二人
七耀暦 1206年 6月11日
季節は夏に移行しつつあった。にもかかわらず、キリコたちは忙しい日々をおくっていた。
そんななか、Ⅶ組特務科に新たなメンバーが加わった。
[アッシュ side]
ルグィンの命令でⅧ組からⅦ組に移ったはいいが、やることはたいして変わんねぇな。
クロスベルから来たじゃじゃ馬にカタブツのヴァンダールにチビ兎。こいつらはどうだっていい。
油断ならねぇのがイーグレットとかいう女だ。
人の家ん中にしたり顔でのらりくらりと入り込んで来やがって。マジの女郎蜘蛛だな。
そして一番気に食わねぇのがキュービィーだ。
なぜかはわからねぇがこいつだけは気にいらねぇ。
スカシてるのもそうだが、こいつを見てると左目が疼く。まるで拒絶しろって言われてるみてぇに。
シュバルツァーは大したことねぇと思ってたら、それなりにやりやがる。まっ、一応教官として扱ってやるかね。
[アッシュ side out]
[ミュゼ side]
私がⅦ組に移籍してから一週間経ちました。
先々月と先月の演習内容を鑑みて、独断専行が過ぎるとしてⅧ組のアッシュさんとともにⅦ組に移籍することになりましたが、実を言うとそうなるように仕向けました。
新しいクラスでもそれほど軋轢はなさそうです。
ユウナさんとアルティナさんとは男女別授業でご一緒したので馴染むのは早かったです。
クルトさんは演習時に戦術リンクを結んだこともあったので移籍したその日の内に馴染むことができました。
アッシュさんはどうも私のことを疑っているようです。
アッシュさんのカンの良さはキリコさんに匹敵するものがあります。もっとも、計画に気づくのはまだまだ先のことでしょうけど。
リィン教官も最初は面食らってましたが、そこは教師でした。朝のHRの時には何でもないように振る舞っていました。
リィン教官もこれからのことに重要な存在です。全てを知るまで、利用させてください……。
キリコさんはいつもと変わりありませんでした。
キリコさんには私の異能のことを話しているので移籍のからくりに気づいているでしょう。
しかし、授業や実習の時にも仲間として見てくれているようです。
もっともっと振り向かせるにはどうしたらいいでしょう?
[ミュゼ side out]
HR直前
「ああ~、疲れた~」
「お疲れ様です」
「もう少し静かに疲れやがれ」
「それは無茶ではありませんか?」
「………………」
「どうしました?」
「いや、ここもにぎやかになったなぁって思ったんだ」
クルトは教室を見渡しながら答えた。
「ホントよね。先月まであたしとクルト君とアルとキリコ君の四人だったけど、アッシュとミュゼが加わって六人になったんだから」
「お二人は確か独断専行が原因で移って来られたんですよね?」
「リィン教官に押し付けた。そういうことだろう」
「うん、絶対そう思う」
キリコの言葉にユウナは同意する。
「まっ、よろしく頼むわ」
アッシュはふんぞり返りながら言った。
「ちょっと!人に頼む態度じゃないでしょ!」
「それはそうと、キリコさんの隣に座れるなんて幸せです♥️」
ミュゼはキリコの左腕に頭を寄せる。
「アンタはどさくさに何してんのよ!」
「ユウナさんのツッコミが冴えわたっています」
「ハァ………」
クルトは額をおさえた。
「そういえばお聞きしたかったんですけど」
「何ですか?」
「分校長の授業でアルティナさん見事なスキャットを披露しましたが、どちらでレッスンをなさったんですか?」
「あっ、そうそう!アルの歌声、きれいだったなぁ」
「ああ。感情表現は薄いが、譜面に正確だったな」
「なかなかいい声してんじゃねぇか」
(芸術のことはわからないが、悪くはなかったな)
「そう、でしょうか……。でもいきなり歌えと言われたのは少々驚きました」
アルティナは少し戸惑いながら答えた。
「うーん、それでも対応できちゃうアルもさすがだけど……。ていうか、クルト君とキリコ君やミュゼはともかく、アッシュって何でそんな勉強できるの!?」
「どの授業で当てられてもスラスラ答えてましたね」
「ああ……地頭の違いじゃねぇのか?とりあえず、じゃじゃ馬には負ける気はしねぇな」
「い、言ったわねぇ!?」
