羽根っ娘もの   作:take2

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第2話

 ベッドまでの数歩が限りなく遠く、彼女の手に握られたナイフがゆらりと鈍く光る。

 いまだ毒が抜けきってないのか、切っ先はフラフラと揺れていた。もし彼女が敵ならばこれ程御し易い相手も居なかっただろうに、そうは問屋が卸さない。

 

 ナイフを突きつけられているのは彼女自身の首筋だったから。俺が止めに入るより、首筋を掻っ切るスピードの方が圧倒的に早い。

 

 まさか彼女自身を人質に取られるとは、でもそこまで俺は悪くないはずなのだ。

 彼女をベッドに横たえさせて、一通り治療を終え席を離れただけなのに。

 

 彼女が何を持ってるかちゃんと確認しなかったのが唯一のミス、意識が無いのなら大丈夫だろうと決めつけていた。

 運悪く席を離れた間に意識を取り戻したのか、それとも治療の途中で意識を取り戻していたのか。

 

 まあどちらでもいいことだ。

 自室に戻ってきたときには彼女はナイフを取り出して自分の首筋に突きつけていた。そして部屋に入ったところで足止めを食らっている、ただそれだけのこと。

 当面の問題はどうやって近寄るか、とりあえずこの膠着を動かそうと俺は口を開いた。

 

「お早いお目覚め、何より結構。ちゃんと元気なようで」

「近寄らないで!」

 

 踏み出そうとした足をピタリと止める。警戒されてる――それも当然か、助けを求めてきたのは彼女だとは言え意識が朦朧としていた時の事だ。

 

「近寄ったら首を切るわ、いい?」

「別に死ぬのはいいんだがベッドの上以外で死んでくれ、それだけは頼む」

 

 拍子抜けしたのか、キョトンとした顔がほんの少しだけ面白かった。

 死んでもいいなんて当然嘘である。ベッドの上以外で死んで欲しいというのは事実だが、どうすれば彼女を助けられるか必死に考えを巡らせていた。

 

「で、お前は自分を人質に取ってどうしたいんだ? ここの出口でも教えて欲しいのか?」

「……」

 

 目的も定まってなかったのか、彼女は黙り込んだ。椅子を引き寄せて腰掛ける。近寄らなければセーフなのか、それに関しては彼女は何も言おうとしなかった。

 

「ここは森を少し入った所の一軒だけぽつんと建っている家だ、まあ土地勘もないだろうし言ったところでわからんとは思うが」

 

 慌てて窓の外を確認するのを見て思わずため息が漏れた。無防備にも背中をこちらにさらけ出して、警戒が甘すぎる。

 こっちの考えも知らずに、尋常ならざるものであることを証明する翼はゆらゆらと動いていた。

 

 一対、されど左右非対称な羽根。落下した時に怪我したのか右翼が折れていた。

 翼の折れた鳥は死ぬのを待つしかないというけれど、果たして彼女に当てはまるのだろうか? 

 

「その羽根で空を飛べるのか?」

「……無理よ」

 

 ナイフを首筋から離したが、いまだ彼女との距離は変わらない。焦らず一歩一歩着実に進もう、肝心なところでミスをするのが俺だから。

 

「とりあえず自己紹介でもしようか」

「私は貴方の名前なんて知りたくないわ」

 

 間髪入れずに素っ気ない返事が返ってきたが、微かにその声色に興味が見えたような気がした。

 

「たとえお前が知りたくなかったとして、俺が知りたいのは変わらないからな」

「それは、これから私が死んだとして全く役に立たなかったとしても?」

「なおさら……墓に名前を刻み込むのに必要だから」

 

 彼女はクスリと笑った。傷を負ってるにもかかわらず、その痛みを感じていないかのように。

 

「そう、それなら名前が必要になるかもね」

「だろ?」

「じゃあ先に貴方の名前を教えてよ、物好きな貴方の名前を」

「死ぬ前に俺の名前を知る意味があるのか?」

「死神様への御駄賃に教えてあげるのよ、わずかだけど足しにはなるでしょ」

「それはそれは」

 

 いい返しじゃないかと思わず笑う。

 あまり自分の名前は好きではないのだけれども、一本取られた以上教えないわけにはいかない。

 

「ルフ、それが俺の名前だ」

「へーそうなんだ……」

 

 名前が気に入らなかったのか、彼女はじっとこちらを見つめていた。吸い込まれるような、澄み渡った青空を思い出させるような瞳。

 いくら眺めていても飽きそうには無かったが、それより先に彼女がふっと視線を逸らした。

 

「教えてあげる――シルフィ、それが私の名前よ」

「……良い名前だな」

 

 本当に、心の底からそう思った。俺にその名前を呼ぶ権利はたぶんないのだろうけれども。

 それに対する返事はなく、再びやってきた沈黙は彼女のお腹の音に遮られた。

 年頃の女の子らしく顔を赤らめるのを横目によっこらせと腰をあげる。

 

「食べ物を取ってくる、すぐに戻る」

「別に私は食べ物要らないんだけど」

「勘違いするな、俺が昼ごはんを食べたくなっただけだ」

「……」

 

 じとーっとした目線を背中に感じつつ扉に手を掛けたところで、ふと1つ気になることに気づいた。

 

