最初は人間だけだったが、VTuber業界が浸透していくにつれて、そこからエルフや吸血鬼を筆頭に隠れて生きていることが判明した
今では共存が成功し、町では人以外にも多種多様な種族は存在する
しかし、種族によって価値観が違うとところもあるようで…?
「ねえ委員長。ちょっと相談を聞いてもらってもいい?」
「はい?どうしたんですか藪から棒に」
土曜の昼食の時間をちょっと過ぎた昼下がり。金剛神社の巫女である『金剛いろは』は、アルバイトに来ていた『月ノ美兎』へそんな言葉を投げかけた。
「いや、いろはさ。うまぴーのことが好きなんだよね」
「はい!?いや、急にそんな暴露されても私(わたくし)どう反応したらいいかわからないんですけど!?」
「あれ?言ってなかったけ?」
「初耳ですけど!?」
箒を片手に驚愕する美兎の姿がおかしかったのか、いつもの様に特徴的な笑い声を上げるいろは。そんないろはに、美兎は先程の爆弾発言が抜けきれないのか、困惑したまま口を開いた。
「まあいいや。そんなわけで、いろははうまぴーのことが好きなの」
「え、えぇ。色々と突っ込みたいことはありますが、まあ今は置いておきましょうか」
友人のとんでもない暴露に混乱気味の美兎だが、取り合ずそれは置いておく。いろはの表情はいつものとそれとは違い、真剣な雰囲気が感じられたからだ。美兎は呼吸を整え、改めて話を聞く姿勢をとった。
「いつ好きになったかのか正直、いろはにもわかんないだけど、気付いたら好きになっちゃっててさ。最初はそれを隠していこうと思ってたんだ」
「まぁ、プロデューサーとアイドルですもんね。それが普通だと思いますよ」
「それがさ。気付いたらアイドル部の子達全員がうまぴーのことが好きになってたんだ」
「えぇ…なんか一気に修羅場になってません?それ」
普通であれば一人の男性を複数の女性が取り合う状況だ。トラブルが起きないはずがない。そう思っていたが、いろはから帰ってきた答えは違っていた。
「それがそうでもなかったの。多分、みんな薄々それぞれがうまぴーが好きなことを分かっていたから衝突もなかったよ」
「分かっていた?」
「うん。明確になってきたのは、たまちゃんとふーちゃんかな。あの二人が明確にうまぴーを信頼してるみたいなことを配信で口にするようになってから、学校でもうまぴーへの対応が変わっていったの。それに釣られてなとりんが、続いて元々懐いていたピノちゃん、イオリンがよりスキンシップが大きくなって、そこまでいけば、それさすがのいろはでも察するくらいにはね」
「なるほど。わかっていたからこそ焦りなどは特になかった、というわけですか」
「そうそう。だからむしろ好きを隠さなくてよくなったから、いろは的には助かったかな」
当時のゆっくりだが、確かに変わっていったばあちゃるとの関係を思い出しながら空を見上げる。最初期のばあちゃるは、アイドル部との距離感が分からず、色々と手探りだった時すらすでに懐かしいものだ。
「あと、いろはたちがすっごい仲良しなのとうまぴーの鈍感具合、というか自己評価が低いおかげで修羅場にはならなかったね」
「と言いますと?」
「うまぴー、多分だけど『自分が好かれるわけがない』なんて思ってるおかげですっごい鈍感なの。だからアピール過激派でもあまり成果がなくて、それが愚痴になっていい合う様になったらもう気にしなくなったなー」
「ああ。ばあちゃるさん、というかアップランドさんは何故か総じて自己評価が低いですもんね」
『特にばあちゃるさんはその筆頭だと思います』という美兎の言葉に賛同をする。知名度、活動開始時期など考えれば大ベテランであり、この業界の筆頭でもあるはずのばあちゃるは、その知名度に対して著しく自己評価が低い。それはよく共演する美兎はつくづく実感することでもあった。
