「よし……! これで完璧」
トイレ入口付近の手洗い場に備え付けられている大きな鏡を、めがね拭きを使って仕上げ拭き。元々綺麗に使用されていたため特に目立った汚れ等はなく、端に若干の水垢が付着していたくらい。
改めてトイレ全体を確認すると、心の中が満足感で満たされる。
掃除をすることで汚い部分が綺麗に――ピカピカに輝く瞬間ってやっぱりいいよなぁ……。摩美々は『専業主夫でも目指してるんですかー?』とか言っていじってきそうだけど。
小さい頃、仕事で忙しい両親を少しでも手助けするために始めた掃除や洗濯、炊事と言った家事全般の作業。その行為をいろいろな人に褒められ、子供らしく気分をよくした俺はもっと褒められたい一心で、よりうまくこなせる方法を考えながら家事にのめり込んでいった。
……まあ、趣味レベルで好きになるとは思わなかったけどさ。
「わぁ……!!」
後方からの、元気一杯な大声に少し驚く。
振り返るとそこには予想通りの人物、283プロ唯一の小学生アイドル――小宮果穂が目をしいたけのようにキラキラさせながら、自分に羨望の眼差しを送っていた。
「おはよう、果穂ちゃん。トイレ掃除なら今終わったところだから、すぐに出ていくね」
「おはようございますっ、良介さん! みなさんから聞いた通り、やっぱりスゴいですっ!」
「えっと……ごめん、凄いって言うのはなんのことかな?」
「あたしたちの事務所で、良介さんが掃除したところは全部ピカピカになっちゃうところですっ!」
自分のことのように強く断言する果穂ちゃん。
そしてトイレ内の他の場所を見ては『おおー!』『スゴいですっ!』と言った、清掃員が嬉しくなるような発言をしてくれる。この283プロ内の清掃は自分が担当しているけど、みんなも綺麗になったと感じてくれていたんだな。
そんなことを考えていると、一通り見回った果穂ちゃんが戻ってくる。
そして再び目をキラキラさせながら、トイレ掃除のコツを訊いてきた。どうやら今、果穂ちゃんが自分の家のトイレ掃除当番らしい。
「それなら少し待っててくれるかな? 今、後片付けを――」
「あたしもお手伝いします!」
自分から手伝いを申し出てくれた果穂ちゃんと一緒に、掃除用具を所定の位置へと戻していく。その最中たくさんの質問攻めにあったが、気分がよくなった俺はドヤ顔で清掃知識をベラベラ語っていたと思う。
そんなある種ウザい掃除自慢と言うべき話も、嫌な顔一つしないどころかこちらを尊敬するような眼差しと共に、褒めちぎってくれる。本当にいい子だよな……三峰が天使って言う理由も分かる気がする。
*****
「ただいま戻りましたぁーー!」
「……おかえりー」
果穂ちゃんが元気よく事務所の扉を開けると、ソファの方からだらけきった返事が聞こえる。その声の正体は俺の恋人兼幼馴染み。
「もう少ししたら果穂ちゃんと一緒にラジオ収録だろう? そんな怠けた格好をしてるとやる気になるまで時間が掛かるんじゃないのか?」
「大丈夫ですよー、まみみやれば出来る子なのでー」
「……否定できないところが地味にムカつく」
「ふふー」
ソファに寝転がり、背枠に両足をのせスマホを利き手で持つ。
スマホをいじるわけでもなくただぼんやりと、まるで『私、無気力です』と言わんばかりの姿勢。……見様によっては下着が見えるんだから、普通に座ってくれ。
「いえ、これは摩美々さんの作戦なんです!」
力強く宣言する果穂ちゃんを見て、恋人に厳しい眼を向ける。
作戦って……摩美々め、適当なことを吹き込んだんじゃあるまいな?
「果穂はぁ、よくわかってますねー」
「はいっ! だらけているように見えて実は力をたくわえる『何もしないこと』作戦ですね!!」
それは時間を無駄にしているだけじゃないのか?と思ったが、口に出しかけ言葉を呑み込む。最後まで話を聞けば、もしかしたら意味があるのかもしれない。……たぶん。
そう信じて、果穂ちゃんの説明を聞き始める。やっぱりと言うべきか、徐々に雲行きは怪しくなり、最終的には純粋な小学生を口八丁で言葉巧みに丸め込んでいると判断した。
何もしないことが休息につながり、活力が回復するかは人それぞれ。少なくとも果穂ちゃんは、年齢的にも性格的にも、何もしない時間がリフレッシュすることにつながるタイプじゃないだろう。むしろ大好きなヒーロー番組を見ている方がよっぽど有意義な時間の使い方のはずだ。
「だからあたしも、きちんと力をつけるために、今度なにもしないで過ごそうと思ってます」
「純粋な子に嘘を教えるんじゃありません」
未だソファに寝転がっている摩美々に近づき、額を軽く小突く。
「ウソじゃないですよー、まみみは充分リフレッシュ出来ますからねー」
「お前はな。ただ、人によっては自分の好きなヒーロー番組――っと、そう言えば果穂ちゃん、そろそろジャスティスVと同じくらい好きな日曜特撮番組が始まる時間じゃないか?」
「良介の大好きなお面ライダーですねー」
黙れ摩美々、それ以上、余計なことを言うんじゃない!
