ある少女の残響   作:ぱう課長

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セカンドチャンス<3>

 

「――目が覚めたかしら?」

 

次に覚醒した時、ライトグリーンの瞳が俺を見つめていた。蛇に睨まれた蛙の気持ちが分かった気がする。心臓が止まるかと思った。

 

「……至近距離で覗き込むのはやめてくれないか。」

 

びっくりしすぎて碌に驚けなかった俺は、努めて平静に文句を言う。

彼女、たしかHK416と言ったか――は、俺の言葉でようやく離れる。天井の裸電球が見えた。痛む頭を押さえながら、上体を起こす。どうやら俺はベッドで寝かされていたらしい。

 

「っいつつ……、俺、何時間気絶してたんだ。」

 

「一時間と十二分二十七秒。打ち身はあるけど軽い脳震盪よ。脳や頚部にダメージはないわ。安心して。」

 

流石機械、正確にカウントしていた。

やった犯人が何を言うか、というのはこの際黙っておくことにした。追撃を食らいたくはない。

ただ抗議の視線だけは送っておく。彼女は俺の視線に含まれたものを感じ取ったのか、居心地悪そうに眼をそらす。

と、ここでようやく彼女に違和感を覚えた。それもそのはず、俺のジャケットを羽織っただけの格好だった。それ以外着てないものだから、形の良いお椀型の胸がよく見える。――さっと胸元を隠される。

 

「――また蹴られたい?」

 

今度は俺が視線を向けられる番だった。慌てて目を逸らしておく。

 

「……いいや、遠慮しておく。服なら向こうのカゴにあったはずだ。適当に着てこい。」

 

「了解。」

 

そう言うと彼女は立ち上がり、しっかりとした足取りで、服を探しに行った。

 

「……想像以上に直ったな……。」

 

彼女を見送りながら、率直な感想が口からこぼれた。

元はスクラップ同然、いやスクラップそのものだったのに。こうして手を尽くしてみれば、完全な人形として蘇っている。

勿論直ればいいな、とは思わなかったわけではない、そのためにありとあらゆるものを使った。実験的な要素も含んでいたし、もし動くのならお手伝い程度してもらおうかな、と思っていたくらいだ。

ただ、そのなんといえばいいのか、想像以上だった。戦術人形をはじめとするIOPの人形は何度も見たこともあるし、会話をしたこともある。

疑似とはいえ、人間との会話に堪え得る思考を持っているのは体感している。

 

「……服って、襤褸切ればっかりじゃない……。酷い臭い……。」

 

人形は籠の中の服を見て、渋面を作っていた。

 

――だが、どうだ、あの人形は。あまりにも自然すぎる。

AIが搭載されている頭部ユニットはほぼ無傷だったとはいえ、人形の疑似人格とはあそこまで緻密だったか。

鉄血のコアの性能が良かったのか? まぁ、意思疎通が図れるのなら、人形だろうと人間だろうと変わりはないか。意味のない思考を放棄する。

 

「着替えたわ。」

 

ぼんやり虚空を眺めていたところで、人形が戻ってきた。

素っ裸とは異なり、ブーツにスパッツ、そしてワイシャツ――この野郎、ちゃっかり状態のいい売り物を選びやがったな。そして、俺のジャケットは着たままだ。

 

「どう? ごみ溜めから選んだにしては、マシなもの選んだでしょう?」

 

「目と口の調子がいいことは分かった。あと、俺のジャケットは返してくれ。」

 

「嫌よ。」

 

随分反抗的な性格設定だな。

 

「嫌じゃない、俺の一張羅だ。返せ。」

 

「現時刻をもって、私の一張羅になったわ。だから返却という選択肢はそもそも存在しないわ。」

 

よっぽど気に入ってるのか、絶対に脱がないぞ、と言わんばかりに裾を握りしめている。

仕草こそかわいく見えるが、表情は真剣そのものだった。どうやら奪還は難しそうだ。強情で面倒な人形だ。

 

「……わかった、わかったよ。お前の快気祝いってことでくれてやる。」

 

「ふふ、最初からそう言えばいいのよ。」

 

俺の答えに満足したのか、人形はうっすらと笑みを浮かべながら、ベッドの隣にあった椅子に腰かける。

ここで会話が途切れる。こういう沈黙はあまり好きじゃないが、俺から話すのは何か違うような気がして、黙ることしかできなかった。

 

「――まずは、助けてくれて感謝するわ。」

 

人形は居心地悪そうに脚を組み替えながら、口火を切った。

 

「あなたが居なかったら、私はあのまま朽ちていた。――壊れたまま、見捨てられていた。」

 

俯き、ぎゅっと拳を握りしめて、絞り出すように言葉を紡いでいた。

 

「お前を助けたのは、単なる偶然だよ。……で、お前はグリフィンの所属の人形で間違いないか。あのダメージからして、鉄血の人形とやり合って、大破したって感じだったから、何か作戦中だったのか。」

 

大破、という言葉で人形の肩が震える。

 

