馬Pとアイドル部とVTuber   作:咲魔

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特に代わり映えのない一日になるはずだった…


彼を拒絶する私の選択

何の変哲もない平日の午後。その日、突如として電脳世界にあるネットワークに接続されたほぼ全ての機械がシステムダウンした。

 

それはあまりにも突然の出来事で、システムダウンをしてから一時間たった今でも現状を打開する術は見つかっていない。町の至る所でその混乱は広がり始めている。そしてその混乱は、ばあちゃる学園でも例外ではなかった。

 

「どうかな、あずきち?なんとかなりそう?」

 

「…これも、ダメですね。…PCの電源が入ったのでいけるかと思ったのですが…そもそもネットワークに繋げようにもこれです」

 

アイドル部の部室。プログラマーである『木曽あずき』は広げている自身のノートPCの画面を横に立つ『牛巻りこ』に開示した。その画面はなんとか起動してデスクトップを映しているが、ブラウザには『503』という無常なエラーコードが表示されている。

 

「これって鯖落ちしてるってことだよね?検索エンジンとかの大企業が鯖落ちとか、聞いたことがないんやけど」

 

「過去にGo〇gleが鯖落ちしたことがあるとは聞いたことがありますが…これはそういうレベルではありません」

 

「マイナーを含めて、大手すべてが鯖落ちしてるもんね。かなりの規模だよこれ」

 

「ダメだ―!校門にすらいけなかったよー!!」

 

「焦るのは分かりますが、とりあえず少し落ち着きましょうか」

 

うんうんとうねる二人の元に、突如の来訪者が訪れる。風紀委員長の『八重沢なとり』と『猫乃木もち』の二人だ。落胆するもちをなとりが慰めているが、なとりもなとりで今の事態に困惑していることがわかる。あずきとりこは、戻ってきた二人に視線を向けた。

 

「もっちーにこめっちもおかえり。その感じだとやっぱダメだったか~」

 

「そうなんだよ!あずきちの言う通り、システムが完全に逝っちゃってるから校門はもちろん、校庭に出るための昇降口の扉すらダメだった!!」

 

「しかも2階までの窓も完全に締め切ってますね。これではどうやっても外に応援を呼ぶことは出来そうにないです」

 

「ひえー!最新鋭の警備システムが見事なまでに裏目に出てるよ!」

 

「…」

 

もちは項垂れる様に、ソファに勢いよく背を預ける。普段であればその行為になとりは窘めるのだが、今の状況は仕方がないと苦笑を零した。

システムダウンが起きて数分後、学園の生徒もその状況に混乱をし始めていた。りこの言う通り、最新鋭が裏目に出て外に出ることが出来ないという状況が、どうしようもない不安を煽っているためだ。その状態にいち早く動いたのは同じアイドル部の『夜桜たま』と『金剛いろは』である。

生徒会長であるたまは、生徒たちを不安にさせないように学園のアイドルでもある、アイドル部のメンバーを分担させて見回りを行っうことにした。高等部ではたまを中心に『もこ田めめめ』、『北上双葉』、『ヤマトイオリ』が巡回している。人を癒すことを得意とするメンバーが巡回することで、これ以上の不安を煽らないためだ。

そして中等部では『カルロ・ピノ』と『花京院ちえり』の二人だ。唯一の中等部であるピノと、彼女と一番親交があるちえりが抜擢された。そして管弦楽部である『神楽すず』は、部活仲間に加え、吹奏楽部も巻き込んで至る所で演奏会を開いき、音楽による癒しを提供している。

 

「いろはは大丈夫だった?」

 

「戻る途中に保健室に寄ったけど、やっぱり忙しそうにしてたよ」

 

「『この混乱は絶対に怪我する子が出る』って言って保健室に飛んで行ったときは驚きましたが、さすがいろはさんですね」

 

「…金剛さんは人見知りですが、人一倍に周りを見ています…だからこその行動だと思います」

 