「…いろはね、今の関係がすっごい好き。好きな皆と同じ好きな人のことで盛り上がって、抜け駆けとかして怒り合って。そして好きな人との時間も幸せで…」
「いろはさん、それは…」
それは刹那的な幸せだ。とは言えなかった。彼女の複雑な家庭環境は配信を見ているので、多少は知っているつもりだ。幸せを共有する今の関係は、いろはにとってまさに『家族』だということは美兎にも容易に理解できる。だからこそ、それを指摘するようなことは、できなかった。
「それがさ。少し前にピノちゃんが告白したことによって、関係がね、ちょっとずつ変わってきてるんだ」
「ピノさんって確か最年少の?」
「うん。そのピノちゃん」
力なく笑ういろはに美兎は言葉を失う。それを知ってか知らずか、いろはは変わらず話を続けた。
「そこから明らかに変わっていったの。ちえりちゃんを始めに学校内でもうまぴーに対してアピールが激しくなっていって。今はまだふざけてる雰囲気があるから大丈夫だろうけど、きっと遠くないうちにさっき委員長が言ったような修羅場が起きちゃう気がするの」
「いろはね。最初にピノちゃんが告白したことが全然理解できなかったの」
「だって、いろはは今がすっごい幸せでこの関係がずっと続けばいいな、なんて呑気なこと考えていたんだもん。そりゃホンキで恋するピノちゃんの行動を理解なんてできるわけないよね」
「…いろはさん」
「あーあ。なんで、人間関係ってこんな面倒くさいだろう。もっと『みんなで幸せ!』みたいな単純なのでいいのになぁ」
生気が落ちたような顔をして虚空を見ながらいろは吐き出す。それに美兎は考える。私にできることはなんだろう。この友に送れる言葉はあるだろうか。しかしどうやっても自分から送れる言葉で彼女を元気づけることは不可能だ。ならば。『自分』では無理ならば。友人に頼めばいい。美兎は懐から携帯端末を取り出し、いろはの前に立ちふさがる。
「委員長?」
「いろはさん。確認なんですが、貴女はばあちゃるさんのこと本当に愛していますか?」
「え?」
「友人と共有するためのモノではなく、貴方自身が本当にばあちゃるさんのこと愛しているのか聞いているんです」
射貫くような美兎の視線につい後ずさる。困惑しながらも、美兎の言葉を意味を理解し、考える。自分がばあちゃるのことを本当に愛しているかどうか。その言葉が頭の中を反復する。
たまが会長特権で迫る話を聞いた。それにいろはは、怒るなとりを煽ったことを思い出した。
めめめががばあちゃるに弄られたと怒りながらも嬉しそうに話すのを聞いた。それをいろはは、便乗してめめめを弄ったことを思い出した。
ピノが告白したことを聞いた。それにいろはは、今の関係が終わることの感情しかなかった。
思い返せば思い返すほど、いろはは自分が本当にばあちゃるを愛しているか分からなくなっていく。それは足元が崩れていくような、そんな恐怖心がいろはの胸を締め付ける。泣きたくなってしまうその時、浮かび上がるのは夕暮れの光景だ。
『だから頑張れ、いろは』
頭を撫でるその温かい手を、マスク越しに見て取れるその優しげな顔を、いろはは思い出した。その事実だけで胸が高鳴る。幸せを感じる。それだけで答えは十分だと、いろはは確信を持てた。
「…うん。愛してる。いろはは『ばあちゃる』さんを愛してるよ」
「それが聞きたかったのです!」
満足げに笑みを浮かべる美兎。そしてそのまま携帯端末を弄り、どこかに通話をかけ始めた。
「えっと、委員長?」
「まず謝らせていただきますね、いろはさん。ごめんなさい」
「え?」
通話のコール音が鳴り響く中、急に頭を下げる美兎に、いろはまぬけな声を上げてしまう。美兎は顔を上げ、申し訳なさそうな表情を浮かべ言葉を続ける。
