英雄伝説 異能の軌跡   作:ボルトメン

51 / 77
オリジナルイベントを書きます。


残党

6月18日

 

キリコたちⅦ組特務科は朝早くからブリーフィングルームに集められていた。

 

「ったく、朝っぱらから何事だよ……」

 

「何か動きがあったようです」

 

「動きって、貴族連合軍残党の?」

 

「もしくは結社絡みかもね」

 

「いずれにせよ、忙しい一日になりそうですね」

 

(……今までのような特務活動ではないな。残党に結社の影が蠢いている今、俺たちは戦場に駆り出されることになるかもしれないな)

 

ユウナたちが憶測しあっている横でキリコは戦いの予感を感じていた。

 

(未だ目的に到達する術は見つからない。有力候補はエマ・ミルスティンのような魔女だが、協力するとも限らない。教官や先日のジョルジュ・ノームの言う黒の工房も怪しい。それらに接触するためにも、まず生き残ることだ)

 

「キリコさん?どうかしましたか?」

 

「何がだ?」

 

「いえ、その、険しい顔をされていたので」

 

「さすがのキリコも感じてるんだな。今日は今までとは次元が違うってことに」

 

「……そうだな」

 

「へーへー。頭の出来がよろしい方は違いますね」

 

「俺らなんざ所詮飾りだからな」

 

ユウナとアッシュはジト目を向けながら言った。

 

「……昨夜のこと、まだ引きずっているんですね」

 

「まあ、言い方はともかく、非があったのは間違いないし……」

 

「キリコさんも心配なさっているんだと思いますよ?」

 

そんな二人にクルトとミュゼはフォローを入れた。

 

「全員、揃っているな」

 

ミハイルたちが入って来た。

 

「総員、姿勢を正せ!統合地方軍指令のバルディアス少将がお見えになっている!」

 

「え!?」

 

「ウォレス少将が?」

 

「──ああ、楽にしてくれて構わない」

 

ブリーフィングルームに褐色の韋丈夫が入って来た。

 

「統合地方軍指令のウォレス・バルディアスだ。お初にお目にかかるな、新Ⅶ組。クロスベルからの留学生にヴァンダールの剣士に黒兎。ラクウェルの悪童にイーグレット伯爵家のご令嬢。なかなかの粒揃いだな」

 

「っ!」

 

「僕たちのことを……」

 

「お久しぶりです」

 

(黒旋風……ルグィン並みにヤベェな……)

 

(ふふっ、分校長と互角の実力者ですから)

 

ユウナたちが驚くなか、ウォレス少将はキリコと目が合う。

 

「そして久しぶりだな、キュービィー」

 

「ええ」

 

かつて殺し合った二人が互いに挨拶を交わした。

 

 

 

「お前の活躍は聞いている。先日、オーレリア閣下から見事勝利を得たそうだな」

 

「勝利と呼べるものでもありません。実質負けていましたから」

 

(キリコ君とウォレス少将ってそんなにギスギスしてるわけじゃないのね)

 

(僕たちにはわからない絆みたいなのがあるんだろう)

 

「フッ、俺のヘクトルを行動不可にまで追い詰めた男にしては謙虚だな」

 

(アッシュさんみたいですね)

 

(チッ!)

 

(ふふ、まあまあ)

 

「……ゴホン。少将、そのくらいで……」

 

長引くと判断したミハイルが止めた。

 

「ああ、すまんな。さっそくだがⅦ組特務科。君たちに手伝いを頼みたい」

 

「手伝い……」

 

「貴族連合軍残党の拘束ですね」

 

「まあ、今はそれしかねぇよな」

 

「口を慎め、カーバイド候補生」

 

ミハイルはアッシュを咎めるが、ウォレス少将は手で制す。

 

「いい。お前の言うとおり、我々は残党を拘束したい。理由はわかるな?シュバルツァー」

 

「明日、帝国領邦会議が行われるからですね?」

 

「そうだ。言うまでもないが、領邦会議は貴族にとって重要な意味を持つ。仮に開催が潰れればその影響ははかり知れん。最悪、全ての貴族が無能の烙印を押されるだろう」

 

