英雄伝説 異能の軌跡   作:ボルトメン

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キリコの孤児院時代の出来事と孤児院焼失の真相です。

終盤にあのキャラクターが登場します。

少し書き直します。


孤児院

七耀暦 1188年

 

エレボニア帝国は帝都ヘイムダルから西の街道の外れに建てられたパルミス孤児院に一人の赤ん坊が若い軍人に連れて来られた。

 

赤ん坊は数日前にサザーラント州北部で旅行中に猟兵団に襲われた下級貴族の一家の生き残りだった。

 

保護した若い軍人──エレボニア帝国正規軍第九機甲師団所属のライル・フラット少尉は赤ん坊を自身の育ったパルミス孤児院に預けた。

 

彼は院長であるミリシャ・パルミスなら、帝都の施設よりも赤ん坊を任せられるという根拠のない自信があった。

 

ミリシャはライルの言葉に呆れつつも、赤ん坊を引き取ることを承諾した。

 

その際、ライルは赤ん坊の名前をキリコであると伝えた。

 

ミリシャは大人しく眠るキリコを微笑みながら空いているベビーベッドに寝かせた。

 

 

 

七耀暦 1194年

 

「おい、おまえ!ほんばっかりよんでいるからってなまいきだぞ!」

 

「……………」

 

6歳になったキリコはパルミス孤児院の幼年組のガキ大将のサムに絡まれていた。

 

サムはパルミス孤児院で毎週開かれる勉強の時間でミリシャやシスターたちに褒められ同年代の子どもたちから注目されるキリコが気に食わなかった。

 

そこでサムは院長やシスターたちが見えない時を狙って、孤児院の庭の片隅で本を読んでいたキリコに絡んでいた。

 

もっとも、見た目は幼年者でも中身が成熟しているキリコにとっては単なる戯れ言に過ぎず、全て聞き流していた。

 

「ほんばっかりよんでたってな、えらくもなんともないんだぞ!」

 

「……………」

 

「こんなもの、こうしてやる!」

 

サムはキリコの読んでいた子ども向けの歴史の本を取り上げた。

 

「……………」

 

キリコは何事もなかったように残りの本を持って他の場所に移動しようとした。

 

「ちくしょう!」

 

激昂したサムはキリコの後ろから殴りかかった。

 

「!」

 

だがキリコはすばやく反応し、しゃがみ込んでサムの拳をかわした。サムは木の幹に拳をおもいっきりぶち当てた。

 

「いっ……てぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

サムはあまりの痛さにうずくまった。

 

キリコは一瞥することもなく、落とした本を拾って移動した。

 

「サム!またあなたですか!まったく、何度言えばわかるんです?」

 

サムの叫びを聞いて飛んできたシスター・ヒルデがサムを叱った。

 

シスター・ヒルデは、パルミス孤児院の子どもたちからは普段は優しいが時々口うるさい存在とされている。

 

(ちくしょう………おぼえてろ……!)

 

シスター・ヒルデに怒られながら、サムは復讐を決意した。

 

 

 

一方のキリコは別の場所で本を読んでいた。

 

「こんな所で読書ですか?」

 

「おにいちゃんまたほんよんでるの~?」

 

声をかけてきたのは、今年になって教会から派遣されてきたシスター・レナとパルミス孤児院で暮らす少女のモニカだった。

 

年配のシスター・ヒルデと違い、比較的年齢が近いこともあってか、シスター・レナはパルミス孤児院の子どもたちには人気があった。

 

モニカは2歳年上のキリコを兄と慕っており、キリコの後ろについて来ることもあった。

 

「キリコ君は本当に本が好きなんですね」

 

「はい……」

 

「私も好きなんです、本」

 

「あたしもほんすき~!」

 

シスター・レナとモニカはキリコの隣に座り、本の話を始めた。

 

すると他の子どもたちも集まり、ちょっとした騒ぎになった。

 

 

 

その夜、夕食を終えた子どもたちはそれぞれのベッドに向かった。

 

そんな中、キリコはベッドを脱け出し、部屋を出た。

 

(あいつ、どっかいくぞ)

 

(たぶんトイレだ。おいビル、チャック。あいつをとじこめてやろうぜ)

 

(おお!)

