英雄伝説 異能の軌跡   作:ボルトメン

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時系列では第3章と第4章の間の出来事です。

連載から1年以上経ったんですね。長かったような、短かったような……




七耀暦 1206年 6月25日

 

ラマール州での演習からまもなく。分校生徒たちは迫る定期試験に向き合いながらも、ある目的のために動いていた。

 

『7月8日にキリコ(君)(さん)の誕生日パーティーをサプライズでやろう!』と。

 

本来キリコの誕生日は7月7日なのだが、その日は定期試験の最中ということから試験終了日の8日に行うことに決まった。

 

当初は生徒だけでやるつもりだったが、噂を聞き付けたオーレリアが第Ⅱ分校全体で行うと宣言。リィン、ランディ、トワら教官陣も参加を希望した。

 

唯一ミハイルだけが異を唱えたが、オーレリアの「第Ⅱ分校の結束力が高まる良い機会だ。そなたは元々、この第Ⅱ分校を利用する腹積もりであろう?ちょうど良いではないか」という言葉に苦々しげに首を縦に振った。

 

これにより、キリコの誕生日パーティーは分校全体で行うことが決定した。

 

当然ながら、キリコ本人は知るよしもなかった。

 

 

 

「キリコ君の誕生日パーティーか、なんか楽しみだよね」

 

教室では、キリコを除くⅦ組メンバーが話し合っていた。ちなみにキリコは格納庫に詰めている。

 

「そういやあいつ、何歳なんだ?」

 

「キリコさんは現時点で17歳です。つまり、7月7日をもって18歳ですね」

 

「今の僕たちより年上か。なんだか妙な感じだな」

 

クルトは感慨深げに言った。

 

「そう言えば、キリコ君ってミュゼの実家で暮らしてたのよね?そんときはどうしてたの?」

 

「その時は私とおじい様とおばあ様とセツナさんとで行いましたよ。セツナさんが腕によりをかけたお料理が並んで、キリコさんは全て完食なされました」

 

「へえ、そうなんだ」

 

「キリコさんって料理にうるさい方なんでしょうか?」

 

「どうもわからないな。ただ、寮の食事でも出された物を残した所は見たことないな」

 

「ただ腹減ってただけじゃねえの?」

 

「まあ、そこは置いておいて。皆さんは何かプレゼントはありますか?」

 

「すみません、思いつかないです」

 

「僕もだな。キリコは物を欲しがるタイプには見えないし……」

 

「野郎に物贈ったってしゃーねーだろ」

 

「あたしもさっぱり。ミュゼは?」

 

「はい。私自身をデコレートして贈ります♥️これならばキリコさんと言えど有効かと♥️」

 

「キリコ君に怒られても良いなら止めないわよ?」

 

「……すみません」

 

かつてキリコに淡々と説教をされたミュゼはその恐怖を思いだし、顔を暗くした。

 

「話には聞いてたけど、本当にトラウマなのね………」

 

「はい……いっそ、怒鳴ってもらった方がマシです………」

 

「怒鳴らないで淡々と粛々と理詰めで問いかける感じか。確かに怒鳴られるより堪えるな……」

 

「サザーラントでの演習後の反省会でもキリコさんに怒られましたね」

 

「前回なんざ、頭は飾りか?なんて言いやがった。チッ、思い出しただけでムカつくぜ」

 

「……とりあえず話を戻すわよ。その時は嫌な顔はしなかったのよね?」

 

「はい。心なしか、楽しそうでした」

 

「ならちょうど良いわ。盛大に祝ってあげようよ」

 

「そうだね」

 

「そうですね」

 

「しょーがねーな」

 

「ふふ、楽しみですね」

 

「じゃあ、そろそろ切り替えよう。試験勉強もあるしね」

 

「そうね。仕送り減らされるわけにはいかないもの」

 

Ⅶ組メンバーはそこで一旦解散した。

 

 

 

ティータ、サンディ、フレディは学生食堂でパーティーのメニューを相談していた。

 

「まずはキリコさんの好みの食べ物ですね」

 

「キリコ君かぁ……。好き嫌いはないみたいだけど、いったい何が好きなんだろ?」

 

「ならば、季節柄セミを使ったものはどうだろう?」

 

「それはキリコ君じゃなくても良い顔しないと思うよ。ティータちゃんはキリコ君とご飯食べることって多いの?」

 

「う~ん、そんなに多くはないですね。キリコさんって、大抵コーヒーと軽食がほとんどですから」

 

「そう言えば、クルトから聞いたんだが、キリコは甘い物は好まないらしい」

 

