一人暮らしのばあちゃる邸にアポなしのお客さんが来たようで…?
(番外編)
『くううぅぅぅぅぅぅ!!』
日も暮れ、外も街灯が既についた午後8時前。『ばあちゃる』は自宅で、自身がプロデュースするアイドル部の一人『神楽すず』の配信をリアルタイムで視聴していた。
ひと昔の忙しさが嘘のように、仕事も安定期に入ってきた。また生徒会の三人の助力もあり、ばあちゃるはここ最近の残業時間がかなり減少傾向にある。今日も多少の残業があったが、7時から開始されたすずの配信に間に合い、自宅で仕事上がりの珈琲片手に視聴していた。
『あー!!この配信中に倒したかった――!!…はい。もう時間なので、今日はここでやめておきますね…』
「全然納得してない顔をしてるっすねー」
画面越しに見える、悔しさを隠さず不貞腐れるすずに苦笑を浮かべる。その清楚な見た目と、少年のようなハートとのギャップが彼女の魅力の一つだ。そして自分も、その魅力に捕らわれている一人でもある。空腹を訴える腹を無視して配信を見ている自分に、もう一度苦笑を浮かべた。
『えっと、次回の配信は…ってイオリさん?…えぇ!?ちょ、本気ですか!?』
「ん?」
画面から漏れる驚愕の声に、ばあちゃるは首を傾げる。画面のすずは配信の確認から携帯端末にを覗き込みながら、驚きの表情を浮かべていた。それは視聴者も予想外のことであったためかコメント欄にも『なんだ?』やら『どうしたどうした?』と言って単語が並ぶ。
『あ、いえいえ。ちょっと驚くことがあっただけです。…って時間がもうヤバい!?えっと、次の配信は22時からちえりさんです!またドタバタしちゃいましたけど、配信を終わりますね。お疲れ様でした』
慌ただしくも、最後に笑みを浮かべ別れの挨拶と共に配信は終了される。すずはゲームに夢中になりすぎてしまい、いつも終了ギリギリまで熱中してしまう。このことは視聴者も慣れたことであり、コメント欄にはいつものように短い終了の挨拶も対して『お疲れ様です』の単語の最後に、彼女のトレードマークであるレモンの絵文字を添えて答えている。その慌ただしさも、彼女の少年のような内面に直結しているのだろうと、ばあちゃるは考察した。
「にしても、最後のあれはなんだったっすかねぇ?」
配信最後のすずの言葉から、同じアイドル部の『ヤマトイオリ』からの連絡が原因であることは想像できる。イオリからの連絡で驚愕することとは何か。いくら考えてもその答えは出てこない。そもそも、イオリはアイドル部の中でも独特の世界観を持っている子だ。それを想像するのはばあちゃるにはなかなか難しい。それは、ばあちゃる本人も理解していることだ。ならばここでうんうん悩んでも仕方がないと、思考を放棄する。覚えていれば明日にでも本人に確認すればいいだろうと、ばあちゃるは席を立った。
次に行われるちえりの配信まで2時間ほど時間がある。それまでに夕食やシャワー、家事などを済ませよう。キッチンに向かいながら、冷蔵庫の中に何があったか思い出していると家のチャイムが鳴った。
「こんな時間にどなたっすかね?…はいはいはい。今出ますよー」
今日は誰か訪問する予定はなかったはず。それを思い出して首を傾げるばあちゃるを急かす様に、再びチャイムが鳴る。それに多少のイラつきを覚えながらも、急ぎ足で玄関に向かった。
「はいはいはい。どなたっす…か…?」
「ほら一緒に言うぞ、いろは!」
「ちょちょ!?まって!?まだ心の準備が!」
「聞きませーん!いっせーの」
「「「来ちゃった♪」」」
「えっと…めめめめにごんごん、それにイオリン?」
玄関にいたのは予想もしていなかった人物たち。先程のすずの配信でも名が挙がったヤマトイオリに『もこ田めめめ』。そして『金剛いろは』の三人だ。少し前に動画になった『学力テスト』際に結成した『チームhoose(ホース)』(誤字にあらず)の三人でもある。
可愛らしく『来ちゃった♪』と言っているが、彼女たちの来訪は本当に予想外であり、ばあちゃるは可愛らしくウィンクまでする三人に反応できずにいた。
「ほらー!滑るって言ったじゃん!これはウケないって、いろは言ったじゃん!!」
「嘘つけ―!?言い出しっぺはお前だろいろは!?勝手に発言を改変するなよな!」
「あれ?可愛くなった?ねぇねぇうまぴー?イオリたち可愛くなかったですか?」
「はいはいはい。大丈夫っすよイオリン、しっかり可愛かったですからねー。ほら、めめめめにごんごんも、そんなとこでケンカしてないでとりあえず家の中に入って」
ケンカをする二人に詰め寄るイオリ。困惑しながらも、慣れた手つきでイオリの頭を撫でて、全員を家に迎え入れた。落ち着いて話をするために、ひとまず全員リビングに通す。客人になにも出さないのは流石に忍びないと思い、ばあちゃるは途中にキッチンに足を運んだ。