「ええ……多分、そのはずよ。」

 

「多分っていうのは。」

 

「私、記憶がないの。」

 

記憶がない。つまり、メモリログデータを破損したということか。あれだけのダメージだ。外傷はなくとも、多少なり影響があったのだろう。ありえない話ではない。

バックアップはサーバーに残ってあるだろうが、グリフィンの基地で読み込み作業が必要になる。現状復旧はできない。

 

「覚えてるのは、自分が死ぬ直前の記憶と、あなたに拾われる瞬間の記憶だけ。自分の名前とグリフィンの人形であることはシステムデータから読み取っただけよ。」

 

どうやら見られている、という感覚は、あながち間違いではなかったらしい。予備電源か何かが生きていたのか。

 

「……最初に左腕を無理やり引きちぎられたわ。痛覚をカットしていても、抜かれる感触だけは取り除けなかったの。

そうして、一瞬動けなくなってからは、右脚をショットガンで粉砕されたの。体制を崩したところで、左脚に二発。その時にはもう諦めていたの。だけど――。」

 

人形は、その先を言おうとして、手で顔を覆う。

 

「――あいつは笑って、わ、私の胴体に、何度も何度も何度もッ、散弾をッ、もう壊れているのに、動けっ、ないのに……死ねないまま、あいつは私を嬲り続けたの!

カットしたはずの痛覚が、っ、痛くて、怖くてっ、悔しくて……ッ!」

 

「もういい、もう何も言うな。」

 

錯乱した人形を抱き寄せ、背中をさする。PTSDの発作に似ていた。小刻みに体は震えていて、くぐもった嗚咽が胸に響く。小さい躰がさらに小さく感じて、強く抱きしめた。

人形の言動はもはや支離滅裂でしかなかったが、その時の悲痛な状況だけは十二分に伝わった。

兵器であるのにもかかわらず、少女の似姿を取るこの人形を見て、少しばかりIOPを恨めしく思った。

 

「死にかけはしたが、お前は生き残ったんだ。もうお前を害するものはいない。落ち着け。ここは安全だ。」

 

ゆっくりと言葉をかけながら、頭を撫でる。人間は頭を撫でられるとリラックスするらしい。人形に効くかどうかはわからない。

それでも俺の言葉を聞いてか、ふーっ、ふーっ、と呼吸を乱しつつも、徐々に震えは収まっていく。

 

「落ち着いたか?」

 

腕の中で、人形は首を縦に振る。

 

「これからどうしたい。色々継ぎ接ぎしたが、グリフィン所属の人形なら、受け入れてくれるはずだ。管理区の入口までだったら、案内してやってもいい。」

 

ふるふると首を横に振って、しがみつくように、俺の服をしっかりと握りしめる。

 

「……私のコアは鉄血のものでしょう……、きっと解体される……。もう壊されたくない……死にたくない……。」

 

反抗的な性格の癖して、随分弱気な返事だった。とはいえ、彼女の言い分も分かる。

 

「じゃあ、どうする。俺は、無条件で保護できるほどお人良しじゃないぞ。」

 

それでも、あえて突き放す。人形だって、立派な疑似人格で考える力を持っている。この灰色の世界では、選択を常に強いられる。

選ばなければ、緩やかに、そして確実に死に辿り着いてしまう。意思なきものは意思あるものに食われる弱肉強食の世界。

一度は食われた彼女は、こうしてセカンドチャンスを得たのだ。だからこそ、選ばなければならない。どんな選択でもいい、奮い立ってくれると信じて。

 

ようやく人形の顔がこちらを向く。人形に涙を流す機能は搭載されていない。その表情はある種の覚悟を感じさせるものだった。

ただ、涙を模した赤色のタトゥーが、彼女の代わりに泣いていた。

 

「……貴方が望むもの全部、私が手配する。これからずっと私が、貴方にとって価値のある一番の人形だということを証明し続ける。」

 

人形は、自分の存在意義を確かめるように、はっきりと自分に言いつけるように、強く、酷く底冷えする声で、宣言した。

 

「――貴方の邪魔をするなら、鉄血だろうとグリフィンだろうと誰であろうと、壊すわ。貴方が望むのなら、好きに犯して嬲って蹂躙して。私は拒まない、貴方をすべて受け入れる。

その代わり――、私の全てと引き換えに、貴方を貰う。貴方から絶対に離れない。……離さない。」

 

全身の産毛が総毛立つ。

ただならぬものを感じて無意識的に離れようとする。しかしできない。いつの間にか、俺の服にしがみついていたはずの腕は首に回されていた。

目を逸らそうとしたところで、両手でしっかりと人形の目を見るよう、頭を固定される。

 

「もう一度言うわ。私は、HK416。今日から、貴方だけの人形になります。最期の一呼吸が終わるまで、離れないでくださいね。」

 

俺と居ることを選んだ彼女の目は、決して忘れることはないだろう。

そのライトグリーンの瞳には、仄暗いものが浮かんでいた。

 

 

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