…『東方project』というゲームを知っているだろうか。様々な妖怪、妖精等―――勿論人間も―――の少女達が弾幕ごっこという遊びを通して異変を起こしたり、それを解決したりする弾幕シューティングゲームだ。そのゲームのキャラの中でも僕が好きなのはチルノ。冷気を操る程度の能力を持っていて…ってそんなことはどうでもいい。なぜいきなりこんな説明染みたことを言っているかというと、だ。
「どこなの…ここ…」
現在僕がいるところは全くもって見覚えの無い湖。周囲には霧が漂っていて視界が少し悪く感じる。近くに人の気配はせず、ただ霧が見えるだけである。
「わけがわかんない…」
現状の理解ができず頭を抱えようとして、はて、と首をひねる。自分の声はこんなに高かったであろうか。それと殆ど同時に、え、と呟く。―――視点が低い。普段ならば今自分が立っている位置からなら湖の表面位は見えるはずである。
体からどっと嫌な汗が吹き出す。見覚えの無い湖。見覚えの無い―――――本当に?
弾かれたように湖に向かって走り出す。踏み出す時に足を滑らせて転びそうになったが構わず走る。湖に足を突っ込む寸前に急停止。湖に落ちそうな程身を乗り出す。
――――透き通るように細やかで、絹のように艶やかな水色の髪。
―――――宝石のように輝く、淡くやわらかい青色の瞳。
――――――青色のワンピースを着た体の後ろには、太陽の光を反射してキラキラと光っている氷が見える。
「………チルノ?」
その呟きと水面に写った顔の口が小さく開かれる。それは湖に写っている者が自分であるということを理解させるのに十分なものであった。
体を起こし、改めて周囲を確認する。この状況を考えればここはチルノの本拠地である霧の湖。霧で見えづらいが、目を凝らすと赤い…いや、紅い館の様な建物がおぼろげに見える。アレは恐らく東方projectの作品の一つ、東方紅魔郷の舞台である紅魔館だろう。と、いうのも、紅魔郷ではチルノが2面ボスとして登場しているため、紅魔館と霧の湖の距離はそこまで遠く無いだろうと考えての推測である。
―――ふと、何かが近づいてくる気配がした。今誰かと遭うのはまずい。そう判断し、何かが近づいてくる方向とは反対に向かって走り出す。飛ぶことはしない。…いや、しないというより出来ないのだ。肉体はチルノだといっても中身は一般人。そこらの妖精や妖怪の様に楽々と空を飛べるわけがない。後ろから誰かの声が聞こえるが無視して走る。
しばらく走ると前に先程見ていた紅魔館の門が見えてきた。どうやら逃げた方向が運良く紅魔館の位置する方だったのであろう。とにかくとりあえずここの中に逃げ込もうと門を通ったところでおや、と疑問が浮かぶ。
東方紅魔郷では、舞台である紅魔館の門番として紅美鈴という妖怪が存在する。するはず…なのだが。
周りを見渡す限り人影は見えない。が、今はそんなことを考えている暇も無いので浮かんだ疑問についての思考を止め、急いで紅魔館内部へ入り込む。
――中に入って目に入るのは紅、紅、紅。とにかく紅い物が多く、床なんかは血で塗ったかの様な濃い紅が続いている。初めて見る本物の紅魔館に興味が湧いてくるが、今はそれどころではない。なにせ自分は不法侵入者。門番がいなくても不法侵入は不法侵入。見つかったら面倒くさいことになるのは想像に難くない。ということでどこかに隠れてしばらくしたら脱出、が現状とるべき行動だろう。まずは誰にも気づかれないように隠れる場所を――――――――
「あなた、侵入者ね?」
―――――探すことは無理そうだ。
後ろからの殺気を受け、体が蛇ににらまれた様に固まる。ああ、神様。私を助けてください…などと普段全く祈っていない神に祈りを捧げていると、背中に受ける殺気が強まる。
「不審な行動はしないでちょうだい。両手をあげてゆっくりこちらを向きなさい。抵抗の素振りを見せた瞬間、あなたの頭は体と一生のお別れをすることになるわ」
…まずい。祈るポーズが癪にさわったようだ。相手に警戒されないようにゆっくりと、声の主の方へ振り向く。
そこにいたのは銀色に輝く髪を持ち、メイド服を着ている少女―――この紅魔館のメイドであり、『完全で瀟洒な従者』の二つ名を持つ―――名を十六夜咲夜。東方紅魔郷の5ボスがこちらを睨みながらナイフを構えていた。