「えっと…冷えた緑茶しかないっすけど、大丈夫っすか?」
「いろははオッケーだよ!」
「イオリも大丈夫!」
「よし。それと、コップは…」
「あ、ならコップはめめめが持つよ」
「お。それじゃあお願いするっすよ」
「えへへ。任せて!」
いろはとイオリと共に、リビングにいると思っていためめめが横から顔を出す。ばあちゃるはそれに特に驚かず、小さく感謝をした。その感謝の言葉を嬉しそうに受け取り、笑みを浮かべてばあちゃると共に二人の待つリビングに向かう。
「あー!めめめちゃんズルい!?」
「さっそく抜け駆けしたよこのマトン!?」
「抜け駆けとはひどい言いがかりだなー。めめめはプロデューサーの家のことならある程度知ってるから、手伝おうと思っただけだよ?えっへっへ」
「さらっとマウント取ってきてる!?ムカつく―!」
「うまぴーうまぴー!イオリも何かお手伝いしたい!何か手伝えることありますか?」
「三人揃えば姦しいとは言いますが…この三人が揃うと止まらないっすねぇ。っとじゃあイオリンにちょっとお願いしちゃいますねー」
「何でもやるよ!イオリさんにお任せです!」
些細なことで盛り上がる三人に、イオリの頭を撫でながらばあちゃるは苦笑する。このまま見ていても埒が明かないので、とりあえずねだるイオリにコップに緑茶を注ぐのを頼む。そして注ぎ終わったコップをそれぞれに配り、落ち着いたところで話を切り出した。
「それで?三人はこんな夜遅くにばあちゃる君のお家にきて、何か用があるんすか?」
「えっとね、イオリたちは今日ちえりちゃんとお話したの。それでそれで!そこにりこちゃんもやってきて、うまぴーの作るご飯は美味しいよって話になったのです。イオリはうまぴーのご飯食べたことないからいいなーって思ったんだけど、そしたらめめめちゃんが卵焼きが絶品だよって言ってね!あ!卵と言えば今日学校で飼ってるニワトリさんが卵産んだよ!一生懸命産んだ卵を食べるのはなんか可哀想だなーって思ったんだけど、それは仕方がないことだと思うんだよね。だって、卵もお肉もイオリは大好きですし、食べれないと死んじゃうと思うの。そのままちょっと悲しくなっちゃって、そのままアルパカさんの餌をあげたの!その時ふと思い出したんだけど、月ってちょっとずつ小さくなっていってるだって!うまぴー知ってましたか?イオリは知らなくてビックリしちゃったの!それでね…なんの話をしてたんだっけ?…そうそう!うまぴーのお家にお泊りに行こうってことになったのです!」
「えと…ごんにめめめめヘルプ!」
「ちえりちゃんとりこちゃんズルい!いろはたちも、うまぴーの家にお泊りしたーい!」
「うん。色々はしょるけど、めめめたちはお泊りに来ました!」
「なぜそうなったのか聞きたいっすけど!?」
マイペースに自分の世界を満開の笑顔で展開するイオリ。冷や汗を流しながらめめめといろはに援護を頼むが、戻ってきたのは結論だけ。さすがに頭を抱えるが、深く考えては負けと彼女たちの付き合いから理解していたばあちゃるは、思考を放棄してとりあえず話を進める。
「…つまり、三人は泊りにきた、ってことでいいっすか?」
「そうです!」
「…一応確認っすけど、ご家族に許可は」
「貰ってる!!うまぴーなら大丈夫でしょってことでモーマンタイだよ!」
「めめめは一人暮らしだから問題なし!たぬきはお利口だから、明日の分のご飯も用意しとけば自分で食べれるし心配ないよ!」
「おお!たぬきちゃんお利口だね!」
「ご家族の許可をもらっているならとやかくは言わないっすよ。…と、なると問題は…」
親御たちからの無心の信頼に小さな不安を覚えるが、同時にその信頼が嬉しくなる。その湧き上がる喜びを横に置き、今は向き合う問題に思考を移した。
「それで三人共はご飯は食べてきたっすか?」
「うまぴーと一緒に食べたかったから食べてないよ?」
「いろは的には夕食はちょっと早かったからなー。それならみんなでうまぴーのところで食べようってなったの」
「なるほどなるほど。おーけーです。ばあちゃる君もいい感じに空腹っすから早速ご飯にしちゃいましょうか」
「晩御飯は何にするの?買い物に行くならめめめも一緒に行くよ」
「いや、それは大丈夫っすよ」
めめめの問いに、何故か苦笑するように答えるばあちゃる。首を傾げるめめめたちは、ばあちゃると共にキッチンへと足を運んだ。そして、ばあちゃるに促されるように冷蔵庫の戸を開けた。
「おお!白菜にお豆腐。しらたきにひき肉にシイタケだぁ!!」
「色々あるじゃん!これって、もしかしてお鍋?」
「よくわかったっすね、ごんごん。そろそろ温かくなってきたっすから、暑くなる前に最後の鍋でもやろうと思ってたっすよ。まさにベストタイミングってやつっすね」
「…にしてもひき肉がやけに多くない?流石にこの量は多すぎでしょ」