 

(ぼ、ぼくもいくの~~!?)

 

サムは自分と同じくキリコが気に入らないビルと、別段キリコを嫌ってはいないチャックと共にキリコを追って行った。

 

サムの予想通り、キリコは角のトイレに入った。

 

「いまだ!」

 

サムとビルはキリコが入ったトイレに駆け込み、チャックも遅れて入った。だがキリコの姿はなかった。

 

「あれ?あいつは?」

 

ガチャン!

 

すると、開いていたはずの扉が閉まり、鍵がかけられた。

 

「あれ!?」

 

「な、なんで!?」

 

「え~~~!?」

 

「……………」

 

混乱する三人を尻目に、キリコは院長たちを呼びに行った。

 

実はキリコはサムたちが何かしようとしていることを見抜いていた。

 

そこでキリコは夜トイレに行くふりをし、出入口付近で息を殺して待機していた。

 

サムたちが勢いよく入ってきたのと同時にキリコは廊下に出て、トイレの扉を閉めて鍵をかけた。

 

ちなみにこの鍵は悪さをした子どもにおしおきするために、外側からかけられる仕組みになっていた。

 

さすがに置いてきぼりにするのは気が咎めたので、キリコは院長たちを呼びに行った。

 

キリコの報せにミリシャとシスター・ヒルデとシスター・レナが駆けつけると、サムたちは揃って泣きべそをかいていた。

 

院長とシスターたちはサムたちをこっぴどく叱り、キリコも注意された。

 

翌日以降もサムは懲りずにキリコに復讐を行おうとしたが、全て失敗に終わった。

 

 

 

七耀暦 1196年

 

8歳になったキリコはミリシャの手伝いで帝都ヘイムダルにある、ハーシェル雑貨店に買い物に来ていた。

 

ここの店主のフレッドと妻のマーサはミリシャの昔馴染みであり、パルミス孤児院でよく利用していた。

 

「偉いねぇ。お手伝いなんて」

 

「いえ……」

 

「坊や、お名前はなんて言うんだい?」

 

「キリコです」

 

「何歳ぐらいかな?」

 

「8歳です」

 

「じゃあ、うちの姪っ子と3歳違うんだ。ねぇ?うちの姪っ子のトワのお婿さんになってくれないかい?」

 

「は?」

 

「あの子、両親に似て遠慮しがちだからね。今のうちに外堀埋めとかないと」

 

「マーサ」

 

「トワちゃんの事情は知ってるけど、さすがに飛びすぎなんじゃない?」

 

「最近の子は早いって言うけどねぇ」

 

「とりあえず、8歳の子どもの前で外堀って言い方はやめてちょうだい」

 

「すまないね、ミリシャ。マーサもマーサでトワが心配でね」

 

「……………」

 

キリコは大人たちの会話をつまらなそうに聞き流していた。

 

「はい。これで全部だよ」

 

「ありがとう、フレッド。キリコ、あなたもお礼を言いなさい」

 

「ありがとうございました」

 

「どういたしまして。そうだキリコ君、何かほしい物はあるかな?」

 

「え?」

 

「そうね。あなたはいつも手伝ってくれるから何かご褒美をあげましょう」

 

「なら、あの本を」

 

キリコは棚に積まれた古い本を指さした。

 

「おや、こんな古い本でいいのかい?」

 

「はい」

 

「帝国の地理に関する本ね。大人向けだけど、大丈夫?」

 

「はい」

 

「フフ、勉強して偉くおなりよ」

 