「確かに。キリコさんいつもブラックコーヒーを飲んでます。砂糖やクリームは好きじゃないみたいですね」

 

「とりあえず、コーヒーを使った甘さ控えめのデザートは決まりだね。もちろん、甘いデザートも作るけど」

 

「だがメインはおろか、オードブルが思いつかないな」

 

「みんな、お疲れ様」

 

「お、お疲れ様です」

 

トワとタチアナがティータたちの所へやって来た。

 

「あっ、お疲れ様です」

 

「タチアナちゃんもね。でも珍しいですね、タチアナちゃんも一緒なんて」

 

「今回は分校全体でのイベントっていう形だからね。タチアナちゃんの力が必要になってくるの」

 

「なるほど」

 

「それより、メニューの相談?」

 

「そうなんです。なかなか決まらなくて……」

 

「うーん、あまり凝ったメニューじゃなくても良いと思うな」

 

「凝ったメニューじゃなくても?」

 

「うん。もちろん、好みに合わせるのも大事だけど、一番大事なのは気持ちだと思うんだ(クロウ君やジョルジュ君にアンちゃんの時もそうだったしね)」

 

「なるほど」

 

「そうですね」

 

「むしろ、いつも食べているメニューの方が色々と調整しやすいかもね」

 

サンディたちは方向性を定めた。

 

「決まったみたいだね。タチアナちゃん、経理は任せても大丈夫かな?」

 

「は、はいっ、お任せください」

 

タチアナは顔を上げた。

 

「でもみんな、試験のことは忘れちゃだめだよ」

 

「フッ、心得ております」

 

「フレディ君、すごい自信……」

 

「わ、私も頑張らなくちゃ……」

 

「じゃあ、そろそろ解散しましょう」

 

ティータたちは解散した。

 

 

 

「……本気で言ってる?」

 

「おお!マジやで!」

 

「ふむ……」

 

ヴァレリー、パブロ、グスタフは空き教室で話し合っていた。

 

「パーティーの余興で曲の演奏、アイデアとしては悪くはないが……」

 

「せやろ?」

 

「あのさ、自分たちの技量を解ってて言ってるの?」

 

「は?技量?」

 

「……ヴァレリーはこう言いたいわけか。俺たちの演奏は他人に聞かせられるレベルではないと」

 

「ええそうよ。恥をかくだけだわ」

 

「大丈夫やって。それにしても俺らにとってもチャンスや」

 

「チャンス?」

 

「前に来たエリオットさんも言うとったやろ。音楽はハートやって」

 

(……言ってたかしら?)

 

(……さあな)

 

「それにリィン教官も学生の頃に学院祭のステージで演奏を披露して、貴族クラスを押し退けて1位になったこともあるんやて」

 

「ああ、その映像なら俺も見た。本当に凄かった」

 

「私も見せてもらったけど、あれと同じように出来るって言うの?」

 

「やってみなけりゃわからんやろ。とにかく、自信を持つんや」

 

パブロは拳を握り締める。

 

「……わかったわ」

 

「え?」

 

「自信がないとは言ってないから」

 

「わかったで。グスタフは?」

 

「俺も腹を括ろう。選曲は後日やるということで良いな?」

 

「そうね。それじゃ、そろそろ行くわ」

 

ヴァレリーは教室を出た。

 

「俺もそろそろ行くか。パブロ、お前は?」

 

「俺も行くで。文系をなんとかせんと」

 

グスタフとパブロも教官を出て行った。

 

 

 

「それにしても、誕生日か……」

 

「レオ姉?」

 

鍛練場で寛いでいたマヤは遠い目をするレオノーラを見つめた。

 

「いやね、あたし護衛船団で育ったって言っただろ。毎日毎日荷運びやらなんやらでしごかれてさ、お祝い事なんかほとんどなかったからさ」

 

「レオ姉……」

 

「そういうマヤはどうなんだい?」

 

「………私も似たようなものです(あんな……飲んだくれのろくでなし……!)」

 

「……そっか」

 

レオノーラはマヤの横顔が気になりつつも、話題を変えた。

 

「とりあえず、どうするんだい?」

 

「どうする、とは?」

 

「ほら、あたし、プレゼントなんか思いつかなくてさ」

 

「ああ、なるほど」

 

「何か良いアイデアはないかい?」

 

「とりあえず、みんなと一緒に祝うのが良いと思います」

 

「なんでだい?なんか贈った方が良いんじゃないかい?」

 

「私の見立てだと、キリコ君は物欲はそこまで強くはなさそうです。無理に物を贈るより効果はあると思います」

 

「確かに一理あるわね」

 

