彼女はとある日から頻繁にばあちゃる学園に赴いていた
そんな彼女にあこがれる少女がいるようで…?
(番外編)
「ご教授お願いします!」
「えっと、私に…ですか?」
「はい!」
日が落ち始める夕暮れ。ばあちゃる学園では下校時刻を過ぎており、廊下の窓から見えるグラウンドには部活動に励む生徒たちの姿が見える。
ばあちゃる学園の長『ばあちゃる』に、諸事情で尋ねに来ていた『エイレーン』はアイドル部に所属する中等部の『カルロ・ピノ』に呼び止められた。そして、上記のことを言われたのだ。突然のことに、エイレーンは首を傾げることしかできない。
「あの、唐突にそう言われても、何を教えればいいのかわかりませんよ?」
「あ、そうですよね。急にごめんなさい」
「いえいえ。私も貴方たちとは仲良くやっていきたいので、私に出来ることでしたらいくらでも協力しますよ」
頭を下げるピノにエイレーンは苦笑しながらそれを嗜める。
エイレーンが言っていることは事実であり、同じ男性に好意を寄せる仲であるアイドル部とはいい付き合いをしていきたいと考えていた。その為、頼ってくれるピノの存在は嬉しかったりする。打診的な部分があるのも事実だが、それでも恋をする彼女たちの力にもなりたい。エイレーンは、それを包み隠さず彼女たちにそれを伝えていた。
「それで、ピノさんが私に教えてほしいこととは何でしょうか?」
「その、エイレーンさんはおうまさんと旧知の仲だとお伺いしていていますわ。ですから…」
「ですから?」
「おうまさんへのいいアプローチの仕方を教えてほしいのです!」
「ほう!」
顔を真っ赤にして、再び頭を下げるピノにエイレーンは素直に感心する。誰よりも年齢が幼く、それでいて誰よりも恋にまっすぐなピノの姿に全力で愛でたいという感情が湧き上がってくる。
「…私(わたくし)は、他のおねえちゃん方に比べてまだ幼いですわ。ですけど、おうまさんが好きな気持ちは負けているとは思っていません。…ですが、恥ずかしながら男性へのアプローチの仕方が、全くと言っていいほど分からないんです」
「…まあ、まだ14歳ですからね。それで多種多様な振り向かせ方なんて知っていたら、それはそれで怖いですよ」
「おねえちゃん方と一緒におうまさんに愛してもらうというのも素晴らしいですけど、私もおうまさんの気を引きたいんです」
「なるほど。…きっかけはこの前のちえりさんの件ですね」
図星を付かれたのか、ピノはビクリと体を一瞬震わせ、頷く。件のことについてはエイレーンも知っていた。なんせあの奥手のばあちゃるから、キスをするという大事件だ。古い付き合いだからこそ、その事にエイレーンは本気で驚いた。昔を知っている仲であるならば、全員同じように驚くだろうと謎の確信があるほど、ばあちゃるという男は自分から何かすることは少ない。そう言われてきた男からの行動だ。それにエイレーンは、驚愕以上に嬉しくも思っていた。
「そんなに焦る必要はないと思いますよ?先程も言ったように、貴女はまだ14歳なんですから。ゆっくり、自分のペースで知っていくのも大事だと思いますよ」
「それでも!私もおうまさんに…その…キスをしてほしいのです」
「ピノさん…」
途中で恥ずかしくなってきたのか、頬を赤くしながらその言葉は尻すぼみする。年相応の恋の悩みにエイレーンは笑みを浮かべる。そんなピノにエイレーンは、打診なしに力になってあげたいと思った。
「仕方ありません。そういうことならこのエイレーン、いくらでも力になりますよ!」
「本当ですか!?でしたら早速教えてもらってもいいですか!?」
「まあまあ。少し落ち着いてください。教えるためにも、今のピノさんの状況をまとめる必要がありますよ」
「そうなんですか?」
「そうなんです」
不満そうな顔を浮かべるピノの頭をそっと撫でる。姿恰好まるで違うが、何故かその行為にエイレーンはアカリのことを思い出した。くすくすと笑うエイレーンにピノは不満顔を深める。