「それ、ヤバいじゃないですか!」

 

「ヤバいなんてものじゃない。そうなればラマール州だけでなく、クロイツェン、ノルティア、サザーラントに住む貴族の領地は全て政府に取り上げられるだろうな」

 

「それも、内輪の揉め事ならなおさらでしょうね」

 

「元伯爵だからわざと見逃してたってイチャモンつけられてもおかしかねぇからな」

 

「政府ならそう言うかもしれませんね……」

 

「……我々もそう見ている」

 

ユウナたちの言葉にウォレス少将も同意した。

 

「そのためにも連中は何としても捕らえたい。結社の影がちらつく今、そちらばかりに気を取られるわけにはいかん。シュバルツァー以下6名に作戦参加を頼みたい。無論これは要請ではない。断ることも可能だ」

 

『……………』

 

ユウナたちはそれぞれ、無言で頷き合う。

 

「教官」

 

「ああ」

 

リィンはウォレス少将の方を向いた。

 

「Ⅶ組特務科、作戦に参加します」

 

「そうか……。だが、いいのか?君たちは……」

 

「あたしたち、貴族派でも革新派でもありませんから」

 

「オリヴァルト殿下もおっしゃっていました。僕たちが正しいと思う道を歩んでほしいと」

 

「何が正解なのかはわかりかねます。ですが、間違っているかどうかもわかりません」

 

「俺らの邪魔すんなら戦うまでだ」

 

「貴族の端くれとして、何よりⅦ組の一員として見過ごすことはできません」

 

「面倒事は片付けるに限るからな」

 

「まったく……」

 

ミハイルは諦めきった表情を浮かべる。

 

「わかった。期待させてもらう。となると、残りは猟兵か……」

 

「それにつきましては、報告があります。キュービィー候補生、説明しろ」

 

「わかりました」

 

キリコは昨夜シャーリーからもたらされた情報を語った。

 

「なるほど。猟兵に見切りをつけて自分たちだけで事を起こそうとしているのか。愚かとしか言い様がないな」

 

「実質自分の首を絞めているようなものですね」

 

「では、赤い星座やニーズヘッグが出て来ることはないんだな?」

 

「おそらくは。むしろ、排除してほしいように聞こえました」

 

「猟兵をなめた報いを与えるためか、結社の実験とやらのためか」

 

「現時点で結論を出すのは難しいですね」

 

「それについては後で考えよう。それで少将、我々はどうしたら?」

 

「Ⅶ組には北ランドック峡谷道とロック=パティオを重点的に捜索してもらいたい」

 

「俺らの負担デカくねぇか?」

 

「……やはり、人数は割けませんか」

 

「ああ、すまない。オルディスの警備にアウロス海岸方面も見なくてはならないからな。……実を言うと、今回のは統合地方軍独自の案件だと思ってくれていい」

 

「独自の?」

 

「バラッド侯に通していないんですか?」

 

(大方、放っておけとでも言われたんだろう)

 

(おそらく。いえ、間違いないなく)

 

キリコとミュゼは案件の理由を推察した。

 

「話はわかりました。ですが、現地貢献の依頼についてはどうすれば?

 

「それについてはこちらで用意した。依頼者も午後に来てくれれば構わないそうだ」

 

ウォレス少将は封筒をリィンに渡した。

 

「確かに。では行って参ります」

 

「頼んだぞ。亡霊どもの眼を覚まさせてやってくれ。女神の加護を」

 

リィンたちⅦ組はラクウェルを目指して出発した。

 

 

 

ラクウェルに到着したⅦ組はイカロスマートで準備を終え、出発しようとしていた。

 

「さっき通って来たが、それらしいのはいなかったな」

 

「まあ、これ見よがしに現れるとは思えませんが」

 

「やっぱり北ランドック峡谷道の方にいるのかな?」

 

「あ、あの……!」

 

「ん?」

 

振り向くとイカロスマートの店員のリーファが声をかけて来た。

 

「えっと……リーファちゃんだよね?」

 

「は、はい!」

 

