七耀暦1206年 3月31日
キリコとミュゼがトールズ第二分校に入学する前日。
[キリコ side]
俺は送られてきた物を見つめていた。入学許可証や日程表はいいとしても、問題は制服だった。
自分とミュゼの物とで見た目が違うのだ。
また、ミュゼの制服には明確に[主計科]とあるのに、自分の制服には何もなかった。
一応オーレリアに問い合わせてみるが、「入学式になれば分かる。」とはぐらかされた。
さらに、妙な機械が入っている。
蓋のところに《ARCUSⅡ》と銘打ってある。どうやら新しい戦術導力器《オーブメント》らしい。
俺が内戦時に使っていた戦術オーブメントははっきり言って時代遅れの中古品だ。
この戦術オーブメントというやつは普通、軍隊や警察、遊撃士(ブレイサー)のような資格を持った者や、猟兵団(イェーガー)のような戦闘を生業とする連中が所持している物で、一般人が手にする事はまずない。
俺は偶々交換屋でUマテリアル10個と引き換えに手に入れた代物だ。
だが、俺自身は導力魔法(アーツ)ではなく単に身体能力の底上げが目的なので何の問題はない。
その後、俺はバッグに当面の着替え、アーマーマグナムとナイフとグレネード等の武器弾薬、中古品の戦術オーブメント、身体能力底上げのクォーツ数個、第9機甲師団時代に稼いだミラ、本やコーヒーメーカーなどの私物を詰め込んだ。
ミュゼはさすがに時間が掛かったのか疲れた表情をしていたが。
俺たちが一階に降りると、シュザンヌ婦人が微笑みながら待っていた。
「今夜はご馳走よ。二人とも、席についてちょうだい」
「はい」
「はい、おばあさま」
俺たちが席に着くと、テーブルいっぱいに料理が並べられた。全員が席に着くと、エイドスに祈りをささげる。
俺は祈るフリをしながら目を閉じる。
神というものを信じない俺にとってこの瞬間は苦痛でしかない。
だがそれを口にするほど愚かでもない。
祈りを終え、伯爵は「さぁ、今夜はミュゼとキリコ君のお祝いじゃ。皆で二人の門出を祝おうではないか」と音頭をとった。
「まぁ♥️おじいさまったら」
「ごめんなさいね、こんな時に。キリコさん、遠慮しないで沢山食べてくださいね。」
「はい」
遠慮せずとも食べるつもりだ。
俺はアストラギウスにいた頃から食事に関してはあまり関心がなかった。
さすがに砂モグラのようなゲテモノは別として、食べられれば味は二の次だった。
だからクメンでフィアナが拵えた料理を食べた時、味の違いに驚いたものだった。
向こうで一旦死に、こっちに生まれ変わってから俺の食生活は向こうでは考えられないほど充実している。
幾分かは舌が肥えたかもしれない。
もっとも、向こうが酷すぎたとも言えるが。
満腹になり、部屋で休んでいると、ノックの音が聞こえた。
俺が「どうぞ」と言うと、入って来たのはミュゼだった。
「キリコさん、少しよろしいでしょうか?」
「あぁ」
「この間の事、本当にごめんなさい!」
「何のことだ?」
「キリコさんの気持ちも考えずに強引に誘う様な真似をしてしまって…」
「気にしなくていい」
「いいえ!こうでもしなくては私の気が済みません。かくなるうえは、私ここで……」
(茶番は、まだ続くのか?)
「でも……キリコさんは望みませんよね。私のような小娘なんかに……」
「…………」
「何もおっしゃらないでください。私はただ、お側にいるだけでいいんです♥️」
「…………」
「ですから…その……」
「…………」
「その………」
「………」
「………」
「あの…何かおっしゃってください…。放置されるのは辛いので…」
「……結局、何が言いたいんだ?」
「あ、あのその……」
「何もないなら早く寝ろ。明日は早いぞ。」
「へ?は、はい。お、お休みなさい……」
「あぁ」
ミュゼが出て行った後、俺はすぐに寝た。
明日は大陸横断鉄道を始発で出なくてはいけないからな。
[キリコ side out]
その夜
「うぅ、キリコさんにあんなこと言っちゃいました…。私、どうしてしまったんでしょう?それにこの気持ち、これはいったい……?」
ミュゼはなかなか寝付けなかった。
七耀暦1206年 4月1日
朝、太陽が顔を出して間もない頃、キリコとミュゼはオルディス駅前にいた。
本来なら導力リムジンでリーヴスを目指すのだが、ミュゼたっての希望で大陸横断鉄道で向かうことになった。
オルディス駅前にはミュゼの出発を見送ろうと、北区の住民が集まっていた。
イーグレット伯爵の人望か、カイエン公爵家の影響か、ミュゼの慕われようはキリコには少し眩しく映った。
「ミュゼ、頑張るんじゃぞ。」
「お手紙、書いてちょうだいね。」
「お嬢様、やはり私も…」
「おじいさま、おばあさま、頑張ります。お手紙も書きますわ。セツナさん、貴女がいなくなってはおじいさまたちが困りますわ。」
