それは電脳世界でも稀に起きるもので、起こる度に予報士を兼ねているとあるウェザーロイドが頭を抱えている
そんな彼女はさておき、今日も急な土砂降りが降ってきたようで…?
(番外編)
日もとっくに落ち、時刻は八時半。脱衣所からも聞こえてくる外の土砂降りの雨の音に『ばあちゃる』は小さく頭を抱えた。天気予報が珍しく外れ、外は出歩くことが難しいほどの雨に覆われている。これから家を出る予定はないが、この土砂降りはばあちゃるにとって問題であることは確かだ。
「お風呂あがったすよ」
リビングにいるであろう客人に声をかける。こんな時間に誰かを家に迎えるのは久方ぶりでなんとも慣れない奇妙な感覚に襲われた。
「あ、いいお湯だったでしょ?ちえりも入った時、気持ちよかったんだぁ」
「」
リビングにてテレビを視聴していた『花京院ちえり』がこちらに気付き、にこっと可愛らしく笑みを浮かべ迎えてくれた。しかし、その恰好が問題だった。
「あ、あのーちえりん?ばあちゃる君が渡したスウェットは、どうしたんっすか?」
「あれちえりには大きいよ。だから勝手にこれ着ちゃいました♪」
悪戯っぽく笑みを浮かべ、袖を俗にいう萌え袖にして着ている服を強調する。しかし、それはとても服とはいえるものではない。
「やってみたかったんだよね。『彼シャツ』」
ちえりが身に纏うのはばあちゃるが普段仕事で纏うYシャツだ。サイズがよほど大きいのか、シャツはすっぽりとちえりを包み、まるで下半身は何も身に着けていないようにすら見えた。
「いやいやいやいや、さすがに担当アイドルに彼シャツなんてさせたらね、ばあちゃる君がね、炎上しちゃうやつっすね、完全に」
「うまぴーの家じゃん。うまぴーかちえりが漏らさなきゃ問題ないよね?」
『はい、論破♪』と楽しく笑うちえりに言葉を失う。そもそもなぜこんな時間に生徒であり、担当アイドルであるちえりを家に招いているのかばあちゃるは思い出す。
といっても理由は単純で、晴れ予報だった天気のはずが降り出した雨に頭を抱え、急いで帰る途中でびしょ濡れで雨宿りをしているちえりを見つけたのだ。
『ちえりん!?こんなとこで何やってるんすか!?』
『はぇ!?うまぴーこそなんで!?』
『ばあちゃる君の家がこっちなんすよ。ああもう、このままじゃ風邪ひいちゃうっすよ!とりあえずばあちゃる君の家に行きましょう!』
『え、ちょ!?』
困惑するちえりの腕を引っ張り、自宅へ連れ込む。風邪をひいてはいけないと思い、ちえりを先にお風呂へ押し込み、ちえり用の寝間着である予備のスウェットを取り出してタオルと共に用意しておく。ちえりも同じく雨に濡れたばあちゃるのことが心配だったのだろう。身体が温まると長湯をせずにすぐにお風呂を後にし、ばあちゃると交代するようにリビングにて身体を休める。そして上記の状況へとなった。
「雨止まないねー」
「予報じゃ一日晴れだったっすけどね。これじゃぽんぽんが頭抱えてるのが目に見えるっすよ」
閉められたカーテンの奥の窓から未だに降り続ける雨の音が聞こえる。止む気配はなく、むしろ強くなっている気がするほどだ。このままではちえりを家に送ることも出来ない。どうしたものかと頭を抱えていると、ソファに座るちえりは携帯端末をばあちゃるに見せた。
「実は家に連絡してあるよ。『今日はお泊りします♪』って」
「ちょいちょーい!?お泊りって、ばあちゃる君の家にっすか!?」
「他にないでしょ。うまぴーの家、前々からちょっと気になってたし、いい機会かなって」
「いい機会って。仮にも男女なんすから、もうちょっと警戒とかした方がいいっすよ」
「うまぴーだから大丈夫。もちろん、両方の意味でだよ?」
『両方の意味とは?』とても聞けなかった。仄かに香る妖艶な笑みにばあちゃるは誤魔化す様に顔を逸らした。そして逸らした視線の先、ソファの正面に設置してあるテーブルにあるものにようやく気付く。
「ちえりん。これはいったい?」
「え?やだなー。うまぴーならわかるでしょ?」
テーブルに置かれているのは多くの氷が入った小さなバケツに冷やされたグラス。お茶、めめめが買って置いていったジュースの各種。そして焼酎。まるで今からお酒を楽しむかのようにこれらが綺麗に配置されていた。
