――テクノロジーは倫理的には中立だろう。我々がそれを使うときにだけ、善悪が宿る。
この辺り一面に広がる灰色を見るたびに、思い出される言葉だ。確か、二世紀くらい前の作家の言葉だったはずだ。
この言葉ほど、今日のこの世界を皮肉れるものはないだろう。
崩壊液を引き金とした第三次世界大戦による核汚染、コーラップスによるゾンビ化、蝶事件による鉄血人形たちの叛乱。
元を辿ればテクノロジーを巡る人類による災禍。その代償が、眼前に広がるこの荒廃したコンクリートジャングルと灰色の空に集約されている。
「まぁ、それで生計立てられているんだから、文句は言えないけどな……。」
息苦しいマスクの中でため息をついて、目的地へと向かうことにした。
――グリフィンの作戦により、とある鉄血司令部が壊滅した。
そんな情報が家で微睡んでいた俺の耳に入ったのは、三時間前のことだった。
若干膠着状態にあった鉄血とグリフィンによる紛争(もはや人類対鉄血ではないのは自明だ)がここ最近、活性化しつつある。
当然といえば当然だが、活性化というのはすなわち、戦闘回数が増えるということである。
低濃度とはいえコーラップス下における戦闘は、基本的に人形や機械同士の戦いである。人的被害も多少はあるが、主な被害は機械に集中する。
破損した装甲材や銃火器にバッテリー、生体部品、そして配線に使われている微量のレアメタル。ありとあらゆるものが金になる。
今回は鉄血司令部ときた。大量の資材と運があれば、高額で取引される鉄血ボスのパーツの一つや二つ残っているかもしれない。
基本、六時間以内にグリフィンにより立ち入り禁止にされ、調査チームによる検分が行われた後、手がかりとしてめぼしいものは接収されることが多い。
グリフィンの部隊、それも戦術人形とやり合う可能性があるのはリスク以外の何物でもないと、他の同業は嫌煙する奴が多いが、俺は違う。
相応のリターンのためには、相応のリスクが必要だと考える人種だった。
鉄血司令部はもくもくと黒煙が未だに立ち上っていた。室内に入る。電源が死んでいるのか、真っ暗だった。バイザーを暗視モードに切り替える。
鉄血やグリフィンの奴らに鉢合わせしないよう、クリアリングしながら、素早くかつ慎重に内部へと進んでいく。こういうときばかりは、忌々しい古巣の癖が役に立つ。
鉄血人形のものだろう、血のような紅いオイルやパーツが道中、あちらこちらに散らばっていた。……よかった、どうやら俺が一番乗りのようだ。
普段なら宝の山だと尻尾振ってリュックいっぱいにかき集めているところだが、目指すべき宝は最深部にある。
鉄血司令部の構造は、多少の差異はあれど、戦略的重要性があるものを除けば、共通の設計思想で作られ、共通の区画が存在する。
なので、通路の構造も似ていることが多い。迷子になることもそこまでない。基地としてそれはどうなんだ、という疑問の余地は、グリフィンの奴らが勝手に考えていれば良いことだ。
制限時間がある身としては、非常に探索が楽で助かる。
余計なことを考えられるくらいには何事もなく、俺は目的地の最深部へとたどり着くことに成功した。
どうやらここでエリアボスか、ただの雑魚かはわからないがドンパチやり合ったらしく、他の場所よりも、破損が激しくなっていた。
酷い状況にはなっているものの、スーツによれば、コーラップス濃度はゼロ。一応機密区画だから、防護はしっかりしているということか。防護ヘルメットを引き上げて、顔を外気にさらす。
「――っはぁ……、っえっほ、げほ。煙くせぇ。」
何をトチ狂ったか、新鮮な空気を吸う感じで深呼吸しようとしてしまった。煙を吸い込み、むせた。
ただ、厳重にフィルタリングされたマスク越しの呼吸は苦しい以外の何物でもない。呼吸面で言えば、まだ酸素ボンベの方がましだったりする。重量的に絶対に使わないが。
ここも暗視モードでなければまともな視界は確保できないが、サブマシンガンのフラッシュライトを点けてカバーする。
「さて……、今日の幸運の女神サマは微笑んでるのか否か。」
ここまで破壊が徹底されれば、生きている人形は皆無だろう。とはいえ、先ほどよりも慎重に歩を進める。動かないと思ったスクラップに撃たれて死んだ同業の話は枚挙に暇がない。
少し進んだ辺りで、俺の直感が何かをつかみ取ったのか、左方の隅の部分が気になり、銃口を向ける。
――そこには、銀髪の少女が壁にもたれる様に座り込んでいた。
「こいつは……グリフィンの人形か……。」
破損したアサルトライフルが近くにあったから分かる。こいつは間違いなくグリフィンの人形だ。
それにしても状態が悪い。頭部ユニットはほぼ無傷。座り込んでいると思ったが、跡形もなく下半身が吹き飛んで、たまたま立てかけた状態になっているだけだった。
左腕は引きちぎられたのか、配線はむき出しになっており、戦闘の激しさを物語る。
装甲服は無残に破かれており、白い肌と大き目の乳房がむき出しになっている。
顔の見てくれも含めれば劣情の一つでも催すところだが、あいにく生体部品で作られた表層からはケーブルがむき出しで、血液を模した冷却液が滴っており、無残な死体、というイメージが先行する。
グリフィンの人形自体、元は民生モデルを改造したものだ。ハイエンドならまだしも、戦闘用の改良を加えられた鉄血のものと比べると、部品にそこまでの価値はない。
他にめぼしいものはないか、探そうとしたところで、人形と目が合った。機能停止している状態で、そんなはずはない。
だが、血涙を流しながら、ライトグリーンの瞳が俺を射抜いている、そんな感覚を覚えた。
「そんな映画あったな……。」
ぼやきつつ、銃口を外さず、人形のもとにしゃがみ込む。完全に機能停止しているはずなのだが、どうにも、今にも動き出しそうな気配を感じるのだ。
「いや……動きたがってる……か?」
我ながら、なんとロマンチックな感性だろう。自分で言っておいて、笑えてくる。
だが――、人形は、人間のために文句も言わず、挙句、使い捨てられるだけの消耗品。そんな言葉が頭に浮かんできた。
「感傷にしちゃ、笑えない行動だぞ、俺……。」
そう自嘲しながらも、俺は人形の亡骸を抱え上げる。
ガシャンという音に、この行為の無意味さを咎められる気がしたが、気にせず、持ってきたロープで背負いやすいように固定し、背負う。
背負ってからは、今日はこういう日なのだと、頭を切り替えて、探索を再開したのだった。
・引用
「――テクノロジーは倫理的には中立だろう。我々がそれを使うときにだけ、善悪が宿る。
」
→作家ウィリアム・ギブスンの言葉より