トールズ第Ⅱ分校①
キリコとミュゼは校門の前で言われたとおりにグラウンドで待機していた。
周りは緊張と不安のためか表情が硬くなっていたが、二人を含めた数人はリラックスしているように見える。
しばらくして、オーレリアを先頭に数人の男女が歩いて来た。
そして最後にやって来た眼鏡を掛けた男の存在がグラウンドの空気を一瞬で変えた。
「ククッ……マジかよ」
「ふふっ……これは、予想外ですね。」
「…………《灰色の騎士》………!」
「…………うそ………」
「……むう………」
(奴は確か……リィン・シュバルツァーか)
灰色の騎士 リィン・シュバルツァー。
二年前の内戦ならびにクロスベル戦役終結の立役者。帝国では知らぬ者などいない英雄。
そんな者が曰く付きの分校に教官として現れたのだから、こうなることは無理もないことだった。
「静粛に!許可なく囀ずるな!」
「これよりトールズ士官学院第Ⅱ分校の入学式を執り行う!」
金髪の軍人、ミハイル・アーヴィング少佐の一声に全員が戸惑うなか、クラス分けが発表された。
《Ⅷ組 戦術科》は赤毛の男性教官 ランドルフ・オルランドが担当し、ゼシカ、ウェイン、シドニー、マヤ、フレディ、グスタフ、レオノーラ、そして茶髪の男子アッシュの名前が呼ばれた。
《Ⅸ組 主計科》は背の低い女性教官 トワ・ハーシェルが担当し、サンディ、カイリ、ティータ、ルイゼ、ヴァレリー、パブロ、スターク、そしてミュゼが呼ばれた。
だがキリコを含めた残りの発表は行われず、分校長のオーレリアの訓示の流れになった。
「第Ⅱの分校長となったオーレリア・ルグィンである。外国人もいるゆえ、この名を知る者、知らん者もいるだろうが、一つだけ確と言える事がある」
「薄々気づいている通り、この第Ⅱ分校は"捨て石"だ」
(やはりな……)
教官陣が動揺するなか、キリコは確信した。
そして今の言葉が誰に向けられた言葉なのかを。
動揺の空気が辺りに漂うのも構わずオーレリアは続ける。
ここでの目的は本校で受け入れられない厄介者や曰く付きをまとめて使い潰すためだと。
こんな事を聞かされて動揺しない者は(一部を除いて)いなかった。
だが、オーレリアの次の言葉が空気を変えた。
「だが、常在戦場という言葉がある。平時で得難き気風を学ぶには絶好の場所であるとも言えるだろう」
「自らを高める覚悟なき者は今、この場で去れ。教練中に気を緩ませ、女神の元いや……
地獄に行きたくなければな」
「ッ!」
オーレリアの言葉に皆誰もが真剣な眼差しで聞いていた。これが《黄金の羅刹》と言われた将たる所以なのだろう。
「フフ ならば、ようこそトールズ士官学院・第Ⅱ分校へ!」
「『若者よ、世の礎たれ』」
「かのドライケルス大帝の言葉をもって、諸君を歓迎させてもらおう!」
分校長の挨拶代わりの演説の後、生徒たちはそれぞれの担当教官の元に集まっていたが、キリコたち4人はその場に留まっていた。
「え、えっと……」
「結局のところ、僕たちはどうすれば」
「…………」
「ねぇ君、今の話どう思う?」
キリコが腕組みしていると、ピンク色の髪の女子に話しかけられた。
「さあな」
「いや、さあなじゃなくって。それにさっきの捨て石って言葉。まともじゃないわよ」
「………」
「ちょっと!聞いてるの?」
「………」
「ん、もう!」
ピンク色の髪の女子は憮然とした。
(何よ。感じ悪いわね。これだから帝国人は)
(この男、なんという隙のなさだ。ただ者じゃない)
(………??。なんでしょう、この感じは……)
このやり取りを見ていた青髪の男子はキリコの本質に驚き、白い髪の女子は初対面であるはずのキリコに奇妙な感覚を覚えた。
その隣でリィン・シュバルツァーがオーレリアにクラス分けの続きを促した。
「そなたら四名の所属は《Ⅶ組特務科》担当教官はその者、リィン・シュバルツァーとなる」
[キリコ side]
分校長の言葉で俺は、Ⅶ組特務科に所属が決まった。
そしてミハイル少佐、シュミット博士に先導され、主計科の女子生徒と共に、分校の奥にある要塞のような施設に来ていた。
「わああっ……!」
「送られた図面で見ましたけどこんなに大きいなんて……!」
「フン、この程度ではしゃぐな。伝えていた通り、お前には各種オペレーションをやらせる。ラッセルの名と技術、せいぜい示してみるがいい」
ラッセル……確かリベールのZCF(ツァイス中央工房)のラッセル博士か。
このティータという生徒はおそらく、ラッセル博士の身内なのだろう。
そう思っているとミハイル少佐から、Ⅶ組特務科には入学時の実力テストとしてこの特殊訓練施設アインヘル小要塞の攻略を命じられた。
難易度の変更は自由自在、おまけに魔獣も放たれている。訓練にはうってつけだろう。
だがここは学校だ。
精神年齢が百歳近い俺はともかく、周りは身も心も成人していない学生ばかり。