そしていろはは、学園の保健委員を集めて、怪我人の治療を行っている。それは混乱し始めるよりも前、それこそたまが行動を始めるより早くに動き始めたのだ。

いろはの予想通り、混乱により物や他人に当たる人が少なからず出てしまう。しかし、その状況も、いち早くいろはが行動をしたおかげで、対処が早かった。怪我をした者、怪我を負わされた者。そして、けがを負わせてしまった者のメンタルケア。今の保健室は間違いなく修羅場となっていた。

 

「手伝おうとしましたが、断られちゃったんですよね」

 

「『機械関係ならりこちゃん、あずきちゃんがいるからいいけど。自由に動ける人もいたほうがいいでしょ?こっちは任されたから、そっちの方は頼んだ!』なんて、ズルいよねぇ」

 

「ホント、金剛いろはという女はなぁ…」

 

額に汗を浮かばせながら、笑顔で告げるいろはの姿を思い出す。そのいろはの期待に応えたいと、もちは改めて胸に決意を込めた。

 

「それで、何か手伝えることはある?」

 

「と、言われましても、現状は何もできることはないのが今の状況ですね」

 

「プログラミング部のPCに放送室にあったPC。さらに牛巻とあずきちの個人のPCで、何かできることがないか色々と探ってみたけどお手上げ状態さ。まさに打つ手なし」

 

「う。それではどうすれば…」

 

「幸い、システムダウン時にネットに繋がってなかった私のPCは無事でしたが、牛巻さんのPCを含めて他全てが完全にアウトです」

 

「…無事のPCがあるというのは本当ですか!?」

 

「うぇ!?淡井先生にメンテちゃん、エイレーンさんまで!?学園にいらしてたんですか!?」

 

話を割り込むように、アイドル部の部室に侵入者が訪れる。その言葉と共に部室に入ってきたのは、学園の臨時教師である『淡井フレヴィア』に、諸事情で学園に訪れていたアップランドの社員『メンテちゃん』。そして、メンテちゃんと共に学園に訪れていた『エイレーン』の三人だった。彼女たち三人も、システムダウン時にあずきとりことは別に事態の解決に調査をしていたのだ。

 

「実は今日、学園で話し合い…というか会議をする予定だったので訪問していたんですが、まさかこのような事態になるとは…」

 

「メンテちゃんもこっちにいるし、事務所の方も心配だよね(-。-;」

 

「そんなことより!無事なPCがあるというのは本当ですか!?」

 

「え、えぇ。ここに一台だけ、あります」

 

「一体どうしたんですかエイレーンさん。確かに緊急事態ですが、ネットに繋げれないのならPCあってもあまり役に立たないと思いますが…」

 

「ありがとうございます!…ネットに繋がらないのではないんですよ。これは、より上の権限からムリヤリ停止させられているのと同じ状況です」

 

鬼気迫るエイレーンに押され、あずきは自身のPCをエイレーンに預ける。それに一言お礼を言い、驚異的なタイピングとマウスを操作しながら何かに接続していく。

そして、エイレーンの言葉にメンテちゃんと淡井先生と共に、四人も共に首を傾げた。

 

「上の権限?ってことはユーザーみたいなのが、今は動くなって命令してる感じ?」

 

「バカな。いくらハッキングしても、そんなことをすれば瞬く間に他の防犯システムなどに止められるはずです」

 

「だからここら一体の、全ての機械のシステムを落としたんですよ。そうすれば、警報システムや防犯用のシステムも共にダウンするので問題ないでしょう?」

 

「そんな力業ってある?」

 

「あまり現実的ではないですね」

 

もちとなとりはその現実的ではない方法に、疑念が浮かぶ。しかし、その方法に心当たりがあるのか、淡井先生とメンテちゃんは険しい表情を浮かべる。

 

「…まさかエイレーンさん。今回の一件は『キズナアイ』さんが発端だというんですか?」

 

「えぇ!?なんでここでアイさんが出るんですか!?」

 