「…それはとあるハンバーグの残りっすね、完全に」
先日押しかけに来た生徒会長の爪痕だ。『またハンバーグ作りに来るから!』と言い残して多めに買って、ばあちゃる宅に保存を任された。今更ながら賞味期限は考えなかったのだろうか?…考えなかったんだろうなぁ…
首を傾げる生徒会長の姿が頭に過り、ばあちゃるは頭を抱えた。そんな姿のばあちゃるに三人が首を傾げていると、再びチャイムが鳴る。その音は三人にも予想外だったようで、全員が顔を見合わせた。このまま放置するわけにはいかない。出迎えるために、何故か全員で玄関に向かった。
「はいはいはい。どなたっす…か?…は?」
「はぁ…はぁ…はぁ…ふぅ。来ちゃいました」
「すーちゃん!?」
玄関には膝に手を乗せ、酷い汗を流しながら荒い呼吸をしている神楽すずの姿があった。先程まで画面越しに見ていた存在が、今目の前にいる。超展開の連続でさすがのばあちゃるも思考を停止せざる負えなかった。
「え!?なんですーちゃんがここに!?」
「水臭いじゃないですかイオリさんにめめめさん、いろはさんも!私だってチームhooseの一員なんですから、プロデューサーの家にお泊りに行くなら誘ってくださいよ!」
「さらっと抜けた癖に一員面してるー!?」
「すずちゃん…それは…それはちょっとズルいよ」
「何でですかぁ!?私だってプロデューサーの家にお泊りしたいんですよ!?」
「よしよし。すーちゃんもお泊りしたかったんだよね。イオリも一緒だから大丈夫だよ?一緒にお泊りしよーね」
「ううぅ。イオリさん…あなたは天使だ…」
「あのー、玄関で茶番をやられると流石にご近所さんに迷惑なんで、中に入ってもらってもいいすかね」
めめめといろはの白い目に晒されながら、イオリの胸で泣くすず。そんな四人を呆れ顔を浮かべながら、家に誘導した。
よほど全力で来たのだろう。彼女の額を伝う汗の量は非常に多い。汗拭き用のタオルを渡し、緑茶とは別に、水分補給用に冷蔵庫に冷やされていた麦茶も渡す。かなり冷えているため身体に悪いと思ったが、むしろすずには都合がよかったのか、受け取ってすぐに飲み干した。
「ふはぁ!ありがとうございます、プロデューサー。もう喉が渇いて仕方なかったんですよ」
「はいはいはい。別に構わないっすよ。それにしても、さっきまで配信してたっすよね?もしかして、終わってすぐにこっちに来た感じっすか?」
「あ、もしかして見ててくれたんですか。ちょっと恥ずかしいな…配信見てくれたのなら知ってると思うんですけど、最後の方にイオリさんからプロデューサーの家にめめめさんといろはさんと共にお泊りに行くことを知らされまして、気付いたら自転車に乗ってました」
「すずちゃんってもしかして、かなりアグレッシブルだったりする?」
「というより、アイドル部全体が行動力の化身みたいなところがあるよね」
自分の行動に呆れてなのか、苦笑をしながら言うすずに釣られて笑みを零す。このままなら三人も四人も変わらない。そんな開き直りをしながら、ばあちゃるたちは夕食の調理に取り掛かった。
「よぉし。それじゃあめめめは野菜の切り分けお願いしてもいいっすか?」
「りょーかい!めめめにお任せ!」
「じゃあイオリもめめめちゃんのお手伝いをするねー」
「包丁の取り扱いには注意っすよー。それじゃあすずすずとごんごんは、ばあちゃる君と一緒に肉団子を作っていきましょうか」
野菜の切り分けと、肉団子作成に二手に分かれる。エプロンは流石に全員分はなかったので、それぞれのリーダーとなるばあちゃるとめめめが装着することに決着がついた。エプロンの取り合いにも発展しようとしたが、ばあちゃる邸に置かれているエプロンは実質めめめ専用と化しているため、他三人の羨望と嫉妬が混ざった眼差しを背に、めめめの一人勝ちに落ち着いたようだ。
シンクは切り分けの二人に任せ、ばあちゃるを含む三名は大きなトレーを持って、リビングのテーブルへと集まっていた。
「はいはいはい。それじゃあね、今日のお鍋のメインになるお団子を作っていきましょうかね」
「えっと、こんな感じでしょうか?」
「お、さすがすずすずっすね。そんな感じの食べやすい一口サイズにしてくれると助かるっすね」
「ねね、うまぴー!こんなのはどう!?」
「いやいやいや!?それは、大きくし過ぎですよ!?」
「すずすずの言う通りっすね。それじゃあ食べにくいですし、何よりも熱が通るのに時間もかかっちゃうっすよ」
「あ、そうなんだー。じゃあ、大人しく小さくするね。…ねえ、うまぴー?」
「…なんか既視感がきたっすけど…なんすか?」
「隠し味入れるなら今じゃない?」
「たまたまと同じこと言ってる!?たまたまにも言ったっすけど、初心者はまずマニュアル通りに作るとこから始めるものっすよ!例外もあるっすけど、基本的に応用も型破りのアレンジも、型を覚えてからそれを崩すものです。料理の基本もまともにできないごんごんは、まず基本からしっかりしないとダメっすよ」
