七耀歴 1206年 5月18日
リーヴスを東に出て数時間が経過した。
クロスベル州は南のセントアークや北東のオルディスに比べ格段に遠いため、正午過ぎの出発となった。
ただし、ここに至るまでには決して楽ではなかった。
演習地の発表から張りつめたような態度をとるユウナにクルトとアルティナは勿論、分校生徒のほとんどが戸惑いを隠せなかった。
リィンもユウナにどう接するか四苦八苦していたが、ランディの協力を得て、なんとか発表前の状態に至った。
そんな中、キリコはほとんど我関せずを貫いていた。
クルトはキリコが積極的にユウナに関わらない姿勢に業を煮やして問い詰めるが「帝国人の俺たちがクロスベルに関わった所で解決するわけではない」と回答したため、何も言えなくなった。
それでも演習に支障が出ると判断したのか、積極的でないにせよ、ユウナに声をかけていた。
その甲斐あってか、ユウナも少しずつ心を開き、分校生徒たちとのわだかまりは減っていった。
午後 7:52
キリコは食堂車でクルトとシドニーとスタークとウェインの5人でチェスをしていた。
キリコはゲームの類はやらないので、初心者同然だったが、数回こなすうちにいい勝負をするようになった。
「………」
「む、そうきたか」
「キリコの吸収力も大したもんだな。もうウェインに勝てるんじゃないか?」
「俺もヤバいな」
「まだ終わってないぞ。ここにルークを置けば……」
「………チェック」
「おっ!キリコのビショップが王手を取った!」
「なっ!?だがここからだ。ナイトでクイーンを取ったぞ」
「………ルークを置いてチェックメイトだ」
「んがっ……!」
「おぉ~!」
「ついに勝ったな。これでキリコは4戦1勝2敗1分だな」
「いいゲームだったな」
「ついに負けた……」
「ふう……」
キリコは冷めたコーヒーを啜る。
「次スタークに勝ったらいよいよシドニーだな」
「この様子じゃ、クルトに挑む日も近いんじゃないか?」
「さあな」
「はは、負けるつもりはないけどな。おっ、どっか行くのか?」
「俺はそろそろ格納庫に行く」
「そうか、分かった」
「たまにはチェスも悪くない」
「はは、そうだろう?」
一方、教官たちはクロスベル州での演習について話し合っていた。
「前回と同様、Ⅷ組は機甲兵運用と戦闘訓練。Ⅸ組は実習と補給。Ⅶ組は広域哨戒と現地貢献。それぞれの役割を果たしてもらう」
「わかりました」
「了解しました」
「了解っと」
「本来ならば分校長と博士にも同行してもらいたかったが、お二人は来なかったので今回も我々だけでやりくりするしかない……」
「は、はいっ!」
ミハイルは額を押さえながらリィンたちに告げた。
「シュバルツァー、君たちⅦ組についてだが」
「はい」
「今回も君たちには現地統括責任者に会ってもらい、演習開始の許可をとって来てもらいたい」
「現地統括責任者、それって……」
「クロスベル総督府初代総督のルーファス・アルバレア氏ですね?」
「ああ」
「……チッ」
「不穏な言動は慎みたまえ、オルランド教官」
「………わかってますよ」
(ランディさん……)
「それと最後に、総督府からの伝言だ。演習一日目を終わらせた後、オルキスタワーで懇談会が開かれる。我々第Ⅱは出席されるVIPの警護をつとめてもらうとのことだ」
「警護ですか」
「ちなみに出席者は?」
「帝国からはアルフィン皇女殿下にオリヴァルト皇子殿下。それにカール・レーグニッツ帝都知事にイリーナ・ラインフォルト会長。クロスベルからは現地の有力者が出席する」
「ってことは、マクダエルの爺さんもか」
「マクダエル……クロスベル市長さんですね。西ゼムリア通商会議でお会いしました」
「えっ?トワちゃん、知ってんの?つーかあれに出てたって……」
「トワ先輩は書記見習いでオリヴァルト殿下とともに出席してたんですよ」
「現地の書記官顔負けの働きだったそうだ」
「へぇ~。大したもんだな」
「リ、リィン君……。ミハイル教官まで……」
トワは頬を赤らめる。
「んで、マクダエル市長は出るのか?」
「いや、マクダエル市長は出席を見送ったそうだ」
「なんでだ?」
「理由は体調不良だそうだ。高齢らしいからな」
「……まーな」
(そうか、ランディさんの職場にはマクダエル市長の身内がいたから。面識があっても不思議じゃないか)
「他に質問は?」
「……………」
「ではこれにて、ブリーフィングを終了とする。演習内容は明日、改めて説明する。以上、解散」
「ランディさん……」
「ああ、みっともないとこ見せちまったな」
「その……」
