馬Pとアイドル部とVTuber   作:咲魔

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ばあちゃる学園の完全下校時間
それは部活の活動時間によって変化する
本日は遅くまで活動する部がないとのことで下校時間が早いようだが…?

(後日談)


彼と意地っ張りな私(八重沢なとり)

「じゃーねー!うまぴー!!」

 

「はいはいはい。配信に遅刻しちゃダメっすよー」

 

「分かってるって!!」

 

「あと廊下を走るとこわーい風紀委員長が飛んでくるっすから、歩くように頼むっすよ」

 

「分かったー!!」

 

元気のよい返事と共に廊下を駆ける『金剛いろは』に、ばあちゃるは呆れ顔しか浮かべることが出来ない。

 

「なぁーにが『分かったー!!』なんすかねぇ」

 

なんて思い切りのいい全力疾走なのだろう。あまりの気持ちのいいフォームで走り去るものだから、怒る気持ちもどこかへ飛んでいってしまった。

廊下から差し込む茜色の日差し。時刻は既に17時を回っている。窓から校門を見ると、部活を終了した生徒たちが続々と下校していく姿が見えた。その中には、先程走り去ったいろはの姿も確認できる。

 

「さって」

 

同じく下校しようとしていた『花京院ちえり』に、いろはが後ろから飛びつくのを見送りながら、ばあちゃるは本日の予定を見直す。監視として基本行動を共にするはずの『電脳少女シロ』と『ロッシー』は、現在メンテちゃんに預けている。というのもシロはアップランドの看板VTuberだ。常にばあちゃると共に入れるわけがないと、収録などの時はメンテちゃんに監視者権限を預けている。その事を知った時のシロはどこか面白くなさそうにしていたのが印象的だ。

 

「特にやり残したことは…なかったはずっすよね?」

 

確認するかのように、独り言を零す。何でもかんでも一人で抱え込む昔とは違い、現在のばあちゃるの仕事は信頼がある教師陣やアップランドの社員にも振り分ける様になった。そのおかげでばあちゃるの一日の仕事も大分減り、少し前まで昼休憩に生徒会の面々に手伝いを頼むことも減少傾向にある。さらに、残業することも減って、今では他の教師と一緒に、学園の閉園と同時に帰宅ができる様になるまで改善が成功した。

 

「…ああ。今日はばあちゃる君が見回りの日だったっすね」

 

思い出したように呟き、携帯端末を取り出す。最新鋭のセキュリティが敷かれているばあちゃる学園は、管理者用のアプリからカギがかけられていない教室が確認できるようになっている。それは教師陣が当番制で確認して、閉め忘れがあれば閉めるようにとなっていた。

 

「…ん?美術室が…空いてる?」

 

画面から得られる情報に、ばあちゃるは小さく首を傾げた。美術室は放課後であれば美術部が使用することになっている。しかし、本日は美術部の顧問である『淡井フレヴィア』先生が諸事情で早退しており、部活自体も休部と聞いていた。では何故?とさらに首を傾げるが、考えていても仕方がない。とりあえず、美術室を見に行く為に、ばあちゃるはゆっくりと動き出した。

学園二階にある美術室前の廊下。その廊下だけ不自然に窓が開いている。どうやらそれは美術室から流れている風がそのまま廊下の窓から抜けるようにしているためと予想できた。それはやはり美術室には誰かしらいるということを示している。集中するのはいいことだが、既に完全下校時刻は過ぎている。学園長として小さく注意して、自分も早くシロの迎えに行こうと、ばあちゃるは少し速足で美術室に足を踏み入れた。

 

「…」

 

「…ぁ」

 

ばあちゃるの目に飛んできた光景は、一言に言うのであれば『絵』だった。一人の少女が真剣な表情を浮かべ、キャンバスに向き合っている。その少女を中心に茜色の日差しがグラデーションを彩り、窓から入る風が白いカーテンをなびく。また少女が身に纏う学園のエプロンは絵の具により様々な色に汚れており、それが周りの風景とのアクセントとなり、より少女を引き立てる。その光景はまるで一枚のキャンバスに描かれた絵のようで、ばあちゃるは唯々、見惚れることしかできないかった。