そんな者が魔獣の放たれている場所へ行けと言われて冷静でいられるわけがない。
「な……!?」
「ま、魔獣 冗談でしょ!?」
結果はこの通りだ。
だが、それをよそにシュバルツァー教官はⅦ組特務科の名を実感させる入学オリエンテーションであり、新米教官の実力テストであることを突き止めた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ピンク色の髪の女子が我慢に耐えかねたらしく、声を荒げる。
「黙って付いてきたら勝手をことをペラペラと……。そんな事を……ううん、こんなクラスに所属するなんて一言も聞いていませんよ!?」
「適正と選抜の結果だ。クロフォード候補生。不満ならば今すぐ荷物をまとめて軍警学校に戻っても構わんが?」
軍警学校……クロスベル州の軍警察学校か。
なるほど、さっきからシュバルツァー教官に対する態度はそれか。
帝国では英雄と持て囃されていても、クロスベル州では不倶戴天の敵というわけか。
「……納得はしていませんが状況は理解しました。それで、自分たちはどうすれば?」
青髪の男子の質問にミハイル少佐は小要塞内部で待機するよう答え、シュバルツァー教官に大きめのクォーツを渡した。
その後、各自情報交換とARCUSⅡの指南を命じた。
大分待たされたのか、シュミット博士はティータに10分で準備するよう急かした。
小要塞内部は思ってたより広い。俺は思わずワイズマンの人工天体を思い浮かべた。
シュバルツァー教官は白い髪の女子と何か話している。
どうやらこの二人は知り合い同士らしい。
その後、シュバルツァー教官は互いに自己紹介をしておこうと言った。
「俺は…「フン……名乗る必要なんてないでしょう?《灰色の騎士》リィン・シュバルツァー。学生の身でありながら1年半前にあった帝国の内戦を終結させ、クロスベル戦役でも大活躍した若き英雄。帝国どころかクロスベルでも知らない人はいないくらいの有名人じゃないですか」
シュバルツァー教官が自己紹介しようとした時、ピンク色の髪の女子が皮肉混じりに被せてきた。
「捕捉すると、その後も今の本校に在学しながら帝国各地の事件や変事を解決し……昨年10月の《北方戦役》ではオーレリア、ウォレス両将に協力する形でノーザンブリア併合に貢献したらしい」
青髪の男子がそれに続く形で捕捉した。
「そ、そうなの!?というかオーレリアってさっきの……。というか、ノーザンブリア併合に貢献って……!?」
どうやら最近の事は知らないらしい。
北方戦役。
北のノーザンブリア自治州とエレボニア帝国の戦争。
帝国東部の交易地ケルディック焼き討ちの実行犯である《北の猟兵》に対し賠償金の支払いを要求したが北の猟兵はこれを拒否したため、開戦となった。
土地が痩せ貧困に喘ぐノーザンブリアが帝国に敵うはずもなく、降伏。
ノーザンブリアは帝国と併合し、支配下におかれた。
なお、この戦いでオーレリアとウォレス率いる領邦軍は再評価され、一つに纏めた《統合地方軍》として存続が認められた。
シュバルツァー教官も参戦し、青髪の男子の言うとおりの活躍をしたらしい。
ピンク色の髪の女子に睨み付けられても、シュバルツァー教官は構わず、自己紹介をした。
次に青髪の男子が自己紹介をした。
「クルト・ヴァンダール。帝都ヘイムダルの出身です。」
武術の心得がない俺には解らなかったが、シュバルツァー教官の反応を見る限り、有名らしい。
「ヴァンダール、そうだったのか。するとゼクス将軍やミュラー少佐の……?」
「ミュラーは自分の兄、ゼクスは叔父にあたります。まあ、髪の色も含めて全然似ていないでしょうが」
「それは……」
心当たりがあるのか、シュバルツァー教官は驚いていた。
また、クルトはシュバルツァー教官の眼鏡が伊達であることを言い当て、外すよう勧めた。
教官は苦笑いしながら、ピンク色の髪の女子に自己紹介を促した。
「ユウナ・クロフォード。クロスベル警察の出身です。正直、よろしくしたくないけど……そうもいかないのでよろしく!」
クロスベルにあるのは軍警学校のはずだが。それをシュバルツァー教官に指摘されると、
「併合前は警察学校でした!それを帝国が勝手に変えて……」
「それとも正式名称以外は使うなって言うんですか!?」と激昂した。
「いや……他意はない。悪い、無神経だったようだ」
「っ………別に。あたしも言い過ぎました」
シュバルツァー教官の謝罪に怒りを引っ込める。
ユウナ自身は教官を忌み嫌っているわけではないらしい。
「次は私ですね。」
白い髪の女子が自己紹介を始めた。
「アルティナ・オライオン。帝国軍情報局の所属でした。」
爆弾を投げ入れた。
「……!?」
「へ……」
二人の反応は当然だろう。
どう見ても自分たちより年下のアルティナが諜報機関だと言うのだ。
それにしてもあっさりと明かした。この世界では普通なのだろうか?