「どうかしたのかい?」

 

「えっと……その……。皆さん、北ランドック峡谷道へ行かれるんですか?」

 

「うん、そうだけど……」

 

「あの……見間違いかもしれないんですけど……」

 

「何か見たのかよ?」

 

「はい……お仕事の帰りなんですけど、軍服を着た人たちが北の方へ走って行くのを見たんです」

 

「北へ?」

 

(教官)

 

(おそらくな……)

 

「あ、あの……?」

 

「ああ、ありがとう。さっそく向かってみるよ」

 

リィンは北ランドック峡谷道へ向かうことにした。

 

 

 

「…………………」

 

リーファはリィンたちの背中を見つめていた。すると、不意に声をかけられた。

 

「連中は行ったか?」

 

「…………はい」

 

「フッ。計画どおりだな」

 

「あ、あの……」

 

「フン、ミラなら後で持って来てやる。お前は言うとおりにしていればいい」

 

「………………はい」

 

リーファはうなだれた。

 

「………穢らわしい混血が……!」

 

「……っ!」

 

声をかけてきた男はそう言い捨ててリィンたちと真逆の方向へ去って行った。

 

「……………ごめんなさい……」

 

リーファはその場にへたりこんだ。

 

 

 

「全員、止まれ」

 

峡谷道に出てすぐにリィンはそう指示した。

 

「教官?」

 

「……さっきのあの子の話、どう思う?」

 

「あの子……リーファさんですか?」

 

「リーファちゃんがどうかしたんですか?」

 

「ハッ、おめでたいやつだな」

 

「なんですって!」

 

ユウナは憤慨するが、アッシュは構わず続ける。

 

「なんか出来すぎてねぇか?」

 

「出来すぎてるって……まさか!?」

 

「ああ。あのリーファとやらが俺たちを嵌めようとしているのかもな」

 

「確かに、思い返せばタイミングが良すぎる」

 

キリコの指摘にクルトも同調する。

 

「ま、待ってよ!リーファちゃんがなんであたしたちをダマそうとすんのよ!」

 

「正確にはリーファさんにそう指示した方が、でしょうか」

 

「間違いなく残党だろうな」

 

「ですが、どうしてでしょうか?」

 

「ミラだろうな。あいつの母親は確か病気だかで寝込んでいるはずだ」

 

「実質人質というわけか」

 

「全てつながりましたね……」

 

「ひどい……!」

 

「なんてやつらだ……!」

 

真相にたどり着き、ユウナとクルトは今までにないほどの怒りを滾らせる。

 

「とにかく、急いでロック=パティオへ向かおう」

 

「ですが、北ランドック峡谷はいかがしますか?」

 

「それは……」

 

「──話は聞かせてもらったわ」

 

振り向くとサラが立っていた。

 

「サラさん!」

 

「昨日ぶりね。それより、早く行きなさい」

 

「サラ教官……」

 

「お一人で大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫よ。ほら来た」

 

サラの指差す方から金髪の青年が走って来た。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…。やっと追い付いたぜ」

 

「トヴァルさん!」

 

「よう、リィン。ちゃんと会うのは久しぶりだな」

 

リィンはトヴァルと握手した。

 

「この人は……」

 

「トヴァル・ランドナー。零駆動の異名を持つA級遊撃士です」

 

「兄上から聞いたことがある。アーツにおいては達人とされる……」

 

「ハハッ、そこまで大したモンじゃねぇよ」

 

「ではサラ教官はトヴァルさんと」

 

「ええ。こっちは任せなさい。直にアガットも来るでしょうから」

 

「アガットさんもですか!」

 

「ティータさんの恋人ですね♥️」

 

「そこに反応すんじゃないわよ」

 

ユウナはミュゼに呆れた。

 

「わかりました。お気をつけて」

 

「そっちも気をつけなさい」

 

「はい。アッシュ、ここから行けるのか?」

 

「ついて来な。地元しか知らねぇ道がある。ギリギリまで気づかれねぇだろ」

 

アッシュを先頭にⅦ組はロック=パティオへ急いだ。

 

 

 