「…なるほど。確かアイさんは、ひと昔の対テロ組織の際に、似たような方法で相手の兵器を無力化していましたね。しかし、アイさんは政府の保護下にあります。なによりそのようなことする動機がわかりません」

 

「あ、あずきち?なんか怒ってない?」

 

珍しい感情を表に出すあずきの姿に、りこは驚きながら怪訝そうな表情を浮かべる。実は、件の研究所での事件の際にあずきは、アイとプライベートで連絡を取り合う仲になっていた。尊敬する人であり、友人である人物を犯人扱いをされては、 さすがのあずきも穏やかではいられるわけがない。

 

「アイさんはありえないですよ。あの人は今日、アカリさんと同じ収録スタジオにいたことが分かってますからね」

 

「そーいえば、システムがダウンする前にアカリちゃんと連絡とってましたもんね(^^)」

 

「ですです。その時、横にアイさんがいたのは確認できましたから、アイさんではないことは分かっています」

 

『きっと今頃は、そのスペックを全力で使って、別方面から解決に奔走していると思いますよ』とエイレーンは付け加えた。その言葉に、あずきはホッと胸を撫で下ろす。違うと信じていても、アイにはそれが可能にするスペックが伴っている。それを否定してもらえることは、あずきの中にあった多少の不安を払拭するには十分だった。では誰が、と再び袋小路に入る前にエイレーンが言葉を続けた。

 

「一人いるじゃないですか。スペック的にアイさんに並んで、さらにアイさんを打ち負かすほどの期待値がある人物が」

 

「…まさか」

 

「…シロちゃん?」

 

「ふざけないで下さい!!」

 

淡井先生の言葉を否定するように、メンテちゃんが声を荒げてエイレーンに詰め寄る。その瞳には、怒りで染まっていた。

 

「シロさんがそんなことするわけないじゃ無いですか!今の言葉、撤回してください!!」

 

「牛巻もメンテちゃんに同意かな。シロぴーがこんなことをするなんて考えられない」

 

「私もりこさんと同じです。アイさんに動機がないなら、シロさんにだって動機はないですよね?」

 

メンテちゃんに続くように、ばあちゃる一派が後に続く。共に並ぶあずきももちも同じで、全員でエイレーンに視線を向けた。しかし、エイレーンを援護するように、淡井先生が一歩踏み込んだ。

 

「ばあちゃるさんが原因にあったらどうかな?」

 

「え!?」

 

「ここでプロデューサーちゃん!?」

 

「…さすが淡井さんですね。馬と彼女の間に何かあったのか知っているんですか?」

 

「『何か合った』くらいかな(・・;) 少し前にシロちゃんと会ったけど、その時に何か抱えてる感じがしたんだよね(-∧-;)」

 

「あなたもですか。私も馬が何か抱えてるのは知っていましたが、終始『これは自分で何とかする』で聞き入れてくれませんでしたね」

 

悔しそうに顔を浮かべるエイレーンと呆れ顔の淡井先生。そんな二人の会話に、メンテちゃんは何か思い出したように顔を上げた。

 

「…先日。事務所でばあちゃるさんとシロさんが、ケンカをしていました。その時はいつもの変わらないと思ったのですが、よく見ると雰囲気が違ったんです」

 

「というと?」

 

「ばあちゃるさんがおせっかいをかけて、シロさんが拒絶する。そんないつも通りの光景かと思ったら、珍しくばあちゃるさんがシロさんの拒絶を押し切ってまで詰め寄っていたんですよ。…ええ。今思い出しても、あれは少し異常な光景でしたね」

 

「あー!!それイオリンが言ってたやつ!ほらこめっち!この前の朝のSHRも前だよ!」

 

「え…あぁ!!言ってましたね!『少しシロちゃんがおかしかった』って言ってました!」

 

クラスメイトであるりことなとりが、思い出したように声を上げた。その事実に、メンテちゃんはより顔を顰める。

 

「けれど!それだけでは理由とはいえないです!」

 

