馬Pとアイドル部とVTuber   作:咲魔

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とある日
その日の朝刊は、ある企業の火災について一面使われていた
ただの火災であれば、一面になることも無いが、その企業のブラックすぎる内情も一緒に公開されたのだ
しかし、どうやらその事件に実は関わっている人物がいるようで…?


彼と彼女たちと決着と
彼と彼女と猿の手


「おはようございます」

 

暑さは去り、気付くと秋風を感じ始める朝。アイドル部のプロデューサー『ばあちゃる』は、その日学園に向かう前に、自身が勤める『アップランド』の事務所に赴いていた。

 

「あら、ばあちゃるさんがこんな朝早くここにいるのは何気に珍しいですね。何か用があったんですか?」

 

そんなばあちゃるの姿を物珍しそうに見詰めるのは、給湯室から珈琲片手に現れたメンテだ。髪はぼさぼさでメイクもされていないすっぴんの状態。そこから仮眠室で寝泊まりしたことが読み取れる。

 

「ばあちゃる君にあんなに『休め』と言ってるくせに、自分はどうなんすかねぇ?」

 

「私ですか?嫌ですね、しっかり休んでますよ。ただ帰るのが面倒なだけです」

 

「…女としてそれはヤバいのでは?」

 

「ははは。どーせ見せるのは貴方かあのクソ野菜だけですよ。従業員が少ないウチなんですから、そんな心配もないですもん」

 

カラカラと笑うメンテに、ばあちゃるは思わず頭を抱えた。どうしてこう、自分の周りには女を捨てたやからが多いのか。

よくよく考えれば、前にメンテの家にお邪魔した時は何もない殺風景なものだった。むしろ仮眠室の方が、メンテの自室より私物が充実している。長い付き合いの為、どうしたものかと考えていると、それを読み取ったのか、メンテは優しい笑みを浮かべた。

 

「なにより。いつでも会社にいた方が、貴方の急なお願いも答れるでしょう?ここになら私たちの全てがあるわけですし」

 

「う」

 

それを言われると何も言えなくなる。

アイドル部とばあちゃるの関係の進展には、アイドル部が多くの人と関わって進んだことだ。そこにはメンテの力が加わることは、最後のシロが起こした事件に至っても、なかった。それはVTubeの『ばあちゃる』としての力でシロを救うという誰にも言えない目的があったからこそなのだが、普段はそうではない。

ばあちゃるがいの一番に頼るのは、いつだってメンテだ。些細な調べものから、シロやアイドル部の狙う不埒者や組織残党から守る情報収集する時だってそれは変わらない。

それはばあちゃるとメンテにとって『当然』のことで、そこにシロやアイドル部の子たちが嫉妬することも多々あるが、それは別の話だ。

 

「というか、呼んだのはメンテっすよね?」

 

「あれ?そうでしたっけ?」

 

ド忘れしたのか、首を傾げながら思い出そうとするメンテ。その様に、ばあちゃるは小さくため息を吐いた。

 

「ああ、思い出した。ちょっと気になるニュースを見つけたんですよ」

 

「ニュース?」

 

「ですです。ちょっとまっててくださいね」

 

思い出したメンテは、持っていた珈琲をばあちゃるのデスクに置いて、自分のデスクに戻る。そこから持ってきたのは一つの新聞紙。それをばあちゃるの横で広げ、とある記事を見せた。

 

「ここです。ここ」

 

「え…っと、何々…『某社炎上!?放火魔の仕業か!?』ってこれ、今朝もやってた放火のやつじゃないっすか。怖いっすけど、これがどうしたっすか?」

 

「私も良くも悪くもありきたりかと思ったですけど、ちょっと記事を読んでみてください」

 

メンテの言葉に首を傾げながら、言われた通りにメンテが広げる新聞紙の記事を読み進めていく。

そこには放火された企業のことが記されていた。それは今朝のニュースにも言われていたことでよくある内容なのだが、一点だけ、ニュースには伝えられてはいなかった部分がある。

 

「『ブラック疑惑』?」

 

「そうです。この企業、どうやら色々と従業員に無理を強いて黒いことを色々とやってたみたいですよ」

 

「ってことは、もしかして放火犯は従業員かもしれないと?」

 

「そうです」

 

メンテは神妙に頷く。確かに動機としては十分だろう。しかし、それだけではメンテが伝えたいことが分からない。

アップランドの常務体制に文句があるならメンテは直接口に出す。納得していても、吐き出したいときは酒の席で共に愚痴で発散するくらい、メンテは業務の文句に対しては直接口に出すほうだ。

となれば、メンテが伝えたいことはアップランドに関わることでは無い。では何か、と首を傾げるとそれを察してメンテは燃えた会社の会社名を指さした。

 

「この企業、聞き覚えがないですか?」

 

「え?」

 

その企業名は個性を出そうとした結果、奇抜になりすぎてしまったことを除いてはおかしなことはない。むしろそんな名前なら、記憶に残るものだ。メンテも知っているのであれば、ばあちゃるも知っているのは道理。ばあちゃるは少し思い出す素振りをして、満足そうに頷いた。

 

「ああ。これはあれっすね、『ベイレーン』が勤めてる企業っすね!」

 

「ですです。それならここに書かれてるブラック疑惑も大よそ一致します」

 

言われてその企業が疑われているブラック行為一覧に目を通す。そこは確かに飲みの席でベイレーンが愚痴っていた内容とほぼ同じだ。完全一致しないのは、メディアが誇張して記事にしたのだろう。

 

「どこかきな臭くないですか?」

 

「…確かに、もしかしたらもあるかもしれないっすね」

 

険しい表情でメンテとばあちゃるは顔を見合わせる。

ベイレーンは短い期間ではあるが、アイドル部…『兵姫』奪還の際に、『エイレーン』と共にばあちゃるとメンテと協力体制を取っていた時期がある。当時はエイレーンと共に、ベイレーンのことも徹底的に機密にはしていたが、万が一情報が漏れてベイレーンが狙われたかもしれない。

疑りすぎかもしれないが、こういうのは過剰くらいがちょうどいい。神妙な表情で頷き合ったその時、ばあちゃるの携帯端末から通知音が響く。

 

「…」

 

「どうしました?」

 

「…悪い予感が、当たったようっすね」

 

苦い表情で携帯端末の画面を見せるばあちゃる。そこに映し出されたのはチャット形式のとあるコミュニケーションアプリの画面だ。相手はエイレーン。そして、普段の彼女では考えられない切羽詰まったような一言だけ。

 

『たすけてください』

 

ばあちゃるは頭の片隅で、『今日は学園には行けないな』と肩を落とした。

 

 

「これは…」

 

その日の予定をすべてキャンセルし、急いでエイレーンの元に向かったばあちゃるは、合流したエイレーンと共にベイレーンの家に向かった。普段の余裕はどこへやら、青い顔で常に落ち着きがないエイレーンに事の重大さを感じ取る。

そしてついたベイレーン宅にて目にしたのは、想像も絶するような光景だった。

 

「これは…獣の腕、っすか?」

 

「…正直、何の腕かは分からないです。しかし見ての通り、人間の腕ではありません」

 

そこには青白い顔色でベイレーンが苦しそうに眠っていた。それだけでもすぐに病院に連れていかなければいけないと焦るレベルなのに、ばあちゃるが目を見張ったのはベイレーンの右腕だ。

その腕は、とても女性の…いや、人間の腕とは思えない者へと変容していた。まるで獣の腕と間違えるくらいに毛深く、そして太い。左手はかわらずの普通の腕であるため、その対比からより恐ろしいと強調されている。

その腕に、元同居人である『シフィール・エシラー』何かと唱えながら力を送る仕草をしていた。ばあちゃるには馴染みがないが、にじさんじなど他所にもシフィールと似た力を扱うものを知っている。あれは、『魔法』だ。

 

「気付いたのはついさっきで、シフィールさんが姉さん…ベイレーンを心配して訪れた際に発覚したんです。現同居人の『レナナ』さんから連絡がありまして、私も初めて見たのですが」

 

「…今くらいは素直に『姉さん』と呼んでもいいんじゃないっすか?…家族なんすから」

 

「…そうですね」

 

ばあちゃるに背中を押され、シフィールとは逆の方でベイレーンの横に座る。そして、縋るように無事の左手を握り、祈るように『姉さん』と呟いて、目を瞑った。

 

「大分参ってる感じっすね」

 

「『ヨメミ』や『アカリ』への過保護具合から、大よそ予想は出来ていたけど、まさかここまでとは思わなかったよ」

 

ばあちゃるの言葉に応えるのは、エイレーンと共にやってきた同居人の『萌実』だ。後ほど聞いた話だが、シフィールからの連絡以降、とても平常ではなかったため無理に問いただして着いてきたという。

 

「それで、アカリンとヨメヨメにはこのことは?」

 

「伝えてないよ。アカリは元々早出だったし、ヨメミも『紅ノ』と『エトラ』に押し付けてきたからね」

 

「まあ、エイレーンならそうするっすね」

 

エイレーンは保護者意識が高い。自分の不安を、愛娘のように可愛がっているアカリやヨメミに伝えるようなことはありえないだろう。

普段見た事がない弱弱しいエイレーンの姿に、萌実もいてもたってもいられなくなったのか、横に座りエイレーンと共にベイレーンの手を握る。その姿にばあちゃるは、心を痛めた。

その時、別室からこちらに歩いてくる人の気配を感じる。振り返ってみると、そこには先にベイレーン宅に到着していたシフィールの現同居人であるレナナがそこにいた。

 

「とりあえず学校には休みの連絡を入れてきました」

 

「悪いっすね。休みまで取らせちゃって」

 

「いえいえ、シフィがお世話になった人の一大事なんですから。これくらいの協力なら惜しみませんよ」

 

そう言って力こぶしを作るレナナに、暗かった気持ちに少しの光を感じた。

これ以上事態を悪化させるべきではない。小さく咳払いをし、気持ちを切り替えて、ばあちゃるはレナナと向き合った。

 

「それで質問なんすけど、今のベイレーンの事態に心当たりはないっすか?」

 

「実は、シフィから連絡を受けてエイレーンさんに連絡した後、私もすぐにここに向かったんですよ。そしてその時はまだベイレーンさんの意識もあって、多少の話は聞いています」

 

「本当っすか!?」

 

事態について知っている当の本人は起きる気配がないため、捜査は難航するかと思っていたが、予想外の情報にばあちゃるは飛びつく。しかし、レナナはそんなばあちゃるの反応に申し訳なさそうに表情を歪めた。

 

「すみません。話は聞いているといっても、本当に少ししか聞いていなくて…」

 

