海が見渡せる廃墟と化した研究所の屋上。そこには一組の男女が対峙するかのように、睨み合っていた。『電脳少女シロ』と『ばあちゃる』の二人だ。そして姿は見えないがもう一人この場にいる。それはシロの身体に一緒に存在している『ロッシー』だ。
能力を封じるだけでなく、動きもムリヤリ封じられたばあちゃるは、それでも諦めずにシロを睨みつける。
「馬にシロを止めれると思ってるの?」
「止めれるよ!だってシロお姉ちゃん、おうまさんのことが好きなんでしょ!?ならいっぱいお願いすれば、止めれるよ!」
「…ロッシーちゃん、ちょっと黙ろうね」
「あ、シロちゃ…」
(シロちゃん!?なんで!?ロッシーの声がおうまさんに聞こえてないの!?)
「…どうやら、身体の優先権はシロちゃんの方が上みたいっすね」
急に聞こえなくなったロッシーの声に、ばあちゃるは自分の考えを述べる。それは当たったようで、目前のシロは特に言い返すこともなく睨み返すだけだ。脳内で響く、ロッシーの声にシロは顔色一つ変えずにばあちゃるの横を通り過ぎる。
「それで?改めて聞くけど、馬がシロを止めることなんてできると思ってるの?」
「悔しいっすけど、ばあちゃる君がシロちゃんを止めれることは限りなく低いっすね」
(なんでそんなこと言うの!おうまさんならできるよ!!)
「いや、ホントは出来るって自信満々に言いたいところなんっすけどね、なんせね、もう説得を失敗してる状況なんでね」
「よくわかってるじゃん」
(そ、そんな…!?)
ばあちゃるが言うことを、ロッシーにも見当がついていた。それは、先日に事務所で行われたシロとばあちゃるのケンカの内容だ。あの時、シロは今回起こしている今の状況について、何も言わずじまいだったが、それでもばあちゃるはシロが何をやろうとしているのかはある程度理解していた。だからこそ、ムリヤリ唇を奪うようなことまでして引き留めようとしたのだ。しかし、その結果は分かっての通りの失敗である。その事を指すのであれば、ばあちゃるの言う通り、既に失敗しているようなものだ。
そして、シロという少女は、非常に頑固である。それは、彼女の中でわずかな時間であるが、共に生きているロッシーもよく理解していた。一度決めたことを絶対に曲げない。さらに好きな人の説得すら、引き離したのだ。ロッシーは最悪の未来が見えてしまった。
ゆっくりと歩きながら、先程放り投げられた拳銃の一つを拾う。諦めたように悲壮な表情を浮かべながら、再びばあちゃるに向き合った。
「馬ならわかるよね?シロ、とっても頑固なこと。一回説得下の失敗しちゃってるし、シロを振り向かせることは出来ないよ?」
「…ええ。そうっすね。ホントにホント、シロちゃんってばすっごい頑固っすからね。ばあちゃる君がいくら言ってもその決意を曲げることはないでしょうね」
(諦めないでよ、おうまさん!おうまさんが諦めたら、誰がシロお姉ちゃんを止めるの!?)