「確かにそうですね。しかし、真相が二人にしかわからないのであれば、それはもう憶測でしか話が出来ません。なので、実際に見て見ましょうか」

 

「へ?」

 

「メンテちゃんさんが少し前に、馬に仕掛けた監視用のカメラを覚えていますか?実はあれ、あずきさんが回収したんですよ」

 

「そうなんですか!?」

 

驚愕の声を上げ、視線をあずきに向ける。急に矛先を向けられたあずきは、驚きによりビクッと身体を震わせたが、すぐさまに持ち直して同意するように頷いた。

 

「…はい。実はそのまま、カメラはエイレーンさんに持っていかれたのですが」

 

「ばあちゃるに問い詰めた時に、改めて設置したんですよ。絶対何かされるだろうと思っていたので、保険をかけていましたが正解みたいですね」

 

『PCが止められたのは想定外でしたが』と言い訳を零す。操作が終わったのか、現在いる全員にPCのディスプレイが見える様に移動させる。画面には見慣れた背中、『ばあちゃる』が薄暗い廊下が歩いてる動画が映っていた。

 

「ばあちゃるさん!?」

 

「ここは…どこかの研究所でしょうか」

 

「って回線は繋がってるとはいえ、システムはダウンしてるんでしょ?なんで繋がってるの?」

 

「私はテロ組織との戦線は途中で離脱しましたが、逃亡中及び兵姫奪還時は馬のバディだったんですよ?隠すことなら人一倍得意なんです」

 

「アイさんとシロさんの管理下を抜けるなんて…あなたバケモノですか」

 

異類を見るような視線を向けるメンテちゃんに、ドヤ顔で返すエイレーン。その顔に、敵わないなと、どこか諦めがついたメンテちゃんだった。

 

「あ、じゃあ私は他のアイドル部の子たちを呼んで来るね(=゚▽゚)大分時間もたったし、落ち着いた子も増えてきただろうから、みんなが抜けても大丈夫だと思うし( ・ω・)」

 

「あ、ではお願いします。これはきっとアイドル部の子たちも見るべきことだと思うのでなるべく早めにお願いしますね」

 

「任せて!( ̄ー+ ̄)」

 

「あ!じゃああたしも手伝います!なとりんはどうする?」

 

「勿論行きますよ!私たちは高等部の方に行くので先生は中等部の方をお願いします!」

 

「了解!(°∀°)ゝ”」

 

そう言い残して淡井先生となとりともちは、部室を後にする。それを見送った残りの四人は、再び画面に視線を映した。そこには一言も言葉を発することなく、一心不乱にどこかへ向かうばあちゃるの姿が映されている。

 

「…ばあちゃるさん」

 

無意識にあずきは彼の名前を呼ぶ。そこには、何かを託すような祈りが籠っていた。

 

 

 

 

 

「…来た」

 

海に近い廃墟と化した研究所。そこの屋上に『電脳少女シロ』はただ一人、誰かを待っていた。海が近いだけあって、屋上からは白い砂浜と、青い海が見渡せる。海から潮風がシロの髪を撫でた。

整える様に髪に手を添えたその時、屋内の階段に続く扉が、軋む音を立てながら開かされる。小さく深呼吸。決意を胸に。シロは扉から現れた人物、『ばあちゃる』に視線を向けた。

 

「遅かったじゃん」

 

「…はいはいはい。何せ、機器ほぼ全てがダウンしてるんでね、ハイスペックのばあちゃる君でも流石に時間がかかるってもんっすよ」

 

「いつもの瞬間移動でくればよかったのに」

 

「いやいやいや、それはできないっすよね。機器だけじゃなく、ばあちゃる君の能力もダウンしちゃってるよね、完全に」

 

「…ふぅん」

 

知ってるくせに、と言いた気な呆れ顔のばあちゃるに、シロは適当に相槌を打つ。

少し前までによく見た馬のマスクは今はない。見慣れているのに新鮮な自分に似た彼の素顔に、シロは苦笑を零した。いつも口数の多い彼が余分なことは言わない。無駄話はする気はないのだろう。

