ノスタルジック・ダブルクロス   作:宇宮 祐樹

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「何なのよあの女は!」

 

 ギルドでの会話も終え、戻ってきた俺の部屋にて。

 ドアを蹴り破って侵入したのち、彼女は鬼のような形相でそう叫んだ。

 

「おい……」

「この私を誰だと思ってるのよ!? 魔女よ、魔女! あんなカスみたいな人間とは違うのよ! それなのに!」

「おい」

「何なのよあのナメ腐った態度は!? ええ!? あーびっくりした! びっくりしてブチ殺しそうになったわ! 自制した自分を褒めるべきね!」

「おい」

「だァーーッやっぱダメだ! 自制できねえ! 今すぐ殺しに行ってやる!」

「おい!!」

 

 さすがに椅子を持ち上げ始めたので、そろそろ止めておくことにした。羽交い絞めにするのも仕方がなかった。

 

「はなっ……離せオラァ! あんたも殺されたいの!?」

「最悪それでもいい! 頼むから部屋を吹き飛ばすのだけはやめろ! 他人に迷惑をかけるな!」

「じゃあ私は迷惑かけられてもいいっていうの!? はァームカつく! 差別よ差別! この世界にインターネットがなかったことを感謝しなさいよね!」

「そもそもお前は怒られても仕方ない立場にいるだろうが!」

「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……………………!!」

 

 さすがにその自覚はあったのか、犬とか何かみたいなうめき声を上げながら、彼女はようやく落ち着いてくれた。

 

「……納得したか」

「フン!」

 

 返答代わりに俺の手を振りほどくと、彼女はそのまま俺のベッドへと腰を下ろす。そうしてとても重たいため息を吐いたのち、足を偉そうに組んでから語り始めた。

 

「……まあ、あいつを殺すのは後でいいとして」

「殺すな」

「今は別の話よ。そう、クエスト。詳細とか話しなさい」

 

 思いっきり目の前で説明していたはずだが、案の定聴いていないらしい。苛立って眉間に皺を寄せる彼女に、グレシアから渡された書類を取り出した。

 

「今回の内容は護送任務だ」

「護送? みんなで遠足するやつ?」

「……光景が似ているのは何となくわかるが、そういう言い方はやめろ」

 

 その道の人間が聴いたら助走付きで殴られる。

 

「五日間だ。何の支障もなく送り届けることができでば、金貨六十枚……」

「あーもう、そういうのは任せるから。私が何をすればいいかだけ教えて」

「一般的なものと変わらなければ、配置された場所を守ればいい。山賊とか、そうしたものに襲撃された場合は場面に応じて無力化。あとは……泊まりになるからな。いろいろ持って行かないと」

 

 他にも注意事項は色々あるが、メアリの強ささえあれば説明はいらなかった。とにかく、輸送する物資さえ無事であれば何も問題はない。そういった意味では単純な任務だた。

 

「で? 護送ってどこからどこまで?」

「ああ、地図を取ってくれないか? ベッドの横の棚にあるはず」

 

 そう言うと、意外にも彼女は何も言わずに、備え付けた棚から地図を出してそのまま広げてくれた。

 

「近隣にある都市のエルネイアから、山を一つ跨いだ先にあるレーベルという国までだな。道もできるだけ魔物の少ない場所を通っている。この山さえ越えることが出来れば、他は心配いらないだろう」

「ふーん」

 

 何気なしに呟きながら、しかし彼女はこちらの目をのぞいて、

 

「不審な点は?」

「……なぜ?」

「だって、あんたさっきからずっと考えてるでしょ」

「それは……」

「どれだけあんたのこと見てたと思ってるのよ」

「……それもそうか」

 

 その言葉さえなければ、かなり信頼できた。

 この際プライバシーがどうのは置いておくことにして。

 

「上級冒険者というのは、おそらく俺のようにある程度の力を持つ者の集まりだ」

「そうね。ま、私には劣るだろうけど」

「このクエストは、その上級冒険者を対象としてエルネイアからその付近のギルドへと通達されたものだ。加えてこの条件と報酬金なら、多くの上級冒険者が集まるだろう」

「私みたいな下級でも受けられるだろうから、実際はもっと少ないだろうけど」

「だとしても」

 

 彼女の開いた地図の、今回の護送ルートを指でなぞりながら。

 

「上級冒険者を集める理由は何だと思う?」

 

 かなり何度の高い護送任務ならまだわかる。しかし今回のものは、それこそ中級でも簡単に任務の達成が可能な、程度の低いクエスト。たかが五日間、山を越えるためだけに貴重な上級冒険者をこれだけそろえる必要が果たしてあるのだろうか。

 

「……輸送物が危険だとかは?」

「それも考慮しておくべきだろう。だが、これは……」

 

 上手く言い表せない。違和感というか、得体の知れない恐怖というか。

 