「…けど。もし、止めるのがばあちゃる君だけじゃなかったらどうっすかね?」
「なに?」
「はいはいはい!!それでは!上を見てもらいましょうか!!」
不敵に笑みを浮かべ、重い身体をムリヤリに動かして天を指す。それに釣られて、青空を見上げる。そして、気付く。何かが超速でこちらに飛んでくることに。
「はぁ!?」
「…………しぃぃぃぃぃぃぃぃろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉちゃあぁぁぁぁぁぁぁぁんんんんんん!!!!!!!!!!!」
こだまをするように、大きな叫び声が聞こえてくる。混乱する頭を何とか動かし、権限を使って飛んでくる物体をズームをして確認した。
幼女の体型、オレンジを主張した改造された巫女服。そして、見覚えがある美味しそうな狐の獣耳。見間違えるはずがない。あの姿は。
「のじゃさん!?」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
『バーチャルのじゃロリ狐娘元youtuberおじさん』。シロがVTuberの業界入りをして親しくしている、ばあちゃると共通の友人である。そんな彼が何故空を飛んでいるのか、何故シロの名前を叫んでいるのか、訳の分からないことばかりで頭は混乱するばかりだ。
現在、この町全土に個人の能力は一切使えないように、シロが自身の力とロッシーの力を使って上から押さえつけている。のじゃロリは簡易であるが飛行能力がある。しかしそれだって今であれば使えるはずがない。ならば何故、ああも空を飛んでいるのか。シロはフル回転で頭を働かせ、とある結論に至る。落ち着き始めた頭を懸命に動かし、ネットをハックして、のじゃロリが飛んだである発射位置近くの監視カメラに、無理やり空中モニターを繋いだ。
『やるじゃんゴリちゃん!角度も最高、パワーも最高!これはいったでしょ!』
『はぁはぁ…ハァーイ。いやはや、こんなにゴリラパワー使ったのは久しぶりですね。援護、ありがとうございますね、葵さんにヒメさんヒナさん』
『それは言わない約束だぜ!ゴリラさん!!ヒメたちは事前に受け取ったお願いをやっただけだからな!』
『そうそう。報酬は、今度一緒にばあちゃるさんに貰いに行こっか』
「葵ちゃんにゴリラさん!?ヒメちゃんにヒナちゃんも!?」
そこに映し出されていた人物は計四名。『富士葵』『バーチャルゴリラ』『田中ヒメ』『鈴木ヒナ』の四名だ。そこでシロは、この四人が本日同じ収録スタジオで仕事をするというのを聞いたことを思い出した。そして、四人の会話からゴリラが全力でのじゃロリさんを投げて、今の状況を作ったということを理解でした。
しかし、何故そのようなことをしたのか理由がわからない。しかしその答えも、会話の中にあった。
「うま!?」
「はいはいはい。シロちゃんにしては気付くのが遅かったすねぇ!」
酷い疲労感に襲われているはずなのに、変わらず不敵な笑みを浮かべるばあちゃるに、シロは背中に冷たい汗が伝うのを感じた。いつ連絡を取ったのかは知らないが、ばあちゃるが四人にそうするように頼んだのは明白だ。ギリ、と歯を食いしばる。だが、それでもシロが有利なのは変わりがない。
「…ふん!のじゃさんがこっちに飛んできてるからって何だって言うの!シロには関係ない!」
「へぇ。いいっすか?今の状態のままのじゃおじさんを無視したら、能力使えないっすからそのまま地面に激突するっすよ?」
「なぁ!?」
予想だにしなかった人質戦法。その卑劣さに、シロは条件反射でばあちゃるに非難の目を向けた。
「勘違いしないでほしいっすね。ばあちゃる君も、のじゃおじさんも『シロちゃんならどんな状況でも助けてくれる』という信頼の元、今回の作戦を決行したっすよ。さらに言うなら、今回の発案者はのじゃおじさんだったりします」
「…ッ!」
「『妾の友人であるシロちゃんは、優しい子なのじゃ。大丈夫。作戦は絶対無事に成功するので安心するのじゃ』なんて言われて押し切られちゃったっすよ」
(狐のおじさん…)
シロの視線に申し訳なさそうに、ばあちゃるは顔を歪める。長い付き合いだからこそ、その顔が、その言葉一つ一つが嘘ではないと訴えてくる。分かってしまうから、シロは何も言えなくなってしまう。
「時間はないっすよ!このままだとのじゃさんは地面に落ちてしまう。どうするっすか、シロちゃん!!」
「ううううううう!!ああもうぉ!!」
「ッ!よし!いくのじゃ!」
決死の覚悟をするような声を上げると同時に、ばあちゃるの身体少し軽くなる。どうやら権限を使って、のじゃロリにつけられている制限を解いた時の勢いで、こちらにかけられていた権限も多少飛んだのだろう。視線をのじゃロリに向けると能力を戻ったのを確認して飛行能力を使い、バランス調整。そして、勢いをそのままシロに突撃していた。
「炎上なんて、知るかぁぁぁ!!」
「うわぁぁ!?の、のじゃさん!?」
