羽根っ娘もの   作:take2

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3話ぐらいの短編


羽根っ娘もの

 魔と人は決して相入れることはない、たとえその姿がどれほど人に近づいたって。

 

 それが森の守護者として第一に叩き込まれたことだった。人と自然は共存して生きていくべきだが、そこに魔は不要であると。

 耳が痛くなるほど聞かされてきたその言葉を、俺はどれだけちゃんと考えていたか。

 

 あとは経験を積むだけだ、師匠から任された小さな森は出ても精々ゴブリンぐらいだった。しかもわざわざこちらが対処するまでもなく、森の動物に駆逐されることがほとんど。

 

 どちらかといえば森の希少な動物を狙う人間達――目先の金につられた馬鹿どもの対処の方に手を焼いていた。

 人間の方が害悪なのでは、そう思いつつ森の動物達と協力する日々、いかに小さな森とは言え1人で守るのは無理だった。でも動物達が協力してくれるなら、情報さえあるなら。

 

 人に対しては()をぶつけ、魔には動物があたる。極論、人が居なければ守護者がいる必要は無い。

 

 まあ森がなければ守護者がいる必要がないに言い換えることもできるけど、そんなくだらないことばかり重ねていた日のことだった。

 

 ある1つの転換点、分岐点。

 守護者として失格となった話。

 

 ●

 

 朝起きて窓を覗いて、思わず訝しげに眉をひそめた。

 経験からして出るはずのない霧、それも1メートルほど先も見えないほどの深い霧。

 ほんの少しだけ嫌な予感がした。

 どうして霧が出たのか――まあ結局、自分の予想間違いと捉え深く考えることはなかったのだけれども。

 

 もし素人がこの状態の森に入ったなら出てこられないだろう――逆に言えば今日の仕事は気楽なものになる。常人なら間違いなく遭難するような森に、のこのこ突っ込む馬鹿は居ない筈だ。

 

 久しぶりに自由な行動ができそうだと、気分良く採取用の大きいバックを取り出して森へと飛び出した。

 濃い霧が出ようとも、この森を迷わない実力があれば問題ないということだ。

 自分ならこの家、森の入り口から深く入ったところに建てられた小屋にちゃんと戻ることが出来る。

 

 樹木が淡い影となって立ち並んでいた。

 土を踏みしめる音だけが耳に届く、外を歩いてみてやはりこの霧は異常な気がしていた。

 なんとなく、人工的な。風に揺らめくこともなくただじっとそこにある。

 

 それを感じ取ってたか森の住人達も姿を見せようとしなかった、鳥の鳴き声すらしないとはどういうことだろうか。

 はたして俺1人だけがこの森に取り残されたような気がして、それを否定するかのように目の前をぽとりと木の実が落ちてきた。

 

 慌ててその木の実を拾い上げる。白い霧の中に赤い色が良く映える、森の中では貴重な甘味だった。

 しかし、この付近ではこれがとれる木はない。

 

 1つ溜息をついて、早足で歩き始めた。

 異常事態のサイン、赤い木の実が自分たちで対処できない問題が発生したと言う印、言葉が通じない動物達と自分との唯一通じる記号がそれだった。

 元はといえば師匠が動物達と決めたらしいそれを自分も使わせてもらっている。

 

 武器は腰にくくりつけた鉈と背後にある弓。視界不良で弓は使えないが、相手が人であるならそれはこっちにとっても好都合である。

 

 前を先導する小さな足音をひたすら追いかける。

 姿は見えないがおそらくリスだろう。小さくおとなしい動物だけれども、森の中ではかなり数がいて情報の伝達スピードは一番早い。

 数は力である、その広い網のおかげで今日も真っ先に事態に気づくことができた。

 

 相変わらずのっぺりとした霧を掻き分けて進んでいって、かすかな血の香りに気づいた。

 迷わず鉈を引き抜く、あとは任せたとばかりにリスの足音も消えた。

 

 十分助かった、そう心の中でつぶやいて香りの方向へと静かに近づいていく。

 やられたのは動物だろうか、即座にその予想に否と判断する。

 他の動物が居ない。仲間がやられたのならば、それを助けようとする動物が居る筈だった。

 

 死体、もしくは対処に困る外敵。

 死体なら状態を見て仲間の可能性を探る、もし生きている敵ならば――殺すしかない。

 好材料は相手が負傷しているということ。

 

 殺すということに対しては忌避感を抱いていなかった。

 もう今更の話だ、そんな血生臭いことに慣れきってしまったから。やってくるのは屑ばっかりだ、そのくせ無駄に頭の回る。

 

 正当性があれば人は振り切れることが出来る。

 今日も俺の仕事を淡々とこなすだけだ、それが義務だから。恩に報いるにはそれぐらいしかできないから。

 