「うんうん♪」

 

鍛練場にゼシカとルイゼが入って来た。

 

「あんたたちも悩んでたのかい?」

 

「ええ。キリコ君ってただでさえ私生活が見えないから」

 

「は、はい。図書室などで良くお見かけすることは多いです」

 

「意外と詩とかポエムとか好きだったりして~♪」

 

「………想像が全くつかないんですが」

 

「ルイゼってたまにブッ飛んだこと言うよな……」

 

「それが本当だとしたら、明日からどんな顔をすれば良いのよ……」

 

マヤたちはルイゼの斜め上の答えに呆れかえった。

 

「とにかく、パーティーまでは絶対に悟られないようにね」

 

「今の所は気づいてないみたいだが、キリコのことだからな」

 

「そうね。ルイゼも口外無用ということだからね」

 

「は~い♪」

 

マヤたちはそこで解散した。

 

 

 

「お前らはキリコと同室だからな。気をつけろよ」

 

「ああ、わかってる」

 

「任せてくれ」

 

「カイリも。挙動不審にはなるなよ」

 

「わ、わかりました」

 

「そういうシドニーもな。お前は口が固いから良いが、悟られないようにな」

 

「おうよ」

 

学生寮の部屋にてウェインはスターク、カイリ、シドニーと話し合っていた。

 

「それにしても、何を贈ればいいのか皆目検討もつかんな」

 

「俺は決まってるぜ。男ならグラビアポスターだろ!」

 

「それはシドニーだけだと思うぞ?」

 

「ダンベルと、このプロテインのセットはどうでしょう?」

 

「キリコは筋トレをほとんどしないからな。難しいと思う」

 

「そうですか……」

 

カイリは残念そうに顔を伏せる。

 

「つーかさ、キリコっておんなじ男なのか?」

 

『え?』

 

「だってさ、きれいなお姉さんを見ても何とも思わないんだぜ?ふつーは声をかけるだろうよ!」

 

「いや、そう言われてもな……」

 

「単に興味がないだけじゃないか?」

 

「本当に同じ人間か、あいつ?」

 

「そこまで言うか。まあ、キリコの興味のあるものってなんなのかがわからないからな」

 

「キリコさんと言えばコーヒーですよね」

 

「それもブラックでホット。アイスはあまり口にしない。ミルクや砂糖は論外」

 

「そう言えばこの間、レミフェリア産のコーヒー豆をベッキーさんに頼んでいたな」

 

「レミフェリアはコーヒーの文化があるそうですからね」

 

「はぁ……マジでわかんねぇ」

 

シドニーは嘆息した。

 

「だったら、盛大に祝ってやれば良いんじゃねえの?」

 

ランディが入って来た。

 

「オルランド教官……」

 

「つーかお前ら、物贈るほど余裕あんのか?」

 

『……………』

 

四人は黙った。

 

「無理して贈ったってキリコも困ると思うぜ?」

 

「オルランド教官はどうするんですか?」

 

「そりゃ、盛大にお祝いするぜ♪」

 

「良いんですか?それで……」

 

「まあ聞け。キリコは物を贈られるより祝ってもらう方が効果はある。そういうタイプと俺はみた」

 

「な、なるほど」

 

「確かに今回はサプライズだもんな」

 

「その方向で行くしかないか」

 

「ま、盛大にやるわけだからな。そんときは無礼講だ。好きなだけ騒いで良いらしいぞ」

 

「よっしゃ!」

 

シドニーはガッツポーズをした。

 

「ただ、お前らには試験があるわけだ。まずはそっちを頑張れよー」

 

「そ、そうですね。浮かれてばかりもいられませんね」

 

「まずは試験を片付けなきゃな」

 

「スターク、カイリ。負けんぞ」

 

「気合いは十分だな。とりあえず、カイリとシドニーは自分の部屋戻れ。そろそろ自習時間だろ?」

 

「「「イエス・サー」」」

 

「……うーっす………」

 

ウェインたちは解散した。

 

 

 

「なかなか盛り上がっているようではないか」

 

「そうですね」

 

分校長室ではオーレリアとリィンが話し合っていた。

 

「盛り上がるのは結構。だが定期試験が近いことも承知しているな?」

 

「はい。そこはきちんとできているようです」

 

「ならば良い」

 

オーレリアは紅茶を一口含み、リィンを見据える。

 

「ところで、肝心のキュービィーはどうしている?」

 

「特に変わりはありませんね。黙々と試験勉強に取り組んでいるようです」

 

「そうか……」

 

「分校長?」

 