「そうですね。まずピノさんは自分が子供と見られていることを受け入れることですね」
「む!私は子供ではなくて立派なレディですわ!」
「そうすぐに否定するところが子供っぽいですね。それに子供に見られるのは決して悪いことではないですよ」
「え?」
ムキになって言い返すピノにエイレーンは笑みを浮かべてそう返す。その答えはピノによって予想外だったのか、間の抜けた表情をしていた。
「けど、子供っぽいとおうまさんにキスしてもらえない様な…」
「確かにあの馬のことですし、そういった部分はかなり気にするでしょうね。ハーレム形成しといて何言っているだが」
「でしたら!」
「落ち着いでください。大事なのは距離を詰めることですよ?」
『順に説明しますね』と続くエイレーンの言葉に不服そうに頷く。それに満足したように頷き、言葉を続けた。
「知っての通り、あの馬は人との距離を測るのが非常にうまいです。相談しやすく、頼りにしやすい。その癖、特定の一線以上に近寄れない。まさに絶妙な人間関係を形成しています。そのせいで周りから心配される状況になっているわけですが」
「…そうですね。おうまさんは、私たちのお願いは何でも聞いてくれました。けど、おうまさんからお願いされたことは、ほとんどないですわ」
「あの馬らしいですけどね」
同意するように苦笑するエイレーン。その笑みにばあちゃるに対する信頼、愛情が見て取れた。
「けどそれは貴方たちがぶち壊したものです。現に今の馬は、昔と違って距離感が近いでしょう?」
「はい!昔は『ダメっすよ!』って言ってお膝に座ることも許してくれませんでしたけど、今じゃ普通に座らせてもらえますわ!」
「おおう。自分で聞いといてなんですがベタベタしてますね、あの馬」
「…他の生徒が見てるときはやらせてくれませんけど」
「さすがにTPOは守るんですね。…まあ、守らなかったらこの子たちとも一緒にいれなくなりますしね」
一人納得するように頷く。そして急かす様なピノの視線に気づき、言葉を続けた。
「まあそんなわけで、アイドル部の皆さんと馬の距離はかなり近くなりました。ここで、さらに近づくのに子供らしさが重要になるわけです」
「ええ~。本当ですかぁ?」
「あら、信じてませんね。…まあ、目指すのが大人な関係なら当然の反応ですか」
怪訝そうな顔を浮かべるピノに不敵な笑みで答える。
「いいですか。今、アイドル部の皆さんは同じラインに立っています。誰かが先に立っているということはなく、全員が同じ愛を馬から注がれています。これは、当の本人であるピノさんであればわかりますよね?」
「…はい。だからこそ、ちえりおねえちゃんが羨ましいんです」
あの報告会の後、ピノとイオリだけの専売特許であったばあちゃるとの触れ合いは全員が共有するものとなった。優越感はなくなったが、それでも前より近くなった距離にピノは満足していた。そう思った矢先にちえりからのキス報告。それは自分たちからのアプローチではなく、ばあちゃるの行動だ。それに嫉妬しない理由はなかった。
「ならやることは単純です。子供っぽさを利用して、『ご褒美』を要求するんですよ」
「ご褒美、ですか?」
首を傾げながら問うピノにエイレーンはにこやかに笑い、頷いた。
「はい。あの馬であればきっとアイドル部のお願いであれば基本的になんでも聞くと思いますが、きっとピノさんであれば人一倍甘いはずです。そこを利用してご褒美に『キスをしてほしい』とオネダリするんですよ!」
「え、えぇ!?け、けど、それって上手くいくんでしょうか?」
「だからこそ子供っぽさを盾にするんですよ。馬であれば最初はごねるでしょうけど、ピノさんがちょっと涙目で上目遣いすれば一発です!」
「本当ですかぁ?」
「上手くいくはずです!」
いまいち不安そうなピノに太鼓判を押すエイレーン。尊敬するエイレーンが言うのであれば、とピノはとりあえずその案に乗ることにした。