最後に、イーグレット伯爵とシュザンヌ婦人、セツナがミュゼを抱き締めて別れを告げる。そしてキリコの方を向いて、
「キリコ君、孫娘を頼むぞ。それと一年間楽しかったよ。ありがとう」
「キリコさん、私からもお礼を言わせて。本当にありがとう」
「キリコ様、体にお気をつけて。」
と頭を下げる。
「はい、お世話になりました」
そうこうしている内に、列車が到着した。
ミュゼは発車時刻ギリギリまでホームでイーグレット伯爵たちとの別れを惜しんでいたが、発車ベルが鳴り、列車に乗り込んだ。
「暫しのお別れです。それでは、いって参ります。」
「えぇ、いってらっしゃい。」
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
「うむ、しっかりやるんじゃぞ。」
ドアが閉まり、列車はリーヴスを目指してゆっくり動き始めた。
[キリコ side]
俺とミュゼがオルディスを出てかれこれ二時間が経った。俺たちは朝食にと、持たせてくれたサンドイッチを食べていた。
「フフフ、美味しいですね。それにしても、どんな所なんでしょうね?」
「オーレリアによると、貴族や外国人などの訳ありの者が入学するらしい。」
「なるほど……(やはり、政府の意向のようですね。)」
「………」
「キリコさん、私の素性についてですが…」
「わかっている」
「あ……」
「言いふらすつもりはない」
「ありがとうございます。流石に面倒な事になりそうなので。」
「そうか」
「あ、後キリコさん。オーレリアなんて呼び捨てはダメですよ。きちんと分校長とお呼びしなくてはいけませんよ?」
「……あぁ」
「なんですか、今の間は」
さらに二時間後、列車はようやくリーヴスに到着した。
「ここがリーヴスか」
「えぇ、いい街ですね。教会に食堂にカフェ。雑貨屋にブティックもありますね。あら?放送局もあるようですね」
(なるほど、それなりに充実しているな)
「それにしても、先ほどのピンク色の髪の方の着ていた制服、キリコさんのに似ていましたね?」
「あいつもそうだな。」
そう言って俺は、中性的な青い髪の男子生徒を指さした。
「もしかすると、キリコさんのクラスメートかもしれませんね」
「そうかもしれないな」
「あの…」
「ん?」
「あら?」
そこにいたのはミュゼよりも年下の女子生徒だった。
白い髪でどことなく儚げな印象だった。
この生徒も俺と似たような制服を着用している。
「すみません、黒い髪で太刀を差している男性を見ませんでしたか?」
太刀…カルバードよりも東の地で使われている片刃の剣だったか。
確かこっちでは武器ではなく美術品として扱われてるようだが。
「見覚えがない」
「ごめんなさい、私もです」
「そうですか……」
そう言って女子生徒は何やらぶつぶつ言いながら分校へ歩き出した。
そろそろ行くか、そう思ってミュゼを見るとなぜか笑っていた。
「どうした?」
「ウフフ。キリコさん、なかなか楽しい学生生活になりそうですね♪」
何かが視えたらしい。
俺は頭をよぎった嫌な予感を振り切り、校舎に向かって歩き出した。
「貴様、その態度は何だ!」
何やら校門の前が騒がしい。
そこには、茶色い髪のチンピラのような男子生徒に金髪の軍人が説教をしていた。
(あの軍服、見覚えがある。確か鉄道憲兵隊の…)
「なーんすか?俺に何か問題でも?」
「大有りだ!態度、制服、言葉づかい。それが目上の者に対する態度か!?」
「ワカリマシタ、コンドキヲツケマース」
「待てっ!話はまだ…」
「それよりいいんですか?後ろ、来てますよ?」
「クッ…まあいい。そこの二人、入学許可証を提出しろ。」
切り替えの早さに関心しつつ、俺たちは入学許可証を提出した。
「確かに。《主計科 Ⅸ組》 ミュゼ・イーグレット。そして、《Ⅶ組 特務科》 キリコ・キュービィー。両名をトールズ第二分校生と認める」
こいつ、今何と言った?
「すみません。今、特務科とおっしゃいましたか?」
「あぁ、それについては入学式で説明がある。お前たちはこの先のグラウンドで待機しているように。」
まったく答えになってないが、言われるまま、俺たちはグラウンドを目指した。
「どうやら別々のクラスのようですね。」
「あぁ」
(訳ありばかりの生徒を集めたトールズ第二分校。ここにいる全員が未来に希望を持っているのだろう。だが、俺にとっては違う。この体に眠る異能を消すための長く、あてのない戦いの始まりでしかない)
[キリコ side out]
これで序章は終わりです。
次から閃の軌跡Ⅲ本編に入ります。キリコと新旧Ⅶ組がどう絡み合っていくのかお楽しみください。
キリコの持っている中古の戦術オーブメントは空の軌跡FC時の物なので3、4年前の物になります。当然、ARCUSはおろかENIGMA用のクォーツは使えないので半ばワンオフ扱いです。