「まあまあ。同じクラスになったんだし、勉強についても協力していこう」
「ではキリコさん。今夜あたりに……♥️」
「だからアンタはやめいっ!」
(やれやれですね……)
(……色々な意味でにぎやかになったな)
「つーか、あのルグィン、毎回プレッシャーかけてきてねぇか?」
「アッシュさん、分校長ですよ。そうですね……いつも決まって「サボる者は一人もいないな、感心したぞ」と言いますよね」
「いや、そんな命知らずはこの分校にはいないだろう」
(むしろ、その命知らずを求めているようだがな)
キリコはそう思った。
「そういえばキリコ君。フルメタルドッグのテストはどうなったの?」
「イレギュラーだったが、データ収集は問題なかった」
「そうか」
「先月の神機戦で左アームを損壊しましたが、それはどうなりました?」
「それも問題ない。予備の部品で賄った」
「もしかしてこのところ遅いのはそのためですか?」
「ああ」
「真面目過ぎんだろ」
「俺は糞真面目な男だからな」
「限度というものがあるかと……」
アルティナはキリコの行動力に呆れた。
「でも、キリコ君って変わったよね」
「?」
「なんて言うか……人間っぽくなったっていうか」
「何?」
「なんて言うかこう……親しみやすくなったっていうか」
「それはわかる。最初は機械みたいだと思っていたが、クラスのことを考えて行動しているのを見てね」
(わたしも……いつかは……)
「……………」
「最近では、タチアナさんもキリコさんにお声をかけているみたいですね」
「あいつが?」
「そういえば、タチアナさんとアッシュさんは文学部でしたね」
「うっわ~~。似合わな~~」
「うるせーぞ。まあ脳筋女じゃ本は理解できねぇか)
「何ですって~~!」
「落ち着いて。アッシュも煽るな」
(人間っぽくなった……か)
キリコは目を閉じ、ユウナの言葉を反芻していた。
話題は分校に赴任してきた二人についてになった。
「つーか、やっと購買ができたな」
「ベッキーさんね。教官の同級生らしいけど」
「なんでも、商人の修行を兼ねてらしいな。でも日用品とか安く手に入るのは大きいな」
「キリコさんもこの間コーヒー豆を買ってましたね」
「安いからな」
「後、リンデさんも来られたのも大きいですね」
「確かに今までは怪我の治療は自分たちでやってたからな」
「対応力を養うためかもしれませんね」
「普通の学校じゃありえないわよ……」
ユウナはげんなりした。
「まあね。ただ、最近シドニーがよく医務室に行っているみたいなんだが」
「医務室はそんなに足しげく行く場所でしょうか?」
「まあまあ。殿方にとっては特別なのでしょう」
「まったく、これだから男子ってのは……」
「……………」
「いや、男子で一括りしないでくれ……」
「まあ、あの姉ちゃん、世間慣れしてなさそうだしな。どれ、少しばかり──」
「コラコラ。何企んでいるんだ?」
リィンがアッシュを窘めながら入て来た。
「さて、アッシュとミュゼは慣れたか?」
「それなりにな」
「馴染むのは早かったです」
「そうか。明日は自由登校日になる。部活なり勉強なり精を出してくれ。それと週明けに機甲兵教練、週末に特別演習があるから心の準備だけしておいてくれ」
「本当に駆け足ですね」
「クロスベルから帰って来て一月経つか経たないかですからね」
「後、キリコ。博士からだが、機甲兵の整備をいつも以上に念入りにやってほしいそうだが、何か聞いているか?」
「いえ。初耳です」
キリコはいやな予感を抱いた。
「そういや、シュバルツァー。いつまでこの制服なんだよ?」
「あっ、そうそう。教官、夏服ってないんですか?」
「ああ。第Ⅱ分校では夏服は採用されていないぞ」
「ええっ!?」
「そういえば聞いたことないですね」
「本校では廃止されたそうですけど、関係が?」
「ああ。本校が軍学校としての色を強めることになったのは知っているな?それに合わせて夏服や自由登校日の廃止が取り入れられたんだ。本来なら第Ⅱもそれに合わせるはずだったんだが、政府とのやり取りで自由登校日は残ったんだ」
「自由登校日が単なる休日ではない、ですよね」
「その通りだ。自由登校日は己を高めるべく設けられたものだ。これはトールズとしての伝統だからな」
「なるほど……」