「ちぇー。怒られちゃった…だってさすずちゃん」
「へ!?なんでそこで私に話を振ったんですか!?」
「だって、すずちゃん持ってるそれってタバスコじゃん」
「すずすず?」
「ち、違うんですよぉ!?これは、その…ほんのいたずら心が働いて!」
「いたずら心から鍋がロシアンルーレットになるなんて、洒落にもならないっすね!?」
「というかそもそも何で、ここにタバスコがあるんですかぁ!?」
「あ、それはいろはが持ってきた」
「いろはさん!?」
「やぁっぱ元凶はごんじゃないっすか!?」
「アッアッアッ」
「向こうは楽しいそうだなー」
「急いで切っちゃって向こうに合流しよっか!」
楽しそうに騒ぐ三人の声に、めめめは羨ましそうにリビングの方へ視線を送る。それに同調するように頷き、そこに合流するためにめめめの背を押すイオリ。普段は静かな夜のばあちゃる邸は、過去に見ないほどに盛り上がっている。その盛り上がりは一向に収まらず、野菜を切り終わっためめめとイオリが合流してからも収まらなかった。
「ねぇねぇうまぴー!見て見て!お星さまですよー?」
「いやー、イオリンすっごい器用っすね!これは食べるのがもったなくなるっすよ!」
「さすがイオリン!めめめの靴下と同じ星を作るなんてわかってるなぁ!」
「めめめさん!?なんで自ら手榴弾のピンを抜くような行為をするんですか!?」
「うわ!?なんか一気にダサくなったぞ!?」
「靴下ダサいもこー?」
「ダサくねぇよ!?いろはにプロデューサーもなんでそんなこと言うんだよぉ!」
「大丈夫だよ、めめめちゃん。イオリはめめめちゃんの靴下がダサくても、めめめちゃんのことが大好きですよー?」
「ありがとうイオリン!けどフォローになってないよ!?」
「さすがイオリさんです」
「すずすずって、何気にイオリンに事になるとポンコツになるっすよね」
そんな騒がしくも、楽しげな雰囲気はひき肉を全部消費した後も続いた。
ところ変わってキッチン。シンクの下の棚から、少し大きめな鍋を取り出す。軽く洗った後に、昆布、水、しょうがをいれて中火で熱する。煮立つ前に昆布を取り出して、小皿に少し注いで味を確認。そして味を調えるために、少量の塩を加える。そこからは慣れた手つきで、白菜にネギ、しらたきにシイタケと食材を投下。その調理姿を四人は後ろから見ていた。
「なんか、うまぴーの料理姿ってすっごい様になるよねー」
「わかります。慣れた手つきと紺色のエプロンがそれをより引き立てますよね」
「朝に一緒に料理するんだけど、ホントにプロデューサーって料理慣れしててさ。その姿に料理中ってことを忘れて時々見惚れちゃうんだよね」
「後姿がすっごいかっこいいよね。お父さんみたいに安心できるよ!」
「…聞こえてるっすよねぇ」
見惚れながら零れる四つの声に、ばあちゃるは密かに頬を染める。誤魔化すように咳払いをするばあちゃるに、四人はより笑みを浮かべてその後ろ姿を見つめていた。
小さなガスコンロを取り出し、食器と共に鍋をリビングに運び込む。切り分けをした野菜に、形がまばらな肉団子を入れた鍋に蓋をする。それを中火でじっくりと煮つめていく。鍋の蓋にある通気口から、白い煙が噴き出てきた。いい感じに煮え切った、五人で協力して作った特性お鍋の完成だ。
ばあちゃるとイオリが協力して小さな器を全員に渡す。そして、全員が鍋を前に手を合わせた。
「「「「「いただきます!!」」」」」
「んんーー!!おいしい!!」
「おしおし。味付けも悪くないっすね。ごんは反応でわかったっすけど、他のみんなはどうっすか?濃かったらいってくださいね」
「ぜんぜん問題ないよ!うまぴーの味付けはイオリにドンピシャでなんか嬉しくなっちゃうなー」
「めめめはもうプロデューサーの味付けが好みになっちゃったからなー。美味しいとしか言えないよ」
「めめめさんがさらっとマウント取ってきてて草。あ、私も問題ないですよ。それにしても、みんなで食べるといつも以上に美味しくなりますよね」
「はいはいはい。お鍋とかまさにそうっすよね。『空腹と、共に食べる仲間の顔が最大の調味料だ』とはよく言ったもんっすよ」
「わかる!それいろはもわかるよ!お弁当とか冷めててあんまり美味しくないんだけど、めめめたちと一緒に食べるといつも美味しくなるんだよね!!」
「おぉう。いろは急にデレるな。なんか恥ずかしいぞ。…って辛ぁ!?何!?え、なんでこの肉団子こんなに中真っ赤なの!?」
「あ、めめめさんが引いたんですね、そのタバスコ肉団子。私のお手製ですよ」
「嘘でしょすずちゃん!?なんでタバスコなんて入れたの!?」
「というかマジで入れたんすか!?」
