悪い子と後輩
「だあああぁ~……ようやく終わりやがったぜ」
四時限目の授業終了を告げるチャイムが鳴ると、前席に座っている三峰が自身の机に、吸い込まれるような勢いで突っ伏す。
科目はこの男の大嫌いな数学だったことを考えると、眠らなかったのは奇跡だな。
「ん~~っ、三峰、お疲れ~」
隣で大きく伸びをする和泉がねぎらいの言葉をかける。
こちらは三峰と違って苦手科目でも真面目に授業を聞き、理解しようと努力している。
一度四人で勉強会を行った時も、教えがいがあったのは当然、和泉の方。……と言うより、三峰が真剣な表情でノートに向き合っていると思って感心したのも束の間、書かれていた内容はプロダクションの垣根を越えた、アイドルの自作オリジナルユニット名。
アイドル同士の絶妙な組み合わせや、無駄にクオリティの高いネーミングセンスで余計に腹が立った記憶がある。その気力を今勉強している科目に回せ!と。
「三峰だからぁ、授業内容は聞いてないんですけどねー」
「寝ているならまだしも……少しは結華さんを見習ったらどうだ?」
「うるせー、学力オバケコンビに言われたくねぇやい!」
ガバッと起き上がり、後ろを振り向いた三峰が拗ねるように言い放つ。
実際に俺も摩美々も、テストの合計点については上から数えた方が早い。
自分は一科目90点以下はなし。摩美々に関してはやる気にムラがあるため、一科目80~100点の間と言ったところ。
「そうそう! 授業聞いてるだけで高得点とか、ぶっちゃっけ羨ましいしょ!」
「まあそこに関しては、生まれ持った記憶力に感謝だな」
和泉の言う通り、毎日の授業を受けているだけで先ほど挙げた点数はとれる。
小さい頃から一度見聞きしたことを覚えるのは得意で、簡単には忘れなかった。
「汚ねえぞ!! チートだ、チート!!」
「そうだそうだー、良介の卑怯者ー」
「オメーも充分チートキャラだろうが! なんで勉強しないで80以上とれんだよ!?」
同じく授業を受けているだけで高得点の摩美々は、物覚えが早い。
記憶力が優れているだけなら自分と変わらないが、摩美々はどんなことでもそつなくこなす天才型。
スポーツを例に挙げると、それぞれに正しいフォームや適切な動きが存在する。
一回で正しいフォームや適切な動きを頭が理解したとしても、体ですぐにそれを表現するのは難しいだろう。と言うより自分は出来ない。
逆に摩美々は、一回教わり頭で覚えれば、それをすぐに動きでも表現できる。
ただし最終的には本人の気分次第なところが大きいため、やる気になればの話ではあるが……。
「そういや二人は時間大丈夫なん? プロデューサーが迎えにくるとか言ってなかった?」
「ああ、もう準備して行くよ。ほら摩美々、三峰とじゃれ合う暇があるなら、事務所に向かう支度をしてくれ」
あの告白のあと、プロデューサーさんに連絡を入れた俺達は、提案された『彼氏持ちの悪い子アイドル』としての話を受ける返事をした。
後日、283プロダクションの事務所で詳細の説明と、書面による契約内容の確認を行い、俺の恋人は晴れてアイドルに。
そして自分も、アルバイトとして283プロに雇用されている。
この部分に関しては、プロデューサーさんが恋人であることを配慮してくれたらしく
『アイドルになって二人の時間がとれずに別れる――そんなことになったらスカウトした自分自身が許せないからね。もちろん俺としても、そんな状態にさせないよう色々と考えているんだけど……そうだ! 良介君さえよければなんだけど――」
そう言って自分に、283プロの男性事務員としての仕事を紹介してくれた。
現在の283プロに従業員は合計三人しかおらず、社長の天井努さん。女性事務員のアルバイト、七草はづきさん。そして正社員はプロデューサーさんただ一人のため、雑用等で人手があると助かる状態らしい。
入社当初は雑用全般をこなしながら、空いた時間に、はづきさんから事務仕事を教わる日々。
最近になってようやく、簡単な事務処理程度であれば出来るようになったが、正直はづきさんには遠く及ばない。
ちなみにアイドルである摩美々と同じように、仕事のため途中で抜けたりすることに関して、普段の生活態度やテストの点数等を考慮してくれた結果、学校側が特別に認めてくれた。ある程度、自由な高校でよかった……。
「えー……まだ早いと思うんですケド」
「何事も時間前行動しておくに越したことはないぞ? と言うか、アイドルとして働いているんだから少しは自覚を持つべきだ」
「ふふー、お節介な彼氏を持つと大変ですねー」
自分の机で未だにだらーっとしている恋人を叱ると、相変わらず嬉しそうに返事をする。
アイドルになったとはいえ、時間にルーズな部分は変わらないようだが、こういうところも徐々に直してあげないと駄目だな。