「ですけど、一体どういったことで『ご褒美』を要求すればいいんでしょうか?」
「そんな難しく考えなくていいですよ。SNSでバズったら、みたいな単純なものでもいいかもしれないですね」
「なるほど!それなら簡単ですね!」
するとピノは携帯端末を取り出し、どこかへ連絡を飛ばす。何度か端末でやり取りをした後、ドヤ顔で端末を見せてきた。そこには『普段の1.5倍くらいとったらいいでふよ。わきゅわきゅ٩( ᐛ )و 』という同意をする内容。どうやら目の前で、その許可を取ったようだ。
「は、早いですね。行動力の化身ですか」
「ふっふっふ!こういうのは早い者勝ちですわ!…ところでどういった内容にすれば、よりバズれるのでしょうか?」
「あ、それなら最適な方法がありますよ」
「え、あるんですか!?教えてもらってもいいでしょうか!?」
身を乗り出して聞いてくるピノにエイレーンは不敵な笑みを浮かべる。
ここでピノは大きな間違いを犯した。相談に乗ってもらい、頼りになるといってもエイレーンは業界きっての変人である。そんな変人に助言を頼んだのだ。全てがまともな返事で返ってくることは、当然あり得ない。
「それは『百合営業』です!!」
「ゆり…えいぎょう?あの、それはいったい?」
「『百合営業』とは女の子同士がイチャイチャするところを見せることですよ!大事なのは友達以上の関係を仄めかすことです!大丈夫、あくまで仄めかすですから!」
聞き返すピノに欲望を必死に隠しながら、どこか気持ち悪い笑みを浮かべながらエイレーンは力説した。しかし、その気味の悪さは隠しきれておらず、ピノは一歩引いてしまう。
「え、えぇ…それって需要があるんでしょうか?」
「あ り ま す!!可愛い女の子同士がイチャイチャするだけで絵になります!何より!私が見たい!!」
「欲望が隠しきれていない!?」
あまりにも素直なエイレーンに思わずツッコミを入れてしまう。しかし、尊敬するエイレーンが、ここまでこうも熱演するのであれば需要もあるはず。そう思ったピノは間違った決断をしてしまった。
「わ、分かりましたわ!エイレーンさんがそこまで言うのであれば。私、『百合営業』をやります!!」
「よく言ってくれました!なら早速行動と行きましょう!ピノさんでしたら相手はちえりさんがベストですね。確かちえりさんは麻雀部でしたよね?突撃しますよ!」
「あ、ちえりおねえちゃんでしたら、今の時間なら部室より下の動物の飼育場にいるはずです!」
「いいですね!よし、いっちょバズって行きましょう!!」
「はい!!」
エイレーンの勢いに飲まれ、完全に思考を停止するピノ。二人の力強い足取りは、ちえりがいる飼育場へと向けられた。
数時間後、『はじゃーーー!!!!』という叫び声が響いた。
翌日の昼下がり。ばあちゃる学園の空き教室にて、エイレーンは自身の携帯端末を見ていた。
あの後ピノが、ばあちゃるとのキスを成功したかどうかはエイレーンはわからない。しかし、端末に写るのは先日投稿されたピノの呟きである、まるで口付けをするほどに至近距離に接近したピノとちえりのツーショット。画像だけでコメントすらないその呟きは、普段より2倍とんで3倍ほどのRT数といいね!数を叩き出している。それが答えだと、エイレーンは満足そうに頷いた。
「エイレーンさぁぁん!!!どこにいるんですか!!」
「ピノさんにいらないことを吹き込んだ罪、ここで償ってもらいます!…あの画像は確かに尊かったですけど」
「謀反マンですか、すずさん!?」
「それとこれは勿論別ですよ!?…あ、いた!!」
「こらぁ!!待ちなさぁい!!風紀を乱した罰を受けなさぁい!!!」
「いつも乱してる方に言われたくないですよ!!」
後方から聞こえる風紀委員長と図書委員長の叫び声に言い返しながら、エイレーンは笑みを浮かべ走り出した。