「いいんだよ。リィンやトワちゃんが気にすることじゃねぇ。それより……」
「?」
「まさかトワちゃんが通商会議に出てたなんてな」
「あっ、はい。オリヴァルト殿下のお誘いで」
「あの皇子の?」
「トワ先輩は学生時代から各方面から勧誘が来るほど優秀な方でしたから」
「へぇ。そういや、妖精がトワちゃんのこと会長って呼んでたが」
「俺たちⅦ組が発足した時の生徒会長だったんです」
「なるほどな」
「そ、それよりランディさんは通商会議に関わっていたんですね?」
「ああ、特務支援課に会議の警護の仕事が回ってきたからな。その後、テロリストどもとドンパチやる羽目になったがな」
「帝国解放戦線と共和国の反移民政策主義者ですね」
「ああ、確かそんな名前だったか。そういや、その帝国解放戦線のリーダー格が言ってたんだが、妙に芝居がかかった感じで炎に包まれるとかどうとか……」
「!?…それって……!」
「同志G……」
「あん?なんか知ってんのか?」
「………ええ」
リィンは迷いつつも、2年前の騒動について話した。
「………………」
あまりの内容にランディは絶句した。
「テロリストによるガレリア要塞の襲撃。おまけに列車砲の砲撃阻止?」
「俺がⅦ組の特別実習で遭遇した出来事です。当時サラ教官とナイトハルト中佐の指揮の下、列車砲の砲撃を阻止するに至りました」
「………………」
ランディはなんとか頭を整理する。
「まさかお前さんたちが関わってたとはな……」
「ほとんど成り行きですが……」
「そうか、そうだったのか……」
ランディはリィンに頭を下げる。
「ランディさん!?」
「すまねぇ!俺らにとっちゃ恩人だってのに変なこと言っちまって!」
「頭を上げてください。むしろ謝罪するなら俺の方ですよ」
「いや、お前さんはこの間みてぇな要請で動いてたんだろ?お前は何も悪くねぇよ」
「ランディさん……」
「他のやつはどうだか知らねぇが、俺はリィンを信じるぜ。これからよろしくな」
「ランディさん……。はいっ!」
「えへへ、良かった……」
「それでよ、ユウ坊はどうなんだ?」
「少しずつ戻ってはいますが、危ういですね」
「そうか……。とにかく、リィンも気にかけてやってくれねぇか?」
「もちろんです」
「ユウナちゃん……やっぱり許せないんだね。私たちが」
「ユウ坊もバカじゃねぇ。じゃなかったら、アルきちや他の連中と上手くやってけるはずがねぇ」
「そうですね……」
「あっ、そうだ。何なら、ユウ坊の実家に連れてったらどうだ?クロスベル市西通りのアパルトメント《ベルハイム》ってとこだ」
「でも公私混同になりませんか?」
「現地貢献ってことにすりゃいいんじゃね?」
「まあ……決めるのは彼らですから。ユウナが寄りたいなら反対はしません」
「リィン君……」
「そうか。まっ、頭には入れといてくれ。さて、そろそろコーヒーでも飲みに行くか」
「私も主計科の子たちの所に行ってきます。リィン君は?」
「そうですね。ユウナたちの様子を見つつ、見回りに」
「おう、よろしくな」
そう言ってリィンたちは別れた。
「お疲れ。精が出るな」
「あっ、リィン教官」
「お疲れ様です」
リィンはユウナ、クルト、アルティナと言葉を交わした後、例にもれず、作業していたキリコとカウンターに立っていたティータに話しかける。
「ああ、列車内の見回りでな。キリコは導力メールか?」
「新しい武装が演習初日の午後に届くらしいので」
「武装?ちなみになんだ?」
「ガトリング砲と二連装対戦車ミサイルです」
「……待て待て。聞き捨てならない言葉を聞いたんだが」
「あ、あははは…………」
ティータは乾いた笑いを浮かべた。
「……………」
「………博士の差し金か?」
「いえ。博士によると、ラインフォルトとは別口だそうですが」
「そうなのか?」
「はい。私もそう聞いてます。珍しいですよね」
「そうだな(ラインフォルトとは別……。アリサも知らないということか?いやそもそも、ラインフォルト以外で機甲兵が設計できるのか?)」
「教官?」
「ああ……何でもない。それより今回も実験用機甲兵の運用を行うのか?」
「はい」
「分かった。それとキリコ。ユウナのことだが……」
「……………」
「クルトから聞いたが、あまり積極的じゃないらしいな?」
「クロスベルは俺たちが口を出せることではないので」
「言いたいことは分かる。ただ、干渉しろというわけじゃない。同じⅦ組の仲間として気にかけてほしい」
「……………」
キリコは作業を再開する。
「教官……」
「大丈夫だ、キリコはわかってる」
「え?」
キリコの無言の了解を得たリィンは相棒の元へと向かった。