マーサは棚から本を取り、袋に入れてラッピングした。キリコは袋を大事そうに抱えた。

 

 

 

その帰り道

 

「そろそろ帰ろうか。キリコ、ありがとうね」

 

「いえ…………!」

 

突然キリコはミリシャのスカートを引っ張る。

 

「キリコ!?」

 

「下がって………」

 

その瞬間、猛スピードで突っ込んで来た導力車にはねられ、キリコの体は宙に浮く。

 

そのままキリコ歩道に投げ出された。

 

「キリコーーーー!!!?」

 

ミリシャは半狂乱になってキリコに駆け寄った。

 

「大変だ!子どもがはねられたぞ!」

 

「誰か!早く医者を呼ぶんだ!!」

 

「そいつを取り押さえろ!絶対に逃がすなよ!」

 

その場にいた帝都市民たちは車両事故に驚きつつも、ある者は急いで医者を呼びに行き、ある者は角を曲がりきれずに鉄柵に衝突した導力車を運転していた貴族風の男を数人で取り押さえた。

 

貴族風の男は駆けつけた帝都憲兵隊に身柄を拘束され、キリコは近くの診療所に運ばれた。

 

事故から1時間後、キリコは目を覚ました。

 

「先生!この子が目を覚ましました!」

 

「信じられん……!正に奇跡だ!」

 

「ああ……エイドスよ……!この子を生かしてくださったこと……心より感謝いたします……!」

 

「…………………」

 

ミリシャたちは祈りを捧げていたため、キリコが絶望を抱いていたことに気づかなかった。

 

後に帝都憲兵隊の調査で、突っ込んで来た導力車とキリコのいた地点の角度が奇跡的に合致していたため、キリコは生存したと判断された。

 

パルミス孤児院に帰ったキリコを待っていたのは泣き叫ぶモニカと目を輝かせた子どもたちの視線だった。

 

この日以降、キリコはしばらく外出禁止が言い渡された。

 

また、パルミス孤児院に門番として退役間近の憲兵や、遊撃士見習いにあたる準遊撃士が配属されることとなった。

 

 

 

七耀暦 1200年

 

あの事故から4年、外出禁止令は解かれ、12歳となったキリコは一人で帝都にある図書館に出かけていた。

 

キリコは自身の体に眠る異能の力をどうにかすべく、エレボニア帝国内や周辺諸国に伝わる伝承を片っぱしから調べていた。

 

だが、未だこれと言った収穫は見つからなかった。

 

図書館へと向かうべく、近道の路地を歩いていると、キリコは犬の声を聞いた。

 

「あ…あ…あ……」

 

声のする方向を見ると、黒い制服を着た緑色の髪の女の子が野犬に壁際に追いやられていた。

 

「だ……誰か………」

 

女の子は目を瞑り、怯えていた。

 

「………………」

 

キリコは辺りを見回し、小石を数個拾った。

 

「おい」

 

キリコは野犬の近くに小石を無造作に放る。

 

「ガルルル……!」

 

野犬は標的を女の子からキリコに変え、飛びかかろうと低い体勢をとる。

 

「………………」

 

キリコは一瞬速く、小石を野犬の鼻面に正確にヒットさせる。

 

「ギャン!?」

 

野犬は思わぬ攻撃に狼狽える。

 

「………………」

 

さらに続けてキリコは野犬の脇腹に小石を当てる。

 

「ギャン!ギャン!」

 

野犬は慌てて逃げて行った。

 

「あ……………」

 

緊張の糸が切れたのか、女の子はへなへなと崩れ落ちる。

 

「……大丈夫か?」

 

キリコは女の子に手を差しのべる。

 

「……ッ!」

 

女の子はキリコに抱きつく。

 

「おい………」

 

「ひっぐ……ぐすっ……!」

 

女の子はキリコにすがり、泣き続けた。

 

「………………」

 

キリコは時間のロスを感じながらも、女の子を振り払うことはしなかった。

 