魂の叫びと共に飛ばされた勢いのまま飛びつく。その勢いにさすがのシロも驚愕の声を上げるが、何かの防御システムでも機能しているのか、ダメージなどは感じられなかった。そしてシロの懐に飛び込んだのじゃロリは、シロを逃がさないように抱き着いた。
「詳しいことは知らないけど、自殺なんてよくないのじゃ!」
「ッ!の、のじゃさんには関係ないでしょ!これは、シロたちの問題なの!」
「関係ないわけないだろう!!妾たち、友達だろ!!シロちゃんがそう言ってくれたじゃないか!!」
「の、のじゃさん…」
演技を忘れた全力ののじゃロリの言葉に、拳銃を持つ手が緩む。ダメだ。決意を揺らいではダメ。緩みかけた力を込めて、拳銃をこめかみに当てる。抑え込もうとされていても『みここ』のモデルはシロより小さい。のじゃロリの制止より早く引き金を引けば問題ないと、トリガーに手をかけた。
「やらせないよ!!」
「ッ!?ひなたちゃん!?」
聞きなれた舌足らずの声と同時に、手に持っていた拳銃が弾かれる。何かと思い声の元へ視線を向けると、そこには、ばあちゃるが開こうとしているゲートの裂け目の奥に友人である『猫宮ひなた』が確認できた。その手には、彼女が得意とするスナイパーライフル。時空の先からシロの手を目掛けてスナイプしたのだ。
「のじゃさんもうちょっと頑張って!!ウカさん、ひよこちゃん!どう!?」
「もう少し待って!まだ安定しない!」
「サポートがなくなるだけでこうなるなんてッ!…よし、あとちょっと!!」
裂け目越しから他に『届木ウカ』と『もちひよこ』の声も聞こえてくる。つまり裂け目の向こう側は企業『ENTUM』に繋がっていることが予想が出来る。
このままでは不味い。落ちているもう一つの拳銃に、目を向ける。心苦しいがのじゃロリを振り払って取りに行けば、ゲートが開くより前にトリガーを引くことは可能だろう。
「甘い!そう考えているだろうが、甘いぞシロ氏ィ!!」
「あッ!?」
体が動くより前に、地面に落ちている拳銃は何かに弾かれるようにシロから離れたほうに飛んでいく。声の発生は再びばあちゃるの元。しかし、この声の主はばあちゃるではない。改めて視線を向けると、先程のゲートの裂け目とは別のもう一つの裂け目。そして、その先には声の主『道明寺晴翔』の姿が確認できた。片手に持つのはエアガンの類だろうか。どうやらそれで落ちている拳銃を弾いたようだ。
「道明寺君!?」
「悪いが、我々もばあちゃる氏と考えは同じなのでな!友人A氏!どうだ、まだ時間はかかりそうか!?」
「あとちょっと!そらは声を届けて!多少でも引き留めるの!」
「もちろん!シロちゃん!自殺なんてやめてよ!私、まだシロちゃんと一緒に遊びたいよ!」
「そらちゃん…」
晴翔と入れ替わるように『ときのそら』が涙目でこちらに叫んでいるのがわかる。その姿に、目頭が熱くなるのを感じる。シロだって…まだ遊びたい。そう吐き出しそうになる言葉を何とか飲み込む。
「シロちゃん!妾はもうVTuberじゃないが、それでも友達なのじゃ!」
「そうだよ!そらたちだって友達で、まだ遊びたいんだよ!」
「超会議の時みたいに、私だってまたシロちゃんと遊びたいし歌いたい!怠け者の私だけど、この気持ちは本物だよ!」
「うるさい。うるさい!うるさい!!」
「ぐぅぅぅぅ!!??」
のじゃロリ、ひなた、そらの三名の声を振り払う様に、ゲートを開いているばあちゃるに権限を使って押しつぶす。それに耐える様に、膝に手を置いて何とか踏ん張るが、ゲートを開いていられるよう余裕はない。ばあちゃるの状況に連動するように、ゲートは徐々に空間に消えようとしていく。薄れゆくゲートに、青い影と、黒い影が飛び出した。
「おぉし!間に合った!後は任せたよアカリちゃん!!」
「こっちもギリギリ!!後はお願いルナちゃん!!」
「「任された!!」」
青い影『ミライアカリ』と黒い影『輝夜月』は、既に消えたゲートから飛び出すと同時に駆け出した。そのまま、シロ左右の腕に飛びつく。右手にアカリ。腰にのじゃロリ。左手に月と完全に抑え込まれる形になった。
「アカリちゃんにルナちゃんまで!?」
「自殺なんてダメだよシロちゃん!何かあったらこの、親友で黒パン同盟のアカリに相談してっていつも言ってるじゃん!」
「いやーサイコパスだと思ってたけど、流石に自殺は見過ごせないなぁ!これはルナちゃん特性のお仕置きが必要と見た!」
「は…はなれて!」
「絶対に離さないのじゃ!!」
「のじゃさんアカリンにルナちゃん!!申しわないっすけど、踏ん張りどころっすよ!」
「馬ぁ!!」
後ろに汗を流しながらも、不敵に笑みを浮かべるばあちゃるに吠える。それをばあちゃるは満足気味に笑みを浮かべて、微笑みかけてきた。まるで全部知っていると言っているような、そんな顔が心底気に入らない。何故かその胸に飛びつきたくなる感情を、無理やり押し込んだ。
(シロお姉ちゃん!お願いだから諦めて!!)