「え、だってあの流れは入れるべきかと」
「すずちゃん。食べ物で遊んじゃダメですよ?めっ!」
「ああ…私は天に召されるだろう…」
「すずちゃんがまた限界化したー!?」
「怒られたんだから、むしろ天じゃなくて地獄じゃない?」
「巫女のごんに言われると割と洒落にならないっすね」
「すずちゃんなら地獄でもなんとかなりそう」
調理中も予想していた通り、食事の最中もその騒がしさは留まることを知らない。しかし、それすらもこの食事にとっては最高の調味料だ。鍋を囲みながら、和気藹々と食を進める四人を見ながら、ばあちゃるは今の幸せを噛み締めた。
騒がしい夕食も一段落。使った食器はすでに洗浄が済んで、食器乾燥機の中で急速に乾燥処理が行われている。時刻は9時半。騒がしい時間だと思っていたが、思いのほか時間はかかっていなかったらしい。ばあちゃるは食事場となったリビングのテーブルを拭きながら時計を見てそんな感想を浮かべた。
10時からは確かちえりの配信だと考えていると、廊下の奥から姦しい少女の声。何を隠そう、チームhoose(初期メン込み)が仲良くお風呂タイムなのだ。当初は、ばあちゃるが先に入る流れだったのだが、イオリが『うまぴーのお背中流します!』という発言から順番が変わった。冗談と聞き流せばと思うが、発言主はあのヤマトイオリ。その瞳は真剣そのものだったため、急遽順番が入れ替わることとなったのだ。幸い、乗り気だったのはめめめだけだったので、すずといろはの協力で何とかことを得た。これがもし、いろはかすずのどちらか抜けていたらきっと押し通されていただろう。それを想像すると、背筋に冷たい汗が伝うのと同時に、男性としての興奮が胸に灯った。
お風呂から出てきたのだろう。廊下から響く声が徐々にこちらに近づいてくるのがわかる。それ声に、正気に戻ったばあちゃるは振り払う様に首を勢いよく振った。
「おっ風呂上りは、気持ちがいいなー!」
「う、うまぴー…あがったよ…」
「何小さくなってるんだよ、いろは」
「うぅ…だってぇ!」
「大丈夫!ごんごんちゃんはかわいいよ?」
顔を真っ赤にして、ばあちゃるから身を隠すように隠れるいろは。そんないろはが可愛くて仕方ないのか、めめめとイオリは優し気な眼差しで視線を合わせていた。しかし、その行動は優しさなど感じられない様な力強さでいろはを引っ張り出そうとしている。いろは一人で二人に勝てるはずもなく、そのままばあちゃるの前に引っ張り出された。
「おぉう…」
「あぅ…ちょ、うまぴー!そんな見ないでしょー!」
「そんなに恥ずかしいなら無理しなくてもいいのに」
「でもでも!これはごんごんちゃんが言い出しっぺだし、やらなきゃダメなやつだよね?ほら、言い出しっぺの法則ってやつです」
真っ赤にして羞恥心を隠すように怒るいろは。呆れ顔のめめめにドヤ顔のイオリ。三者三様の表情を浮かべているが、ばあちゃる的にはそれどころではなかった。そう三人が来ている服に問題があったのだ。彼女たちが身に纏うのは、何を隠そうばあちゃるのワイシャツに短いパンツ。通称『彼シャツ』と呼ばれるものだ。
三人とも背は高いが、それでもばあちゃるの方が幾分か高い。さらにかなり丈の短いパンツのためか、シャツに隠れてまるで下半身は穿いていないように見える。どこか扇情的に感じる三人の姿に、ばあちゃるは見惚れてしまっていた。
「っと、はいはいはい!いやー、そのね、ありきたりなことしか言えないっすけど、三人とも…その…いいっすね…」
「たださえ少ないプロデューサー語彙力がさらに低下した!?」
「うぅ…なんかこっちもより恥ずかしくなるよぉ」
「大丈夫だようまぴー!ほら、イオリたちは下もしっかり穿いてますよ?」
「うわぁ!?イオリン!?見せるのは流石にマズいよ!?」
「ウビィ!?ちょ、ちょっとばあちゃる君はすずすずの様子を見てくるっすね!!」
シャツの端をもち上げ、下に穿いていることを見せるために下半身を晒すイオリ。その一連の動作は無邪気さも相まって、どこか背徳的なものを感じ取れる。さすがにこれ以上ここに留まるとマズいと感じ取ったばあちゃるは、まるで逃げるようにその場を後にした。
「すずすずー?戻ってくるのが遅れてるっすけど、大丈夫っすか?」
「うぅ。ぷろでゅーさぁ…」
脱衣所の扉の前で、中に聞こえるように少し大きな声で問いかける。逃げる言い訳にしたすずだが、実際に戻ってくるのが遅くなっていたことには少し気になっていた。返ってくる弱気な声に、ばあちゃるも何か問題があったのか、不安を感じる。
「どうしたっすか?なにか問題でもあったっすか?」
「ああ、いえ!その、原因は私なんで大丈夫なんですけど…その…」
「その?」
「…着替えを持ってくるのを忘れてしまいまして」
「はい?」
