ねーむれー、ねーむれー……」
目の前で発せられる、優しく甘い霧子の歌声は、聴いているこちらを心地よい状態に自然と導いてくれる。少し離れたところでプロデューサーさんと摩美々が、ダンス練習をしているというのに、霧子が子守歌を歌うこの空間だけが、まるで切り離されたかのように静まり返っている――そんな感覚に陥る。
「……ねーむれー、はーはーの、てー…にー……♪」
夢心地気分から現実に引き戻されはじめたのは、終わりのワンフレーズ部分。
安定していた声量が徐々に乱れ、最後の方はささやくだけで通らない声になってしまっていた。
ロングトーンを意識しながら、息が吐けなくなる寸前まで声を伸ばし、そのあと少しずつ息漏れさせていく、ウィスパーボイスと呼ばれる発声方法の練習をしている霧子。
少し疲れ、集中力も切れている様子を見た俺は、霧子に飲み物を手渡し休憩を提案する。
「あ……ご、ごめんなさい……。せっかく……練習に付き合ってもらっているのに……その、うまく……できなくて……」
「気にしなくて大丈夫。自分も摩美々のお目付け役として来たはいいけど、ちゃんとやってくれるから、正直暇していたところだしね」
ボーカルトレーナーさんが、霧子の、聴いている人を夢見心地にさせる綺麗な歌声を武器とするため、ウィスパーボイスを身につけさせようと練習メニューを組んでいるらしく、本人も空き時間はこうして自主的にレッスンを行うようにしているそう。
ウィスパーボイスを自由自在にコントロールすることができれば、柔らかく優しい表現から切なく儚い表現まで、その感情が歌を通してよりダイレクトに伝えられるため、歌い手として大きな武器になることは確かだろうと、プロデューサーさんも話していた。
「と言うより、これでうまくできてないの? 充分うまいと思うけれど……」
「えっと……今のままだと、息が強くて……マイクを持って歌った時、雑音が入るから……」
歌のことをよくわかっていない素人が見てもうまいのにまだまだって……いや、でもスポーツだって、その競技をやらない人から見てうまいと思っても、やっている人からしたら大したことないなんてよくあるしな……。
「その、わたしがメンバーのみんなの……足を引っ張らないようにしないと、いけないし……」
「その点は大丈夫じゃないかな? アンティーカの中にそんなことを思っている人はいないだろうし……もう少し自信を持ってみていいと思うよ」
「でも……自分に自信を持つようなことって、全然、なくって……」
「うーん……それなら、他人が具体例を挙げることで、自信が持てる部分を自覚する――なんていうのはどうかな? 例えば、霧子のすごく心配性なところは、自分より人のことを第一に考えている証拠で、それは他の人の気持ちを理解できているからこそだよ」
「そう……でしょうか……?」
「まあすぐに信じるのは難しいだろうけど、霧子のその気遣いとか思いやりは、必ず誰かが見ているし、いずれ多くの人がそれに気づく、その時なら信じられるんじゃないかな?」
「……! 心配し過ぎ、気にし過ぎは……よく言われるけど……そんなふうに言ってもらえたのは、初めてです……。良介さん……ありがとう、ございます」
「はは、どういたしまし――てっ?!」
言葉を言い切る前に、眼前まで迫っていた缶ジュースをなんとか掴み取る。
投げつけてきた犯人であろう人物に視線を向けると『ふふー』という、毎度おなじみの笑い声。プロデューサーさんと摩美々も休憩に入ったようだ。
「良介だけ飲み物がないのでー、優しい彼女からプレゼントですよー」
本当に優しいなら手渡しで来てほしいんだけどな……そんなことを心の中で愚痴りながら、受け取ったジュースを開けるためプルタブに手をかける。
「待った! まだ開けるのは――」
慌てたように言うプロデューサーさんの声が聞こえたが、時すでに遅し。
炭酸特有の開ける音に溢れ出る液体の音が混ざったブシュ!という効果音を発しながら、床と自分の手を汚していく透明色の飲み物、たぶんサイダーだろう。
「だ、大丈夫ですか……!」
近くに置いていたタオルで手と腕周りについたサイダーを拭き取る。
床の方は、俺がやる前に霧子が進んで掃除してくれていた。さて、とりあえず休憩時間中はお説教確定だな……。
「今そっちに行くからそこを動くんじゃないぞ、摩美々」
「ふふー、良介がきたら助けてくださいねー、プロデューサー」
「炭酸を振った摩美々が悪い、おとなしく良介君に怒られなさい」
イノセントセーラーまみみ可愛すぎて、ホーム画面見る度ニヤけてます