「全然オッケーっすよ!情報があるのとないとじゃ状況が違うっすからね」

 

「そう言ってくれるなら…」

 

ばあちゃるの力強い言葉に、レナナはほっと息を吐き、席を立つ。そしてベイレーンの机に置かれていた長方形の黒い木箱を取ってきた。

 

「私がベイレーンさんから聞いた情報は二つ。昨晩、家にこれが届いていたこと。そして、不用意にも『願ってしまった』と言っていたことです」

 

「『願ってしまった』?」

 

首を傾げながらレナナから箱を受け取る。漆でも塗られているかのような、どこか上品さを感じるその木箱だが、同時に禍々しいものも感じ取れる。蓋を開くと、そこには既に何もない。箱の大きさから腕一つ丁度入るくらいのサイズだ。

その時、ばあちゃるに一つの嫌な仮定が浮かんだ。

 

「レナレナ、もしかしてなんすけど…その時、ベイレーンは動物の名を挙げていなかったっすか?…例えば、猿とか?」

 

「!言ってました!意識を失う直前でしたけど、『獣の…猿の声が聞こえるお』と言っていました!」

 

「やっぱりっすか…」

 

苦々しい表情で改めて箱を見つめる。不気味さすら感じるその箱に、今は嫌悪感しか湧かない。

いつだって、こういう時の悪い予感は当たるものだ。

 

「猿の手、かぁ…」

 

なんてことない日常が始まるはずの朝は、どうにも歯車が食い違ったようだ。

 

 

「はいはいはい。いやー、申し訳ないっすね、無理言って集まってもらっちゃって!」

 

「馬Pの頼みだからね。生徒会の仕事くらいほっぽり出すよ!」

 

「たまちゃんたまちゃん。双葉ちゃんとあずきちゃんから鬼電がかかってるけど大丈夫?」

 

「大問題だけど大丈夫!」

 

「それは大丈夫ではないのでは?」

 

「前から思ってたけど、たまちゃんって色々と凄いね!?」

 

時刻はまわって15時半。とある大きな図書館にばあちゃるの招集に応じて『夜桜たま』、『電脳少女シロ』、『ヨメミ』、『ミライアカリ』が集まった。

本来学生で生徒会会長であるたまは、本日の放課後はいつもの様に生徒会の仕事があるため学園に残らなければいけないのだが、そこは愛のため、特に良心も傷まずに抜け出してきたようだ。

そしてシロとアカリは偶然にもスタジオが同じで順番に連絡が入ると、『力を貸してほしい』という予想外の内容に二人して変に興奮し合っていた。

 

「たまちゃんはアイドル部の切り込み隊長に加え生徒会長。シロちゃんは言わずもがなだし、アカリもばあちゃるさんと何度も顔合わせしてる仲だから呼ばれてもおかしくないけど…ヨメミ、場違いじゃない?」

 

「はいはいはい。ヨメヨメがそう思うのも仕方がないっすね、完全に。…今回、アカリンとヨメヨメを呼んだのはエイレーン関係なんすよ」

 

「え?エイレーンがまた何かしたの?」

 

「…もしかして、今朝の様子がおかしかったことが関係してたり?」

 

「え!?アカリそれ知らないよ!?」

 

驚愕しながら席を立つアカリに、ヨメミは失言したと内心で焦る。しかし、アカリの追及が始まる前に、ばあちゃるは制止をかけた。

 

「はいはいはい。その理由もしっかり説明するんでね、アカリンはとりあえず落ち着いて席についてくださいねー」

 

「うー…きっちりしっかり、全部教えてよ、ばあちゃるさん」

 

「それはモチのロンっすね、完全に。…それじゃ、ちょっと真面目な話になるっすよ」

 

唐突に変わるばあちゃるの雰囲気に、ヨメミは驚愕した。その変わりように、自然と肩に力が入り、緊張が走る。場は完全に、ばあちゃるが支配しているようなものだ。

そこから明かされたベイレーンが置かれている状況。エイレーンの今の様子など、聞かされヨメミもアカリも言葉を失うばかりだ。

 

「以上が今の状況っすね。それで、ばあちゃる君がみんなを集めたのは「はい!」…アカリン?」

 

「話が進む前に質問なんだけど、なんでアカリとヨメミもこの場に呼んだの?エイレーンの事を考えるなら、むしろ私たちを巻き込むようなことはしない方が得策だと思うんだけど」

 

アカリの意見に、ヨメミを同調するように頷く。それにばあちゃるは「ああ、そのことっすか」と一言零し、アカリとヨメミの交互に視線を送った。

 

「確かに、アカリンの言う通り、エイレーンの意図を汲む場合、アカリンとヨメヨメは巻き込むのは最善ではないっすね。最善ではないっすけど、お二人はそれで納得できるっすか?」

 

「「できるわけないじゃん」」

 

重なる言葉に、思わず顔を見合わせる。そんな二人の様子に、ばあちゃるは満足そうに頷いた。

 

「ならいっその事、暴走しないように協力体制にした方がいいかなと思ったっすよ。なによりアカリンもヨメヨメもエイレーン一家の一員なんすから、ベイレーンのことも心配でしょうしね」

 

「…ばあちゃるさん、変わった?」

 

驚いた表情のまま、アカリは無意識にばあちゃるへそう問いた。

よくよく考えれば今の状況だっておかしい。アカリやヨメミならいざ知らず、自分が保護する対象であるシロとたまも巻き込んでいるのだ。以前までの彼ならば、今の状況のようことは説明しないため絶対に発展せず、いつもの様に一人で無茶をしていたはず。

VTubeとしての短い繋がりしかないが、それでもばあちゃるのことはある程度にはアカリだって理解している。だからこそ今の状況に疑問を持たざるを得なかった。

その問いに答えたのはばあちゃるではなく、その横に座っているシロだ。

 

「違うよアカリちゃん。うまはね、頼ることを憶えたの」

 

「憶えたって、ひどいっすねシロちゃん。まるで今まで頼ったことがなかったような言い分じゃないっすか!」

 

「そう言ってるだけどぉ!」

 

そうやって痴話ケンカを始める二人の姿に、アカリは一人納得する。軽く口論する二人の姿は、今までうっすら感じていた『壁』がない。それがこの前に事件で完全になくなったことは予想出来ていたが、それがばあちゃるの成長にもなってることに、アカリは気が付いた。

 

「…そっか。よかったね、シロちゃん」

 

「ふふん!すごいでしょ、ウチの馬P!」

 

「いやなんでたまちゃんが得意気なの!?なんでそんなドヤ顔なの!?」

 

白馬の横で渾身のドヤ顔を決めるたまに、ヨメミは条件反射の様にツッコミを飛ばした。

雰囲気はある程度解れたが、これから取り掛かる内容は重い。ばあちゃるが場を引き締めるために、雰囲気を戻して全員に視線を送った。

 

「話を戻すっすよ?みんなを集めたのは情報収集が目的っすね」

 

「情報取集?もしかしてベイレーンさんが言ってた猿のこと?」

 

「そうっすそうっす。ばあちゃる君の予想が合っているのであれば、今回の事件は『猿の手』という怪異が原因になるっすね」

 

「『猿の手』?どこかで聞いたことあるような…」

 

「うーん…ヨメミも確か何かのアニメかなんかで聞いた記憶があるけど…」

 

「それほどメジャーなものではないっすからね。知らなくて当然っす。と言っても、ばあちゃる君もそこまで詳しいわけではないっすけどね」

 

申し訳なさそうな表情を浮かべ、後頭部を掻くばあちゃる。確かに情報収集をするのであれば、人では多い方がいい。だが、それでもシロにはある疑問が残った。

 

「情報収集ならメンテちゃんの出番じゃない?メンテちゃんならここにいる全員よりも早く集めれそうだけど」

 

「メンテには別件で動いてもらっているっす。なるべく事を大きくしたくないので、ウチでもほぼ総出で動いているっすから、こっちの応援は難しいっすね」

 

「あー…人手がないからなー、ウチ」

 

どこか攻めるようなたまの視線に、ばあちゃるとシロは同時に目を逸らした。少し前に起きた騒動の負い目を感じているのだろう。

元々ばあちゃるについてきた人が集まってできたのがアップランドという企業だ。さらに政府と深い繋がりもあり、国家機密も多くある企業であるため、容易に人を雇うことが出来ない。少し前にたまを中心にその人手不足が原因でひと騒動が起きたのだ。まさかVTubeとして、アイドル部がここまで大きくなるとは思っていなかった故に、起きた悲劇でもある。

本人たちは既に解決したことではあるが、そのことが未だに尾ひれを引いているのも事実。アップランドが出来た一番の要因であるシロと、問題を起こしてしまったばあちゃるはその事に関してはたまに頭が上がらない。

身内の問題を引っ張っても仕方がない。話を続けるために、一つ大きく咳払いをして話を続けた。

 

「と、ともかく!原因が怪異ならばその発祥と過去の『猿の手』による事件を調べれば解決策は出てくるはずっすよ!」

 

「そういうものなの?」

 

「あまり知られてないことだけど、こういった伝承とか逸話が元になった怪異や妖怪は、その元を辿れば解決策が付いてるものなの。例えば『吸血鬼は太陽に弱い』とか『悪魔には銀の銃弾が有効』とか、そんな感じに」

 

「ほえぇ、さすがシロちゃん。博学だなぁ」

 

「…お化けが怖いから退治する方法を検索してるときに覚えた、とはとても言えないっすね」

 

「何か言った!?」

 

「何でもないっす!」

 

唐突に始まる夫婦漫才に、さすがのアカリも苦笑を零した。

 

「ま、そんなわけでこういった情報は、ネットだけじゃなく書物から調べることも大事っすからね」

 

「だから図書館に集合だったんだ」

 

「そいうことっすね、完全に。ここの館長は古い怪異現象の特集や、それに関連する書物を好んで集めていたっすからね。ここでなら無駄足になることはないでしょう」

 

そう言ってばあちゃるは、とある一角に指をさした。そこには『言い伝え・伝承』と分かりやすくコーナー分けされた棚がある。しかもそこは他のコーナーに比べて量も多い。その量にヨメミは、この後の作業量を想像して冷や汗をかいた。

 

「そしてもう一つ。たまちゃん」

 

「え?私?」

 

「そうっす。たまちゃんには、今回のメンバーのリーダーをやってもらいたいっすよ」

 

「わ、私が!?シロちゃんとアカリちゃんを差し置いて!?無理無理!」

 

「え?適材適所だと思うけど?」

 

「うん。たまちゃんはリーダーシップあるし、アカリも任せられると思う!」

 