「ようやく実行に移せますな」

 

「ああ」

 

一方、ロック=パティオでは貴族連合軍残党がチャールズ・ジギストムンドと副官により着々と体勢を整えていた。

 

チャールズ・ジギストムンドはかつて、キリコに討たれたヴェイン・ジギストムンドの遺児である。

 

内戦後、ヴェインの犯した罪が露見。

 

爵位剥奪、多額の賠償金の支払い、オルディスからの永久追放の処分を受けジギストムンド伯爵家は崩壊した。

 

遺された者たちの衝撃は大きく、チャールズの母親は精神を病んだ末、自殺。

 

怒りと悲しみに囚われたチャールズは一族の隠し財産や支援者からの資金を使い、放逐された領邦軍兵士や装備をかき集め、政府への復讐を企てた。

 

さらに狂気にも拍車がかかり、政府に尻尾を振る(と思っている)貴族たちも不要の存在だとして、粛正することも決断。

 

何よりチャールズには為し遂げねばならない事があった。

 

自分たちをこんな目に遭わせた存在を地獄の底に叩き落とし、永久に消滅させる。

 

すなわち、キリコの抹殺である。

 

 

 

「いよいよですな」

 

「そうとも。我々貴族の本分を忘れた愚か者ども。サルの分際で政府を名乗り権力を得た平民ども。やつらを消し去り、真の帝国に甦らせる」

 

「そしてあやつですか……」

 

「そうだ!我々にこのような生き地獄を味わわせてくれたあの悪魔を殺す!やつは我が一族を蔑ろにしたばかりか母上を殺した!お前たちもそうだろう!大切なものを奪われ、殺され、侵された!」

 

『おっしゃるとおりです!!』

 

チャールズの怒号混じりの言葉に兵士たちは声を荒げる。

 

「そやつだけではありません!浮浪児の分際で図々しくも騎士を名乗るリィン・シュバルツァーと他の者共。さらに政府の手先と化した分校とやらも同罪です!」

 

「分を弁えぬ者共に正義の鉄槌を!」

 

「やつらに惨たらしい死を!」

 

「殺せ!殺せ!殺せ!」

 

 

 

「………とてつもないな」

 

「まさに狂信者ですね」

 

「何だか、気持ち悪い……」

 

「無理もない。復讐に囚われ過ぎて何も見えなくなっているんだろう」

 

「集団心理か」

 

「ええ。もはや歯止めがどうという問題ではありませんね」

 

アッシュの先導で山道をひたすら突き進んだリィンたちは貴族連合軍残党の陣の裏側にたどり着いた。

 

体力を回復している間、チャールズたちの決起を眺めていた。

 

「つーか、てめえも拾われ子だったのかよ?」

 

「……ああ。俺はシュバルツァー男爵家に養子として拾われたんだ」

 

「教官……」

 

「俺の義父、テオ・シュバルツァー男爵が大雪の日に倒れてた俺を保護してそのまま養子にしたんだ」

 

「…………」

 

「だが、身元もわからない子供を養子にしたことで父さんは一部の貴族から云われない誹謗中傷を受けた。それ以来父さんは社交界から姿を消し、二度と出なかった」

 

「そんなことが……」

 

「じゃあ、エリゼさんは……」

 

「ああ。当然血の繋がりはない。エリゼもその事にかなりショックを受けていてね、俺がトールズ本校に入学するまで気まずいというか、よそよそしかったというか」

 

「アニキが血の繋がりのねぇ他人って言われりゃな」

 

「俺も俺で爵位を継ぐつもりはまったくなくてな。その事で揉めてしまったこともあるくらいさ」

 

「……帝国法では爵位継承は養子であっても可能です。それだけ貴族の数が少ないからでしょうが」

 

「アンタは知ってたの?」

 

「……はい。エリゼ先輩、教官に暴言を吐いてしまったこと、後悔されてましたから」

 

「そうか。今さらながら悪いことをしてしまったな……」

 

「……今さらですね」

 

「本当ですよ!」

 

「お気持ちはわかりませんが、言葉は選ぶべきかと」

 