 

 

「あの……本当にごめんなさい。見ず知らずの人に幼子のような振る舞いを」

 

泣き止んだ女の子はキリコに詫びる。

 

「もういい」

 

「あ……」

 

怒られたと思ったのか、女の子は顔を伏せる。

 

「それより、あんな所で何をしていた」

 

「その……お買い物に行こうとして………」

 

「ヴァンクール大通りに抜けるこの路地を歩いていたわけか」

 

「はい……」

 

「ここはたまに野良犬が出る。同じ目に遭いたくなければ二度と通らないことだ」

 

「はい……」

 

「なら俺はもう行く。ここを出ればヴァンクール大通りだ」

 

キリコは図書館の方向に歩き出した。

 

「あ、あのっ!待ってください!」

 

女の子はキリコを追いかけた。

 

 

 

「なぜついて来る」

 

図書館に入ったキリコは後ろをついてきた女の子を一瞥する。

 

(と、図書館にも用があるからです!)

 

「ならどこかの席に座ればいいだろう」

 

(こ、こちらのほうが日当たりが良いからです!)

 

「今日はそれほど日があるわけではないはずだが」

 

(だ、だからその……)

 

「……………」

 

キリコは途中にあったベンチに座る。

 

「あ………」

 

「それで、いったい何の用だ?」

 

「ふえっ!?え、えっと……?」

 

「まさか理由もなしに追いかけて来たのか?」

 

「あのその……お礼が言いたくて……!」

 

「お礼?」

 

「はい……」

 

女の子はキリコの隣に座る。

 

「助けていただき、本当にありがとうございました。ですが、お礼も言えないまま、別れるのは……」

 

「別にいい。野良犬が邪魔だったからだ」

 

「それでも、助けていただいたことにかわりありません」

 

「……………」

 

頭を下げる女の子にキリコは何も言えなくなった。

 

「それより、その制服は聖アストライア女学院か」

 

「よくごぞんじですね。だれかお知り合いが?」

 

「毎年、寄附金を持って来るからな」

 

「寄附金?失礼ながら、貴方は帝都のどちらに住んでらっしゃるんですか?」

 

「……俺は帝都には住んでいない」

 

「え……?」

 

「俺は帝都から西のパルミス孤児院で暮らしてる」

 

「す、すみません……!」

 

女の子は再び頭を下げる。

 

「気にしなくていい。そういうお前は?」

 

「あ、はい。私はサンクト地区にある聖アストライア女学院の宿舎に住んでいます」

 

「ということは、貴族か」

 

「はい。家名は故あってお答えは出来ませんが」

 

「そうか……」

 

キリコは半分聞き流していた。

 

 

 

「そういえば、貴方はどうして図書館に?」

 

「……どうしても知らなければならないことがあった。探しているものはなかったがな」

 

「何ですか?それ?」

 

女の子は苦笑しながら言った。

 

「それにしても、ここは本当に静かで良い所ですよね」

 

「……そうだな」

 

キリコは手に取った本のページをめくった。

 

「そちらは……帝国軍に関する本ですね?」

 

「適当に取っただけだ」

 

「よく読めますね。私にはちんぷんかんぷんです」

 

「………………」

 

その後、キリコは軍関連の本を、女の子は児童向けの小説を読みながら過ごした。

 

 

 

(もうこんな時間か)

 

キリコが顔を上げると、午後3時を過ぎていた。

 

(さっさと帰るか………?)