 

「…」

 

「…」

 

その場には風が吹き抜ける音、カーテンがなびく音、そして少女が奏でる筆をキャンバスに描く音のみが存在した。キャンパスを見つめながら表情を一転二点させる少女の姿は見ていて飽きがない。ずっと見ていられるものだと、放心しながらもばあちゃるは頭の片隅でそう考えた。

 

「…ん?うぇ!?ばあちゃるさん!?え!?いつからそこに」

 

「…え、っと…いや…つ、ついさっきっすね!」

 

「…ばあちゃるさん?いったいどうしたんですか、そんなに慌てて」

 

数秒か数分か、はたまた数時間か経ったその時、ふと少女…『八重沢なとり』は自分に注がれる視線に気づき、振り向く。そこにいたのは敬愛するプロデューサーの姿で、その表情はなとりが見たことがないものだった。まるで一点の光景を目に焼き付けるような、見惚れるような…そんな表情だ。道化のような行動を普段しているばあちゃるからあまり見れない顔に、なとりは心配したようにその顔を覗き込んだ。

 

「い、いやいや!なんでもないっすよ、いや、ほんとにね!」

 

「本当ですかぁ?ハッ、まさかまた無茶なことしてたりしてないですよね!?」

 

「してないしてない!そんなことしたらシロちゃんからみんなに告げ口されちゃうじゃないっすか!」

 

「今までのばあちゃるさんからあまり信頼できないですね」

 

「えぐー!?いやいやいや、それより!なとなとこそどうして部活を?今日は淡井先生はいないから部活はお休みのはずっすよね?」

 

急に話題を変えるばあちゃるに変わらず訝しがるなとりであったが、小さく息を吐き、言及を横においてばあちゃるの問いに答える。

 

「…淡井先生にお願いして部室のカギを借りたんです。どうしても描き上げたいものがあったので」

 

「はいはいはい。それが、そのキャンバスなんすね!それでそれで、一体全体、なとなとがばあちゃる君に気付かずに熱中して描いていた者はなんすかね?」

 

「それはばあちゃるさんが声をかけてくれなかったから…!まあいいです。絵ですよね。見て見ます?」

 

そう言ってなとりは、ばあちゃるをキャンバスの前まで誘導し、ほぼ完成したその絵を披露した。

 

「…これは…」

 

描かれている絵は、ばあちゃるも見覚えがあるものだ。それは先日起きた件の事件、通称『やらかしちゃったシロちゃん事件』の最後に起きたばあちゃるとシロのキスシーンに他ならない。キャンバスの中央でキスをするばあちゃるとシロは勿論、その場にいたギャラリーも鮮やかに彩られている。

 

「な、なとなと…これって」

 

「ええ。あの時の絵ですよ」

 

いい笑顔でなとりは自分の携帯端末をばあちゃるに見せる。そこにはそこそこの画質で目の前の絵と同じように、ばあちゃるとシロのキスシーンが納められていた。

 

「…さなさなっすね?」

 

「さすがばあちゃるさん。正解です」

 

にっこりといい笑顔のなとりと対局に少し気まずい顔のばあちゃる。そういえば事件当日に『エイレーン』が中継していると言っていたのを覚えている。それを録画していたであろうなとりの友人…候補が上がるとすれば『名取さな』がなとりに送ったと予想が出来た。

 

「いや、いやいやいやいや。これはやばーしっすよ完全に。シロちゃんに見つかったらぱいーん案件っすよ?」

 

「むしろ今のシロさんなら画像を強請られそうですが?」

 

「えぇ…それはちょっと予想できないというか…どちらにしろばあちゃる君としてはちょぉっと恥ずかしいんでね、出来れば消してくれるとありがたいっすけど」

 

「いやです♪」

 

「えぐー!?」

 

人差し指を立てて、いい笑顔で返事をするなとりにいつもの様に大袈裟にリアクションを取るばあちゃる。その一連の流れが面白かったのか、なとりはくすくすと口元を抑えて笑みを浮かべる。楽しそうに笑うなとりに、ばあちゃるは少し悔しそな表情を浮かべた。