その後、和泉と三峰に別れの挨拶をして、準備を済ませた摩美々と共に教室を出ていく。
校門前で待つこと数分、予定時刻より早く到着したプロデューサーさんの車に乗って、事務所に向かった。
「にしても摩美々がアイドルになるなんてね~」
「そんなの当然だぜ! オレのアイドル
「外見的な意味じゃなくてさー、まあ楽しそうにやってるカンジだから応援あるのみっしょ!」
「おうよっ! 親友として全力でサポートしてやるぜ!! それと一番驚いたのは、田中がアイドルになったことより――」
「「あの二人が、まだ恋人じゃなかったことだよな(ね)~」」
*****
「ほらほらー、良介さんと摩美々ちゃんも早くお弁当だしていっしょに食べよっ」
283プロの扉を開くと、テーブルの上にお弁当を置いてソファに座る恋鐘さんと、イルミネーションスターズの三人が、自分と摩美々を出迎えてくれた。
今日は、先に来ていた四人と摩美々を合わせた五人で、午後から近場のスタジオを借りてダンスレッスンを始める予定。ちなみに自分は、はづきさんと一緒に事務仕事。
四人がまだ昼食をとっていなかった理由は、俺たちを待ってくれていたらしい。
そして先ほどの言葉を発したイルミネーションスターズの一人――八宮めぐるに腕を引っ張られ、ソファの前まで誘導される。そのまま腰かけると、今朝作ったお弁当をみんなと同じようにテーブルの上に置く俺と摩美々。
「その……すみません。めぐるには、先輩にも都合があるからって伝えたんですけど……」
「ああ、気にしなくてもいいって。俺たちも事務所に着いてから食べるつもりだったしさ」
申し訳なさそうに謝るのは同じくイルミネーションスターズの一人で中学時代の後輩――風野灯織。自分が生徒会長を務めていた頃、灯織は会計と書記の二仕事において、非常に優秀な役員だった。
「さあさあ、みんなでいっせいにフタをあけるばい! せ~のっ!」
「ほわぁ……恋鐘ちゃんのお弁当、すごくおいしそうだね」
「えへへ、そうやろ、そうやろ! うちの手料理は何でも絶品たい!」
そして恋鐘さんの手作り弁当を誉めるほわほわした癒し系の少女は、イルミネーションスターズのリーダー――櫻木真乃。
と言うか恋鐘さんの料理、本当にすごいな……実家が定食屋だって聞いているから、そのせいもあるんだろうけど。
並べられた各々のおかずを見ても一際異彩を放つ、長崎の代表的な
東坡煮並みにインパクトのあるおかずはないが、バリエーションとバランスは完璧。
中学の時より更に腕を上げている、やるな……!
「む~~、みんなが手作り弁当って知ってたら、わたしも自分で作ってきたのにー」
一人だけコンビニ弁当の八宮さ――じゃなかった、めぐるは自分だけ仲間外れになったような気分なのか、悔しそうな表情を見せる。
「それやったら、今度作って来んね。楽しみにしとーばい!」
「うんっ、そうするよー! あっ、真乃のハンバーグおいしそうっ!」
「えっと……よかったら、めぐるちゃんも食べる?」
「やったー! ありがとう真乃! 灯織と良介さんと摩美々ちゃん、恋鐘ちゃんのもおいしそうだね!」
「それ、自分以外の全員じゃない……もしかしてみんなのを食べてみたいとか?」
「ならおかずの交換っこすりゃよかばい。みんなうちの手料理たべてみてー」
めぐるの言葉が発端となり、みんなでおかずをシェアしながら昼食をとる。
……やっぱり恋鐘さんの料理はどれもおいしい。正直、今の自分のレベルより数段上だな。
むっ……!真乃もなかなか………。灯織は、やっぱり腕を上げてるな……俺の一歩先を進んでいる……くっ!
「ほわわ……! すごく真剣な表情でなにか考えているけど、おいしくなかったのかな……」
「違うと思うよー。たぶん三人の料理を分析でもしてるんじゃないですかねー」
この味付けだと砂糖の分量は……いや待て、他にもなにか隠し味が入って――
「ふふ……そう言えば先輩、負けず嫌いでしたね」
「………」
「あ、あの、摩美々さん? 私の顔になにか付いてますか?」
「べつにー」
*****
「へぇー、灯織、生徒会に入ってたんだ?」
「まぁ中学一年生の時だけね。それがきっかけで先輩と仲良くなったの」
良介が三年生で生徒会長をやっていた時の話ですねー。
あの頃はお互いすれ違ってばかりだったなぁ………。
「二・三年生ならまだしも、入学したばかりで右も左も分からない状態の一年生が手を挙げるとは思ってなかったよ」
そう言えば私たちが通っていた中学校は、生徒会長以外の役員は選挙じゃなくてー、各学年から一人か二人、候補者として名乗りを上げた人の中から、生徒会長が選ぶ仕組みでしたっけー?一年生は灯織だけだったのかなぁ?