 血の香りは次第に濃くなっていた、けれどもその元から何の気配もしない。

 ほんの少しだけ気が緩んだ時に不意に霧が揺らめいた、風が吹いたわけでもないのに。

 

 霧が、晴れる。

 コーヒーに角砂糖を溶かすかのように一瞬で、飲み込まれて行ったのは黒ではなく青い空にだったけれども。

 そこに至ってようやく晴れだと気づいた。予想は外れていなかった、けれどもそれに意識をやっていたのは一瞬。

 

 晴れた空の下、木にもたれ掛かって1人だけ。

 白い、淡い雪を思わせるほど白い髪。

 綺麗な人だと思った。ジワリと手に汗が滲んで、取り落とさないようにしっかりと握りしめる。

 

 恐らく彼女と言うべきなのだろう。彼女は俺に気づく様子もなく、静かに目を閉じている。

 元は髪と同じく純白だったろう服は血と泥で滲んでいた。肩に突き刺さった矢が何があったのかを示す。

 

 見惚れて呼吸を忘れていたことに気づき、1つ深呼吸する。少なくとも敵ではない、鉈を再び腰に下げ静かに近寄る。

 

 近づけば微かに胸は上下していて、ほっと胸をなで下ろした。見たところ肩の矢以外に怪我はない、もしかしたら矢に毒が塗ってあったのかもしれないが。

 人に狙われたと言うことは、多分物珍しさから人狩りにでも狙われたのだろうと当たりをつけていた。

 

 ならば致死性の毒ではなく、せいぜい体を痺れさせる毒。

 時間が経てば消えるだろうし、何なら小屋に戻れば解毒させるものを見つけられるだろう。

 

 この場に彼女を置いていく考えはなかった。霧が晴れた以上追手がくることは確実で、彼女が捕まらないよう立ち回る自信はない。

 そう考えて彼女を抱きかかえようとしたところで、再び俺は動きを止めた。

 

 

 

 どうして彼女はここにたどり着くことができたのか? 

 矢を打たれて毒が回る中、どうしてここにたどり着いたか? 

 どうして矢を打ち込むところまで行って彼女を捕まえることができなかったのか? 

 

 全ての答えが彼女の背中にあった。

 人ならざるものの証明、翼が一対生えていた。

 

 

 

 師匠の声が蘇る。

 

『魔と人は決して相入れることはないんだよ』

 

 苦々しい顔をしてさらに言葉を続けた。

 

『だから、殺しなさい。どこまで人に姿が似ていたとしても、お前が守護者でありたいのなら』

 

 今思えば、師匠も同じ経験があったのかもしれない。限りなく人に近いそれに出会ったことが。

 そして今もまだ守護者であると言うことは、つまりはそう言うことなのだろう。

 

 俺が殺す、彼女を? 

 守る責務はない、殺したところで誰も責めやしないだろう。だから彼女の肩に突き刺さったこの矢を打ったやつも対して罪悪感を抱いてなかった筈だ、人じゃないから、魔物だからと。

 

 でも動物達が何もしなかったと言うことは彼女は何もしなかったはずなのだ。悪意には悪意を、善意には善意を返す純粋な動物達は。

 俺を呼んだリスは、果たしてどうして欲しかったのだろうか? 

 彼女を助けて欲しかったのか、それとも後始末を頼みたかったのか。

 

 このままここに置いてく選択肢はただそのまま死んでいくか、見世物としてどこまでいっても辛い人生を暮らすことになることは見えていた。

 ならば今ここで、けれども右手はピクリとも動かなかった。

 

 どれほどの時間が経っただろうか。1時間のように思えけれど、本当は1分や2分かもしれない。

 

 その硬直を破ったのは俺ではなく、彼女だった。閉じていた瞼が開いて、ようやく彼女が碧眼だと知ったのだ。

 未だ意識もはっきりせず焦点の合わない目で、こちらを見つめていた。

 

 必死に口を動かそうとするのを見て、冷静なところでは喋らせるべきではないと気づいていた。

 そうわかっていたのに、実に自分は馬鹿なことをしたのだ。

 

 でも今思えばはっきりわかる。理由を求めていた、彼女を助ける理由を。

 

「助けて欲しいか?」

 

 傲慢な質問だ。他人本位な言葉、自分の行動を他人に任せるだなんて。自分を卑下しながら答えを返してくれ、そう願っていた。

 

 そうすれば、進むことができるから。

 

「た、す、け――て」

 

 いまだ自由に効かない体なのだろう、体に残る力を張り絞っていった言葉はたった4文字。

 それだけ言って彼女は再び意識を手放した。

 

 それで、十分だった。

 その一言で自分は一線を踏み越えることができた。

 

 過程に色々情けなさを抱いたとしても、俺はその選択に対して今も後悔はしていない。

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