 

横を見ると、女の子がうつらうつらとしていた。

 

「……………」

 

キリコは嘆息し、女の子の肩をゆする。

 

「ふあっ!?あ、あれ?私、寝てました?」

 

「とっとと起きろ」

 

「あ……あう~……」

 

女の子は顔を赤らめる。

 

「そろそろ帰る時間だ」

 

「お、お帰りになるんですか?」

 

「孤児院の門限があるんでな」

 

「そうなんですね。私もそろそろ宿舎に戻りませんと」

 

女の子は小説を本棚に戻す。

 

「行くぞ」

 

「はい」

 

キリコと女の子は図書館を後にした。

 

 

 

「すみません。わざわざ寄り道していただいて」

 

「サンクト地区はどうせ通るからな」

 

導力トラムに揺られながら、キリコと女の子はサンクト地区へ向かっていた。

 

「お探しのもの、見つかるといいですね」

 

「……ああ」

 

そんな話をしていると、導力トラムはサンクト地区に近づいた。

 

「ここまでですね」

 

女の子は寂しそうに言った。

 

「そうだな」

 

「また……会えますか?」

 

「さあな」

 

サンクト地区の停留所に停車し、導力トラムの扉が開く。

 

「今日はありがとうございました」

 

「ああ」

 

女の子はステップを降りて、振り返る。

 

「あ、あの!」

 

「?」

 

「私、ミル──」

 

女の子が言葉を発した瞬間、扉が閉まった。

 

「……………」

 

キリコは座席に座り、窓の外を眺めた。

 

 

 

「行っちゃいました………」

 

女の子は離れて行く導力トラムを名残惜しそうに見つめた。

 

(空のような、海のようなブルーの髪。宝石のようなターコイズブルーの瞳。大人びた口調とさざ波のない湖畔のような静かな雰囲気。一見粗雑に見えるけど、確かな優しさ……)

 

女の子は名前も知らない少年に想いを馳せる。

 

「また……会えますよね?」

 

「誰に会えるの?」

 

「キャアアアッ!?」

 

女の子は背後から声をかけられ思わず叫ぶ。

 

女の子が振り返るとそこにいたのはエレボニア帝国の皇女、アルフィン・ライゼ・アルノールだった。

 

「ひ、姫様!?」

 

「ごきげんよう。どうかしたの?」

 

「い、いえ別に……」

 

「ふーん?あら、なんだか顔が赤いような……」

 

「い、いえ……久しぶりに遠出したので疲れているんだと思います………」

 

「そう?なら今日は早めに休んだ方がいいわ。それと明日は朝一番に服装検査よ。その制服は洗濯に出すといいわ」

 

「あ、ありがとうございます……で、ではごきげんよう………」

 

女の子はふらふらと宿舎の方へ歩いて行った。

 

(ミルディーヌったら、なんだったのかしら?もしかして街で王子様に助けてもらったとか?な~んてね)

 

キリコと女の子──ミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエン。

 

二人は後に、帝都から遠く離れた海都オルディスで再会を果たすことになる。

 

 

 

「ただいま戻りました」

 

「おかえりなさい。今日も図書館?」

 

「はい」

 

「そう。手を洗ってうがいして来なさい」

 

「分かりました」

 

キリコは洗面台に向かった。

 

「………………」

 

ミリシャはキリコの背中を見つめる。

 

「院長、どうかなさいましたか?」

 

シスター・レナがミリシャに聞いた。

 

「あの子がここに来てもう12年経つのね」

 

「そうでしたね。私が来たのは7年前ですが」

 

「なんだか、あの子から壁みたいなのが感じられるのよ」

 

「壁、ですか?」

 

「私たちや子どもたちには心を開いてるように見えるんだけど、心の奥底っていうのかしら。そこには踏み込まないでほしいって言ってるように思える時があるのよ」

 

「キリコ君が……」

 

「別段、キリコが珍しいってわけじゃないわ。ここに来る子は多少なりともそういう感情はあるものよ。自分だけの世界、とでも言えば良いのかしら。でもね……」

 

ミリシャはコップの水を飲む。

 

「あの子はそれが一際強いように思えるのよ」

 

「ミリシャ院長……」

 

「大丈夫ですよ」

 

シスター・ヒルデが入って来た。

 