「このメンバーなら妥当じゃない?」

 

「みんな!?」

 

ばあちゃるの案に同意するシロたちに、たまは驚いたように振り返った。そんなたまの様子にシロたちは首を傾げる。

 

「ほら、シロは先頭に立つのは得意だけどまとめるとなると、ちょっと自信がないかな。うまも司会の経験のおかげで進行は得意かもしれないけど、まとめるのは苦手なことはたまちゃんも知ってるでしょ?」

 

「アカリも自分にリーダーシップがあるとは思えないかな!」

 

「自信満々に言うことじゃないよね!?まあヨメミもそうなんだけど。たまちゃんは生徒会長でもあるから、慣れてると思うしヨメミも賛成!」

 

「みんな…」

 

「ここに集まったメンバー…というよりVTuberのみんなは個性が強いっすからね。こういう時のまとめ役は、既にできてるグループなどでリーダーの経験がある方がいいと思ったっすよ。だからたまちゃんに軍配が上がったわけっすね。…そういうわけなんすけど、いいっすか?」

 

まっすぐ見つめて、ばあちゃるは確認をとる。その姿に、たまは胸が熱くなるのを感じた。いつだって自分で抱えて誰にも頼らず一人でなんとかする愛する人が、自分を頼ってくれている。これほど燃えるものがあるだろうか。チョロいと言われようが、たまが出す答えは決まっていた。

 

「勿論!滅多にない馬Pからの頼み事、受けるに決まってるよ!」

 

「そういってくれると助かるっすよ!それで早速で悪いっすけど、分担していきましょうか」

 

「分担?え?調べるだけだよね?」

 

「そうっすけど、さすがにあの量から調べるのは骨が折れるっすからね、ポイントを絞って調べるのが得策っすね、完全に」

 

指さす棚には、有限とはいえ膨大にある資料の山。そこから『猿の手』というワードだけで調べていくのには骨が折れる。

 

「メンテちゃんもいつもそうやって調べものしてるもんね」

 

「ってことはメンテちゃんの入れ知恵だな?」

 

「そういうことっすよ。調べるのは『過去に起きた事件』と『猿の手の逸話が出来るまでの成り立ち』っすね」

 

「そっか。生まれて原因を調べれば対抗策も一緒にありそうだもんね」

 

「過去の事件からは、対策も出来るし重要だね。分担はどうするの、たまちゃん?」

 

「うーん」

 

たまは腕を組んで、思考の海へと落ちていく。こういった調べものは息の合ったもの同士で調べた方が作業が進む。そこまで考えれば自ずとチーム分けは出来ていく。そして、ある妙案を一緒に思い付いた。

 

「うん!事件の洗い直しは私とシロちゃん。そして成り立ちの確認と伝承についてはヨメミちゃんとアカリちゃんがお願い!」

 

「頑張ろうねたまちゃん!」

「任せて!」

「全力で調べるよ!」

 

「…あれ?じゃあばあちゃる君は何をすれば?」

 

「馬Pは休む!」

 

「はい!?」

 

ビシッ!と指さすたまに、ばあちゃるは驚愕の声を上げた。その予想通りの反応に、たまは満足そうに笑みを浮かべる。

 

「馬P。朝から休憩取ってる?」

 

「え…いや、それはほぼ取ってないっすけど、一大事ですし」

 

「馬Pの様子から見ると、この件は今日が山でしょ?悔しいけど女手の私たち三人と、能力の使用が一切封じられてるシロちゃんは現場じゃ役立たずになる。魔法が使えるシフィールさんもずっとベイレーンさんに付きっ切りのことも聞くと、ここ一番でさらに動いてもらうのはあまりにも酷だよ。それに、有事の際に動ける存在ってかなり大事なの」

 

核心を突かれ、言葉を失うばあちゃる。そして続けて話し始めたたまの考察に、気付けばその場にいる全員の視線はたまへと集中していた。

 

「そうなるとやっぱり欲しいのは力ある人が望ましいよね?この場でそれが一番当て嵌まるのは馬Pってわけ。なら、多少でもいいから今は馬Pに休んでもらって、コンディションを整えてほしいの」

 

たまが言うことは道理を得ている。だとしても、心配なものはしょうがない。助けを求める様にシロへ視線を向けるが、そこには『任せるべき』というアイコンタクトが返ってきた。

たまが決めたその案は、しっかりと先を見据えた最適解だ。戸惑いながらも冷静に考えて、頭だけでなく心にも納得をかけていく。

なにより信頼を寄せてリーダーに任命したたまからの指示だ。それを断るなんて、ありえない。

 

「おーけいですおーけいです。理由も納得いくものっすからね、ここはみんなに甘えるとするっすよ」

 

ばあちゃるのその言葉に、たまは安堵のため息を吐いた。ここで力になることは出来ないが、檄を飛ばすことは出来るだろう。

 

ばあちゃるは、不意にたまを抱き寄せた。そしておでこをくっ付け、不敵に笑みを浮かべる。

 

「後は頼んだっすよ。リーダー」

 

「ッ!もちろん。任されたよ」

 

頬を赤くするが、ばあちゃるの言葉に同じ様に不敵の笑みを浮かべて返す。その答えに、ばあちゃるは満足そうに頷く。やると言ったらやる。それがばあちゃるがよく知る『夜桜たま』だ。

 

「…はいはいはい。それじゃあね、ばあちゃる君は言われた通りにちょっと休憩してくるっすよ。幸い近くにネカフェがあるらしいので、何かトラブルがあったら連絡くださいねー!」

 

そう言い残してばあちゃるは、席を立った。その姿に固まっていたシロたち三人は動き出す。

 

「…そういうとこやぞ、うまあぁ!!」

 

「ビックリした。ばあちゃるさんって案外キザなのね」

 

「イベントとかじゃあまり見れない一面だったからアカリびっくりだよ」

 

去っていくばあちゃるに、シロは顔を赤くして吠える。アカリとヨメミも、女所帯の家庭故に男性のそういった一面に胸がドキドキだ。

 

「…よし。馬Pに任された以上、半端な仕事はできないね。シロちゃんにアカリちゃん、ヨメミちゃんも力を貸して!」

 

「うー。たまちゃんにもうまにも言いたいことは山ほどあるけど…うん。今はそれは置いておく。シロも全力で頑張るよ!」

 

「ベイレーンは毒舌がきついけどいっぱいお世話になったもんね!アカリも頑張る!」

 

「手は抜かないよ!」

 

あくまで他の客に迷惑が掛からない声量で四人は『おー!』と拳を掲げた。

 

 

「…よし。馬Pも戻って来たし、さっそく情報を整理していこうか」

 

時刻は日が傾き始めた17時半。集まってから丁度二時間が経過した所だ。調べものをしていることを察してくれた図書館の役員に勧められ、奥にある会議室に休憩から戻ってきたばあちゃるを含めた5人が改めて集合した。

 

「うま、しっかり休めた?」

 

「そりゃあもうぐっすりっすよ!いやー、最近のネカフェは凄いっすね。まさかあそこまで短時間睡眠する環境を整えるとは思ってもみなかったすよ」

 

「営業マンとかに需要があるとかないとか、アカリは聞いたことがあるなぁ。毛布の貸し出しから、アイマスクに耳栓とかもあるんだよね」

 

「そんなものまであるの!?はえぇ、すっごい」

 

「はいはい。ネカフェ談義は横に置いておいて、時間がないよ」

 

慣れた様子で場を仕切るたまに、ばあちゃるはたまにリーダーを任せたことは間違いではなかったと確信する。現に、たまの言葉に横に逸れ始めた話題は修正され、全員の気も改めて引き締まった。

 

「それで『猿の手』についてなんだけど…まずはどんな怪異なのかから確認した方がいいかな」

 

「そうっすね。まとめるにしても、そのことを再確認するのは大事っすから」

 

「それじゃあ…シロちゃん、お願いしてもいい?」

 

「あい!任せて!」

 

元気よく返事をするシロに、たまは小さく安堵の息を零した。最も尊敬するシロに指示を飛ばすのは、さすがのたまも緊張を覚えるようだ。

 

「それじゃあ、『猿の手』という怪異について。この怪異は簡単に言うと『魔人のランプ』と類似したものなの」

 

「『魔人のランプ』?それって超大手のネズミ国で映画化されたウィル・スミスが演じたアレっすか?」

 

「そこまでボカさなくてもよくない?それであってるよ。ある日この『猿の手』が家に届いて、それを手に取ると頭にこう囁かれるの。『三つの願いを言え』ってね」

 

「なるほどなるほど。確かに『魔人のランプ』と類似してるっすね、完全に」

 

「けど、この『猿の手』はなんというか…陰湿なの」

 

「陰湿?」

 

横から続くアカリの言葉に、ばあちゃるは首を傾げる。続きを促すアカリとばあちゃるの視線に、シロは頷いて言葉を続けた。

 

「アカリちゃんの言う通り、ちょっと願いの叶え方が陰湿なの。見つけた例なんだけど…

 

『とある老夫婦が知人から、この『猿の手』をとある事情で引き継いだ。その老夫婦は既に定年しており、一人立ちした息子が一人いる。順風満帆の様に見える夫婦の悩みは唯一つ、それは借金。その額は200万と決して安くはない額で合った。

既に定年していた夫婦はこの借金をどうしようかと悩んでいる時に、この『猿の手』が引き継いだのだ。愛する息子に借金を相続したくない。その一心で、夫婦は『猿の手』に『借金を無くしてほしい』と願った。その声が聞こえたのか、二人の頭に『その願い、聞き入れた』と響いたそうだ。

しかし、その後何か起こることも無く一日が過ぎる。『結局、眉唾モノか』と落胆する夫婦に一本の連絡が届く。

『息子が死んだ』

呆然とする夫婦に知らせは続く。どうやら仕事中の事故が原因であった。突如苦しみだした息子に、不幸にも頭上からの落下物が当たり、即死したようだ。

その翌日。息子が勤める企業から見舞金が送られてきた。その額200万。奇しくも老夫婦が抱えている借金と同額だった。』

 

って感じかな。この後2回目の願いで、『息子を蘇らせてほしい』って願ったら無残な死に方をしてしまった息子がその状態で家の扉を叩いてきたから、3回目の願いで『息子を墓に戻してくれ』と願い、平穏な日常に戻ったって続くんだけど」

 

「なんすかそれ。ヤバヤバのヤバーしじゃないっすか」

 

「聞いた感じ『三つの願いを叶えてくれる』という伝統的な御伽噺を暗くしたパロティみたいな話だよね」

 

「無償で願いが叶うことはないというメッセージが強いね」

 

