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「……というわけだ」
「はあ」
赤レンガで構成された、二階建ての大きな建物。内装は酒場とカウンターを合わせたようなものであり、半ば集会所のような形をとっている。それがこの街で唯一の冒険者ギルドだった。
昼時の今はちょうど皆がクエストに言っており、ちらほら午後からのクエストに待ち合わせている人がいるくらい。そんな中、いつも通りにグレシアの居る受付へ赴き、事情を話すと、彼女はどうしてか不満そうに頬を膨らませていた。
「つまりこうですか? 今回のクエストは、そちらの女性があなたの気を引くためにいたずらで依頼した、と。その理由が、一緒にクエストを受けたいから……」
聞いていても無茶苦茶な話だと思う。無理やりにも程がある。
しかしながら、彼女を巻き込みたくないという意思の方が強かった。
「……ねえ、なんか私があんたに惚れてるみたいな言い方なんだけど?」
「いいか、頼むからこの時だけは黙ってくれ。話がこじれる」
こちらを睨む彼女に、小さな声で呟いた。
「……別に、冒険者登録をするのに問題はありません。そのための資格とかはないですからね」
「助かる。それなら、すぐに――」
「その前にまず言うことがあると思いますけど? そちらの方も、エーベルさんも」
きっ、と睨むグレシアに、メアリがこちらへ向けていた視線を返す。それぞれが虎と蛇のようだった。
「私? なんで? あんたに言うことなんてあるわけないでしょ。何様のつもりよ」
「それはこちらのセリフですが? よくノコノコと顔を出して来れましたね」
「は?」
「なに?」
「……俺が悪かった」
そろそろ互いが互いの胸ぐらを掴みそうになって、思わず口を挟む。
紅色と金色の瞳が、同時にこちらを向いた。
「エーベルさん、こちらが例の魔女ですか」
「よく分かったな」
「ナメないでください。こんなに魔力をダダ漏れにしてる人、分かるに決まってます。それに今その確証を得た時点で、冒険者登録なんてできません」
「いや、それは少し困――」
「何よあんた、自分のヘマを棚にあげる気? というかそもそも、私に侵入される時点でよく運営できてたわねこのギルド。ちょっとは魔法の対策した方がいいんじゃないの?
「自分でやっておいてよくそんな言葉が吐けますね。もしかして魔法の使い過ぎでお頭がやられたんじゃないですか? それならここじゃなく病院に行ってくださいね」
「グレシア、そこらへんに……」
「大体っ! エーベルさんもエーベルさんですっ! 私、行く前にちゃんと忠告しましたよね!? なのになんで行っちゃうんですか!? それに! こんな! 面倒くさい人まで連れてきて!! もおおおぉぉぉぉおお!!!」
がばり、とカウンターに伏せながら、グレシアがそう叫ぶ。後ろのほうがざわざわと騒ぎ始めるのをよそに、メアリがとても面倒くさそうにこちらを向いた。
「うるさいわねこの女は」
「お前は少し黙っててくれ……」
確かに元はと言えば俺のせいでもあるが、それはともかくとして。
やっと見つけた自分の手掛かりなのだ。それを逃すわけにはいかない。
「……グレシア」
「なんですか」
「悪かった。その……明かすことはできないが、俺にとって大切なことがひとつ、分かりそうなんだ。だから、すまない。我儘を言っているのは承知だ。だから顔を上げてほしい」
身勝手なことはわかっているが、それでも。
大勢の人を傷つけないためにだれか一人から嫌われるのであれば、後悔はしなかった。必要なことならば、それも受け入れられた。
やがてグレシアは、ゆっくりと顔をこちらへ上げて、
「……商店街のパフェ全制覇」
「わかった」
うなずくと、彼女は深いため息をついてから、こちらを見上げた。
「……今回だけですからね。私とエーベルさんだから良かったものの……ほかの人だったら、冒険者資格を剥奪されてますよ? 本当に勘弁してください」
「ありがとう。恩に着る」
「まったく……」
「で? 話は終わった?」
ずい、と俺の体を退けながら、メアリがグレシアへ言い下ろす。
「早く冒険者の登録、してほしいんだけど」