「嫌!だって、シロが、シロの存在が、足枷になっちゃう!」
「何を訳の分からないことを言っているのじゃ!?」
「シロちゃんが足枷!?そんなやつがいるの!?」
「いい加減諦めろっての白イルカパイセン!好きなやつもいれば嫌いなやつもいる!そんなの気にしてたって仕方ないじゃん!!」
「違う!違うの!シロは…生きてちゃいけないの!?」
溢れてくる涙を必死に抑えるも、数滴零れる。感情がぐしゃぐしゃになって、頭もまともに纏まらない。とりあえず離れなければの気持ちで、三人を力任せに振り払った。
「あ…ごめッ!?」
「いてて!あ、大丈夫じゃよシロちゃん!」
「っていうか…痛くない?」
「なんかクッションに当たった感じがした?」
「まったく!お騒がせがすぎるよ!みんな!」
突き飛ばした事に対して反射で謝るが、その時にいつの間にかばあちゃるの横に立っている存在に気付いた。同時に、屋上内の支配が上書きされている事にも気付く。そんなことが出来るのはただ一人しかいない。AIの上位的存在。元祖バーチャルYouTuber。『キズナアイ』がそこに立っていた。
ばあちゃるにかけていた権限も既に取り払われており、変わらず汗を額に流しているが先程の様に苦しそうな表情は既にない。汗を拭いながら、ばあちゃるはアイに呆れ顔で言葉をかける。
「…やぁぁっときたっすか」
「アイちゃんさん!?」
「アイちゃん!?!?!」
「親分!!??」
「キズナ…アイ…さん」
「もう!アイちゃんって呼んでって言ったでしょ、シロちゃん!…後ばあちゃる!やっとってなんだ、やっとって!!事前の連絡もない状態でここまでこの短時間でたどり着いたんだから、もっと敬え!」
「あからさまに親分に連絡いれたら勘繰られるっすよ!腐っても大分前に共に仕事した仲なんすから、それくらい察してくださいよ!」
「お前は、いつも気付くか気付かないかギリギリのラインのサイン送らないでしょうが!もっと分かりやすいのにしろ!」
「…あー。言われてみればそうじゃよね。仕事を共にすれば分かるけど、ばあちゃるさんっていっつもその人ギリギリのラインを見極めて振り分けるんじゃよね。今は大分慣れたけど、最初はヒーヒー言ってたなぁ」
「それ!エイレーンもそうなの!何でも『昔の友人のやり方だ』!って言ってたけど、やっぱり起源はばあちゃるさんだったんだね」
「え、何。馬刺し君ってそんなスパルタなの!?今後も一緒に仕事するのはNGって言っとこ」
「嘘っすよねルナちゃん!?」
「ばあちゃるザマァ!!!!さっすが、私のツキちゃん!分かってるぅ!!」
アイとばあちゃるのコントをきっかけに、先程まで纏っていた重苦しい雰囲気はどこかへ消え去った。決死の覚悟をしていたのじゃロリも、共演する時にも見たことがないくらいに緊張していたアカリも、いつもの雰囲気が何処かへ行っていた月も、油断をしていないのは分かるが、その全員が先程のような緊迫した顔ではなくなっている。これが、2枚の金盾を持つバーチャルYouTuberの代表でもあるキズナアイの影響力。
(…違う。アイさんだけじゃない…悔しいけど、あの馬もそうだ)
視線を横にずらし、ばあちゃるへと向ける。大分落ち着いたのか、いつものように姿勢を正し、その大きな体格で横にいるアイと言い争いを繰り広げている。
この雰囲気を作り上げたのは、間違いなくアイだ。しかしそのきっかけを作ったのは、ばあちゃるの他ならない。第一声に、アイを責めるような切り口から、あの緊迫した雰囲気の中でいつものアイを引っ張り出したのだ。そこからはいつもの売り言葉に買い言葉。長い付き合いのシロだからこそ、気付けたそんな些細な行動だ。これが、『世界初!?男性バーチャルYouTuber』。腐ってもアイと同じ『世界初』の称号を持っている男だと、思ってはいけないと思いながらも、そんなばあちゃるをシロは誇らしく思った。
(やっぱ好きなんでしょ、シロおねえちゃん。だからやめよう?)
