その繁華街から路地裏に入っていくと知ってる人は知っている隠れ家的なバーがある
今日は、そこにとある男女が来店したようで…?
(番外編)
「呼び出した本人が来ないとは、一体全体どういうつもりなんですかね」
夜の繁華街。古臭いネオンが光る街並みに一人の女性が苛立ちを隠さずにそこにいた。彼女は『エイレーン』。元は『アニメ娘エイレーン』として活動をしていたアニメTuberだったが、今では裏方に徹し、通称エイレーン一家と呼ばれる中である『嫁ノ萌実』及び『ヨメミ』のサポートとして活動している。また、ENTUM所属である『ミライアカリ』も過去にエイレーンに拾われたことにより一家の一員だ。
「まーた残業でしょうか?」
普段とは違う桜色のドレスを身に纏い、携帯端末に視線を落とす。彼女が珍しくめかしこんでいるのには理由がある。彼女の姉である『ベイレーン』にバーで飲まないかとお誘いはあったためだ。久しぶりに会ったとある人物について、少し話したいこともあり、エイレーンはその提案に乗り今ここにいる。しかし、誘った本人が未だに現れず待ちぼうけを食らっているのが現状だ。
「変な勧誘とかされると面倒ですし、ベイレーンには悪いですがここは退散しましょうか」
携帯端末を鞄へ仕舞い、歩き出そうと体の向きを返す。すると目の前に見知った姿が現れた。
「…馬?」
「え、エイレーン?」
高身長でガタイがいい身体。白髪で顔には大きな傷跡がある男が、そこにいた。先程出たエイレーンが話したいと思っていたとある人物『ばあちゃる』その人だ。普段であれば冒涜的な馬のマスクをしている彼だが、今日はその限りではない。しかし、古い付き合いであるエイレーンにとって、素顔の方が慣れ親しんだ顔であった。
「こんな時間にこんな処で奇遇ですね。いったいどうしたんですか?」
「どうしたって、ばあちゃる君はベイレーンに呼ばれて来たんすけど」
「はい?」
出てくるのは自身の姉の名前。つい聞き返してしまったその時、エイレーンの携帯端末にメールの着信音が鳴る。軽く断りを入れ、確認すると話題のベイレーンからだ。内容は単純で『セッティングをしておいた。頑張れ』。意図を読み取ったエイレーンは頬を少し染め、額に手を当ててため息を吐く。
「とりあえず、飲みましょうか」
「…そうっすね」
そんなエイレーンの姿に察したばあちゃるも、そこには触れずにエイレーンに続いて近場のバーへと消えていった。
Bar-デラス-
多種多様なお酒を取り扱っているこじんまりとした小さなバーだ。その落ち着いた雰囲気もさることながら一番の特徴は、バーのマスターは注文を取るとき以外は基本マインクラフトを行っていることだ。それについて怒りを露わにする客も少なからずいるが、ここに来る客は基本的にカップルかそれに伴う男女の仲の二人組が基本の為、それが特に問題になったということは聞かない。また、稀に女性の声を発する柴犬や男子校の女教師と小悪魔がおり、マスターと共にマイクラをやっているのも見れたりもする。
「まさか二人で飲むことになるとは思いもしなかったっすね」
「まあ、別れた時がまだ未成年でしたし。再会した時は二人ともドタバタしてたっすからね」
カラン、と溶けた氷が揺れてグラスあたり音を鳴らす。二人並んでお酒を飲みながら近所報告をしあう。思いのほか話は盛り上がり、二人の飲む速度もまた普段のペースに比べて速い。軽く酔っているのか、その頬は少し赤くなっている。
「そうだ。あのことアカリさんに話してもいいですか?」
「あのこと?」
「アカリさんのお父さんが貴方ってことですよ」
「ぶふぅ!?」
口につけたお酒を吹き出す。幸い、グラスをつけた状態だったため周りへの被害はほぼなかったが、跳ね返った水滴はばあちゃるの顔を濡らした。
「え!?なんすかそれ!?」
「何のことって、酷いですね。アカリさんは元々貴方が託してきたAIが成長した存在ですよ?なら父親が貴方で合っているじゃないですか」
「いやいやいやいや、確かにあのAIをエイレーンに送ったのはばあちゃる君ですけども!?ばあちゃる君の下にいた時は自我はなかったっすから父親とは違うっすよ!」
「けどこの前『ばあちゃるさんといると落ち着くんだよね。なんかすっごい懐かしい感じがするの』なんて言ってましたよ?それこそ貴方なら、自我がなかったとはいえAIとコミュニケーションをとらないわけではないでしょう?」
「いや、確かに会話をするようにはしてたっすけど。それでも父親とは違うんじゃ」
その慌てようがどうにもおかしくて、エイレーンは堪えきれず笑い声を零す。そんなエイレーンにばあちゃるは恨めしそうな視線を送ることしかできない。
「ふふふ。冗談ですよ。今更父親のことを言ってアカリさんを混乱させる気はないですから安心してください」
「お前の安心は安心できない」
クスクスと笑うエイレーンについ顔を歪める。口調も崩れて喋るばあちゃるに、エイレーンは楽しくて仕方がない様子だ。ある程度笑った後、それでも楽しそうにニマニマと笑みを浮かべ、口を開く。
「それで、あの告白はどうでした?返事はしてあげたんですか?」