 

「それに…」

 

「ん?」

 

ひとしきり笑った後、優しそうな表情を浮かべる。端末を置き、ほぼ完成した絵を大切なものに見詰めるような視線を向けながら、なとりは口を開く。

 

「私、この光景が大好きなんです」

 

「なとなと?」

 

慈しむ様に、キャンバスの額をそっとなぞる。指についた絵の具が額に移るが、気にする様子もない。

 

「きっとあの光景は私だけじゃなく、アイドル部のみなさん…いや、あの日あの時に協力してくれたVTuberみなさんが大好きな光景だと思うんです」

 

「暴走しちゃったシロさんというお姫様が、ばあちゃるさんという王子様が全力で手を伸ばした先にある光景がこれなんです。好きにならないわけないじゃないですか」

 

「…いや、ばあちゃる君は、王子様って柄じゃないっすよ。それに…あの時は、ばあちゃる君だけじゃどうやってもシロちゃんを止めることは不可能だったっすね、完全に。あれは、アイドル部を含め、協力してくれたみんながいたからできたことっすよ」

 

「確かにばあちゃるさんは王子さまって役ではありませんね。けれど、あの時、シロさんを救ったのはばあちゃるさんです。それは誰に聞いてもそうと答えると思いますよ?」

 

「流石にそれは…」

 

「なら聞いてみてはどうですか?私が言ってることが正しいってわかると思いますよ?」

 

自信満々に言い放つなとりに、ばあちゃるはこれ以上は平行線だと思い、これ以上話を続けさせないために口を塞ぐ。後日、友人の『ふくやマスター』や『道明寺晴翔』などから聞いてみたが帰ってきたのはなとりの言う通りだ。周りからこうも言われてしまえば頷くしかない。自己評価の低さは未だに解消していないのか、納得していないばあちゃるに友人一同は苦笑を浮かべることしかできなかった。

 

閑話休題

 

反論のないばあちゃるになとりは少し勝ち誇った表情を浮かべたが、話を戻すためにか小さく『コホン』と咳払いをした。

 

「話を戻しますけど、私、王道が大好きなんですよ」

 

「王道…すか?」

 

「はい」

 

これ以上掘り下げてほしくないのか、ばあちゃるも話を変えるなとりに乗るかのようにオウム返しを行う。乗ってくれたことに嬉しかったのか、少し表情を嬉しそうにしながらなとりは言葉を続けた。

 

「勇者がお姫様を救うような、そんなありきたりな展開が大好きなんです。それをシロさんとばあちゃるさんが実演したんですよ!私、どうしようもなく嬉しくて…どうやってもあの場面を描きたいと思ったんです」

 

「それで…出来たのがこの絵、なんすね」

 

「ええ…といってもまだ完成してませんけどね」

 

残念そうな表情を浮かべるなとりの横に立ち、ばあちゃるは改めてその絵に視線を向ける。愛しい絵だと、素直にそう思った。風紀風紀といつも規律にうるさい彼女だが、その心にはいつもアイドル部の仲間に対する愛がある。そして、いつだって新しいものに興味を持つ探求心だって備わっている。この絵は、そのなとりの全てを込めて描かれたものだと、ばあちゃるは心からそう感じた。

 

「素敵な絵だと、俺はそう思うっすよ」

 

「ばあちゃるさん?」

 

いつもの道化の仮面を外し、本心からの言葉を送る。道化をしている自分(ばあちゃる)も確かな自分だが、ここまで少女の全てを込められた絵を見たのだ。なら、今だけは、道化としてでなく自分の本心から感想を送ろう。

 

「俺は絵心というのがないけど…それでも、この絵は素晴らしいと思うっすよ」

 

「そ、そんな…ッ!私なんて、淡井先生の絵とかに比べればバースとか他にもいろいろ技術不足でッ!?」

 

雰囲気の変わったばあちゃるに飲まれてか、なとりも謎の焦りに襲われてしどろもどろになる。そんな、なとりが可愛かったのか、ばあちゃるは本心のままになとりの頭を撫でた。