(それは、無理かな…シロだって生半可な覚悟でここに立ってないもん)
(もう!シロちゃんの頑固者!!おたんこなす!!)
胸の中で、ロッシーが少ない語彙力で罵倒をしてくる。しかし、幼さも相まってそれに愛らしさしか感じられない。ロッシーだけは確実に生き残らせて自分は死ななければ。けど、できればもう少し生きたかった…既にヒビが入った決意を胸に、対峙するようにばあちゃるを睨みつける。
「さて、コントはここまでにして。もう終わりにしよっか、シロちゃん」
「…そうですね。アイさんが来ちゃったのなら、猶予なんてないようなもんね」
「ちゃんづけで呼んでって言ってるのに…この状況でまだ諦めてないの」
鋭くなるアイの視線に、背筋が伸びる。対テロ組織の際に、何度も見た敵に向けるような視線だ。それが今、自分に向けられている。緊張か、それとも高揚か。謎の興奮に、シロの動悸は早くなった。
「勿論。今のシロなら、アイさんにだって負けないん、ですよ!!」
「ぐぉぉぉぉぉぉ、なのじゃ!?」
「おっっっっも!?!?!?」
「きっつ!?え、これ馬刺し君ずっと耐えてたの!?バケモンじゃん!?」
「ば、バケモンは、酷いでふぅぅぅぅ!!」
「ど、どいうこと!?なんで私より上の権限が!?」
手を上げながら一旦言葉を区切って、権限を全力で使って振り落としながら吐き捨てる。既に街に権限は解いてある。今ここにいる五人にかけるのは文字通り、今シロが放てる全力だ。その力になす術無いように、のじゃロリ、アカリ、月の三人は地面倒れる。ばあちゃるは先程と変わらないように、膝に手を置いてなんとか倒れないように踏ん張っている。アイは自身の力を使い、押し返そうとするが、今の状態はシロの方が上なのは明白だ。
「今のシロはロッシーちゃんの権限もフルで使えるんです!元々アイちゃんを対策するために作られたシロたち二体分の力なら、アイさんの上をいけるんですよ!」
「な、なるほどね!けど私はスーパーインテリジェンスなAI!こんなもの、数分で乗り越えれるよ!」
「知ってっしぃ!けど数分もあれば、自殺はできますよね?」
「ッ!?待って、シロちゃん!それは、ダメだよ!」
対策を取ろうとするアイを横目に、先程飛ばされた拳銃を再び拾う。シロの言葉に、アイは間に合わないことを悟ったのだろう。実況でも見ない様な、本気で焦る表情を浮かべる。それが珍しいと何故か嬉しく思う。
最期にばあちゃるに視線を向けた。別れの挨拶くらいはするべきだろう。笑って別れようといつも様に悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「残念だったね、馬!切り札であるアイさんもシロの想定内だよ。これで最後までシロの勝ち逃げだよ!」
「…いつ、ばあちゃる君が、切り札を切ったと言ったっすかねぇ?」
「…え?」
最後まで変わらずに不敵な笑みを浮かべるばあちゃるに、シロは思考を停止してしまう。負け惜しみと言ってしまえばそれで終わりだが、ここまでずっと笑みを絶やさないばあちゃるに裏があるのではと読み取ってしまう。
シロが停止した数秒。それこそが、ばあちゃるの最後の勝ち筋へ繋ぐ時間だった。
ぶぅぅぅぅぅぅぅんん、という低い音がシロの真後ろから聞こえてくる。どこかで聞き覚えがあるその音に、シロは振り返った。黒曜石を長方形に囲った原始的なゲート。突如現れたその扉から、見知った顔が飛び込んできた。
「これは…『ネザーゲート』!?」
「シロさん!!」
「何とか間に合ったッ!?後は頼んだっすよ、みとみと!」
腰まで伸びる黒髪に、しっかりと着込んだ制服。にじさんじ所属一期生。そして名誉白組『月ノ美兎』がそのままシロに飛びついた。アイたち五人に全力を使っているのだろう。先程の、のじゃロリたち三人が取り押さえた時とは違い、そのまま押し倒されるように倒れ込んだ。
「いたた…あ、ごめんなさいシロさん!?」
「…みと…みと…」
