どうもちゅーに菌or病魔です。
次は日常話を挟みつつ第2回モンド・グロッソまで飛ぶと思います。
気づくと千冬は広い草原の上に立っていた。空は澄みきった青で、陽射しが降り注ぐにも関わらず、不思議と暑くはない。
「なんだここは……?」
辺りを見渡してもどこまでも続く草原の景色があるばかりで、他には何も見当たらない。そして、心地好い風が千冬の髪を撫でた直後――。
「よう、助手ちゃん」
背後からまた聞きたいと思っていた男の声が響く。
驚いた様子で千冬が振り返ると、そこには金髪にアメジストの瞳をした彼女がよく知る男の姿があった。
「少し、久し振りだな。元気だったか?」
「あ……ああ……」
束に見せられた映像と同じ姿で佇む彼は、以前と変わらぬ笑みを浮かべながら懐かしむような様子で千冬を見ていた。
思わず呆けた様子で答える千冬だったが、彼は目を細めて笑う。
「それならよし……で? ここはどこだ? 助手ちゃんわかる?」
「知らんな。こんなは場所見たことがない」
「うーん、そうなるとお手上げだな」
彼は大袈裟に肩を竦める。その様子からは困っているようには感じられず、特に気にしているようにも見えない。
彼は千冬の前に立つと再び口を開く。
「少し話さないか? 色々と積もる話もあるだろう?」
「ああ……そうだな」
そして、その答えと共に千冬は――彼の顔を片手で掴み、あらん限りの力を加える。だというのに彼は身動ぎひとつせず、どこかで見覚えのある無邪気な笑みを浮かべていた。
「……えーと、何をしているんだ? 助手ちゃ――」
「夢は終わりだ」
「………………そうなの残念」
途端に彼の姿が切り替わる。そこには千冬に顔を掴まれた自律型ISカオスの姿があった。カオスは笑みを浮かべながらもどこか不服そうな声を上げる。
「おかしいなぁ……記憶からおねぇちゃんの知ってる"おとうさん"を再現したハズなのに……なんで破れるの?」
「阿呆が……アイツなら是が非でも自分の置かれている状況を確認しようとする。私のことなど二の次だ」
それだけでなく最初から最後まで彼との関係は鉄壁に囲まれた研究室での出来事だった。その上、彼はもう死んでいる。だからこんなものは夢でしかない。そして、儚い夢に溺れるほど彼女は弱くはなかった。
「わかった! それが愛なのね? ねぇ、愛なの?」
するとカオスは嬉しそうに声を上げる。
「私愛が知りたいの! 愛が愛が愛が愛が愛が愛が愛が愛が愛が愛が愛が愛が愛が愛が愛が!」
カオスは掴まれたまま千冬に手を伸ばし、それに合わせて背中の翼が千冬に迫る。その様子は鬼気迫るものであり、人間のようでありながら到底人間と呼べるものではないことを思わせた。
「寝言は寝て言え」
千冬はいつの間にか持っていた暮桜の雪片を振ってカオスを斬りつけた。
◆◇◆◇◆◇
何かを切り捨てた感覚と共に、暮桜に巻き付いていた触手状に伸ばされたカオスの翼の一部が地に落ちる。カオスの翼は6枚あり、1枚は二股に割れているため、これで2枚の翼を斬ったことになる。
また、カオスの片腕は千切れたままであるが、それに対して今まで特に気にしている様子はない。
「クスクス……クスクス……」
自分の翼が落とされることを目にしても、10mほど距離を空けて対峙しているカオスは不敵な笑みを浮かべるばかりであった。
それを目にしながら千冬は、小さくなったカオスと戦闘を繰り広げる中、突如として触手のように伸ばされた翼を迎撃仕切れずに触れられたことを思い出す。それからあの夢を見たのだ。
「人に夢にまで見せるのか……アイツの作ったロボットは……」
次の瞬間、千冬は空に飛び上がり、それに並走するようにカオスも空を駆けた。超加速型の暮桜の飛行に、カオスは特に苦もない様子でついてきており、恐るべきスペックの高さを感じさせる。
「やっぱり愛なのね! おねぇちゃんは愛を知ってるんだわ! ねえ、教えて愛を! 私知りたいの!」
「くっ……!?」
壊れたように愛だけを叫びながらもカオスは翼を剣のように伸ばして千冬を攻撃する。10本のそれを千冬はいなしているが、縦横無尽に動き回る翼を捌き続けることで手一杯であった。
手数と機体性能の差により、千冬は防戦一方となっていた。そして、雪片を発動する度に暮桜のシールドエネルギーは削れていく。このままやっていてもやがて、暮桜が先に力尽きることは明白だろう。
「あははは! 壊れちゃうよ!」
「な……」
それに加え、カオスは身体と翼の回りに大量の小さな"
だが、次の瞬間に全ての
「がっ!?」
千冬は後退しながら雪片を最大稼働させて、ビーム兵器である
全ての光景がスローモーションのように千冬は感じながら、
(ここまでか……)
剣を失った状態では最早抵抗のしようがない。千冬が諦めようとした次の瞬間――暮桜から武装のロックが解除されたことに対する報告が入る。
(これは……?)