「ま、まさか!?ダメっすよちえりん!?未成年飲酒は犯罪っすよ!?」
「もう!何言ってるの!飲むのはうまぴーだよ?」
「へ、ばあちゃる君?」
ヤクザや元ヤンやらと色々言われている彼女ならもしやと思ったが、帰ってきた答えに間抜けな声が零れる。そんなばあちゃるに小さくため息を吐き、ちえりは口を開いた。
「うまぴー。最近お疲れでしょ?せっかくだからちえりがお酌してあげようと思って」
「え、いや。最近は仕事は」
「仕事じゃなくて、何かあったんでしょ?ちょくちょく上の空になってるの、アイドル部内じゃ有名だよ?」
「マジンガー?」
「マジンガー」
オウム帰しと共に笑みを浮かべるちえりに頭を抱える。隠しているつもりであったが、どうやら筒抜けであったことにばあちゃるは羞恥心を覚える。原因は言わずもがな『ピノの告白』についてだ。実際、ばあちゃが拒絶しても諦めてもらえず、しかし受け入れることも出来ない状況に頭を抱えていた。告白以降のピノはいままで以上に積極的であり、頭を撫でるのだけでは飽き足らず、出会い頭で抱き着くなど、もはや節操がない。若さゆえの暴走と言えばその通りなのだが、年不相応のその身体にばあちゃるが反応してしまい、そのことに頭を痛めていた。
「だから、お酒と一緒にちえりが癒してあげようと思ったの。こういう時はお酒が一番って言うしね!ちえりは飲んだことないけど!」
「いやいやいや、さすがにちえりんにお酌してもらうなんて悪いっすよ」
「いいからいいから。ほら、うまぴーも座る!」
笑みを浮かべながらちえりは横のスペースをポンポンと叩き、着席を促す。観念したように横に座るが密着するのが悪いと思ったのか二人の間に小さくスペースが開く。それにちえりは小さく顔を顰める。
「そんな離れてちゃ癒せないでしょー!ほら、くっつく!」
「ちょ!ちえりん!?」
「ほらほらうまぴー?ちえりで癒されてねー?」
空いてるスペースがなくなるようにちえりはばあちゃるに密着する。膝だけではなく身体も引っ付かせ、まるでばあちゃるの腕の中にいる状態となった。その状態にちえりはご機嫌に笑みを浮かべる。
「ご満悦っすね」
「えへへ。それでうまぴーはどう飲みたい?ロック?それとも何かで割る?」
「…諦めるしかないっすね。じゃあ、ウーロン割りで」
「うん、わかった。ちょっと待っててね」
密着した状態から机に置かれたグラスに氷を2個、焼酎を6、そしてウーロン茶を4の割合で注ぐ。そしてマドラーを使い、軽く2,3回かき混ぜる。
「よし、できた」
「慣れたもんっすね」
「えへへ。家の都合でお酌はよくやるからもう得意と言ってもいいくらいだよ。はい」
「どうもっす」
渡されたグラスに口をつける。鼻から焼酎とウーロン茶の風味がいい感じにブレンドされた匂いが漂う。そしてお酒特有の喉が燃えるような感覚を覚えながら密着する女性の肌に小さく興奮した。
「ッ…うん。おいしいっすね」
「そう言って貰えるとちえりも嬉しいな。テレビ…本だったかな?何か忘れちゃったけど異性の密着すると癒し効果があるっていうし、これでうまぴーも明日元気になれるね!」
「…別の意味で元気になりそうっすね」
お酒のせいか考えていたことが、つい言葉に出てしまう。腕の中にいるちえりがビクリと小さく反応する。そして見上げてくる顔には羞恥心と同時に歓喜が読み取れた。
「も、もう!何言ってるのうまぴー!」
「…冗談っすよ。ばあちゃる君がちえりんに興奮するわけないじゃないっすかー」
「それはそれでムカつくー!」
ポカポカと可愛らしく胸を叩くちえりに愛おしさを感じる。ばあちゃるはそれを誤魔化す様にグラスの中身を口の中へと流し込んだ。
「今日の配信はなとちゃんか。一緒に見よっか」
「今日は何やるんでしたっけ?」
「なんだっけなー?Overwatchだっけ?RiMEだっけ?」
本日のアイドル部の配信を見ながら談笑をする。テレビから聞こえてくる仲間の声が聴き心地の良いBGM代わりに二人の時間はゆったりと刻む。そして、どれほどたったかわからないが、腰に回されていた腕がそっと、しかし力強くちえりを抱き寄せた。
(きた!)
