背中に嫌な汗が滲む。十六夜咲夜―――――2面ボスのチルノとは違いその登場面は5。更に時間を操る程度の能力を持つという優秀さ。自分が憑依する前…オリジナルのチルノでも勝てる確率が殆ど無い。なので今ここで咲夜と闘っても負けるのが目に見えている。
――よって、今取るべき行動は対話。ただの迷子の妖精ということを話せば、幾分かマシな処遇になるかもしれない。
こちらを睨んでいる咲夜に、あの、と声をかける。
「ここはどこでしょうか…?」
その言葉に咲夜の顔が一瞬キョトンと呆けた顔になる。が、それもすぐ真面目な顔に戻る。
「どういうことかしら?あなたはここに無断で侵入してきたんじゃなくて?」
こちらへくる殺気が少し弱くなる。チャンスだ。そう思い、言葉を続けようとした時―――――――
「あら、惰弱な妖精風情がこの館に何の用かしら?」
――――空気が変わった。体が恐怖に包まれて動けない。本能が『逃げろ』と全力で警報を鳴らす。今の自分はどうやってもこの人には勝てない。そう確信してしまう程この場に現れた者は強く、それでいて美しい。
――――レミリア・スカーレット。この紅魔館の主である吸血鬼で、東方紅魔郷の6面ボス。その齢は500を超え、しかしそれでもなおその種の中では幼いとされる。その外見も幼い子供に見える。が、それでも吸血鬼は吸血鬼。生まれもったカリスマ性と妖怪特有の力の強さを含有する。
「悪いけど、私は今気が立っているのよ。誰かさんの侵入で目覚めがとても良かったから、ね。」
先程の咲夜なんて比べ物にならない程の濃密な殺気が体を包み込む。怖い、怖い、怖い!
恐怖に体が震え、しかしそれでも睨まれて逃げることの出来ない状況に涙が出てくる。
「あの、お嬢様…」
と。眉を少し下げた咲夜がレミリアに声をかける。
―――レミリアの注意が咲夜に逸れた一瞬。その機会を逃すかとばかりに後ろを振り返り扉に手をかけようとする。
「あら?どこへ行こうとするのかしら?」
腕が動かない。レミリアに掴まれたのだ。嫌だ!死にたくない!こんなところで――――――――
『死んで堪るかッ!』
熱い感情とは裏腹に、腕に冷気が灯る。咄嗟に手を引いたレミリアがまた腕を伸ばしてくるが、もう遅い。扉を開け、その扉に向かって冷気を集める。
――何よりも冷たく。硬く。
その思いを込めた氷は、扉を覆う程の大きさになり、扉から追うことを許さない。
紅魔館に背を向けて走り出す。紅魔館から出来るだけ遠くへ。妖精がいるところは避けて。とにかく遠くへ。
――
「……咲夜。」
紅魔館の当主、レミリア・スカーレットがそのメイド長、十六夜咲夜に言葉を告げる。
「私の腕を氷付けにした氷精。必ず見つけ出して始末、あるいは捕縛して来なさい。絶対にだ。」
氷付けにされた腕がワナワナと震える幼き紅い吸血鬼。その目はその憤怒を表すようにギラギラと輝く。が、咲夜の目に怯えの色は見えない。ただ命令をこなすだけの冷たく蒼い目がレミリアを捉える。
「仰せのままに、お嬢様。」
軽く令をして咲夜の姿が消える。時を止めて移動したのだろう。レミリアは凍っていない腕で頬杖をつき、先程の氷精について考える。
「―――――運命が2つ。本来ならあり得ない事象……でも、必ずあなたは殺すわよ―――――」
『運命を操る程度の能力』
レミリアの持つ能力であり、ありとあらゆる者の事象を操ることができる―――――程の便利能力ではないが、運命の大筋は視ることができ、自分が動くことで運命に介入することができる。それでも運命を自由に操れる、とは言い難いが。
この時レミリアに視えていたのは2つの運命。1人が持つ運命は1つ。それは多重人格者でも変わらない。今まで何人もの運命を視てきたレミリアから言わせれば氷精の運命は『異質』。更に奇妙に思うことといえば氷精の紅魔館への侵入。レミリアは毎日まず起きると自分の運命を視る。その日に紅魔館へと訪れる者を把握しておき、一日のスケジュールを決めている。が、…氷精が来るということはレミリアの運命には無かった。それなのに事実、氷精は紅魔館に侵入し、レミリアとのエンカウントも果たしている。
――――奇妙な妖精、これに尽きる。ふぅ…とため息を吐き、自分の今日一日の予定をぶち壊しにした氷精をどうやって捕まえ、痛め付け、殺すかを考える。残虐な殺し方を思い付いてクスクスを笑うその姿は、紛れもない妖怪の品をもち、まさしく『鬼』の名を冠する吸血鬼に相応しいものだった。