アルティナによると、ここに入学した時点で無所属になっているので気にするなとのこと。
二人は納得できていないようだが、シュバルツァー教官はまた苦笑いを浮かべている。
「最後は君だな」
やっと俺の番か……。
「キリコ・キュービィー。よろしく頼む」
「え、それだけ?」
「他にはないのか?」
「特にない──」
「思い出しました」
「キリコ・キュービィー……先の内戦時に第九機甲師団に協力する形で機甲兵を駆り、貴族連合軍を何度も退け、オーレリア将軍やウォレス准将と互角に渡り合ったと情報局の秘匿データベースで拝見しました」
「「ッ!?」」
「な、何っ!?」
アルティナの一言で周囲は唖然となり、俺は仕方なく説明することになった。
「……そいつの言ったことはだいたい合ってる。そして俺は分校長の推薦でここにいる」
「す、推薦って……」
「なるほど、通りで」
「そうだったのか。よろしく頼む」
「はい」
全員の自己紹介が終わったのを確認したのか、天井から聞き覚えのある声が響いた。
どうやらセッティングが終わったらしい。LV0というからには腕試しのつもりだろう。
シュバルツァー教官が少し待つよう告げ、戦術オーブメントを取り出し、説明を受けた。そして大きめのクォーツを渡された。
どうやらこれはマスタークォーツというらしい。
俺は渡された火属性のマスタークォーツ――ロンギヌスを装着した。
なるほど、今までの戦術オーブメントとは比べるまでもなく、身体能力が向上している。
それだけでなくアーツも使えるようになった筈だ。
もっとも俺はアーツにはあまり頼らないが。
『フン、準備は済んだか。ならばとっとと始めるぞ』
今度はシュミット博士の声が天井から響いた。
よっぽど人を急かしたいらしい。
シュミット博士からLV0のスタート地点とクリア地点の説明もそこそこに何やら聞こえてきた。
『は、博士……?その赤いレバーって……』
………嫌な予感がする。
『ダ、ダメですよ~!そんなのいきなり使ったら!』
奴は何をさせる気だ?
『ええい、ラッセルの孫のくせに常識人ぶるんじゃない……!』
ラッセル博士は相当の変人らしい。
『それでは見せてもらうぞ。Ⅶ組特務科とやら』
『この試験区画を、基準点以上でクリアできるかどうかを!』
俺たちはモルモットか…………ッ!?
「!! みんな、足元に気をつけろ!」
「へ……」
「なっ……!?」
言われるまでもない。
俺は床がガタンと鳴った瞬間、バックステップで回避したが、ユウナとクルトと反応が遅れ、そのまま落ちて行った。
シュバルツァー教官は素早く傾いた床を掴み、二人に受け身をとるよう指示した。
そしてアルティナはというと……
「クラウ=ソラス」
黒い人形に乗っていた。
しかも宙に浮いている。
「……………」
「大した反応速度だな。だが気持ちは解るが今は試験が優先事項だ。床に手をつきながら降りるんだ。」
「………はい」
俺は思わず呆気にとられた。
そんな俺の心情を察したシュバルツァー教官が指示を出した。
確かに気にはなるが、今はこちらが先決だ。
俺はそう言い聞かせて地下へ降りて行った。
これから始まるのだ。俺の中の異能との果てしない戦いが。
[キリコ side out]
ロンギヌス
オリジナルのマスタークォーツ。
火属性
レベルがひとつでも上の相手にクリティカル