不意に起きたそれにちえりは内心で笑みを浮かべた。
この状況はほぼ偶然であるが、ちえりがここまでばあちゃるに対して攻めの姿勢をとったのには理由がある。ピノがばあちゃるへ告白したその日にアイドル部全員に告白したことを伝えたのだ。全員が集まることがなかった日だったので、グループでの連絡だったが、それでもその衝撃は凄まじいものだった。最後に『私(わたくし)、ホンキですから!』なんて付け加えられれば幼い彼女がどれだけ本気かも余裕で伺えた。それにちえりは思いのほか焦ってしまい、それが原因でばあちゃる邸の付近で雨が降るまで徘徊していた。結果として家に入り込み、このような状況に持ち込めたのは僥倖であったと内心ほくそ笑む。ここまでくればあとは自分の可愛さを全力で表現すれば結果はついてくる。ちえりは決意を胸に、不安そうな顔を装いながらばあちゃるへ視線を向ける。
「すぅ…すぅ…」
「はぁ!?」
そこには寝息を立て眠るばあちゃるの姿があった。しかし、腰に回されている腕は未だに強く、しっかりと抱き寄せられている。その状況にちえりは混乱した。
「えぇ、ここまで来て普通寝る?」
ちえりは知らないが、その原因はなとりによるものだ。眠ることが苦手なばあちゃるの為に、両者の時間が合えば昼にお茶を共にし、抱き枕となってばあちゃるが眠るまで共にするという日課がなとりにはある。その睡眠が実はばあちゃるがもっとも安眠できる睡眠であり、それのおかげで今まで以上に作業効率が良くなっているのだ。また、それが原因でばあちゃるは信頼できる人物が密着していて、尚且つリラックスしている状態になると簡単に眠る身体に変わった。つまり、今の状態で眠ってしまうのはある意味必然であった。
もちろんそんなことは知らないちえりは頭を抱えるしかない。
「ここまで覚悟してのにぃ」
ちえりの彼シャツ状態。実は下には何も身に着けていないのだ。可愛さを表現することに長けているちえりだからこそ、密着状態のばあちゃるにすらそれを悟らせなかった。もし、行為まで持ち込めば今の状態は確実に興奮材料となることを知っているからこその行動であったが、やはり羞恥心はデカかった。
「ま、しょうがないか」
寝てしまったものは仕方がない。そう頭を切り替え、ソファの横に用意しておいた毛布に手を伸ばす。離れようとする時に強くなるばあちゃるの腕に小さく喜びながら、ばあちゃるごと毛布に包まる。
「えへへ。うまぴーと一緒だぁ」
好きな人と同じ毛布の中。胸からどうしようもないほどに幸せが溢れてくる。目的は果たせなかったが、それでも十分な成果は得られたと薄くなる意識の中で思った。
「おやすみ、うまぴー」
眠っているばあちゃるの頬に小さく口づけをし、テーブルに広がる物の片づけは、明日に回そうと最後に思いながら意識を手放した。
後日、『合鍵』使って入ってきためめめに見つかり、無事修羅場と化した。