「うっ、口の中がまだしょっぱいな……」
「ふふー、大丈夫ですかぁ?」
悪戯の余韻がなかなか引かず口の中でくすぶりながら、学校の廊下を歩く。
ちなみに自分に悪戯を仕掛けた張本人は高校に到着するまで、すごく楽しそうに朝食の出来事をからかいのネタにしてきた。
幼馴染みを甘く見ていたのはどっちなのか、改めて再認識させられるな……。
自分たちのクラスの前まで来ると、引き戸に手を掛ける。
戸を開け、教室の中に入ると――
「ぐっどもーにん! 良――ぐげぇ!」
クラスメイトの男友達が挨拶と共に抱き着こうとしてきたので、軽く右に動く。
丁度摩美々が戸を閉めたタイミングで、そのままの勢いを維持したまま激突する。
「おはよう、三峰」
「相変わらず朝からテンション高いねー」
とりあえず無事であろう友達に挨拶をして、自分の席へと向かう。
ちなみに自分と摩美々、今の三峰ともう一人仲のいい女友達の計四人。
この四人が、窓際の席で固まっている。
「あ、摩美々に良介、おっはよ~。てか、さっきの音ヤバくない? 三峰、死んでる系?!」
「おはよー」
「おはよう、和泉。三峰は残念ながら生きてる」
「残念ってどういうこと?! 良介、ヒドくないっ!?」
既に着席していた黒ギャル系の女友達――和泉愛依。
首元がVネックの、スキッパー系のワイシャツの上に紺色のスクールベスト。
特徴的なのはその褐色肌と、Vネックから覗かせる大きな胸。
楽天的で大雑把、更にはノリもよく親しみやすいため仲の良い友達も多い。
俗に言う『ギャル』ではあるが、根は真面目でやるべきことはきちんとこなす。
もう一人、先ほど戸に激突したのはアイドルオタクの三峰真幸。
アイドルのことに関しては、他を寄せ付けない領域にいると言っても過言ではない。具体的には同じアイドル好きが引くぐらい、一人一人のアイドルに対して知識のすごさが半端ない。
それと無駄に男前で、とあるプロダクションにスカウトされるくらいのイケメンでもある。
もっとも本人は『野郎のアイドルちゃんなんて興味ねえ!!』と言い、きっぱり断った。
その度を超えたアイドル愛とお調子者な性格を知っている和泉や他の女生徒いわく、残念なイケメンと言う奴らしい。
「酷いのはお前だ。人の携帯を勝手にいじって、アイドルの曲を入れた挙句それをアラームにしただろう?」
「ぐふふ♪ アレを聴いてくれたか良介! どうだ、気持ち良く目覚め、素晴らしい朝を迎えることができたろ?!」
「まあ……ある意味、素晴らしかったよ」
「ふふー」
となりの席で笑っている悪い子のせいでな。
「そっか、そっか! 良介も順調にアイドル
背中をバンバンと叩きながら嬉しそうに納得する三峰。
そもそもアイドル道とやらを走っているつもりはないのだが、このアイドルオタクのおかげで普通以上に詳しくなってしまったのも事実。
「なになに、ゲーノー人の話?」
「芸能人ではないっ、アイドルちゃんだ!」
「どっちも同じだと思うケド」
「いや、それよりもまず反省して欲しいんだが……」
摩美々と和泉に芸能人とアイドルちゃんの違いとやらを説く暇があるなら、人に迷惑かけたことを謝罪しろ、三峰。一々アラーム設定し直すのも面倒なんだぞ?
「そうだ! 次のアラームはどんな感じの曲にするんだ? なんなら今回みたくまだ出回ってないレア物の奴でもオッケーだぞ?」
「お前、悪いと思ってないだろ?」
悪戯はとなりの幼馴染みだけでお腹一杯なんだよ……。
大体レア物って、あの曲まだ出回ってなかったりするのか?