ティータはその背中を見送ることしかできなかった。
5月19日
翌日、一行はクロスベル市近郊の演習地に到着した。
全クラスが協力してテントを設立し、機材を運び出した。
その後、機甲兵を操縦し移動させたが、フルメタルドッグだけはキリコが行った。
その後朝食を取り、前回同様にⅦ組はブリーフィングルームに集められた。
「さて、前回と同様、君たちには広域哨戒と現地貢献にあたってもらう。何か質問は?」
「いえ……」
「特には」
「続けるぞ。これから君たちはクロスベル州の現地統括責任者に会い、演習開始を報告。その後、市民からの依頼と合わせて市内の調査を行ってもらう」
「クロスベルの現地統括責任者!?」
(確かそいつは……)
「ルーファス卿ですね」
「……………………」
(ユウナ……)
ユウナは唇を噛んだ。
「粗相のないようにな。特にクロフォード候補生」
「……………はい」
「ミハイル教官。市内の調査とは?」
アルティナが尋ねる。
「内容についてはクロスベル総督府で伝えられる。前回のこともある。くれぐれも気取られないことだ」
「待ってください!クロスベルにも人形兵器が出るってことですか!?」
「そういう可能性もあるということだ。噂では総督府に対するレジスタンスがいるらしいからな」
「レジスタンス、ですか?」
「以前、教官と対峙したお二人でしょうか?」
「………………(キッ)………」
ユウナはリィンを睨み付ける。
「まあいい。とにかく、君たちは行動を開始したまえ。シュバルツァー、君の働きにも期待する。以上、解散」
ブリーフィングを終えたリィンたちⅦ組はスタークたちの元で準備を開始した。
「いらっしゃい、どれをお求めで?」
「ふふ、やっぱり板についてるわね」
「さすが商人ですね」
「はは、まだまだ親父には敵わないけどな」
「そうでしょうか?品物の仕入れの時もすごく頼りになりますけど」
「せやなぁ。オレらより商売っちゅうもんを分かっとるで」
「さすがだな。それじゃカイリ、解毒薬と絶縁テープと解凍カイロを。後軟化リキッドも頼む」
「あ、ありがとうございます」
「パブロ、武器は全て新調したいからリストを見せてくれ」
Ⅶ組は新しい武器は購入し装備した。
「毎度!気ぃつけてや」
「あっ、キリコ。フレディから伝言だ。何でも「注文の品が出来た」って」
「わかった」
「キリコ君、何か頼んだの?」
「珍しいですね」
「大したことじゃない」
「そうか。クロスベル市に行く前に寄るか」
「それには及びません」
振り向くと袋に包まれたものを抱えたフレディが立っていた。
「キリコ、注文の品が出来たぞ」
「それもう聞いたわ」
「なんだい?それは」
「フフフ、これぞ、魔獣の赤肉を丹念に処理し、天日に半日かけて干した特製の干し肉だ」
「干し肉、ですか」
「もしかして携帯食か?」
「ああ」
キリコはフレディから干し肉の袋を受け取った。
「でもどうして頼んだんですか?」
「念のためだ。実験用機甲兵の運用で離れる可能性もあるからな」
「な、なるほど……」
「フフフ、ご心配なく。全員分の用意もありますよ」
「そうか、ありがとうな」
リィンたちも受け取った。
「ありがとう。それで……」
「ああ、お代は結構。万が一、不味かったら戻してくれてかまわない」
「いいのか?」
「実はこの間、キリコに材料集めを手伝ってもらってな。元々キリコからの依頼だったが、有意義な経験をさせてもらった」
「そういえば、先日お二人は帰りが遅かったですね」
「というか、キリコ君が頼んだの?」
「ああ」
「へぇ……(意外と好きなのか?)」
「ありがとうな。よし、それじゃ行くとしようか」
「はい」
「了解しました」
「了解」
「決まりね。あたしが案内します」
「いいのか?」
「………正直、もやもやが取れませんが、今のあたしはこの分校の生徒です。政府やあなたが気に入らないとか言ってる場合じゃないので」
「ユウナさん……」
(無理しているな)
(ああ、気にはかけておこう)
「そうか、わかった。では、土地勘のある君に任せる。まずは演習地を出て、クロスベル市のオルキスタワーへ向かおう」
「わかりました!」
Ⅶ組はユウナを先頭に出発した。
「無事に出発したようですね」
ミュゼはⅦ組を見送りながら呟く。
(結社が仕掛けて来るのは今夜。その後は教官とあの方々が動く。今回はそれほど介入する必要はなさそうですね)
(この一ヵ月、あの人から頂いた書物を読み返して見たけど、どこにもキリコさんのようなケースは載っていなかった。手紙でもお手上げのようですし。どうすればキリコさんのことが解るんでしょう?)