「あの子はちゃんと分かってますよ。この間だって、小さい子たちに字の書き方を教えてましたから。ほとんどの子はつまらなそうでしたけど……」

 

「結局、モニカさんが担当したんですよね」

 

「それはいいんじゃない?」

 

シスター・ヒルデの言葉にミリシャは苦笑いを浮かべる。

 

「さあ、夕食の支度をしましょう」

 

「今日のメニューは大麦のパンと豆のスープとチーズ、後ミルクね」

 

「大きい子たちには配膳をやってもらいましょう。シスター・レナ、小さい子たちをお願いできる?」

 

「わかりました」

 

ミリシャとシスターたちはそれぞれ動き出した。

 

 

 

(まさか、キリコがこんな所にいたとはな。2年前のD∴G教団殲滅作戦時には該当する名前がなかったから、正直手詰まりだったが。フッ、灯台もと暗しとはこのことだな)

 

(いよいよキャスティング完了と言ったところか。ならば私もそろそろ動かねばな)

 

パルミス孤児院を観察していた金髪の軍人が去って行ったことには、誰一人気づかなかった。

 

 

 

七耀暦 1202年

 

14歳になったキリコはミリシャとシスターたちに呼ばれた。

 

呼ばれた場所に行くと、老夫婦が座っていた。

 

「キリコ、こちらはキュービィー夫妻よ。挨拶なさい」

 

「………キュービィー?」

 

キリコは顔を上げた。

 

「キリコ君?」

 

「いえ、なんでも……」

 

「ふふ、緊張してるのね」

 

老婦人は微笑んだ。

 

「うんうん。君に会えて良かったよ、キリコ君」

 

「?」

 

「要するにね、あなたを養子として引き取りたいとおっしゃるのよ」

 

「俺を?」

 

「うむ……」

 

キュービィー老人は目を伏せた。

 

「わしらは長い間、子どもを望んでおったのだが、遂に授からなかった。そんな折、この孤児院を紹介されてな。数日前にここを訪れた際、君を見かけたのじゃ」

 

「その時に決めたの。あの子にしましょうって」

 

「……………」

 

キリコは二の句が継げなかったが、すぐに顔を上げた。

 

「……本当に俺で良いんですか?」

 

「キリコ君?」

 

「ここには俺よりも聞き分けの良い子どもはたくさんいますよ」

 

「キリコ君……」

 

シスター・レナはキリコは言葉をかけようとした。

 

「わしらは君が良いんじゃよ」

 

「キリコ君が、一番寂しそうな目をしていたからよ」

 

キュービィー夫人はキリコを抱き締めた。

 

「………………」

 

キリコの胸が暖かいもので満たされていく。それは久しく忘れていた感覚だった。

 

「キュービィーさん……」

 

「すぐにはお返事はできませんが、二日以内には」

 

「ほっほっほ。年寄りには二日くらいなんでもないわい」

 

「それじゃ、キリコ君。またね」

 

「……はい………」

 

そう言ってキュービィー夫妻は孤児院を後にした。

 

「キリコ君、戸惑う気持ちは分かります。今晩しっかり考えてください。どのような答えでも、私たちはあなたの考えを尊重します」

 

「………………」

 

シスター・レナが優しく問いかける。キリコの中ではほぼ答えは出ていた。

 

「………嘘…………」

 

そして陰でこっそりと聞いていたモニカは呆然としていた。

 

 

 

二日後、キリコはキュービィー夫妻の養子になることが正式に決まった。

 

長く苦楽を共にしてきた仲間たちは別れを惜しみながらも、旅立つキリコを祝福した。

 

サムとビルは積年の恨みを晴らそうとしたが、キリコに返り討ちに遭い、二人仲良くベッドの中だった。

 

「今日でお別れね」

 

「寂しくなりますね」

 

「お体には気をつけて下さいね」

 

「……長い間お世話になりました」

 

キリコはミリシャたちに頭を下げる。

 