「わからなくはないけど、ヨメミ的には好きじゃないなー」

 

各々の感想を語る4人にシロは同意するように頷いた。

 

「…あ。ベイレーンが言ってた『願ってしまった』というのはこれのことっすね」

 

「多分そうかも。ベイレーンさん頻繁に会社の愚痴を言ってたし、お酒が入ると加速するからね」

 

「少し前まではシフィールとか発散相手がいたけど、今じゃ一人暮らしなんだよね。エイレーンも予定が合わなくて、ベイレーンのこと心配してたもん」

 

「やけにエイレーンの様子がおかしかったのはそれが原因っすね。…まったく、俺には抱え込むなとかいつも言ってるくせに、当の本人はどうなんすかね」

 

やけにショックを受けていたエイレーンの姿を思い出して、ばあちゃるはため息をつく。いらないところが似てしまった友人に、ばあちゃるは頭を抱えた。

 

「例じゃ最後には平穏な日常に戻ってるんだけど…あ、たまちゃん。このまま『過去の事例』の話に移っちゃってもいい?」

 

「そうだね。このまま入った方がいいかも。お願い」

 

確認をとるシロに、たまは同意して話の続きを促す。その言葉に、シロは軽く笑みを浮かべた。

 

「あいあい。話を戻すけど、例じゃ最後に平穏な日常を取り戻してるけど、事例じゃそんなことはなくてね。『猿の手』を受け取ったであろう人物全員が失踪してるの」

 

「失踪?しかも全員?」

 

「文字通り全員だよ。それっぽい疑惑も含めて全滅。さすがのシロもこれにはびっくりした」

 

シロの説明中に、たまが全員に事件の資料を配る。中には三つの事例が記されていた。

 

「まず一つ目。これはもっとも古いやつで時代的には…江戸時代くらいのになるのかな?」

 

「棚調べてるときに何故か地域の歴史書が混じってたから、もしかしてって思ってみたらビンゴだったの」

 

「さすがたまたまっすね。はいはいはい。それで内容は…っと」

 

書かれていたのは一人の百姓の話だ。偶然『○○の手』を手に入れた男は、一つ目の願いに公家入りの願った。その願いは、男が可愛がる一人娘が偶然にも公家の見定まり、嫁入りしたことにより叶う。

公家入りした男だが、それはあくまで側室であり、さらに言うならば末端だ。より強い権力を求めた男は、『○○の手』に二つ目の願い、地位向上を願う。すると他の側室が謎の病が流行り、次々と死んでしまい生き残った娘が自動的に階級が上がった。しかし、代償として男が愛した妻も同じ病に感染してしまい、この世を去った。

 

「なぁるほど…って、あれ?三つ目の願いは何だったっすか?」

 

「それが分からないの」

 

「え?」

 

「この資料も、残っていた男の日記を解読して判明したことで、この後のことは書かれてなかったの。ただ、断片的に『声が聞こえる』とか『喉が渇いた』とか書かれていたけど、ある日を境に真っ白で何も書かれてなかったみたい」

 

「そういうことだったっすね。あとなんで『猿の手』じゃなくて『○○の手』って表記されてるんすか?」

 

「あ、それは発祥にも関わってくるから後でアカリたちが話すよ」

 

「おーけいですおーけいです。とりあえずわからないならひとまず置いておいて。二つ目にいきましょうか」

 

「次は昭和のとある女性の記録だよ」

 

「この資料は結構しっかり残っていて、けっこう生々しいから気を付けて」

 

たまの言葉にばあちゃるは、力強く頷いて資料を覗いた。

 

とあるところに、ある男に恋をする女性がいた。その女性は、友人たちにその男のことに好意を抱いていることを常日頃言っており、知り合いの間では有名でもない話だったそうだ。

そんなある日。女性は友人に『彼と付き合い始めたの!』と報告をした。しかし、その報告に友人一同驚愕をせざるを得ない。なぜなら、それは女性が愛する母親が亡くなった翌日の出来事だったからだ。『親の死で同情でも誘った』と言う人もいたが、女性と親しい友人は複雑ながらもその関係を祝福した。

それから数日後。女性は友人に『彼と婚約が決まったの!』と報告した。しかし、その報告に今度は全員眉を顰める。なぜなら、それは女性の最愛の父親と弟が亡くなった翌日の出来事だったからだ。その報告には親しい友人であっても、女性を疑わずにはいられなかった。何か怪しいモノに魅入られたのか、と心配した女性の友人は知人の霊媒師と共に、女性の元に向かった。

そこには女性だったモノがあった。友人の中で人一倍に美意識が高く、それに見合う美しかった女性はまるで『猿』のように剛毛な体毛に覆われていた。その女性だったモノにすでに息はなく、何故か右腕だけがなくなっていたそうだ。

 

「…ふむ。そういやこの女性と婚約したという男性はどうなったっすか?」

 

「資料の備考欄に書かれてるけど、その女性の家にいたよ。ただ、目は虚ろで俗にいう『廃人状態』だったみたい」

 

「様子を見ると『猿の手』に無理やり意思を操作された反動と見るのが妥当っすね。にしても、これも三つ目の願いが不明っすか」

 

「そしてこれが最後の三件目」

 

「時期は平成末期。これはちょっと様変わりしてるかな」

 

「様変わり?」

 

「読んでみればわかるよ」

 

シロの言われた通り、ばあちゃるたちは三つ目の資料に目を通した。

 

とある男の家に、気が付いたら『猿の手』があった。それを手に持つと脳内で『三つの願いを言え、この猿の手が叶えてやる』と聞こえてきたそうだ。その男はホラーや怪異などに非常に関心を持つ一方、とても警戒心が強い男でもあった。男は伝承を調べ上げ、この『猿の手』がろくでもないモノということが解明した。

釣るされてある餌は確かに極上だ。されど、それに見合う対価を払うと言われるのであれば、男は餌を諦められることができた。男はこれ以上の災害を抑えるため、『猿の手』を厳重に封印し、別の被害者を出さないために行動を開始する。しかし、それが男が見舞われる不幸の始まりだった。

最初は自宅に、自分以外の誰かの気配を感じ始めた。男は既婚者で妻も娘もいたが、自分が一人の時に限って視線を感じる様になってしまう。どんどん強くなる視線に、男はついに体調を崩してしまった。熱にうなされながら、男は夢の中で自宅のリビングに立っていることに気が付く。そこには妻と娘が封印したはずの『猿の手』が入れられた木箱を前に座っていた。家族には『猿の手』のことを話していなかった男は焦り、妻と娘に問いただす。『この箱をどこから出した!』と。しかし帰ってきたのは無機質な言葉。『願いを言え』。妻と娘の声とは違うその言葉は確かに、その口から紡がれる。そこからは地獄だ。眠る度に家族から『願いを言え』と脅され、まともに眠ることも出来ない。しかも夢が原因で、男は家族に不信感を抱いてしまい、家族との関係もどこか歪が出始める。ある日。男は妻に離婚を切り出された。妻も娘も愛している。別れたくない一心で、男は『猿の手』に願った。『家族と離れたくない』と。

 

「…胸糞っすね」

 

「この後、この人は同じ手をやられて二回目も『家族と離れたくない』と願ったみたいなの」

 

「代償はこの人の両親。父親、母親の順で事故死したみたい。そして三つ目の願いは結局分からず、この人が失踪した後、前の女性の時と同じで奥さんと娘さんは廃人状態で見つかったって記録されてた」

 

「つまり、願いを言わなかったら催促してくるってこと?」

 

「しかもやり方も悪質だし、気分が悪くなるよ」

 

「ただこの人。絶望しながらも、しっかり自分の状況を記録し続けてたの。備考欄を見て」

 

全員のが資料の備考欄へ集中する。そこには自身の身体の変化を段階に記録されていた。

封印してからは記録通り、夢からの催促。一つ目の願いを叶えてからは『猿の手』と同じ腕。つまり右手が怪異に犯されたからか、獣の猿のように毛が生えてきた。さらに右手が猿の手と感覚がリンクしていることも確認されたようだ。

二つ目の願いを叶えてからはさらに酷くなった。まず『猿の手』は消滅。さらに自分の腕はまさに『猿の手』になったかのように毛むくじゃらの獣の腕へ変容した。時折自分の意思とは別に動き出すことが確認されている。

さらに三度夢で催促が始まると、本格的に腕の感覚がなくなってくる。腕だけではなく、身体全身が乗っ取られたようなことも何度かあったようだ。最後に男はこう記した。

 

「『まるで身体を乗っ取られるようだ』…か。なるほど。この第二段階の状態が今のベイレーンってことっすね」

 

「え?けどそれはおかしくない?だってベイレーンは『会社の滅ぼす』みたいなことを願ったんだよね?だから会社も燃えたわけだしさ」

 

「ヨメミ。会社の不幸は火災だけじゃなくて、ブラックの実態が火災があったのに『何故か』事細かく判明してることなんだよ」

 

「あ!」

 

「つまりベイレーンさんの愚痴を『会社を燃やす』と『会社の内情を暴露する』の二つで叶えたってわけか」

 

「ベイレーンらしいというか、なんというか」

 

「いやいやいや。割とヤバーしな状況ってことがこれで分かっただけでも僥倖っすね、完全に。ベイレーンの願いの代償が何なのか。それは今は確認が出来ないっすから、この部分は取り合ず置いときましょうか」

 

「わかった!そしてこれが私たちが見つけた情報だよ」

 

「もっと細かいのもいくつかあるけど、信ぴょう性が薄かったり、情報がなかったから抜かしておいた。けど、全部に共通しているのが」

 

「三つ目の願いが不明。そして全員が失踪しているってことっすね」

 

「そういうことになるね」

 

「シロちゃん長丁場の説明ありがとう。それじゃあ次はアカリちゃんとヨメミちゃん、お願いできるかな?」

 

「まっかせて!」

 

「ヨメミたちの2時間の結晶を見るといいんだよ!」

 

シロが着席するのと交代にアカリとヨメミが立ち上がる。そして事前にコピーしておいた資料を全員に配る。

 

「それじゃあまず『猿の手』の原点というか、世間に広まったのは1902年のイギリスの作家W.W.ジェイコブズという人が書いた『猿の手』なの」

 

「『三つの願いを叶える』という伝統的な御伽噺のパロティはそれ以前に多数あったんだけど、明確に『猿の手』と名付けられたのはこの時みたい」

 

「なぁるほど。だからさっきシロちゃんが説明した江戸時代の事例の『猿の手』の表記が『○○の手』というわけだったんすね」

 

「そうなの。シロもアカリちゃんから『猿の手』の発祥を聞いて、この事例の紹介をやめようと思ったんだけど」

 