いい歳した高校生が、子供向け特撮番組を観ていることがばれるだろう!
「良介さんもヒーローが好きなんですかっ?!」
素早く摩美々の言葉に食いついた果穂ちゃんが、弾むような声で勢いよく迫る。
確かに特撮番組――と言うより、ライダーシリーズが子供の頃から現在に至るまで大好きだけど………どうしよう、正直に言ってひかれたりしないか?
そんなことを考え沈黙していた自分を見て、果穂ちゃんの表情が徐々に曇っていく。おそらく、自分の沈黙を『好きじゃない』と言う意味で捉えてしまったのだろう。
自身のライダー好きが広まる恥ずかしさと、天使を天秤にかけた結果は、純粋無垢な天使の圧勝。羞恥心とかもう知らん、この子の陰る表情をこれ以上見ていられるか!
「お面ライダーシリーズしか観てないけどね。ちなみに一番好きなのはアギトだよ」
「おおっ! あたしもアギトが一番好きで、ライダーシリーズの最高傑作だと思いますっ!!」
ひくどころか喜々として内容に踏み込んでくる果穂ちゃん。なんと言うか……こう、共通の趣味を語り合えるっていいな。歳もそこまで離れてない上、心身共にしっかりしているから同級生の特撮好きな女子と話してる感じで会話も弾むし。
そのまま二人のアギト談議が始まり、他ライダーシリーズの話にまで発展していく。
正直、果穂ちゃんが俺の知識についてこれることに驚愕した。確かに果穂ちゃんのヒーロー愛は本物で、過去の――自分が生まれる前の特撮番組でさえ網羅しているし、なによりその楽しそうな語り口調から大好きな気持ちが伝わってくる。
「あのー、そろそろ始まるんじゃないんですかぁ? 今やってるお面ライダーの……ディケイド?」
「「ジオウ(ですっ)!!」」
「……なんでもう息ぴったりなんですかねー」
その後、果穂ちゃんと、まるで兄妹のように仲睦まじくジオウを視聴した。
ただ、自分たち二人が熱中している様子を、スマホで撮っていた摩美々に気付けなかったことは一生の不覚だが……。
*****
「………」
昼下がりの午後の事務所。静まり返った事務所内では、キーボードで文字を打つ音とマウスのクリック音がよく響く。
今自分が行っている作業は、283プロに所属しているアイドル16人各々のレッスン日や、プロデューサーさんが取ってきてくれた仕事内容などをまとめ、一人一人のスケジュール表を作成している。
このスケジュールは六月以降――つまり『W.I.N.G.』の出場資格を手に入れるための戦いが始まる時期。シーズンごとに審査を受け、定められたランクに達していないアイドルはその時点で出場資格を失う。
新人アイドルにとっては夢の舞台、俺も頑張ってみんなのサポートを――なんて意気込んだはいいものの、いかんせん、はづきさんとプロデューサーさんが優秀すぎる。
スケジュール表作成と言っても、土台となるわかりやすいテンプレートは、はづきさんが用意してくれていたので、こちらとしてはスタートから物凄くやりやすい。
ならば入力後の確認作業で役立とうと奮起しても、レッスンで各アイドルの予定と都合が合わなかったり、取ってきたお仕事でダブルブッキングなんてことは一切見受けられなかった。正直、プロデューサーさんは所属アイドル全員の、事細かな予定が頭に入っているんじゃないかと思ったほどだ。
「所属アイドル全員分のスケジュール表作成、終わりました。確認お願いします、はづきさん」
隣の席で、同じく事務処理をしていたはづきさんは作業の手を止め、後ろから自分のパソコン画面を覗き込み内容を確認する。
「はい~、大丈夫ですよ。よくできました~」
十六人分のチェックを素早く終えたはづきさんからOKサインが出されると同時に、頭をなでられる。褒められた時たまにされるけど、少し面映ゆい。
「ありがとうございます。……あの、そろそろ恥ずかしいので、終わりにして頂けると……」
「ふふっ、すみません。最近、弟が反抗期なのか頭をなでなでさせてくれないんです。なので、良介君にしているんですよ~」
はづきさん曰く、弟と自分の歳が近く雰囲気も似ているため、つい弟に接するような感じになってしまうらしい。同年代と比べ老けているところも『りょうたんが気づいていないだけで、まだまだ幼い部分があるの。年上のお姉さんは、そのギャップにやられちゃうんだぞ~』と言う結華さん談にも納得していたけれど……
「あの、はづきさん、自分にある子供っぽい部分ってどこなんでしょう?」
「そうですね~……真面目で大人っぽく見えるのに、お面ライダーが好きなところとか」
「………できれば忘れてもらえませんか?」
「摩美々さんから送られてきた動画を見てびっくりしちゃいました。果穂さんと一緒になって応援する姿がとても微笑ましかったですよ~」
容赦なく傷口を抉られ、恥ずかしくなって黙り込んでしまう。
