ある少女の残響   作:ぱう課長

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セカンドチャンス<2>

あれから約二ヶ月が経った。

 

「あーあ。なんだかんだで、完成しちまったな……。」

 

この時代において、感傷とノスタルジーほど、無意味で寿命を縮めるものはない、と随分前に言われた記憶がある。

 

ちなみに、俺の趣味は一世紀前に流行ったSF作品を楽しむことだし、住み着いた家は、かつてシリコンバレードリームが芽吹いたという、武骨なメタルラックに囲まれた旧世代のガレージのような状態になっている。

そして、俺の目の前に置かれたこいつこそ、無意味を体現しているのだろう。

 

――俺が拾った、大破したはずの人形は五体満足な状態で眠っていた。

 

五体満足にしたのは言うまでもなく、俺だ。我ながら、よくやったと言いたい。

風穴空いて涼しそうなボディユニットは、闇市で買ってきたセクサロイドのものを取り付け、脚は一本数十万クレジットする超激レア軍用人形の脚を贅沢に二本も使用し、千切れた左腕はこれまた激レアの鉄血人形のものをくっつけた。重心バランスやらいろいろ考慮しながら、フレームサイズを変えたり、もはや修理ではなく、設計や新造の域にまで達していたのである。

途中からはもはや趣味の領域に突っ込んでいた。最初から感傷に浸った自慰にしか過ぎないのだが、程度がひどかった。

おかげさまで本業はほぼお休みで、寝食を忘れるというが、今回の場合は仕事を忘れ、生活資金も食料も目減りしていた。最高のストレス発散になったのは間違いない。

 

「そして、極めつけが、今からこの鉄血人形のコアユニットを使うってところだよな……。」

 

――そう。センチメンタルオナニーがあまりにも度を超えそうなのは、今からである。

戦術人形に使われるコアユニットは非常に貴重だ。民生品である人形たちが戦闘行動する上で必要なものがブラックボックス化されてパッケージングしてある。

戦術人形こそポピュラーになったが、それでもIOP社の機密てんこ盛りの存在で、コアはまずリバースエンジニアリングできない。つまり、IOP社以外、誰もその技術を再利用できない。

本来コアを後付けする形で作られる戦術人形たちなので、コアなしでも起動するはずなのだが、今回はおそらく起動しないだろう。

頭部と右腕以外、原型をとどめていない状態で、新しくパーツを取り付けている。しかも鉄血のパーツまで使っているので、各パーツ・ユニットの統合と最適化が必要だ。

 

技術は再利用できないが、コアの機能をそのまま使うことくらいはできる。コアには、そういう調整も一手に引き受けてくれるのだ。確かイニシャライズ、と言ったか。

ちなみに、こいつのコアは機能停止していた。というか、風穴に近かったので四分の一ほどなくなっていた。そこで、白羽の矢が立ったのが、鉄血人形のコアである。

 

こいつを拾った後、持って帰れるものは限られていたものの、こいつと交戦したと思われる人形の左腕、そしてこの正体不明のコアが転がっているのを見つけた。

コアと表現しているが、鉄血人形のコアは今まで見たことがない。グリフィンの人形のものは何度か見たことがあったので、おそらく、コアであろう、という判断だ。

ただ、形状こそ似ているが、生体部品で一部構成されているらしく、この掌大サイズの見た目は非常にグロテスクである。

 

この不気味に脈動するこの心臓を、IOP社辺りに引き渡せば、管理区どころか国家統治区(ミッドエリア)で遊んで暮らせる金が手に入る。おそらく。

そんなチャンスをふいにして、起動もするかどうかわからない、このがらくた人形を蘇生させようとしているのが、最高にオナニーなのだ。

 

――百人に聞いて百一人が、頭イカれてんじゃねぇのか、と答えるだろう、そういう行為なのだ。

 

そこまで振り返ると、幾許かの後悔の念が頭をよぎる。この生活が気に入っていないわけではないが、いつ死ぬかも分からない場所よりも安全な場所で暮らせることに越したことはない。

胸部に格納しようとしていた右腕の動きが止まる。人形を見やる。拾った時と違い、目は閉じてある。

あれだけつぎはぎしたのにも関わらず、人工皮膚はパーツの上でしっかりと癒着し、白い裸身は芸術品のようであり、人間のそれだった。

ただ、左腕だけは、人工皮膚とうまく結合しなかったのか、ケーブルがうっすらと浮き出ており、やはり機械であることを意識させた。

 