「キュービィーさん、この子をよろしくお願いします」

 

「お任せくだされ」

 

「他の子どもたちを見れば分かります。キリコ君はとても慕われているんですね」

 

「そうですね。彼がここに来て14年になりますから」

 

「14年も……」

 

キュービィー夫人は目を丸くした。

 

「……そろそろ、行くとしようか」

 

「ええ」

 

「……………」

 

モニカがキリコの上着をつかむ。

 

「お兄ちゃん……ホントに行っちゃうの……?」

 

「もう決まったことだ」

 

「うう……グスッ……!」

 

「またな」

 

「また……会える……?」

 

「………ああ」

 

キリコはモニカの頭に手を置く。

 

「また……会おうね………約束だよ……っ!」

 

「ああ」

 

キリコは涙ぐむモニカや子どもたちに別れを告げ、14年の歳月を過ごしたパルミス孤児院を後にした。

 

 

 

大陸横断鉄道に揺られ、帝都から北西のラマール州を目指すキリコとキュービィー夫妻はこれからのことを話していた。

 

「よろしく頼むよ、キリコ君」

 

「はい」

 

「そうそう、あなたの名前もちゃんとあるのよね」

 

「名前……」

 

「うむ。君は今日からキリコ・キュービィーと名乗るんじゃ」

 

「キリコ……キュービィー………」

 

キリコは自身の名前に嘆息した。

 

「???……どうかしたの?」

 

「いえ、なんでもありません(まさか自分の本名をこんな形で名乗ることになるとはな))

 

「まあまあ、キリコ君も緊張しとるんじゃろ。おっと、これからはキリコと呼ばねばな」

 

「そうね。よろしくね、キリコ」

 

「はい…………お父……さん…………お母……さん………」

 

キリコは二人の目を見ながらたどたどしく告げた。

 

キュービィー夫妻はやっと聞けた言葉に目を潤ませた。

 

 

 

キリコが引き取られてから三日後の夜

 

パルミス孤児院は静けさに包まれていた。マーサとシスター二人は紅茶を飲みながら話をしていた。

 

「子どもたちが寝静まると本当に静かねぇ」

 

「ええ。なんだか怖いくらいに」

 

「何事も起きなければ良いんですけど……」

 

「そうね。さて、私たちも休みましょう。明日はフレッドとマーサの所に行かなくちゃ。それに……」

 

突然パチパチと何かが爆ぜる音が響いた。

 

「あら?何の音かしら?」

 

「薪をくべたような音ですね……」

 

「でも今は秋口ですが……」

 

「それにこの油のような匂い…………ッ!──まさか!?」

 

ミリシャが言い終わるやいなや、パルミス孤児院の周りに炎が上がる。

 

「こ、これは!?」

 

「火事!?」

 

「考えている暇はないわ!早く子どもたちを!」

 

ミリシャたちは子どもたちの寝室へと飛び込んだ。

 

「う~~~ん?」

 

「ミリシャせんせえ……どうしたのぉ……?」

 

「早く起きなさい!火事よ!」

 

「ええっ!?」

 

「火事!?」

 

「ほ、ほんとだ!燃えてる!」

 

「みんな、落ち着いてください!裏口から外へ出ますよ!」

 

「遅れないで!大きい子は小さい子の手を離さないで!」

 

『は、はいっ!』

 

シスターたちの指示に従い、年長の子どもたちは年少の子どもたちを引き連れ、裏口へ向かった。

 

だが──

 

「そんな…………」

 

「裏口まで……!?」

 

裏口は完全に火の手が上がっていた。

 

「ミリシャ……せんせぇ……!」

 

「こわいよ……こわいよぉ……!」

 

「大丈夫よ……きっと助けが来るわ。さあ、みんなは真ん中に集まって。私たちがしっかり抱っこしてあげるから」

 

ミリシャは懸命に子どもたちを慰めるが、ミリシャ自身もどうにかなりそうだった。

 