返ってきたのは意外な事実。そこでばあちゃるは、すずは配信が終わると同時に家を飛び出してきたということを思い出す。そこでばあちゃるは脳内で、ある仮定が思い浮かんだ。
「あー、もしかして、衣類を全部、洗濯機に放り込んだりしちゃったり?」
「………はい」
「あー…はいはいはい。それは…やばーしっすね」
たっぷり溜めて何とか吐き出したすずの答えと、その奥の方から聞こえる洗濯機の音にばあちゃるは天を仰いだ。
急に泊りに来た4人だが、お風呂に入る際にその衣類は彼女たちのをまとめて洗濯機に入れてもらう様にしたのだ。乾燥器も完備してあるばあちゃる宅であれば、夜中にまとめれば四人分であろうが一晩で何とかなるとのことでの決断だ。すずもその考えに賛同していたし、さっきの発言も問題はない。しかし、すずは何も持たずに来たのだ。寝間着も明日の衣類も…そして下着も。さすがに何も着せないのはまずい。
「あの…プロデューサー?」
「ッ!?はいはいはい!ここはばあちゃる君にお任せっすね!」
扉越しの裸体のすずを想像してしまい、赤面を誤魔化すようにばあちゃるは急ぎ足でその場を後にする。
下着は…この際仕方がないとして、せめてすずに着せる寝間着代わりを探す。先に出た三人の様にワイシャツもいいかもしれないが、彼女の背丈でワイシャツだけは色々と危険だ。ちえりの時は、まだ『絶対に手を出さない』の意思を持っていたが、今は違う。下に何も着ていないと知った状態で、スタイルが抜群にいいすずの裸彼シャツなど見てしまえば、さすがのばあちゃると言えど耐えれる自信はなかった。
ならばどうしようかと頭を捻る。とりあえず自身のタンスを開くと、そこにちょうどいい感じの自分の寝間着が見つかる。これならばと思い、すぐ様に取り出して、すずの元に届けることにした。
『こんちぇりー。ちえりだよ』
「うまぴーもすーちゃんも遅いねー?」
「何か問題でも起きたか?…ってほら、いろはもいつまでも恥ずかしがってないの」
「いや、けどさぁ!…うぅ…やっと慣れてきたよ」
「すみません!遅れました!」
時刻は10時を回り、先にリビングで寛いでいた三名は配信を開始したちえりの放送を見ながらそんな言葉を交わす。戻ってこない二人を心配してか、イオリは頻繁に脱衣所に続く廊下に視線を向ける。顔の熱が大分下がってきたいろはに呆れながらも、めめめもイオリに同意するように頷いた。
ちえりの最初の雑談の途中に、後方からすずの声が響く。その声に少し安心を抱き、三人は振り向いた。そして、すずが着ている服に、驚愕する。
「わぁぁ!!パジャマなすーちゃんだぁ!…うんうん!シックな感じがすっごく似合ってるよ!」
「そ、そうですか?イオリさんにそう言ってもらえると嬉しいですね」
「けど、そのパジャマ、ちょっと大きくない?…というよりそれ、男物じゃない?」
「あ…はい。実はこれ、プロデューサーのなんですよ」
いろはの問いに頬を赤く染めて『えへへ』と可愛らしく笑みを浮かべながらすずは頷いた。
彼が好んでいるのか、紺色の落ち着いた色のパジャマを纏ったすずに、後方にいるばあちゃるは頬を赤く染めたままそっぽを向く。その寝間着の下は何も身に着けていないという、ばあちゃるとすずしか知らない秘密に、謎の高揚感を感じてしまう。
「男物を着るのは初めてなんですけど、パジャマだからかあまり気にならないですね。むしろ着心地はいいですよ、これ」
「あー!いろはもそっちにすればよかったなぁ」
「ダメだぞいろは。いろはは言い出しっぺなんだから強制的にワイシャツだ!」
「けどごんごんちゃんの気持ちもわかるなー。すーちゃんでもおっきいパジャマなんだもん。なんかうまぴーに抱きしめられてる感じがしそうだよ」
「い、イオリさん!?ちょっと意識しそうになるので、そういうことは言わないでください!」
少し丈が長い袖を揺らしながら、すずはイオリに詰め寄る。その反応が楽しいのか、イオリは笑顔を浮かべながらそれを躱し、逃げだした。広いリビングで、ちえりの配信をBGMに姦しい四人にばあちゃるは苦笑を零す。
特別な感情も向ける四人。全員がその年齢に見合わずにスタイルがいいが、その内面はまさに年相応だ。彼女たちにそういう感情を向けてしまうのは、いけないことだとも思いながら、それを否定はしない。しかし、そう言った感情と向き合うのは、彼女たちがもう少し成長してからだ。はしゃぐ四人を、後ろから見ながらばあちゃるはそう決意した。
「ほら、もう寝るっすよー」
「えー!!もっと遊びたい!」
時刻は進んで日付が変わる10分前の11時50分。ちえりの配信も無事に見終わり、五人で楽しく談笑していたら既にこんな時間だ。健康的なイオリは既に舟を漕ぎだしている。
「そんなこと言ったって明日は普通に学校っすよ?明日のばあちゃる君は、通勤時間が遅めだから問題ないっすけど、みんなは違うっすよね?」