新Ⅶ組女子は総出でリィンにジト目を向ける。

 

「あはは……そうだな。さて、休息も終わりだ。向こうが集まっているうちに一気に叩く」

 

『イエス・サー』

 

 

 

「では諸君、『浄化の鉄槌作戦』は明日の明朝に開始する。帝国の歪みは我々が……」

 

「───その歪みが自分たちだってわからないのか?」

 

リィンたちは崖を降り、兵士たちの前に駆けつけた。

 

「貴様らは……!」

 

「北ランドック峡谷へ行ったのではなかったのか!?」

 

「思わぬ助っ人が現れてね。少々遠回りだが間に合ってよかった。さて──」

 

リィンは太刀の切っ先をチャールズに向ける。

 

「チャールズ・ジギストムンド、並びに貴族連合軍残党。騒乱の容疑で拘束する。大人しく降伏すれば危害は加えない」

 

「だ、黙れっ!」

 

「貴様、無礼であるぞ!」

 

「浮浪児の分際で騎士を名乗りおって!」

 

「恥さらしのシュバルツァー男爵も同罪だ!」

 

「っ!」

 

リィンは歯を噛み締める。

 

「い、いい加減に……!」

 

「よせ。馬鹿には何を言ってもわかるはずがない」

 

キリコがユウナを制し、前に出る。

 

「な、なんだ貴様は!」

 

「待て、あの青い髪は……!」

 

「もしや……」

 

キリコの顔を見て、兵士たちに動揺が広がる。

 

「貴様か!貴様が父上を!」

 

「そうだ。ヴェイン・ジギストムンドは俺が殺した」

 

「貴様がっ!!!」

 

「やつは俺が住んでいた村を焼き払い、村人全員を殺した。俺はその仇を討った。それだけだ」

 

「黙れっ!!」

 

「そして戦争に負けたお前たちは対価を払った。この上さらに戦争がしたいか」

 

「黙れっ!!」

 

「惨めだな」

 

「黙れ!黙れ!黙れ!貴様だけは許さん。八つ裂きにして、灰にして、畜生のエサにしてくれるっ!!」

 

「……っ!」

 

「な……何なの……この人……」

 

「完全にイカれてやがる……」

 

「キリコへの憎しみしか頭にないのか……?」

 

(異常なほどの憎悪……まさかこれが?)

 

ユウナたちはチャールズの憎悪に息をのんだ。

 

「──渇!」

 

リィンが太刀を構え、気合いを入れる。

 

「なっ!?」

 

残党の兵士たちは戸惑った。

 

「……アンタたちの言うとおり、俺は拾われた浮浪児だ。貴族ですらない。だがな……」

 

リィンはチャールズたちの目を見据える。

 

「父さんと母さんは俺を息子と呼んでくれた。義妹も俺を兄と呼んでくれる。俺を家族として見てくれている。その家族をバカにするのは許せない!」

 

「リィン教官……!」

 

ユウナたちは気合いを入れ直し、得物を構えた。

 

「アンタたちはここで全員拘束する。Ⅶ組特務科、戦闘開始!」

 

『イエス・サー!』

 

 

 

残党の兵士たちは数では完全に勝っていた。

 

だが、日夜鍛え上げられ、かつ実力者や人外と交戦した経験はⅦ組特務科の確かな糧になっていた。

 

物理攻撃、アーツ、クラフト技、戦術リンク。それらの質は数の差をはねのけるのに十分だった。

 

ユウナたちは残党の兵士たちの大半を戦闘不能にすることに成功した。

 

「ば、バカな……!」

 

「憎しみに囚われ過ぎて剣も鈍り陣形もバラバラ。今のアンタたちなら撃ち破るのは難しくない」

 

「数の多い方が勝つとは限りません」

 

「グッ……クソォ!」

 

副官はサーベルを握りしめリィンに斬りかかる。

 

「……ハッ!」

 

リィンは太刀の峰で副官を気絶させる。

 

「お見事です」

 

「ああ。後は……」

 

リィンはチャールズの方を向く。

 

「こ、こんなはずでは……」

 