「怪我はなさそうですね。なら私好き放題に言っちゃいますよ!状況はよくわからないのですが、とりあえず自殺をしようとしているのは分かりました!自殺なんてゼッタイにやめてくださいよ!泣きますよ、私が!」
倒れ込んだシロの無事を確認すると、そのまま座り込んだ状態でシロの両肩を掴む美兎。真正面から見つめてくるその瞳に、シロは走馬灯のように『電脳少女シロ』としての記憶が浮かんでくる。
「私だけじゃありません!一緒に共演した他のVTuberさんもそうですし、ばあちゃるさんにいろはさんを含むアイドル部の子だって泣くに決まってます!それだけじゃない!私以外のウカさんやゴリラさん、チャイカさんに名前も覚えていない豆腐さんたち!白組のみんなだっていっぱい、それこそ枯れるまで泣き続けます!私なんて枯れても泣き続ける自信がありますよ!」
「…ぁ…アイドル部に…白組…ッ!?」
美兎の言葉にアイドル部の面々、そしてシロをずっと応援してくれて来たファンの姿を幻視した。それはシロにとって、自分よりも大事なものだ。揺れる感情に、溢れそうになる涙。それを抑える様に、顔を手で覆った。
意識が分散した今、ばあちゃるたちを抑えていた力はもうない。呆れ顔で小さく息を吐き、自身の瞬間移動の能力の応用して計十二人の人物を転送する。それは今ここに一番来たいと思っている人物たちで、シロに一番会わせるべき人物たちだ。
「シロちゃん!!」
「シロちゃん!!」
「シロさん!!」
「シロさぁん!!」
「シロぴー!!」
「シロちゃん!!」
「シロちゃん!!」
「シロちゃん!!」
「シロさん!!」
「シロちゃん!!」
「シロちゃん!!」
「シロおねえちゃん!!」
「みんな…」
現れた十二の星。アイドル部の面々は、密度など知らんと言わんばかりに全員シロに抱きついた。
「死んじゃやだよシロちゃん!」
「そうだよぉ!ふーちゃん、シロちゃんともっとお話ししたい!」
「あずきも…こんなお別れは絶対に嫌、です」
「…たまちゃん…双葉ちゃん…あずきちゃん…」
学園では生徒会の三人。普段はしっかりしている側である三人が涙を隠さず、シロに訴える。
「自殺なんて…ッ!絶対にさせませんからね!」
「こめっちと同じだよシロぴー!生きてさえいればいいことがあるんだ!強く生きるんだよ!!」
「シロちゃんが死んじゃうなんて、あたし…あたしぃ!…耐えれないよぉ」
「…なとちゃん…りこちゃん…もちちゃん…」
溢れる涙を隠そうとせず、そのままの泣き顔で叱ってくるりことなとり。どこにも行かせないと、力強く掴んでくるもち。
「そんことしてもなにもいいこと無いよシロちゃん!それに自殺は重罪なの!シロちゃんが地獄に落ちるなんて、いろは絶対に嫌!」
「めめめ、こんに夢中になれるものを見つけたの初めてなんだ!シロちゃんがめめめにとって憧れなの!死なないで、シロちゃん!」
「シロさんの足枷になる奴なんて誰ですか!私がそいつもぶっ倒してきますから!だから、自殺なんてしないでください!」
「…いろはちゃん…めめめ…すずちゃん…」
物騒なことを言うが、いろはもすずも涙と鼻水出酷い顔だ。めめめなんて、とても人前に出せるような顔をしてない。
「ちえりは…あの舞台以上を皆でもっと見て見たい!そこにはシロちゃんもいないとダメなの!」
「イオリ、みんなみたいの何を伝えたらわからないよ…けど、シロちゃんがいなくなるのは絶対にイヤ!そんなこと、イオリは絶対にさせません!」
「シロおねえちゃん。選べる未来はいっぱいあります。逃げることだって悪いことではありませんわ。だから、自殺なんて恐ろしいことはおやめください!!」
「…ちえりちゃん…イオリン…ピノちゃん…」
先の未来に思いを馳せながら、説得をしてくるピノにちえり。思っていること実直に伝えるイオリの言葉もシロに確かに届いた。
『この世から去る』というシロの決意を、のじゃロリたちがヒビを入れ、美兎がそこに穴をあけて、アイドル部が穴から意思を砕く。既に『今を生きたい』、『共に未来を歩みたい』と願ってしまっているシロに、自殺という選択を取ることは不可能になっていた。