「えぇー。それならいろは、うまぴーと一緒に登校するー!」
「そんなことしたら、なとなとがうるさいことになるっすね、完全に」
「『風紀、乱れてませんか?』なんて青筋立てながら上目遣いで睨んできそうだな」
「容易に想像できますね、それ」
五人分の布団が敷かれたリビングにて、いろはは不満げに唇を尖らせる。そんないろはの横で、なとりの真似をするめめめ。その再現度にすずは、苦笑を零した。
今から30分ほど前に、雑談の中で、いろはたち四人はどこで寝るかという問題が上がる。幸い、予備やら来客用の布団が多めにあったので、テーブルを片付けてリビングで寝ることに決着がつく。ばあちゃるは自分の寝室があるが、イオリの為の奔流と他の面々のチームワークに気付いたら同じ部屋で寝ることになってしまった。ばあちゃる本人もそのことに関して、否定的ではなかったのでこれと言って問題があるというわけではないのだが。
「はいはいはい。それじゃあね、電気を消すっすよー」
「うー。なとりんに怒られるのは嫌だし、仕方ないかぁ」
「怒ったなとちゃんは怖いからね…いや、ホントに。遅刻してた時はよくお世話になったよ」
「実感籠ってて草。…ほら、イオリさん。もう寝ましょうね」
「…わかったー」
すずに導かれるように、意識半分が既に夢の中のイオリは一足早く布団に潜った。全員が布団に潜ったのを確認した後に、ばあちゃるはリモコンを使ってリビングの明かりを消す。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「はぁい。おやすみなさーい」
「あ、プロデューサー。明日の朝ごはんはどうする?」
「冷蔵庫にある程度残ってますし、ありあわせにしましょう。お手伝い頼むっすよ、めめめめ」
「えへへ。はぁーい!それじゃ、おやすみなさい」
「あ、それなら私も手伝いますね」
「それは助かるっすね」
「いろはも!いろはも手伝うよ!」
「「いろは(さん)は大人しくしてろ(てください)!」」
「なんでー!?」
電気が消えた後も、変わらず談笑は続く。しかし、徐々に睡魔が回ってきたのか、いろはから順に静かになっていき、ついにはばあちゃるを除いて全員が夢の世界に旅立った。
今日は騒がしくも楽しかった。一人暗闇の中、振り返る。一人でアイドル部の配信を見ながら過ごす日々も悪くはないが、こんな日もたまにはいいだろう。きっといい夢が見れる。そう思いながら目を瞑った。
「…んぅ…おじゃましまーす…」
「へ!?イ、イオリン!?」
いい感じに眠気が回り、このままゆっくりと意識が落ちていく感覚に委ねようとしたその時。自身の布団に侵入者が現れた。からだの力も完全に抜けきった状態での侵入に、ばあちゃるは何も抵抗が出来なかった。
「えへへ…あったかぁい」
「は、はいはいはい。あのですね、これは、さすがにね、やばーしなんでね!?」
そのままイオリは抱き枕の様にばあちゃるの腰に抱きつく。さらに足も、ばあちゃるの足と絡めるように身を委ねてきた。イオリの豊かな胸が、ばあちゃるの胸に潰れるように押し付けられる。油断したところに無邪気な暴力に、ばあちゃるは頬を朱に染めながらなんとか自身の性の暴走を抑え込んだ。
「いいでしょー。なとちゃんと一緒にお昼寝してること、イオリは知ってるんですよ?」
「だ、だとしても!これはちょっと、流石に!」
「……」
「い、イオリン…?」
「………Zzz………」
「嘘っすよね、イオリン!?このまま寝付くっすか!?ってか、力つよッ!?」
眠そうにしていたのは分かっていたが、まさかこのタイミングで眠りに落ちるとは予想できなかった。しかもかなりの力で抱きしめられており抜け出すことも容易ではない。この細腕のどこにそんな力があるのか理解が出来ないが、これ以上無理やりにでも抜け出そうものなら、イオリが起きてしまう。目の前に幸せそうに眠るイオリの寝顔を汚すことなど、ばあちゃるにはできなかった。
されど胸に当たる見事な果実に、足に絡まる少女特有の健康そうな太もも。本人にその自覚がなくとも、女性の誘惑は確実にばあちゃるの精神を削る。
「いやいやいやいや!それは、マズい」
いっそ手を出してしまえば楽になる、と頭によぎるが振り払う様に首を振る。彼女たちの関係は、確かに合意の上だ。きっと将来的にそのような関係にもなるだろう。ばあちゃる自身も、そうなりたいと思っている。しかし、それは今ではない。彼女たちは未だ学生で、夢半ばの少女だ。勢いに任せて行為に至っては、いい結果にはならないだろう。…なにより一度関係を持ってしまったら、自分だけならず彼女たちも歯止めが利かなくなる。何故かそうなる確信がばあちゃるには合った。
「…よし。心頭滅却すればなんともないっすよ。意識を集中して…」