チャールズは目の前の光景を信じることができなかった。

 

「あり得ぬ。あり得てたまるかっ!」

 

チャールズは懐から拳銃を取り出した。

 

「これでも…………ぐあっ!?」

 

キリコは早撃ちでチャールズの拳銃を弾き飛ばす。

 

「観念してください。もはやここまでです」

 

「黙れっ!穢らわしい平民風情がっ!」

 

「……だそうだが?」

 

「この際どうでもいいです」

 

チャールズの暴言もミュゼはサラリと流した。

 

「く、来るなっ!私を誰だと……」

 

「あなたの爵位はとうに剥奪されています。今のあなたは貴族を名乗るテロリストに過ぎません」

 

「言ってみりゃ、俺らと同じ平民なんだよ」

 

「わ、私は……ガッ!?」

 

「少し黙れ」

 

キリコはチャールズの腹部に蹴りを叩き込む。

 

「き、貴様……。貴様だけは許さん。た、たとえ煉獄に逝こうとも、貴様を呪い続けて……!」

 

「……………」

 

キリコは再度蹴りを叩き込む。

 

「き……貴様……に……破滅……を………!」

 

「……………」

 

「ぐふっ……」

 

三度目の蹴りをくらい、チャールズは意識を手放した。

 

「やっとおねんねしたか」

 

「…………………とうにわかりきっていることだ」

 

「え………」

 

「俺が天国などに逝けるはずがない」

 

「キリコさん……」

 

「………とりあえず全員を拘束する。ユウナ、クルト、そこのテントからロープかワイヤーを持って来てくれ」

 

「わかりました──」

 

【そうはいかぬ!】

 

『!?』

 

突然怒号が響いた。

 

「来たようです!」

 

「らしいな」

 

崖の方を向くと、5機の機甲兵が現れた。

 

「ドラッケン4機にシュピーゲル1機か」

 

「すべて旧式のようです」

 

「裏のルートで入手したんだろうな」

 

【貴様ら、なぜ邪魔をする!我々貴族が創り出す真の帝国をなぜ否定する!】

 

「笑わせないでください!」

 

ミュゼが残党兵士の言葉をピシャリと切る。

 

「貴族がではなく、ジギストムンドに従う者たちによる、でしょう。そんなものが真であるという道理はありません」

 

【貴様……!】

 

「挙げ句にテロ行為を働き、帝国貴族の名と誇りに泥を塗りたくる所業。もはや許されることではありません。恥を知りなさい!」

 

【小娘が……!死ねぇぇぇっ!】

 

「ミュゼ!」

 

ドラッケンは刺突の体勢をとる。すると──

 

 

 

「───無礼者が」

 

 

 

突然、ズドンという音が鳴る。その直後、ドラッケンは崩れ落ちた。

 

【なっ!?】

 

「あれは……!」

 

そこには、大槍を携えた褐色の男がいた。

 

【貴様は……!】

 

【黒旋風!?】

 

「うおおおおおっ!!」

 

ウォレス少将は次々にドラッケンを倒していった。

 

「す、すごい……!」

 

「バルディアス流槍術。達人の名に偽り無しだ」

 

リィンたちが見とれる中、ウォレス少将は最後のシュピーゲルを打ち倒した。

 

【う、ううう………】

 

「命までは取らん。降伏しろ】

 

【わ、わかった………】

 

「よし。全員を捕らえろ!」

 

『イエス・コマンダー!』

 

ウォレス少将の命令の下、残党兵士たちは次々と連行されて行った。

 

「無事のようだな」

 

「ええ。ありがとうございました、少将」

 

「何、海岸方面の処理が早く済んだのでな。急いで来た甲斐があったというものだ」

 

「音に聞こえしバルディアス流。しかと拝見させていただきました」

 

「フフ、君のヴァンダール流ほどでもない。それに彼の槍術に比べればな……」

 

「?」

 

「少将……」

 

「まあいい。それよりチャールズ・ジギストムンドを連行する。引き渡してもらえるか?」

 

「よろしくお願いいたします」

 

「承った」

 

ウォレス少将はチャールズを運ぶよう指示を出した。

 