(どうしてこんな……いったい誰が……)

 

すると、バキバキと音をたてて天井の梁が落下してきた。これによりミリシャたちは完全に閉じ込められた。

 

さらに、ミリシャたちの真上の屋根が崩れ落ちる。

 

「あ……あぁ………」

 

「女神よ……せめてこの子たちだけでも………」

 

(お兄ちゃん…………)

 

シスターと子どもたちは炎に包まれた。

 

 

 

(……う………あぁ………)

 

ミリシャは大火傷を負い、朦朧としながら崩れた壁の外を垣間見た。

 

(……あ……れ……は………)

 

ミリシャの目は確かに見た。

 

(……帝……国軍………?)

 

その瞬間、視界が炎に包まれた。それがミリシャ・パルミスが最期に見たものだった。

 

 

 

「大尉、これ以上は炎で近づけません」

 

「よし、任務終了。総員、帰還する」

 

「しかし……本当にここが遊撃士協会連続襲撃犯のアジトなのですか?」

 

「そうだ。奴らは最初に東側を襲い、警備の目が緩んだ隙を狙って西側を襲った。そして大混乱に乗じて西へと逃げた。そしてこの近くでバラけた。つまりこの建物が最も怪しいのだ」

 

「で、ですが大尉、ここは孤児院として登記されており、実績も認められております。また準遊撃士も門番として出入りしています。怪しいところは何も……」

 

「バカ者!!」

 

大尉と呼ばれた男は部下に短剣を突きつけ、怒鳴りつけた。

 

「この部隊の隊長は俺だ!俺が怪しいと思えば怪しいんだ!貴様らは俺の命令を聞いていれば良い!わかったらさっさと兵どもを撤収させろ!」

 

「しかし……!」

 

「俺の判断に狂いはない!」

 

「りょ、了解しました……」

 

大尉の部下は命令通り、兵士たちに撤収を呼びかけた。

 

(まったく、出来の悪い部下を持つと苦労する。重要なのは襲撃犯のアジトを見つけ、処理したという結果と事実なのだ。過程や方法など二の次でしかない。それに遊撃士協会にスパイが入り込んでいる可能性もあるし、孤児院の名目でガキどもを工作員として教育していることも考えられる。そんな当たり前のこともわからんとは、無能にも程がある)

 

(とにかく、これで俺の出世は間違いあるまい。このエレボニア帝国正規軍第十機甲師団歩兵大隊第10部隊隊長、カン・ユー大尉のな。おそらく少佐、いや中佐に、いや勢いあまって大佐になれるやもしれん。そうなれば共和国出身の新参者だとバカにした奴らを見返せる。クメンにいた頃の、ゴン・ヌーの下にいたよりも上の権力を手にする!)

 

(そして俺の名はこの国中に響くことになる。その時こそ、俺はこのエレボニア帝国の英雄になれるのだ………!)

 

だが、カン・ユー大尉の思い描いた展開にはならなかった。

 

短剣を突きつけられた部下からの内部告発によりこれまでの悪行の全てを知られたカン・ユー大尉は全ての責任を取らされ官位剥奪の上、ヘイムダル監獄へ連行された。

 

やったのは部下の方だと喚きたて、魔が差したと言い訳を重ね、泣き叫びながら連行されていく様は、軍人として無能の烙印を押させるのに十分だった。

 

また帝国政府は今回の事件はあまりに残虐な内容であるからと事実を曲げ、全てを包み隠した。

 

そのため、帝国民には原因不明の火災で院長とシスター二人と16人の子どもたちが犠牲になったと報じられた。

 

ラマール州の山奥の村に移ったキリコがパルミス孤児院焼失を知ったのはその翌日だった。

 

キリコはコーヒーの入ったカップを落とし、しばらくの間動けなくなった。

 




次回、第Ⅱ分校での日常です。
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