「あまりにも『猿の手』案件と類似してたから、私が紹介をお願いしたってわけ」

 

「さすがたまちゃんっすね!ナイス判断っすよ!見つけたシロちゃんのナイス!!」

 

大袈裟だが、それがこの男の持ち味。ばあちゃるからの賞賛にシロとたまは、照れながらも胸を張った。

 

「さて、こっからちょっと話がややこしくなるよ。まず注目するのはこの1902年というところ。ここら辺は丁度、世界が激震する時代で、いくつもの戦争が起き始めた時代なの。この約10年後である1914年に第一次世界大戦が起きたと言えばわかりやすいね」

 

「そして何故『猿の手』が日本に伝わったかというと、それはこの1902年に日英同盟が結ばれたのが原因と考える説が濃厚だね」

 

「この日英同盟の交流の際に、この『猿の手』の原点が、日本にも流通したってアカリちゃんたちは考えてるんだね?」

 

「イギリスでも流行った御伽噺のパロティだから、交流を深めるための話題の娯楽として流れてきてもおかしくないからね」

 

「それで話は戻るんだけど、この『猿の手』。作中の設定ではインドの行者が作ったってあるの。あ、行者っていうのはいわば修行僧の事ね。日本風にいうと巫女さんとか、お坊さんとかそんな感じ」

 

「なんでアカリは最初に巫女さんがでてくるのか、これが分からない。…それで、また話が逸れるけどこのころのイギリスとインドの関係って知ってる?」

 

「はいはいはい。1902年というと…たしかインドはイギリスの植民地だったはずっすね」

 

「さらに言うとこの当時のイギリスは世界に進出するために結構インドに無茶な事ばかりしてたはずだよね?ちょっとはっきりは思い出せないけど、確かそのころくらいからインドで反英運動が激化したっていうのもシロ、覚えてるよ」

 

「うわすご。ばあちゃるさんもシロちゃんも合ってる!?」

 

「エイレーンから二人とも頭がいいって聞いてたけど、そんなことも覚えてるんだ。すご」

 

純粋な孫権の念を送るアカリとヨメミの視線に、今度はばあちゃるとシロは少し恥ずかしそうに視線を逸らした。そんな二人を見ながらドヤ顔をしていたたまが、話を進めるために小さく咳払いをする。

 

「あ、ごめんごめん。それでそんな環境だから、インドの行者だってイギリスにいい感情は持っていないってことは想像できるよね?ここまで分かってアカリたちは、この『猿の手』はイギリスを陥れるために作った呪いの道具かもって仮定したの」

 

「なるほど、呪いの道具。日本風に言えば呪具ってやつっすね。となると、『猿の手』はやっぱろくでもないものってことになるっすね、完全に」

 

「さらに『猿の手』の正体を探るのにもう一つ面白い情報も付け加えるね。『猿』って日本や中国とかアジア周辺では古来から親しまれている動物だけど、イギリス辺り…つまり欧州じゃ生息してないだって。それこそ動物園でしか見られないレベルの希少さなの。さらに言うと、この当時にイギリスで存在していた動物園はロンドン動物園のみ」

 

「え、それって『猿の手』の『猿』が本当に『猿』なのか定かじゃないってこと!?」

 

「そういうわけで、今回の『猿の手』を『猿(仮)の手』として想定するよ。じゃあこの『猿(仮)』の存在は何なのかなんだけど…これがちょっとわからなくて」

 

「ちょいちょーい!?ここまできて行き詰ったっすか!?」

 

「行き詰ったというより時間切れだったの。ここくらいで丁度ばあちゃるさんが戻ってきたから、そこで中断するしかなくて」

 

「2時間しかなかったもんね。それでここまで情報を得ただけでも花丸だよ」

 

声を荒げたばあちゃるだが、その理由に納得せざるせざるを得ない。落ち込む二人に、シロは慰めるが、その表情は暗いままだ。その時、思考の海に潜っていたたまが不意に言葉を零した。

 

「…『三つの願いを叶える』。これって最初に思い浮かべるのって、やっぱアラビアンナイトで出てくるランプの魔人だよね?」

 

「そうっすね。…ってちょっと待て。ランプの魔人『ジーニー』…これって確かイスラムじゃジンとも呼ばれてなかったっすか!?」

 

「ジン!それって、イスラム圏じゃ精霊って意味だよ!?」

 

「イスラム圏!?ヨメミ!確かイスラム圏ってことは!?」

 

「うん!インドも入ってる!?」

 

たまの呟きからばあちゃる、シロへと連鎖するように繋がっていく。ヨメミが開いた世界地図に、インドは確かにイスラム圏の枠内に収まっていた。

 

「つまり『猿の手』っていうのは精霊の手を見立てた、もしくは代わりに似たナニかを用いて出来たモノってことであってるんだ!」

 

「こうなれば後は簡単っすね!つまり日本風で言えば『猿の手』とは『妖怪の手』ともとれる!『猿の手』の性質と似た妖怪を探し出しせば、その妖怪と同じ退治方法で何とかなるはず!」

 

「けどジーニー似た性質なんでしょ?そんなパッと思いつくかな」

 

「なにもジーニーみたいと連想する必要はないんだよ。シロたちが調べた前例と似たようなことをやってる妖怪でもいいの」

 

「となると…きゅうべぇ?」

 

「確かにデメリットを話さないところとか似てるけど、さすがに違うでしょ」

 

ヨメミの言葉に、たまは苦笑半分で断ち切る。それにヨメミは『デスヨネー』と同じく苦笑を零した。

 

「…アカリの考えを言ってもいいかな?」

 

「どうぞどうぞ。こういうときは言うのが大事っすからね」

 

「じゃあお言葉に甘えて…アカリはこの『猿』は『鬼』だと思ったんだ」

 

「鬼?鬼ってあの?」

 

「ヨメミが想像してる通りの鬼だよ。…あ!にじさんじさんに所属する尊様は無関係だからね!?」

 

「いや、それはわかってるっすけど、しかしどうして鬼と思ったっすか?」

 

「ほら日本の鬼って実は結構曖昧じゃん?地獄の閻魔様の元に仕えるのも鬼だし。よく昔話とかで出てくる妖怪の鬼、さらに鬼畜な人や強い人のことも鬼って言う。尊様みたいなどれにも当てはまらないけど、角が生えててお酒が好きならそれも鬼だし」

 

「みこみこは自己申請の部分があるっすからなんとも言えないっすけど、確かにアカリンの言う通り『鬼』の区別はかなり曖昧っすね」

 

「だからね。『鬼』を用いた、じゃなくて『鬼っぽいナニか』を用いたのなら納得できないかな?」

 

「それはちょっと無理があるんじゃない?」

 

「…いや、そうでもないっすよ。アカリンの『鬼』と同じ様に、日本の妖怪や怪異って結構こじつけの部分が多いっすから、アカリンの説明でもいけなくはないっすね」

 

「馬P本気なの?」

 

「シロもうまと同意見かな」

 

「シロちゃんも!?」

 

「シロはうまより確証持ってアカリちゃんの案に納得してるの。理由は、シロたちが調べた前例の一人目の男の話。備考欄に書いてあるけどこの男性、失踪する前に必要に『喉が渇いた』といつも言ってたみたいなの。これって鬼の種類の一つでもある『餓鬼』に当て嵌まらないかな?」

 

「餓鬼って?」

 

「はいはいはい。鬼の一種っすね。悪逆の限りを尽くした鬼、もしくは人が地獄に堕ちたらなると言われてる鬼っすね」

 

「つまり大量殺人者とかまさに『鬼』と呼ばれる人を素材に使ったのなら、憑りつかれた男性がその特性を受けて常に飢餓状態になっていたのにも説明がつく」

 

「おかしくはないけど…」

 

「たまちゃん。心配してくれるのはありがたいっすけど、こと妖怪や怪異に関して完全に特定することはかなり難しいっすよ。むしろこの2時間という短時間の中で、ここまでの情報を集め、まとめただけでも凄いことなんすから」

 

たまが、あやふやな情報のままで断定することを嫌った理由。それはこの事件にこの後、直接関わっていくばあちゃるの身を案じてのためだ。そのことをなんとなく察していたばあちゃるとシロは、二人でたまを抱きしめる。

 

「大丈夫だよ、たまちゃん。たしかにうまは、言ったことを忘れたり、連絡を疎かにすることもあるけど。ここ一番の約束は、絶対守ることはたまちゃんだって知ってるでしょ?」

 

「…ぐすっ…うん」

 

「そうだ!たまたまはまだばあちゃる君の家に泊まりに来たことはなかったっすよね?これが終わったら泊りに来るといいっすよ!シロちゃんもロッシーちゃんもいるっすから楽しいこと間違いないっすね」

 

「…うん。お泊り、する」

 

「ほら、約束したからにはうまを送り出さなきゃ。これからの大仕事、たまちゃんの声援があればうまだっていつもの百倍頑張れるはずだよ」

 

「はいはいはい。もうね、百倍どころか千倍、いやいや一万倍頑張っちゃいますね!」

 

「なにそれ」

 

ポロポロと涙を零しながらも、笑みを浮かべるたまにシロとばあちゃるは胸を撫で下ろす。三人で抱き合った状態を放しながら、ばあちゃるは決意を胸に秘めた。

そして立ち上がる際に、たまに小さな紙切れを渡す。

 

「?」

 

「さて!情報もまとまったわけっすから、ばあちゃる君はそろそろベイレーンのところに向かうとするっすよ」

 

「アカリたちも!」

 

「だめっすよ。協力をお願いしたばあちゃる君が言うのもなんすけど、心配したエイレーンの意も汲んであげてください。だーいじょうぶ。大団円で帰ってくるっすよ」

 

「…エイレーンたちをお願いします!」

 

「このばあちゃる君にどーんと任せてほしいっすね、完全に!」

 

「…うま」

 

「はい?なんすか、シロちゃん」

 

「いってらっしゃい」

 

「ッ!…いってきます!」

 

そうしてばあちゃるは一足先に図書館を後にする。向かうは決戦の地、ベイレーンの自宅。日は沈み始め、怪異が活発になるであろう夜へと変わっていく。

けれど、シロは心配など一つもしてはいなかった。ばあちゃるであれば、大丈夫。せめて帰ってきた後は、いつもより豪勢な晩御飯にしようと笑みを浮かべながら決定した。

 

 

 

「戻ったっすよ」

 

「馬!」

 

図書館を出て約十分。ばあちゃるはある荷物を片手に、ベイレーン宅に戻ってきていた。ベイレーンの寝室に入ると、ベイレーンの横にいたエイレーンが駆け寄ってくる。

 