「シュバルツァー、そしてⅦ組の諸君。今回は助かった」

 

「いえ、お役に立ててよかったです」

 

「そう言ってもらえるとありがたい。我々は調査があるからもう少しここに残る。君たちはどうするんだ?」

 

「我々はラクウェルで休息を取った後、オルディスへ戻ります」

 

「そうか。気をつけて行くようにな」

 

リィンたちはウォレス少将と別れた。

 

「さてと、これで終わったわね」

 

「あ?まだ残ってんだろ」

 

「え?」

 

「………リーファさん、ですね?」

 

「あ………」

 

ユウナの顔が沈む。

 

「とにかく、話を聞こう。おそらく、彼女も仕方なくやったんだろうから」

 

「では参りましょう」

 

Ⅶ組はラクウェルへと急いだ。

 

 

 

「ごめん……なさい………!」

 

ラクウェルに着いたⅦ組は北門でうつむいて立っていたリーファを見つけた。

 

リーファは抵抗もせず、ただ震えていた。

 

そこでリーファの実家へ行き、話を聞くことにした。

 

また、男がいては話づらいだろうとリィンたちは席を外し、先に演習地へ向かった。

 

ユウナたち女子の尽力でようやく落ち着いたリーファは開口一番に謝罪を口にした。

 

「リーファさん……」

 

「やっぱり……脅されていたの?」

 

「はい……お母さんの薬代が必要で……」

 

「……………」

 

「でも……どうしてリーファちゃんを………」

 

「それは……」

 

リーファは震えながら言葉を紡いだ。

 

「私が……ジギストムンド伯爵の……子ども……だから……です」

 

「え………?」

 

「子ど……も……?」

 

「私のお母さんはジギストムンド伯爵家でメイドをしていました。ある日、伯爵に見初められ、お母さんは愛妾という立場になりました。ですが、お腹に私がいることを知った伯爵家はお母さんに暇を出しました」

 

「暇って、追い出したようなものじゃない!」

 

「あり得ません」

 

「…………………」

 

ミュゼは拳を握りしめる。

 

「お母さんは私を育てながら働きました。幸い近所の人たちや教会のシスターが私を預かってくれることが多かったので、二人で生きて行くにはなんとかなりました。でも……」

 

リーファは一呼吸おいた。

 

「でも1年前にお母さんの体調が悪くなり、オルディスの保養所に入ることになりました」

 

「保養所?」

 

「元々はどこかの貴族が所有していた屋敷なんですが、内戦の後に犯罪が発覚して追い出されて、残った屋敷は保養所として利用されることになったそうです」

 

「はい。ですが、お金がとてもかかります。だから私は働くことを決めました」

 

「それでお店に?」

 

「はい。母の伝手でイカロスマートで働かせてもらえることになりました。でも数日前……」

 

リーファは体を硬直させる。

 

「私が店番をしていた時、その……義兄が……やって来ました。向こうは私にあることを命じました。それは、キリコさんを誘き寄せるためでした。嘘を言って真逆の方へ誘導しろと……」

 

「でも、どうして……」

 

「おそらく、キリコさんを精神的に痛めつけようとしたんだと思います。仲間に手を出されて折れさせようと考えた、そんなところでしょうか」

 

「むしろ、キリコさんの怒りが燃え上がると思います」

 

「最初はもちろん断りました。そしたら、お母さんがどうなってもいいのかと言われました」

 

「最低ね……」

 

「女の敵です」

 

「結局私はお金を取るしかありませんでした。本当にごめんなさい……」

 

「リーファさん……」

 

「お願いです。私をジュノー海上要塞に連れて行ってくれませんか?」

 

「ジュノー……」

 

「自首するために?」

 

「えっ……」

 

リーファの両目から涙が溢れる。

 

「私は……とんでもないことをしました。だから……」

 

「リーファちゃん!」

 

ユウナは声を上げ、抱きしめた。

 

「リーファちゃんは何にも悪くない!悪い人たちはみんな捕まったからもう怯えなくていいんだよ!」

 

ユウナの目から一筋の涙が伝う。

 