「正直に言いますと、私ではいろはさんの悩みに納得できる答えはできそうにありません。だから、知り合いに取り次ぎます」
「えっと、どういうこと?」
混乱するいろはを横に、コール音が途切れ通話が始まる。相手の声にこたえる前にいろはへ視線を向けて不敵に笑みを浮かべた。
「私達『にじさんじ』の強みって知ってますか?それは、数と多様性ですよ!」
その笑みにいろはは、困惑を深めるだけだった。
「ここ、だよね?」
後日。美兎に指定された場所に赴くと、そこには教会がある場所だった。まさか神社の娘である自分が異教である教会に赴くことになろうとは、苦笑をしながら足を踏み入れる。
「ごめんくださーい!」
外に子供が遊ぶ風景が見えたので、きっと中に誰かしらいるだろうと、謎の確信をもって教会内に大声をかける。屋根が高く、反響する自分の声に赤面しながらも、『はいはーい』と帰ってきた返事に安堵の息を吐き、姿勢を正す。
「すみませーん!おまたせしま、ってごんごん!?」
「うぇ!?もちにゃん!?え、なんでこんなとこにいるの!?」
奥から現れたのは予想だにしなかった人物。それは同じ学園、そして同じアイドル部に所属する『猫乃木もち』、その人だ。恰好がいつもの学生服やアイドル衣装でなく、清楚なシスター服に身を包んでいるため気付くことが遅れてしまった。
「そういうごんごんこそ、なんで教会に!?」
「私は委員長にここに来るように言われたから来たんだけど、もちにゃんこそ何やってるの?」
美兎からの紹介というと、もちは納得したように頷く。この場で談笑するのはさすがに邪魔になると思い、二人はゆっくりと教会の奥へと移動した。
「なるほど。しすたぁが言ってたお客さんってごんごんだったのか。あ、それとあたし、ここでアルバイトしてるんだ」
「そっかー。だからシスター服なんだね。ってことはいろはとは宗教が違うじゃん!異教徒だー!?」
「教会でそれ言ったらごんごんの方が追い出されちゃうよ!?」
「あそっか。ここじゃ、いろはが異教徒じゃん」
納得をするいろはに、もちは額を抑える。どうやら今日は客人が多く来ているのか、もちと共に廊下を歩く途中でも色んなシスターとすれ違う。シスターがもの珍しいのか、その姿をついつい目で追ってしまういろは。その途中、開いていた扉の奥にて起こっている修羅場が目に入った。
「しばが何したって言うんだ!ベルちゃん!ここから降ろして!」
「ダメなのだ!バンギラス、いくらお母さんでも甘やかすのはメッ!なのだ!」
「ああ、わかってるよ、ロアちゃん。今回ばかりは母さんが悪い」
「いっつもは全肯定ベルモンドのクセにこんな時に限ってぇ!」
「いやー、確かに面白い話だったけど、広めるのはダメでしょ、しばさん」
「先生まで敵!?ノリノリで一緒に話聞いてたじゃん!?」
「…えぇ」
吊るされている柴犬を囲むように、レディーススーツを身に纏う女性、悪魔のような羽を生やした少女にガッチリとした体格の男性が立っている。多少しか聞き取れなかったが、どうやら柴犬が何かしでかしたようで、そのことを責めているとようだ。いかんせん見栄えが奇怪すぎた光景に、いろはは後ずさった。
「どったの?」
「ううん、なんでもない。だた、起きてても夢って見れるんだなって思っただけ」
「??」
いろはその光景を見なかったことにした。そんないろはに首を傾げるもち。これ以上立ち止まっても仕方がないと、二人は再び歩き始める。そして、少し歩いた後、いろははとある扉の前に案内された。
「ここだよ。ここに委員長がごんごん以外に呼んだ人たちが集まってるの」
「あれ?もちにゃんは一緒に入らないの?」