「はいはいはい。遅くなって申し訳ないっすね」

 

「いえ、事態が事態なので、むしろ今日中に戻ってくるとは思ってもみませんでした。…連絡も入れずここに来たということは、解決策が見つかった、ということですよね?」

 

「そういうことになるっすね。あの後、多少は何か胃に入れたっすか?」

 

「さすがに食べる気は起きなかったのですが、何か入れないと動けなくなりますからね。レナナさんと一緒に消化にいいうどんをみんなで食べましたよ」

 

「おーけいですおーけいです。ベイレーンとシフィシフィの様子は?」

 

「姉さんは変わらず…いえ、少し前から過剰に水分を要求してくること以外は変わりないですね。シフィさんも付きっ切りで魔法をかけてるみたいですけど、ちょっと限界に近いかもしれないです」

 

「なるほど」

 

ばあちゃるの予想通り、事態は刻々と深刻化しているようだ。険しい表情を浮かべながら、ばあちゃるはエイレーンにとあるメモを渡した。

 

「これは?」

 

「思いのほか、ヤバーしな状況っぽいのでさっそく撃って出ます。シフィシフィを少し下げてもらってもいいっすかね?」

 

「…わかりました」

 

メモのことは説明する気がないことを察したエイレーンはとりあえず、ばあちゃるの指示に従う。レナナ、萌実の両者と共に魔法をかけているシフィールに声をかけた。

 

「…ベイレーンは、何とかなる?」

 

「なんとかする、って方が正しいっすね」

 

不安そうな表情を浮かべるシフィールに、ばあちゃるは安心させるために笑みを浮かべる。そして、シロたちと共に集めた情報から今ベイレーンが置かれている状況に説明した。

 

「そういうわけっすから、今からその『鬼』を退治するわけっすね」

 

「鬼退治!?え、それってこの小さな部屋で何とかなるものなの!?」

 

「なるほど。『鬼』が相手ならできなくはないですね」

 

「そうなの!?」

 

これから行われる『鬼退治』に驚愕の表情を浮かべる三人とは別に、エイレーンは納得したように頷いた。

 

「確かに『鬼』というのは恐ろしいモノです。たとえそれが鬼のランクで下の方とされる餓鬼だとしても、少なくとも人間がどうこうできる存在ではありません」

 

「やっぱヤバいじゃん!?」

 

「落ち着いてください萌実さん。ヤバいといっても、逸話や伝承の存在とされる『鬼』は多くの制約があります。具体的には世間が思う、想像する鬼として存在せざるを得ないということですね」

 

「つまりそれって。私たちが『鬼はこういう存在だ』と認知した通りしか存在できないってこと?」

 

「そういうことです。ですから人間は基本どうやっても鬼には勝てません。しかし、その認知の力のおかげで、鬼は人間に対等の勝負を挑まれたら断ることが出来ないんですよ」

 

「え、なんで?」

 

「萌実さんも少しは考えたらどうですか?」

 

「私に辛辣すぎない??…いや、むしろそれがエイレーンだよ。よかった、やっと元に戻ってきた」

 

「非難されて安心されるとか、おたくのところ色々と相変わらずっすね」

 

「うるさいです」

 

心底安心する萌実に、エイレーンは珍しくも赤面した。それがどうにも微笑ましくて、ばあちゃるは小さく笑みを浮かべる。

 

「コホン。日本は古来より追ってくる鬼から逃げる癖をつけるために、それを遊びとしてきました。具体的には『鬼ごっこ』や『隠れ鬼』『色鬼』などなど、ローカルルールを加えるとさらに多くなると思います」

 

「言われてみれば、あれって元を辿れば訓練みたいにも見えるよね。当時は楽しい遊びとしか認知してなかったよ」

 

「『ごっこ遊び』…つまりこれは『勝負』とも読み取れます。つまり誰かを鬼として遊ぶ『ごっこ遊び』が浸透したおかげで『人と鬼が勝負することができる』という、こじつけっぽいルールが出来上がったってわけです」

 

「だから鬼は勝負を挑まれたら断れないんだね」

 

「そういうことです。ただし、ルールは公平でなけれはそれに値しません。もし人側に有利すぎるルールとなると、制約である『勝負』ではなくなってしまうので、鬼を縛ることが出来ないんですよ」

 

「つまり鬼相手にガチンコ勝負で勝たないといけないってことか」

 

「そこはばあちゃる君に任せてください!絶対に勝ってみせるっすから」

 

「…ばあちゃるさん、ベイレーンの事をお願い」

 

託すような視線を向けるシフィールに、ばあちゃるは力強く頷いた。そしてシフィールは魔法を解いて、ベイレーンから離れる。シフィールの魔法のおかげで進行が遅れていた『猿の手』の浸食がゆっくりとだが、ベイレーンの身体を確実に蝕んでいく。そんなベイレーンも前に座り、ばあちゃるは意を決して、二度拍手して口を開いた。

 

「『鬼さんこちら、手の鳴る方へ』」

 

それを合図に、ベイレーンが目を開き起き上がる。しかし、ベイレーンの様子がおかしいのは一目瞭然だ。何せその瞳は真っ黒に染まり、『猿の手』に浸食された腕も相まってとても人間に見えない。そんなベイレーンに臆することなく、ばあちゃるは不敵な笑みを浮かべた。

 

「一勝負やろうじゃないっすか、無粋な鬼さん。ばあちゃる君が望むのはお前がベイレーンの身体が出ていくこと」

 

『…いいだろう。お前は何をかける?』

 

「もちろん。ばあちゃる君の命を」

 

ベイレーンの口から放たれる、背筋も凍るような低い声。大よそ女性の声ではないそれに、観客と化していた萌実たちは震えあがった。

 

「はいはいはい。それじゃルール説明と行こうじゃないっすか。勝負内容は簡単。ポイント制ポーカー三本勝負といきましょう」

 

ポイント制ポーカー三本勝負。

それぞれの役にポイントを設けて三回勝負を行い、総合ポイントが高い方の勝利とする。チェンジはそれぞれ1回。しかし、3点を消費することでもう一度チェンジが出来る。チェンジが出来るのは無償の一回目を含めて三回までとなる。

ポイントはそれぞれ

 

ハイカード(役なし)     : 0点

 

ワンペア           : 1点

 

ツーペア           : 2点

 

スリーカード         : 3点

 

フラッシュ          : 5点

 

フルハウス          : 8点

 

フォーカード         :10点

 

ストレートフラッシュ     :15点

 

ロイヤルストレートフラッシュ :25点

 

となっている。

運と、入れ替えをするかしないかの駆け引きが勝負のカギとなるのだ。

 

「カードとシャッフルする人についてなんすけど、ここにいる全員がばあちゃる君の仲間なんでね、その中からシャッフルする人を選ぶのは公平性に欠けるってことでこんなのを買ってきたっすよ」

 

「あ!それ前にテレビで見た事あるやつだ!」

 

「はいはいはい。トランプなどでよく使われる自動でトランプなどのカードをシャッフルしてくれるやつっすね。細工してない証拠に、ここに来る前に買ってきたやつっすよ」

 

『問題ない』

 

ばあちゃるが袋から出した小道具をベイレーンに憑りついた鬼に確認を取る。パッケージに包まれたそれは、新品である証拠でもあり、ベイレーンに憑りついているため、その知識を有していた鬼は満足そうに頷いた。

 

「駆け引きの部分もあるけど、やっぱいい手札を引けるかどうかはその人の運に関わってくるから決着が全く予想できないよ」

 

「完璧なる公平な中で行われる運勝負…胃が痛くなっちゃうね」

 

「…すみません。トイレ行ってきますね」

 

「エイレーン、メンタル弱ッ!?」

 

外野を余所に、ばあちゃるは機械と新品のトランプの封を切る。それも細工をしていないことを確認してもらい、機械へとセットした。機械の中で自動でシャッフルされたカードは、鬼とばあちゃるへそれぞれ5枚ずつカードを配られる。開始の合図はいらない。二人の雰囲気がそれを物語っていた。

 

「チェンジ」

 

『チェンジ』

 

鬼は3枚。ばあちゃるは5枚すべてのカードを横に置き、宣告した枚数を機械から受け取る。引いたカードを見て、ばあちゃるの眉がピクリと動いた。

 

『オープン。フルハウスだ』

 

「…オープン。ワンペア」

 

 

ポイント

ばあちゃる :1点

鬼     :8点

 

 

「いきなり7点差!?」

 

「スタートは相手の方が有利。けどまだ巻き返せるよ!」

 

「けどチェンジする回数が増えるのは、チャンスが増えるってことだから部が悪くなったのは確かだよ」

 

「ベイレーン…」

 

固唾を飲むシフィール。緊迫した雰囲気の中、鬼とばあちゃるは、カード再び機械へと入れる。誰かの心拍数が聞こえてきそうなくらいの静寂の室内に、機械の中でカードがシャッフルされる音だけが響いた。再び配られたカードを、二人は確認する。

 

「俺はこのまま」

 

『チェンジ』

 

変化を指せない表情のまま、鬼は全てのカードを入れ替える。ピクリとも動かない表情は人間味がなくて、まさに人外と納得でるさまだ。

 

『もう一度、チャンジ』

 

「うし、3点減少!」

 

「差はまだあるけど少し縮まったね!」

 

「なるほど。これはリスクが大きいな」

 

鬼は自分の3点を消費して、さらに3枚のカードを入れ替える。残る鬼の点数は5点。まだ入れ替えはできるが、ばあちゃると視線を合わせたのを見るとこれ以上はする気がないようだ。

 

「オープン。フラッシュ」

 

『オープン。スリーカード』

 

ポイント

ばあちゃる :6点

鬼     :8点

 

「よし!よしよしよし!!追いついてきたよ!」

 

「チェンジして、それでも±0は強い。けどそれ以上にばあちゃるさんも追いついてきてる!」

 

「吐きそうだよぉ…」

 

「今戻りました。どんな状況ですか?」

 

「おかえり。今2戦目が終わって、ばあちゃるさんが追い付いてきたところだよ」

 

御手洗から戻ってきたエイレーンに、萌実が現在の状況を説明する。勝負は鬼が一歩リードしているが、ばあちゃるも負けておらずその背中はもう見えている状況だ。全員の胸に希望が灯る。

 

「…なるほど。泣いても笑っても、次で最後ってことですか」

 

興奮と緊張からか、ばあちゃるの頬に汗が伝う。動悸も既に激しいくらいに高鳴っている。負けるわけにはいかない。

三度シャッフルされ、配られたカードを確認する。その時、ばあちゃるの眉が再び動いた。

 