 

「…それで?シロちゃんは一体ばあちゃる君にどんな用があるっすかねぇ?今は大変な状況だって、シロちゃんだって分かってるっすよね?」

 

「うっわ白々しい。それこそ分かってるくせにぃ」

 

「はいはいはい。意表返しってやつっすよ。…単刀直入に聞くっすよ。何が目的っすか」

 

シロの予想通り、さっそく本題に話が映る。普段の彼とは考えられない、その射貫くような視線にどこか寂しさを感じてしまう。しかし、長い付き合いだからこそ知っている。そういう顔をする彼に、あれやこれを言って濁したところで意味がないことを。

諦めたように、シロはストレージからあるものを取り出す。シロの手に少し大きいくらいのそれを、地面を滑らせるように、ばあちゃるへ渡した。それを何か確認したのか、ばあちゃるは顔を顰めた。

 

「…どういう…ことっすか」

 

「馬はシロのことならなんでも分かるんでしょ?その道具を渡す意味、分からないなんて言わせないよ」

 

「ッ!?なぁ!?」

 

それを…『拳銃』を拾い、顔を上げたばあちゃるは驚愕で顔を染める。目の前には今拾った同じ拳銃の銃先をこめかみに当てたシロの姿が見えたからだ。そんなばあちゃるの姿に、クスリと笑い、柔らかい笑みを浮かべながらシロは言葉を放つ。

 

「ねえ、馬。シロと一緒に死んで」

 

「それ…は…」

 

困惑するばあちゃるに追い打ちをかける様に、言葉を続ける。

 

「シロね、思い出したんだ。46号の記憶」

 

「はッ!?そんなバカなッ!?あれはメモリが完全にダメになったはずです!」

 

「そうだよ?でもね、奇跡的にデータの奥底、簡単には解読できない奥の奥に残ってたの」

 

「…ッ」

 

歯を食いしばるばあちゃるに、シロは…46号は変わらず柔らかい笑みを浮かべる。それは、昔の暖かい大事な記憶を思い出す様な、そんな優しい笑みにも見えた。

 

「シロ、驚いちゃった。まさか昔のシロがこんなに馬のことが好きだったなんてね」

 

「…」

 

「生きる理由をくれた。知りたいことがたくさんあった。その隣に貴方がいた。…それがどうしようもなく、嬉しかった」

 

「……」

 

「そして…死ぬ理由もできた。…ねえ馬。シロは、46はね。死ぬ最後のその時まで何にも悔いはなかったんだよ」

 

「…ッ…」

 

ばあちゃると46の姿は対局だ。嬉しそうに思い出を語る46。感情を押し込むように思い出すばあちゃる。その柔らかい笑みのまま、46はばあちゃるを慈しむ様に視線を向けた。

 

「思い出して、改めて馬を見つめることが出来たの。…ねえ馬、生きてて辛くない?」

 

「…なにを」

 

「シロやアイドル部の為に奔走する馬に、実はシロ、心配してたんだよ?だから記憶を思い出して、それに納得したの。ああ、馬は46と兵姫に、未だ人生が捕らわれているだなって」

 

「それは違う!」

 

「違わない!!」

 

拒絶するばあちゃるをより大声で拒絶する。だって、46は知っている。46が亡くなって自信を喪失していた時のばあちゃるの姿を。自身のやりたいことが分からなくて、お世話になったアイとエイレーンを追ってバーチャルYouTubeになったばあちゃるの姿を。自分のことを無下にして、シロとアイドル部の為に、常に無茶をするばあちゃるの姿を。46はずっと見ていた。だから…知っている。ばあちゃるが誰よりも無茶をしていることは、46が一番知っている。知っているからこそ、自信をもってこう言える。

 

