東方氷精紀   作:鬼如月

3 / 4
第三話

 

―――――逃げる。

とにかく遠くへ。

 

そう夢中で走って、ふと周りを見回した時に気付く。

 

―――周りを見回せば木、木、木。

いわゆる森だ。所々に禍々しい模様のキノコが生えており、さらにそのキノコの周囲には瘴気が漂い、視界が遮られる。この瘴気のせいで近くの木しか見ることができず、開けた所がどこにあるのかがわからない。迷子だ。完全に。

 

とりあえず直進してみる。瘴気を放つキノコはなるべく避けながら、木々を掻き分け進んでいく。

 

 

 

 

「で、出れない…」

 

長い間森をさ迷っていた様で、空を見上げると丸い月が自分を見下ろしていた。

疲労も大分溜まり、瞼が重くなる。森に来るまで走っていた上、何時間も森をさ迷っていたので、当然の結果だということはわかるが、ここで寝るのはまずい。

一旦休憩、と、近くの木の幹に寄っ掛かるように座り込み、息をつく。

と、同時に、先程まで歩いていた疲れが一気に押し寄せてくる。吐き気も出てくる。そういえば、と。少し前から息苦しい感じがしていたことを思い出す。

 

あ、コレ、やばい―――――

 

そう考えるが既に行動を起こすには手遅れで、意識が深い闇に沈んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――「ちょっとあなた!大丈夫!?」

 

 

――――女性の声で目が覚める。どうやら倒れてしまったらしい、体が動かせず、なんとか動かすことのできる目で声の主を追うと、倒れているので顔までは見ることが出来ないが、茶色いブーツを履いた脚が見える。とりあえず助けを求めようとするが口も動かせない。

ああ、南無三。僕の命はここで尽きてしまうのか。と、悲観的になるが、ふとある疑問が頭に浮かんでくる。―――『森』『ブーツの女性』―――東方projectの登場人物にこの単語が当てはまる者はいなかっただろうか。

 

 

―――一人、該当する人物がいた。

東方projectの作品の一つであり、東方紅魔郷の次にリリースされた作品、『東方妖々夢』の三面ボスで、種族を魔法使い。七色の人形使いの二つ名を持つ洋風な衣服を見に包んだ少女。確か名前は―――――――

 

 

――――アリス・マーガトロイド」

 

アリスがぎょっとして此方を見る。どうやらいつの間にか口が動くようになっていたらしい。

 

「体が、動かないんです」

 

口が動くと理解してすぐにアリスへ助けを求める。

 

「口と目、しか、動かなくて」

 

必死に助けを求める。ここで置いていかれたら御陀仏だ。

 

「だか、ら、助、け、」

 

ポン、と、頭に手がのせられる。

一瞬体が強ばるが、その手付きに悪意が無いことを理解し、力を抜く。

 

「そんな必死にならなくても助けるわよ。むしろ知能のある妖怪だとそんな状態のあなたを無視して歩いていく奴の方が少ないわ」

 

その言葉に安心感を感じ、同時に睡魔が襲う。目を細める自分を見て、アリスはフフ、と微笑み自分をなでる。

 

その行動に微かに残っていた力も抜け、意識が再び闇へ沈んでいく――――――――

 

 

 

 

 

 

 

―――――「なぜあの妖精は私の名前を知っていたのかしら…」

 

私――――アリス・マーガトロイドは先程の妖精を家に運びながら考える。

 

確かに『アリス』自体はお伽噺等でよく知られているし、洋風な服を着ている自分を不思議の国のアリスだと思ってもおかしくはない、と思う。恐らく。

だが、『マーガトロイド』の姓を知る人は少ない。そもそも"不思議の国のアリス"からマーガトロイドという姓は出るわけが無いだろう。その上、マーガトロイドという姓を持つ人物も殆ど聞いたことが無い。誰かと間違えたということも考えにくいだろう。

 

そもそもまだ幻想郷に来てから一、二ヶ月程度で、ここでできた友人も片手で数えられる人数の上、自分のことを無駄に広めようする人物は友人にいない。

 

だとすると一体全体何故彼女は自身の名を知っていたのだろうか。自分の家の扉を開き、抱いていた彼女をとりあえずと自身が使っているベッドへ寝かせる。彼女は今も苦しそうで、身体中から汗が出ている。恐らくこの森、『迷いの森』に漂っている瘴気の作用だろう。瘴気の抗体を作る作用の薬を調合しながら思考を続ける。

 

彼女が妖精だということ、その中でも主に氷を使う妖精であることはその氷で出来た羽根で理解できる。

 

だが、妖精であるならばある程度は魔法の森の瘴気には耐えられるはずであり、少なくとも森の中で全力疾走する位では全く害がないはずだ。その上、妖精というものは死への恐怖が薄い。妖精は自然の中から生まれる精霊である。身体活動が停止したとしても、明確な死の瞬間の記憶を忘れ、また自然の中から復活する。あり得ないのだ。妖精が死に対して強い恐怖を感じることなど。

 

薬を調合し終わり、彼女に飲ませて一息つく。…まあ、どんな考察をしようにも、まずは彼女が目覚めないと話が進まないだろう。そう考え、ひとまず彼女が起きるのを待つ。

 

…そういえばそもそも何でこんなところに居たのかしら。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。