まさかジオウを観ていたところをムービーで撮られていたとは思わなかった……よりにもよって一番盛り上がっているシーンを。
「これを見た他の皆さんとも、より仲良くなれますね」
摩美々の行為に対するフォローなのか、はづきさんが一言つけ加える。
まあ、本当に人が嫌がることはしない子だから、みんなとの距離を縮めるためにやってくれたんだろう。……たぶん、きっと、そう思いたい。
「おはようございます!」
そんなことを願っていると、事務所の扉が開き所属アイドルが入ってくる。
どことなくやる気に満ちあふれた挨拶をしたのは放課後クライマックスガールズのメンバー――園田智代子。スーパーの袋を持っているけど、お菓子でも買ってきたのかな?
「おはようございます、智代子さん」
「おはよう、智代子。確か今日は休みだと思うけど、自主レッスンでもしに来たのかな?」
「いえ、今日は果穂と桜餅マスターを目指して特訓です! 今度メンバーのみんなと一緒に桜餅パーティーを行うので!」
「ああ、そう言えば朝に果穂ちゃんが言ってたな。もうすぐ事務所に着くって連絡が摩美々からあったし、そろそろ二人一緒に帰ってくると思うよ」
「えっ?! もう来ちゃうなら、急いで準備しないと……!」
少し焦った様子でダイニングキッチンへと向かう智代子。
果穂ちゃんが戻ってきた時にスムーズにスタート出来るように場を整えるのか。料理作りもお菓子作りも、準備が一番大事だしな。
「良介君、智代子さんを手伝ってあげてください」
「えっ? でもまだ仕事が――」
「実を言うと、今日良介君にやってもらったお仕事は、本来であれば二日後にやる予定のものだったんです。予想以上にこなすスピードが早くてミスもないので、先の仕事を振っていたんですが……終わらせてしまった今、ストックがないんですよ~」
「なら雑用でもなんでもいいのでなにかありませんか? 一応まだ業務時間中ですし……」
「う~ん、そう言われても掃除等は済んでいますからね~。私の抱えている業務で、先のものがありますけど、これはまだ良介君に任せられませんし……やっぱり智代子さんのお手伝いをお願いします。良介君の業務時間の使い方は社長から、教育係である私に一任されていますから心配しなくても大丈夫ですよ~」
本当にいいのだろうかと悩んでいた自分の考えを見越して、先に伝えてくれる。
少し申し訳ない気はするけれど、社長も全幅の信頼を寄せるはづきさんが言うことだし、大丈夫だよな。どの道、これ以上やれる仕事がないなら、果穂ちゃんが楽しくお菓子作りをできるような環境を整えてあげる方が、有意義な時間の使い方だし。
そう納得し、自分もダイニングキッチンに向かう。
そこでは智代子が慌てながら用意を始めていたが、いかんせん使用する道具の場所が分からず四苦八苦している。まずは落ち着かせるところから始めないとな……。
*****
「よし、それじゃあ今度は生地を焼いてみよっか」
「はい、ちょこ先輩! がんばりますっ!」
あのあと軽くパニック状態だった智代子を鎮め、道具の準備等を済ませたところで、仕事を終えた二人が事務所に戻ってきた。果穂ちゃんは当然として、摩美々が一緒にやりたいなんて言い出すとは思わなかった。その理由が『面白そうだから』と聞いて納得したけど。
今行っているのは、こしあんを作り、生地をなじませたあとの作業。
中火で熱したホットプレートの上に、なじませた生地をお玉で流している。
「お玉にすくう生地は1杯弱で、楕円形を意識して流し入れるといいよ。入れた生地をお玉でならすことも忘れずにね」
「わかりましたっ!」
元気よく返事をした果穂ちゃんが、言われた指示をてきぱきとこなしていく。
日頃、母親のお手伝いをしていることもあって手際がいい。一度、智代子・樹里と練習してるみたいだし、大丈夫そうだな。
「良介ー、生地が破けてきたんですケド」
「……入れたあと、よくならしたのか?」
「ちゃんと言うとおりにやってますよー」
そう言われたので、破れた原因がどこにあるのかを調べるため、摩美々が焼いているホットプレートを見る。生地の形が不格好だけど、今は関係なさそうだし……他は――と、端に付いている温度調節ダイヤルが目に入った瞬間、すぐさま原因を理解する。
「最大火力で焼けば、そりゃあ破けてくるわ! なんで人が設定した温度を勝手に変えてるんだ、摩美々!」
「なんかぁ、焦げてる方がパリッとしてておいしそうじゃないですかー」
「餃子作ってるんじゃないんだぞ!」
余計なアレンジを加えようとした摩美々を一喝すると、そのままフォローに入る。
とりあえず弱火に戻して……生地のふちは充分乾いてるから、表面はもう大丈夫――と言うか、たぶん少し焦げてるだろうな。焦げてる方がおいしいとか言っていたけど、この子の場合、たぶん早く焼きたいだけか……?