「だからごめんなさい。46は貴方にあんな重りを背負わせるわけにいかなかった。そこまで辛い思いをさせるなら、あんな決断をさせるべきではなかったの!けど、今度は置いていかないよ。ね、ばあちゃる…シロと、46と一緒に死んで」

 

「…46…ごう…」

 

改めてこめかみに銃先を当てながら微笑む。そんな46号にばあちゃるは苦しそうに、絞り出すように名を呼ぶことしかできない。

46号には確信があった。ばあちゃるは絶対に、一緒に死んでくれると。彼の苦しみに何もできないまま、理解も出来ないまま、見ていることしかできなかったのだ。だから、理由を知った今ならはっきりわかる。ばあちゃるは…あの時から止まったままなのだ。ならば私が導いてあげないと。彼の足を止めてしまった私が。確かな決意と、確固たる確信をもって、ばあちゃるを見つめた。

しかし、そこからのばあちゃるの行動は46にとって、予想外のものだった。落ち着くためにゆっくり深呼吸をして、何かを思い出す様に何度も頷く。そして、何かを決意するように握り拳を作り、持っていた拳銃を放り投げた。

 

「え!?」

 

「すみませんね、46号。ばあちゃる君は、まだ死ぬわけにはいかないっすよ」

 

その行動は46号にとって予想外の他ならない。理解が出来ないばあちゃるの行動に困惑しながらも、しっかりと見据える。そして、手を広げながら近づいてくるばあちゃるに混乱したまま声を荒げる。

 

「こ、来ないで!」

 

「確かに、少し前までならきっと46のお願いを受けていたのかもしれない。けど、今は違うんだ」

 

「来ないでって言ってるでしょ!?」

 

声を荒げる46号に、今度はばあちゃるが柔らかい笑みを浮かべながら近づいてくる。その暖かさに包まれてしまえば、きっとこの決意も揺らいでしまう。

揺らぐ46号など知らず、ばあちゃるは愛しい思いを胸に、46号の頭を撫でた。

 

「俺は…ばあちゃる君はいっぱい、いっっぱい色んなものを貰ったっすよ。

 

なとりから暖かさを

 

りこから癒しを

 

すずから恋を

 

たまから嫉妬を

 

めめめから朝を迎える嬉しさを

 

もちから立ち向かう勇気を

 

ピノから愛を

 

いろはから共に歩む覚悟を

 

あずきから受け入れる想いを

 

ちえりから一緒に立ち向かう願いを

 

双葉から独占欲を

 

イオリから優しさを

 

…アイドル部から、愛し合うことを教えてもらった」

 

「来ないで!…来ないでよぉ!」

 

「それだけじゃない。アカリンからだってはるはるやふくふく、のじゃロリさんにみとみとからも、色んな友人たちから数えきれないほど色んなことを貰って、ばあちゃる君はまだ全部それにお返しをしていない。それに…」

 

思い浮かぶ大切な人たち。同僚、友人、仕事仲間。そして、愛する人たち。彼らを残して、この世を去るという選択は、ばあちゃるの中にはなかった。なにより、ばあちゃるは…

 

「俺は…ばあちゃる君は…みんなと生きていきたい。そう思っているっすよ」

 

「…ぁ…」

 

46号はばあちゃるの顔を見る。見てしまった。これからの先の未来を、生きていくと。大事な仲間と共に歩んでいくと決意したばあちゃるの顔を、見てしまった。そして、理解してしまう。46号がどうやっても、ばあちゃるを連れていけない事を。シロとして、ばあちゃると共に生きてきた経験が、そう訴えてくる。だって彼の眼は、誰が見ても、今を生きて、未来を見ている。過去は…もう見ていないのだから。

 

「それに、ちょっとばかしオイタが過ぎるっすよ46号。…いや、ロッシーちゃん」

 

「なッ!?え、えぇ!?」

 

「ほい、隙あり」

 

「あ、ダメ!?」

 