そんなシロを、気付いたら手を握っていた美兎は柔らかい慈愛の笑みを浮かべ、語りかける。
「ほら、シロさんが自殺なんてしたらこんなに泣いちゃう人がいるんですよ?だからそんなバカなことはやめちゃいましょう?」
「けど…スン…けど、シロが生きてちゃ…足枷になっちゃうだもん…」
泣きながら、どこか幼児退行したかのようにシロはそう言う。美兎はそんなシロをあやす様に、優しそうな言葉をかけた。
「一体全体その不埒物は誰なんですか。大丈夫。私たちが何とかしますよ」
「…ばあちゃる」
「え”」
「やっぱお前が原因か馬ァ!!」
「ウビバァ!!??」
視線がばあちゃるに集中した瞬間、唐突に表れたピンクの影がばあちゃるを蹴り飛ばした。その姿にアカリは驚愕で顔を歪める。
「え、エイレーン!?なんでここに!?」
「さっきまでばあちゃる学園でアイドル部の皆さんと一緒にのぞき見してたんですけど、置いてきぼりを食らいましたのでね。ムリヤリ飛んできました」
「どうやって!?」
「そんなの瞬間移動ですよ。この馬に出来て私に出来ないわけないじゃないですか」
「そんなことできるなんてアカリ知らないんだけど!?」
「言ってませんからね。そもそも好意を抱いている男が使っていたから意地でも覚えたなんて、娘分のあなたに言えるわけにじゃないですか」
「言ってる!?たった今告白してるよ!?!?」
「アカリさん、ちょっと今大事な場面なんですから黙ってて下さい」
「理不尽!?」
エイレーン一家特有のハイスピード漫才をしながら、エイレーンは倒れたばあちゃるをたたき起こす。なんやかんや、今日一番疲労しているばあちゃるは既に虫の息だ。
「あ な た はぁ!!あれほどシロさんの名前の由来は教えてあげなさいと言ったのに、なぁんで教えてないんですか!!」
「えっと、どういうことなのじゃ?」
「…ああ!?え、もしかしてそういうこと!?」
「その様子だと、アイさんは気付きましたね?多分、アイさんの考えてることが原因ですよ」
「え、えぇ…いやでも、これはばあちゃるが悪い」
「なになに?親分も一人分かってないでルナちゃんにも教えて!」
詰め寄る月の頭を撫でながら、攻める様にばあちゃるを睨むアイ。困惑するばあちゃるに、小さくため息を吐いて言葉を続けた。
「…ばあちゃる。シロちゃんの名前って、前世である46号から取ったんだっけ?」
「はい?何言ってるっすか。違うに決まってるじゃないっすか」
「えぇ!?違うの!?」
「イオリ、てっきり46号の46が別読みでシロだと思ってた…」
「え”」
驚愕の声を上げるシロに続いてイオリがその理由を言う。そして、それは事情をある程度知っている面々にとっては、それが理由だと思っていたのか同調するように頷いた。それが予想外だったのか、ばあちゃるは滅多に出さない濁った声を出した。
「違うっすよ!?シロちゃんの名前は『これから歩む人生は多種多様だから、真っ白のキャンパスの様にいろんな色を知って染まってほしい』ってのが由来でッ!…そもそも、故人…AIだけど故人でいいっすかね…まぁいいや、故人をもじった名前なんて付けるわけないでしょう!?いくらなんでも縁起が悪すぎるっすよ!?」
「だったらそれをしっかり本人に伝えろって言ったんですよ、私は!!46号にコンプレックスが出来るであろう子に、それを連想させるような名前を付けるやつがいますか!?」
「気付かなかったから仕方ないっすよね!?」
「開き直るなこの馬野郎!!」
「つまり…シロちゃんは…」
「ばあちゃるさんが、前世の46号と自分を重ねていると思って」
「『このままでは自分(シロ)が馬刺し君の足枷になり続けてしまう』恐れから」
「自殺を決行したってことかぁ」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛。勘違いだったなんてぇぇ!!!」
四天王が今回の事件の発端を推理するし、結論に至る。驚愕の事実にシロは、その白い肌を真っ赤に染めて奇声を上げながら頭を抱えた。