 

「技術うんぬんじゃないっすよ。そんなこと言われても素人の俺には分からないですし…けれど、この絵にはなとなとの魂が込められてると感じたっすよ」

 

「魂なんて…そんな大げさな」

 

「いやいやいや。大袈裟じゃないっすね、完全に。自分で言うのも変な話っすけど、中央に俺とシロちゃん、そして周りにいるアイドル部のみんなに親分たち…みんな楽しそうだと、幸せそうだとおう感じる絵っすよ。そう描けるのは、なとなとの魂がそう感じたからなんすよね?」

 

「…はぃ」

 

「ならやっぱり、この絵はなとなとの魂が込められてるっすよ」

 

優しく微笑むばあちゃるに謎の羞恥心に襲われながらも、なとりは頬を赤くして俯きながらもなんとか答える。頭を撫でる彼の手が大きく、温かい。どうしようもなく安心感と幸福感を感じる。身を委ねてしまいたいとも思うほどだ。それでもそうできないのは、素直になり切れない自分の心だと、なとりは知っていた。そんな意地っ張りな自分が嫌いだ。なとりは彼の熱に触れながら、内心でそう思った。

 

「さて、もう下校時間は過ぎてるっすからね。今日はここらへんで切り上げましょうか」

 

「…ぁ」

 

「ん?」

 

頭から離れるばあちゃるの手を条件反射で掴む。その行動は予想外だったのか、ばあちゃるもきょとんと、どこか間抜けな表情を浮かべていた。

 

「どうしたっすか、なとなと?」

 

「あ…いえ!?…その…」

 

首を傾げるばあちゃるに、困惑しながらも手を離せないなとり。無意識の行動になとり自身も驚くが、その原理については知っていた。彼と繋がる手の熱が、『放したくない』と訴えてくる。羞恥心は未だにある。けれど、彼だって道化を外して本心を向けてくれたのだ。なら自分だって本心を向けるべきだと、なとりは自分の心に鼓舞をした。

 

「私、ばあちゃるさんのことが好きです!」

 

「な…なとなと!?」

 

「ピノさんにいろはさんの一件で私たちは想い合っていることがわかりましたけど、まだしっかりと告白してませんでしたので…このままではいけないと思って…」

 

尻すぼみする言葉と共に、なとりは俯く。せっかく勇気を出したのに、このままでは台無しだ。なんとか顔を上げようと思うが、思う様に身体が動かない。激しい動機に駆られて、繋がるばあちゃるの手を強く握る。

どうしよう、どうしようと焦るなとりを落ち着かせるように、ばあちゃるは空いている手でなとりの頬を優しく撫でた。

 

「ばあ…ちゃる、さん…?」

 

「なとりは、どうしてほしい?」

 

「え?」

 

ばあちゃるの言葉に反射的に顔を上げる。そこには愛する男性の優しい表情があった。なとりはその表情に見覚えがあった。それは、時折ばあちゃるがシロに向けている表情と同じだ。それが指す意味を読み取ったなとりの動悸は加速した。

 

「このまま俺が言うのもいいかもしれないっすけど、それじゃあダメっすからね。せっかくなとりが勇気を出して一歩を踏み出したんだ。なら、最後までなとりが言うのが道理っすよね?」

 

意地悪な人だと思う。そして同時にズルい人とも。ばあちゃるは恥ずかしがるなとりを見て楽しんでいるのが分かった。それは表情の奥にある滅多に見ない悪戯な瞳が物語っている。そして同時に、『言いたい自分』がいるなとりの本心を見抜いてそう言ってくれていることも分かる。意地悪で、ズルくて…どこまでも愛しい人だと、なとりは思った。

 

「キ…て…」

 

「ん?」

 

「キスを…してください…」

 

羞恥心を振り切って、本心はなとりの口から放たれた。それは近距離にいるばあちゃるも聞き耳を立てないと聞こえないほどにか細い声であったが、確かになとりの本心が紡がれていた。その言葉に、ばあちゃるは小さく笑みを浮かべた。