「あの時は、その……私なりに理由があって………」
「生徒会に入る理由かぁ……進路とかは有利になりそうやなあ」
実際、良介は中学校側からの推薦で一発合格でしたしねー。
そのあと一般入試で受験する私に勉強を教えてくれたのは嬉しかったなぁ……。
ほんとは教えてもらわなくても余裕だったのは内緒ですけどー、ふふー。
「あと学園祭とか行事の内容もいろいろ決めることができるんでしょ?! なんかおもしろそー!」
「……生徒会は遊ぶところじゃないんだけど」
「はは、どちらかと言えば大変なことの方が多いよ。けど、八宮さんみたいな人は、俺や灯織とは別の視点から意見を出してくれそうだ。全体の空気も明るくなりそうだし」
「あーーっ! また名字で呼んでるよっ、良介さん!」
283プロに入って1か月近くの良介じゃあ、フランクな感じにボロが出るみたいですよー、三峰。と言うかぁ、三峰弟の姉が同じメンバーだとは思わなかったケド。
真面目な恋人が早く事務所のみんなと打ち解けられるように、名前で呼ばせるようにしたりとかいろいろ考えてくれてるみたい。なんか良介以上にお節介な人………。
でも、そんなお節介な三峰のおかげで私も………。最初は恋鐘やみんなと、こんな風に話せるようになるなんて、思ってなかったし……。
……私がアイドルと良介で悩んでた状況も、解決されちゃったし。
「………ふふー」
「急に笑ってどがんしたと、摩美々? このあとのダンスレッスンが楽しみと?」
「ダンス……私もまだまだ出来ないから、一緒にレッスンするみんなに迷惑をかけないよう頑張らないと駄目だよね……! むんっ!」
「んー……レッスンのことじゃないんだけどー、真乃の残りのポテトサラダ、ぜんぶもらってもいいー?」
「うん、あと一口分くらいしかないけど……はい、摩美々ちゃん」
「ありがとー。あと東坡煮用の余ったからしもらうけど、いいよねー、恋鐘?」
「そりゃ構わんばってん、なんにつかう――」
言葉の途中で『はっ!』っとした顔になった恋鐘は気づいたみたい。
からしをポテトサラダの中に隠して……完成ー。恋人をほおって他の女の子二人と楽しそうに話す彼氏にはぁ、お仕置きしないといけませんよねー。
「それじゃあ、真乃からこれを良介に渡してほしいんだけどー。理由は適当に『食べきれないから』とかで大丈夫なんでー」
「でも……このサラダからしが入ってるけど、大丈夫なのかな?」
「良介はサラダにからしを入れる派なんでー。あと、ほら……健康のことも考えて野菜も、って、まみみから渡すの恥ずかしいし………」
もちろんウソですけどー。
あ、恋鐘が驚愕の表情でこっちを見てる。ふふー、この前のカラシ入りシュークリームを思いだしたのかなぁ。
「ほわっ! そっ、そうなんだ。疑っちゃってごめんね、摩美々ちゃん」
そう言って会話に夢中の三人に話しかける真乃。
少しは反省してくださいねー、良介。
――まみみも独占欲、強いのでー。
「……ごほっ、ごほっ! なんだこのからさはっ?!」
「ほわわっ! どうしよう摩美々ちゃん、私なにか間違えちゃったかな?!」
「ふふふー」
「……ま、摩美々ーっ!!」
「ばり恐ろしか恋人ばい……」
・櫻木 真乃(さくらぎ まの)
イルミネーションスターズのリーダー。ほんわか癒し系アイドル。
めぐるの陰に隠れがちだが、実はスタイル抜群。むんっ!
・風野 灯織(かざの ひおり)
イルミネーションスターズのメンバー。クール系美少女。
納得するまで努力を欠かさないストイックな性格の持ち主だが、自分嫌いでネガティブのためメンタルに難アリ。
・八宮 めぐる(はちみや めぐる)
イルミネーションスターズのメンバー。天真爛漫な性格の帰国子女。
友達想いで運動神経抜群。そしてむんさん以上のスタイル。
三人とも詳しくはシャニマスで。
ちなみに二人称に関して、原作でまだ判明していない人に関しては、こんな感じかと想像して呼ばせてます(違和感あったらごめんなさい)。
同じく恋鐘の方言も、原作を見ているとリアルより分かりやすさ重視の感じがしたので、この小説もそれで書いております(恋鐘弁として理解していただけると)。