「あの曲ってまだ発売されてないのー? この前、三峰が見せてくれたPVで使われてなかったー?」
「PVに使われてたのは1番で、あれはプロダクション紹介も含めた物だから『ヒカリのdestination』を歌ってる三人のPR音声も入ってる。今回、良介のアラームに設定したのは歌だけの奴で、まだ配信されてないんだぜ!」
「と言うことは、業界関係者辺りに頼んで手に入れたのか」
「マジ!? ゲーノー界に知り合いでもいんの、三峰?!」
公開前の情報から未発表のもの、まだ発売していない音源の入手などを考えると、アイドル業界に関係者が居るとしか思えない。
ちなみに業界人として自分が知っているのは、三峰が『同志A』と呼ぶ存在くらい。
本名は聞いていないし、実際に会ったこともないけれど。
「まあな! それよか283プロは今後注目すべき事務所の一つだぜ。『W.I.N.G.』で台風の目になること間違いなしだ!」
新人アイドルの祭典とも言われるこのライブは、出場資格を入手することも容易ではないらしい。
その分、出場できたアイドルはみな例外なく人気アイドル、もしくはそれに近い者として活躍していると言う事実が存在する。
283プロダクションと言えば、最近できたばかりの小規模な芸能事務所だったな。
アイドルに関しては、まだベールに包まれているため分からないが、ユニット名は三峰が入手した情報で判明している。
朝の目覚ましで流れた『ヒカリのdestination』を歌ってる三人組はイルミネーションスターズ。あとは五人組ユニットの放課後クライマックスガールズ。
他にアルストロメリアとアンティーカと言うユニット名が存在するが、三峰いわくまだ人数が揃っていないらしい。
「てことで良介、今日は『W.I.N.G.』について勉強しようぜ」
「………それなら情報をわかり易く整理してもらってもいいか? 出来れば重要な部分を五分でまとめて三峰の携帯で見せてくれると助かる」
「なかなか厳しい注文だが……任せろ!!」
頼もしさを感じる表情でそう言うと、真剣な眼差しでスマホ画面を見ながら情報を取捨選択している。
よし、これだけ集中していれば周りの雑音も聞こえないだろう。
「んでも、五分後って先生くるカンジっしょ? スマホいじってんのはヤバくね?」
「少しは反省してもらわないと困る。和泉も助けなくていいからな?」
「ふふー、良介も悪い子ですねー」
心配する和泉とは反対に、俺の意図を理解している摩美々はこれから起こる出来事を想像して面白がっている。
自分たちの通っている高校は、大きな問題や犯罪行為を起こさずにある程度ちゃんとしていれば、それ以外のことに関しては比較的緩い方。
なので携帯をいじるくらいであれば、特に問題はない。一応ルールとして携帯の持ち込み禁止とあるが、守られてはいない――と言うより、自分も守っていない。
もちろん学校側もそれを知っていて黙認している。
ただし、教職員の前で堂々といじったり、持っているところを見つかってしまうと没収されてしまう。
要は持ち込むのもいいし、いじっても構わない。あとは見つからないよう、うまくやれと言うことらしい。
実際に今も、集中してスマホをいじっている三峰の他に、何人かの生徒がスマホで暇を潰していたり、友達と画面を見ながら会話をしている。お、みんな一斉にスマホをしまい始めた、そろそろ時間か。
そして教室のスピーカーから予鈴の音が流れると同時に、担任教員が姿を現す。
「よしっ、なんとか間に合ったぜ! 見ろ良介! これが『W.I.N.G.』における押さえておくべきポイント――」
「またお前かぁ、三峰ェ! 没収して説教すんの面倒くせぇんだから隠れてやれって言ってるだろうが!!」
「ハメやがったなぁ、良介ェ!」
*****
「チッ……あのハゲ教師め、こっちが下手に出てりゃあいい気になりやがって」
午前中の授業が終了し、午後へと移行する前のお昼休み。
ジャンケンに負けた自分は、中庭の自動販売機まで飲み物を買いに来ていた。
ちなみに勝った三峰もなんか勝手に付いてきた。
「愚痴をこぼすくらいなら、最初からしまっておくべきだったな」
「オメーのせいじゃねーか!」
「因果応報だ。これに懲りたら人の携帯を勝手にいじるなよ」
納得していない様子のクラスメイトに忠告をしつつ、摩美々と和泉の飲み物を買う。
背後では三峰が『この恨みはウサミン星人の曲で……』とか『いや、ここは茜ちゃんか!』とか呟いている。お前の頭に反省の二文字はないのか………
友人の脳味噌の中身について考えながら教室に戻ろうとすると――
「待て待て待てって!! オレのドリンクは?!」
「なんだ、まだ買ってなかったのか?」
「田中と和泉のだけでオレは自腹っておかしくね?!」
「ジャンケンに負けた人が買いに行くってだけで、おごる必要はないぞ? 二人に関してはこの前、委員会の仕事を手伝ってくれたからそのお礼」
そう言って摩美々と和泉から渡された百円玉を見せる。
三峰は『えっ、そうだったの?!』と発しながら困惑の表情でなにか考え込む。
「でっ、でもこれじゃあオレだけ仲間外れじゃん! イジメだぜー、イジメ!!」
……ジュース一本でうるさい奴だな。
そもそもライブのチケットをタダで渡してくるような人間が、こんなに駄々をこねるってことは財布でも忘れたのか?