 

「仰せのままに、お姫様」

 

「…んぅ…」

 

キザな言葉と共に、ばあちゃるはなとりの唇を奪う。ありきたりな王道が好きと言っていたなとりの為に言ってみたは良いものの、やはり似合わないなとばあちゃるは内心自虐する。そしてそれはなとりも内心で同じように苦笑した。

 

「…ん…んん…ちゅ…はぁ…ん」

 

「…はぁ…んん…ちゅ…ちゅ…はぁ…」

 

啄む様なバードキスを何度も繰り返す内に、身体に熱が上がっていく。帆を撫でてきた手と握っていた手は、気付けば背に回っていた。初夏を感じる暑さと、身体から溢れてくる熱に、なとりの思考は徐々に霧がかかっていく。もっとばあちゃるを感じたい。触れたい。包まれたい。意地っ張りな自分に隠れた本心が熱に浮かされ露わになる。気付くと自分の腕も引き寄せるように、ばあちゃるの背に回していた。

そんな幸せな時間も長くは続かない。最後にいやらしく唇を舐められて、ばあちゃるの顔が離れた。

 

「…ぁ…」

 

「ここまで。続きは、卒業してからっすよ」

 

片手で抱きしめられながら、優しく頭を撫でてそんな残酷なことを言い放つ。既に身体は熱をもって、彼を受け入れる準備は出来ている。このまま終了とはとても納得できない。だからなとりは、我儘になることにした。

 

「えっと、なとなと?」

 

離れようとするばあちゃるを今振り搾れる全力で抱き寄せる。優しいばあちゃるのことだ。無理やり突き放すようなことはしないだろう。その信頼を逆手に、なとりは本心の赴くままに言葉を紡いだ。

 

「もう一回…お願いします」

 

「い、いやいやいや。これ以上はッ!?」

 

「ダメ…ですか?」

 

熱を帯びた表情でばあちゃるを見上げる。慣れないキスによる酸欠によりその瞳には涙で溢れそうになっており、さらに唇は最後に舐めた影響かどこか扇情的に濡れていた。密着するように押し付けられる胸に、なとりから漂う女性特有の甘い香り。その全てがばあちゃるの理性をゆっくりと溶かしていく。

元よりばあちゃるはなとりと『風紀を乱している』と評価していた。意図的かどうかは不明だが彼女の一つ一つの動作や、慌てた時などに見えるふやけた言動がどうにも男の獣の部分を刺激して敵わない。それを全力をもってばあちゃる唯一人に向けられているのだ。このままでは不味い、と本能的に感じた。

 

「あのですね、なとなと。確かに想いは一緒でも今の俺たちは学生と教師になるんでね、流石に一線超えるのは…」

 

「嫌、ですか?」

 

「そ、そんなことないっすよ!?」

 

本心だ。今だって何とか放した腕が理性に抗ってなとりの背に回ろうとしている。甘えるように、縋りつくように身を密着させて来ようとするなとりにその腕は徐々に下りていく。既に限界一歩手前だ。

 

「ならいいじゃないですか」

 

「いやいやいや!?流石にプロデューサーで教師の俺が担当で生徒に手を出しちゃッ!?」

 

「もう一度、お願いしますぅ」

 

ふやけて口調で妖艶な笑みを浮かべて放たれる身を委ねるようなその言葉に、ばあちゃるは抵抗の術を知らない。抵抗していた腕も、その言葉をきっかけになとりの背に再び回させて抱き締め合うようになる。なんとか抑えねばと思っていても、なとりの誘いに男が拒否できない。そしてばあちゃるは、目を瞑るなとりの唇に、自身の唇を再び押し当てた。

 

ガシャンッ!