「にゃはは。あたし、一応バイト中だからね。これ以上持ち場を離れたら怒られちゃうよ」
「そっかぁ」
申し訳なさそうに笑うもちに、いろはは目に見えて落ち込む。そんないろはに苦笑し、慰めるように抱きしめた。
「ごんごん。何を悩んでいるか無理には聞かないよ。けど、委員長が集めた人たちだもん。きっと納得できる答えが見つかるよ」
「もちにゃん!…うん!いろは、頑張るね!」
「どんな答えを見つけても、あたしは受け入れるよ」
優しく背中を撫で、身体を離す。どうにも恥ずかしくて、照れを隠すように笑みを浮かべた。そして、もちはその場を後にする。一人の心細さをギュッと飲み込み、一度深呼吸。決意を込めて扉を開けた。
「し、失礼します!」
「お、来たようじゃな」
扉の先には素肌が所々鱗で覆われているドラゴン娘に可愛らしい悪魔。そして、先程分かれたもちとおなじシスター服で身を包んだ女性が待っていた。緊張を隠せないまま、いろはは室内に入り、シスターの女性に指示されるままに席に着く。
「まずは軽く自己紹介をしましょうか。では言い出しっぺの私から。にじさんじ所属『シスタークレア』です」
「同じくにじさんじ所属のファイヤードレイク『ドーラ』じゃ。よろしく頼むの!」
「なんでボクが人間の相談を聞かなきゃいけないのかわかんないけど、まあいいや。『でびでび・でびる』だよ。よろしく」
「えっと、アイドル部所属の金剛いろはです。よろしくお願いします」
緊張により固まっているいろはに、ドーラは笑みを受けべ、『落ち着け』と言いながら紅茶を注ぐ。人肌ほどに温められた紅茶を一口飲み、深呼吸して緊張を解いていく。
「その、皆さんはどうして集められたか知っているんですか?」
「大体は、じゃの。委員長に『とある子の相談に乗ってほしい』と連絡が来ての、来てみればこのメンツが揃っていたわけじゃ」
「正直、メンツが謎なんだよ。seedsと言われれば納得は出来なくはないけど、それでも疑問に残る人選なんだよね」
「美兎ちゃんのことだからきっと考えがあっての人選だと思うのですが。それでも首を傾げてしまいますよね」
三者が同様の疑問に首を傾げる。しかし、それでも集まったのは美兎の人望故だろう。信頼する美兎が集めた人たちだ。いろはは覚悟を決めて、悩みを打ち明けた。
「…と、いうわけなんです」
「ふむ」
羞恥やら、色んな感情が溢れ、気付くと首まで真っ赤に染め自分の悩みを伝える。ばあちゃるを愛している。他の皆も好き。袋小路の思考の打開策を教えて欲しくて、いろはは縋るように三者へ視線を送った。
「別に全員がその馬のつがいになればいいじゃん」
「わしもでびちゃんと同じじゃな。何故一人しかつがいになれんのじゃ?」
「え?」
何に悩んでいるのかわからない、そう顔に浮かべながら、でびるとドーラは答える。その答えはいろはにとって想定外のもので、一瞬にして思考を停止してしまう。
「もう!二人とも、人間は基本的に一対一でしか夫婦になれないんですよ?」
「えぇ。なにそれめんどくさい」
「多くの雌に好かれる雄はそれだけで優秀なんじゃから、全部娶っても問題ないじゃろうが。人間は面倒じゃのう」
帰ってくる肯定の意見にいろは混乱することしかできない。いろはにとって、ばあちゃる一人とアイドル部全員が幸せになる結末は『いけない事』と認知している。だからこそ悩み、誰かに相談しなければならないほどに追い詰められていた。それをこうも何ともないように肯定されてしまえば、混乱するのも仕方がないことだ。助けを求めるようにクレアに視線を向けようとしたその時、いろはが入って来た扉が開き、人が入ってきた。
「母さんに折檻していたら遅れてしまった。申し訳ない」
「あ!せんぱいがいるのだ!」
「ロア!?おまえもよばれていたのか!?」