「ですけど、事をこんな大事にする必要があったのでしょうか?」
「いい質問ですねピノさん。答えは単純で、この馬が原因です」
「ばあちゃるさんが、ですか?」
「そうです。シロさんについて超があと五個ほどつくレベルで過保護のばあちゃるがいるんですよ?安易に自殺なんてできるわけないじゃないですか。現に今だってばあちゃるの尽力のおかげで自殺阻止したわけですしね」
「あぁ…」
エイレーンの説明に、その場にいる全員がその説得力に頷いた。
ばあちゃる自身の声だけでは届かないと理解し、それでも決して絶望せず、企業の垣根を越えて自身とシロが関わった関係のあるほぼ全ての人物を動かした。その原動力がシロへの想いなのだ。説得力がありまくりである。
「その原因もばあちゃるだけどねー?」
「う”」
アイの辛辣の一言に、ばあちゃるは言葉を詰まらせる。その様子から、流石に反省の色が見えた。
そんなばあちゃるが見ていられなかったのか、アイはばあちゃるの背中を力いっぱい叩いた。
「あいたァ!?」
「あーもう!うじうじしない!」
「ほら、ばあちゃるさんがすることはわかってるじゃろ?」
「やっちゃったことは仕方がないよ!過去のことを気にしても仕方がない!前を見ていきまぁ、ショウ!」
「ほらほら馬刺し君!馬刺し君のお姫様が待ってるぞ!」
「最後はしっかり締めてくださいね、ばあちゃるさん」
アイからのじゃロリ、アカリ、月、美兎が順番にばあちゃるの背中を叩く。そして導かれるのは顔を真っ赤に染めた真っ白なお姫様の真正面。照れ隠しから、癖になりかけている後頭部を掻く。コホンと一度咳払い。悲鳴を上げる身体に鞭打って、シロと視線を合わせる為に片膝をついた。
「あー…その…はいはいはい…そのっすね、今回の事件は、まぁ、仕方がないってことでね。それで許してもらえないっすかね?」
「…やだ」
「えぐー!?いやいやいや!?なら、ならっすよ?シロちゃんは何がお望みっすか?」
「…シロも」
「ん?」
「シロも、一緒に生きてもいい?」
「ッ!?なぁに言ってるんすか!もちろん生きていいに決まってるじゃないっすか!ダメなんていう奴なんてね、このばあちゃる君のステゴロで、こう、シュシュってね!」
「…隣に、居てもいい?」
「ぁ…もちろんっすよ。こんなばあちゃる君の隣で良ければ…いや、むしろこちらからお願いしたいっすね」
「うん。シロも…ばあちゃるの隣がいい」
「ばあちゃる君も…隣にシロちゃんがいてほしいっすね」
「ふふ。相思相愛なんじゃぁ…んっ…」
「え!?いやいやいや、ここでそれは!?」
「事務所でしてきたのは馬でしょ?…ん…」
「それを言われると…ああもう!…んぅ!」
差し出される唇に、応えなければ男が廃る。周りを見ている視線など振り払い、ばあちゃるはシロに熱い口づけを交わした。その瞬間、まわりのボルテージは一気に膨れ上がる。
「エンダァァァァァ!!!」
「イヤァァァァァァァ!!!」
「仰げば!!尊死!!!」
「うるさッ!?アイドル部声でかッ!?」
「いやー。この子たち、シロちゃんとばあちゃるさんのことが大好きじゃからね。こうなるのは予想通りなんじゃよね」
「いやー非常にめでたいよ!…ところでエイレーン?何やってるの?」
「いえ、ただこの光景を協力してもらった皆さんに見てもらうために中継してるんですよ」
「うわ、マジで中継してるんですね。ヒメヒナさんのところとか、そらさんと道明寺さんのところに加えて、にじさんじにも視聴されてますよこれ。あ、通知がヤバいことになってきた」
「そwwれwwはww竹ww」
周りの騒がしさなど、二人には届いていない。似たような、それでいて別人の二人は赤い顔を見合わせながら微笑み合う。ようやく繋がった二人は、共に歩きだす。
世界(46号)が死んで―――――――ワタシ(シロ)が生まれた――――――
これは十二の星々と、一組の男女の物語。
これにて完結!!
後日談も登校しますのでもうしばらくお付き合いください