裏面を焼かせるため、摩美々にフライ返しを手渡す。やけどしないように注意しながら生地をひっくり返させ、表と同じように焼かせる。
その後、裏面を焼き終えた摩美々と果穂ちゃんの生地を冷ませば、こしあんを詰めるピンク色の皮の出来上がり。先に作った丸めたあんこを皮の中に入れ、最後に桜葉で包んで、二人の長命寺桜餅が完成した。
「みなさんが作った桜餅、おいしそうですね~」
「はづきさんも一緒に食べませんか! あたしが作った桜餅の感想を聞かせてくださいっ!」
テーブルの上に並べた桜餅の甘い匂いで、仮眠をとっていたはづきさんが目を覚ます。
俺と智代子がお手本として作った物、果穂ちゃんの特訓の成果が表れた物、少し焦げて形が歪な摩美々の物、それぞれ並ぶ中、摩美々の桜餅を手に取り口へと運ぶ。
「ふふー、恋人が作った桜餅は、おいしいですかぁ?」
……甘い、すごく甘いんだけど………これは悪戯じゃない。
『面白そうだから』なんて理由から、用心はしていたのに……一緒に作業した本当の理由は、お花見した時の約束を実行してくれたのか。来春まであと約一年だから、少し気が早いけど素直に嬉しいな。
「ああ、おいしいよ。砂糖は軽量スプーンを使うこと、早く生地を焼きたいからって温度を最大にしない、以上の二点が守られていればなおよかったけど」
「……いつもみたく怒らないんですかぁ?」
「悪戯じゃないからな。少なくとも食に関しては、お前が一生懸命作ったかそうでないかの区別くらいつくさ」
摩美々が悪戯するなら、今食べた甘さより数十倍くらい上の物が出てくる。
まあ、計量が面倒臭くてアバウトに砂糖を入れたり、時間短縮のために最大火力で焼いたりするのは摩美々らしいけど。
「そこまで言うならぁ、まみみが作った桜餅、全部食べてくれるんですよねー」
「もちろん、大好きな恋人が一生懸命作ってくれた物だから全部貰うよ」
「……………」
それに――
「いつもの四人でお花見した時に交わした『今度は一緒に桜餅を作る』って約束、早速叶えてくれたしさ」
「……良介のくせに生意気なんですケド」
面白くなさそうな顔で、こちらを見つめる摩美々。
そんな不機嫌そうな表情が可愛く見えるぐらいに、一緒に料理できたことは嬉しい。
って、まずいな。さっきから自分の顔が緩み切ってる感じがする。
でも今度は、摩美々と俺だけで、協力して美味しい物を作ってみたいな………。
「甘いねー」
「甘いですね~」
「はいっ、この桜餅とっても甘くておいしいですっ! ……あれ? ちょこ先輩とはづきさん、どうして目の前の二人を見ながら食べているんですか?」
・小宮 果穂(こみや かほ)
歳不相応な高身長・高スタイル(お隣のカリスマJKの3サイズとほぼ同じ)小学生。
特撮モノが大好きで、ヒーローに憧れている。
――果穂(B80/W57/H83)※小学六年生
――カリスマJK(B80/W56/H82)※高校三年生
・園田智代子(そのだ ちよこ)
甘いものが大好きなチョコアイドル。チョコ以外の個性は模索中。
283プロ所属アイドルで身長は一番低いが、胸はむんさんクラス。
――真乃ぱい(B86) ちょこぱい(B85)
・七草はづき(ななくさ はづき)
283プロの女性事務員。アルバイトではあるが、仕事量やその内容は正社員かそれ以上のレベル。
大家族の生活費を稼ぐために、他にも様々なアルバイトを掛け持っている。
シャニマスのEXスキルドロップが悪くなったような……気のせいかな?
自分に付けれるとしたら『執筆速度UP』を三つ付けたいです(極小でいいので)