「とにかく、このクエストには何か裏があるんだと思う」

「じゃあ止めておく?」

「……それは」

 

 やめてもいい。危険から遠ざかった方が、平和な生き方をすることができる。

 けれど、それで前に進めるだろうか。彼女の望む場所へと歩き出せるだろうか。

 それにお金も欲しい。

 

「杞憂だろう。俺の考えすぎなのかもしれない」

「そう?」

「それに、例え問題があっても、それを打ち破ってしまえばいい」

「……良いこと言うじゃない。そういうの大好きなのよ、私」

 

 口元を吊り上げながら、彼女が笑う。獲物を前にした蛇のようだった。

 

「それなら、そのための装備をしておかないとね」

 

 そのまま地図をたたんで立ち上がると、メアリが宙へと手を翳す。

 

「装備?」

「そ。あんたまさか、そのチンケな剣で行くつもりだったの?」

「……この方が慣れてるんだ。それに、強力な武器を持ったところで」

「羨ましいわ。そんな悩み、私も持ってみたいのに」

 

 嘲るように笑う彼女へ答えようとしても、それ以上を続けられなかった。

 

「鬼に金棒、って奴かしら。あんたの頭の中で言うんなら」

「……それも少し違う。鬼にはなりたくない」

「なら、何になりたいの?」

 

 純粋な問いかけであった。そしてまた、心に刻み込まれるような言葉でもあった。

 力から逃げてきて、記憶からも逃げてきて、何者でもなくなった。俺は一生、このまま生きていくのだろう。大勢の人間を殺した現実を受け入れることなく、出会う人間全てに嘘をつきながら、この生を終えるのだと、そう思っていた。

 何者にもなれないと決めつけていた。今までの自分を変えることから、逃げてきた。

 けれどもう、逃げるのにも疲れた。

 

「殺すのではなく……何かを、守るための、存在」

 

 口から洩れたのはそんな陳腐な、けれど憧れるような在り方。

 

「誰かの命を奪うのではなく、誰かの命を助けられるような存在に、俺は成りたい」

 

 俺の言葉に、彼女は強い視線で応えてくれた。

 

「やっぱり私の目に狂いはなかったわ。作っておいてよかった」

「何を……」

「あんたをそうするためのもの。殺すためじゃなくて、守るためのものよ」

 

 そして彼女が指を鳴らす。

 それと同時に魔法陣は収束を始め、やがて虚空から形を現したのは――

 

 ぼとぼとぼと、と。

 

「なんだ、これは」

 

 指先ほどの、小さな破片だった。それが無数に魔法陣から生み出されて、最終的に俺の腰の高さまでに積み上げられた。何というか、土の入ったバケツをひっくり返したようだった。一瞬、彼女の嫌がらせか何かかと思った。

 足元に転がるそれを拾い上げると、深い紫色をしているのが分かる。鈍い輝きを灯すそれは、けれどぴくりとも動こうとはしなかった。

 

「……いや、本当になんなんだ、これは」

 

 思わず二度目の問いかけを返すと、彼女は指をはじきながら、

 

「あんたの武器よ」

 

 その瞬間、床に敷き詰められた無数の破片が、急激に動き始めた。

 蠢く蟲のようだった。破片のひとつひとつが何かに導かれるように動いていき、一つの形へと収束する。それは定められているようではなかった。例えるなら流水とか、粘土とか、そうした不定形のものの形を整えるようにも見えた。

 そして最後に、俺の持っていた破片が飛んで行き、欠けていた穴を埋める。

 

「……盾、か?」

 

 俺と彼女の前に現れたのは、確かに一枚の盾であった。自らの背丈ほどの、対になった二つの辺だけが長い、六角形のもの。ひどく無機質なものであった。

 

「どう?」

 

 宙に漂うそれへ手をかけながら、メアリは俺へと口を開く。

 

「魔導集積盾、って名前にしようかしら? 男ってこういうのが好きなんでしょ?」

「……どうなってるんだ、これ」

「積み木遊びと同じよ。違うのは、パーツのひとつひとつに魔力を感知する術式があるってこと。つまり、使用者の意思に応じて形が変わるってワケ。たとえば」

 

 メアリがそう指を鳴らすと、盾の表面が波打ち始め、輪郭が円形へと変化する。また同じように指を鳴らせば、今度は長方形に。次に指を鳴らすと、今度は三つに分かれ、それぞれが六角形、円形、長方形の形を成した。

 最後にメアリが指を鳴らすと、最初の六角形へと輪郭が戻る。

 

「固定値……盾がその形を維持できるかどうかは使用者の魔力に依存するわ。変形の速度も同じ。つまり、あんたが使えば最強ってわけ。分かりやすくていいでしょ?」

「……これを使うのか」

「当たり前よ。あんたのために作ったんだから」

「俺のために?」

 