そして、暮桜の武装情報が更新されていることに気がつき、千冬はサブウェポンとして登録されていたその剣を展開すると同時にカオスへと振う。
勝負はたった一太刀で決した。
「え……?」
その剣は雪片と比べ物にならない出力をしており、一瞬にして10m以上のエネルギー刃を形成することにより、斬った軌道にあったカオスの翼を全て切断した。
当然、千冬に接近していたカオスは肩口から大きく斬り裂かれる。自律型ISと言えども致命傷足りえる損害であろう。
「なんでそれが……」
カオスは驚きに目を見開きながら、桜色に輝く剣身をした西洋剣のように見える武装を見つめる。
暮桜の武装情報に示されている正式名称は超振動光子剣"
どうやら雪片を失った時の保険として無理矢理積み込んでいたらしい。そのため、雪片かシリエジオのどちらかしか起動出来ず、雪片が暮桜から離れたことで使用可能になったようだ。
「あ……」
翼の大半を失い、身体に大きな損傷を受けたカオスは崩れ落ちるように真っ逆さまに降下していく。その最にカオスは千冬に手を伸ばしたが、それが届くことはない。
「っ――!?」
しかし、最後に目を合わせたカオスのすがるような瞳は年相応の幼子のように見え、また自身の弟や妹と重なって見えたことに千冬の心にチクリと傷を付けた。
思わず千冬は暮桜のブースターを吹かし、地面に衝突する寸前のカオスを腕に抱えた。抱き締めたことで初めて、ただの幼子のような感触に気がつく。
怨敵だったハズのカオスを抱き止めたことに自分自身で千冬は驚く一方、カオスも目を丸くして千冬を見ていた。
そして、自分から千冬に少しだけ抱き着くと、どこか嬉しそうに顔を綻ばせてカオスは呟いた。
「……これが愛?」
「そうかもな……」
「そっかぁ……そうなんだぁ……あったかいなぁ」
カオスは小さな手を握り締めながら目を細めていた。それはどこか子猫を思わせるような様子である。
しかし、それでも割り切ることは出来ず、千冬はカオスに問い掛けた。
「お前は殺した自身の父親のことについてどう思っている……?」
「……?」
するとカオスは小首を傾げながら質問の意味がわからないといった様子をする。そして、暫く考え込んだ末に自身の胸に手を当てて口を開いた。
「おとうさんはずっとここにいるよ?」
(ああ……なんだ)
千冬は理解した。このカオスという存在は、狂気に染まっているのではなく、善悪もわからないほど幼いだけだと言うことを――。
「うん! だから今入れ替わるね!」
「は……?」
千冬がカオスの言っている意味がわからずにいると、カオスの目から光が消え、直ぐに再び光が灯った。
「んあ……」
微睡みから醒めたかのようにカオスは首をもたげると、キョロキョロと辺りを見回す。そして、抱えられていることに気づいたのか、身を震わせ、最後に千冬と目を合わせた。
千冬はなんとなくさっきまでのカオスとは目付きが異なることに気づく。
そんな中、カオスは居心地が悪そうに目を泳がせ、手で頭を掻きながら口を開いた。
「………………えーと、"助手ちゃん"? これどういう状況なのさ?」
こっちが聞きたい。千冬はそう思いながらも、妙に聞き覚えのある抑揚と、見覚えのある様子をしているカオスを見て自然と頬を綻ばせる。
その直後、勝敗の判定を告げるブザー音が鳴り響き、第1回モンド・グロッソの総合優勝者は織斑千冬となった。
◆◇◆◇◆◇
「今日はウサギ鍋だな……」
「助けてかーちゃん! 束さん釜茹では流石に死んじゃう!?」
「私、ウサギ食べたことないから楽しみ」
「かーちゃん!?」
モンド・グロッソ終了後。閉会式や表彰式などが終わった後で選手に与えられたホテルに私とマスターと助手ちゃんはいた。
また、現在助手ちゃんにマスターは簀巻きにされて天井から吊るされており、下にはグツグツと煮え滾るラーメン屋に置いてあるような鍋が設置されていた。ルームサービスで頼んだら用意してくれたらしい。まあ、鍋に落ちても100度ぐらいじゃ、火傷もしない気がするが、本人が必死そうなので熱いは熱いんだろう。
助手ちゃんはマスターが吊るされているロープにナイフを投げつけ、それをマスターが器用に避けることが暫く続いていた。
何でもマスターは同じ人造人間の完成体の私と助手ちゃんを本気で戦わせて、結果を見たかったそうだ。実にマッドな考えである。C級映画でも撮りたいんだろうか?