「ベルちゃぁん!いい加減おろしてぇ!?母さん、なんか新しい扉開いちゃいそうだからおろしてぇ!?」
「まーた濃い連中が来たのう」
「あらあら、ベルモンドさんにしばさんにロアちゃんも!いらっしゃい。今、お茶の準備しますね」
「そういえば先生は?」
「せんせいはお仕事なのだ。だからバンギラス、今日の帰りはよろしくなのだ」
「ああ、そういうことね。了解した」
入ってきたのは縛られた柴犬を縄で引っ張り持ち上げる大男と、悪魔のような羽を生やした少女だ。その三人に既視感を覚え、少し思考すると先程見た修羅場の人たちであることを思い出した。いろはが考えている最中に、集まった理由をクレアから聞き取り、受け取った紅茶を飲みながらいろはへ視線を向ける。
「大体のことは理解したよ。俺は『ベルモンド・バンデラス』。同じくにじさんじ所属でバーを経営している者だ」
「ロアは『夢月ロア』!バンデラスと同じにじさんじ所属なのだ!」
「縛られる状態からごめんなさいね。同じくにじさんじ所属『黒井しば』。よろしく」
「よ、よろしくお願いします!金剛いろはです!」
緊張するいろはを横に、先程話した悩みはドーラたちによってあっさりと伝えられてしまう。他者から自分の悩みを話されることに羞恥を覚え、いろはは頬を赤く染めた。
「?別に全員でそのばあちゃるさんに嫁げばいい気がするのだ」
「ロアもそう思うよな。やっぱ人間ってめんどくさいんだよ」
「人間の価値観もわからなくはないけど、俺もロアちゃんと同意見だな。そもそも、昔は何人もの奥さんを持っていた人がいたんだ。今更気にする必要もないだろう」
「倫理観やら気になる問題は多くあると思うけど、それは他者の反応だから気にする必要はなし!」
「え、えっと!?」
またも帰ってくるのは肯定的な意見。まさかこんなことになるとは思いもしなかったいろはは、混乱しながらクレアへ視線を向けた。
「シスターは、どう思います?」
「私ですか?そうですね」
考えるように口を手で覆う。少し悩んだ後に考えが固まったのか、いろはへ視線を向ける。
「私個人としては、そのような幸せの形もアリだと思いますよ」
「おお!まさかしすたーが肯定するなんて思わなかったぞ」
「にじさんじきっての常識人じゃし、てっきり否定派かと」
「そう思われても仕方ありませんからね」
ドーラとでびるの意見に苦笑しながらも同意をする。まさかクレアも同意するとは思ってもいなかったいろはは、より混乱をしてしまう。そんないろはを慈悲深い笑みを浮かべながらクレアは言葉を続けた。
「勿論しばさんが言ったように、倫理観や問題がないわけではないですよ。人間である以上、どうやっても人間社会で生きていくことになるわけですからね」
「あー、そっか。うるさいからとか言って魔界に行くわけにはいかないよな」
「人間ですからね。どうやっても人間社会から離れることは難しいですよ。けど、それ以上に大事なものがあります」
「大事な、もの?」
クレアの言葉を繰り返すいろはに笑みを深める。クレアは手を自分の胸に当て、思いを込めていろはに伝える。
「それはいろはさんがどうしたいかです」
「…いろはが…どうしたいか?」
「はい」
じっといろはと視線を合わせる。その力強い視線は美兎に通ずるものがあると、頭の片隅でいろはは考えた。
「大きな困難があろうとも、高すぎる問題の壁があろうとも、その先をなんとしても掴みたいものなのかどうかです」
「掴みたいもの…」
思い出すのはいつもの変わらない日常。
めめめやもちと一緒にバカやって、なとりに追いかけられる。
生徒会三人が想いを暴走させて、突拍子のないことを困惑しながらも乗っかかる。
イオリとすずとピノの無邪気な好意にドキマキするばあちゃるに、ヤキモチを妬いて突撃をする。