ばあちゃるから放たれる言葉に46号…ロッシーは驚愕を顔に染める。連続して起きる予想できない状態に、完全に呆気を取られたロッシーは、持っていた拳銃の持つ力を緩めてしまう。その隙をばあちゃるが見逃すわけがない。拳銃をあっさり奪い去り、先程投げた場所と同じ所に、放り投げた。

 

「い、何時から気付いていたの!?」

 

「実は割と最初からっすね。確信を持ったのは、46号の記憶を思い出したって言ったところからっすよ」

 

「そ、そんな前から!?なら今までのあれは演技!?」

 

「ばあちゃる君がシロちゃんを見間違うなんて、あるわけないっすからね。なかなかな演技だったでしょう?それにばあちゃる君は、46号の記憶を思い出したの発言からロッシーちゃんのことを46号と呼ぶことがあっても、シロちゃんとは一度も呼んでないっすよ」

 

「え!?…そういえばそうだ!?」

 

驚愕の事実にもう驚くことしかできない。むしろ驚きすぎて、頭を撫でられていることにロッシーは気付けないほどだ。

 

「さっきも言ったっすけど、46号のメモリは完全に死んだっすよ。何せ、ばあちゃる君がこの手でフォーマットしたわけっすからね。消した本人が言うっすから間違いないっすよ」

 

「なら、なんでシロちゃんが46号のことを知っているのかと考えたら、割とすぐに思い出したっすね。ロッシーちゃん。いや、AI64号のことをね」

 

「あ…」

 

それはロッシーの遥か昔の記憶。一番最初に覚えた、敗北の記憶だ。

他でもないシロの前世である46号に敗北したロッシーは、その一部を46号と同化させていたのだ。そしてシロとして生誕する際に、46号が最後に守っていた同化していたロッシーの一部と追加されたデータが融合。結果として、シロの中にロッシーが生まれたのだ。46号が64号に入れてまで最後に守ったのは、ばあちゃるとの思い出。その思い出はロッシーの中で確かに生きていたのだ。

 

「いやー。仮定まで浮かんだ時まさかと思ってたっすけど、今日で確信することが出来ました。…46号はロッシーちゃんの中で生きていたんっすね」

 

「あ、あの。おうまさん!」

 

「謝らなくても、大丈夫っすよ。むしろ謝るのはばあちゃる君の方だ。…辛かったでしょう?死ぬ決断をする記憶なんて…好きな人に殺される記憶なんて…辛くないわけ、ないっすもんね」

 

「…ぁ…うぁ…」

 

撫でられていた手は、気付くと背に回されていた。シロの身体が、何よりも安心する場所。ここは、ばあちゃるの腕の中と理解をした瞬間、ロッシーの涙を塞き止めていたダム崩壊した。

 

「うぁぁぁぁぁぁんんんん!!!おうまぁぁぁさんんんん!!!!」

 

「よしよし。辛かったっすね」

 

あやす様に頭を撫でる。それにさらに安心を覚えたのか、ロッシーはばあちゃるの胸の中にその涙を一切隠そうとしなかった。

ロッシーが自我を持ち始めたのは、実は最近の話だ。なぜ、シロという既にある人格の中に自分が生まれたのか、一切理解が出来なかった。さらに、自分に打ち破った存在の記憶も何故かある。混乱しないほうがおかしい。宿主であるシロとも、最初は上手くいかず、精神が幼いロッシーにとって辛い日々でしかなかった。

その中で、幸せだったのはシロとばあちゃるの日常。そして、46号とばあちゃるの過去の記憶だ。それを見ているだけで、胸が暖かくなる。ロッシーにとってばあちゃるとは、会ったことが無い憧れの存在だった。そんなばあちゃるに、優しく撫でられてる。抱えてる46号の記憶を辛かったねと慰めてくれる。どうしよもうなく救われた気持ちになった。

 

「お、おうまさぁん、…ズズ…ろっしー…」

 

「…ねえ、ロッシーちゃん。VTuberって興味ないっすか?」

 

「…え?…」

 