「大丈夫よ。あたしが説得するから。ユーシスさんにアンゼリカさんにパトリックさんも知り合いだからなんとかなるわ」

 

ユウナは笑顔を作り、リーファの頭を撫でる。

 

「………リーファさん」

 

「は、はい……」

 

「あなたはどうしたいですか?」

 

ミュゼは真剣な目を向ける。

 

「償いたいですか?」

 

「………はい、償いたいです!」

 

「なんでもしますか?」

 

「なんでもします!だから……だから……お母さんを……!」

 

「ちょっと、ミュゼ!?」

 

「ふふ、大丈夫ですよ。私に考えがあります」

 

「考え?」

 

「リーファさん、うちに来ませんか?」

 

「え……?」

 

「ミュゼの実家に?」

 

「はい。実はもう一人メイドの雇おうかと話しているそうです。セツナさんも人手がほしいとも言っているので」

 

「なるほど」

 

「ミュゼのお爺さんならなんとかできそうね」

 

「はい、きっとわかってくださいます。アルティナさん、教官に連絡を。急用でオルディスに向かうと」

 

「了解しました」

 

ミュゼはリーファの手を取る。

 

「貴女のお母様についても実家の方でなんとかします。リーファさん、うちで働きませんか?」

 

「いいんです……か……?」

 

「もちろんです」

 

「あ……ありがとう……ございます!」

 

ミュゼはリーファを優しく抱きしめる。

 

「もう貴女に辛い思いはさせません」

 

「うぅ……グスッ……ヒグッ……!」

 

「良かった、良かったね」

 

「これで一安心ですね」

 

ユウナたちはリーファが落ち着くまでそこにいた。

 

 

 

「そうか。あの子はイーグレット伯爵家に……」

 

リーファをイーグレット伯爵家に送り届けたユウナたちの報告を聞いたリィンは頷いた。

 

「あの……それで教官……リーファちゃんのことは……」

 

「わかっている。このことは俺の胸の中にしまっておく」

 

「ありがとうございます」

 

「とりあえず、一件落着ってことか」

 

「ああ。お疲れ様」

 

「あ、後そうだ。キリコ君に伝言」

 

「?」

 

「リーファちゃんから、呪縛から解き放ってくれてありがとうございましたって」

 

「そうか」

 

キリコはいつもの調子を崩さなかったが、心なしか笑って見えた。

 

(ふふっ、キリコさん……なんだか……)

 

「とりあえず、どこかでランチにしよう。依頼はその後で──」

 

「リィン!」

 

振り向くとユーシスが立っていた。

 

「ユーシス?どうしたんだ?」

 

「ミリアムを見なかったか?」

 

「ミリアムさん、ですか?」

 

「すまないが、俺たちは午前中はラクウェル方面に行ってたんだ」

 

「報告は聞いている。貴族勢力の尻拭いをさせてしまったな」

 

「お気になさらず。あたしたちもほっとけませんでしたから」

 

「すまん」

 

ユーシスは礼を言った。

 

「それで、ミリアムだったな。どうかしたのか?」

 

「実は、昨日の午後から結社を情報を集めて来ると言ったまま姿が見えなくてな」

 

「結社の情報?」

 

「いねぇってことは取っ捕まったんじゃねぇのか?」

 

「ちょっと、アッシュ!」

 

「何をしているんですか、あの人は」

 

アルティナを表情に呆れが浮かぶ。

 

「わかった。ミリアムのことは調べてみる。そっちも頑張ってくれ」

 

「ああ、任せるぞ」

 

ユーシスは戻って行った。

 

「ユーシスさんも大変なんですね」

 

「代行とはいえ領主だからな。未だにユーシスを軽く見る貴族たちもいるらしいしな」

 

「教官と年齢が同じならなおさらかもしれませんね」

 

「とにかく、まずは腹ごなしにしよう。ミリアムの捜索と依頼は並行してやるぞ」

 

「了解しました」

 

リィンたちは午後の予定を決め、港湾区の船員酒場へ入って行った。




次回、ブリオニア島へ向かいます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。