「自分たちで考えて、行動する、ですか」
「それにその制服だって通気性が良い素材で作られているし裏地を取れば暑さはそれほど感じないはずだ」
(それは言えてるな)
「ではHRは以上だ。アルティナ、号令を」
「はい。起立、礼」
HRを終えたキリコは格納庫で作業に追われていた。
「……………」
「キリコさん、機甲兵の整備マニュアルはあがりましたか?」
「出来ている。それにしても、ケストレルβが搬入されるとはな」
「そうですね。ケストレルβも一機だけだそうですけど」
「ケストレル系はパワーはないがスピードは現行の機甲兵の中でトップクラスだ。その分操作は重心の据わっているヘクトルより難しいからだろう」
「確かにバランサーが複雑ですからね。キリコさんは扱えるんですか?」
「扱えないわけではないが、好んでは使わないな」
キリコは端末を見ながら答えた。
「あの、すみません」
振り向くと、ミュゼがいた。
「あっ、ミュゼちゃん」
「すみません。武器の調整をお願い出来ませんか?」
「キリコさん、お願いしていいですか?」
「わかった」
キリコは作業を中断し、ミュゼの魔導騎銃をチェックし始めた。
「……………」
(すごい、時計みたいになめらかに作業している……)
「……………」
ミュゼは思わず見とれた。
「……もう少し整備をマメにやれ」
「は、はい。すみません」
「終わったぞ」
キリコはミュゼに銃を返した。
「ありがとうございました。 ふふ、なんだか嬉しいです」
「喜ぶ前に買い換えろ」
「はい。近いうちにそうします。後、お代は……」
「あっ、ミュゼちゃん。代金はいらないよ」
「そうなんですか?」
「うん。武器のチェックはそんなに手間じゃないし、無料サービスしてるんだ。近接武器を使っている人が多いですよね」
「ランディ教官が最たるものだな」
「そうなんですね……。では、少し待っててください」
ミュゼは自販機から缶コーヒーと缶ジュースを持って来た。
「こんなことしか出来ませんが、どうぞ」
「ありがとう!キリコさん、少し休憩しませんか?」
「ああ」
キリコたちは椅子に座り、休憩を取った。
「そういえばあれはなんですか?」
ミュゼはハンガーの脇にあるパーツを指さした。
「あれは私が今やっている研究だよ。ラインフォルトと共同で進めているの」
「まあ……!」
(そういえばラインフォルトの技術者がたまに来ているな)
キリコは缶コーヒーを啜る。
「キリコさんはすごいですね。機甲兵の整備から戦闘まで。それに武器やオーブメントの調整もこなしてしまうんですから」
「うんうん。ホントだよね」
「………………」
「ふふ、やっぱりキリコさんは理想の殿方ですね♥️」
ミュゼはキリコにすり寄る。
「離れろ」
「ああん、キリコさんのいけず♥️」
(ミュゼちゃん、最近積極的だなぁ。この間、何かあったのかなぁ?)
ティータはミュゼを見ながらそう思った。
その後、ケストレルβの搬入作業を終え、キリコたちは学生寮へと帰って行った。
その日の夕刻、帝都空港に三人の男女が降り立った。
「やれやれ、やっと着いたわい」
「お義父さんもご苦労様です。君も疲れたんじゃないか?」
「大丈夫よ。確かリーヴスだったわね。さっそく向かいましょう」
「待て待て。さすがに老骨に堪える。ホテルで一泊するぞ。あの子に会うのは明日でよかろう」
「何言ってんのよ。こうしてる間にもどこぞの悪い虫にあの子がたぶらかされてるかもしれないのよ」
「……やれやれ」
「心配なのはわかるけど、あの子なら大丈夫だよ。それに親しい友人もできたみたいだしね」
「うむ。特にこのキリコ・キュービィー君についてはなかなか評価が高いようじゃ。シュミットはどうでもいいが」
「ああ。技術者として尊敬していると書いてありましたね」
「だからこそよ。あの子を差し置いて優秀だなんて認められるわけないでしょ」
「かーっ、まったく視野が狭いのぉ」
「なんですって?この偏屈ジジィ」
「父親に向かってジジィじゃと!」
「喧嘩しないで。とにかく明日行きましょう。でも良かったんですか?知らせないで」
「サプライズじゃよ♪」
「ええ♪」
(やっぱり父娘だな……)
「フフフ、待っててね、ティータ♥️」
次回、原作に出ないあの家族が登場します。