「これは…」

 

「チェンジ」

 

『チェンジ』

 

「どうしたのエイレーン?」

 

不意にエイレーンが零した小さな言葉に、反応できたのは隣に立っていた萌実のみだ。気付かれたことにエイレーンはバツの悪い顔を浮かべながら、萌実にしか聞こえない声で語りかけた。

 

「馬の眉がわずかですが、一瞬動いたでしょう?あれ、昔からの悪い癖なんです。気付かれたくないことを気付かれた時とか、嫌なことが起きた時とか、そんなときにたまに動くんですよ」

 

「え!?それって!?」

 

「よほどの緊張状態なのでしょう。普段であればあそこまで露骨に動くことはないのですけど…ちょっとこれは不味いかもしれないですね」

 

「そんな…」

 

「ッ…チェンジ」

 

『チェンジ』

 

二人の会話を余所に、鬼もばあちゃるも3点を消費してもう一度カードの入れ替えを行う。点差は変わらずだが、ばあちゃるの点は残り3点となった。

 

「あ、また眉が…」

 

「ポーカーも麻雀と同じで駆け引きよりも運要素が強いゲームです。最悪のパターンもないわけではないですけど…これは…」

 

顔を顰める萌実とエイレーン。そんな二人に気付いてか気付かずか、ばあちゃるは顔を伏せた。

軽く深呼吸。肺にある空気を外に出して、新鮮な空気を吸い込んだ。しかし、窓も開けていない密室である空気なんて吸っていてあまりいいものでもない。なによりアルコールを少し感じれて、ベイレーンの生活の悪さを察せてしまう。

けれど、救うべき人の存在を感じれたおかげで覚悟が出来た。ばあちゃるは決意した表情で、顔を上げる。

 

「ベイレーン。悪いっすけど、地獄までの相乗りをお願いするかもしれないっすよ」

 

「…はは…それも、悪くないお…」

 

覚悟の独白だったが、それは予想外にも返事が返ってきた。鬼を…ベイレーンを見ると真っ黒に染まった瞳が、その片方はいつものベイレーンの赤い瞳へと戻っている。呆然とするばあちゃるに、ベイレーンは不敵に笑みを浮かべた。

 

「初恋の…男に、そんなこと言われて…嬉しくない女なんて…いないお…けど、どうせなら地獄より…どっかの飲み屋の方が…私は嬉しいお…」

 

「はは。それでこそ、ベイレーンっすね!おーけいですーけいです。…この勝負、勝たせてもらいますよ」

 

「初恋!?ちょ、姉さん!どういうことですか!?」

 

「どうどう!エイレーン落ち着いて!いまはそれどころじゃないでしょ!?」

 

「言われてみればベイレーンの部屋に隠されてたエッチな本の男の人って大体ばあちゃるさんとそっくりだったかも」

 

「マジ?こんな場面で性癖晒されるなんてちょっとかわいそう」

 

「チェンジ!」

 

外野の混乱なんて何のその。ばあちゃるは残りの3点全て使って、全てのカードを入れ替える。そして、機械から出されたカードを見ないまま、鬼に向かいあった。

 

「勝負!」

 

『オープン。フォーカード』

 

「嘘でしょ!?この場面でそれ引く!?」

 

「こんなのドラマでも起きないと無理じゃん!?」

 

混乱する萌実にレナナ。祈りだすシフィールを余所に、エイレーンは先程の様子と打って変わって、勝ちを確信したように笑う。

 

「オープン!…ッ!ロイヤルストレートフラッシュ!」

 

「うっそでしょ!?」

 

「ドラマチックすぎない!?」

 

ばあちゃるがひっくり返したカード。それはスペードの10,J,Q,K,Aで構成されたストレートとフラッシュの混合であり、ポーカーにおいて最強の役でもある『ロイヤルストレートフラッシュ』の他ならなかった。ロマン溢れるドラマチックな展開にエイレーンを覗いた3人は黄色歓声を上げることしかできない。

 

ポイント

ばあちゃる :25点

鬼     :15点

 

これにより、二人の得点がひっくり返った。結果はばあちゃるの勝利となる。

 

「さぁ!ばあちゃる君の勝ちっすね!さっさとベイレーンの身体から出ていけ!!」

 

『くぅ!』

 

負けたモノは、勝者の言うことを聞かなければならない。それは伝承や逸話から生まれた『鬼』にとって逆らえないものだ。ベイレーンの身体を浸食していった『猿の手』は、その浸食を巻き戻す様、腕にへと戻っていき、最後にベイレーンの腕が分裂するようにミイラのような『猿の手』が床に落ちた。

 

「シフィシフィ!封印魔法っぽいの使えないっすか?」

 

「あ、はい!使えるよ!」

 

「ばあちゃる君も知り合いから貰った護符があるっすから、それと一緒にこの『猿の手』を簡単でもいいっすから封印しましょう!」

 

「分かった!」

 

力が抜けていたシフィールはばあちゃるの言葉と同時に、魔力を高める。そして、落ちた『猿の手』を手袋越しに拾い、入っていたと思われる黒い木箱にしまい、護符を張った。

 

「はいはいはい!シフィシフィ、あとはよろしくお願いするっすね!」

 

「任せて!」

 

その直後。シフィールから聞きなれない言語の言葉が発せられたと思うと、密室であるはずのベイレーンの部屋に風が吹き荒れる。そしてそれは、『猿の手』が納められた木箱を包みこんだ。先程から感じていた嫌な雰囲気は大分収まった。どうやら仮とはいえ、封印は成功したようだ。

 

「…うし!後はこれを本職の人のところに持っていって、確実にしっかりきっちり封印するようにお願いしとくっすよ」

 

「はい!本当にありがとうございました!!」

 

「いえいえ。ベイレーンにはいつもお世話…お世話になっているのか?…ま、まあ長い付き合いっすからね、これくらいはお安い御用っすよ」

 

「にしても、ばあちゃるさん。よくあの時勝負に出れましたよね。私、心臓が止まるかと思いましたよ」

 

「ああ、あれっすか。あれ、イカサマっすよ?」

 

「ええ!?」

 

「気付かれなかったってことは大成功ってわけだな」

 

驚くレナナに応える様に、機械が置かれたテーブルの下から声が聞こえてきた。そして、テーブルの下から出てきたのは不気味さと可愛らしさが絶妙にマッチしたマスコット『旧動画編集神』と、旧動画編集神と手を繋ぎながらにこにこ笑顔の『ちびたま』だ。

 

「あ!確か…アイドル部のマスコット!」

 

「マスコット?…うん、マスコットみたいなもんっすね」

 

「もんってなんだ馬面。マスコットでいいだろ」

 

旧動画編集神の言葉に、ちびたまは同意するように首を何度も縦に振った。そんな二人に、苦笑を零しながら、ばあちゃるは二人を肩に乗せる。

 

「その機械はイカサマ防止でパッケージに入った状態で持ってきたっすから新品なのは確かなんすよ。けど、この勝負はどうしても勝たなきゃいけなかったわけっすから、試合中に二人にお願いしてテーブルの下からハッキングをして出るカードを弄ってもらったって訳なんすよ」

 

「けどイカサマなんて」

 

「そもそもイカサマを禁止するとは言ってないですよ?『公平性に欠ける』とかなんか言ってイカサマ防止を謳ってましたけど、馬は一度も『イカサマ禁止』とは言ってませんでしたからね」

 

「そういえば…」

 

エイレーンの言葉に、シフィールは鬼とばあちゃるの話を思い出す。言われてみれば、確かに『イカサマ禁止』とは言ってない。

 

「禁止してないならやってもいいってことっすからね。鬼も、その部分は暗黙ながらも承認してたと思うっすよ。現に終わったら普通に『猿の手』に戻ったわけっすからね」

 

「けど、ばあちゃるさんが来た時にはその動画編集神ちゃんとちびたまちゃんっていなかったよね?」

 

「それは私が呼んだんですよ」

 

「エイレーンが?」

 

意外なところからの言葉に、萌実の視線はエイレーンへと注がれた。それに応える様にエイレーンは、とある紙切れを三人に提示する。

 

「それは?」

 

「うまがここに来た時に、私に渡したものです。書かれているのは、とある座標と隙を見てそこに行って二人を回収してきてほしいって内容になってます」

 

「そんな隙って…ああ!確か、トイレに席に立った時だ!?」

 

「え、あんな短時間で、しかも誰にも気づかれずに呼びに行くことなんてできるの?」

 

「エイレーンならできるんだよ!エイレーンって実はばあちゃるさんと一緒で、短い距離ならワープできる能力を習得してるの!ばあちゃるさんほどじゃなくても、離れてなければ短時間でも可能だし、マスコットくらいなら一緒にワープも出来る!」

 

「うわ、なら本当に?」

 

「はいはいはい。事前にたまちゃんに、ちびたまちゃんを借してもらえるようにお願いしてたっすからね。あとはエイレーンにお迎えしてもらうだけだったって訳なんすよ」

 

図書館を去る前。たまにも渡していた紙切れには、今回の作戦内容が書かれていた。なので打ち合わせはばあちゃるを通して、しかも紙切れのみでしかしていなかったが、単純なものであったため、スムーズに事が進んだのだ。

 

「けど、たまちゃんにはちびたまちゃんのことしかお願いしてなかったっすけど、なぁんで動画編集神まで来てるんすか?」

 

「それはこいつに呼ばれたからだ」

 

「ちびたまちゃんに?」

 

たま息を吐きながら、動画編集神は逆の肩に座るちびたまを指さした。その姿に、ちびたまは申し訳なさそうに何度も頭を下げる。

 

「確かに、あの機械くらいならメンテっていう人間が開発に関わってるちびたま程度でもなんとかなる。けどこいつは、こいつの主と似て石橋を叩いて渡るタイプでな」

 

「なぁるほど。成功率を上げるために、ハッキング能力がある動画編集神を助っ人に呼んだって訳っすか」

 

「そういうことだ。けど出番なんて机の下に潜り込むときに使ったステルス能力くらいだったから、ほとんど役立たずだったぞ?それに…」

 

「それに?」

 

「いや、何でもない。馬面、今度のお返し楽しみにしてるぞ」

 

「それはもちろんっすよ!ちびたまちゃんも楽しみにしててくださいっすね!」

 

無邪気に喜ぶちびたまの様子に動画編集神は苦笑を零す。ばあちゃるから何か受けることに対して現金なところも主にだと、一人笑わずにはいられなかった。

 

(それに。馬面の最後に出したロイヤルストレートフラッシュ。実は細工するまでもなく揃ってたとは、誰も信じないわな)

 