 

唐突に鳴り響く何かを落とした音に、ばあちゃるの理性は急速に目を覚める。何とかなとりの唇から離れ、音がした方に視線を向けた。

 

「はわ、はわわわわ!?」

 

「ちょっ!?メリーちゃん!?」

 

視線の先にはあわあわと言った表現がぴったりの慌て方をする『メリーミルク』と、そんなメリーミルクを落ち着かせようと慌てる『猫乃木もち』の姿があった。

 

「もちもちにミルミル!?え、なんでこんな時間に学校にいるんすか!?」

 

「ああいや!?あたしはほら!図書委員で最後まで残る予定があったから、最後になとりん様子を見ておこうと思ってね!?」

 

「わ、私はその付き添いです!?」

 

慌てながら答える二人に、逆に冷静になったばあちゃるは納得したように頷いた。メリーミルクは学園裏の森に住所を構えていて、学園内では基本的に図書室に在籍している。図書委員であるもちと共に行動することはどこもおかしくはない。問題は、今この状態をどう言い訳するかだ。

 

「い、いやー…あのですね、これにはふかぁい訳が…」

 

「…うううううぅぅぅぅぅぅううう」

 

「な、なとなと?」

 

急に聞こえてきたうねり声に驚きながらも、その発生源であるなとりに視線を向ける。顔は真っ赤になっており、その表情から怒りが読み取れる。

 

「あー…えっと、なとりん?」

 

「…なんですか、もちさん?」

 

「…心の乱れは風紀の乱れ?」

 

そんな怒り心頭のなとりに、もちはついいつもの様にからかってしまう。さすがにその対応は不味いと、ばあちゃるとメリーミルクは頭を抱えた。

 

「…ふ、ふふふふふふふふ!!もちさぁん!覚悟は、出来てますよね!!」

 

「うわぁ!!??待って待ってぇ!?邪魔したのは悪かったから、稲鞭は勘弁って、ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

どこから取り出したかなとりのマイフェイバリットで持ち武器である稲鞭片手にもちを追い掛け回す。その怒りは壮絶なもので、いつも以上の速度でもちに稲鞭が襲う。そんな二人を横目に、ばあちゃるは巻き込まれるのは不味いと思ったのか、こっそりメリーミルクを保護して離れた。

 

「ふぅ。助かった…」

 

「ばあちゃるさん。その…ごめんなさい」

 

「ん?はいはいはい。ミルミルが謝ることはないっすよ。正直に言えば助かったと思ってるすね、完全に」

 

「いえ、そのことじゃなくて!」

 

「え、違うことっすか?…ん?スマホに連絡…が…」

 

別件で謝るメリーミルクに首を傾げながらも、とりあえず届いた連絡に目を通す。送り主はばあちゃるの同僚であるシロでメッセージは二つ。一つは画像ファイルで、そこにはついさっきまでのなとりとのキスシーンが納められていた。そしてもう一件には『どういうこと?』と普段の絵文字をふんだんに使う彼女から想像もできないシンプルな一文。ばあちゃるの背に大量の冷や汗が伝う。

 

「…ミルミル…これ…」

 

「はい。さっきもち様が楽しそうにラインのグループに上げたのですが…どうやら最近そのグループにシロ様が参加していたようで」

 

「なるほどなるほど…おーけいです」

 

「だ、大丈夫ですよ、ばあちゃるさん!シロ様もそこまで酷いことは…しないと…思います?」

 

震えるばあちゃるにメリーミルクは何とか励まそうとするが、その言葉は尻すぼみになっていき、最期には疑問形になってしまう。そうなるのも仕方がないだろう。シロの容赦のなさは古い付き合いであるばあちゃるの方がよく知っている。そしてあの一文からどれほどの怒りが込められているのか、大よそ予想がつく。

 

「そこの猫ォ!止まりなさぁい!!」

 

「いーやーでーす!!止まったらその稲鞭が振り下ろされるんでしょ!?止まるわけないじゃん!!」

 

「ば、ばあちゃるさん!今度焼き立てのパンを持ってきますから元気を出してください!」

 

「は、ははは…やばーしっすね、完全に」

 

追いかけっこするもち米を横目に、一生懸命ばあちゃるを心配してくれるメリーミルクの頭を撫でながら現状をなんとか受け止める。日が落ちかけて街灯もつき始めてきた空を窓から眺めながら、『今日の夜は長そうだ』とどこか他人事の様に頭の片隅で考えた。

 

 

 

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