「お前、もしかして虫とか食べるのか?」

 

 鳥が食べるものは木の実や虫だけれども、はたして彼女も同じなのだろうか。

 虫を食べるとしたらそんな物用意もないし、なかなか想像したくない食事シーンになってしまう。

 そんな素朴な疑問に彼女は先ほどより幾分冷たい視線で答えた。

 

「私を何だと思ってるの……」

 

 ●

 

「確かに要らないとは言いましたけれど、本当にご飯を用意してくれないとは驚いたわ……」

 

 彼女の視線が更に冷たくなるなか、そんなこと気にも介さずスープをすする。視線がスプーンの動きに合わせて上下しているが無視。

 

「欲しいのか?」

「いえ別に欲しくはないわ、本当に」

 

 ピシッと背筋を伸ばして凛々しい顔でそんなことを言うが、キューと響く腹の音が邪魔している。

 いまだ距離は遠いがナイフから手を離してるのを確認して、再び立ち上がる。

 あらかじめ扉の外に置いていたスープとパンを乗せた盆、それを持ってすぐに部屋へと引き返す。

 

 それを見るなり彼女の顔がパッと輝いた。ちょろいやつ、そんな考えをおくびにださず近づいていく。

 食べ物に気を取られたのか先ほどと違って近づくなと言われることもなかった。

 

「ほら、これ」

「私が食べていいの? 本当に? 毒とか入ってない?」

「俺の分の食べさしがほしいなら交換するが」

「いや新しいほうがいいです。こっちにしてください、お願いします」

 

 ペコペコと頭を下げる様は先程の苦労による溜飲を、すっと下げてくれた。

 はわーと盆を両手で受け取った隙に、ベッドに置かれたナイフを素早く確保する。

 食べ物に気を取られているのか、スンスンとスープの香りを嗅いでいる彼女は気づいた様子を見せない。

 どれだけお腹が減ってたんだよ、呆れながらも念を入れて1つ手を叩く。

 

 俺の手の中に握られたナイフを見て、彼女はあっと声をあげた。そのまま動こうとしないのを恐らく武器となるようなものはこれっきりだったのだろうと判断する。

 

「食事のお代はこのナイフということで」

「……卑怯者」

「卑怯者で結構、助けたやつに死なれるよりそうなじられる方が全然マシだ」

 

 意地になって食べない選択もあっただろう、しかし彼女は躊躇いながらもスープを口にした。

 よほどお腹が減っていたのだろう、ひとつ食べ始めれば凄いスピードで食事が進む。

 

 作った甲斐があった。彼女の食事を見るのをやめて自分も食事を再開する。会話はなく、2人が食事をする音だけが室内に響く。

 

 久しぶりに他人と食事を食べる。師匠が去ってそろそろ一年、自分の味覚がズレてないか不安だったが、彼女の様子を見るに大丈夫な様だ。

 

 そんなことを考えていると、からんと木の皿にスプーンを置く音が聞こえた。

 自分より後に食べ始めたのに、もう食べ終わったのか。

 

「……ごちそうさまでした」

 

 そう言いながらも、何か物足りない様子で皿を見つめている。念の為、多めに作っておいてよかった、そう思いながら答えのわかりきった質問をした。

 

「……お代わりいるか?」

「する!」

「パンのお代わりも?」

「欲しい!!」

 

 今までで一番元気な声だった。空いた皿に再びスープを注ぎ、パンを持って引き返す。

 渡すなり、凄い勢いでパンに食らいつく。鳥というか魚、水面に放られたパンに我先にと群がるアレだ。

 そんな彼女の動きが不意に止まり、不思議そうに首を傾げた。

 

「これ、貴方が作ったの?」

「そりゃ1人でこの森に住んでるからな」

 

 纏めて買い出しに行くことはあれど、それを頻繁に行えるほど町は近くない。

 

「……そう」

 

 なにかを考え込んでいる様だが、それを明かそうとはしなかった。別に構わない、この短時間でこの距離が変わるわけが無いのだから。

 

 自分の分の食事を食べ終えて立ち上がる。ピクリと彼女の肩が揺れたが別にどうする気もない、ただ部屋から出て行くだけ。

 彼女を部屋に1人にしておくのは不安だが、俺にもいろいろやることがある。

 

「待って」

 

 扉を開けたところで呼び止める声がした。彼女の方へ振り返るも、彼女は皿を見つめたままで。

 

「なんだ?」

「どうして私に何も聞こうとしないの?」

 

 視線をよこさないまま投げられた質問を自分に問う、俺はどうして彼女から話を聞こうとしないのか。

 本当のことを話してくれると思っていないから? 知りたいことが多すぎてとりあえず保留にしてるから? 彼女に興味がないから? ――否、それらの全てを否定する。

 

「助けてって言葉を聞けたから、それだけ知ってれば俺には十分だ」

 

 それ以外の情報はいらない。

 彼女が俺に助けを求めた、その事実だけ知ってれば十分だった。そうすることで俺は1つの指針を手に入れることができたのだから。

 

「信用、して良い?」

 

 扉の向こうから微かに聞こえてきたその声に、俺は返事をすることは無かった。

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