 頷いて、彼女が盾の内側をこちらへ向ける。

 

「……別に強調するわけじゃないけどね。あんたの苦しみくらい分かってるつもりよ。だからその苦しみから救ってあげようとも思った。私にだってそれくらいの器量はあるの」

「それで、これを」

「残念ながら私には魔術(コレ)しかなくてね。でもあんたには(ソレ)しかない。ならせめて、腐らないようなものを、って思って。まあその、アレよ。ただの気まぐれ。それよりも」

 

 ん、と彼女が、また盾を内向きにしたままこちらへ突き出して、

 

「……うん?」

「うん? じゃなくて着けてみなさいよ。ほら、腕出して」

「着けてみろと言われても、持ち手も何も……」

 

 びゅるん、と。

 もはや触手のように伸びた破片の塊が俺の腕を捉え、そのまま盾が右腕に装備される。それに驚いて思わず右手を引いたけれど、外れることはなかった。

 

「いいわね、ちゃんと稼働してる」

「……危ないだろ、これ」

「あんたにしか反応しないように作ってるから大丈夫よ。言っとくけどそれ、特注品だから。壊したらどうなるか分かってるわね?」

「肝に銘じておく」

「それでどう? 重たいとかある? 今なら聞いてあげるけど」

 

 重さはあまり感じなかった。けれど、別の重さを感じた。

 

「ありがとう」

「……何よ、それ」

「今なら聞いてくれると言ったから」

「バーカ」

 

 言葉と同時に、メアリが俺のことを蹴りつけた。

 

「……ま、受け取ってくれたならそれでいいわ。私だってあんたが暴走してクエストに失敗するなんて望んでないし。というか、渡したからにはちゃんと成果出しなさいよ」

「ああ、それはそのつもりだ。しかし……」

「何よ、まだなんか文句あるの?」

「いや、文句というか、聴きたいんだが……」

 

 未だに腕に張り付いた盾を指で示しながら。

 

「これはどうやって外すんだ?」

「……は?」

「だから、どうやって外せばいいかと聞いている」

「いや、どうもなにも魔力を流すのやめればいいのよ。いつも通り術式を解除すれば」

「……?」

 

 彼女の言っていることが分からなくて、思わず首を傾げてしまう。

 

「……ちょっと待って。あんたいつもどうやって魔法使ってるの?」

「どうもなにも、こう、頭の中で思い描けば……」

「術式を介さずに魔法を発現させてるってこと!? 私がこんだけ努力して習得したのに!? やったなお前! ナメたなお前! 」

「な、ナメるも何も、俺はこういう方法しか……」

「ああクソっ! クソっ! このチート能力が! 一回死んでしまえ!」

 

 一回死んでるからこうなってる、とは口にしないようにした。

 

「ああもう、とにかく貸しなさいよ! 無理やり引っぺがせば……」

「ちょ、ちょっと待て! まだだ、まだ何か変な……」

 

 そうやって、メアリが盾へ手をかけたその瞬間。

 突如として変形した刃が、彼女の頬を切り裂いた。

 

「………………」

「………………」

「………………」

「…………なるほどね」

 

 ぶち。

 

「お前私がこんだけ必死こいて武器渡したってのにどういうことだ!? ああ!? テメーは恩を仇で返す事しか知らねえのか!?」

「だ、だから使い方が分からなくて……今もどうしてこうなったか」

「明らかに自己防衛機構が働いてるからだろうが! そんなにこの盾を手放したくないのか!? ああそうですかそうですか! もう私に触らせたくないんですか!」

「そうじゃない! 分かった! 分かったから、ちゃんとした外し方を……」

「とりあえずそこ座れェ!」

 

 頭の上から拳を叩きつけられて、思わずその場に正座する。

 

「……そういえば確かに、あんたは魔法が使えないって言ったわね」

「ああ。こんな魔法を使う道具も初めて触って……」

「いいか? 私がいいと言うまで二度と口を開くなよ?」

 

 主導権は彼女に会った。逆らうことなどできなかった。

 

「仕方ないから、私が魔法を教えてあげる」

「…………」

「基礎の基礎だけどね。まあ、その盾が使えるくらいには教育してあげるわ」

「…………」

「ありがたいことなのよ? この望郷の魔女に魔法を教えてもらえるなんて」

「…………」

「…………」

 

 …………。

 

「返事はどうしたァ!?」

「分かった!!」

 

 鬼のような形相だった。女性がする顔ではなかったと思う。

 

「とにかく、今夜は寝かせないから。明日の朝までぶっ続けで行くわよ。それくらいしないと足りないし」

「今夜……? ちょっとまて、まだ四時だぞ」

「文句あるんか?」

「いや……ない……」

 

 蛇に睨まれた蛙、というのが記憶の中から浮かんできた。

 かくして。

 

 


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