そこにはある動画の撮影に訪れていた牛巻りこの姿があった
しかし、どうかその様子はおかしいようで…?
「うぅ…こういうのは慣れないなぁ」
黒を強調したシックでフリルがたっぷりのドレスを身に纏い、頬を赤くして『牛巻りこ』はぼやいた。
ここはとある撮影スタジオの更衣室。彼女がここに訪れたのはとある動画の撮影のためだ。
「まさかあれがシリーズ化するなんてね」
独り言を呟きながら、彼女のスマホには動画サイトのとあるマイリストが表示されている。『馬Pと一緒シリーズ』と名付けれているそのマイリスト内には自分を含むアイドル部の面々と我らのプロデューサー『ばあちゃる』がそれぞれ二人で踊る動画が投稿されていた。
事のきっかけは今は懐かしい『神楽すず』とばあちゃるの共に踊った練習動画が発端だ。あの事件以降、アイドル部内でダンスレッスンを行う際にばあちゃるの時間が空いているのであれば、彼に教わるようになった。そしてメンテちゃんが面白半分で『花京院ちえり』と共に踊った動画を件の動画サイトへ投稿をしたのが始まりだ。動画の伸びとしては学園の日常と違い、あまりよくないが、それでもアイドル部内の評判は非常に良い。彼女たちの熱い要望により、気付いたらシリーズ化し、つい先日に先輩である『電脳少女シロ』を最後にシリーズが終了した。したはずだったのだが…
「二週目に入るのは嬉しいけど、これは聞いてないよ!ばあちゃる号!」
更衣室で一人、羞恥を隠すように叫ぶ。勿論その言葉に返事は帰ってこない。
りこの言う様にアイドル部の熱い要望により、なんとシリーズが二週目に入ることが決定した。いずれ舞台で踊りを見せるための予行練習という言い訳でゴリ押しをしたが、まさか通るとは思ってもみなかったのでこの結果にはみんなで歓喜したものだ。しかし、ただ同じように踊るのでは味気ない。ということでまさかの衣装替えが採用されたのだ。結果、今のりこがいる。
「…ここで立ち止まっても仕方がない。女は度胸!牛巻行きます!」
自身に活を入れて更衣室を飛び出る。その頬は未だに羞恥により赤くなっているが、だからと言って撮影に付き合ってくれているメンテちゃんやスタッフたち。そして共に踊るばあちゃるを待たせるわけにはいかない。その責任感からか、りこは少し速足でスタジオへ足を向かわせた。
「すみません!遅れましたー!」
「お、来ましたね。お姫様のご登場ですよ」
「お姫様じゃないよ!?」
勢いのままにスタジオに足を踏み入れる。そこには既にスタンバイをしていたメンテちゃんがおり、入ってきたりこに対して意地の悪い顔を浮かべてそう言葉を吐いた。あまりに慣れない扱いに、りこは少し声を荒げて否定する。
「いやいや、その姿で否定されても説得力皆無ですよ?」
「うぅ…けどやっぱこの姿は慣れないよ」
「二週目のトップバッターなんですからもっと胸を張ってください」
スカートを軽く握りながら、羞恥を誤魔化す。滅多に見せないりこの姿に、メンテちゃんは呆れ顔を浮かべてため息を吐く。普段のりこを知っているからこそ、その姿は余程に違和感があるのだろう。周りのスタッフも物珍しそうにりこに視線を向けていた。
「ほらほら。あとはばあちゃるさんがくれば撮影開始なんですから。皆さんはちゃちゃっと支度を終わらせてくださーい!」
「「はーい!!」」
「ほら、牛巻さんも。その姿で踊りに支障がないか少し動いて確認しといてくださいね」
「あ、りょーかい!」
『それでは』と言い残し、メンテちゃんは他のスタッフと作業に戻った。
今回踊る場所は、最初にちえりとばあちゃるが躍った洋式屋敷の一室だ。踊るにはいい感じの広さで周りの障害物とかもないので、そこは特に気にしなくてもよさそうだ。
「うーん…よし」
とりあえず一回転。スカートが軽やかに舞い上がり、普段の彼女にはない可愛らしさが強調される。その後も逆回転をしたりと数回同じ行動を繰り返す。
「スカートで踊るのは初めてだけど…うん。これくらいなら大丈夫かな。下にはスパッツ穿いてるし、何とかなるでしょ」
「いやいやいや!?一応アイドルなんすからそこは気にしてほしいっすけど!?」
「ひゃ!?も、もうばあちゃる号!急に声を…かける…のは…」
「うん?どうしたっすか?」
背後からの声に驚き、その声の主に怒りを露わにしようとしたが、その姿にりこは言葉を失う。
「ば、ばあちゃる号…?」
「はいはいはい。そうですよ、ばあちゃる君っすよ?いったいどうしたんすか、りこぴん。急に固まって?」
「え、いや…だって…その姿」
「あ、これっすか?」
いつもの白い手袋ではなく、真逆の黒手袋で胸元に手を置く。その表情はどこか得意気だ。