「あなた……いい加減に……!」
「メアリ、まだ黙ってろ」
「早くしてよ、こっちは時間ないの」
「ぐ…………! ンの……!」
「……クレープの屋台も制覇するか?」
「パンケーキもですッ!」
そう叫びながら、グレシアが勢いよく何かの書類を机の上へ叩きつける。それと同時に投げられたペンを、メアリは自分の瞳の前で受け取った。
「これに記入すればいいのね」
「……はい。わからなければエーベルさんに聞いてください」
「最初からそう言えばいいのに」
軽く返事をしたかと思うと、メアリは机の上へと乗りあげて腰を下ろす。どうやら立っていることすらも疲れたらしい。机の半分を占拠されたグレシアは、怒りを通り越して、泣き出しそうな表情でこちらのことを見つめていた。
「……初めてですよ、この仕事しててこんな目にあったのは」
「まあ、俺もだ。ここまで身勝手な奴に会ったのは」
自由奔放というか、なんというか。それに伴う力を持っているということが、一番タチが悪いと思う。
でもなんだかんだでまじめに書類は記入しているらしく、しばらくペンの走る音だけが聞こえてくる。
「……そういえば、お前の魔法ならこんな登録をしなくても済んだんじゃないのか?」
ふと思いついた疑問を口にすると、視線を下に向けたままで、メアリが答えた。
「そりゃ書類上はできるけど、実際に人に会うとなるとできないでしょ。あんたたちも実際に私のことを怪しいって思ったじゃない。何度もごまかすよりも、こうして正直に登録したほうがいいってわけ」
「……なるほど」
「それに、信頼は得ておかないといけないの。それが薄いものだとしてもね」
「どの口が言いますか」
「あんたには言ってないわよ」
その言葉とともに、メアリが書き終えた書類をグレシアへと投げつける。鋭い投擲だった。けれど彼女はそれに動じず、むしろ半ば強引に受け取って目を通すと、静かにうなずいてメアリへと口を開いた。
「登録を確認しました。メアリウィズ・サンダーソニアさん」
「何よ、早かったじゃない。もっとサクサクやりなさいよ」
「……では、冒険者の証として、登録盤を」
「ああ、身分証みたいなのね」
「メアリさんは登録したての冒険者なので、最低ランクの白色ですね」
「白? それって何?」
「簡単に言えばオメーは駆け出しの素人のペーペーの役立たずのゴミだよカス野郎ってことです」
「ああ!?」
がたん! と机の上に乗ったまま、メアリがそう声を荒げる。思わずその両手を羽交い締めた。
「落ち着けメアリ……!」
「どういうことよ!? 私が最低ランクってふざけんじゃないわよ! ぶっ殺すぞ!?」
「そもそもお前、グレシアどころか俺以外の人間に力を見せてないし……分かるわけないだろ!」
「それにしてもよ!? これだけ魔力出してんのよ、少しは察したらどうなの!? 私が只者じゃないってことくらいわかるでしょ! それくらいの融通は利かせるべきでしょうが!」
「登録できただけいいだろ! 時間はあるんだから!」
「だからって……ってかこいつ! さっきからこんだけ魔力で威圧してんのに全く動じないんだけど!? そのほうが異常じゃないの!? さてはあんた只者じゃないわね!? 笑ってないで何か言いなさいよ!」
きー、と叫ぶメアリに対し、グレシアは不満ながらも怯えている様子はない。それどころか、これだけ大きな魔力を放っている彼女のことを、うっとうしく思っているようにも見えた。怪訝な目がそれを感じさせた。
「とにかくー、メアリさんはいまド底辺のトーシロ冒険者なんで。適当に薬草摘みにでも行ったらどうですか? 自分で依頼したみたいに。ほら、薬草摘みっておばあちゃんでもできますし。カスでもできますよ」
「この……! 誰がそんなみみっちい仕事するかっての! 薬草摘みなんて貧乏人のする仕事よ! そんなことばっかやってる人間、ロクな人間じゃないわ! 人生楽しくないゴミがやるモンよ!」
意図せずに俺を貶すのをどうか止めてほしい。
「……薬草摘みが嫌なら、ほかの狩猟系の依頼はどうだ。ゴブリンとか」
「ああ、ありますよ。エーベルさんが朝から向かった森の近くに、ゴブリンの巣があるみたいです。オークもいるそうですし。初心者なら危険ですけど、エーベルさんがついてるなら、まあ」