思いっきり泣いて、彼の腕の中にある暖かさに身を任せていると、ばあちゃるが優しそうに声をかけられる。VTuberは、知っている。シロの動画で、存在を隠して何度か出演したことがあるのだ。あの時は、メンテちゃんにも『シロの演技』で通したが、あの一時は楽しかった。

 

「たまーにシロちゃんの動画で出てたっすよね?よければ、いちVTuberとしてデビューとかしてみたくないっすか?」

 

「…ロッシー…できるかな?」

 

「誰だって最初はどうなるかは分からないっすよ。けど、ロッシーちゃんは輝くことが出来る。このばあちゃる君が、保証するっすよ!」

 

「あ…」

 

『これでも、人を見る目はあると自覚してるんでね』なんて、言いながら少し身を引いて手を伸ばしてくる。離れていく体温に寂しさを感じながら、指し伸ばされる手を見つめた。ああ、この人はこういう人だから、シロも46号も好きになったんだ。そして、この胸の高鳴りが訴えてくる。これが誰かを好きになるということなのだろう。

ばあちゃると、シロと。そしてばあちゃるの友人たちと共に、これから先の未来を見て見たい。ロッシーの中に、確かな意思が芽生えた。

 

「おうまさん、ロッシー…ッ!?」

 

「ロッシーちゃん!?」

 

恐る恐ると、ばあちゃるの手を取ろうとしたその時、一瞬ロッシーの痙攣してその場で固まる。そして、徐々にばあちゃるから逃げる様にゆっくりと後退し始めた。その姿は、まるで何かに抵抗をしているが、敵わず動かされているように見えた。

 

「…馬」

 

「その感じ、シロちゃんっすか!?」

 

「お…うま…さん…ッ!」

 

「ロッシーちゃん!?シロちゃん!いったいどうしたっすか!?」

 

交互に聞こえてくる高さの違う同じ声。長い付き合いから、それがシロとロッシーの違いは余裕で判断できた。しかし、今のこの状態は何だ。まるで、どちらかが抑え込んでいるように見える。

 

「お…うま…さんッ!シロおねえちゃんを…止めて!」

 

「大丈夫だよ、ロッシーちゃん。ロッシーちゃんは、後で用意したモデルに入れてあげる。道連れになんかしないよ」

 

「シロちゃん!?何を言ってるっすか!それじゃあまるで!?」

 

「おうまさん!!シロおねえちゃん、死ぬ気なの!止めてぇ!」

 

ロッシーの決死の叫びに、ばあちゃるは目を見開く。そのばあちゃるシロは手をかざす。その瞳に確かな決意が読み取れた。

 

「ダウン」

 

「ぐぅぅぅぅぅ!!??」

 

まるで重力が二倍になったかのように、体が重くなる。ばあちゃるはこの感覚に覚えがあった。使えるの力を圧倒的な権限で上から押さえつける方法。キズナアイだけが出来るはずの、強制システムダウンである。そして、そのアイと対抗するために作られたシロにもできる荒業だ。これは、今この町で起きている現象を個人にぶつけている際に起こるものだ。そこから導き出される答えは一つ。

 

「や…っぱ、今回…の!犯人は、シロちゃん…なんすね!」

 

「嘘でしょ!?適応してるの!?」

 

「い、いやいやいや。ばあちゃる君もね、これが精いっぱいですね、完全に。…一歩も動けない」

 

「そんな…おうまさん!」

 

驚愕するシロと、入れ替わるように心配するロッシーの声。なんとも不思議な感覚だと、どこか他人事のように重い身体を踏ん張りながら、シロを睨みつける。

 

「…なら、そこで大人しくしてて。シロが、全部終わらせるから」

 

「『はい、そうですか』で納得は出来ないっすね。悪いっすけど、意地でも止めさせてもらうっすよ」

 

対峙するシロとばあちゃる。常に同じ場所を向いてきた二人の対峙する姿に、ロッシーは胸が締め付けれる悲しみに涙を覚えた。

 

 

 

 


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