「まあ、それぐらいにしてやったらいいんじゃないか? 負い目はあるみたいだしさ、悪気も悪意もないんだけど」
「それが問題だろう!? 私はお前を本気で殺そうとしたんだぞ!?」
私のことをかつて、研究施設で助手をさせられていた男だったことに気づいた織斑千冬こと助手ちゃんは声を荒げるが、個人的には大した問題だとは思っていない。
いや、問題ではあるんだけどさ。経験上というか、個人的にマスターの考えもわからなくはないんだよな。発明は些細な疑問から生まれるものだし、疑問を覚えてそれがわかる方法があるならやってみたいという純粋な考えもわかる。
なにより――。
「
「………………なるほど」
「てへっ☆」
「ふんっ!」
「あぶなっ!?」
助手ちゃんは暮桜の籠手と桜色の
「ちょっと!? というかなんで暮桜に勝手にソレ乗っけてるの!?」
「ブレオンでブレード1本とかアホだろ。せめて予備武装ぐらいは必要じゃん?」
「理論上、カオスを一撃で殺し切れる威力の武装は予備って言わないよ!?」
「しかし、このシリエジオという剣は便利だな。お前の雪片とは似ても似つかん」
「辛辣!? そんな兵器と束さんのISを比べないでよ!?」
まあ、暮桜の雪片がMOONLIGHTだとすると、
ちなみにだが、マスターと私の頭脳を比べると基本的にはマスターの方が上である。私が1ヶ月掛かることをマスターは半月でやってしまえるほどの差だ。しかし、元々そのように作られた人造人間だからなのか、兵器作りに関しては私の方が何枚も上手なのである。
要はマスターが万能型の頭脳、私は兵器特化型の頭脳といったところだろう。
「それよりさ……」
「なんだ?」
私は顔を上げて助手ちゃんを見た。助手ちゃんは嬉しげに微笑み返してくる。大変美しく育ったとは思うがそれどころではない。
「どうして私は助手ちゃんに抱っこされているんだ……?」
これ無茶苦茶恥ずかしいんですけど……?
「こんな姿になって迷惑を掛けた罰だ」
むう……それを言われてしまうと返す言葉がない。107cmしかない身長が恨めしい。大人の姿になるのも禁止されているため、ただの幼女である。
(Zzz――)
恥ずかしいので、いつの間にか出来上がっていた本来の人格のカオスちゃんに変わろうとしたが、スヤスヤ眠っている様子だったのでそっとしておいた。なんか、私が気絶していたところでモンド・グロッソはとんでもないことになっていたらしいが、カオスちゃんが生まれたのでよしとするか。
「今度のモンド・グロッソはスポーツとして本気で戦おう……」
助手ちゃんは少し顔を赤くしてぽつりと呟く。
………………ああ、それは残念だったなぁ。
「あー……ちーちゃんそれはちょっと難しいかな」
「なぜだ?」
忍者のように簀巻きから抜けて出したマスターはとある書面を助手ちゃんに渡した。
「…………自律型ISカオスの殿堂入り?」
モンド・グロッソで優秀な成績がうんぬん、次回出場時には特別枠を設けるかんぬん等々長ったらしいことが書いてあるが、要約するとただの一言で済む。
「モンド・グロッソを"出禁"にされました」
「やり過ぎたから――ちょっ!? 止めてちーちゃん!?
好き勝手にやり過ぎたからね。仕方ないね。
そんなこんなで馴染みの助手ちゃん、私、助手ちゃんの友人のマスターの3人はこうして一堂に会するようになったのだった。