「いやー。せっかくのお着換えってことでりこぴんだけじゃ味気ないってことでね、なんとなんと!ばあちゃる君もお着換えすることになったっすよ!」
そう胸を張るばあちゃるに、りこはただただ見惚れることしかできなかった。それもそのはず、ばあちゃるはいつもの紺のスーツではなく、黒のタキシードで身を包んでいたからだ。さらに手袋も黒と変えており、彼の雰囲気が一気に様変わりしている。なのに言動がいつも通りのせいで、どこかミスマッチ感もあるが、それもばあちゃるの魅力の一つだ。そんな普段見ない彼の姿に、りこはつい凝視してしまう。
「りこぴんまで固まるとは予想外っすね。さっきのメンテちゃんと同じ反応でさすがのばあちゃる君も困惑っすよ」
「いや、それは仕方ないと思うよ」
ばあちゃるの言葉に意識を取り戻したのか、りこは視線を逸らしながら答える。そこに偶然映ったメンテちゃんの姿は、頬を真っ赤に染めてばあちゃるへと視線が集中していた。自分も先程まで同じ顔をしていたと思うと今の感じる頬の熱さとは別に、羞恥を感じてしまう。
「そうなんすか?ばあちゃる君的にはよくわかんないっすけど…まあ、りこぴんが言うなら仕方がないっすね」
「そうそう。仕方がないことなんだよ!」
よくわかっていないばあちゃるの同意を全力で同意する。それは、今感じている羞恥を誤魔化すためでもあった。
一、二言の談笑の後に、撮影の最後の調整を行う。腕が当たらないように適度に離れ、タイミングを合わせたり、振付の確認をしたり。本来であれば、今回の撮影はアイドルとプロデューサーが共に行うものではないのだろう。しかし、りこは今この瞬間が最高に楽しくて仕方がなかった。
「…よし!いい感じだね、ばあちゃる号!」
「はいはいはい。りこぴんも絶好調っすね。最初はスカートと聞いてちょっと心配だったっすけど、いらぬ心配だったようで安心したっすよ」
「ふっふっふ!確かに牛巻もちょっと心配だったけどモーマンタイ!慣れればなんてことはないよ!」
いつもの様にウィンクしながらキメ顔でかっこつける。普段のりこを知っているばあちゃるは、今の姿とその姿がどこかミスマッチでカッコいいというより可愛いという感情が勝った。そしてつい、悪戯心が働いてしまう。
「さて、そろそろ撮影開始ですし、行きましょうか?」
「えっと…ばあちゃる号?」
「お手をどうぞ?お姫様」
ソファに座るりこの前に立膝を付き、手を差し出す。声もいつもの陽気な感じはなく、時折聞く真剣の時の声色だ。しかし、どこか真面目になり切れないその雰囲気に、ふざけていることは察せれる。しかしどこか様になっているその姿に、りこは胸の鼓動が早くなるのを感じた。
だからといってこのまま焦って慌ててしまえば置いての思うつぼだ。羞恥をギュッと飲む込み、早い鼓動と熱い頬のまま、りこはその手に自分の手を乗せた。
「お、お願いします…」
ふざけ返すつもりでいたが、どうにも羞恥が勝ってしまう。そっと乗せた手がばあちゃるの手に包まれた。手袋越しの彼の体温が心地良い。
「えっと…ばあちゃる号?」
「…りこぴんも、しっかり女の子なんすね」
「え?」
大事なものを扱う様に、りこの手をそっと撫でながら無意識の言葉がばあちゃるから零れる。りこの声に、一瞬『しまった』と顔を顰めたが、すぐに持ち直してりこに視線を注ぐ。その雰囲気はいつもの陽気なものではなく、けれど先程の様にふざけたものでもない。あえて言うのであれば、それは愛おしいものに向けるものだと、りこはそう感じた。
「いや、その…華奢な手だと…そう思ったっすよ」
「…ばあちゃる号も存外女たらしだよね」
少し照れながらそう言うばあちゃるが珍しく、そして愛おしくてりこは微笑む。そのりこの表情に、今度はばあちゃるは見惚れる。
「どうしたの?変な顔してさ?」
「いえ、はいはいはい。ちょっとね、見惚れちゃったっすね、完全に」
「…そういうとこやぞ」
「えぐー!?え、なんでっすか!?」
まっすぐと自分の感情を伝えてくるばあちゃるに翻弄される。せめてもの抵抗からか、りこはいつものように吐き捨てた。ああ、ウチはこの人のことが心底好きなんだ。そう自覚して、りこは普段見せない様な女の子の顔で満面な笑顔をばあちゃるに向けた。
「ほら、ばあちゃる号!撮影、一緒に頑張ろうじゃないか!」
「そっすね!二週目の切り込み、みんなに度肝を抜くものを見せるっすよ!」
握った手をそのままに、りことばあちゃるは撮影の為にカメラの前へと足を進めた。
今回は自分が作っているMMD動画と内容がリンクしております
よければそちらも見てもらえると嬉しいです
リンク
ばあちゃる号と一緒に『メーベル』
https://www.nicovideo.jp/watch/sm35268712