「秒で終わるわよ。それに、あんまり稼げないでしょ」
俺の手をようやく振りほどきながら、メアリはそうつまらなさそうに言った。
「それよりもほら、なんか他のクエストないの? 金回りのいいやつ」
「……あるにはありますよ。輸送護衛任務。五日間で金貨六十枚のものが」
「なんだ、あるじゃない。それ受けたいんだけど」
「メアリさんはド底辺の役立たずなんで受けられませ~ん」
「ころす」
「まて!」
瞬時に右手へ魔法陣を開いたメアリを、思わず止める。
「じゃあこいつに受けさせなさいよ! ほらアンタ! さっさとクエスト受ける!」
「……すまない。俺も受けられないんだ。このクエストは上級で、俺は中級だから」
「ああ、そうだったわね。……本当になんで上級に上がらないの? こんだけ長い間冒険者生活やってるのに」
「そこに関してはメアリさんと同意見です。上級に上がれば、このクエストも受けられますよ。パーティメンバーの階級は関係ないですから、メアリさんも受けられますし」
いいだろう、好きでやってるんだから。これ以上高望みはしない。
しかしながら、今回ばかりはそれで流すわけにはいかなくなってきた。メアリのこともあるし、今月も厳しいので金はできるだけ稼いでおきたい。それに何より、俺の記憶が関わっている。
今まで散々逃げてきた。力を使うことを恐れて、それから目を背けていた。だがもうそれは通用しない。現実を受け止める必要がある。どれだけ残酷であろうが、それを受け入れなければ。
逃げるのにも、もう疲れた。
そろそろ前進するべきなのかもしれない。
「……まあ、五日間で金貨六十枚はかなり効率がいいな」
「ですねえ。輸送ルートとしてもあまり危険なところはありませんし。途中、山を抜けるときに山賊とかと遭遇しそうですが……正直、エーベルさんくらいなら一人で何とかなりますよね?」
「見た瞬間に消し炭にしてやるわ。山ごと焼いてやる」
「素人が何か言ってますね」
「あんたから燃やしてやろうか?」
いい加減煽り合うのをやめてほしいところである。
「でも、上級に上がるにはまだクエストひとつ足りないんだろ? だったらメアリ、他のクエストを……」
「ああ、それなら問題ありませんよ。だってもう達成してるじゃないですか」
「ん? 何を……」
問い返す俺に、彼女は指先をメアリに向けて、
「ほら、いたずらした人の特定。私が出したクエスト、ちゃんと達成してますよ」
「……口約束なんじゃないか?」
「事実は事実ですから」
こういうところで融通を利かせてくるのが、グレシアらしいというか。
上手く乗せられたのを実感したのは、彼女がにんまりとした笑みを浮かべていたからだった。
「……わかった。頼むよ。上級への昇格手続き、頼んでいいか?」
「お任せください! すぐに終わらせちゃいますね!」
懐にしまっておいた登録版を差し出すと、彼女はそれを両手で受け取りながら、にっこりと微笑んだ。
「……これで受けられるようになったの?」
「ああ。お前を連れて行くこともできる。クエストの依頼基準はリーダーの級に依存するからな」
「そ。ならさっさと受けちゃって。私そろそろ疲れてきたから」
「……久しぶりの外出だからか?」
「あいつが散々私のことを煽ってくるからよ!」
そのまま放り投げたペンを、グレシアが顔の前で受け止める。そのまま登録版へいろいろと記入していくと、彼女はまた笑顔を浮かべながらこちらを向いた。
「ではこれで上級冒険者への昇格が完了ですね。それでは紫の登録盤を」
「ああ。……本当にありがとう。こちらの我儘に付き合わせてしまって……」
「構いませんよ。埋め合わせしてくれるって約束しましたし。それに、エーベルさんが上級になるってことは、それ相応の理由があるんでしょう? だったらその背中を押すのが、これからの私の役目ですから」
登録盤を取ろうとした手が、彼女の両手に包まれて。
「これからは専属受付嬢として。よろしくお願いしますね、エーベルさん」
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