「わかった、わかった。おごってやるから早く選んでくれ」
百円玉を一枚、自動販売機に投入すると『良介だいちゅき~』と気持ち悪いことを言いながら、朝と同じように抱き着こうとしてくるので回避する。
「ぐふふ♪ 照れることないんだぜ、良――あ」
さすがに朝と同じく激突することはなかったが、手をつけた場所が悪かったな。
既にボタンを押してしまっていたので、取り出し口に飲み物が落ちてくる。
三峰に選ばれたのはあったか~いおしるこであった。
おしるこを手に取った友人は泣きそうな顔で、こちらを見つめてくる。
まあ今は冬を越えて、気温も暖かい春先だからな……
「自業自得だ、さすがに二回目はおごらない」
*****
「愛依、その激辛唐辛子、もう使わないのー?」
「いや~、面白そうだから買ったカンジなんだけど、ヤバすぎるっしょ!」
良介と三峰が中庭まで飲み物を買いに行っている間、教室の窓際で机をくっ付けた女子二人は先に食事を始めていた。
摩美々は良介が朝作ったお弁当、愛依はコンビニで購入した菓子パンとおにぎり。
ちなみに面白そうだから買った物はおにぎりのことで、激辛挑戦おにぎりと言う商品。
このおにぎりは激辛ウマウマ唐辛子が小袋で付属していて、普通に食べることも出来るが辛くすると更においしい。
ツイスタなどで、女子高生を中心に今話題となっている。
「うちは一振りで限界だわ。つか、一番おいしい食べ方が一振りっぽい。ツイスタでフォローしてるこの人とかすげー頑張ってたべてたしマジチョコちゃんリスペクトだわ~」
そう言うと、摩美々にも見えるようにスマホを傾ける。そこには普段は甘い物が大好きな女子高生(HN=チョコ高生)が激辛おにぎりに挑戦する様子が投稿されていた。
すごく辛そうな感じが伝わってくるが、これでもまだ二振り目である。
「ふーん、じゃあ全部かけたらヤバいんだねー」
「それ良介マジ死んじゃう系じゃね?」
「ふふー、まみみ悪い子なんでー」
その言葉と共に愛依から小袋を受け取る。一応『ほどほどにしときなね~』と言われたが、摩美々は悪戯に手は抜かない。故に今回も徹底的に仕掛けを施す。
「(狙いは……からあげで、衣の中に分散させて入れよー)」
幸い良介のからあげは衣が少し切れているため、切れ目を拡げても不自然な感じにはならない。摩美々は悪魔のような箸使いで唐辛子が入るように、なおかつ不審に思われない程度に切れ目を拡げる。
そしてその開いた部分に激辛ウマウマ唐辛子を少しずつ入れていく。
切れている場所は三か所存在するため、全ての部分に均等になるように調整しながら慎重に行う。
「最高じゃーん」
会心の出来に思わず言葉が漏れる。
確かに一見するだけでは、悪戯をする前と比べても見分けがつかない。
「すげー……これ完全犯罪ってやつじゃね?」
「目撃者がいなければ、そうなっていたかも知れないな」
愛依の感心する声の背後で、怒っているのか低い声が響く。
見れば、飲み物を四つ持った良介が険しい目つきで摩美々のことを凝視していた。
「……ちっ」
悪戯対象に犯行の現場を捉えられた張本人は、舌打ちをすると同時にそっぽを向く。
「おっかえり~、って三峰どうしたん?」
「トイレに寄ってから戻るそうだ。頼んでた飲み物、机に置いておくぞ」
「って、百円もあるけど……良介のオゴり?」
「この前、仕事を手伝ってくれたお返し。三峰は……まあついでだな」
「さっすが良介、めっちゃ優しいじゃん。このこの~」
右肘で小突きながら感謝の気持ちを伝える愛依。
一方、摩美々は自分の机に置かれたあったか~いおしるこを一瞥すると、不満を投げ掛ける。
「まみみ、メロンソーダを注文したんですケドー」
「悪いがメロンソーダは売り切れでな。代わりに摩美々の好きそうな物を買ってきたんだ」
「じゃあなんで良介の机にメロンソーダがあるんですかねー?」
「自分のメロンソーダを買ったら売り切れになった。残念だったな」
勿論それは嘘である。そもそも良介は紅茶を選び、メロンソーダも売り切れてはいない。
単純に朝と今のからあげの仕返しであることは、誰の目から見ても明らかである。
「……………」
「……………」
「いや~、ホント仲イイよねー、マブダチってカンジ?」
愛依の言葉には反応せず、どちらも無言で視線を交え、火花をバチバチと散らしている。
どうやらお互いに一歩も引く気はない様子。
結局この膠着状態は、トイレから戻った一人の男が摩美々の仕込んだ激辛からあげをつまみ食いすることで、終局を迎えることに。
「田中ァ!」
「三峰、それただの自爆っしょ?」
・和泉 愛依(いずみ めい)
良介と摩美々のクラスメイト。
詳しくはシャニマスで。
・三峰 真幸(みつみね まさき)
良介と摩美々のクラスメイトその2。
三峰結華の弟で姉以上のアイドルオタク。
遅くなりましたが第三話目です~。
読んでくださっている皆様ありがとうございます!