――あとは、胸部スロットにコアを入れればいいだけ。

 

「今更ためらうな……俺。」

 

頬を張る。らしくない。別に金のために生きてるわけじゃないだろうに。だったら最初から拾わなかったらいいだけなのだ。

鼓舞するように声を出してから、俺はスロットにコアを押し込んだ。すると、電気ショックを受けたように、人形の身体がビクンと弾んだ。思わず腕を引き抜いて、後ずさる。

コアを認識した胸部スロットが勝手に閉じる。刹那、人形の目が見開かれた。

 

「アッ、ウ、ア、ッアぁあア亜ア阿あ……!!!!」

 

人形は両腕で胸を押さえながら、ベッドでのたうち回り、床に落ちる。鉄血コアは流石にまずかったか――。動転しながらも、俺は棚に置いていた拳銃をつかみ取り、セーフティを外す。

落ち着け、この距離なら外殻ごとコアを射抜ける。そうすれば機能停止して、元のガラクタに戻る。大丈夫だ、いつものようにやればいい。

しかし、銃口は向けつつも、撃てない自分がいた。体感にして数分か、ひたすら呻き苦しんでいた人形の動きがピタリと止まる。暴れていた四肢からだらりと力が抜ける。

コアに耐えきれなくて自壊した? 恐る恐る俺は人形に近づいてみる。人形の顔を窺うと、あの時と同じようにライトグリーンの瞳が俺をじっと見つめていた。

 

「――無抵抗の相手に銃を突きつけるなんて、随分非情ね。」

 

そんな言葉に虚を突かれてしまい、一瞬動きが止まってしまう。すると、人形は俺の脚を払い、体勢を崩す。背中を強打し、肺から空気が抜け、全身に力が入らなくなる。

人形はいつの間にかに立ち上がって、蹴りで俺の手から銃を払いのけ、鳩尾に踵を突き刺そうとする。――軍用人形の脚の踵落としなんてたまったものではない!

無理矢理体を動かし、ギリギリのところで、右腕で踵をいなす。猛烈な勢いで迫っていたはずが、ぺたん、と白い足はコンクリートで気の抜ける音を出した。

ほっとしたのも束の間、俺の眉間には銃口が付きつけられていた。先ほどまでと逆で、人形は地に倒れた俺を見降ろしていた。

 

「チェックメイト。あなたの運もそこまでね。」

 

「そう、みたいだな……。」

 

ライトグリーンの瞳は先ほどと変わらず、俺をじっと見つめている。何を考えているのか、まるで読めない。

しかし、引き金を弾くこともなく、人形は俺に銃口を向けてくるだけで何もしてこない。膠着してしまった。

銃口が外されないことだけが心配だが、両手をゆっくりと前に出しつつ、口を開く。

 

「……あの、質問いいか。」

 

「ええ、いいわよ。」

 

「お前は鉄血か、グリフィンか、どっちだ。」

 

人形の目が細くなる。

 

「仮に私が鉄血って答えたら、って考えたら、その質問は愚問じゃないかしら。」

 

「……じゃあ、いきなり銃を突きつけるなよ……。」

 

「あなたが先に向けてきたんじゃない。私はあの状況でも覆せることを示しただけ。そういえば、自己紹介がまだだったわ――、HK416よ。ちゃんと覚えていてね。」

 

どっと緊張が弛緩した。拳銃を突きつけたまま、自己紹介をした人形。いや、HK416と言ったか。

人間は五感を刺激された状態であれば、強く記憶が残るのだ。ちゃんと覚えるも何も、絶対に忘れることもないだろう。こんな状況だし、何より――。

 

「……闇市で買ったにしてはしっかりした作りになってるな……。」

 

一回見たけど、やっぱあそこの闇市にしては上等すぎる、今度奴にでも教えてやろうか。俺が銃口から目線を横にずらす。

HK416は一瞬、怪訝な顔をするが、視線の行く先に顔を真っ赤にする。刹那、ライトグリーンの瞳に怒気を孕ませた。その様子で悟る。あっ。口に出てたか。ここまで一瞬の思考であった。

 

「そ、そんなことは記憶しなくていいッ!」

 

――ゲシッ!!

一度は回避したはずの踵落としで、俺の意識は容易く刈り取られたのであった。

 

 

 

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