意識を逸らすために脳内で、以前の飲み会で酔って暴走したふくやマスターと、お酒の席の雰囲気に飲まれた道明寺晴翔のケンカを思い出す。ケンカ内容は『どちらがばあちゃるの親友として優れているか』というばあちゃるにとってどうでもいいことであったが、どうにも二人には大事なことだったようだ。割りと白熱していき、何故か共に止めに入っていたのじゃおじまで参戦して、場は更にカオスになったのを覚えている。
結果は決着がつく前に、何故か一緒に観戦していた鈴鹿詩子から放たれる謎のオーラに恐怖を感じて逃げ出したというオチだ。横から『…ばあちゃる総受けはイケるな』という呟きが聞こえた時の、身の毛がよだつ感覚は今でも覚えている。
「…よし。思い出したくないことが出てきたけど、おかげで落ち着いたっすね」
冷たくなる背筋に、性欲など彼方へ飛んでいく。そして今度は癒しを求めて、イオリの頭を撫でた。無意識に甘えるように、顔を擦り付けてくるイオリが堪らなく愛おしい。胸に溢れる暖かな気持ちと共に再び訪れた眠気に、ばあちゃるは改めて意識を手放した。
「…ん…んん?」
窓から差し込む朝日に、いろはは目を覚ます。はっきりしない意識のまま、体を起こして虚空を見詰める。
「…はれ…ここ…は?…」
見慣れない大きなテレビに家具。寝ぼけた意識が徐々にはっきりしてくると、ようやく自分がいる場所を理解する。ここはばあちゃる邸のリビングだ。
「んんー!!いい朝だ!」
固まった体を解すように、背を伸ばす。予想以上に身体が休めたのか、多少体を動かすだけで今日が絶好調であることを察せた。
人見知りであることを自覚しているいろはは、今の自分に結構驚いていた。いくら恋する相手の家とはいえ、ここまでリラックスして過ごせることが予想外だだったのだ。
「…えへへ」
もしこのまま結ばれても、きっと上手くいく。何故かそんな確信が出来てしまい、いろはは幸せに溢れる感情につい笑みを浮かべてしまう。
時計を見ると6時半。学園から離れているばあちゃる宅からでも、登校するにはまだ早い。どうしようかと考えた時、ふと思い出す。
「あれ?そういえば、みんなはどこなんだろ?」
首を傾げる。一緒に眠った友達と、愛する人がそこにはいなかった。布団は畳まれていないので、まだ家の中にいることは予想できるが…ならばどこにいるだろうか。疑問を胸に、いろははリビングを後にした。
廊下を出て、真っ先に向かったのはキッチンだ。脱衣所に併用されている洗面台で顔を洗おうとも考えたが、それよりも先にみんなのことが気になった。いろはの予想通り、キッチンからは楽しそうな四人の声が聞こえる。悪戯心から、驚かそうと忍びながらキッチンを覗き込んだ。
「めめめめー。ご飯はどうんな感じっすか?」
「あと十分もすれば炊き上がるよ。炊き立ては美味しいからそれに合わせて仕上げちゃおっか」
「お魚さんもいい感じの焼き加減ですよー?すーちゃんはおろしは大丈夫?」
「大丈夫ですよ。初めてやりますけど、大根おろしって思いのほか力を使いますね。結構楽しいです!」
「めめめお手製の味噌汁もいい感じですし、ばあちゃる君の方も卵焼き作っちゃいましょうか。手が空いた人がごんごんを起こしに行ってくださいっすねー」
「「「はーい!」」」
「…ぁ…」
目の前の光景は、いろはの幸せだ。大好きな人と、大好きな友人たちが、一緒に楽しそうに何かをやっている。そこには恋も友情も家族愛もある、いろはが願う幸せの形。その求めていた光景が広がっていた。
その光景に、何故か言葉が出てこなくなる。胸からどうしようもなく幸せが溢れてくる。気が付くといろはは、涙を流していた。求めていたその光景に、動けなくなってしまう。
けれど、このままではダメだと体に活を入れる。見ているだけではダメだ。いろはだって、目の前の幸せに加わるべきなのだ。それはきっと…目の前の光景を広げる四人だって同じ思いのはず。いろはは、今以上に幸せになる決意を胸に、勇気ある一歩を踏み出した。
「おはよー!ねえねえ!いろはも何か手伝わせて―!」
「「いろは(さん)は大人しくしてろ(てください)!」」
「なんでー!?」
「こらー!いくらごんごんちゃんがお料理できないからって可哀想だよー!」
「イオリン!?昨日も思ったけど、フォローになってないよ!?」
「…しょうがないっすねぇ。ほら、急いでその顔を洗っておいで。そしたら一緒にお弁当を作るっすよ」
「ッ!…うん!!」
煽り煽られの遠慮のない関係からか、辛辣な言葉が飛んでくるが、最後のばあちゃるの言葉に再び涙が溢れそうになる。その涙を見せないように、いろはは脱衣所に駆け出す。しかし、その顔に悲壮なものなど勿論なくて…あるのは、幸せに溢れた少女の顔だ。
きっと、今日はいい日になる。そんな確証はどこにもないが、何故かそんなことをいろはは確信した。