カードを出す前に何度もシャッフルをする機械。それが最後のシャッフルの時、カードの位置がどうなるか確認したところ。細工するまでもなく、ばあちゃるの手札はロイヤルストレートフラッシュを揃う様になっていた。

そんな誰も信じないであろう、本当にあったドラマチックな展開を、動画編集神は胸に中に秘めることにした。

 

「…んっ…んん?…」

 

「ッ!姉さん!」

 

「ベイレーン!」

 

「ベイレーンさん!」

 

「…もえもえは行かなくていいっすか」

 

「行かないのはきっとばあちゃるさんと同じ理由だよ」

 

駆け寄る3人を、離れた位置で見守る萌実とばあちゃる。二人の言葉に両肩に座る動画編集神とちびたまは、揃って首を傾げた。

 

「…あれ、私、無事だったのかお?」

 

「よかった!いつものベイレーンだ!」

 

「無事ですか、姉さん」

 

「あ、ああ。エイレーンも忙しいはずなのに、悪かったお」

 

「それは言わないお約束ですよ。姉さん、それより」

 

「お?」

 

寝転ぶベイレーンを抱き寄せて心配するエイレーン。救われた姉を心配する妹という感動的な場面であるが、これから展開されるであろう修羅場を予想している萌実とばあちゃるにとって、茶番にしか見えなかった。

縋るようにエイレーンに身体を預けるベイレーンだが、次の瞬間エイレーンに拘束され、表情を驚愕に染める。

 

「な、なにするお、エイレーン!?」

 

「とりあえず『無事でよかった』とか『ストレス抱えてるなら相談してくれ』とか、言いたいことは山ほどありますけど…初恋ってなんですか?」

 

「あ゛…あー、それは…」

 

「一言もそんなこと聞いたことないんですけど、私!?」

 

「しょうがないじゃないかお!妹がぞっこん(死語)してる相手に恋する姉なんて、報われなさ過ぎて誰が言えるかお!」

 

「むしろ姉さんも今も独身なことを読み取ると、もしかしなくてもその恋はまだ終わってないですよね!?」

 

「お前と私は姉妹だお!なら私の愛の重さはなんとなくわかるはずだお!お前だって結局諦めきれてなかったのがその証拠だお!」

 

「痛いところも何度もこの姉は!誰が30歳にもなって初恋を諦めきれなかったけれど、最後に恋が実った女ですか!私の事ですよ!」

 

「お?ケンカか?それは30歳独身処女の私に対する当てつけかお????いいお。そのケンカ、買ってやるお?」

 

「やー↑↑い!30歳独身処女の美人でもない残念な姉さーん^^」

 

「ぶっ殺すお!!!!!!」

 

そして始まる姉妹喧嘩。しかし、ベイレーンを覆っているエイレーンのその表情はどこか晴れやかだ。それは今のベイレーンの姿に安心しているのか、本当に煽って楽しんでいるのか、それともその両方なのか、それは当の本人しかわからない。しかし、今のいい笑顔のエイレーンを見れただけでも、今回の件が無事に解決して良かったと思えるほどだ。巻き込まれたいどうかは別であるが。

 

「全く、エイレーンもベイレーンも仕方ないなぁ。ここは私に任せて、ばあちゃるさんは帰ってもいいよ」

 

「え?いいすか?」

 

「ばあちゃるさんだって、今の二人を邪魔しようなんて無粋な考え、思いつかないでしょ?それにまだ後処理も残ってるし、大丈夫だよ。けど、今度フォローしてあげてね」

 

「はいはいはい。もえもえはいい子っすね。じゃあ、ここはお言葉に甘えてお先失礼するっすよ」

 

そして『猿の手』が封印された木箱を持って、ばあちゃるはベイレーン宅を後にする。宅を出る時に、エイレーン姉妹に加え、シフィールにレナナ、さらに萌実の声も加わるのが聞こえ、自然に笑みを浮かべた。どうせなら、とばあちゃるはアカリとヨメミにも解決したことを伝える。きっと寝られない日になるだろうが、エイレーン一家にとって、そんな日があってもいいはずだ。ばあちゃるは晴れやかな気分で、車を発進させた。

 

 

「はいはいはい。お疲れ様っす」

 

「あ、おかえりなさい」

 

『猿の手』を呪術師や霊媒師などが所属する専属の機関に預け、ばあちゃるは帰宅前に事務所に立ち寄った。既に終業時間が過ぎており、事務所にはメンテの姿しか残ってなかった。

 

「メンテも切りがいいところで終わって、帰宅した方がいいっすよ」

 

「といっても帰宅する気が全くわかないんですよね。なので今日も仮眠室で寝泊まりです」

 

「会社をホテルと勘違いしてないっすか?」

 

「まっさか~。誰がどう見てもホテルじゃないですか」

 

「質が悪すぎる」

 

呆れ顔を浮かべるばあちゃるに、メンテはカラカラと笑い声を零す。遠慮のないこの二人の距離感が、メンテはどうしようもなく好きだった。

 

「あ、頼まれていたヤツ。調べ終わりましたよ」

 

「え!?もうっすか!?今朝頼んだばっかっすよね?」

 

「確認と少し考えればいいだけでしたので、今日中に何とかなったんですよ。あと、相手の対応も早かったのもその要因の一つでもありますね」

 

ドヤ顔のメンテに、ばあちゃるはただただ感嘆の声を上げることしかできない。

ばあちゃるがメンテに頼んだこと。それは『誰がベイレーンの下に『猿の手』を送ったのか』だ。ベイレーンから聞いた話では、宅配などで受け取ったのではなく、気が付いたら家の中にあったそうだ。となれば、怪異特有の縁と伝って届いたのかと思ったのだが、そうでは無かった。なんと間抜けなことに、その木箱には荷物を届けた証拠の伝票がしっかりと残っていたのだ。これをメンテの下に預け、送り主は誰か。その調査をお願いしていたのだ。

 

「伝票を残したくせに、足を付かないように色々としてたみたいですよ」

 

「というと?」

 

「まず、この送り主の住所なんですけど、こんな住所は存在しておらず、ただそれっぽく記されてるだけでした。同様に、連絡先も同じでしたね」

 

「となると…配達する荷物に紛れ込まれていた?」

 

「それだとベイレーンさんの家の中に届いていたのはおかしいですよ。答えは単純。集荷したデータ。そして配達したデータをこの運送会社にハッキングして残したんです」

 

「そんな面倒なことを何故?」

 

「それは分かりません。ただ、こんな足を付かないようにする面倒な細工をしておいた癖に、まるで正体を探らせるような証拠の残し方。そしてターゲットがベイレーンさん。これは組織の残党の仕業だと思います」

 

「うーん。それでも、ちょっとおかしい部分が多いっすよね」

 

「おかしな部分?」

 

腕を組み、うねるばあちゃるにメンテは首を傾げる。計画的に、過去にばあちゃると協力関係であったベイレーンを狙ったという線はきっと間違ってはない。けれど、どうにも引っかかる部分が多い。

 

「そもそも、家の中に侵入できるのなら『猿の手』なんか使わず、直接ベイレーンを殺せば俺たちへの打撃は大きかったはず。なのに、わざわざ『猿の手』なんか使ったのには理由があるはず」

 

「言われてみれば、そうですね。しかも今回は、ベイレーンさんが酒を飲んでたとはいえ最初の対応が不味かったから大事になりましたけど、もっと落ち着いていけばそこまで大きな問題にもならなかった…まるで、何か実験してる感じがありますね」

 

「実験か…いやというほど、当時のことを思い出すっすね」

 

揃って首を傾げるが、答えは出てこない。そもそも情報が少なすぎるのだ。これ以上悩んでいても仕方がない。自宅にはシロとロッシーが待っているばあちゃるは、思考を切り替えて帰宅の準備を開始した。

 

「ばあちゃるさんには申し訳ないですけど、ちょっと当面の間、問題が起きたら積極的に関わるようにしてもらってもいいですか」

 

「ん?…ああ。もちろん、そのつもりっすよ。たとえバックに組織がいなくとも、友人が巻き込まれでもしたらばあちゃる君的には許せそうにもないっすからね」

 

「ありがとうございます。私も極力お手伝いしますので、遠慮なく言って下さいね」

 

「はいはいはい。メンテだけじゃなくシロちゃんやアイドル部のみんなもいるっすから、困ったら遠慮なく相談するっすよ!…って、どうしたっすか」

 

「…いえ、なんでもありません」

 

ばあちゃるの言葉に、メンテは驚きながら目をパチクリさせた。それほど彼が自然に発した言葉は、今までの彼からは考えられないモノだったのだ。どんな問題が発生しても、自分の中で抱え込み、処理してしまう。それがメンテがよく知るばあちゃるの姿だ。一心同体である自分には、協力を願ってくれることが多少はあったが、それでも頼る数は少ない。そんな彼が、『遠慮なく』と言ったのだ。驚かないほうがおかしい。

しかし、その変化はメンテにとって嬉しいことでもある。色々と理由があるが、一番大きい理由はばあちゃるの自然な笑顔が増えたことだ。過去に捕らわれていたばあちゃるを救ってくれたアイドル部に、メンテは心の底から感謝の念を送った。

 

「そうっすか?それじゃあ、今日はとりあえず帰るっすよ。メンテもたまには家に帰ることをお勧めするっすよ」

 

そんなメンテの内心なんて露知らず、ばあちゃるは軽い足取りで事務所を後にする。幸せそうなその後ろ姿に、メンテは小さく嫉妬した。

 

「家、かぁ…今度、掃除のお手伝いでもお願いしようかしら」

 

なんてことを頭で考えながらメンテは、事務所のPCの電源を落として仮眠室へと足を運んだ。

 




いつもご愛読ありがとうございます

咲魔です

いつもと違う作風になりましたが、新作『彼と彼女たちと猿の手』を読んでいただき、ありがとうございました。

私が投稿した作品の中で過去最長になってしまいましたが、楽しんでいただけたのなら幸いです。

さて、新シリーズとして開始したこの『彼シリーズ・決着編』ですが、このシリーズはTwitterで前からちょこちょこ言っていた通り、主人公のばあちゃるさんの活躍する話を書いていこうと思っています。

その為、番外編や完結した前シリーズよりシロちゃんとアイドル部の絡みは少なくなってしまいますが、それに比例して、私の思うばあちゃるさんのカッコいい姿を書いていけたらなと思います。

勿論、彼シリーズの続き物ですから、随所に軽めのイチャイチャを挟んだり、番外編では変わらず今までの作風で書いていこうと思っています。

どれほどの長さになるか細かくは決まっていませんが、完結を目指して頑張らせていただきます。

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