アルバイトやちえりーらんどの経営に疲労している、ちえりとりこをばあちゃると一緒に癒す。
そんな日常がこれからも続いて、さらにばあちゃるとの関係がより深いものになっていく未来を、いろはは思い浮かべた。その光景こそ、いろはが求めているものだ。それを目指すためなら、どんな困難でも乗り換えられる。目指す未来が見えた。
「掴みたいものは、見えましたか?」
「うん!じゃなかった、はい!」
人見知りの顔が消え、仲間内で見せている表情で返事をする。言い直すいろはに、各々は笑みを浮かべた。
「やっといい顔するようになったのう」
「別に言い直さなくても大丈夫ですよ」
「そ、そうかな?…うん、いろはも、みんなにはいつも通りのいろはを出していきたい」
「人間は抑え込みすぎなのだ!もっと自由でいいと思うよ?」
ロアの言葉に照れ臭そうに笑みを浮かべる。もう少し談笑を続けたいところだが、それよりも優先したいことがある。行動する時はいつだって、やる気がある時だ。
「ごめんね。いろは、もう行かなきゃ」
立ち上がるいろはに全員の視線が集中する。送るのはいろはの背中を押すエールだ。
「お、勝負どころじゃな」
「あくまが祈るなんておかしいけど、でびるも応援してるぞ!」
「命短し恋せよ乙女、だ。陰ながら応援をしているよ」
「ロアも!ロアもいろはのこといっぱい応援するぞ!」
「恋愛の形は人それぞれよ。頑張って!」
「貴女に、Vのご加護を」
「うん!いろは頑張る!」
友からの声援をその身いっぱいに受け、いろはは教会を飛び出す。その背中には確かな決意が溢れていた。
「…行ってしまったか。しかし、青春じゃのう」
「甘酸っぱいってやつだな!」
「それにしても、まさかシスターも肯定するとは思わなかったよ」
「私がですか?」
ベルモンドの言葉に自身を指さしながら首を傾げる。その姿は何故か妖艶さを感じ、ふしだだらな考えを振り払う様にしばは首を振った。
「私個人としても反対というわけではないは勿論ですが、実は他に理由もあったりしたりするんです」
「他の理由?それはなんなのだ?」
「美兎ちゃんのお願いだから、極力お手伝いしたかったのが一つ。それに私の友人の恋も応援することも理由の一つです。そして最後の一つが」
言葉を切り、滅多に見せない呆れたような笑みを浮かべ、クレアは言葉を続ける。
「あのお馬さんは、逃げ道がないくらいに囲まないと逃げてしまいそうな、そんな気がしたんですよ」
滅多に見せないその表情に、全員言葉を失い見惚れてしまった。
同日の午後五時。日も落ち、辺りは茜色一色に染まる。人々が帰宅するそんな時間に『ばあちゃる』は金剛神社へと赴いていた。
「あー!うまぴーこっちこっち!!」
「ちょ!?ごんごーん!声大きいっすよ!?」
ばあちゃるを呼び出した人物、いろはが呼びかける。神社に隣接されて建てられている一軒家の縁側から大きく手を振るいろはにその声の大きさに注意するも、天真爛漫なその笑顔に内心ですでに許してしまった。
「こんな時間に参拝に来る人なんていないから大丈夫だよ。うまぴーは心配性だなぁ」
「いなかっただけで、もしいたらどうするつもりだったんすか。まぁ、いなかったからいいっすけどね」
「なら問題ないね!」
「少しは反省しなさい」
反省の色を見せないいろはに、ついいつもの口調を忘れてしまう。しかし、それは信頼の証だと知っているいろは嬉しそうに笑みを浮かべるだけだ。
合流したばあちゃるはいろはに指示されるまま、隣へと腰を下ろした。
「はいお茶。少し前に淹れたからちょっと冷めてるのは許してね」
「はいはいはい。喉が渇いてたっすからね、むしろちょうどいいっすね」