「ミュゼちゃん?どうしたの?」
「あ、ティータさん。いえ、何でもありません」
「そう?あっ、そうそう。さっきランディ教官から聞いたんだけど、今夜オルキスタワーっていう所でアルフィンさんやオリビエさんの警護をするんだって」
「姫様にオリヴァルト殿下の?まあ!」
「うん。だからそれまでに」
「ええ、終わらせなくてはなりませんね」
ミュゼとティータは早速、持ち場についた。
Ⅶ組は南クロスベル街道に出た。
「街道に出たな」
「それでクロスベル市は?」
「ここを左ね。真北だから分かりやすいわ」
「右に行くと何があるんですか?」
「このまま南に行くと、森があってその先にあるのが聖ウルスラ病院。クロスベルで最先端の医療施設ね」
「聞いたことがあるな」
「そろそろ行くとしよう。市内に入ったら、オルキスタワーへ行き、クロスベル総督にお会いする。そこからスタートだ」
「わかりました。それじゃ、行きましょう!」
一行は左に曲がり、クロスベル市を目指す。
途中で一行は水面に浮かぶ社のようなものを発見した。
「あれは?」
「あれは古い遺跡ね。撮影スポットとしても知られてるわ。後、縁結びの象徴だとか」
「へぇ。そんなものがあるのか……っと、総員戦闘準備。向こうから魔獣の群れが来るぞ」
「わわっ!ホントだ」
「数は8。そのうち2体は昆虫型ですね」
「余計な手間を取らせてくれるな」
「ああ、返り討ちにしてやろう」
「みんな、気合いは十分だな。Ⅶ組特務科、戦闘を開始する!」
『イエス・サー!』
リィンのオーダーを軸に、キリコたちは魔獣を殲滅した。
「ざっとこんなもんね」
「数は向こうが勝っていたが、質はこちらが上だったな」
「戦闘データも更新できたようです」
「みんなお疲れ。それよりユウナ、この辺りは魔獣が多く出るのか?」
「いえ、そんなことはないですよ。でも……確かに多かったような………」
「魔獣の縄張りだったとか?」
「でもここ、導力灯があるのよ?あんなに光ってるのに」
「ふむ。まあ、それについては後で考えるとして、そろそろ出発しよう。総督だって暇じゃないはずだ」
「それもありましたね」
「さっさと行くとしよう」
「……そうね。まずはそこからね」
(ユウナさん、大丈夫でしょうか?)
「とにかく、様子を見よう。フォローはできるだけ入れていくから)
「教官?アル?」
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない。では少し駆け足で行こう。急げば間に合うかもしれないからな」
(仕方ない)
リィンたちは駆け足でクロスベル市に向かった。
「これは大きいな………」
クルトは目の前の建物を見上げた。
クロスベル市に入り、一行はクロスベル市の庁舎──オルキスタワーの前にやって来た。
「帰って来たんだ。クロスベルに……」
「ユウナさん……」
「やはり故郷には思い入れがあるんだな」
(故郷……か……)
キリコは二度と戻れない故郷を思い浮かべた。
「さて、色々あるんだろうがまずはクロスベル州の現地統括責任者にお会いする。わざわざ時間を取ってくださっているから失礼のないようにな」
「わ、わかりました!」
「クロスベル初代総督、ルーファス・アルバレア卿ですね。四大名門の一つ、アルバレア公爵家の長男でもある人物だ」
「へ?公爵?」
「家格で言えば、ハイアームズ侯爵家より上です」
「そ、そうなの!?」
「いい噂は聞かないがな」
「ああ。他所の領地に猟兵を差し向けたり、交易地であるケルディックを焼き討ちしたりとやりたい放題だったとか」
「何よそれ!?最低じゃない!」
「……………」
「教官?」
「いや、何でもない。それより行くとしよう。あまり待たせるわけにもいかないからな」
「?」
(アルバレア公爵は旧Ⅶ組の連中に逮捕されたらしいが。まあ、俺には関係のないことだがな)
リィンたちはオルキスタワーの中へと入って行った。