「やっぱ聞いてたんすね」
「そりゃ遮るのが扉一つだけでしたし、ピノさんも声を張ってましたしね。余裕で聞こえてましたよ」
楽しそうに笑みを浮かべるエイレーンに何も言えず黙ってしまう。しかしその反応すら彼女とって予想の反応だったらしく、より笑みを浮かべさせてしまう結果となった。
「…受け入れる気はないんですか?」
「年がいくつ離れてると思ってるすか。ましてやプロデューサーとアイドルっすよ?答えれるわけないじゃないっすか」
「…『タブーなんて誰が決めた』、なんて言っていた男のセリフとは思えないですね」
「屁理屈っすよ。それ」
吐き捨てるばちゃるの表情は苦いものだ。しかし、エイレーンはその表情に潜む感情に気付いている。
「少なくとも、私の時よりは胸に響いたのでしょう?」
「…それは」
「無理に誤魔化さなくていいですよ。あの時の告白は確かに本心でしたけど、目的は貴方を引き留めるためのモノでしたからね」
自虐風に笑うエイレーンにばあちゃるは送る言葉が見当たらない。
「あの時のあなた、どんな顔してたか覚えてます?今にも消えてしまいそうな顔してたんですよ。それが私。いえ、私たちにとってどれだけ不安だったか貴方は知らないでしょう?」
「…」
「だから貴方に生きてもらうために鎖をつけることにしたんですよ。私という鎖をね」
「エイレーン」
「さっきも言いましたが、本心だったんですよ?まったく響いてはいなかったみたいですけど」
『あの子』を失ったあの当時のことを思い出す。確かに、あの時の自分は生きる意味を見出せないでした。シロだってまだ生まれて間もない状態だったのに、関心すら出来ないほどに焦燥していた。そんな状態の自分も引きずり上げたのがエイレーンという女性だ。『振り向かせる』という告白が、彼女の体温が、どこに向けていいかわからない暗闇に光を指してくれた。
「世間体なんて、周りの言葉なんて言わせておけばいいんですよ。貴方はどうしたいか、それが大事なんでしょう?」
「…ホント、貴女はハチャメチャっすね」
「夢追いかけて、雑草を食べてまで諦めなかった女ですよ?普通なわけないじゃないですか」
「自分で言うな」
気付いたら二人揃って笑みを浮かべていた。自分が抱えている悩みは確かに大きい。しかし、彼女の言う通り。周りなど気にしない、自分だけの答えを導きだしていこうとばあちゃるはそう胸に刻んだ。ひとしきり笑いあった後、何か決意を決めたエイレーンは、ばあちゃるへと姿勢を正した。
「ばあちゃる。貴方が好きです」
「…」
「貴方と離れて、この恋も忘れるかと思っていましたがそんなことは全然なかったですね。ずっと、ずっっと私の中にあり続けて、しかも肥大化していくなんて厄介な感情ですよ」
「…」
「よければ、私の恋人になってください」
そう想いを伝える彼女の表情はいつか見た少女と重なった。ああ、過去の自分はなんて愚か者なのだろうか。こんなにも自分を想ってくれている女性がいたのに気付けずにいたとは。きっとこの手を取ればその先に幸福は確かにあるだろう。しかし、ばあちゃるの答えは既に決まっている。
「すみません。その手は、取れません」
「ですよねー。いや、分かってましたよ!」
「…その、エイレーン。なんて言ったr「なら第二婦人を狙っていきましょう!」はい!?」
落ち込んでるであろう彼女に、なんと言葉を送っていいか口ごもっているととんでもない爆弾発言が飛び出す。驚きながらもエイレーンの表情を見る。そこにはいつもの前向きな彼女の顔があった。
「貴方の一番なんて今更無理なことは分かりきっていることです。なら二番手を狙うのは当然でしょう?」
「いやいやいやいやいや!?諦めるって選択は無いんすか!?」
「十年以上離れても冷めなかった恋ですよ!?今更諦めれるわけないでしょう!」
「えぐー!?っていうか倫理観やなんやで炎上案件っすよ!?」
「何度も言いますけどタブーなんて誰が決めたんですか!それに」
『炎上案件こそ、貴女の十八番でしょう?』なんて言いながら不敵な笑みを浮かべるエイレーンに何も言えなくなる。そうだ。これこそエイレーンという女性だ。迷惑など気にせず、ただひたすらに目的へと突っ走る姿こそエイレーンだ。ばあちゃるはそれを思い出し、笑うことしかできなかった。
「さて、いい感じにヒートアップしてきましたし、ホテルに行きましょうか!」
「もうちょっとムードを考えたらどうっすか!?」
「空気なんて読まなくていい、と言ったのは貴方ですよ?」
「ああ言えばこう言うッ!そういえばあの時もこんなノリだったすね!?」
「はは!こんな感じの方が私たちらしいじゃないですか。ほら馬ァ!行きますよ!」
「ああもうッ!マスター、ご馳走様でした!」
『迷惑料も付けときます』と捨て台詞と共に男女はバーを後にする。その姿はまるで長年共に歩んだ相棒のような、そんな雰囲気を漂わせていたと後にマスターである男性はそう述べた。
なお、この二人の騒動はマスターにより柴犬、女教師と小悪魔に伝わり、最終的ににじさんじ内にて大々的に広まったのは後の話である。