出されたお茶を断りを入れて、マスクを上げて口元を晒し喉に流し込む。いろはの言う通り、お茶は少し冷めていたがむしろ人肌より冷たいそれが一気に喉を潤すにはちょうど良かった。
「それで?急に呼び出して話したことって何すか?」
ばあちゃるがここに赴いたの理由は単純であり、それは目の前に少女いろはに呼ばれたに他ならない。ばあちゃるのその言葉に『いきなり本題か』と小さく呟く。そして、大きく深呼吸をし、思いを口にする。
「いろはね、今がすっごく幸せなんだ」
「ごんごん?」
「好きなものも、夢も共有してみんなと一緒に走って、そこにはアイドル部のみんなだけじゃなくてうまぴーもシロちゃんも一緒で。そんな今がすっごく好きで、幸せなの」
いろはの独白にばあちゃるは胸を締め付けられる。その幸せは一生のものではないことが知っているからだ。なにより、その関係はもう終わりを迎えかけていることも知っている。
「うまぴーが言いたい事、わかってるよ。これは人生の一瞬だけの幸せだって。そして…終わり始めていることだって」
「…いろは」
「いろは、どうやったら今の幸せが続くか考えたの。けどそれは考えれば考えるほど、今より前に進もうとするみんなの邪魔をしちゃうモノになっちゃって。いろはにはそんなことはできなかった」
人間関係は一分一秒と変化していくものだ。変わらない関係というものがどれほど難しいのか。それはばあちゃるにも分かり切っていることでもある。だからこそ、いろはに向ける言葉を見つけることが出来ずにいた。
「だからいろはも、掴みたい未来を目指して、前に進むことにしたの」
「え?」
「…いろはね、うまぴーのことが『ばあちゃる』さんのことが好き!」
「ッ!?」
「手を繋いでデートとかしてみたいし、ちょっと痛いくらいに抱きしめても欲しい!もっと甘えたいし甘えても欲しい!これからも煽って煽られて、そんな関係を続けていきたい!!」
唐突ないろはの告白に、反射的に彼女へ顔を向ける。そのいろはの表情は、茜色の日差しでは誤魔化せないほどに真っ赤に染められていた。そんな全力ないろはの表情にばあちゃるは見惚れることしかできない。
「そして、それをみんなと『共有していきたい』!それが、いろはが目指す未来ッ!」
「それは!?」
いろは望む未来を理解する。それはつまり、ばあちゃるにハーレムを作れと言っているものと同定義だ。あまりにも想定外の告白にばあちゃるは驚愕することしかできない。
「…ばあちゃるさん。いろはの一生のお願い、聞いてくれる?」
「そ、それは…」
否定の言葉が出てこない。『みんなと共に愛しながら夢を追いかける』。それこそが、ばあちゃるが誰にも言えなかった胸に秘めた願望だからこそ、言えなかった。
「世間の目とか、いっぱい大変なことがあると思う。けど、それでも言うよ。『私たちを愛してください』」
「…」
誰か一人が隣にいる未来ではない。なとりが、りこが、すずが、たまが、めめめが、もちが、ピノが、いろはが、あずきが、ちえりが、ふたばが、イオリが、そしてシロが。その全員が隣にいる未来を望んでしまったばあちゃるに、その未来を目指したいと内心認めてしまったばあちゃるに、否定の言葉は出せるわけがなかった。
「ば、ばあちゃる君に、そんな甲斐性はないっすよ」
なんとか絞り出した言葉は否定ではなく、弱気な言葉。否定しなくては、と思っても口が動いてくれない。いろははそんな震えるばあちゃるの手を握って、にへらっと幸せそうな笑みを浮かべた。
「大丈夫!うまぴーならなんとかなるよ!だって、うまぴーだもん!」
信頼しきったその言葉に、包まれている暖かな手に、幸せそうなその表情に、ばあちゃるは目を逸らすことが出来なかった。
進展する二人の関係を夕暮れの太陽だけが見ていた。