「知ってのとおり、やつは私の推薦で入学した。ならば試験結果は自動的に私の元へと来る」

 

「存じてます」

 

「これでろくな結果が出せないならば、嫌味の一つでもくれてやろうと思っていてな」

 

「分校長……」

 

オーレリアの浮かべる笑みにリィンは呆れた。

 

「まあ、やつも馬鹿ではない。期待させてもらうか」

 

「ちなみにお聞きしますが、キリコにどれくらい期待しているんですか?」

 

「そうだな………上位の、10位以内には入ってもらわんとな」

 

(キリコ、頑張れよ……)

 

リィンは教え子にそっとエールを送った。

 

「それとシュバルツァー。試験終了後、キュービィーに分校長室に来るよう伝えよ。無論、Ⅶ組に属する者たちにもそう仕向けるようにな」

 

「了解しました。では、リーヴスの住民の方々には……」

 

「許可取りは任せる。参加を促しても良いぞ。宴は多いほど盛り上がるからな」

 

「わかりました」

 

 

 

その後、第Ⅱ分校生徒たちは試験勉強と平行して準備を進めた。

 

料理研究会は普段出している料理のグレードをアップさせたレシピを考え出し、学生食堂のジーナをはじめとする協力者に託した。

 

軽音部は一度セッションをし、完成度を高めた。

 

他の生徒たちもそれぞれのやるべきことに集中した。

 

特にⅦ組メンバーとウェインとスタークはキリコに勘づかれないよう細心の注意をはらった。

 

教官陣もデスクワークの傍ら、近隣への許可取り等を行った。

 

 

 

7月8日

 

遂にその日がやって来た。

 

ユウナたちはキリコを分校長室に行かせ、急いで学生寮へ戻った。

 

学生寮では飾り付けはほとんど終わり、生徒と教官たちが今か今かと待機していた。

 

「あ、おかえり。上手くいった?」

 

「うん。キリコ君は今頃分校長が引き留めているわ」

 

「お料理ももうすぐ出来上がるって」

 

「さてと、後は出迎えるだけだな」

 

「なら良い物がある」

 

グスタフは全員に筒のような物を配った。

 

「これは?」

 

「お祝い用のクラッカーね」

 

「でもなんだか簡素なデザインね」

 

「おいグスタフ、こいつぁ……」

 

「ああ、空いた時間に作ってみた。もちろん安全性は確かめてある」

 

『へぇ……』

 

グスタフの言葉にユウナたちは感心した。

 

「さすがアルゴン鉱山町出身ですね──」

 

「み、皆さん!来ましたよ!」

 

様子を伺っていたカイリが戻って来た。

 

「いよいよね」

 

「ああ、そうだな」

 

「この紐を引っ張れば良いのですね」

 

「ククク、せいぜい威かしてやるか♪」

 

「ふふ、ドキドキしますね」

 

生徒たちはクラッカーを構えた。

 

そして、扉が開かれた。

 

 

 

『おめでとう!!』

 

 

 

生徒たちは一斉にクラッカーを鳴らした。

 

キリコは面食らったが、生徒たちの祝福の言葉に状況を飲み込む。

 

その後、キリコの誕生日パーティーは盛大に行われた。

 

パーティーの雰囲気か試験が終わった反動からか、生徒たちは喜びを露にした。

 

余興として軽音部の生演奏が行われ、学生寮は大いに盛り上がった。

 

ヴァレリーが懸念していた展開は微塵もなく、キリコも拍手で応えたことで軽音部は大きな自信をつけることになった。

 

午後10時を過ぎてもパーティーは続いた。

 

しびれを切らしたミハイルが止めようとしたのだが、途中からリーヴス町長やジンゴらが参加したため止めることはかなわず、ミハイルは黙々と杯を重ねることとなった。

 

誕生日パーティーがお開きになり、教官陣や生徒全員がベッドに入ったのは日付が完全に変わった頃だった。

 

 

 

(誕生日を皆に祝ってもらう……前世では考えられなかったな)

 

キリコは誕生日パーティーのことを思い返していた。

 

(俺は今、満ち足りているのだろうな。当初の目的を忘れてしまうほどに)

 

(今の状況を俺の中の異能は許さないのかもしれない。だが俺は祈らずにはいられない。今この瞬間だけでいい。俺に……安らぎを、と………)

 

キリコはそっと眼を閉じ、眠りについた。

 

だが、運命は残酷だった。

 

キリコを待っているのは安らぎではなく、孤独な闘いであるのだから。




これで番外篇は終わりです。

次からは英雄伝説 異能の軌跡Ⅱの執筆に移ります。

どうぞお楽しみに。

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